約束手形金請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）14輯1148頁

上告理由第一点は原判決を閲するに「按ず[あんず]るに訴状の記載並に原審明治四十一年七月一日並に六月五日及同年四月二十七日附口頭弁論調書を参照するに控訴人が原審に於て主張せし訴の原因は明治四十年十月二十二日明治鉄工株式会社専務取締役袴田滝三郎振出に係る金額千六百五十円振出地東京市支払期日同年十二月二十日支払場所東京市本所区相生町五丁目株式会社川崎貯蓄銀行本所支店受取人袴田喜四郎の約束手形一通を裏書人の署名のみに係る裏書に因り取得し其手形の所持人として本訴請求を為すと云ふ[いう]に在りて当審に於ける主張と異ならず。 而して[しこうして]唯控訴人が原審に於ては訴外袴田喜四郎被告訴外稲茂登三郎同原信謹の各署名のみに依る裏書を経で本件手形を取得したりと主張したるを当審に於て訴外袴田喜四郎被告の各署名のみに依る裏書を経で之を取得したりとの主張に更めたるに過ぎずして右は民事訴訟法第四百八条第百九十六条に所謂訴の原因を変更せずして事実上の申述を更正したるに外ならず」云云と説明せられたり。 然れ共訴の原因とは法律関係を変更するものにあらずして法律関係の基礎たる成立事実を変更することを云ふ[いう]に外ならず然り、而して[しこうして]第一審に於ける被上告人（控訴人）の主張は本件手形を上告人より直に取得したるにあらず。 上告人其後者訴外稲茂登三郎更に其後者訴外原信謹の裏書を経で之を取得したるものなりと云ふ[いう]に在り。 然るに原審に於ては全然之を変更し訴外稲茂登三郎同原信謹の両者の裏書と何等関係なく上告人より直ちに之を受取りたりと云ふ[いう]に在り

果して然らば是れ法律関係の基礎たる成立事実を変更せしものにあらずして何そや然るに原審に於て「右は民事訴訟法第四百八条第百九十六条に所謂訴の原因を変更せずして事実上の申述を更正したるに外ならず」云云と説明せられたるは要するに裏書の連続ありや否やを決す。 可き基礎をなす重要事実なり。 之を変更するは訴を変更する結果を生ず。 可きや明白なり。 然るを訴の変更なしと判断せられたるは不法なりと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]訴の原因に変更なしとする裁判に対しては不服を申立つることを得ざるは民事訴訟法第百九十七条に明定する所なり。 而して[しこうして]本論旨は要するに原告たる被上告人は第一審に於て訴外袴田喜四郎被告（上告人）訴外稲茂登三郎同原信謹の各署名のみによる裏書を経で本件の手形を取得したりと主張したるを原審に於て訴外袴田喜四郎被告（上告人）の各署名のみによる裏書を経で之を取得したりと其主張を更めたるも此更正は民事訴訟法第四百八条第百九十六条の所謂訴の原因を変更せずして事実上の申述を更正したるに外ならずとの原院の判示に対する不服なれば前掲の規定に照らして不適法の理由たること明白なり。

上告理由第二点は凡そ手形上の権利を主張し之を行使せんとする者は二箇の資格を具備せざる可らず実質的資格即ち悪意又は重大なる過失なくして手形を取得したること及び形式的資格即ち手形の外観に於て所持人が受取人若くは最後の被裏書人として表彰せられざる可らず。 而して[しこうして]其果して実質的関係に於て正当の権利者なるや否やとは相関するものにあらず。 而して[しこうして]形式的資格は裏書なき手形に在りては手形に受取人として指定せられたる者に属し裏書ある手形に付ては受取人より所持人に至る迄形式即ち手形上の記載に於て相連続して所持人が最後の被裏書人たる場合に於て始めて之を有す。 即ち苟くも裏書ある手形に付ては裏書連続の原則に支配せらるるものなり。 商法第四百六十四条に於て「。 但し署名のみを以て為したる裏書あるときは次の裏書人は其裏書に因りて為替手形を取得したるものと看做す。」と規定あるは。 即ち裏書連続の精神を維持するに外ならざるなり。 翻で原判決を閲するに其理由の第二に於て（前略）被控訴人は仮に控訴人主張の如く被控訴人に於て署名のみに依る裏書を為したりと為すも其後訴外稲茂登三郎、同原信謹の各裏書を経で本件手形を控訴人に於て取得したるものにして其の稲茂登三郎、原信謹の裏書たるや無効の裏書にして連続を欠くものなるが故に控訴人は本件手形の所持人として手形上の権利を行ふことを得ざるものなりと抗弁したるか甲第一号証に依れば被控訴人の署名のみに依る裏書以後に於ける稲茂登三郎及原信謹の裏書には被裏書人として順次原信謹控訴人の記載あるを以て署名のみに依る裏書に非ざること明にして又孰れ[いずれ]も年月日の記載を欠欠するが故に商法第五百二十九条第四百五十七条第一項により記名式裏書としても亦[また]其効なく随で裏書として何等効力なきものなることは之を認め得れ共無効の裏書は。 即ち裏書の存在せざると同一に帰し随で連続の有無の問題を生ぜざる筋合なるを以て被控訴人の抗弁を採用するに由なし。 （後略）と説明せられたるは。 即ち手形上の権利者たるには形式的資格を要することを忘れたると共に裏書連続の本義を誤解したるものに外ならず蓋し[けだし]無効の裏書は裏書の存在せざると同一に帰し随で連続の有無の問題を生ぜざる筋合なりとは一般普通の原則を適用したるものにして手形が形式的証券たるより必然に生ずる特則を無視したるものなればなり。 若し原判決をして正当なる解釈なりとせんか被裏書人たる甲意思無能力者が偶偶乙に裏書譲渡し更に乙より丙丁戊己と順次裏書譲渡し形式上裏書が連続したりとせんも尚ほ手形所持人たる己は手形上の権利を有せざることとなる可し何となれば意思無能力者たる甲の裏書は無効なればなり。 更に一歩を進むれば原判決は商法第四百三十八条の精神にも背悖することとなる可し蓋し[けだし]無能力者が手形行為を取消せば手形行為は最初より存在せざることとなる可く而も商法第四百三十八条後段は他の手形上の権利義務に影響を及ぼさずと規定すればなり。 此理は幾多手形の行為中偶偶一二の無効なる手形行為の存在したる場合と雖[いえども]も其間彼れ此れ差異なく要するに手形の特質より生じたる原則の適用を示したるものに外ならずして取消したる場合にのみ限りたるものにあらざればなり。 （此点は御院明治三十九年（オ）第一九号約束手形金請求事件に付て明治三十九年二月二十日の判決に於ても認めらるる所なり。 ）要するに原判決は手形の性質手形の外観的解釈の原則更に裏書連続の本義を誤解したるものにして不法なりとすと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]原院の認めたる事実に依れば本件手形は上告人の前者袴田喜四郎より其署名のみに依る裏書に因り上告人之を取得し上告人も亦[また]同様署名のみの裏書を以て其後者に流通せしめたるものなれば其後幾人の手を転輾し其人が署名せざる場合に在ても尚ほ最後の所持人たる被上告人は自己を被裏書人と為すことを得べきは法規上一疑なき所なり。 而して[しこうして]上告人より手形を取得したる訴外稲茂登三郎同原信謹に於て事実上転輾の媒介者なりとするも其裏書が法律上無効なる以上は其記載は空白と異なることなきを以て被上告人が自己を被裏書人と為したる場合に在ては上告人が直接の前者たるべきは当然にして此間裏書連続の問題を生ずべきにあらず。 故に原院が此趣旨に基き商法第五百二十九条第四百六十四条等に依り上告人の本件裏書の連続を欠く無効のものなりとの抗弁を排斥したるは相当にして原判決は本論旨所論の如き不法あることなし

右の理由に依り民事訴訟法第四百三十九条第一項の規定に従ひ主文の如く判決するものなり。