明治四十年（オ）第四百三十四號
明治四十一年一月二十七日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 民事訴訟法第百九十條第二項第二號ノ規定ハ必スシモ一箇ノ請求ニ付キ數箇ノ原因ヲ記載スルコトヲ得サル旨趣ニ非スシテ唯請求ノ原因ヲ確定シ如何ナル特定ノ法律關係ニ基キ請求スルヤヲ明確ニスルコトヲ要ストノ法意ニ外ナラス
（參照）此訴状ニハ左ノ諸件ヲ具備スルコトヲ要ス」起シタル請求ノ一定ノ目的物及ヒ其請求ノ一定ノ原因（民事訴訟法第百九十條第二項第二號）
上告人 株式會社倉庫銀行
右代表者 平林庄治郎
訴訟代理人 播磨辰治郎
被上告人 上條喜二郎
右當事者間ノ約束手形金請求事件ニ付東京控訴院カ明治三十九年十一月十九日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判決
原判決中訴訟費用ヲ被上告人ニ負擔セシメタル部分ヲ除キ其他ノ部分ヲ破毀シ更ニ辯論及ヒ裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ東京控訴院ニ差戻ス
理由
上告論旨ノ第一點ハ本件ハ被上告人カ第一審ニ於ケル共同被告タル中村市郎二ナル者振出ノ約束手形ヲ上告人ニ裏書讓渡ヲ爲スニ際シ手形手續ノ欠缺ニ依リ手形上ノ權利ヲ喪失スルコトアルヘキヲ慮リ豫メ如此場合ニ備フル爲メ裏書ト同時ニ手形金竝ニ支拂遲延ニ依リ生スル損害利息ニ付キ保證ヲ爲シ以テ手形法上ノ責任ノ外ニ保證債務ヲ負擔シタルモノナリ隨テ上告人ハ手形金額七百圓竝ニ遲延利息ニ付テハ手形法上ノ手續ヲ履踐シテ償還ヲ求ムル權利アル外保證契約ニ基キ其支拂ヲ要求スルノ權利アルモノトス故ニ償還請求通知ノ手續ニ付キ證明不充分ノ爲メ手形法上ノ理由ハ相立サルモノトスルモ特約ナル保證ノ關係ヨリ本件被上告人ニ支拂ノ義務アリト云フハ本訴ノ骨子ナリトス抑モ一定ノ金額ノ請求ヲ右ノ如キ二箇ノ理由ヲ原因トシテ訴求スルモ之ヲ以テ原判旨ノ如ク一定セサル請求ノ原因ヲ主張スルモノト云フコトヲ得ス何トナレハ民事訴訟法第百九十條第二項第二號ニ規定セル「其請求ノ一定ノ原因」トアルハ請求ノ原因ハ必ス一箇タルヘキコト即チ一箇ニ限定スルノ意ニアラスシテ請求ノ原因ハ必ス確定ノモノナラサルヘカラサルコト（不確定ノモノニアラサルヲ要スルコト）ヲ規定シタルモノナリ故ニ其原因ニシテ確定シ且ツ互ニ牴觸セサルニ於テハ數箇ノ原因ヲ主張スルモ決シテ此規定ニ背戻スルモノニアラス現ニ法律ノ規定アルニ重ネテ當事者カ特約ヲ爲シタル場合ニ其法律ノ規定ト特約ヲ原因トシテ出訴スルカ如キ又夫ノ土地ノ賃貸借ニ於テ賃料ノ延滯又ハ地上建造物ノ燒失ノ場合ニハ何レモ明渡ヲ請求シ得ル關係ノ場合ニ於テ其二个ノ原因ノ併發倶有スルトキハ一ノ明渡ナル請求ハ右二箇ノ原因ニヨリ爲シ得ルコト日常ノ判例上ニ於テ少シモ疑ナキノミナラス法律ハ却テ或種ノ訴訟ニ於テハ數箇ノ原因アルトキハ必ス之ヲ同時ニ主張スルコトヲ抑スルモノトナセル次第ナリ
然ルニ原院ハ本件ノ如ク二箇ノ原因ヲ主張スルハ不適法ノモノト却下シタルハ法則ヲ不當ニ適用シタル違法ノ裁判ナリト云フニ在リ
仍テ按スルニ民事訴訟法第百九十條第二項第二號ニ於テ訴状ニハ請求ノ一定ノ原因ヲ記載スルコトヲ要スル旨規定シタルハ必スシモ請求ノ原因ヲ一箇ニ限定シ一箇ノ請求ニ付キ數箇ノ原因ヲ記載スルコトヲ得サルノ趣旨ニ出テタルモノニ非スシテ唯請求ノ原因ヲ確定シ如何ナル特定ノ法律關係ニ基キ請求ヲ爲スヤヲ明確ニスルコトヲ要スルノ法意ニ外ナラサレハ請求權ノ因テ生スル確定ノ法律關係二箇以上并ヒ存シテ互ニ牴觸セサルトキハ其二箇以上ノ法律關係ヲ請求ノ原因トシテ主張スルコトヲ妨ケス是レ本院判例ノ是認スル所ナリ（明治三十八年（オ）第六十四號事件同年四月二十二日判決參照）而シテ上告人カ本訴請求ノ原因トシテ主張シタル事實ハ被上告人ハ本件手形ヲ上告人ニ裏書讓渡ヲ爲シ若シ振出人カ支拂期日ニ支拂ヲ爲ササルトキハ其手形ノ金額及ヒ遲延利息ヲ辨償スヘキ保證ノ特約ヲ爲シタルヲ以テ手形法上ノ債務ト民法上ノ保證債務トヲ倶ニ負擔スルモノナリト云フニ在ルコトハ記録ニ徴シ明白ナリ故ニ其請求ノ原因ハ一定セサルモノニ非スシテ二箇ノ原因ノ一定セルモノナレハ前示法條ノ規定ニ違背セル不適法ノ訴ナリト謂フヲ得ス然ルニ原院カ本訴ヲ請求ノ原因一定セサル不適法ノモノナリトシテ却下シタルハ違法ニシテ上告ハ其理由アリ依テ爾餘ノ上告論旨ニ付キ説明ヲ加フルノ必要ナキヲ以テ之ヲ省キ民事訴訟法第四百四十七條及ヒ第四百四十八條各初項ノ規定ニ從ヒ主文ノ如ク判決スルモノナリ
明治四十年（オ）第四百三十四号
明治四十一年一月二十七日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 民事訴訟法第百九十条第二項第二号の規定は必ずしも一箇の請求に付き数箇の原因を記載することを得ざる旨趣に非ずして唯請求の原因を確定し如何なる特定の法律関係に基き請求するやを明確にすることを要すとの法意に外ならず
（参照）此訴状には左の諸件を具備することを要す。」起したる請求の一定の目的物及び其請求の一定の原因（民事訴訟法第百九十条第二項第二号）
上告人 株式会社倉庫銀行
右代表者 平林庄次郎
訴訟代理人 播麿辰次郎
被上告人 上条喜二郎
右当事者間の約束手形金請求事件に付、東京控訴院が明治三十九年十一月十九日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
原判決中訴訟費用を被上告人に負担せしめたる部分を除き其他の部分を破毀し更に弁論及び裁判を為さしむる為め本件を東京控訴院に差戻す
理由
上告論旨の第一点は本件は被上告人が第一審に於ける共同被告たる中村市郎二なる者振出の約束手形を上告人に裏書譲渡を為すに際し手形手続の欠欠に依り手形上の権利を喪失することあるべきを慮り予め如此場合に備ふる為め裏書と同時に手形金並に支払遅延に依り生ずる損害利息に付き保証を為し以て手形法上の責任の外に保証債務を負担したるものなり。
随で上告人は手形金額七百円並に遅延利息に付ては手形法上の手続を履践して償還を求むる権利ある外保証契約に基き其支払を要求するの権利あるものとす。
故に償還請求通知の手続に付き証明不充分の為め手形法上の理由は相立さるものとするも特約なる保証の関係より本件被上告人に支払の義務ありと云ふは本訴の骨子なりとす。
抑も一定の金額の請求を右の如き二箇の理由を原因として訴求するも之を以て原判旨の如く一定せざる請求の原因を主張するものと云ふことを得ず。
何となれば民事訴訟法第百九十条第二項第二号に規定せる「其請求の一定の原因」とあるは請求の原因は必す一箇たるべきこと。
即ち一箇に限定するの意にあらずして請求の原因は必す確定のものならざるべからざること（不確定のものにあらざるを要すること）を規定したるものなり。
故に其原因にして確定し且つ互に牴触せざるに於ては数箇の原因を主張するも決して此規定に背戻するものにあらず。
現に法律の規定あるに重ねて当事者が特約を為したる場合に其法律の規定と特約を原因として出訴するが如き又夫の土地の賃貸借に於て賃料の延滞又は地上建造物の焼失の場合には何れも明渡を請求し得る関係の場合に於て其二个の原因の併発倶有するときは一の明渡なる請求は右二箇の原因により為し得ること日常の判例上に於て少しも疑なきのみならず法律は却て或種の訴訟に於ては数箇の原因あるときは必す之を同時に主張することを抑するものとなせる次第なり。
然るに原院は本件の如く二箇の原因を主張するは不適法のものと却下したるは法則を不当に適用したる違法の裁判なりと云ふに在り
仍て按ずるに民事訴訟法第百九十条第二項第二号に於て訴状には請求の一定の原因を記載することを要する旨規定したるは必ずしも請求の原因を一箇に限定し一箇の請求に付き数箇の原因を記載することを得ざるの趣旨に出でたるものに非ずして唯請求の原因を確定し如何なる特定の法律関係に基き請求を為すやを明確にすることを要するの法意に外ならざれば請求権の因で生ずる確定の法律関係二箇以上並ひ存して互に牴触せざるときは其二箇以上の法律関係を請求の原因として主張することを妨げず。
是れ本院判例の是認する所なり。
（明治三十八年（オ）第六十四号事件同年四月二十二日判決参照）。
而して上告人が本訴請求の原因として主張したる事実は被上告人は本件手形を上告人に裏書譲渡を為し若し振出人が支払期日に支払を為さざるときは其手形の金額及び遅延利息を弁償すべき保証の特約を為したるを以て手形法上の債務と民法上の保証債務とを倶に負担するものなりと云ふに在ることは記録に徴し明白なり。
故に其請求の原因は一定せざるものに非ずして二箇の原因の一定せるものなれば前示法条の規定に違背せる不適法の訴なりと謂ふを得ず。
然るに原院が本訴を請求の原因一定せざる不適法のものなりとして却下したるは違法にして上告は其理由あり。
依て爾余の上告論旨に付き説明を加ふるの必要なきを以て之を省き民事訴訟法第四百四十七条及び第四百四十八条各初項の規定に従ひ主文の如く判決するものなり。
