相續財産囘収請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）12輯19頁

上告趣旨の第一は上告人は原院に於て「甲第二号証（遺産相続に関する契約証書）は（第一）本件は家督相続の開始したる場合なるに遺産相続の開始したるものとして上告人（家督相続人）と被上告人

（継母）とか相続財産を分配したるものなるが故に無効なり。 （第二）家督相続の効力は法律の規定するものにして契約を以て之を変更することを得ざるは言を俟たず[またず]。 然るに本証は契約を以て家督相続の効力を変更し継母たる被上告人が相続財産の過半を承継したるものなるが故に公の秩序に反する無効の契約なり。」との主要の攻撃方法を提出したることは原院口頭弁論調書（明治三十八年六月二十九日の分）に「控訴代理人は事実として第一審判決事実摘示と同一の陳述を為せり」と記載したると原判決「事実及理由」の部第一項の末尾に「事実上の関懸に対する当事者双方の演述要旨は原判決に摘示せし所と同一なるを以て之を引用す」と記載したると第一審判決「事実」の部に其攻撃方法を記載したるとに依り明確なり。 然るに原判決は其主要の攻撃方法に対し何等の判決を与へざりしものなるが故に民事訴訟法第二百三十条第一項（判決は弁論を経たる総て[すべて]の攻撃及び防禦[ぼうぎょ]の方法を包括す）に違背したる不法の判決なりと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]原判決理由中には上告人が自己の為めに家督相続の開始したることを知りて家督相続の届出を為し、且、家督相続の効力を承知し、而して[しこうして]後に被相続人の遺言に遵由して本件の係争物件を被上告人に贈与したる事実を確定しあるを以て本論旨の如き上告人の主張を排斥したること極めて明白なれば本論旨は要するに原判旨に副はざる非難に外ならず

上告趣旨の第二は右上告理由第一点は不当なりと仮定し原判決「理由」第二項の上段に於て「控訴人は甲第二号証の契約は無効なりと主張すれども甲第二号証は明治二十八年四月十七日の成立にして其第一条第三条に依れば控訴人が該証の成立前に於て家督相続の開始を知り同年三月二十六日其相続届出を為し、且、家督相続の効力を承知し被相続人の有せし大坂市東区北浜三丁目二十三番の地所同地上の建物及其附属造作等を承継し同年四月十二日所有名義書換の登記手続を了したることを認め得べし、而して[しこうして]此等の事実及該証の大井利一郎の遺言に従ひ云云等の文言並証人梅原六三郎荒木さとの証言を綜合[そうごう]して観察せば該証の第四条第五条は控訴人に於て被相続人利一郎の遺言に基き之が贈与契約を為したるものなること明かなり。」と判決したるは右上告理由第一点に記載したる主要の攻撃方法に対し与へたる判決なりと仮定するときは其判決は理由を尽さざる不法の判決なり。 何となれば右上告理由第一点に記載したる主要の攻撃方法は甲第二号証の契約全部の無効なることを攻撃するものなるが故に其攻撃方法に対する判決理由は其契約全部の有効なることを説明するにあらざれば理由を尽さざるものなることは言を待たず。 然るに原判決は甲第二号証の第四条第五条に関する説明を為したるに止まり其契約全部の有効なることを説明せざるものなるが故に其判決は理由を尽さざる不法の判決なること明確なればなり。 何となれば相続の開始したる場合は其相続は主にして其相続財産は従なり、且、其主従は之を分離すべからず。 即ち相続財産は相続に附着するものなり。 故に其主たる相続に関する契約が無効なるときは其従たる相続財産に関する契約の無効なることは当然なり。 然るに原判決は其主たる相続に関する契約の有効なることを説明せずして其従たる相続財産に関する契約の有効なることのみを説明したるは主従を顛倒したるものにして理由を尽さざる不法の判決なること明確なればなりと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]既に前段に於て判示したる如く又本論旨中に援用したる原判文に依るも明なる如く原院は上告人を以て被相続人の家督相続を為し、而して[しこうして]其遺言に基き被上告人に対して贈与契約を為したるものと認定したるものなれば甲第二号証の契約は家督相続の効力を変更する趣旨に非ずして相続人が相続財産を処分したるものと為し。 即ち其全部有効の契約なりと判断したるに外ならず。 故に本論旨も亦[また]原判旨に副はざる非難にして上告の理由とならず

上告趣旨の第三は原判決「理由」第二項の下段に於て「控訴人は継母まつ（被控訴人）が分家したる場合には母子たる親族関懸の断絶することを知らずして母の命なれば背くこと能はざるものと信じて甲第二号証の契約を為したるものなれば意思表示に錯誤ある旨主張すと雖[いえども]も母子たる親族関係の存続するものと信じたるか為めに贈与を為したるものと認むべき憑拠なき」と判決したるは上告人が原院に於て原院口頭弁論調書（明治三十八年六月二十九日の分）に「控訴代理人は（中略）甲第三号証に依り（中略）甲第二号証に被控訴人が署名押印し居るか其際被控訴人と控訴人とは母子の関懸を絶ちしことを控訴人が知らざりしことを証し」と記載したる如く甲第二号証第二条の如く被上告人が分家したるとき民法第七百二十九条第二項の如く民法実施前に於ても上告人と被上告人との親族関係の消滅したることは明確なるにも拘はらず上告人が之れを知らずして被上告人を依然継母なりと信じ甲第二号証の契約を締結したるものなることは甲第三号証即ち甲第二号証の日附以後に於ける上告人の財産及び実印の保護に関する契約に被上告人を母と称し居るに依り明確なりとの挙証を為したることを無視したるものなるが故に原判決は証拠を遺脱して敗訴を言渡したる不法の判決なり。 （御院著作明治三十七年十二月十二日発行御院民事判例要旨類集四六八丁記載引用）と云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]民法第七百二十九条第二項の規定は分家の場合に之を適用せざることは同法第七百三十一条に於て之を声明しあるのみならず民法施行前に在りても亦[また]継親子の親族関係は分家に因りて絶止すべき法則存したること無し、而して[しこうして]原判決は上告人が被上告人に対して甲第二号証の贈与契約を為したるは当事者間に継母子たる親族関係の存続するものと信じたるに因るものと認むべき憑拠なきのみならず其之を為したるは被相続人の遺言ありしに因るものと認定したるものなれば仮令[たとい]本論旨の如く分家に因りて継母子の親族関係止み。 而して[しこうして]被上告人が分家したる後上告人は依然継母子の親族関係存続するものと信じたる事実ありとするも此は是原院の認定と並存して相戻るものに非ず。 然れば則ち分家の後果して上告人が被上告人を母視し居たるや否は原判決に適切ならざる事項なること明かなれば仮令[たとい]此に関する証拠方法に付て採否の判断なきも原判決破毀の理由とするに足らず

上告趣旨の第四は凡そ遺言を以て自己の所有物を他人に無償譲渡を為すは遺贈たること言を俟たず[またず]。 而て原判決には「被相続人利一郎の遺言に基き之が贈与契約を為したるものなること明かなり。」とあり

之れを詳言せば利一郎が遺言を以て被上告人に本件係争の財産を無償譲渡を為すの意思を表示したるが故（約言せば遺贈の意思表示を為したるが故）之れに基き上告人が被上告人に贈与の契約を為したるものなりと云ふ[いう]に外ならず利一郎が被上告人に遺贈を為すと上告人が被上告人に贈与を為すとは二者判断別異の法律関懸なり。 然は遺言に基き贈与を為したるものとせしは別異の法律関係を混同視し。 即ち法律に違背して不当に事実を確定せし不法の判決なり。 若し該遺言と贈与とか相調和すべき原院の意見なりとせば宜しく其理由を説示すべきに之れを為さざりしは理由を付せざる不法の判決なりと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]原判旨は被相続人が遺言を以て被上告人に対して胸償給付を為したる行為即ち遺贈に該当すべき事実を確定したるに非ずして上告人は被相続人が自己に対して為したる遺言に率由して被上告人に贈与契約を為したる事実を認定したるに外ならざれば本論旨は原判旨に副はざる非難にして到底上告の理由とならず

上告趣旨の第五は原院が贈与なりと認定するに証拠とせしものは甲第二号証第一条第三条及両名の証言にして、而して[しこうして]原院は右甲第二号証第一条及第三条は（一）上告人が第二号証の契約締結の時既に自己が家督相続を為したるを承知し（二）、且、相続財産中の不動産を自己の名義に登記したる事実を知りたるを証明するの材料と為し両名の証言は（三）遺言を知るの具とせしに過ぎず以上三箇の証拠は皆以て本件贈与を認定するに副はざる証拠なり。 何んとなれば原院が該証拠の効用を説明せし所に拠り（一）の如く上告人が既に相続せしを承知したればとて又（二）の如く上告人が相続財産中の不動産を承継したればとて是等は共に必ずしも贈与を為すに縁由を有する事柄にあらず。 又（三）の遺言の如きは前点の如く贈与と相容れざる事柄なればなり。 蓋し[けだし]証拠の採否其解釈及び事実の認定は原院の職権内にあるも其採用して解釈を下たしたる証拠の効用と認定する事実とは必す相一致せざるべからず。 然るに該証拠は原院が説明せし如き効用あるものとしても尚ほ一致せざること前陳の如くなれば則ち何等の憑拠なくして贈与の事実を認定せしに異ならずして不法の判決たるを免れず。 若し相一致するの理由ありとせば其理由を明示せざる不法の判決なりと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]前段上告論旨の原判旨に副はざること既に判示したる如くなれば本論旨は畢竟[ひっきょう]原院の専権に属する証拠の取捨事実の認定を非難するに過ぎず。 故に亦[また]上告の理由とならず

上来判示する如く上告論旨は一として適法の理由あらざるを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項の規定に従ひ主文の如く判決す