明治四十年（オ）第二百四十六號
明治四十年十二月四日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 甲者カ債務ヲ負擔セル場合ニ於テ乙者之ニ加ハリ債權者ニ對シテ共ニ連帶債務ヲ約定スルハ債務ノ體樣ヲ變シタルニ過キサレハ之ヲ以テ債務者ノ交替ニ因ル更改ナリト云フヲ得ス（判旨第一點）
- 一 利息ヲ元本ニ組入レ若クハ更ニ返濟期限ヲ約シテ證書ヲ書換フルカ如キハ債務ノ要素ヲ變更セルモノニ非サレハ民法ノ所謂更改ニ該當セス（同上）
上告人 千葉キヱ
右法定代理人 千葉米吉
被上告人 成田吉右衛門
訴訟代理人 川島龜夫
右當事者間ノ貸米請求事件ニ付宮城控訴院カ明治四十年三月二十七日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
立會檢事矢野茂ハ意見ヲ陳述シタリ
判决
原判决中「控訴人ノ其餘ノ請求ハ之ヲ却下ス」「訴訟費用中三分ヲ控訴人ノ負擔トス」トアル部分ヲ除キ其他ノ部分ヲ破毀シ更ニ辯論及ヒ裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ宮城控訴院ニ差戻ス
理由
上告理由第一點ハ本件請求ノ債務ハ元ト明治三十一年七月五日玄米十一石ヲ債務者千葉和右衛門ニ於テ同年十二月二十五日支拂期日期限内一石ニ付利子二斗五升期限後同三升宛ヲ支拂フヘキ約束（乙第一號證）ナリシヲ明治三十五年八月七日ニ至リ右借用元利ヲ積算シ玄米三十三石五斗七升トナリタルヲ改メテ同年十二月十日マテ和右衛門千葉宗助ノ兩人連帶義務ニテ借用シ期限内無利子期限後ハ一个月一石ニ付三升宛ノ損害ヲ支拂フ事ニ改約シタリ如斯債務者竝ニ期限利息ノ變更等實質ニ於テ變更アリタル以上ハ單ニ前契約ノ延期ニアラスシテ契約ノ更改タルコト甚タ明ナリ此爭點ニ對シ原院ハ被控訴人ハ和右衛門隱居後同人ハ控訴人ト契約シテ甲第一號證ノ如ク利米ヲ元本ニ組入レ且ツ宗助ヲモ債務者ニ加ヘテ證書ヲ書換ヘタルモノナレハ目的ノ變更及債務者ノ交替ニ因リテ更改セラレ舊債務消滅シタルヲ以テ辨濟ノ責任ナキモノヽ如ク抗辯スレトモ利息ヲ元本ニ組入レタレハトテ之カ爲メ目的タル玄米ニ些少ノ變更ヲ生スルコトナク又和右衛門ハ宗助ヲ債務者ニ加ヘタル爲メ控訴人ニ對スル債務消滅シタルニモアラサレハ之ヲ以テ債務者ニ交替アリト云フヲ得ヘキ理ナク從テ更改ヲナシタルモノト認ムルヲ得スト判决シタルハ契約更改ニ關スル原則ニ背キタル違法ノ裁判ナリト云フニ在リ
因テ按スルニ甲債務者カ債務ヲ負擔セル場合ニ於テ乙債務者之ニ加ハリテ債權者ニ對シテ共ニ連帶債務ヲ約スルハ債務ノ體樣ヲ變シタルニ過キスシテ債務者ノ交替ニ因ル更改行ハレ舊債務カ之ニ因リテ消滅スルモノニアラス又利息ヲ元本ニ組入レ若クハ更ニ返濟期限ヲ約シテ證書ヲ書換ヘルコトハ債務ノ要素ヲ變更スルモノニアラス隨テ更改ヲ成サヽルコトハ當院判例ノ示ス所ナリ（明治三十四年四月二十六日言渡三三（オ）五七〇號事件第二民事部判决參照）然レハ原院カ假リニ上告人先々代和右衛門一名ニテ本件玄米ヲ被上告人ヨリ借受ケタルモノトスルモ同人隱居ノ後被上告人ト契約シテ甲第一號證ノ如ク利米ヲ元本ニ組入レ且上告人先代宗助ヲモ債務者ニ加ヘテ證書ヲ書換ヘタルハ目的ノ變更又ハ債務者ノ交替ニ因ル更改ニアラサル旨ヲ判示シタルハ相當ナリ故ニ本論旨ハ理由ナシ（判旨第一點）
同第二點ハ被上告人ノ請求ハ玄米三十三石五斗七升ニ明治三十六年一月一日ヨリ年二割五分ノ利米ヲ請求シタルニ原院ハ明治三十一年七月五日ヨリ利米ヲ積算シテ支拂フ樣判决シタルハ當事者ノ請求以外ノ利米ヲ負擔セシメタル不法ノ裁判ナリ假リニ原院ハ被上告人カ甲第一號證ニ基キ明治三十一年七月五日ヨリ同三十五年八月七日マテ元利米ヲ積算シ玄米三十三石五斗七升ヲ請求スル以上ハ被上告人ノ利子ノ請求ハ其内ニ含有セルモノトシテ判决セラレタルモノトスルモ甲第一號證中期限内無利子ノ契約ニ改メラレ被上告人ニ於テ期限後明治三十六年一月一日ヨリ利米ノ請求ヲナシタル以上ハ明治三十五年八月七日ヨリ同年十二月三十一日迄契約及抛棄ニヨリ無利子タルハ言ヲ俟タス然ルニ明治三十一年七月五日ヨリ判决執行迄通シテ利息ノ支拂ヒヲ命シタルハ是以テ不法ノ裁判タルヲ免レスト云フニ在リ
因テ按スルニ被上告人ハ本訴ニ於テ玄米三十三石五斗七升ニ明治三十六年一月一日ヨリ年二割五分ノ利米ヲ積算シテ辨濟スヘキコトヲ請求シ原院ハ玄米十一石ニ明治三十一年七月五日ヨリ判决執行ニ至ルマテ年二割五分ノ利米ヲ積算シテ辨濟スヘキコトヲ上告人ニ對シテ命シタルモノナルモ甲第一號證ノ利米積算ニシテ本論旨ニ述フル如ク明治三十一年七月五日ヨリ同三十五年八月七日マテノ利米ヲ積算シテ元利三十三石五斗七升ト爲シ期限内無利子ナルヤ又ハ被上告人辯解ノ如ク明治三十五年十二月末日マテノ利米ヲ積算シテ元利三十三石五斗七升ト爲シタル爲メ同三十六年一月一日ヨリ前掲利米ヲ請求スルモノナルヤ其事實ヲ確定スルニ非サレハ原院カ如上明治三十五年八月七日以後同年十二月末日マテノ利米辨濟ヲ命シタル當否ヲ判斷スルニ由ナキモノトス然ルニ原判决カ和右衛門宗助ニ於テ明治三十一年七月五日被上告人ヨリ借受ケタル玄米ノ數量ハ十一石ニシテ利米ハ一个年二割五分ナリトシ又明治三十五年八月七日利米ヲ元本ニ組入レ合計三十三石五斗七升ト爲シタルコトヲ認メナカラ其利米積算ノ如何ヲ顧ミルコトナク漫然上告人ハ玄米十一石ニ明治三十年一七月五日ヨリ判决執行ニ至ルマテ年二割五分ノ利米ヲ積算シ之ヲ被上告人ニ辨濟スヘキ義務アルコトヲ判示シタルハ理由不備ノ不法アルモノニシテ上告ニ係ル原判决ノ全部破毀ヲ免カレサルモノトス既ニ此點ニ於テ原判决ノ破毀スヘキモノナル以上ハ他ノ上告論旨ニ對シテハ別ニ説明ヲ付セス
以上説明ノ如クナルヲ以テ民事訴訟法第四百四十七條第四百四十八條各第一項ニ依リ主文ノ判决ヲ與フルモノナリ
明治四十年（オ）第二百四十六号
明治四十年十二月四日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 甲者が債務を負担せる場合に於て乙者之に加はり債権者に対して共に連帯債務を約定するは債務の体様を変したるに過ぎざれば之を以て債務者の交替に因る更改なりと云ふを得ず。
（判旨第一点）
- 一 利息を元本に組入れ若くは更に返済期限を約して証書を書換ふるが如きは債務の要素を変更せるものに非ざれば民法の所謂更改に該当せず（同上）
上告人 千葉きゑ
右法定代理人 千葉米吉
被上告人 成田吉右衛門
訴訟代理人 川島亀夫
右当事者間の貸米請求事件に付、宮城控訴院が明治四十年三月二十七日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
立会検事矢野茂は意見を陳述したり。
判決
原判決中「控訴人の其余の請求は之を却下す」「訴訟費用中三分を控訴人の負担とす。」とある部分を除き其他の部分を破毀し更に弁論及び裁判を為さしむる為め本件を宮城控訴院に差戻す
理由
上告理由第一点は本件請求の債務は元と明治三十一年七月五日玄米十一石を債務者千葉和右衛門に於て同年十二月二十五日支払期日期限内一石に付、利子二斗五升期限後同三升宛を支払ふべき約束（乙第一号証）なりしを明治三十五年八月七日に至り右借用元利を積算し玄米三十三石五斗七升となりたるを改めて同年十二月十日まで和右衛門千葉宗助の両人連帯義務にて借用し期限内無利子期限後は一个月一石に付、三升宛の損害を支払ふ事に改約したり。
如斯債務者並に期限利息の変更等実質に於て変更ありたる以上は単に前契約の延期にあらずして契約の更改たること甚た明なり。
此争点に対し原院は被控訴人は和右衛門隠居後同人は控訴人と契約して甲第一号証の如く利米を元本に組入れ且つ宗助をも債務者に加へて証書を書換へたるものなれば目的の変更及債務者の交替に因りて更改せられ旧債務消滅したるを以て弁済の責任なきものの如く抗弁すれども利息を元本に組入れたればとて之が為め目的たる玄米に些少の変更を生ずることなく又和右衛門は宗助を債務者に加へたる為め控訴人に対する債務消滅したるにもあらざれば之を以て債務者に交替ありと云ふを得べき理なく。
従て更改をなしたるものと認むるを得ずと判決したるは契約更改に関する原則に背きたる違法の裁判なりと云ふに在り
因で按ずるに甲債務者が債務を負担せる場合に於て乙債務者之に加はりて債権者に対して共に連帯債務を約するは債務の体様を変したるに過ぎずして債務者の交替に因る更改行はれ旧債務が之に因りて消滅するものにあらず。
又利息を元本に組入れ若くは更に返済期限を約して証書を書換へることは債務の要素を変更するものにあらず。
随で更改を成さざることは当院判例の示す所なり。
（明治三十四年四月二十六日言渡三三（オ）五七〇号事件第二民事部判決参照）。
然れば原院が仮りに上告人先先代和右衛門一名にて本件玄米を被上告人より借受けたるものとするも同人隠居の後被上告人と契約して甲第一号証の如く利米を元本に組入れ、且、上告人先代宗助をも債務者に加へて証書を書換へたるは目的の変更又は債務者の交替に因る更改にあらざる旨を判示したるは相当なり。
故に本論旨は理由なし。
（判旨第一点）
同第二点は被上告人の請求は玄米三十三石五斗七升に明治三十六年一月一日より年二割五分の利米を請求したるに原院は明治三十一年七月五日より利米を積算して支払ふ様判決したるは当事者の請求以外の利米を負担せしめたる不法の裁判なり。
仮りに原院は被上告人が甲第一号証に基き明治三十一年七月五日より同三十五年八月七日まで元利米を積算し玄米三十三石五斗七升を請求する以上は被上告人の利子の請求は其内に含有せるものとして判決せられたるものとするも甲第一号証中期限内無利子の契約に改められ被上告人に於て期限後明治三十六年一月一日より利米の請求をなしたる以上は明治三十五年八月七日より同年十二月三十一日迄契約及放棄により無利子たるは言を俟たず。
然るに明治三十一年七月五日より判決執行迄通して利息の支払ひを命じたるは是以て不法の裁判たるを免れずと云ふに在り
因で按ずるに被上告人は本訴に於て玄米三十三石五斗七升に明治三十六年一月一日より年二割五分の利米を積算して弁済すべきことを請求し原院は玄米十一石に明治三十一年七月五日より判決執行に至るまで年二割五分の利米を積算して弁済すべきことを上告人に対して命じたるものなるも甲第一号証の利米積算にして本論旨に述ぶる如く明治三十一年七月五日より同三十五年八月七日までの利米を積算して元利三十三石五斗七升と為し期限内無利子なるや又は被上告人弁解の如く明治三十五年十二月末日までの利米を積算して元利三十三石五斗七升と為したる為め同三十六年一月一日より前掲利米を請求するものなるや其事実を確定するに非ざれば原院が如上明治三十五年八月七日以後同年十二月末日までの利米弁済を命じたる当否を判断するに由なきものとす。
然るに原判決が和右衛門宗助に於て明治三十一年七月五日被上告人より借受けたる玄米の数量は十一石にして利米は一个年二割五分なりとし又明治三十五年八月七日利米を元本に組入れ合計三十三石五斗七升と為したることを認めながら其利米積算の如何を顧みることなく漫然上告人は玄米十一石に明治三十年一七月五日より判決執行に至るまで年二割五分の利米を積算し之を被上告人に弁済すべき義務あることを判示したるは理由不備の不法あるものにして上告に係る原判決の全部破毀を免がれざるものとす。
既に此点に於て原判決の破毀すべきものなる以上は他の上告論旨に対しては別に説明を付せず
以上説明の如くなるを以て民事訴訟法第四百四十七条第四百四十八条各第一項に依り主文の判決を与ふるものなり。
