不動産贈與登記抹消請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）13輯816頁

上告理由第一点は原判決は事実と理由に齟齬[そご]ある違法の裁判にて且つ擬律に錯誤ある不当の判決なりとす。 原判決理由に拠れば「遅くも明治三十六年十一月十四日に於て控訴会社の代表者たる其清算人山本雄次郎及び沢田宇三郎が本訴の原因たる詐害行為の事実ありたることを知りたることを認定するに余ありとす。」とあり。 而して[しこうして]証人二名が三谷鉱山株式会社の代表者なりと云ふ[いう]こと並に証人二名が同会社の債権を害したることを知りたりと云ふ[いう]事実は単に「さずれば」と云ふ[いう]に止まり上告人は如何[いかん]なる為めに覚知の責に任じ現実知らざる事実を知りたると等しく是を承継すべきものなるやに付ては何等の説明なし。 其他証人山本雄次郎は三谷鉱山株式会社の破産宣告前一度清算人となりたることあれども同人の証言中及一件記録中に於て之を確むべき事跡なし。 亦[また]た証人沢田宇三郎は同会社の破産管財人たりしことはあれども之れ亦[また]清算人の任務に在職せしことなし然るに原審裁判所は何に拠で右二人を指して会社の清算人なりとし及び清算人は会社の代表者なりと説明せられたるや得て解す可からず。 蓋し[けだし]証人沢田宇三郎を清算人としたるは破産管財人の誤記なる可。 然れども[しかれども]破産管財人と雖[いえども]も会社の代表

者にあらざることは毫も[ごうも]疑を存す可からず。 何となれば既に解散し及び破産宣告を受けたる会社に代表者の存立すべき筈なければなり。 加之[しかのみならず]破産管財人は清算人と異り其職務は其筋の任命に因り執達吏と等しく法律の規定に因る破産財団に関する事務執行の機関なり。 而して[しこうして]破産財団は法人たる資格を有せず。 随で財団を処置すべき破産管財人に法人的関係を有せざるや必せり。 故に清算人と云ひ破産管財人と云ふ[いう]も其任務は各独立なりとす。 然れども[しかれども]破産管財人が財団に属する権利能力即ち被上告人間の不動産贈与が果して会社の債権を詐害するの行為なることを知りたるときは苟も上告人等をして詐害行為を認知することを得べき方法即ち帳記其他の手続に因り所謂引継を為さしめたる場合は格別単に管財人の一己の意見に留めて敢て其引渡を為さざる権限事項は清算人なる上告人は是を承継すべき職責なし。 然るに原審裁判所は所謂法人的関係を離れたる清算人又は破産管財人を指して会社の代表者なりとし及び清算人若くは破産管財人の任務は各独立にして而かも[しかも]引渡を為さず且つ引渡すことを得ざる管財人の意識を上告人に於て承継すべき職責ありと為したる本案判決は是れ則ち事実と理由に齟齬[そご]ある不当の裁判にて且つ擬律に錯誤ある違法の判決なりと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]破産管財人は其職務上破産株式会社の為め可動的たると受動的たるとを問はず総て[すべて]の法律行為を為すべき権限あるは勿論なるを以て本件の如き詐害行為の事実あることを管財人に於て知得したる以上は会社の為めに知得したりと認むべきは当然なり。 故に原院が破産管財人が詐害行為の事実を知得したる効果を会社に及ぼすべきものと判示したるは誠に当然のことと云ふ[いう]べし。 而して[しこうして]山本雄次郎沢田宇三郎等を清算人とせしは誤記なること記録に徴して之を認むることを得べきも山本雄次郎は専務取締役沢田宇三郎は破産管財人たること明かにして共に会社の為め法律行為を為すべき職責あるものなれば此等の者が会社に対する詐害行為の事実を知得したるの効果を会社に及ぼす点に付ては彼是異同あるべきにあらざれば此誤記に採で以て原判決を破毀すべき理由となすに足らず（判旨第一点）

上告理由第二点は証拠法の原則に反し、且、擬律に錯誤ある違法の判決なりとす。 証人沢田宇三郎の証言は山本雄次郎より伝聞したりと云ふ[いう]間接伝聞証言なり。 間接伝聞証言の効力なきことは従来御院の判決例に於て認められたるところなし。 然れども[しかれども]間接伝聞証言と雖[いえども]も其他の証拠に因り裁判官に於て心証を得るときは他の証拠の援用を得て始めて証拠と為すに妨なしたの説なきを得ず。 依て証人沢田宇三郎の証言に対し原審裁判所は其他の証拠に因り同人の証言を確められたる証拠を按ず[あんず]るに（一）証人沢田宇三郎の証言が間接伝聞証言にて其無効なることは（イ）山本雄次郎は証人宇三郎が雄次郎より伝聞したりと云ふ[いう]事実を宇三郎に語りたりと云ふ[いう]証言なきのみならず一件記録中之を認むべき証拠なし。 （ロ）証人山本雄次郎の訊問調書其第二項に拠れば雄次郎が被上告人間の不動産贈与ありしことを知りたるは局外者なる西豊吉郎より聞きたりと云ふ[いう]に在り、且、其贈与の内容及び其月日は記憶せずと云ふ[いう]に在り（ハ）其他該贈与が詐害行為なるや否やに関しては証人山本雄次郎は該贈与は詐害行為と認めざるのみならず却て善意且つ真正の贈与なりと思ふべき旨の証言を為したり。 然らば証人沢田宇三郎の証言は全然其根拠なきに帰したり。 而して[しこうして]之等の事実は一件記録に徴して顕著なるところなり。 加ふるに上告人は適法の挙証を為したり。 然るに之が為め故なく上告人の証拠を無視し且つ御院の判決例に於て無効の間接伝聞証言を採用せられしは。 之れ即ち証拠法の原則に違背したる不当の判決なりと主張する所以なり。 （二）原判決の摘示に拠れば「証人山本雄次郎の調書に証人は控訴会社の管財人たりし処明治三十六年十月以来其事務の遅延せしに付、云云西や@069301;の夫西豊吉郎へ出金せしむる為め同人に対する乙第一号第二号証の如く催促し遣したるに相違なき旨証言したる記載あり」云云。 而して[しこうして]其後段に「遅くとも明治三十六年十一月十四日に於て控訴会社の代表者たる其清算人山本雄次郎及び沢田宇三郎が本訴の原因たる事実ありたることを知りたることを認定するに余りありとす。」とあり右判決の摘示に対し各証拠書類を対照するに（イ）証人山本雄次郎の訊問事項調書を閲するに雄次郎は三谷鉱山株式会社の取締役なる旨の記載あれども判決摘示の如く管財人若くは清算人なりし旨の記載なし。 （ロ）会社は明治三十四年度に於て破産宣告を受け而も同年九月以後証人沢田宇三郎が破産管財人の任命を受け在職せしものなれば明治三十六年十月若くは十一月の当時証人山本雄次郎が会社の清算人又は破産管財人にあらざることは顕著なる事実なり。 固より[もとより]雄次郎は斯る申立を為したることなし（ハ）証人山本雄次郎が西豊吉郎に対して乙第一号証第二号証を発したるは判決摘示の記載と相違し明治三十六年十月以来会社の破産事件が甚しく遅延したる為め杉江主任官及び沢田破産管財人より急き破産手続を落着せしめたしとの催促を受けたるため加藤又九郎西豊吉郎に対し若干金を支出せしめて該破産事件の終了を謀りたりと云ふ[いう]に止まり決して乙第一号第二号証を以て出金の催促をなしたるものにあらざることは乙第一号証第二号証の全文中毫も[ごうも]出金を催促したる文詞なきに徴して極めて明白なり。 己上の事実は証人山本雄次郎の訊問調書乙第一号第二号証等に徴し前掲判決摘示に於て而かも[しかも]証人山本雄次郎の調書に記載なき事項を記載ありとして説明せられたるものなれば之れ則ち原審裁判所は虚無の事実を確定して故なく上告人の請求を排斥したるものなりと主張する所以なりと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]伝聞証拠と雖[いえども]も事実承審官に於て心証の資料と為すべきものと認むる以上は採で証料と為すも不法にあらずとは本院最近判例の示す所なれば本論旨前段は要するに原院の職権に属する証拠取捨に対する批難たるに外ならざれば上告適法の理由とならず又山本雄次郎沢田宇三郎を清算人とせしは誤記にして其誤記あるも為めに原判決を破毀すべき理由と為すに足らざることは前項説示する所の如くなれば本論旨後段の趣旨も亦[また]上告の理由なし。

上告理由第三点は原判決の確認せられたる所に依れば本訴消取権の消滅時効の起算点を明治三十六年十一月十四日なりと判示せられたれども同日に於て取消の原因たる事実を覚知したるは山本雄次郎及び沢田宇三郎にして而かも[しかも]山本雄次郎は当時上告会社の清算人にあらざることは其援引せられたる乙第四号証の一なる沢田宇三郎訊問調書中に明治三十六年十一月十四日以前に日不詳前清算人たりし山本雄次郎より聞きたる旨の記載あるに徴し明なり。 又沢田宇三郎も当時に於ては清算人にあらざりしことは上記の乙第四号証中同人は明治三十四年九月以来上告会社の管理人と為りたる旨の証言の記載に徴し疑なき所にして、即ち原判決に於て右両名が取消原因たる詐害行為の事実を知りたりと認定せらるる明治三十六年十一月十四日に於ては右両名は上告会社の法律上の代表者にあらざるを以て仮りに当時両名が其事実を覚知したりとするも其覚知に因りて生ずる効果は毫も[ごうも]上告会社に及ぼすべきにあらず。 換言すれば上告会社の取消権は明治三十六年十一月十四日の当時に於て其代表者にあらざる山本雄次郎沢田宇三郎が被上告人の詐害行為を覚知したるの原因に因り発生すべき筋合にあらざること明なるに拘らず原院が前述の如く明治三十六年十一月十四日を以て上告会社の取消権が発生し。 従て消滅時効進行の起算点なりと判示せられたるは代理に関する法理に違背して判決を為したるの不法ありと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]沢田宇三郎は明治三十四年九月以来上告会社の管財人にして同三十八年まで移動ありし事実は上告人代理人より提出せし参考書に徴するも之を認むること能はざれば明治三十六年十一月十四日の交に在ては同人は管財人なりし事実は当事者の争はざりし事実なり。 而して[しこうして]管財人が詐害行為の事実を知得したる効果の会社に及ぶべきは既に判示したるが如し。 故に仮令[たとい]其当時山本雄次郎は清算人にあらずして其事実知得の効果を会社に及ぼすべき権限なかりしとするも其権限ある沢田宇三郎に於て事実を知得したる以上は之を時効進行の起算点とするに於て毫末[ごうまつ]の妨げとなるべきにあらざれば本論旨も亦[また]上告適法の理由なし。

上告理由第四点は民法第四百二十四条の取消権の消滅時効は債権者が取消の原因を覚知したる時より起算すべきことは民法第四百二十六条の明定する所なり。 而して[しこうして]所謂債権者が取消原因を覚知したるときとは債権者自身が単に債務者と第三者との間に或法律行為が成立したること（行為の事実）を知得したるに止らず尚其行為は債務者が自己を害することを知りて為したるものなること（詐害の事実）をも覚知したるときと解すべきは取消権の目的たる法律行為の性質上債務者が其債務者を害することを知りて為されたることを唯一の要件とするに徴し一点の疑を容れざる所なり。 左れば債権者に於て同時に以上二箇の事実を併せて覚知したる場合（実際に於ては斯かる[かかる]場合を多数とす。 ）に於ては其時より取消権の消滅時効を起算すべきは勿論なるも若し債権者が先づ単に行為の事実を覚知し後に至りて其詐害の事実を覚知したる場合に於ては取消権は後ちの覚知に於て発生し従って其消滅時効も亦[また]其覚知の時より進行すべきは法理上実に明白なりとす。 今原判決に於て本件係争取消権消滅の時効起算点を明治三十六年十一月十四日と断定せられたるも其判断の資料として援引せられたる乙第四号証の一なる沢田宇三郎訊問調書に依れば「同人は（中略）加藤又九郎より西や@069301;に対し動産不動産全部を贈与したることを明治三十六年十一月十四日以前に日不詳（中略）山本雄次郎より聞きたる旨」の記載あり而かも[しかも]証人山本雄次郎の調書には「加藤又九郎は会社の株主なりしも其財産を西や@069301;に贈与しあるに付き西や@069301;の夫西豊次郎に出金せしむる為め同人に対し（中略）催告し遣したる旨」の証言を記載しありて孰れ[いずれ]も当時に在りては唯た被上告人両名間に贈与成立の事実のみを覚知し未だ詐害の事実をも覚知せざりし趣旨なること明かなり。 加之[しかのみならず]尚ほ其調書中には同人は加藤又九郎や西や@069301;に対して為したる贈与は債権者を害する意思なるや之れを知らず善意且つ真正に贈与したるものにして詐害行為とは認めざる旨の証言の記載あるのみならず尚乙第四号証の一に依るも沢田宇三郎が加藤又九郎が西や@069301;に財産を贈与したることを始めは伝聞により承知せしか明治三十七年五月以後執達吏の差押に依り取調へたる結果と登記簿謄本とに依り財産全部の贈与なることを確知せる旨証言の記載あるに徴すれば上告人が被上告人の詐害の事実を知りたるは明治三十七年五月なりと謂ふべく上告人の取消権は此時に発生し。 従て明治三十七年五月を以て其消滅時効進行の起算点と認定すべき筋合なるに不拘[かかわらず]原判決が之を明治三十六年十一月十四日の日なりと判示したるは民法第四百二十六条の規定に違背して事実を確定したるの違法ありと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]原院は加藤又九郎は其所有の動産不動産全部を挙けて西や@069301;に贈与し自己は無資力者たる有様にありし事実を知得したる旨を認定しあれば其趣旨単に贈与の事実を知りたりと云ふ[いう]にあらずして詐害の事実をも併せ知りたりと認めたるの趣旨なること原判決の行文上甚た明白なれば本論旨は要するに原判決の趣旨に副はざるものにして上告の理由とならず

上告理由第五点は凡そ詐害行為取消の訴に在りて原告たる債権者が無能力者なるか為め法律上代理人に依りて起訴したる場合に其債権者が債務者及び第三者間に詐害行為ありたることを知りたるや否やの事情は其訴訟に於ける法律上代理人に付き之を審査せざるべからず。 何となれば無能力者の法律上の意識は総で其時に於て其事に当れる法定代理人の認否に依りて之を決ふべく。 而して[しこうして]此点に関しては民法第百一条の規定は或は直ちに之を適用するを得ざるべきも而かも[しかも]同条の法理は採で以て之を応施することを得るものと謂つべし左すれば本訴に於て上告会社が被上告人間の詐害行為を知りたるものとなすにも亦[また]本訴に於ける其法律上代理人たる上告会社清算人倉知与が詐害行為を知りたることの事実を判示するか或は少くとも法律上同人が覚知せざるべからざるの理由を説示し以て上告会社の責任を闡明すべき筋合なるに拘らず原判決が本訴に於ける法律上の代理人倉知与が詐害行為の事実を覚知し若くは覚知すべきものとするの理由に関しては何等の説明を与へず単に前代理人たりし山本雄次郎が其事実を知りたることの認定を以てして直ちに上告会社が本件の訴訟に付ても亦[また]之を知覚せるものと推断し以て其責任を帰せしめたるは無能力者の代理に関する法理を誤解せるにあらざれば則ち裁判の理由に欠くる所あるものと信ずと云ふ[いう]に在り

依て按ず[あんず]るに無能力者は相当の代表機関を以て行動し認識するものたるは勿論なれども一旦無能力者の為めに有効に行動し認識したる以上は其法律上の効果は代表機関の更替に因で消長すべきにあらず。

本件に於ては沢田宇三郎に於て既に会社の為め有効に詐害行為の事実を知得したりと認めたるを以て本訴代理人倉知与が更に其事実を知りたりとの事実は本件の判決に何等の影響を及ぼすべき事実にあらざるのみならず当事者が原審に於て此点を争ふたる事跡なく且つ法理上自明に属する事項なるを以て特に判示する必要なし。 故に本論旨は上告の理由なし。 （判旨第五点）

右の理由に依り本件上告は適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項の規定に従ひ主文の如く判決するものなり。