離縁請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）14輯511頁

上告第一点は原判決は其摘示の「被控訴人善次郎は天刑病にして起居自由ならず被控訴人けさも病身にして夫善次郎の病気に付き十分の看護を為す能はざる所より控訴人をして其衝に当らしむる為めにして控訴人も此等の事情を知悉して養子と為りたるに拘はらず明治四十年一月中無断家出し云云」との理由を以て民法第八百六十六条第二号を適用せられたりと雖[いえども]も元来該条は其条文の示す如く悪意なる意思と積極消極なる遺棄の事実あらざるべからず。 然るに本件事実は前記の如く単に上告人が被上告人を看護す可きを知悉しながら家出したりとの一点のみにして何等上告人が被上告人を遺棄せりと見る可き事実なし。 故に本件事実は寧ろ[むしろ]民法第八百六十六条第六号に所謂「養子が逃亡し云云」との事実には或は該当せんも之をして遺棄なりと論断せらるるは牽強も亦[また]甚しと謂つ可し何となれば単に上告人が被上告人を看護す可きを知悉しながら家出せしとの事実のみにては其家出が果して上告人が被上告人を遺棄せんか為めに出でたるや又は被上告人が上告人を同居に堪へざる虐待を為したるが故なるか将た[はた]亦[また]被上告人が上告人を遺棄したるに出でたるか不明なればなり。 況んや原判決の事実及理由には上告人が悪意の意思にて家出せしと見る可き点皆無なるに於ておや故に原判決は理由不備にして法律の適用を誤りたる違法の判決なりと信ずと云ふ[いう]に在り

依て按ず[あんず]るに被上告人善次郎は天刑病にして起居自由ならず同けさも病身にして夫善次郎の看護を為す能はざるにより上告人をして其衝に当らしむる為め之と養子縁組を為し上告人も亦[また]之等の事情を知悉して養子と為りたるに拘らず明治四十年一月中無断家出したる儘更に被上告人を顧みざるものなれば悪意を以て被上告人を遺棄したるものと云はざるべからず。 然らば原判決が右事実を認め民法第八百六十六条第二号の事由あるものと為したるは相当にして毫も[ごうも]上告人所論の如き理由不備の違法なし。

上告第二点は原審明治四十年十月二十一日第一回口頭弁論には其構成部員は判事柳川勝二、判事秦野健二、判事嘉山幹一、判事大橋樹太郎、判事森井良策の五名なりしを明治四十一年二月二十一日第二回口頭弁論には第一回口頭弁論の際構成部員たりし判事秦野健二、判事森井良策の二名は列席せられず判事山内確三郎、判事横村米太郎に変更ありたるにも拘はらず原審が弁論の更新を為さざりしは民事訴訟法上口頭審理の原則に反する審理にして此違法の審理に出でたる原判決亦[また]違法たるを免れずと云ふ[いう]に在り

依て按ず[あんず]るに原判決は明治四十年十月二十一日の第一回口頭弁論に基きたるものにあらずして同四十一年二月二十一日の第二回口頭弁論に基き為されたるものなることは原判決事実摘示の部に「控訴人は云云明治四十一年二月二十一日午前九時の口頭弁論期日に出頭せず被控訴人は右期日に出頭の上控訴棄却の判決を求むと申立で云云」とあるに依り之を知るを得べく。 而して[しこうして]右第二回口頭弁論に於ては出頭したる被上告人のみをして事実上の供述等を為さしめたるものにして弁論の更新せられたること自ら明かなれば上告論旨は其理由なし。

上告第三点は原判決は本件第一審判決が適法の審理に基かざる違法の判決なるに第一審判決を廃棄せず控訴棄却の言渡を為したるは民事訴訟法第四百二十三条に反する不法あり。 即ち其の一、人事訴訟手続法第二十六条、第五条に基き養子縁組事件の口頭弁論には検事の立会を要すべきを本件第一審明治四十年六月三日第一回口頭弁論には検事の立会なし。 其の二、民事訴訟法上送達は原則として本人若くは本人の住居に於ける同居の親族又は雇人に送達すべきは同法第百四十五条に依り明確なり。 而して[しこうして]尚該条の住居に於けるとは本人が現に住居し居る場所の謂にして単に戸籍面の存否の場所を指したるに非ざるは住居なる文字自体と且つ送達の性質よりして一点の疑なき所なり。 然るに本件第一審に於て上告人に対する送達は明治四十年五月六日の訴状並に期日呼出状送達及同年六月五日の期日呼出状送達は上告人が其当時事実上住居し居らざる本籍地（本籍地に住居し居らざるは被上告人が本訴を提起したる原因よりずるも明白なり。 ）に於て而かも[しかも]被上告人（原告）自身が送達を受け居り適法の送達なく。 従て権利拘束発生せざるが故に第三回の期日呼出状を上告人が仮住所の届出なきの故を以て郵便に付せられたるも亦[また]適法の送達と云ふ[いう]を得ず。 依て第一審判決は訴状並に期日呼出状とも適法の送達なき事件に判決を言渡したるの不法あり。 其の三、仮りに数歩を譲り右第二の事実は適法の送達なりと仮定するも尚ほ上告人に対する明治四十年六月五日の期日呼出状送達は其送達証に送達の場所を記入せざる民事訴訟法第百五十一条に違反せる送達にして適法の送達なりと云ふ[いう]を得ず。 加之[しかのみならず]明治四十年六月二十八日第三回口頭弁論期日の上告人に対する呼出状を同月十八日郵便に付したる主任裁判所書記よりの報告書は同年七月十八日附なるを以て、即ち右第三回口頭弁論当時は期日呼出状送達の適否を知るに由なきを以て同日上告人（被告）の出廷なきに口頭弁論を開始し且つ即日判決の言渡を為したるは同じく送達の法理を誤りたる違法の手続なりと云ふ[いう]に在り

依て按ず[あんず]るに養子縁組事件に付ては検事は弁論に立会ふことを要するものなるが故に検事にして之に立会はざるときは或は曠職の責を免れざるべきも裁判所は検事の立会を強要するを得ざるを以て苟も事件を通知し検事をして弁論に立会ふ機会を得せしむる以上は其立会なければとて事件に付、審理判決を為すを得ざるものにあらざれば本論旨第一は其理由なし。 又上告人は被上告人の養子にして他に別居したる事実なきを以て其本籍地たる被上告人家に住居するものとせざるべからざるのみならず上告人が被上告人を棄で家出したりとの本訴請求の原因たる事実に徴するも其住居の本籍地たること明かなるが故に本論旨第二も其理由なし。 次に上告人に対する明治四十年六月五日の期日呼出状郵便送達証書は民事訴訟法第百五十一条に違背し送達場所を記入せざるものなることは上告人所論の如くなるも右送達証書に依れば期日呼出状が上告人の住所たる長野県下伊那郡平岡村三十二番地に送達せられ同居の親族たる被上告人善次郎に於て之を受取り居ること明かなるが故に単に送達場所の記入なきが如きは該送達を無効たらしむる瑕瑾とならず。 従て判決に何等の影響を及ぼさざるを以て原院が此点に於て第一審判決及び其違背したる訴訟手続を廃棄せざりしとて以て破毀の原由と為すに足らず又上告人に対する明治四十年六月二十八日第三回口頭弁論期日の呼出状を同月十八日郵便に付したることは裁判所書記の報告書に依り明かなれば右報告書の日附が弁論期日の前なると後なるとを問はず裁判所が其期日に口頭弁論を開始したるは相当にして毫も[ごうも]上告人所論の如き違法ありと云ふ[いう]を得ず。 要するに本論旨第三も亦[また]其理由なし。

以上説明の如く上告論旨は一も其理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り主文の如く判決す