明治三十九年（オ）第三百二十五號
明治四十年三月一日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 非訟事件ノ裁判ニ對スル抗告ハ特ニ定メタル場合ノ外執行停止ノ効力ヲ有セサレハ之ニ從ヒテ爲シタル行爲ハ後日其裁判カ取消サレタル時ト雖モ尚ホ有効ナリトス
上告人 高山幸太郎
右後見人 高山宇吉
被上告人 明路常吉
訴訟代理人 西尾哲夫
右當事者間ノ抵當登記抹消請求事件ニ付大阪控訴院カ明治三十九年四月十七日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
立會檢事小宮三保松ハ意見ヲ陳述シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告論旨第一點ハ廢棄决定カ原决定ニ對スル効果ニ就テ原判决ハ「上級審ノ爲シタル廢棄决定カ其以前ニ保有シタリシ原决定ノ執行力ニ對シ些ノ影響ヲ及ホシ得可キニアラス」ト云ヘルモ之レ原判决カ獨斷ノ謬説ニシテ法理上ノ根據ヲ有セス反テ廢棄决定ハ原决定ノ（將來ニ於ケル執行力ヲ沮却スルノミナラス）既往ニ於ケル執行行爲ヲ取消スノ効果ヲ生スルモノトス蓋シ廢棄决定ハ原决定ヲ取消シ初メヨリ原决定ナカリシモノトシ原决定ニ因テ爲サレタル執行行爲ノ基礎ヲ破却スルコトヲ要求スルモノナレハナリ換言セハ廢棄决定ハ原决定ト全然相容レサルモノニシテ原决定ノ効力ノ些タモ存在ヲ認メサルモノナリ純理上取消サレタル决定ニ因リ爲サレタル行爲カ其基本ヲ失ヒタルニ拘ハラス些ノ影響ヲ受ケサルノ理由ナクシテ原因ニ隨テ其結果ニ消長ヲ來タスハ當然ナリ故ニ原决定ノ廢棄ニ伴ヒ原决定ニ因テ爲サレタル行爲モ廢棄セラルヘキハ當然ナリ右ノ理由ニ因リ原决定ノ廢棄ト共ニ原决定ニ因テ爲サレタル本件親族會ノ决議モ其効力ヲ失フヘキモノトス」上告論旨第二點ハ原决定ニ因テ爲サレタル行爲カ第三者ノ權利ノ基礎トナリタルトキハ原决定カ廢棄セラルヽモ第三者ノ權利ニ影響ヲ及ホサヽルヤニ就テ第三者ノ權利ヲ保護スルノ上ヨリ立論セハ影響ヲ及ホサストシ當事者（本件ニ在テハ未成年者即チ上告人）ノ權利ヲ保護スルノ上ヨリ立論セハ及ホストス可ク其立法上ノ可否ヲ離レテ之ヲ考究スルニ（イ）特ニ「第三者ヲ害スルコトナシ」トノ法ノ明文アルニアラサレハ純理上無ハ無ニシテ有ニアラサルヲ以テ第三者ノ權利ノ基礎トナリタルニ拘ハラス取消サレタルモノハ取消サレタルモノニシテ無効ハ無効ナリ不適法ハ不適法ナリ基本ヲ失ヒテ無効トナリタル親族會ノ决議ハ無効タルヲ免レス（ロ）而シテ現行民法カ未成年者ヲ保護スルニハ第三者ノ權利ヲ害スルヲモ顧慮セサルコトハ「第三者ヲ害スルコトナシ」トノ特別規定ナキニ因リ明カニシテ又タ御院ノ判例ニ於テモ然ラサレハ未成年者保護ノ法律ノ目的ヲ達スル能ハサルヘキコトヲ判示セラレタルニ因ルモ親族會ノ行爲カ無効タルカ爲メニ第三者ト未成年者ト利害ノ牴觸スルトキハ未成年者ヲ保護スルヲ以テ相當トスト云フニ在リ
依テ審按スルニ非訟事件手續法第十八條ノ規定ニ依レハ非訟事件ノ裁判ハ之ヲ受クル者ニ告知スルニ因リテ其効力ヲ生シ其裁判ニ對シテ爲シタル抗告ハ同第二十一條ニ依リ特ニ定メタル場合ヲ除クノ外執行力ヲ有スルヲ以テ之ニ從ヒテ爲シタル行爲ハ後日其裁判カ取消サレタル場合ニ於テモ法律上有効ト爲サヽル可カラス今ヤ之ヲ本訴ノ案件ニ付キ説明センニ未成年者タル上告人ノ爲メニ設ケラレタル親族會ノ會員トシテ横山兼吉泉井コマヲ選定シタル决定ヲ廢棄シタル抗告裁判所ノ裁判ハ明治三十七年十二月一日抗告人タル上告人ニ送達セラレタルモノナリ然ルニ被上告人ハ先是十一月二十九日本件ノ賃借ニ付キ當時ノ親族會ヨリ同意ヲ得タル上告人ノ後見人萩原ツルト本件ノ貸借ヲ爲シタルモノナレハ此場合ノ抗告ニ付テハ特ニ執行ヲ停止ス可キ規定ナキカ故ニ其當時ニ在リテハ同意ヲ與ヘタル親族會ハ適法ノモノナリシナリ斯ル場合ニ於テ後チニ取消サレタル親族會員ノ干與セシ同意ヲ最初ヨリ無効ノモノナリトスレハ獨リ無能力者ノ利益ノミハ保護セラルレトモ親族會ノ同意ヲ得テ爲シタル其法定代理人ト行爲ヲ爲シタル者ハ意外ノ損失ヲ被フルニ至ル可ク而シテ無能力者ノ爲メニハ豫メ裁判所ニ假處分ヲ申請シ不法ナル親族會員ノ爲サントスル同意ヲ防止シテ無能力者ノ爲メ不利益ナル行爲ヲ爲サシメサルコトヲ得可キ方法アレトモ無能力者ノ法定代理人ト行爲ヲ爲シタル者ハ其當時ニ在リテハ法律上其受ク可キ損失ヲ豫防スル何等ノ方法ナケレハ斯ル場合ニ親族會ノ同意ヲ最初ヨリ無効ナリトスルハ偏頗不公平ナルヲ以テ此ノ如キハ非訟事件手續法第十九條ニ所謂取消ノ本意ナリト云フヲ得サルモノニシテ其取消ノ効力ハ將來ニ於テノミ生ス可キモノト解釋セサル可カラス而シテ是レ本院カ從來判例（明治三十九年五月三十一日言渡同年（オ）第九號貸金請求事件）トスル意見ニシテ以上ノ趣旨ニ基キタル原判决ハ相當ナレハ本論旨ハ採用スルヲ得ス
以上説明スルカ如ク本件上告ハ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條ニ依リ棄却ス可キモノトス
明治三十九年（オ）第三百二十五号
明治四十年三月一日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 非訟事件の裁判に対する抗告は特に定めたる場合の外執行停止の効力を有せざれば之に従ひて為したる行為は後日其裁判が取消されたる時と雖も尚ほ有効なりとす。
上告人 高山幸太郎
右後見人 高山宇吉
被上告人 明路常吉
訴訟代理人 西尾哲夫
右当事者間の抵当登記抹消請求事件に付、大坂控訴院が明治三十九年四月十七日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
立会検事小宮三保松は意見を陳述したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告論旨第一点は廃棄決定が原決定に対する効果に就て原判決は「上級審の為したる廃棄決定が其以前に保有したりし原決定の執行力に対し些の影響を及ぼし得可きにあらず。」と云へるも之れ原判決が独断の謬説にして法理上の根拠を有せず。
反で廃棄決定は原決定の（将来に於ける執行力を沮却するのみならず）既往に於ける執行行為を取消すの効果を生ずるものとす。
蓋し廃棄決定は原決定を取消し初めより原決定なかりしものとし原決定に因で為されたる執行行為の基礎を破却することを要求するものなればなり。
換言せば廃棄決定は原決定と全然相容れざるものにして原決定の効力の些たも存在を認めざるものなり。
純理上取消されたる決定に因り為されたる行為が其基本を失ひたるに拘はらず些の影響を受けざるの理由なくして原因に随で其結果に消長を来たずは当然なり。
故に原決定の廃棄に伴ひ原決定に因で為されたる行為も廃棄せらるべきは当然なり。
右の理由に因り原決定の廃棄と共に原決定に因で為されたる本件親族会の決議も其効力を失ふべきものとす。」上告論旨第二点は原決定に因で為されたる行為が第三者の権利の基礎となりたるときは原決定が廃棄せらるるも第三者の権利に影響を及ぼさざるやに就て第三者の権利を保護するの上より立論せば影響を及ぼさずとし当事者（本件に在ては未成年者即ち上告人）の権利を保護するの上より立論せば及ぼすとす可く其立法上の可否を離れて之を考究するに（イ）特に「第三者を害することなし」との法の明文あるにあらざれば純理上無は無にして有にあらざるを以て第三者の権利の基礎となりたるに拘はらず取消されたるものは取消されたるものにして無効は無効なり。
不適法は不適法なり。
基本を失ひて無効となりたる親族会の決議は無効たるを免れず（ロ）。
而して現行民法が未成年者を保護するには第三者の権利を害するをも顧慮せざることは「第三者を害することなし」との特別規定なきに因り明かにして又た御院の判例に於ても然らざれば未成年者保護の法律の目的を達する能はざるべきことを判示せられたるに因るも親族会の行為が無効たるか為めに第三者と未成年者と利害の牴触するときは未成年者を保護するを以て相当とすと云ふに在り
依て審按ずるに非訟事件手続法第十八条の規定に依れば非訟事件の裁判は之を受くる者に告知するに因りて其効力を生じ其裁判に対して為したる抗告は同第二十一条に依り特に定めたる場合を除くの外執行力を有するを以て之に従ひて為したる行為は後日其裁判が取消されたる場合に於ても法律上有効と為さざる可からず。
今や之を本訴の案件に付き説明せんに未成年者たる上告人の為めに設けられたる親族会の会員として横山兼吉泉井こまを選定したる決定を廃棄したる抗告裁判所の裁判は明治三十七年十二月一日抗告人たる上告人に送達せられたるものなり。
然るに被上告人は先是十一月二十九日本件の賃借に付き当時の親族会より同意を得たる上告人の後見人萩原つると本件の貸借を為したるものなれば此場合の抗告に付ては特に執行を停止す可き規定なきが故に其当時に在りては同意を与へたる親族会は適法のものなりしなり。
斯る場合に於て後ちに取消されたる親族会員の干与せし同意を最初より無効のものなりとすれば独り無能力者の利益のみは保護せらるれども親族会の同意を得て為したる其法定代理人と行為を為したる者は意外の損失を被ふるに至る可く。
而して無能力者の為めには予め裁判所に仮処分を申請し不法なる親族会員の為さんとする同意を防止して無能力者の為め不利益なる行為を為さしめざることを得。
可き方法あれども無能力者の法定代理人と行為を為したる者は其当時に在りては法律上其受く可き損失を予防する何等の方法なければ斯る場合に親族会の同意を最初より無効なりとするは偏頗不公平なるを以て此の如きは非訟事件手続法第十九条に所謂取消の本意なりと云ふを得ざるものにして其取消の効力は将来に於てのみ生ず可きものと解釈せざる可からず。
而して是れ本院が従来判例（明治三十九年五月三十一日言渡同年（オ）第九号貸金請求事件）とする意見にして以上の趣旨に基きたる原判決は相当なれば本論旨は採用するを得ず。
以上説明するが如く本件上告は理由なきを以て民事訴訟法第四百五十二条に依り棄却す可きものとす。
