明治三十九年（オ）第百十七號
明治三十九年四月二十五日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 不動産上ノ物權ヲ有スル者カ二人以上ノ者ニ對シ各別ニ權利ヲ移轉シタル場合ニ於テ其移付者ニ冐認販賣ノ如キ犯罪ヲ構成スルコトアルモ之カ爲メ登記簿上所有者ト爲リタル者ノ權利ニ何等ノ消長ヲ來スコトナシ（判旨第二點）
- 一 當事者カ虚僞ノ賣買ヲ爲シ登記ヲ經ルモ其登記ハ法律上何等ノ効力ヲ生セス故ニ後日同一ノ當事者間ニ眞正ノ賣買成立シタレハトテ該登記ノ復活スヘキ謂レナシ（判旨第三點）
- 一 登記ハ法律行爲ニ非サレトモ其行爲ノ結果ヲ直接ニ公示スル方法ナレハ之ヲ法律行爲ト同視シ其行爲ニ對シテ無効ヲ主張シ得ル者ハ之カ公示方法ニ付テモ亦無効ヲ主張シ得ヘキモノトス（同上）
上告人 青山儀八
訴訟代理人 船曳濱次郎
被上告人 米川龜之助 外一名
右當事者間ノ不動産賣買登記抹消請求事件ニ付宮城控訴院カ明治三十九年一月三十一日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第一點ハ原裁判所ハ上告人及被上告人川澄力間ニ本件係爭不動産ニ付被上告人相互間ノ賣買以前ニ於テ眞正ニ賣買ノ成立シタルコトヲ認ムルニ係ラス登記ナキノ故ヲ以テ被上告人米川龜之助ニ對抗スルコトヲ得ス從テ被上告人相互ノ賣買ハ有効ニシテ其登記モ亦有効ナリト判示セラレタルモ不動産ノ賣買ト雖モ當事者間ニ於テハ登記セサルモ有効ニ成立シ得ヘキカ故ニ已ニ上告人及被上告人川澄力間ニ有効ニ賣買契約成立シタル以上ハ何等ノ特約ナキ限リハ民法第百七十六條ノ適用ニ依リ其目的物ノ所有權ハ上告人ヘ移轉シタルモノナリ然ラハ被上告人川澄力ハ其目的物ニ對シテ最早何等ノ權利ナキカ故ニ之レヲ處分スルノ權能ヲ有セス然ルニ尚ホ自己ニ所有權アリトナシ更ラニ被上告人米川龜之助ヘ賣買シタルモノナレハ無ヨリ有ヲ生スル理ナキカ如ク被上告人米川龜之助ヘ所有權ノ移轉スルコトナキハ元ヨリ當然ナリト云ハサルヲ得ス若シ強テ所有權ヲ移轉セントセハ被上告人間ノ賣買ハ他人ノ物ノ賣買ニ屬スルヲ以テ民法第五百六十條所定ノ條件ニ從ヒ被上告人川澄力ハ上告人ヨリ之レヲ取得シテ更ラニ米川龜之助ニ移轉スルヲ要ス然ルニ原裁判所ハ被上告人川澄力カ上告人ヨリ更ラニ買受ケタリトノ事實ニ對シ「上告人名義ノ證書ヲ僞造シテ之ヲ自己ノ所有名義ニ登記シタルハ不法無効ナリ」ト認定セラレ明カニ民法第五百六十條所定ノ條件ヲ充サヽルコトヲ認ムルニ係ラス民法百七十七條ヲ援用セラレ上告人カ所有權取得ノ登記ナキヲ以テ第三者タル被上告人米川龜之助ニ達抗スル能ハストノ理由ヲ以テ上告人ノ主張ヲ排斥セラレタリ然レトモ第三者ニ對抗力ノ有無ト被上告人間ノ賣買登記ノ効力如何トハ別箇ノ問題ニシテ對抗力ナシトスルモ登記ノ無効タルニ妨ケナシ登記ハ公示方法タルニ過キサレハ登記原因ニシテ虚無ノモノナルトキハ其登記モ亦無効タリ而シテ本件被上告人間ノ賣買ハ實體上未タ所有權移轉ノ事實ナキニ係ラス移轉アリトシテ登記シタルモノナレハ其登記ノ不法無効タルコト明カナリ然ルニ原院ハ上告人ノ主張ヲ採用セサリシハ擬律ニ錯誤アリシモノナリト云フニ在リ
依テ審按スルニ物權ノ設定及ヒ移轉ハ民法第百七十六條ノ規定ニ依リ當事者ノ意思表示ノミニ因リテ其効力ヲ生スト雖モ是絶對的ノ規定ニアラスシテ其効力ハ當事者間ニ止マリ第三者ニ對抗スルコトヲ得ス而シテ第三者ニ對抗スルコトヲ得ル爲メニハ不動産上ノ物權ノ得喪變更等ニ付テハ其登記ヲ爲スコトヲ要シ當事者間ニハ設令其意思表示ノミニ因リテ物權ノ設定移轉アリトモ同一ノ物權ヲ取得シタル第三者カ先キニ其登記ヲ爲シタルトキハ其者ノミ權利ヲ有スルモノニシテ意思表示ノミニ因リテ物權ヲ取得シタル者ノ物權ノ取得ハ第三者トノ關係ニ於テハ全ク其行爲ナキモノト看做サルヽモノトス而シテ此場合ニ於テハ第三者ハ登記簿上權利ヲ有セシ者ヨリ權利ヲ取得シ他人ニ屬スル權利ヲ買受ケタルニアラサルカ故ニ民法第五百六十條ヲ適用ス可キモノニアラス依テ以上ノ趣旨ニ基ケル原判决ハ相當ニシテ本論旨ハ採用スルヲ得ス
上告論旨第二點ハ本件被上告人川澄力ハ最初上告人ヘ係爭不動産ヲ賣却シ既ニ自己ニ所有權ナキニ係ラス尚自己ノ所有ナリト稱シテ更ラニ被上告人米川龜之助ヘ賣買シタルモノナレハ所謂冐認販賣ノ罪ヲ構成セルモノトス而シテ本件ハ最初冐認罪ノ附帶私訴トシテ提起セルモノニシテ公訴ハ既ニ有罪ノ判决確定シタルモノナリ然ラハ第二ノ賣買タル被上告人間ノ賣買ハ犯罪行爲ノ要素ニシテ該販賣行爲ノ公ノ秩序ニ反スルモノタルコトハ明カニシテ當事者ハ公ノ秩序ニ反スル事項ヲ目的トシテナシタル法律行爲ナレハ其行爲ノ無効タルコトハ民法九十條ニヨリテ明カナルニ係ラス原裁判所ハ該賣買行爲ヲ正當有効トセラレタルハ法則ヲ適用セサリシノ不法アルモノナリト云フニ在リ
依テ審按スルニ不動産上ノ物權ヲ有スル者カ其權利ヲ二人以上ノ者ニ各別ニ移轉シタルヨリ其移付者ニ冐認賣買ノ如キ犯罪ヲ構成スルコトアリトモ之カ爲メニ登記簿上權利者ト爲リタル者ノ權利ニ消長ヲ來タス可キモノニアラス何トナレハ民法第百七十七條ハ此ノ場合ヲ除外シタル規定ヲ設ケサレハナリ依テ本論旨モ採用スルヲ得ス（判旨第二點）
上告論旨第三點ハ原裁判所ハ上告人及被上告人川澄力間ノ賣買ハ眞正ナルモ登記ナキノ故ヲ以テ第三者タル米川龜之助ニ對シテ其所有權ヲ對抗スル能ハストセラレタルモ前記當事者間ノ賣買ニ登記ノ存在セシコトハ明カニシテ之レヲ否定セラレタル原裁判所ハ法律ニ違背シテ事實ヲ不當ニ確定セラレタルモノナリ何トナレハ甲第一號證ニ明治三十六年七月三日附ヲ以テ上告人及被上告人川澄力間ノ賣買登記ノ存在セルコトハ原裁判所ノ明カニ認ムル所ニシテ只タ該登記ハ假裝賣買ニ基クモノナレハ無効ニシテ其後ニ眞正ノ賣買アリタルモ該登記ヲシテ有効ナラシムル理由ナシト云フニ在リ然リト雖モ登記ハ當事者ノ申請ニ基キ登記官吏カ登記簿ニ記入シ登記原因タル法律行爲ヲ公示スル方法タルニ過キスシテ登記其物ハ法律行爲ニアラス左レハ登記原因ニシテ不法無効ノモノアルトキハ其登記ハ抹消ヲ請求スル理由トナルニ過キス苟モ登記ニシテ存在スル以上ハ假令其原因ノ無効アルモ其登記ノ抹消アル迄ハ全然虚無ノモノト云フコトヲ得ス然ルニ原裁判所ハ「法律ノ所謂虚僞ノ意思表示ニシテ啻ニ當事者間ニ於テ其無効ヲ主張シ得ヘキノミナラス第三者タル被上告人龜之助ニ於テモ其無効ヲ主張シ得ヘキ云々」トナシ登記ヲ全然法律行爲ト解シ無効ニシテ存在セサルモノト同一視セラレタルハ不法ナリト云ハサルヲ得スト云フニ在リ
依テ審按スルニ本件ノ訴旨及ヒ原院ノ確定シタル事實ニ據レハ被上告人間ノ賣買ノ登記前ニ爲サレタル上告人及ヒ訴外人青山初太郎ト被上告人川澄力トノ間ノ明治三十六年七月三日附賣買ノ登記ハ虚僞ノ意思表示ニ出テタル無効ノ行爲ニ基クモノナレハ其登記モ從テ無効タルヤ論ヲ俟タス左レハ其後ニ至リ設令ヒ同一當事者間ニ眞正ノ賣買成立シタリトモ無効登記ノ復活スルカ如キ規定及ヒ條理ナキノミナラス後ノ取得者ハ上告人一名、前ノ取得者ハ上告人及訴外人青山初太郎ノ二名ニシテ當事者ノ異ナレル場合ニ於テハ尚更前ノ登記カ後ノ取得者ノ爲メニ復活ス可キ謂ハレアラサルモノニシテ無効ナル登記カ登記簿上存在スルトモ法律上何等ノ効力ヲ生ス可キモノニアラス而シテ登記ハ之ヲ以テ直ニ法律行爲ト云フヲ得サレトモ其行爲ノ結果ヲ直接ニ公示スル方法ナレハ之ヲ法律行爲ト同視シ其行爲ニ對シテ無効ヲ主張スルコトヲ得ル者ハ亦從ヒテ其公示方法ニ付テモ無効ヲ主張スルコトヲ得ヘシ依テ上告人ト被上告人川澄力トノ間ノ賣買ノ無効ヲ主張スルコトヲ得ル被上告人米川龜之助カ其登記ノ無効ヲ主張スルコトヲ得ルモノト爲シタル原判决ハ相當ニシテ本論旨モ上告ノ理由ト爲スヲ得ス（判旨第三點）
上告論旨第四點ハ上告理由第二點ニ於テ陳述シタル如ク被上告人間ノ賣買ハ民法第九十條ニ反スル無効ノモノナレハ本件係爭物ニ關シ眞正ノ賣買行爲アリシハ獨リ上告人及被上告人川澄力間ニ存スル法律行爲ナルノミ而シテ民法第百七十七條ノ規定ハ別異ノ法律行爲ニヨリ同一不動産ニ付利害關係相反スル權利ヲ得タル當事者數名アル場合ニ關シテ適用セラルヘキ規定ニシテ本件ノ如ク他ノ法律行爲ハ無効ニシテ獨リ上告人及被上告人川澄力間ノ唯一法律行爲アルノミノ場合ニ適用セラルヘキモノニ非ス（大審院第一民事部明治三十六年（オ）第六四二號事件ニ付明治三十八年二月十六日言渡ノ裁判例）然ルニ原院カ民法第百七十七條ヲ適用セラレタルハ擬律錯誤ノ不法アルモノトスト云フニ在リ
依テ審按スルニ民法第百七十七條ハ別異ノ法律行爲ニ因リ同一不動産ニ付利害相反スル權利ヲ取得セシ當事者數名アルカ如キ場合ニ適用スヘキコトハ論旨ノ如クニシテ本件ニ於テハ被上告人川澄力カ所有セシ係爭不動産ヲ上告人ニ賣渡シ亦被上告人ニモ賣渡シタルモノニシテ其兩人間相容レサル二个ノ行爲アルモノナレハ此場合ニ同條ヲ適用シタルハ相當ニシテ本論旨ハ上告ノ理由ト爲スヲ得ス
以上説明スルカ如ク本件上告ハ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ棄却ス可キモノトス
明治三十九年（オ）第百十七号
明治三十九年四月二十五日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 不動産上の物権を有する者が二人以上の者に対し各別に権利を移転したる場合に於て其移付者に冒認販売の如き犯罪を構成することあるも之が為め登記簿上所有者と為りたる者の権利に何等の消長を来すことなし（判旨第二点）
- 一 当事者が虚偽の売買を為し登記を経るも其登記は法律上何等の効力を生ぜず。
故に後日同一の当事者間に真正の売買成立したればとて該登記の復活すべき謂れなし（判旨第三点）
- 一 登記は法律行為に非ざれども其行為の結果を直接に公示する方法なれば之を法律行為と同視し其行為に対して無効を主張し得る者は之が公示方法に付ても亦無効を主張し得べきものとす。
（同上）
上告人 青山儀八
訴訟代理人 船曳浜次郎
被上告人 米川亀之助 外一名
右当事者間の不動産売買登記抹消請求事件に付、宮城控訴院が明治三十九年一月三十一日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第一点は原裁判所は上告人及被上告人川澄力間に本件係争不動産に付、被上告人相互間の売買以前に於て真正に売買の成立したることを認むるに係らず登記なきの故を以て被上告人米川亀之助に対抗することを得ず。
従て被上告人相互の売買は有効にして其登記も亦有効なりと判示せられたるも不動産の売買と雖も当事者間に於ては登記せざるも有効に成立し得べきが故に己に上告人及被上告人川澄力間に有効に売買契約成立したる以上は何等の特約なき限りは民法第百七十六条の適用に依り其目的物の所有権は上告人へ移転したるものなり。
然らば被上告人川澄力は其目的物に対して最早何等の権利なきが故に之れを処分するの権能を有せず。
然るに尚ほ自己に所有権ありとなし更らに被上告人米川亀之助へ売買したるものなれば無より有を生ずる理なきが如く被上告人米川亀之助へ所有権の移転することなきは元より当然なりと云はざるを得ず。
若し強で所有権を移転せんとせば被上告人間の売買は他人の物の売買に属するを以て民法第五百六十条所定の条件に従ひ被上告人川澄力は上告人より之れを取得して更らに米川亀之助に移転するを要す。
然るに原裁判所は被上告人川澄力が上告人より更らに買受けたりとの事実に対し「上告人名義の証書を偽造して之を自己の所有名義に登記したるは不法無効なり。」と認定せられ明かに民法第五百六十条所定の条件を充さざることを認むるに係らず民法百七十七条を援用せられ上告人が所有権取得の登記なきを以て第三者たる被上告人米川亀之助に達抗する能はずとの理由を以て上告人の主張を排斥せられたり。
然れども第三者に対抗力の有無と被上告人間の売買登記の効力如何とは別箇の問題にして対抗力なしとするも登記の無効たるに妨げなし登記は公示方法たるに過ぎざれば登記原因にして虚無のものなるときは其登記も亦無効たり。
而して本件被上告人間の売買は実体上未だ所有権移転の事実なきに係らず移転ありとして登記したるものなれば其登記の不法無効たること明かなり。
然るに原院は上告人の主張を採用せざりしは擬律に錯誤ありしものなりと云ふに在り
依て審按ずるに物権の設定及び移転は民法第百七十六条の規定に依り当事者の意思表示のみに因りて其効力を生ずと雖も是絶対的の規定にあらずして其効力は当事者間に止まり第三者に対抗することを得ず。
而して第三者に対抗することを得る為めには不動産上の物権の得喪変更等に付ては其登記を為すことを要し当事者間には設令其意思表示のみに因りて物権の設定移転ありとも同一の物権を取得したる第三者が先きに其登記を為したるときは其者のみ権利を有するものにして意思表示のみに因りて物権を取得したる者の物権の取得は第三者との関係に於ては全く其行為なきものと看做さるるものとす。
而して此場合に於ては第三者は登記簿上権利を有せし者より権利を取得し他人に属する権利を買受けたるにあらざるが故に民法第五百六十条を適用す可きものにあらず。
依て以上の趣旨に基ける原判決は相当にして本論旨は採用するを得ず。
上告論旨第二点は本件被上告人川澄力は最初上告人へ係争不動産を売却し既に自己に所有権なきに係らず尚自己の所有なりと称して更らに被上告人米川亀之助へ売買したるものなれば所謂冒認販売の罪を構成せるものとす。
而して本件は最初冒認罪の附帯私訴として提起せるものにして公訴は既に有罪の判決確定したるものなり。
然らば第二の売買たる被上告人間の売買は犯罪行為の要素にして該販売行為の公の秩序に反するものたることは明かにして当事者は公の秩序に反する事項を目的としてなしたる法律行為なれば其行為の無効たることは民法九十条によりて明かなるに係らず原裁判所は該売買行為を正当有効とせられたるは法則を適用せざりしの不法あるものなりと云ふに在り
依て審按ずるに不動産上の物権を有する者が其権利を二人以上の者に各別に移転したるより其移付者に冒認売買の如き犯罪を構成することありとも之が為めに登記簿上権利者と為りたる者の権利に消長を来たず可きものにあらず。
何となれば民法第百七十七条は。
此の場合を除外したる規定を設けざればなり。
依て本論旨も採用するを得ず。
（判旨第二点）
上告論旨第三点は原裁判所は上告人及被上告人川澄力間の売買は真正なるも登記なきの故を以て第三者たる米川亀之助に対して其所有権を対抗する能はずとせられたるも前記当事者間の売買に登記の存在せしことは明かにして之れを否定せられたる原裁判所は法律に違背して事実を不当に確定せられたるものなり。
何となれば甲第一号証に明治三十六年七月三日附を以て上告人及被上告人川澄力間の売買登記の存在せることは原裁判所の明かに認むる所にして只た該登記は仮装売買に基くものなれば無効にして其後に真正の売買ありたるも該登記をして有効ならしむる理由なしと云ふに在り然りと雖も登記は当事者の申請に基き登記官吏が登記簿に記入し登記原因たる法律行為を公示する方法たるに過ぎずして登記其物は法律行為にあらず。
左れば登記原因にして不法無効のものあるときは其登記は抹消を請求する理由となるに過ぎず苟も登記にして存在する以上は仮令其原因の無効あるも其登記の抹消ある迄は全然虚無のものと云ふことを得ず。
然るに原裁判所は「法律の所謂虚偽の意思表示にして啻に当事者間に於て其無効を主張し得べきのみならず第三者たる被上告人亀之助に於ても其無効を主張し得べき云云」となし登記を全然法律行為と解し無効にして存在せざるものと同一視せられたるは不法なりと云はざるを得ずと云ふに在り
依て審按ずるに本件の訴旨及び原院の確定したる事実に拠れば被上告人間の売買の登記前に為されたる上告人及び訴外人青山初太郎と被上告人川澄力との間の明治三十六年七月三日附売買の登記は虚偽の意思表示に出でたる無効の行為に基くものなれば其登記も。
従て無効たるや論を俟たず。
左れば其後に至り設令ひ同一当事者間に真正の売買成立したりとも無効登記の復活するが如き規定及び条理なきのみならず後の取得者は上告人一名、前の取得者は上告人及訴外人青山初太郎の二名にして当事者の異なれる場合に於ては尚更前の登記が後の取得者の為めに復活す可き謂はれあらざるものにして無効なる登記が登記簿上存在するとも法律上何等の効力を生ず。
可きものにあらず。
而して登記は之を以て直に法律行為と云ふを得ざれども其行為の結果を直接に公示する方法なれば之を法律行為と同視し其行為に対して無効を主張することを得る者は亦従ひて其公示方法に付ても無効を主張することを得べし。
依て上告人と被上告人川澄力との間の売買の無効を主張することを得る被上告人米川亀之助が其登記の無効を主張することを得るものと為したる原判決は相当にして本論旨も上告の理由と為すを得ず。
（判旨第三点）
上告論旨第四点は上告理由第二点に於て陳述したる如く被上告人間の売買は民法第九十条に反する無効のものなれば本件係争物に関し真正の売買行為ありしは独り上告人及被上告人川澄力間に存する法律行為なるのみ。
而して民法第百七十七条の規定は別異の法律行為により同一不動産に付、利害関係相反する権利を得たる当事者数名ある場合に関して適用せらるべき規定にして本件の如く他の法律行為は無効にして独り上告人及被上告人川澄力間の唯一法律行為あるのみの場合に適用せらるべきものに非ず（大審院第一民事部明治三十六年（オ）第六四二号事件に付、明治三十八年二月十六日言渡の裁判例）然るに原院が民法第百七十七条を適用せられたるは擬律錯誤の不法あるものとすと云ふに在り
依て審按ずるに民法第百七十七条は別異の法律行為に因り同一不動産に付、利害相反する権利を取得せし当事者数名あるが如き場合に適用すべきことは論旨の如くにして本件に於ては被上告人川澄力が所有せし係争不動産を上告人に売渡し亦被上告人にも売渡したるものにして其両人間相容れざる二个の行為あるものなれば此場合に同条を適用したるは相当にして本論旨は上告の理由と為すを得ず。
以上説明するが如く本件上告は適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り棄却す可きものとす。
