明治三十九年(オ)第九十八號
明治三十九年九月二十六日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 商標法第二條第五號ニ所謂此法律施行前ヨリ他ニ使用者アル商標トハ同法施行前ヨリ他人ノ使用スル商標ノ義ニ外ナラスシテ其使用カ帝國内ニ於テ行ハレタルコトヲ要スルモ該使用者ノ國籍、住所若クハ居所ノ何レナルヤハ問フ所ニ非ス
(參照)文字、圖形又ハ記號ニシテ左ノ場合ニ該當スルモノハ商標ノ登録ヲ受クルコトヲ得ス」此ノ法律施行前ヨリ他ニ使用者アル商標ト同一若ハ類似ノモノ(商標法第二條第五號)
上告人 角利吉
被上告人 ゼ、ジー、エンド、ジエータイア、コンパニー
右法定代理人 ジエー、デイー、アンダーソン
右當事者間ノ第一九七九二號商標登録無効請求事件ニ付特許局カ明治三十八年十二月二十五日言渡シタル審决ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告論旨ノ第一點ハ原審决唯一ノ根據ハ前記原審决文ニ明記スルカ如ク本件商標ト同一ノ商標ヲ附シタル「タイア」ハ商標法施行前ヨリ引續キ被上告人(外國ニ居住セル)ノ輸入スル所ニ係ルヲ以テ同法第二條第五號ノ規定ニ該當シ同法第十條ニ依リ無効タルヘキ者ニシテ前記第二條第五號ニ所謂他ニ使用者アル商標トハ其商標ノ帝國内ニ於テ使用セラルヽヲ謂ヒ使用者ハ必スシモ帝國内ニ居住スルヲ要セスト云フニアリ上告人ノ議論ハ正シク反對ニシテ使用カ帝國内ニ於テスルヲ要スルノミナラス其ノ使用者モ亦帝國内ニ在ルヲ要ストスルニアリ此ノ議論ノ根據ノ一ハ商標法第二條第五號ノ文言ニ
「此ノ法律施行前ヨリ他ニ使用者アル商標」云々トアリテ使用ノ主體タル人ニ重キヲ措キタル點ト此法律ノ行ハルヘキ區域トヲ併合シテ考察スルニ基ク蓋シ商標法ノ我邦土内ニ於テノミ行ハルヘキ者ナルコトハ勿論ニシテ其法文中ニ別ノ規定ヲ具ヘサル限リハ所謂使用者ノ存在カ我カ邦土内ニ在ルヲ謂フモノトスルハ法文上當然ノ解釋ナリ明治三十六年(オ)第一八二號小袖綿製造機特許無効上告事件ニ於テ特許法ノ所謂公知公用ニ付キ大審院ノ與ヘタル説明中「特許法ニハ區域ヲ示サス單ニ公知公用トアルニ依リ是即チ其法律ノ行ハルヘキ區域ニ於テ公ニ知ラレ又ハ公ニ用ヒラルヽモノトナスハ法文上當然ノ解釋ニシテ帝國内ニ未タ公ナラサル外國ニ於ケル公知公用モ之ヲ包含スル文意トハ解釋スルヲ得ヘカラサレハナリ若シ外國ノ公知モ又特許ヲ妨クル者トノ法意ナラハ必ラス法文ニ其明示アルヘキナリ」云々トアルハ恰モ取テ本件ニ引用スルコトヲ得ヘシ固ヨリ特許法ト商標法トハ其ノ細目ニ於テ必スシモ原則ヲ等クセスト雖モ此ノ一點ニ於テハ兩者ノ間ニ何等ノ區別ヲ有スヘキ理ナク判文中所謂「公知公用」ハ直ニ轉シテ之ヲ「使用者」ト爲スニ害アルコトナシ然ルヲ特許局審决ノ如ク「使用者」ノ如何ニ拘ラス單ニ使用ノ事實ノミニ重キヲ措クヘキ者トセハ前記第二條第五號ノ「使用者」トアル明記ノ法文ヲ害スヘキカ故ニ是等ノ解釋ハ其ノ當ヲ失スルヤ論ヲ竢タサル所ナリ而シテ該法文中「使用」ヲ擧ケスシテ特ニ「使用者」ヲ擧ケタルハ决シテ文章上偶然ノ語路ニ由テ爾ルニ非ラス大ニ「使用者」ヲ掲クルノ必要アリシニ由ル此點ニ付テハ立法ノ目的ニ論及シ該法文ハ必竟商標法施行前ヨリ「使用セラルヽ商標」其ノモノヲ保護スルニ非ラスシテ「商標使用者」其人ヲ保護スルノ精神ニ出テタリトノコトヲ説明セサルヘカラス是亦上告人ノ議論ノ根據ノ一ナリ商標法ヲ按スルニ第二條第一號乃至第七號ヲ以テ登録無資格ノ商標ヲ列擧シ此以外ノ商標ハ皆登録ヲ受ケ得ヘキモノトス然ラハ現ニ他人ノ使用セル商標ト雖モ其ノ未タ登録ヲ經サルモノハ奪テ登録ヲ受ケ得ヘキコト論ヲ竢タス這ハ甚タ奇異ノ現象ニシテ大ニ他人ノ權利ヲ害スヘキカ如シト雖モ要スルニ我カ商標法ノ先願主義ヲ採用シタル自然ノ結果ニシテ何人ト雖モ登録ヲ經サル商標上ニハ何等ノ權利ヲ有スルコト能ハス又登録ヲ經タル以上ハ他人ニ於テ假令以前ヨリ使用シタル事蹟アリトモ即時ニ之レヲ禁止セラルヽ所以ナリ言ヲ替ヘテ之レヲ謂ハヽ商標法ノ採用シタル原則ハ登録ナル形式ヲ以テ權利存否ノ故一ノ標準ト爲シ復タ使用ノ前後有無等ニ顧リミルコトナシ此ノ點ニ於テ商標法ハ舊商標條例ト大ニ其主義ヲ異ニス舊商標條例ハ其第二條第三號ニ「登録出願以前ヨリ他人ノ使用スル商標」云々ト規定シ使用ノ前後ヲ以テ使用權ノ存否ヲ决シ必スシモ登録ノ形式ニ拘泥セス然ラハ舊商標條例ノ下ニ於テ使用者ノ有シタル使用權ハ商標法ノ下ニ於テ一朝ニ剥奪セラルヽノ不正ヲ生スヘキカ故ニ茲ニ商標法ハ此種ノ既得權者ヲ保護スヘキ例外規定ヲ設クルノ必要ヲ感シ終ニ其第二條第五號ニ於テ「此法律施行以前ヨリ他ニ使用者アル商標」云々ト規定シ登録ヲ以テ權利ノ標準トスル總則ニ對シテ一ノ除外例トセリ果シテ然ラハ法文ノ目的トスル所ハ既得權者タル商標使用者ニ在ルコト疑ヲ容ルヽニ足ラス彼ノ「商標其物」ニ至テハ假令商標法實施以前ヨリ使用セラルヽトモ之レヲ保護スルノ理由、必要、利益其ノ何レヲモ認ムヘカラス從テ法文ノ目的トスル所モ亦此ニ在ラサルヲ知ルヘシ既ニ法文ノ目的此ニ在ラスシテ彼ニアリトスレハ所謂「此法律施行前ヨリ他ニ使用者アル商標」トハ使用者ノ現存スル事實ヲ以テ要點トシ其ノ使用者ノ現存ハ前段説明ノ如ク此法律ノ行ハルヽ區域即チ帝國内ニ於テスルコトヲ要スルハ甚タ見易キ道理ナリ」第二點ハ更ニ一歩ヲ進メテ論スルトキハ米國人民ハ假令ヒ商標法施行以前舊商標條例ノ下ニ於テ商標ヲ使用シタル事實アリトモ之レニ依リテ使用權ヲ得ルコト能ハサリシヲ知ルヘシ抑モ外國人ハ法律上一切ノ點ニ於テ内國臣民ト同樣ノ權利ヲ有スルニアラスシテ條約及ヒ法令ノ認ムル範圍内ニ於テノミ爾ルモノナルハ喋々ノ論ヲ要セル明治二十八年三月ヲ以テ發布セラレタル日米通商航海條約第十六條ニ依レハ米國人民ハ日本國ニ於テ「法律ニ定ムル手續ヲ履行スルトキハ專賣特許商標及ヒ意匠ニ關シ内國臣民或ハ人民ト同一ノ保護ヲ受クヘシ」ト規定セリ此第十六條ハ明治三十年三月發布ノ勅令ヲ以テ他ノ條約事項ニ先チ直ニ實行セラルヽコトヽナリ米國人民ハ同年同月ヨリ始メテ舊商標條例ノ下ニ内國臣民ト等シク商標ノ保護ヲ受クヘキ權利ヲ取得シタリ然レトモ彼等ノ得タル權利ハ一ノ制限ニ服スルコトヲ忘ルヘカラス即チ彼等ハ「法律ニ定ムル手續ヲ履行」スルトキニ於テノミ保護ヲ受クルノ權利ヲ有スルナリ「法律ニ定ムル手續ヲ履行」スルトハ即チ登録等ノ方式ヲ謂フモノナルコト明白ナルカ故ニ必竟登録ノ形式ヲ經テ後始メテ商標上ノ權利ヲ生スヘシ「法律ニ定ムル手續ヲ履行」セサルモ猶ホ單ニ使用ナル事實ニ由テ舊條例ノ下ニ商標上ノ權利ヲ有スルコト内國臣民ノ如クナル能ハサルナリ果シテ然ラハ第一點所論ノ如ク舊商標條例ノ下ニ成存セル既得ノ使用權ヲ保護センカタメニ設ケラレタル商標法第二條第五號ノ法文ハ米國人民カ同條例ノ下ニ於テ無權利ニナシタル使用ニ付テ何等ノ關係ナク必竟同法文ニ所謂「使用者」ナル語中ニハ少クトモ米國人民ヲ包含セサル者ト解釋スルヲ至當トス此議論ハ特許局ニ於テ上告人ノ申立テサリシ所ナルモ法律ノ抗辯トシテ何時ニテモ提出シ得ヘキヲ以テ茲ニ新ニ之ヲ申立ツ以上ノ如ク原審决ハ法律ノ解釋ヲ誤リタル不法アリト云フニ在リ
依テ按スルニ商標法第二條第五號ニ所謂此ノ法律施行前ヨリ他ニ使用者アル商標トハ商標法施行前ヨリ他人ノ使用スル商標ノ謂ヒニ外ナラスシテ其使用カ帝國内ニ於テ行ハレタルコトヲ要スル趣旨ニ出テタルコト勿論ナルモ必スシモ其使用者カ帝國内ニ在住スルコトヲ要スル法意ニアラス其使用者ノ國籍、住所若クハ居所ノ何レナルヤハ問フ所ニアラサルナリ蓋此規定ハ商標法施行前ヨリ存スル商標ノ使用者其人ヲ保護スルノミナラス其商標ニ依リテ商品ヲ信用スル一般ノ公衆ヲモ保護スルノ精神ニ出テタルモノニシテ苟モ同法施行前ヨリ帝國内ニ於テ商標ヲ使用スル者アル以上ハ其使用者カ本邦人ナルト外國人ナルト又帝國内ニ在住スルト否トヲ論別スルコトナク總テ此規定ノ適用ヲ受クヘキモノト解スルヲ當然トス日米通商航海條約第十六條ニ法律ニ定ムル手續ヲ履行スルトキハ云々トアルハ例ヘハ米國人カ帝國ニ於テ商標ノ專用權ヲ得ルニハ商標權ニ依リ登録ノ手續ヲ經ルコトヲ要スルカ如キ場合ヲ指示シタルモノニシテ本件ノ如ク他人カ帝國ニ於テ米國人ノ使用スル商標ト同一ノ商標ノ登録ヲ受クルコトヲ得サルカ爲メニ間接ニ其米國人ノ被ムルヘカ利益ノ如キハ毫モ右條約ノ關スル所ニアラサレハ米國人ト雖モ何等ノ手續ヲ要セスシテ當然其利益ヲ受クルコトヲ妨ケス故ニ上告論旨ハ何レモ其理由ナキモノトス
以上説明スル如ク本件上告ハ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條ニ依リ棄却ス可キモノトス
明治三十九年(オ)第九十八号
明治三十九年九月二十六日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 商標法第二条第五号に所謂此法律施行前より他に使用者ある商標とは同法施行前より他人の使用する商標の義に外ならずして其使用が帝国内に於て行はれたることを要するも該使用者の国籍、住所若くは居所の何れなるやは問ふ所に非ず
(参照)文字、図形又は記号にして左の場合に該当するものは商標の登録を受くることを得ず。」此の法律施行前より他に使用者ある商標と同一若は類似のもの(商標法第二条第五号)
上告人 角利吉
被上告人 ぜ、じー、えんど、じえーたいあ、こんぱにー
右法定代理人 じえー、でいー、あんだーそん
右当事者間の第一九七九二号商標登録無効請求事件に付、特許局が明治三十八年十二月二十五日言渡したる審決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告論旨の第一点は原審決唯一の根拠は前記原審決文に明記するが如く本件商標と同一の商標を附したる「たいあ」は商標法施行前より引続き被上告人(外国に居住せる)の輸入する所に係るを以て同法第二条第五号の規定に該当し同法第十条に依り無効たるべき者にして前記第二条第五号に所謂他に使用者ある商標とは其商標の帝国内に於て使用せらるるを謂ひ使用者は必ずしも帝国内に居住するを要せずと云ふにあり上告人の議論は正しく反対にして使用が帝国内に於てずるを要するのみならず其の使用者も亦帝国内に在るを要すとするにあり此の議論の根拠の一は商標法第二条第五号の文言に
「此の法律施行前より他に使用者ある商標」云云とありて使用の主体たる人に重きを措きたる点と此法律の行はるべき区域とを併合して考察するに基く蓋し商標法の我邦土内に於てのみ行はるべき者なることは勿論にして其法文中に別の規定を具へざる限りは所謂使用者の存在が我か邦土内に在るを謂ふものとするは法文上当然の解釈なり。
明治三十六年(オ)第一八二号小袖綿製造機特許無効上告事件に於て特許法の所謂公知公用に付き大審院の与へたる説明中「特許法には区域を示さず単に公知公用とあるに依り是即ち其法律の行はるべき区域に於て公に知られ又は公に用ひらるるものとなすは法文上当然の解釈にして帝国内に未だ公ならざる外国に於ける公知公用も之を包含する文意とは解釈するを得べからざればなり。
若し外国の公知も又特許を妨ぐる者との法意ならば必らず法文に其明示あるべきなり。」云云とあるは恰も取で本件に引用することを得べし固より特許法と商標法とは其の細目に於て必ずしも原則を等くせずと雖も此の一点に於ては両者の間に何等の区別を有すべき理なく判文中所謂「公知公用」は直に転して之を「使用者」と為すに害あることなし然るを特許局審決の如く「使用者」の如何に拘らず単に使用の事実のみに重きを措くべき者とせば前記第二条第五号の「使用者」とある明記の法文を害すべきが故に是等の解釈は其の当を失するや論を竢たざる所なり。
而して該法文中「使用」を挙けずして特に「使用者」を挙けたるは決して文章上偶然の語路に由で爾るに非らず大に「使用者」を掲ぐるの必要ありしに由る此点に付ては立法の目的に論及し該法文は必竟商標法施行前より「使用せらるる商標」其のものを保護するに非らずして「商標使用者」其人を保護するの精神に出でたりとのことを説明せざるべからず。
是亦上告人の議論の根拠の一なり。
商標法を按ずるに第二条第一号乃至第七号を以て登録無資格の商標を列挙し此以外の商標は皆登録を受け得べきものとす。
然らば現に他人の使用せる商標と雖も其の未だ登録を経さるものは奪で登録を受け得べきこと論を竢たず這は甚た奇異の現象にして大に他人の権利を害すべきが如しと雖も要するに我が商標法の先願主義を採用したる自然の結果にして何人と雖も登録を経さる商標上には何等の権利を有すること能はず又登録を経たる以上は他人に於て仮令以前より使用したる事蹟ありとも即時に之れを禁止せらるる所以なり。
言を替へて之れを謂はは商標法の採用したる原則は登録なる形式を以て権利存否の故一の標準と為し復た使用の前後有無等に顧りみることなし此の点に於て商標法は旧商標条例と大に其主義を異にす旧商標条例は其第二条第三号に「登録出願以前より他人の使用する商標」云云と規定し使用の前後を以て使用権の存否を決し必ずしも登録の形式に拘泥せず。
然らば旧商標条例の下に於て使用者の有したる使用権は商標法の下に於て一朝に剥奪せらるるの不正を生ずべきが故に茲に商標法は此種の既得権者を保護すべき例外規定を設くるの必要を感し終に其第二条第五号に於て「此法律施行以前より他に使用者ある商標」云云と規定し登録を以て権利の標準とする総則に対して一の除外例とせり果して然らば法文の目的とする所は既得権者たる商標使用者に在ること疑を容るるに足らず彼の「商標其物」に至ては仮令商標法実施以前より使用せらるるとも之れを保護するの理由、必要、利益其の何れをも認むべからず。
従て法文の目的とする所も亦此に在らざるを知るべし既に法文の目的此に在らずして彼にありとすれば所謂「此法律施行前より他に使用者ある商標」とは使用者の現存する事実を以て要点とし其の使用者の現存は前段説明の如く此法律の行はるる区域即ち帝国内に於てずることを要するは甚た見易き道理なり。」第二点は更に一歩を進めて論するときは米国人民は仮令ひ商標法施行以前旧商標条例の下に於て商標を使用したる事実ありとも之れに依りて使用権を得ること能はざりしを知るべし。
抑も外国人は法律上一切の点に於て内国臣民と同様の権利を有するにあらずして条約及び法令の認むる範囲内に於てのみ爾るものなるは喋喋の論を要せる明治二十八年三月を以て発布せられたる日米通商航海条約第十六条に依れば米国人民は日本国に於て「法律に定むる手続を履行するときは専売特許商標及び意匠に関し内国臣民或は人民と同一の保護を受くべし」と規定せり此第十六条は明治三十年三月発布の勅令を以て他の条約事項に先ち直に実行せらるることとなり米国人民は同年同月より始めて旧商標条例の下に内国臣民と等しく商標の保護を受くべき権利を取得したり。
然れども彼等の得たる権利は一の制限に服することを忘るべからず。
即ち彼等は「法律に定むる手続を履行」するときに於てのみ保護を受くるの権利を有するなり。
「法律に定むる手続を履行」するとは。
即ち登録等の方式を謂ふものなること明白なるが故に必竟登録の形式を経で後始めて商標上の権利を生ずべし「法律に定むる手続を履行」せざるも猶ほ単に使用なる事実に由で旧条例の下に商標上の権利を有すること内国臣民の如くなる能はざるなり。
果して然らば第一点所論の如く旧商標条例の下に成存せる既得の使用権を保護せんかために設けられたる商標法第二条第五号の法文は米国人民が同条例の下に於て無権利になしたる使用に付て何等の関係なく必竟同法文に所謂「使用者」なる語中には少くとも米国人民を包含せざる者と解釈するを至当とす。
此議論は特許局に於て上告人の申立てざりし所なるも法律の抗弁として何時にても提出し得べきを以て茲に新に之を申立つ以上の如く原審決は法律の解釈を誤りたる不法ありと云ふに在り
依て按ずるに商標法第二条第五号に所謂此の法律施行前より他に使用者ある商標とは商標法施行前より他人の使用する商標の謂ひに外ならずして其使用が帝国内に於て行はれたることを要する趣旨に出でたること勿論なるも必ずしも其使用者が帝国内に在住することを要する法意にあらず。
其使用者の国籍、住所若くは居所の何れなるやは問ふ所にあらざるなり。
蓋此規定は商標法施行前より存する商標の使用者其人を保護するのみならず其商標に依りて商品を信用する一般の公衆をも保護するの精神に出でたるものにして苟も同法施行前より帝国内に於て商標を使用する者ある以上は其使用者が本邦人なると外国人なると又帝国内に在住すると否とを論別することなく総で此規定の適用を受くべきものと解するを当然とす。
日米通商航海条約第十六条に法律に定むる手続を履行するときは云云とあるは例へば米国人が帝国に於て商標の専用権を得るには商標権に依り登録の手続を経ることを要するが如き場合を指示したるものにして本件の如く他人が帝国に於て米国人の使用する商標と同一の商標の登録を受くることを得ざるか為めに間接に其米国人の被むるべか利益の如きは毫も右条約の関する所にあらざれば米国人と雖も何等の手続を要せずして当然其利益を受くることを妨げず。
故に上告論旨は何れも其理由なきものとす。
以上説明する如く本件上告は理由なきを以て民事訴訟法第四百五十二条に依り棄却す可きものとす。