明治四十一年(オ)第三百五十一號
明治四十一年十一月十四日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第四百二十四條ハ法律行爲カ有効ニ成立シタル場合ニ之ヲ取消スコトヲ得セシムル規定ナレハ法律行爲カ假裝ニシテ眞ニ成立セサル爲メ取消ノ必要ナキ場合ニハ同條ヲ適用スヘキ限ニ在ラス
- 一 民法第四百二十四條ニ所謂法律行爲トハ賣買又ハ贈與ノ場合ニ於テハ其賣買若クハ贈與行爲ヲ指稱シ質權又ハ抵當權設定ノ場合ニ在テハ其設定行爲ヲ指稱スルモノニシテ登記法上ノ行爲ハ此ニ包含セス
- 一 債權者カ民法第四百二十四條ニ依リ法律行爲ノ取消ヲ求ムル場合ニ於テ其行爲ノ取消サルルニ因リ無原因ニ歸スヘキ登記アルトキハ同時ニ其抹消手續ヲ訴求スルコトヲ得
(參照)債權者ハ債務者カ其債權者ヲ害スルコトヲ知リテ爲シタル法律行爲ノ取消ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得但其行爲ニ因リテ利益ヲ受ケタル者又ハ轉得者カ其行爲又ハ轉得ノ當時債權者ヲ害スヘキ事實ヲ知ラサリシトキハ此限ニ在ラス(民法第四百二十四條第一項)
上告人 武田源次郎 外九名
訴訟代理人 羽田智證
被上告人 田中佐治兵衛 外一名
右當事者間ノ詐害行爲取消請求事件ニ付東京控訴院カ明治四十一年六月十三日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第一點ハ原判決ハ民法第四百二十四條ヲ誤解シタル違法アリ原判決ノ第二段ノ理由ヲ要言スルニ「被上告人間ニ於テ爲シタル移轉登記ハ假裝賣買行爲カ詐害行爲中ニ包含セラレサルカ如ク假裝原因ノ該登記モ亦詐害行爲中ニ包含セス從テ詐害行爲及ヒ之ニヨル移轉登記ニシテ取消サレタレハトテ之レカ影響ヲ受ケ當然取消サルヘキモノニアラス云云」ト是レ詐害行爲ノ法則ヲ誤解シタルモノト言ハサルヲ得ス民法第四百二十四條ニ債權者ハ債務者カ其債權ヲ害スル事ヲ知リテ爲シタル法律行爲ノ取消ヲ裁判所ニ請求スル事ヲ得トアリテ詐害行爲トシテ取消シ得ヘキ行爲ハ債權ヲ害スル事ヲ知リテ爲シタル債務者ノ法律行爲ナリ債務者ノ法律行爲タルコトヲ要スルカ故ニ債務者ニ非ラサル者即チ受益者若クハ轉得者ノ爲シタル法律行爲ハ取消ノ範圍ニアラス又タ債務者ノ法律行爲タルコトヲ要スルカ故ニ法律行爲ニアラサル登記手續ノ行爲ノ如キハ又取消ノ訴ノ範圍外ナリトス然レトモ債務者ノ法律行爲ノ取消ヲ裁判所ニ請求スルトキハ此法律行爲ト因果ノ關係アル登記ノ抹消手續ヲ請求スルコトヲ得ヘシ蓋シ純理ヨリ之ヲ云ヘハ登記手續ハ法律行爲ニアラサルヲ以テ取消請求ノ範圍外ニ在リト雖モ債務者ノ法律行爲ヲ取消スニ際シ登記ノ抹消ヲ許スコトハ畢竟取消ノ効果トシテ之レト因果ノ關係ヲ有スル登記ヲ抹消スル事ハ必然ノ結果ト言ハサルヲ得ス原判決ハ此點ニ於テ誤謬ニ陷リタリ曰ク假裝賣買ニ因ル移轉登記ハ無効ナリ故ニ取消ノ範圍ニ入ラス反之法律行爲ニヨル登記ハ有効ナリ故ニ之レヲ取消スコトヲ得ト誤レリ蓋シ假裝行爲ニヨル登記ト法律行爲ニヨル登記トハ何レノ點ニ於テ差異アルヤ唯其當初ニ於テ有効ナルト無効ナルトノ別アルニ過キス然ルニ有効ナル法律行爲ニヨル登記ト雖モ其法律行爲カ取消サレタルトキハ初メヨリ無効トナルヲ以テ(第百二十一條)假裝行爲ニ由ル登記ト毫モ擇フ所ナキナリ然ルニ一ハ取消ノ範圍ニ入リ他ハ取消ノ範圍ニ入ラストノ趣旨ハ矛盾ト言ハサルヲ得ス故ニ苟モ債務者ノ法律行爲及ヒ之ニ由ル登記カ取消サレタル以上ハ之ト因果ノ關係ヲ有スル總テノ行爲ハ之レカ影響ヲ受ケサル可ラス故ニ上告代理人ノ解釋スル所ニヨレハ本件詐害行爲トシテ取消ヲ請求シタルハ債務者タル谷口タケカ田中佐治兵衛ニ對シ爲シタル賣渡ノ行爲其物ナリ而シテ田中佐治兵衛ノ買受ノ行爲ハ谷口タケノ賣渡ノ行爲ヲ取消スノ効果トシテ同時ニ之ヲ取消スヘキ筋合ナリ而シテ此効果ハ田中佐治兵衛ノ買受行爲ノ取消及ヒ之ニ由ル移轉登記ノ抹消ノミニ止マラス之レト因果ノ關係ヲ有スル行爲ハ其法律行爲ナルト登記手續ナルトヲ問ハス一定ノ條件具備シタル場合ニハ受益者モ轉得者モ詐害行爲取消ノ影響ヲ甘受セサルヲ得ス即チ被上告人間ニ爲シタル賣買ノ假裝行爲ハ取消ノ必要ナキモ之ニ基キ爲シタル移轉登記ハ債權者ノ權利ヲ害スルノ状態ニ在ルヲ以テ之ヲ抹消シ得ル事ハ恰モ債務者ノ法律行爲ヲ取消シタル結果トシテ之レニ由ル移轉登記ノ抹消スルト同一ノ理由ナリト言フヲ得ヘシ元來本件被上告人兩名ハ第一審訴状ニ記載シタルカ如ク谷口タケカ上告人等ニ賃貸シツツアリタル土地ヲ買受ケ上告人等ニ對シ不法占據ヲ理由トシ土地明渡ヲ要求シ上告人等ノ困憊ニ乘シ三倍若クハ四倍ノ高價ヲ以テ賣付ケ不當ニ利得セントスル所謂地震賣買ト稱スル者ナリ故ニ被上告人ハ其主體ハ二個ナルモ其實ハ二身一體ナリ上告人等ノ債權ヲ害スル目的ヲ以テ土地ノ所有名義ヲ假裝シタルモノナリ故ニ被上告人間ニ爲シタル移轉登記ハ上告人ノ權利ヲ害スル目的ニ依リテ行ハレタルモノナルヲ以テ債務者タル谷口タケノ詐害行爲ノ取消ニ直接ノ關係アルカ故ニ取消ノ影響ハ必然ノ結果ナリト言ハサルヲ得ス原判決ハ曰ク「控訴人(上告人)ハ詐害行爲ノ取消ヲ得タル後更ニ別ニ債務者ノ權利ニ代位シ被控訴人間ノ登記原因ハ假裝賣買ニヨル無効ノモノナル旨ヲ主張セサル可ラス然ルニ事茲ニ出テサルヲ以テ其請求ハ許ス可ラス」ト代位訴權ニ依ルニ非ラサレハ請求ノ途ナキ旨説示セルモ謬レリ斯カル解釋ハ谷口タケ田中佐治兵衛間ノ詐害行爲ト田中佐治兵衛ト小林周郎間ノ假裝行爲トヲ以テ何等因果ノ關係ナキ各獨立シタル行爲ナリトノ觀察ヲ前提トセサルヲ得サルヘシト雖モ本件ノ如キ二身一體意思共通ノ被上告人間ノ行爲ニハ適用スヘカラサルモノトス要之原判決ハ詐害行爲ノ法則ヲ誤解シ詐害行爲ト因果ノ關係ヲ有スル被上告人間ノ移轉登記ハ詐害行爲ノ法則ノ範圍外トシ其ノ適用ヲ除外シ第一審裁判所カ爲シタル訴訟手續ヲ是認シタルハ違法ナリト思量スト云ヒ」第二點ハ原判決ハ必要的共同訴訟ノ法則ヲ誤解シタル違法アリ原判決ハ谷口タケ田中佐治兵衛間ノ法律行爲及之ニ由ル賣買登記抹消請求ト被上告人ノ假裝行爲ニ依ル賣買登記抹消請求トヲ分離シタル第一審ノ判決ヲ是認シ登記名義カ谷口タケト小林周郎トノ對立スル場合ト雖モ差支ナキ旨判示セラレタルモ是レ違法ノ判決ナリト言ハサルヲ得ス何トナレハ原院ハ假裝行爲ニヨル賣買登記ハ民法第四百二十四條ノ法則中ニ包含セストノ前提ニ基キ爲シタル結論ニ過キス而シテ其前提ノ誤謬ナル事ハ第一點ニ於テ明瞭ナル所ナリ果シテ然リトセハ本件右二箇ノ請求ヲ必要的共同訴訟トシテ之ヲ審理シ若シ一部ヲ理由アリトセハ全部ヲ是認シ一部カ理由ナシトセハ全部ヲ棄却スヘキモノナリ然ルニ事茲ニ出テス此二箇ノ請求ヲ分離シタルハ民事訴訟法ノ訴訟手續ニ違背シタルモノト言フヘキナリト云フニ在リ
仍テ按スルニ上告人等ハ谷口タケト被上告人田中佐治兵衛間ノ賣買ハ債務者タル谷口タケカ債權者タル上告人ヲ害スルコトヲ知リテ之ヲ爲シタルモノナリトテ民法第四百二十四條ニ依リ該賣買行爲ノ取消ト其賣買ニ因ル登記ノ抹消手續ヲ求ムルト同時ニ被上告人田中佐治兵衛ト同小林周郎間ノ賣買行爲ノ取消ト之レカ登記ノ抹消手續ヲ求ムルモノナルモ谷口タケト被上告人佐治兵衛間ノ賣買ニ付テハ其賣買カ眞正ニ成立シタルモノナルコトヲ主張シ被上告人佐治兵衛ト同周郎間ノ賣買ニ付テハ其賣買カ同人等ノ通謀シテ爲シタル虚僞ノ意思表示ニシテ即チ假裝ノ賣買ナルコトヲ主張セルモノナルヤ原判決ノ事實摘示ニ依リ明白ナル所ナリ然ルニ民法第四百二十四條ハ法律行爲カ有効ニ成立セル場合ニ之ヲ取消スコトヲ得セシムル爲メノ規定ナレハ法律行爲カ假裝ニシテ眞ニ成立セス隨テ取消ノ必要ナキ場合ニ同法條ノ適用アルヘキニ非サルヤ多言ヲ俟タス故ニ若シ谷口タケト被上告人佐治兵衛間ノ賣買カ上告人主張ノ如ク上告人ヲ害スルコトヲ知リテ爲サレタルモノナルニ於テハ上告人ハ民法第四百二十四條ノ規定ニ依リ其賣買行爲ノ取消ヲ求ムルコトヲ得ヘケンモ被上告人等間ノ賣買カ假裝ナル場合ニ同條ノ規定ニ依リ取消ヲ求ムル權利ヲ有スヘキニ非サルヤ明ケシ又民法第四百二十四條ニ法律行爲トアルハ例ヘハ賣買又ハ贈與ノ場合ニ於テハ其賣買若クハ贈與行爲ヲ指シ質權又ハ抵當權設定ノ場合ニ於テハ其設定行爲ヲ指スモノニシテ登記法上ノ行爲ハ同條ニ所謂法律行爲ニ包含セラレサルコト多言ヲ要セサル所(明治三十九年オ第三五〇號同年九月二十八日言渡判例)ナレハ債權者タル上告人ハ民法第四百二十四條ノ規定ニ依リ登記ノ抹消手續ヲ求ムル權利ヲ有スルモノニ非サルコト亦明カナリ尤モ債權者カ民法第四百二十四條ニ依リ法律行爲ノ取消ヲ求ムル場合ニ於テ其行爲ノ取消サルルニ因リ原因ナキニ歸スヘキ登記アルトキハ同時ニ其登記ノ抹消手續ヲ訴求スルコトヲ得ルハ本院ノ認ムル所(前掲明治三十九年オ第三五〇號判例)ナルモ上告人等ハ前説明ノ如ク被上告人等ニ對シテハ同人等間ノ賣買カ假裝ナルコトヲ主張シ即チ登記原因ノ本來無効ナルコトヲ理由トシテ其登記ノ抹消手續ヲ求ムルモノニシテ而カモ債務者タル谷口タケニ代位シテ請求ヲ爲スニモ非サルカユヘ其法律關係カ谷口タケ及ヒ被上告人佐治兵衛ニ對シ法律行爲ノ取消竝ニ登記ノ抹消手續ヲ求ムル案件ト全ク異ナルト同時ニ其請求ノ理由ナキコトハ疑ヲ容レサル所ニシテ原院カ上告人等ノ控訴ヲ棄却シタルハ以上説明ノ如キ理由ニ基クモノナルコト其判文ヲ通讀シテ之ヲ知ルニ餘リアルカユヘ民法第四百二十四條若クハ民事訴訟法第五十條ヲ誤解シタルモノト謂フ可カラサレハ本論旨ハ孰レモ上告適法ノ理由タラス
右説明ノ如クナルヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ從ヒ本上告ヲ棄却スルモノナリ
明治四十一年(オ)第三百五十一号
明治四十一年十一月十四日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第四百二十四条は法律行為が有効に成立したる場合に之を取消すことを得せしむる規定なれば法律行為が仮装にして真に成立せざる為め取消の必要なき場合には同条を適用すべき限に在らず
- 一 民法第四百二十四条に所謂法律行為とは売買又は贈与の場合に於ては其売買若くは贈与行為を指称し質権又は抵当権設定の場合に在ては其設定行為を指称するものにして登記法上の行為は此に包含せず
- 一 債権者が民法第四百二十四条に依り法律行為の取消を求むる場合に於て其行為の取消さるるに因り無原因に帰すべき登記あるときは同時に其抹消手続を訴求することを得。
(参照)債権者は債務者が其債権者を害することを知りて為したる法律行為の取消を裁判所に請求することを得。
但其行為に因りて利益を受けたる者又は転得者が其行為又は転得の当時債権者を害すべき事実を知らざりしときは此限に在らず(民法第四百二十四条第一項)
上告人 武田源次郎 外九名
訴訟代理人 羽田智証
被上告人 田中佐治兵衛 外一名
右当事者間の詐害行為取消請求事件に付、東京控訴院が明治四十一年六月十三日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第一点は原判決は民法第四百二十四条を誤解したる違法あり。
原判決の第二段の理由を要言するに「被上告人間に於て為したる移転登記は仮装売買行為が詐害行為中に包含せられざるが如く仮装原因の該登記も亦詐害行為中に包含せず。
従て詐害行為及び之による移転登記にして取消されたればとて之れが影響を受け当然取消さるべきものにあらず。
云云」と是れ詐害行為の法則を誤解したるものと言はざるを得ず。
民法第四百二十四条に債権者は債務者が其債権を害する事を知りて為したる法律行為の取消を裁判所に請求する事を得とありて詐害行為として取消し得べき行為は債権を害する事を知りて為したる債務者の法律行為なり。
債務者の法律行為たることを要するが故に債務者に非らざる者即ち受益者若くは転得者の為したる法律行為は取消の範囲にあらず。
又た債務者の法律行為たることを要するが故に法律行為にあらざる登記手続の行為の如きは又取消の訴の範囲外なりとす。
然れども債務者の法律行為の取消を裁判所に請求するときは此法律行為と因果の関係ある登記の抹消手続を請求することを得べし蓋し純理より之を云へは登記手続は法律行為にあらざるを以て取消請求の範囲外に在りと雖も債務者の法律行為を取消すに際し登記の抹消を許すことは畢竟取消の効果として之れと因果の関係を有する登記を抹消する事は必然の結果と言はざるを得ず。
原判決は此点に於て誤謬に陥りたり曰く仮装売買に因る移転登記は無効なり。
故に取消の範囲に入らず反之法律行為による登記は有効なり。
故に之れを取消すことを得と誤れり蓋し仮装行為による登記と法律行為による登記とは何れの点に於て差異あるや唯其当初に於て有効なると無効なるとの別あるに過ぎず。
然るに有効なる法律行為による登記と雖も其法律行為が取消されたるときは初めより無効となるを以て(第百二十一条)仮装行為に由る登記と毫も択ふ所なきなり。
然るに一は取消の範囲に入り他は取消の範囲に入らずとの趣旨は矛盾と言はざるを得ず。
故に苟も債務者の法律行為及び之に由る登記が取消されたる以上は之と因果の関係を有する総ての行為は之れが影響を受けざる可らず。
故に上告代理人の解釈する所によれば本件詐害行為として取消を請求したるは債務者たる谷口たけか田中佐治兵衛に対し為したる売渡の行為其物なり。
而して田中佐治兵衛の買受の行為は谷口たけの売渡の行為を取消すの効果として同時に之を取消すべき筋合なり。
而して此効果は田中佐治兵衛の買受行為の取消及び之に由る移転登記の抹消のみに止まらず之れと因果の関係を有する行為は其法律行為なると登記手続なるとを問はず一定の条件具備したる場合には受益者も転得者も詐害行為取消の影響を甘受せざるを得ず。
即ち被上告人間に為したる売買の仮装行為は取消の必要なきも之に基き為したる移転登記は債権者の権利を害するの状態に在るを以て之を抹消し得る事は恰も債務者の法律行為を取消したる結果として之れに由る移転登記の抹消すると同一の理由なりと言ふを得べし元来本件被上告人両名は第一審訴状に記載したるが如く谷口たけか上告人等に賃貸しつつありたる土地を買受け上告人等に対し不法占拠を理由とし土地明渡を要求し上告人等の困憊に乗し三倍若くは四倍の高価を以て売付け不当に利得せんとする所謂地震売買と称する者なり。
故に被上告人は其主体は二個なるも其実は二身一体なり。
上告人等の債権を害する目的を以て土地の所有名義を仮装したるものなり。
故に被上告人間に為したる移転登記は上告人の権利を害する目的に依りて行はれたるものなるを以て債務者たる谷口たけの詐害行為の取消に直接の関係あるが故に取消の影響は必然の結果なりと言はざるを得ず。
原判決は曰く「控訴人(上告人)は詐害行為の取消を得たる後更に別に債務者の権利に代位し被控訴人間の登記原因は仮装売買による無効のものなる旨を主張せざる可らず。
然るに事茲に出でさるを以て其請求は許す可らず」と代位訴権に依るに非らざれば請求の途なき旨説示せるも謬れり斯かる解釈は谷口たけ田中佐治兵衛間の詐害行為と田中佐治兵衛と小林周郎間の仮装行為とを以て何等因果の関係なき各独立したる行為なりとの観察を前提とせざるを得ざるべしと雖も本件の如き二身一体意思共通の被上告人間の行為には適用すべからざるものとす。
要之原判決は詐害行為の法則を誤解し詐害行為と因果の関係を有する被上告人間の移転登記は詐害行為の法則の範囲外とし其の適用を除外し第一審裁判所が為したる訴訟手続を是認したるは違法なりと思量すと云ひ」第二点は原判決は必要的共同訴訟の法則を誤解したる違法あり。
原判決は谷口たけ田中佐治兵衛間の法律行為及之に由る売買登記抹消請求と被上告人の仮装行為に依る売買登記抹消請求とを分離したる第一審の判決を是認し登記名義が谷口たけと小林周郎との対立する場合と雖も差支なき旨判示せられたるも是れ違法の判決なりと言はざるを得ず。
何となれば原院は仮装行為による売買登記は民法第四百二十四条の法則中に包含せずとの前提に基き為したる結論に過ぎず。
而して其前提の誤謬なる事は第一点に於て明瞭なる所なり。
果して然りとせば本件右二箇の請求を必要的共同訴訟として之を審理し若し一部を理由ありとせば全部を是認し一部が理由なしとせば全部を棄却すべきものなり。
然るに事茲に出でず此二箇の請求を分離したるは民事訴訟法の訴訟手続に違背したるものと言ふべきなりと云ふに在り
仍て按ずるに上告人等は谷口たけと被上告人田中佐治兵衛間の売買は債務者たる谷口たけか債権者たる上告人を害することを知りて之を為したるものなりとて民法第四百二十四条に依り該売買行為の取消と其売買に因る登記の抹消手続を求むると同時に被上告人田中佐治兵衛と同小林周郎間の売買行為の取消と之れが登記の抹消手続を求むるものなるも谷口たけと被上告人佐治兵衛間の売買に付ては其売買が真正に成立したるものなることを主張し被上告人佐治兵衛と同周郎間の売買に付ては其売買が同人等の通謀して為したる虚偽の意思表示にして、即ち仮装の売買なることを主張せるものなるや原判決の事実摘示に依り明白なる所なり。
然るに民法第四百二十四条は法律行為が有効に成立せる場合に之を取消すことを得せしむる為めの規定なれば法律行為が仮装にして真に成立せず随で取消の必要なき場合に同法条の適用あるべきに非ざるや多言を俟たず。
故に若し谷口たけと被上告人佐治兵衛間の売買が上告人主張の如く上告人を害することを知りて為されたるものなるに於ては上告人は民法第四百二十四条の規定に依り其売買行為の取消を求むることを得べけんも被上告人等間の売買が仮装なる場合に同条の規定に依り取消を求むる権利を有すべきに非ざるや明けし又民法第四百二十四条に法律行為とあるは例へば売買又は贈与の場合に於ては其売買若くは贈与行為を指し質権又は抵当権設定の場合に於ては其設定行為を指すものにして登記法上の行為は同条に所謂法律行為に包含せられざること多言を要せざる所(明治三十九年お第三五〇号同年九月二十八日言渡判例)なれば債権者たる上告人は民法第四百二十四条の規定に依り登記の抹消手続を求むる権利を有するものに非ざること亦明かなり。
尤も債権者が民法第四百二十四条に依り法律行為の取消を求むる場合に於て其行為の取消さるるに因り原因なきに帰すべき登記あるときは同時に其登記の抹消手続を訴求することを得るは本院の認むる所(前掲明治三十九年お第三五〇号判例)なるも上告人等は前説明の如く被上告人等に対しては同人等間の売買が仮装なることを主張し。
即ち登記原因の本来無効なることを理由として其登記の抹消手続を求むるものにして而かも債務者たる谷口たけに代位して請求を為すにも非ざるかゆへ其法律関係が谷口たけ及び被上告人佐治兵衛に対し法律行為の取消並に登記の抹消手続を求むる案件と全く異なると同時に其請求の理由なきことは疑を容れざる所にして原院が上告人等の控訴を棄却したるは以上説明の如き理由に基くものなること其判文を通読して之を知るに余りあるかゆへ民法第四百二十四条若くは民事訴訟法第五十条を誤解したるものと謂ふ可からざれば本論旨は孰れも上告適法の理由たらず
右説明の如くなるを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に従ひ本上告を棄却するものなり。