貸金及損害金請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）11輯1279頁

上告趣旨の第一は被上告人は第一、二審に於て乙第三号証の成立を認めあれば。 従て其成立の真正なることに付ては当事者間に何等の争なき所なり。 然るに原裁判が「按ず[あんず]るに控訴人が乙第一号証検真に付、対照書類として提出せる乙第三号証は明治三十八年一月十二日原審（第一審）弁論調書に依り其成立真正なりと認め得べきも」と判決せられたるは争なき事実を争ある如く誤解せられたり。 而して[しこうして]乙第三号証中被上告人名下に押捺せる印影の成立に付、争ひあり此印影が鑑定の基本となるが故に第一の争点は此印影の成立が真正なるや否を決定す可きものなるに此点に対し何等の説明を為さず控訴状記載の如く亦[また]た弁論進行の順序に依り乙第三号証の印影及乙第一号証の印影が主たる争点なりしや明なり。 乙第一号証の印影は乙第三号証の印影に因り真否を決定し得らるべく乙第三号証の印影が原審に於て争の基本なり。 然るに乙第三号証の印影の成立に対し説明を欠きたるは争点に対して説明を欠きたる違法の判決なり。 原判決の如く基本なき鑑定を排斥せらるるか当然なれば其反対の論理として基本ある鑑定は採用せらるるか亦[また]た当然なり。 若し原判決が乙第一号証被上告人名下の印影の鑑定を排斥するに当り其鑑定の基本たる乙第三号証被上告人名下の印影の成立に付、争あるを決定して而て後ち鑑定を排斥せられたるものなりとせば素より適法の判決なりと雖[いえども]も否らず上告の要旨は前掲の如き欠点より生ずる判決は鑑定を採用しても違法と為り排斥しても亦[また]た違法と為るなり。 何となれば基本と為す可き印鑑に付、争ひあるを措き鑑定の採否を決するは違法なればなりと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]被上告人は第一審に於ては別に留保する所なくして乙第三号証を看認し第二審に至り始めて其印影を否認したる事実なることは彼此[ひし]の法廷調書に依りて自明なり。 是故に原院は先第一審明治三十八年一月十二日の口頭弁論調書に依りて乙第三号証の真正に成立したること。 即ち此に押捺したる印影も亦[また]た被上告人の真印なる事実を判断し、而して[しこうして]後に乙第一号証の印影と乙第三号証の印影と同一なりとの鑑定を排斥して乙第一号証は真正に成立したるものに非ずと判断したるものとす。 然れば則ち本論旨は畢竟[ひっきょう]原判文の旨趣を誤解して之を非難するに外ならずして上告の理由とならず

上告趣旨の第二は被上告人の訴訟代理人が原審の明治三十八年五月九日午前第九時第二回の口頭弁論に於て（第一）乙第四号五号証の認否を為し（第二）伊藤周太の証人訊問を申請し（第三）各証拠の関係を表明し証拠調の結果に付、弁論を為し依りて裁判長は弁論を終結したり。 然るに該訴訟代理人の氏名を弁論調書に記載せずして後日判決を言渡したるものなれば原判決は民事訴訟法第百二十九条第四号の規定に背きたるものなり。 右の証拠は民事訴訟法第百三十四条の規定に依り一件記録第八十一枚裏以下の口頭弁論調書のみを以て充分なりとすと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]訴訟代理人の氏名は調書に記載して明確にすべき事項に非ざれば之を記載せざるは民事訴訟法第百二十九条の規定に違背すること勿論なりと雖[いえども]も之が為めに其調書は全然無効に帰すべきものに非ず。 故に本論告の事実は到底原判決破毀の理由となるべきものに非ず

如上の理由なるを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項の規定に従ひ主文の如く判決す