明治三十九年（オ）第六百四十八號
明治四十年二月十六日第一民事部判决
◎判决要旨
- 一 戸主カ民法第七百四十九條ノ規定ニ違背シテ家族ヲ離籍シ之ヲ戸籍吏ニ届出テタルトキハ其家族ハ戸主ニ對シ身分登記原状囘復ノ手續ヲ爲サシムルノ權利アリ
（參照）家族ハ戸主ニ意ニ反シテ其居所ヲ定ムルコトヲ得ス」家族カ前項ノ規定ニ違反シテ戸主ノ指定シタル居所ニ在ラサル間ハ戸主ハ之ニ對シテ扶養ノ義務ヲ免ル」前項ノ場合ニ於テ戸主ハ相當ノ期間ヲ定メ其指定シタル場所ニ居所ヲ轉スヘキ旨ヲ催告スルコトヲ得若シ家族カ其催告ニ應セサルトキハ戸主ハ之ヲ離籍スルコトヲ得但其家族カ未成年者ナルトキハ此限ニ在ラス（民法第七百四十九條）
上告人 酒井忠匡
訴訟代理人 佐々木直綱 水野博徳
被上告人 酒井良
右當事者間ノ離籍取消請求事件ニ付東京控訴院カ明治三十九年十一月二日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告理由第一點ハ原院ハ「被控訴人ハ明治三十七年十月三十一日控訴人ニ對シ爲シタル離籍ノ取消手續ヲナスヘシ」ト判决セラレタレトモ被上告人ハ第一審以來上告人カ明治三十七年十月三十一日被上告人ニ對シ爲シタル離籍届ノ取消手續ヲ爲スヘキコトヲ請求シ換言スレハ上告人カ戸籍法上戸籍吏ニ對シ爲シタル離籍ノ届出其者ノ取消ヲ求メ嘗テ原院判决ノ如キ離籍ナル法律行爲ノ取消ヲ求メタルコトナシ抑モ離籍ハ縁組又ハ婚姻等ニ於ケルカ如キ届出ニヨリ其法律上ノ効力ノ發生ヲ繋ラシムルモノ即チ届出カ創設的効力ヲ有スルモノト異リ離籍ト離籍ノ届出トハ全ク異別ノモノナルコトハ民法第七百四十九條同七百七十五條同八百四十七條ノ比較上明瞭ナル所ニシテ既ニ異別ノ行爲ナル以上原院カ前陳ノ如ク被上告人ノ申立テサル事物ニ對シ判决ヲ與ヘラレタルハ民事訴訟法第二百三十一條ニ背反セル違法アリト思料仕候ト云フニ在リ
依テ訴訟記録ヲ調査シテ之ヲ按スルニ被上告人カ原院ニ於テ離籍届ノ取消手續ヲ爲スヘキコトヲ請求スル旨供述シタルコトハ控訴状及ヒ原院口頭辯論調書ニ依テ明白ナレトモ訴状ニハ「被告ハ不法ニモ明治三十七年十月三十一日突然原告ヲ離籍シ同日届出ヲ爲シタリ是レ畢竟原告ニ對スル扶養ノ義務ヲ免レン爲メニ爲シタル好手段ニ過キスシテ甚タ謂ハレナキ離籍ナリトス依テ本訴提起ニ及ヒ候也」ト記載シ控訴状ニハ「控訴人ハ被控訴人ノ催告ニ應シ其所定期間ニ指定ノ場所ニ居住ヲ轉シタルモノナルヲ以テ右ノ離籍ハ法律上謂ハレナキ不法ノモノナリト謂ハサルヘカラス」ト記載シアルニ由テ之ヲ觀レハ被上告人ノ本訴請求ノ旨趣ハ離籍届自體ノ撤囘又ハ抹消ノ手續ヲ爲サシメントスルニ在ラスシテ離籍届ニ因テ生シタル身分登記ノ變更ヲ原状ニ囘復スルノ手續ヲ爲サシムルニ在ルコト明瞭ナリ請求ノ旨趣斯クノ如クナルヲ以テ原判决ハ「本訴控訴人ノ請求ハ私法上ノ權利ニ基カス控訴人ニ對シ不法ニ離籍ノ届出ヲ爲シタリト主張シ被控訴人ニ對シ離籍取消手續ノ義務履行ヲ求ムルニ在リテ」ト説明シ離籍届撤囘又ハ抹消ノ手續ナラサルヤノ疑アル離籍届取消手續ノ文字ヲ用ヰスシテ離籍取消手續ノ文字ヲ用ヰ被上告人請求ノ旨趣ニ適合セシメタルモノニシテ之ヲ被上告人申立ノ範圍ヲ超越セリト云フヲ得ス然レハ本論旨ハ其謂ナシ
上告理由第二點ハ原院ニ於テ「第一控訴人ノ無訴權ノ抗辯ヲ按スルニ離籍ノ届出ヲナシ又ハ離籍ノ身分登記ノ取消手續ヲナスハ公法上ノ行爲ニ屬スト雖モ該行爲ヲナスニハ必スヤ私法上ノ權利義務ニ基キ之ヲ爲サヽルヘカラサルハ言ヲ俟タス本訴控訴人ノ請求ハ被控訴人カ私法上ノ權利ニ基カス控訴人ニ對シ不法ニ離籍届ヲナシタリト主張シ被控訴人ニ對シ離籍取消手續ノ業務履行ヲ求ムルニアリテ即チ私法上ノ權利關係ノ爭ニ外ナラサルヲ以テ司法裁判所カ之ヲ裁判スルノ權限ヲ有スルハ勿論ナリ」ト判决セラレタレトモ凡ソ戸籍ナルモノハ國家カ其臣民ノ身分上ノ地位ヲ明確ナラシムル爲メ設置セラレタル行政行爲ナルヲ以テ戸籍法上個人ニ強要セラルヽ義務ハ公法上ノ義務ニシテ其一ニ屬スル離籍ニ關スル届出及其取消ノ義務モ亦公法上ノ義務ナルコト言ヲ俟タサル所ニシテ原院ニ於テモ其取消手續ヲナスハ公法上ノ行爲ニ屬スト認メラレタリ然ラハ其義務ヲ強要スヘキ權利者ハ國家ニシテ私人ニ屬セス而シテ此關係ハ其義務ヲ發生スヘキ原因タル關係トハ全ク異別ノモノナリ詳言スレハ該義務ヲ發生ス可キ原因ハ或ハ法律事實タルコトアル可ク或ハ自然事實タルコトアル可シト雖モ一旦其基本タル事實ニシテ成立センカ即チ義務者ハ單獨ニ國家ニ對シ届出ノ義務ヲ負擔スルニ至リ其原因ト結果トハ彼此混合スヘキモノニアラス本件離籍ニ付キ之レヲ云ヘハ離籍ヲナスコト又ハ離籍ノ無効取消ハ其家族ト戸主トノ間ニ於ケル關係ナル可シト雖モ一旦其行爲ニシテ成立スルトキハ戸主ハ家族ニ何等ノ關係ヲ有セス獨リ國家ニ對シテ其届出ノ義務ヲ負擔スルモノナリ而シテ本訴訴求ハ此私法關係タル離籍ナル法律行爲ノ取消ヲ求ムルモノニアラスシテ第一審以來被上告人ニ於テ上告人カ被上告人ニ對シテナシタル離籍届ノ取消手續ヲナス可キコトヲ求ムルモノナルカ故ニ被上告人ハ斯カル訴ノ基本タル可キ請求權ヲ有セサルハ勿論其訴ハ司法裁判所ノ權限ニ屬セサルモノナルニ係ハラス原院ハ如上ノ請求ハ即チ私法上ノ權利關係ノ爭ニ過キストシテ上告人ノ抗辯ヲ排斥セラレタルハ事實ヲ不當ニ確定シ法則ヲ不當ニ適用セルモノナリト云フニ在リ
按スルニ戸主カ家族ヲ離籍スルニハ民法第七百四十九條ノ規定ニ準據セサル可カラサルヲ以テ若シ戸主カ該條ノ規定ニ違背シテ離籍ヲ爲シタルトキハ家族ハ戸主ニ對シテ家族タル地位ニ復セシムヘキ相當ノ手續ヲ爲スヘキコトヲ請求シ得ルモノト謂ハサルヘカラス然ルニ戸籍上離籍届出ノ存スル場合ニハ家族ハ戸籍上其身分關係ヲ表明スル能ハサルカ故ニ戸主ニ對シテ身分登記ヲ原状ニ囘復スルノ手續ヲ爲サシムルノ權利モ亦之ヲ有スト謂ハサルヲ得ス而シテ本訴請求ハ前説明ノ如ク身分登記變更囘復ノ手續ヲ爲スコトナルヲ以テ之カ當否ヲ審判スルハ固ヨリ司法裁判所ノ權限ニ屬セリ然レハ原判决ハ正當ニシテ上告ハ其理由ナシ
上告理由第三點ハ假リニ然ラストスルモ原院ハ其前段ニ於テ「離籍ノ身分登記ノ取消手續ヲナスハ公法上ノ行爲ニ屬ス」ト判决セラレタルヲ以テ其關係ハ國家對私人間ノ法律關係ナリト認メラレタルニ拘ハラス其後段ニ於テ「控訴人ハ戸籍上被控訴人ノ家族タル身分關係ヲ表明スルコト能ハサルヲ以テ被控訴人ハ控訴人ニ對シ其届出タル離籍ノ取消手續ヲ爲スノ義務アルヤ明カナリ」ト説明シテ其法律關係ハ私人間ノモノナリト判决セラレタルハ理由錯誤ノ違法アリト云フニ在リ
按スルニ原判决ハ離籍ノ身分登記取消手續ヲ爲スコトハ公法上ノ行爲ナレトモ其行爲ヲ爲スハ私法上ノ權利義務ニ基キ本訴ハ其基本タル私法上ノ義務ノ履行ヲ求ムルモノナリトノ旨趣ナルコト原判文ニ明瞭ナレハ毫モ齟齬スル所ナク本論旨ハ其謂ナシ
上告理由第四點ハ原院ハ又「第二被控訴人ハ離籍ノ取消ハ法律上何等ノ規定ナキヲ以テ之レカ請求ヲ爲シ得ヘキモノニ非スト主張スルモ戸主カ家族ヲ離籍スルニハ其家族ニ對シ相當ノ期間ヲ定メ其指定シタル場所ニ居所ヲ轉スヘキ旨ノ催告ヲナシ家族カ其催告ニ應セサルトキニ於テ始メテ之ヲ離籍スルノ權利ヲ有スルコトハ民法第七百四十九條第三項ノ規定スル所ナリ云々而シテ本訴ハ離籍ノ身分登記ノ變更ヲ目的トスルニ在ルヲ以テ其手續ニ付テハ戸籍法第百六十九條及ヒ第百六十八條ニ憑據スヘキモノナルヲ以テ本訴請求ハ法律上不能ノ事項ヲ求ムルモノニアラサルハ言ヲ俟タス」ト判决セラレタレトモ戸籍法第十七條ニ依レハ身分登記ハ法律ニ特別ノ規定アル場合ヲ除クノ外之ヲ取消シ又ハ之ヲ變更スルコトヲ得スト規定セラルヽヲ以テ身分登記ノ取消又ハ變更ハ一ニ法ノ明文ニ據ラサル可カラス而シテ戸籍法及民法ニ於テ離籍ノ取消ニ關シ何等ノ明文ノ見ル可キモノナク又原院カ引用セラレタル戸籍法第百六十九條及第百六十八條ノ如キモ登記ノ一部ノ變更ノミニ適用セラル可キモノニシテ登記全部ノ變更即チ取消ニハ全ク適用ナキモノナリ何トナレハ戸籍法上變更ト取消トハ明カニ區別アリテ第十七條及第六十七條ニ其取消ト變更トヲ區別セルノミナラス第二十四條ニ於テ取消ノ手續ヲ其第二十五條ニ於テ變更ノ手續ヲ各別ニ規定シアレハナリ若シ原院認定ノ如ク戸籍法第百六十八條第百六十九條ノ取消ヲモ含ムモノトセハ法律ハ何ヲ苦ンテ二箇ノ用語ヲ用ユルノ愚ヲ爲サンヤ果シテ然ラハ假令原院ニ於テ被上告人ノ請求ヲ認容セラルヽモ戸籍吏ハ之ヲ登記スルノ途ナク被上告人ノ請求ハ不能ニ了ラサル可カラス然ルヲ原院ハ之ヲシモ尚ホ戸籍法第百六十九條第百六十八條ニヨリ處分ス可キ可能ノモノナリト判决シテ上告人ノ主張ヲ排斥セラレタルハ法則ヲ不當ニ適用セラレタルモノナリト云フニ在リ
按スルニ本訴請求ノ旨趣ハ離籍届書ノ撤囘又ハ抹消ノ手續ヲ爲サシムルニアラスシテ離籍届ニ因リテ生シタル身分登記變更ヲ原状ニ復スルノ手續ヲ爲サシムルニ在ルコト前ニ説明セルカ如シ而シテ其手續ハ戸籍法第百六十八條第百六十九條ニ依テ之ヲ爲シ得ヘキコト原判决ニ説明セルカ如シ然レハ本論旨ハ其謂ナシ
上告理由第五點ハ原院ハ「被控訴人ハ明治三十七年十月三十一日控訴人ニ對シナシタル離籍取消ノ手續ヲナスヘシ」ト判决セラレタレトモ法律行爲ノ取消ハ法律ニ規定アルニアラサレハ之レヲ爲スコトヲ得サルモノニシテ縁組又ハ婚姻等ニ於テハ取消ノ場合規定アレトモ離籍ニ就テハ取消スヘキ規定ナシ然ルニ原院カ離籍取消ノ手續ヲナスヘシト判决セラレタルハ法律ニ違背シタル不法ノ判决ナリト云フニ在リ
按スルニ原判决ニハ「離籍ノ取消手續ヲ爲スヘシ」トアリテ上告人ニ法律行爲ノ取消ヲ命シタルニアラス原院ハ離籍自體ヲ無効ナリトセルコトハ原判决ニ「控訴人カ被控訴人ノ催告ニ應シ相當ノ期間内ニ其指定ノ場所ニ居所ヲ移轉シタルニモ拘ハラス被控訴人ニ於テ控訴人ヲ離籍シタリトセハ該離籍ノ届出ハ違法ニシテ法律上何等ノ効力ヲ有スルモノニ非ラス」又「被控訴人ノ離籍届出ハ法律上無効ナルヲ以テ本訴控訴人ノ請求ハ正當ニシテ」ト説明セルニ依テ甚タ明瞭ナリ然レハ本論旨ハ原判决ノ誤解ニ基クモノニシテ其謂ナシ
以上説明ノ如ク本件上告ハ一モ其理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ棄却スヘキモノトス
明治三十九年（オ）第六百四十八号
明治四十年二月十六日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 戸主が民法第七百四十九条の規定に違背して家族を離籍し之を戸籍吏に届出てたるときは其家族は戸主に対し身分登記原状回復の手続を為さしむるの権利あり
（参照）家族は戸主に意に反して其居所を定むることを得ず。」家族が前項の規定に違反して戸主の指定したる居所に在らざる間は戸主は之に対して扶養の義務を免る」前項の場合に於て戸主は相当の期間を定め其指定したる場所に居所を転すべき旨を催告することを得。
若し家族が其催告に応せざるときは戸主は之を離籍することを得。
但其家族が未成年者なるときは此限に在らず（民法第七百四十九条）
上告人 酒井忠匡
訴訟代理人 佐佐木直綱 水野博徳
被上告人 酒井良
右当事者間の離籍取消請求事件に付、東京控訴院が明治三十九年十一月二日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告理由第一点は原院は「被控訴人は明治三十七年十月三十一日控訴人に対し為したる離籍の取消手続をなすべし。」と判決せられたれども被上告人は第一審以来上告人が明治三十七年十月三十一日被上告人に対し為したる離籍届の取消手続を為すべきことを請求し換言すれば上告人が戸籍法上戸籍吏に対し為したる離籍の届出其者の取消を求め嘗て原院判決の如き離籍なる法律行為の取消を求めたることなし。
抑も離籍は縁組又は婚姻等に於けるが如き届出により其法律上の効力の発生を繋らしむるもの。
即ち届出が創設的効力を有するものと異り離籍と離籍の届出とは全く異別のものなることは民法第七百四十九条同七百七十五条同八百四十七条の比較上明瞭なる所にして既に異別の行為なる以上原院が前陳の如く被上告人の申立てざる事物に対し判決を与へられたるは民事訴訟法第二百三十一条に背反せる違法ありと思料仕候と云ふに在り
依て訴訟記録を調査して之を按ずるに被上告人が原院に於て離籍届の取消手続を為すべきことを請求する旨供述したることは控訴状及び原院口頭弁論調書に依て明白なれども訴状には「被告は不法にも明治三十七年十月三十一日突然原告を離籍し同日届出を為したり。
是れ畢竟原告に対する扶養の義務を免れん為めに為したる好手段に過ぎずして甚た謂はれなき離籍なりとす。
依て本訴提起に及び候也」と記載し控訴状には「控訴人は被控訴人の催告に応し其所定期間に指定の場所に居住を転したるものなるを以て右の離籍は法律上謂はれなき不法のものなりと謂はざるべからず。」と記載しあるに由で之を観れば被上告人の本訴請求の旨趣は離籍届自体の撤回又は抹消の手続を為さしめんとするに在らずして離籍届に因で生じたる身分登記の変更を原状に回復するの手続を為さしむるに在ること明瞭なり。
請求の旨趣斯くの如くなるを以て原判決は「本訴控訴人の請求は私法上の権利に基かず控訴人に対し不法に離籍の届出を為したりと主張し被控訴人に対し離籍取消手続の義務履行を求むるに在りて」と説明し離籍届撤回又は抹消の手続ならざるやの疑ある離籍届取消手続の文字を用ゐすして離籍取消手続の文字を用ゐ被上告人請求の旨趣に適合せしめたるものにして之を被上告人申立の範囲を超越せりと云ふを得ず。
然れば本論旨は其謂なし。
上告理由第二点は原院に於て「第一控訴人の無訴権の抗弁を按ずるに離籍の届出をなし又は離籍の身分登記の取消手続をなすは公法上の行為に属すと雖も該行為をなすには必ずや私法上の権利義務に基き之を為さざるべからざるは言を俟たず。
本訴控訴人の請求は被控訴人が私法上の権利に基かず控訴人に対し不法に離籍届をなしたりと主張し被控訴人に対し離籍取消手続の業務履行を求むるにありて、即ち私法上の権利関係の争に外ならざるを以て司法裁判所が之を裁判するの権限を有するは勿論なり。」と判決せられたれども凡そ戸籍なるものは国家が其臣民の身分上の地位を明確ならしむる為め設置せられたる行政行為なるを以て戸籍法上個人に強要せらるる義務は公法上の義務にして其一に属する離籍に関する届出及其取消の義務も亦公法上の義務なること言を俟たざる所にして原院に於ても其取消手続をなすは公法上の行為に属すと認められたり。
然らば其義務を強要すべき権利者は国家にして私人に属せず。
而して此関係は其義務を発生すべき原因たる関係とは全く異別のものなり。
詳言すれば該義務を発生す可き原因は或は法律事実たることある可く或は自然事実たることある可しと雖も一旦其基本たる事実にして成立せんか。
即ち義務者は単独に国家に対し届出の義務を負担するに至り其原因と結果とは彼此混合すべきものにあらず。
本件離籍に付き之れを云へは離籍をなすこと又は離籍の無効取消は其家族と戸主との間に於ける関係なる可しと雖も一旦其行為にして成立するときは戸主は家族に何等の関係を有せず。
独り国家に対して其届出の義務を負担するものなり。
而して本訴訴求は此私法関係たる離籍なる法律行為の取消を求むるものにあらずして第一審以来被上告人に於て上告人が被上告人に対してなしたる離籍届の取消手続をなす可きことを求むるものなるが故に被上告人は斯かる訴の基本たる可き請求権を有せざるは勿論其訴は司法裁判所の権限に属せざるものなるに係はらず原院は如上の請求は。
即ち私法上の権利関係の争に過ぎずとして上告人の抗弁を排斥せられたるは事実を不当に確定し法則を不当に適用せるものなりと云ふに在り
按ずるに戸主が家族を離籍するには民法第七百四十九条の規定に準拠せざる可からざるを以て若し戸主が該条の規定に違背して離籍を為したるときは家族は戸主に対して家族たる地位に復せしむべき相当の手続を為すべきことを請求し得るものと謂はざるべからず。
然るに戸籍上離籍届出の存する場合には家族は戸籍上其身分関係を表明する能はざるが故に戸主に対して身分登記を原状に回復するの手続を為さしむるの権利も亦之を有すと謂はざるを得ず。
而して本訴請求は前説明の如く身分登記変更回復の手続を為すことなるを以て之が当否を審判するは固より司法裁判所の権限に属せり。
然れば原判決は正当にして上告は其理由なし。
上告理由第三点は仮りに然らずとするも原院は其前段に於て「離籍の身分登記の取消手続をなすは公法上の行為に属す」と判決せられたるを以て其関係は国家対私人間の法律関係なりと認められたるに拘はらず其後段に於て「控訴人は戸籍上被控訴人の家族たる身分関係を表明すること能はざるを以て被控訴人は控訴人に対し其届出たる離籍の取消手続を為すの義務あるや明かなり。」と説明して其法律関係は私人間のものなりと判決せられたるは理由錯誤の違法ありと云ふに在り
按ずるに原判決は離籍の身分登記取消手続を為すことは公法上の行為なれども其行為を為すは私法上の権利義務に基き本訴は其基本たる私法上の義務の履行を求むるものなりとの旨趣なること原判文に明瞭なれば毫も齟齬する所なく本論旨は其謂なし。
上告理由第四点は原院は又「第二被控訴人は離籍の取消は法律上何等の規定なきを以て之れが請求を為し得べきものに非ずと主張するも戸主が家族を離籍するには其家族に対し相当の期間を定め其指定したる場所に居所を転すべき旨の催告をなし家族が其催告に応せざるときに於て始めて之を離籍するの権利を有することは民法第七百四十九条第三項の規定する所なり。
云云。
而して本訴は離籍の身分登記の変更を目的とするに在るを以て其手続に付ては戸籍法第百六十九条及び第百六十八条に憑拠すべきものなるを以て本訴請求は法律上不能の事項を求むるものにあらざるは言を俟たず。」と判決せられたれども戸籍法第十七条に依れば身分登記は法律に特別の規定ある場合を除くの外之を取消し又は之を変更することを得ずと規定せらるるを以て身分登記の取消又は変更は一に法の明文に拠らざる可からず。
而して戸籍法及民法に於て離籍の取消に関し何等の明文の見る可きものなく又原院が引用せられたる戸籍法第百六十九条及第百六十八条の如きも登記の一部の変更のみに適用せらる可きものにして登記全部の変更即ち取消には全く適用なきものなり。
何となれば戸籍法上変更と取消とは明かに区別ありて第十七条及第六十七条に其取消と変更とを区別せるのみならず第二十四条に於て取消の手続を其第二十五条に於て変更の手続を各別に規定しあればなり。
若し原院認定の如く戸籍法第百六十八条第百六十九条の取消をも含むものとせば法律は何を苦んで二箇の用語を用ゆるの愚を為さんや果して然らば仮令原院に於て被上告人の請求を認容せらるるも戸籍吏は之を登記するの途なく被上告人の請求は不能に了らざる可からず。
然るを原院は之をしも尚ほ戸籍法第百六十九条第百六十八条により処分す可き可能のものなりと判決して上告人の主張を排斥せられたるは法則を不当に適用せられたるものなりと云ふに在り
按ずるに本訴請求の旨趣は離籍届書の撤回又は抹消の手続を為さしむるにあらずして離籍届に因りて生じたる身分登記変更を原状に復するの手続を為さしむるに在ること前に説明せるが如し。
而して其手続は戸籍法第百六十八条第百六十九条に依て之を為し得べきこと原判決に説明せるが如し。
然れば本論旨は其謂なし。
上告理由第五点は原院は「被控訴人は明治三十七年十月三十一日控訴人に対しなしたる離籍取消の手続をなすべし。」と判決せられたれども法律行為の取消は法律に規定あるにあらざれば之れを為すことを得ざるものにして縁組又は婚姻等に於ては取消の場合規定あれども離籍に就ては取消すべき規定なし。
然るに原院が離籍取消の手続をなすべしと判決せられたるは法律に違背したる不法の判決なりと云ふに在り
按ずるに原判決には「離籍の取消手続を為すべし。」とありて上告人に法律行為の取消を命じたるにあらず。
原院は離籍自体を無効なりとせることは原判決に「控訴人が被控訴人の催告に応し相当の期間内に其指定の場所に居所を移転したるにも拘はらず被控訴人に於て控訴人を離籍したりとせば該離籍の届出は違法にして法律上何等の効力を有するものに非らず」又「被控訴人の離籍届出は法律上無効なるを以て本訴控訴人の請求は正当にして」と説明せるに依て甚た明瞭なり。
然れば本論旨は原判決の誤解に基くものにして其謂なし。
以上説明の如く本件上告は一も其理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り棄却すべきものとす。
