明治四十年(オ)第百五十八號
明治四十年十一月四日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 第三者ノ所有スル地所ニ工事ヲ施スコトヲ契約シタル場合ト雖モ其履行ヲ爲サントスルニ當リ第三者之ヲ承諾スルニ於テハ履行可能ナルカ故ニ該契約ハ不能ノ事項ヲ約シタル無効ノ行爲ナリト云フヲ得ス從テ當事者ノ一方カ相手方ニ對シ其履行ヲ訴求スルハ不能ノ行爲ヲ強ユルモノニ非ス
上告人 松塚村
右代表者 松田政吉
被上告人 金橋村大字曲川
右代表者 植田楢藏
右當事者間ノ畑岸竝ニ腹附撤去請求事件ニ付明治四十年三月四日大阪控訴院カ言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル旨申立テ被上告人ハ上告棄却ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
立會檢事板倉松太郎ハ意見ヲ陳述シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告理由第一點ハ本件係爭畑地カ第三者ノ所有ニ屬スル事ハ當事者間爭ナキノ事實ニシテ上告人ハ素ト本件土地ニ對シテ何等ノ權利ヲ有スルモノニ非ス而シテ原審ニ於テ被上告人ハ上告人カ本件土地ヲ自由ニ使用スルノ權利換言セハ自由ニ其地盤ヲ上下スル權利ヲ有スルモノナリト主張シ上告人ハ之ニ對シテ該土地ハ他人ノ所有ニ屬シ上告村ノ營造物ニモ非ス又上告村ノ管理スルモノニモ非ス且ツ其所有者ニ向テ本件被上告人要求ノ如キ工事ヲ施スニ付之カ承諾ヲ求メタルモ拒絶セラレタルカ故ニ本件要求ノ行爲ハ履行不能ノ行爲ナリト抗辯シタリ右ノ事實ニシテ果シテ眞實ナリトセハ本件甲第一號證ノ契約ハ不能ノ事項ヲ約シタル無効ノ契約ニシテ該契約ニ基ク被上告人ノ本件請求ハ不能ノ行爲ヲ強ユル不審ノモノナリト謂ハサル可カラス去レハ原院ハ先ツ被上告人ノ主張スル右事實ノ有無ヲ判定セサル可カラサル筋合ニシテ且ツ不能ノ行爲ヲ強ユル能ハサルハ事理ノ當然ナルニ不拘其理由中「控訴人ハ該地所ハ他人ノ所有ニ屬シ控訴人ノ營造物ニ非ス又管理物ニモ非ス且其所有者ニ對シ被控訴人要求通リ土工ヲ爲スニ付承諾ヲ求メタルモ其承諾ヲ得ル能ハサリシカ故ニ本件請求ハ不能ノ行爲ヲ強ユルモノナリト云フト雖モ之ヲ以テ事實ナリトスルモ未タ以テ本件請求ヲ目シテ不能ノ行爲ヲ要求スルモノト云フ能ハサルハ勿論ナルカ故ニ其抗辯モ理由ナシ」云々ト判示セラレタルハ法則ノ適用ヲ謬リ且理由不備ノ瑕瑾アル不當ノ裁判ナリト思量スト云フニ在リ依テ按スルニ第三者所有ノ地所ニ工事ヲ施スコトヲ契約シタルトキハ其履行ヲ爲サントスルニ當リ第三者ニ於テ之カ承諾ヲ爲サヽルニ於テハ履行不能ニ歸スヘキモ第三者之カ承諾ヲ爲スニ於テハ履行可能ナリ故ニ該契約ハ不能ノ事項ヲ約シタル無効ノ契約ナリトスルヲ得ス從テ當事者ノ一方ニ於テ相手方ニ對シ該契約ノ履行ヲ訴求スルハ敢テ不能ノ事項ヲ強ユルモノト云フヲ得ス其不能ナルヤ否ハ一ニ裁判ヲ執行セントスルニ當リ第三者其執行ヲ承諾スルト否トニ依リ確定スヘキモノトス左スレハ原院ニ於テ本訴地所ハ第三者ノ所有ニ屬シ上告人ハ本訴工事ヲ施スコトニ付キ所有者ノ承諾ヲ得ル能ハサリシ事實アリトスルモ被上告人ノ本訴請求ヲ目シテ不能ノ行爲ヲ要求スルモノト云フ能ハスト判定シタルハ結局其當ヲ得タルモノニシテ所論ノ如キ不法アルモノト云フヲ得ス
上告理由第二點ハ被上告人ハ又原審ニ於テ甲第一號證契約締結ノ當時本件係爭地カ受堤防ヨリ四尺下リナルヲ上告村民カ漸次ニ土砂ヲ該地ニ荷込ミ右ノ差ヲ減少シタルモノナリト主張シ上告人ハ檢證調書及ヒ證人松田政治郎ノ供述ヲ援用シ以テ右係爭地ニ土砂ヲ積込ミテ之ヲ高メタルノ事實ナキコトヲ論爭シタリ原判决ハ此點ニ關シ單ニ從前受堤防ト係爭地トノ間ニ四尺ノ差アリシコト及ヒ現時其差ヲ認メサルコトノ事實ノミニ依據シテ上告村民カ土砂ヲ荷込ミ係爭地ヲ高メタルモノナリト斷定セラレタリ然レトモ現時其高低ノ差ヲ減シタル原由カ或ハ受堤防其モノヽ低下シタルニ基因シタルヤモ亦未タ知ル可カラサルヲ以テ右ノ事實ノミニ據テ以テ上告村民カ土砂ヲ荷込ミタル結果ナリト斷セラレタル原判决ハ頗ル其當ヲ失スルモノニシテ理由ノ備ラサル不當ノ裁判ナリト信スト云フニ在リ依テ按スルニ原院ハ本訴係爭地所ハ現時受堤防ヨリ四尺下リニアラスシテ其制限ヲ超越シタル事實ト檢證調書ニ係爭地所ノ高低ハ當事者ニ多大ノ利害關係アリ地所高ケレハ控訴人(上告人)ハ洪水ノ際損害ヲ免ルヘキ旨ノ記載アルトニ依リ上告村民カ本訴地所ニ土砂ヲ荷込ミタルモノト判定シタルコト原判文ニ徴シテ洵ニ明カナリ左スレハ本論旨ハ畢竟原判文ヲ了解セスシテ漫ニ原院カ其職權ヲ以テ爲シタル事實ノ認定ニ不服ヲ唱ヘ之ヲ攻撃スルモノナレハ上告適法ノ理由トナラス
上告理由第三點ハ又上告人ハ右係爭地カ從前ト毫モ其差異ナク之ヲ高ムルカ爲メ何等ノ加工ヲ爲シタルコトナキノ事實ヲ證明スルカ爲メニ檢證調書竝ニ證人松田政治郎ノ證言ヲ援用シタリ而シテ是等ノ證據ニ徴スレハ現ニ係爭地カ土砂ヲ積込ミテ之ヲ高メタル形跡毫モ存セサルノミナラス從來未タ曾テ斯ル工事ヲ施シタルノ事實ナキコト洵ニ明ナリト云ハサル可カラス然ルニ原判决カ上告人ノ援用セル右證據ニ對シテハ何等ノ説明ヲ與フルコトナク右係爭地ト受堤防トノ高低ノ差ヲ減シタルハ上告人ノ行爲ニ基クモノナリト速斷セラレタルハ則チ重要ノ證據ヲ遺脱シテ不當ニ事實ヲ確定シ是亦理由不備ノ瑕瑾ニ陷リタル不法ノ裁判ナリト信スト云フニ在レトモ原院ハ其採用セサル證據ニ付キ一々之ヲ採用セラル理由ヲ判示スル職責ヲ有スル者ニアラス故ニ上告人ノ提出シタル證據ニ對シ一々之ヲ採用セサル理由ヲ判示セサルモ所論ノ如キ不法アル判决ナリト云フヲ得ス
以上説明ノ如ク本件上告ハ一モ其理由ナキニ依リ民事訴訟法第四百五十二條ニ從ヒ主文ノ如ク判决ス
明治四十年(オ)第百五十八号
明治四十年十一月四日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 第三者の所有する地所に工事を施すことを契約したる場合と雖も其履行を為さんとするに当り第三者之を承諾するに於ては履行可能なるが故に該契約は不能の事項を約したる無効の行為なりと云ふを得ず。
従て当事者の一方が相手方に対し其履行を訴求するは不能の行為を強ゆるものに非ず
上告人 松塚村
右代表者 松田政吉
被上告人 金橋村大字曲川
右代表者 植田楢蔵
右当事者間の畑岸並に腹附撤去請求事件に付、明治四十年三月四日大坂控訴院が言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる旨申立で被上告人は上告棄却を求むる申立を為したり。
立会検事板倉松太郎は意見を陳述したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告理由第一点は本件係争畑地が第三者の所有に属する事は当事者間争なきの事実にして上告人は素と本件土地に対して何等の権利を有するものに非ず。
而して原審に於て被上告人は上告人が本件土地を自由に使用するの権利換言せば自由に其地盤を上下する権利を有するものなりと主張し上告人は之に対して該土地は他人の所有に属し上告村の営造物にも非ず又上告村の管理するものにも非ず且つ其所有者に向て本件被上告人要求の如き工事を施すに付、之が承諾を求めたるも拒絶せられたるが故に本件要求の行為は履行不能の行為なりと抗弁したり。
右の事実にして果して真実なりとせば本件甲第一号証の契約は不能の事項を約したる無効の契約にして該契約に基く被上告人の本件請求は不能の行為を強ゆる不審のものなりと謂はざる可からず。
去れば原院は先づ被上告人の主張する右事実の有無を判定せざる可からざる筋合にして且つ不能の行為を強ゆる能はざるは事理の当然なるに不拘其理由中「控訴人は該地所は他人の所有に属し控訴人の営造物に非ず又管理物にも非ず、且、其所有者に対し被控訴人要求通り土工を為すに付、承諾を求めたるも其承諾を得る能はざりしか故に本件請求は不能の行為を強ゆるものなりと云ふと雖も之を以て事実なりとするも未だ以て本件請求を目して不能の行為を要求するものと云ふ能はざるは勿論なるが故に其抗弁も理由なし。」云云と判示せられたるは法則の適用を謬り、且、理由不備の瑕瑾ある不当の裁判なりと思量すと云ふに在り。
依て按ずるに第三者所有の地所に工事を施すことを契約したるときは其履行を為さんとするに当り第三者に於て之が承諾を為さざるに於ては履行不能に帰すべきも第三者之が承諾を為すに於ては履行可能なり。
故に該契約は不能の事項を約したる無効の契約なりとするを得ず。
従て当事者の一方に於て相手方に対し該契約の履行を訴求するは敢て不能の事項を強ゆるものと云ふを得ず。
其不能なるや否は一に裁判を執行せんとするに当り第三者其執行を承諾すると否とに依り確定すべきものとす。
左すれば原院に於て本訴地所は第三者の所有に属し上告人は本訴工事を施すことに付き所有者の承諾を得る能はざりし事実ありとするも被上告人の本訴請求を目して不能の行為を要求するものと云ふ能はずと判定したるは結局其当を得たるものにして所論の如き不法あるものと云ふを得ず。
上告理由第二点は被上告人は又原審に於て甲第一号証契約締結の当時本件係争地が受堤防より四尺下りなるを上告村民が漸次に土砂を該地に荷込み右の差を減少したるものなりと主張し上告人は検証調書及び証人松田政次郎の供述を援用し以て右係争地に土砂を積込みて之を高めたるの事実なきことを論争したり。
原判決は此点に関し単に従前受堤防と係争地との間に四尺の差ありしこと及び現時其差を認めざることの事実のみに依拠して上告村民が土砂を荷込み係争地を高めたるものなりと断定せられたり。
然れども現時其高低の差を減じたる原由が或は受堤防其ものの低下したるに基因したるやも亦未だ知る可からざるを以て右の事実のみに拠で以て上告村民が土砂を荷込みたる結果なりと断せられたる原判決は頗る其当を失するものにして理由の備らざる不当の裁判なりと信ずと云ふに在り。
依て按ずるに原院は本訴係争地所は現時受堤防より四尺下りにあらずして其制限を超越したる事実と検証調書に係争地所の高低は当事者に多大の利害関係あり地所高ければ控訴人(上告人)は洪水の際損害を免るべき旨の記載あるとに依り上告村民が本訴地所に土砂を荷込みたるものと判定したること原判文に徴して洵に明かなり。
左すれば本論旨は畢竟原判文を了解せずして漫に原院が其職権を以て為したる事実の認定に不服を唱へ之を攻撃するものなれば上告適法の理由とならず
上告理由第三点は又上告人は右係争地が従前と毫も其差異なく之を高むるか為め何等の加工を為したることなきの事実を証明するか為めに検証調書並に証人松田政次郎の証言を援用したり。
而して是等の証拠に徴すれば現に係争地が土砂を積込みて之を高めたる形跡毫も存せざるのみならず従来未だ曽て斯る工事を施したるの事実なきこと洵に明なりと云はざる可からず。
然るに原判決が上告人の援用せる右証拠に対しては何等の説明を与ふることなく右係争地と受堤防との高低の差を減じたるは上告人の行為に基くものなりと速断せられたるは則ち重要の証拠を遺脱して不当に事実を確定し是亦理由不備の瑕瑾に陥りたる不法の裁判なりと信ずと云ふに在れども原院は其採用せざる証拠に付き一一之を採用せらる理由を判示する職責を有する者にあらず。
故に上告人の提出したる証拠に対し一一之を採用せざる理由を判示せざるも所論の如き不法ある判決なりと云ふを得ず。
以上説明の如く本件上告は一も其理由なきに依り民事訴訟法第四百五十二条に従ひ主文の如く判決す