婚姻取消等請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）13輯438頁

上告論旨は婚姻取消の訴は民法第七八三条の規定の如く同意をなす権利を有せし者より之を提起することを得べしと雖[いえども]も其訴権は永久に持続せらる可きものにあらずして取法第七八四条は此訴権行使の期間を制限して取消訴権消滅の事由を定めたり。 同条第一号は婚姻ありたることを知りたる日より六个[か]月を経過したるときは其訴権は消滅すべきことを規定せり今原判決を按ず[あんず]るに上告人（控訴人）の第四の抗弁に対する理由に於て「右治八郎の供述は其状況輙く[たやすく]信を置き難く、且、仮りに斯る事実ありとするも只被控訴人が控訴人等の婚姻届を為すを黙過したりと言ふに止まるを以て此一事に依り被控訴人が其婚姻に同意を為したるものと認むるに足らざるのみならず」と判示せり上告人第四の抗弁の要旨は被上告人は上告人等の婚姻に同意したりとの趣旨は要之に民法第七八四条第一号による法律上の抗弁に外ならず何となれば甲第二号証の婚姻届に被上告人の同意の形式なきことは素より争はざる所なるも婚姻届出の際は被上告人は之を承知し居りたることを抗弁の要旨となしたるものなり。 故に原院は須らく此抗弁の趣旨を確認し此の趣旨に適合せる判断を興へざる可からず。 然るに原判決の理由を見るに「仮りに斯る事実ありたりとするも只被控訴人が控訴人等の婚姻届を為すを黙過したりと言ふに止まるを以て此一事に依り被控訴人が其婚姻に同意を為したるものと認むるに足らず」と判断したるは上告人の抗弁の趣旨を誤解したるものと言はざるを得ず。 即ち斯る判旨は所謂裁判に理由を付せざる違法ありと思料す又た原院は民法第七八三条の所謂同意の意義を解釈して戸籍法第一○三条の手続の形式を践まざるも事実上の同意あれば尚同条の所謂同意なるが如く解釈したり。 即ち黙過なる事実は同意にあらず。 同意は形式上の手続なきも同意たるを失はざるが如く解釈せり。 然れども[しかれども]黙過なる事実は民法第七八三条の同意にあらざることは上告人も争はざる所なるも其次条即七八四条の経過と同一の意義たることは原院と其見解を異にす。 故に上告人は黙過即ち経過の事実ありとせば原院は須く七八四条の規定に基き訴権消滅の期間を算出し訴権消滅の有無を判断せざる可らず。 然るに事茲に[ここに]出でずして民法第七八四条の規定を適用せずして同法第七八三条の同意のみに着眼し上告人の抗弁を排斥したるは所謂法則を適用せざる違法あると同時に民法七八三条の所謂同意の意義を誤解したる違法ありと思料すと云ふ[いう]に在り

依て審按ず[あんず]るに上告人が原院に提出したる第四の抗弁は被上告人が上告人勝山ぬえの婚姻を為すに同意を為したりとの一事に止まり本点に於て論する本件請求は民法第七百八十四条第一号の期間を経過したりとのことは包含せずと雖[いえども]も該事項たるや裁判所の職権調査に属するものなるが故に当事者より提出せざるとも裁判所は調査せざる可からざるや勿論なり。 然れども[しかれども]原告の請求にして如上の期間中に為されたるものなるときは特に調査の結果を判示することを要せず。 又縦し[よし]裁判所が特に之が調査を為すことを看過したりとも法律を適用するに当り何等其規定に違背したる所なきときは裁判所が特に其調査を為さざりし廉を以て不服の理由と為すを得ず。 而して[しこうして]原院は本件の判決を為すに当り如上の事項に付き調査を為したるものと見ることを得。 可きのみならず上告人が婚姻を為したるは明治三十八年十二月二十五日被上告人が本件訴訟を提起したるは明治三十九年一月三十一日なれば被上告人が本件訴訟を提起したるは民法第七百八十四条第一号に規定せる期間中なること明白なりとす。 依て原判決は論旨の如き違法なく本論旨は第一、二項共総で採用するを得ず。

以上説明する如く本件上告は適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り棄却す可きものとす。