明治三十八年(オ)第百六十一號
明治三十八年七月八日第一民事部判决
◎判决要旨
- 一 約束手形ノ債務ヲ變更シテ金錢ノ給付ヲ目的トスル手形以外ノ債務ト爲シタル場合ニ舊債務ハ更改ニ因リテ消滅スルモノトス
第一審 宇都宮地方裁判所栃木支部
第二審 東京控訴院
上告人 添野傳左衛門
被上告人 大塚永藏
訴訟代理人 長谷川吉次
右當事者間ノ辨償金請求事件ニ付東京細訴院カ明治三十八年二月四日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告趣旨ノ第一ハ上告人之ヲ取消シ其第二ハ原院判决ハ被上告人カ甲第三號證ノ金員ヲ辨濟シタルモノナルコトヲ認定スルニ當リ「甲第三號證ノ元金一千八百八十九圓及ヒ元金七百四十六圓ノ約束手形債務ハ同證ニ於テ約束手形預證ノ記載竝ニ債權者下野倉庫株式會社取締役タル第一審ノ證人橋本久次郎ノ手形ハ擔保附ノ證書ニ改メ其證書ニヨリ現金五百圓ヲ受取リタル旨ノ信ヲ措クニ足ル陳述ニヨリ被控訴人ニ於テ辨償シタルモノト認ム」ト説明シ又被上告人カ甲第五號證ノ債務ヲ辨濟シタルモノナリトノ事實ヲ認定スルニ當リ「甲第五號證ノ内金九百圓ハ同證裏書株式會社石橋銀行受取ノ記載竝ニ同銀行頭取タル第一審ノ證人伊澤毅一郎ノ額面金額ノ支拂ヲ受ケタル旨ノ信ヲ措クニ足ル陳述ニヨリ被控訴人ニ於テ辨償シタルモノト認ム」(原判决理由第二ノ(五))ト説明セラレタリ依テ甲第五號證ノ裏面ヲ見ルニ石橋銀行裏書ノ部ニ「表面ノ金額正ニ證書ニテ受取候也明治三十四年七月二日株式會社石橋銀行」トアリ又證人伊澤毅一郎ノ第一審ノ證言ヲ見ルニ「問、全部現金ニテ受取リタルカ答、原告一個ノ證書ヲ差入レタルコトハ承知ナルモ全部ニ對シテハ差入レシヤ否ヤ記憶ナシ」ト記載アリテ證書ニヨリ辨濟ヲナシタル旨ノ記載アリ之ヲ以テ見ルトキハ甲三號證及甲第五號證ノ債務ハ適法ニ辨濟セラレツラモノト認ムルコト能ハス凡ソ債務ノ辨濟ハ民法第四百七十四條以下ニ規定シタルカ如ク債務ノ本旨ニ從ヒタル現實ノ履行之ヲ換言スレハ債務者ニ於テ債務ノ内容ヲ完全ニ充實セシメ其債務ヲ消滅セシムルノ行爲ナルヲ以テ本件甲三號證及甲第五號證ノ如キ單純ナル金錢債務殊ニ一定ノ金額支拂ヲ目的トスル手形債務ニアリテハ之カ辨濟トシテハ必スヤ金錢ノ支拂ヲ以テ之ヲ爲サヽル可カラス然ルニ右人證及ヒ書證ヲ見ルニ何レモ證書ヲ以テ受取リシトノ事實アルノミニシテ債權者ニ於テ金錢ノ支拂ヲ受ケタリトノ事實ハ毫末モ之ヲ發見スルコト能ハス依テ被上告人ニ於テ甲第五號證ノ債務ヲ辨濟シタル事實ハ之ヲ認メントスルモ得ヘカラス而カモ原判决カ以上ノ人證及ヒ書證ヲ引用シテ甲三號證及甲第五號證ノ債務ハ被上告人ノ辨濟ニヨリ消滅ニ歸シタルモノナリト認定シタルハ辨濟ニ關スル法律ノ解釋ヲ謬リタル違法ノ判决ナリト思料ス若シ夫レ原判决ノ趣旨茲ニ在ラスシテ株式會社石橋銀行其他カ證書ニテ甲三號證及甲第五號證ノ金員ヲ受取タルコトハ當事者間ニ債務ノ更改アリタルモノナリトスルニアリトセハコレマタ更改ニ關スル法律ノ解釋ヲ誤レルモノト云ハサルヲ得ス蓋シ更改ハ債務ノ要素ヲ變更スル契約ナルヲ以テ本件ノ如ク債務ノ辨濟ニ替ヘテ證書ヲ交付スル場合ニハ民法第五百十三條ノ如キ特別ノ規定ナキ限リハ之ヲ以テ直チニ更改アリタルモノト認ムルコト能ハサレハナリ何トナレハ證書ハ已存ノ債務ヲ表彰スヘキ形式タルニ過キスシテ證書自體ハ債務自體ニアラス債務ヲ表彰スル所ノ證書ノ約束手形タルト普通ノ債權證書タルトハ債務自體ニ對シテハ何等ノ關係ナシ從テ約束手形ノ債務ヲ通常ノ證書債務ニ變更スルモ是レ唯債務ヲ表示スル所ノ形式カ變化シタルニ止マリ債務ノ要素ハ何等ノ變更ヲモ來タスヘキモノニアラス故ニ本件ノ場合ニ於テハ决シテ更改アリタルモノト云フヲ得ス且原院ニ於テ果シテ以上ノ事實ヲ以テ法律上更改アリタルモノト認定シタルモノナリトセンカ原院ハ宜シク此點ニ付キ何故ニ之ヲ更改ト認メタルヤノ理由ヲ説明セサルヘカラス然ルニ原院カ此點ニ付キ一モ説明スル所ナキハ理由不備ノ違法アリ何レノ方面ヨリ觀察スルモ原判决ハ違法ノ裁判ナリト思料スト云フニ在リ
然レトモ原判决中甲第三號證及ヒ甲第五號證ニ關スル説明ノ文詞ニハ辨償ノ語アリテ辨濟ノ字存スルコト無シ而シテ辨償ノ語ハ唯債務消滅ノ事實ヲ表示スル爲メニ用ヒタルモノト解釋スルニ難カラサルヲ以テ本論旨ノ前段ハ原判旨ニ副ハサル非難ニシテ上告ノ理由トナラス若シ夫約束手形ノ債務ヲ變更シテ金錢ノ給付ヲ目的トスル手形以外ノ債務ト爲シタル場合ニ於テ舊債務ハ更改ニ因リテ消滅スヘキコト絲毫ノ疑ヲ容ルヘキニ非ス何トナレハ手形債務ハ手形ニ因リテ存在スル債務ナレハ手形ハ他ノ證書ノ如ク特ニ債務ノ存在ヲ證明スル具タルニ止マラス債務ノ成立ニ缺クヘカラサル要素タルコト多言ヲ待タス是故ニ手形債務ヲ他ノ債務ニ變更スレハ債務ノ要素ニ變更アルモノト云ハサルヲ得サレハナリ抑原審ニ於テ如上ノ事實ハ果シテ更改トナルヤ否ニ付テハ當事者間ノ爭點トナラサリシコト訴訟記録ニ徴シテ自明ナレハ原院ノ判旨此ニ及ハサリシハ判决ノ瑕疵トスルニ足ラス由是之ヲ觀レハ本論旨ノ中段及ヒ後段モ亦共ニ上告ノ理由トナラス
上告趣旨ノ第三ハ本件被上告人ノ請求原因ハ委任契約ニ基クモノナルコトハ被上告人ノ訴状及口頭辯論調書原院中間判决等ニ依リ頗ル明白ナリ而シテ原判决ニ於テモ亦本訴唯一ノ請求ノ原因ヲ委任ニアリト前提シタルニ拘ハラス單ニ金錢借入ノ委任アリシコトノミヲ認定説明シ一言モ借入金ノ辨濟ヲナスヘキコトノ委任アリシコトノ認定ヲ爲サス且説明之レナキニ依テ見レハ原判决ニ於テモ委任ノ區域ハ單ニ金員借入ノ事ニ止マリ其辨濟ノコトニ及ハサリシモノナリト認定シタルモノナリト解セサル可ラス而シテ本件ノ場合ノ如ク單ニ金錢借入ノミノ委任アリテ借入金支拂ノ委任ナキ場合ニ受任者カ單純ニ其借入金ヲ辨濟シタルトキハ受任者ハ委任者ニ對シ民法第七百三條以下ノ規定ニヨリ不當利得ヲ原因トシテ辨濟金ノ返還ヲ請求スルハ格別委任ヲ原因トシテ辨濟金ノ償還ヲ委任者ニ請求スルカ如キハ法律ニ違背セル失當ノ請求ナリト云ハサルヲ得ス然ルニ原判决カ不當利得ノ性質ヲ有スル請求ニツキ委任ヲ原因トシテ訴求シタル被上告人ノ請求ヲ正當ナリトシテ許容シタルハ法律ノ適用ヲ誤レル不法ノ裁判ナリト思料スト云ヒ」其第四ハ數歩ヲ讓リ原判决ノ意金員借入ノ委任ハ辨濟ノ委任ヲモ包含スルモノナリト認定シタルニアリトセンカ原判决ハ猶ホ左ノ不法アルヲ免レス(一)被上告人ハ一審以來金員借入ノ事ニツキ委任アリシコトヲ主張シタルモ未タ嘗テ借入金辨濟ノ事項ニ付テモ委任ニヨリテ權限ヲ有セシモノナリト主張シタルコトナシ果シテ然ラハ原判决ハ當事者ノ主張セサル事實上ノ認定ヲナシタルモノニシテ事實認定ノ權限ヲ超越シタルノ不法アリ(二)被上告人ノ主張ニ依レハ金員辨濟ニ付債權者ニ對スル義務者ハ被上告人一人ナリト雖モ被上告人ノ持分以外ニ關スル負擔部分ニ付テノ債務者ハ委任者(上告人等)ト受任者(被上告人)間ノ内部關係ニ於テハ上告人等ニ其責任歸屬スルモノナリト云フニアルヲ以テ上告人被上告人間ニ於テハ被上告人カ借入金ヲ辨濟スヘキ期限ニ於テ上告人ノ負擔部分辨濟ノ時期當然到來スルモノニシテ被上告人ノ辨濟ヲ俟チテ始メテ履行スヘキ義務ニアラス然ルニ上告人カ其辨濟ヲ怠リタルカ爲メ被上告人ハ上告人ノ負擔部分ニ付テモ不得止代テ辨濟シタル結果本訴ヲ提起シテ求償ヲ求ムルモノナリト解セサルヘカラス之レ正シク不當利得ヲ原因トスルモノニ外ナラス而シテ金員借入ノ委任ヲ爲シタル場合ニ於テハ當然辨濟ノ委任ヲモ包含スト云フカ如キ法理若クハ法規ノ存在スルモノナキヲ以テ原判决ニ於テ本件ニツキ辨濟ノ事項ヲモ上告人ニ於テ委任ニ依リ權限ヲ有シタルモノナリト認定センニハ須ラク此點ニ關シ詳細綜密ノ理由ヲ付セサルヘカラス然ルニ原院ニ於テハ何等之ニ言及スル所ナク被上告人ノ請求ヲ採用シタルハ失當ナリ右二个何レノ點ヨリ見ルモ原判决ハ不法ニ事實ヲ確定シタル違法アリト思料スト云フニアリ
然レトモ被上告人カ上告人ノ委任ニ因リ振出名義人トナリテ本訴ノ約束手形ヲ振出シタル事實ヲ主張シ原院ハ其主張ノ事實ヲ確定シタルコトハ原判文ニ依リテ極メテ明白ナリ既ニ約束手形ノ振出人タル事實存スルトキハ手形所持人ニ對シテ支拂ノ義務ヲ負フコト勿論ナレハ被上告人ノ主張ハ上告人ヨリ獨リ金錢借入ノ委任ヲ受ケタリト云フニ止マラス其履行ノ委任モ亦之ヲ受ケタリト云フニ在ルコト多言ヲ待タスシテ明ナリ然レハ則チ被上告人カ上告人ニ對シテ本訴ノ請求ヲ爲スニ不當利得ヲ以テ其原因トセスシテ契約ヲ以テ其原因トシタルハ毫モ怪ムニ足ルモノ無シ之ヲ要スルニ本論旨ハ共ニ被上告人ノ主張事實ヲ曲解シテ立論ノ基礎トスルモノナレハ渾テ上告ノ理由トナラス
上告趣旨ノ第五ハ上告理由第二點ニ詳説セルカ如ク本件ニ於ケル被上告人請求ノ原因ハ委任關係ナリ
果シテ然ラハ上告人ノ債務ノ存否及其債務ノ内容殊ニ其數額ノ問題等ハ凡テ請求ノ原因タル委任關係ノ内容ニヨリテ决定セラルヽモノナリ從テ原院ニ於テ被上告人請求ノ當否ヲ斷スルニ當リテハ須ラク請求ノ一定ノ原因タル委任關係ノ内容ヲ標準トシテ請求權ノ存否及請求權ノ範圍(請求金額ノ數額)ヲ决定スルコトヲ要ス即チ判决ハ請求ノ一定ノ原因ノミヲ標準トシテ其存在及範圍ヲ决定スヘキモノニシテ請求ノ一定ノ原因以外ノ法律關係又ハ事實ヲ基礎トシテ請求權ノ存否及内容ヲ决定スルハ法律ノ認容セサル所ナリコレ民事訴訟法第百九十條百九十五條百九十六條百九十七條第四百十三條等ヨリ來ルヘキ當然ノ結論ナリトス飜テ原判决ヲ見ルニ其理由第三ニ於テ「控訴人ハ組合員ノ出資額ニ應シ負擔スヘキ特約ヲ否認スルモ(云々)甲第十號證第十三條ニ此事業ノタメニ個人名義ニシテ義務ヲ負フト雖モ此負債ノ償却ハ各出資者出資ノ金額ニ對スル割合ヲ以テ出金シ當事者ノミノ負擔ニアラサルコトヽアルニヨリ被控訴人主張ノ如キ特約組合員間ニ成立シタルモノト認メサルヲ得ス故ニ控訴人ハ前項ノ金額ヲ其出資額ニ應シ被控訴人ニ辨償スヘキ義務アリ」トアリテ委任關係ニ基因スル上告人ノ義務ノ存在及其範圍ヲ斷定スルニ當リテ委任關係ニ何等ノ關係ナキ組合契約(甲第十二號證)ヲ引用シテ上告人ノ義務存在及内容ヲ决定セラレタリ則チ原判决ハ請求ノ原因ニ何等關係ナキ事實及證據ニヨリ不當ニ事實ヲ確定シタル違法ノ裁判ナリト思料スト云フニ在リ
然レトモ被上告人ハ本訴約束手形ノ振出行爲ハ上告人ノ委任ニ因リタルコトヲ主張シ他ノ半面ニ於テ當事者間ニ負債ノ償却ハ各自出資額ノ割合ヲ以テ出金スヘキ特約アル旨主張シタルコトハ原判决ノ事實摘示ニ徴シテ明ナレハ其請求ノ一定ノ原因ハ委任契約ノ一項ニ止マラス該特約ヲ包括スルモノト云フヘシ故ニ本論旨モ亦上告ノ理由トナラス
上告趣旨ノ第六ハ原判决ハ被上告人カ甲第五號證ノ金員ノ内九百圓ヲ辨濟シタルモノナルコトヲ認ムルニ當リ同號證裏面ノ裏書及證人伊澤毅一郎ノ證言ヲ引用セラレタリ然レトモ同號證裏書及證人伊澤毅一郎ノ證言中ニハ何レモ甲第五號證即チ約束手形ノ金員ノ全部即チ一千五百圓全部ヲ證書ニテ辨濟シタル趣旨ノ記載アルノミニシテ右約束手形金一千五百圓ノ内特ニ原判决ノ認定セル組合ノ債務トシテ九百圓ノ辨濟アリシコトハ毫モ記載、供述ナク且他ニ何等ノ立證ナシ而シテ上告人ハ絶對ニ如斯事實ナシト爭ヒタルモノナリ果シテ然ラハ原判决理由第二ノ(五)ハ被上告人カ組合ノ債務金九百圓ヲ辨濟シタルモノナリト認定セラレタルモノナルヲ以テ不法ニ事實ヲ確定シタル不法ノ裁判ナリト思料スト云フニ在リ
然レトモ原判决理由ノ冐頭ニ於テ先甲第五百證額面金千五百圓ノ内金九百圓ハ○本肥料店同盟者ノ爲メニ被上告人カ借入レタル事實ヲ證人福富覺次郎ノ證言ニ依リテ判斷シ而シテ後段ニ至リ其債務ハ甲第五號證裏面ノ受取ニ關スル記載及ヒ證人伊澤毅一郎ノ證言ニ依リテ被上告人カ消滅セシメタル事實ヲ判示シアルヲ以テ縱令甲第五號證及ヒ伊澤毅一郎ノ證言中ニ該九百圓ノ債務ハ組合即チ○本肥料店同盟者ノ債務ナルコトヲ觀ルニ足ルヘキ事踐ナシトテ毫モ原判决ヲ非難スヘキ理由ナシ故ニ本論旨モ亦上告ノ理由トナラス
上來判示スル如キ理由ナルヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條及ヒ第七十七條ノ規定ニ從ヒ主文ノ如ク判决ス
明治三十八年(オ)第百六十一号
明治三十八年七月八日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 約束手形の債務を変更して金銭の給付を目的とする手形以外の債務と為したる場合に旧債務は更改に因りて消滅するものとす。
第一審 宇都宮地方裁判所栃木支部
第二審 東京控訴院
上告人 添野伝左衛門
被上告人 大塚永蔵
訴訟代理人 長谷川吉次
右当事者間の弁償金請求事件に付、東京細訴院が明治三十八年二月四日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告趣旨の第一は上告人之を取消し其第二は原院判決は被上告人が甲第三号証の金員を弁済したるものなることを認定するに当り「甲第三号証の元金一千八百八十九円及び元金七百四十六円の約束手形債務は同証に於て約束手形預証の記載並に債権者下野倉庫株式会社取締役たる第一審の証人橋本久次郎の手形は担保附の証書に改め其証書により現金五百円を受取りたる旨の信を措くに足る陳述により被控訴人に於て弁償したるものと認む」と説明し又被上告人が甲第五号証の債務を弁済したるものなりとの事実を認定するに当り「甲第五号証の内金九百円は同証裏書株式会社石橋銀行受取の記載並に同銀行頭取たる第一審の証人伊沢毅一郎の額面金額の支払を受けたる旨の信を措くに足る陳述により被控訴人に於て弁償したるものと認む」(原判決理由第二の(五))と説明せられたり。
依て甲第五号証の裏面を見るに石橋銀行裏書の部に「表面の金額正に証書にて受取候也明治三十四年七月二日株式会社石橋銀行」とあり又証人伊沢毅一郎の第一審の証言を見るに「問、全部現金にて受取りたるか答、原告一個の証書を差入れたることは承知なるも全部に対しては差入れしや否や記憶なし。」と記載ありて証書により弁済をなしたる旨の記載あり之を以て見るときは甲三号証及甲第五号証の債務は適法に弁済せられつらものと認むること能はず凡そ債務の弁済は民法第四百七十四条以下に規定したるが如く債務の本旨に従ひたる現実の履行之を換言すれば債務者に於て債務の内容を完全に充実せしめ其債務を消滅せしむるの行為なるを以て本件甲三号証及甲第五号証の如き単純なる金銭債務殊に一定の金額支払を目的とする手形債務にありては之が弁済としては必ずや金銭の支払を以て之を為さざる可からず。
然るに右人証及び書証を見るに何れも証書を以て受取りしとの事実あるのみにして債権者に於て金銭の支払を受けたりとの事実は毫末も之を発見すること能はず。
依て被上告人に於て甲第五号証の債務を弁済したる事実は之を認めんとするも得べからず。
而かも原判決が以上の人証及び書証を引用して甲三号証及甲第五号証の債務は被上告人の弁済により消滅に帰したるものなりと認定したるは弁済に関する法律の解釈を謬りたる違法の判決なりと思料す。
若し夫れ原判決の趣旨茲に在らずして株式会社石橋銀行其他が証書にて甲三号証及甲第五号証の金員を受取たることは当事者間に債務の更改ありたるものなりとするにありとせばこれまた更改に関する法律の解釈を誤れるものと云はざるを得ず。
蓋し更改は債務の要素を変更する契約なるを以て本件の如く債務の弁済に替へて証書を交付する場合には民法第五百十三条の如き特別の規定なき限りは之を以て直ちに更改ありたるものと認むること能はざればなり。
何となれば証書は己存の債務を表彰すべき形式たるに過ぎずして証書自体は債務自体にあらず。
債務を表彰する所の証書の約束手形たると普通の債権証書たるとは債務自体に対しては何等の関係なし。
従て約束手形の債務を通常の証書債務に変更するも是れ唯債務を表示する所の形式が変化したるに止まり債務の要素は何等の変更をも来たずべきものにあらず。
故に本件の場合に於ては決して更改ありたるものと云ふを得ず、且、原院に於て果して以上の事実を以て法律上更改ありたるものと認定したるものなりとせんか原院は宜しく此点に付き何故に之を更改と認めたるやの理由を説明せざるべからず。
然るに原院が此点に付き一も説明する所なきは理由不備の違法あり。
何れの方面より観察するも原判決は違法の裁判なりと思料すと云ふに在り
然れども原判決中甲第三号証及び甲第五号証に関する説明の文詞には弁償の語ありて弁済の字存すること無し、而して弁償の語は唯債務消滅の事実を表示する為めに用ひたるものと解釈するに難からざるを以て本論旨の前段は原判旨に副はざる非難にして上告の理由とならず。
若し夫約束手形の債務を変更して金銭の給付を目的とする手形以外の債務と為したる場合に於て旧債務は更改に因りて消滅すべきこと糸毫の疑を容るべきに非ず何となれば手形債務は手形に因りて存在する債務なれば手形は他の証書の如く特に債務の存在を証明する具たるに止まらず債務の成立に欠くべからざる要素たること多言を待たず是故に手形債務を他の債務に変更すれば債務の要素に変更あるものと云はざるを得ざればなり。
抑原審に於て如上の事実は果して更改となるや否に付ては当事者間の争点とならざりしこと訴訟記録に徴して自明なれば原院の判旨此に及ばさりしは判決の瑕疵とするに足らず由是之を観れば本論旨の中段及び後段も亦共に上告の理由とならず
上告趣旨の第三は本件被上告人の請求原因は委任契約に基くものなることは被上告人の訴状及口頭弁論調書原院中間判決等に依り頗る明白なり。
而して原判決に於ても亦本訴唯一の請求の原因を委任にありと前提したるに拘はらず単に金銭借入の委任ありしことのみを認定説明し一言も借入金の弁済をなすべきことの委任ありしことの認定を為さず、且、説明之れなきに依て見れば原判決に於ても委任の区域は単に金員借入の事に止まり其弁済のことに及ばさりしものなりと認定したるものなりと解せざる可らず。
而して本件の場合の如く単に金銭借入のみの委任ありて借入金支払の委任なき場合に受任者が単純に其借入金を弁済したるときは受任者は委任者に対し民法第七百三条以下の規定により不当利得を原因として弁済金の返還を請求するは格別委任を原因として弁済金の償還を委任者に請求するが如きは法律に違背せる失当の請求なりと云はざるを得ず。
然るに原判決が不当利得の性質を有する請求につき委任を原因として訴求したる被上告人の請求を正当なりとして許容したるは法律の適用を誤れる不法の裁判なりと思料すと云ひ」其第四は数歩を譲り原判決の意金員借入の委任は弁済の委任をも包含するものなりと認定したるにありとせんか原判決は猶ほ左の不法あるを免れず(一)被上告人は一審以来金員借入の事につき委任ありしことを主張したるも未だ嘗て借入金弁済の事項に付ても委任によりて権限を有せしものなりと主張したることなし果して然らば原判決は当事者の主張せざる事実上の認定をなしたるものにして事実認定の権限を超越したるの不法あり。
(二)被上告人の主張に依れば金員弁済に付、債権者に対する義務者は被上告人一人なりと雖も被上告人の持分以外に関する負担部分に付ての債務者は委任者(上告人等)と受任者(被上告人)間の内部関係に於ては上告人等に其責任帰属するものなりと云ふにあるを以て上告人被上告人間に於ては被上告人が借入金を弁済すべき期限に於て上告人の負担部分弁済の時期当然到来するものにして被上告人の弁済を俟ちて始めて履行すべき義務にあらず。
然るに上告人が其弁済を怠りたるか為め被上告人は上告人の負担部分に付ても不得止代で弁済したる結果本訴を提起して求償を求むるものなりと解せざるべからず。
之れ正しく不当利得を原因とするものに外ならず。
而して金員借入の委任を為したる場合に於ては当然弁済の委任をも包含すと云ふが如き法理若くは法規の存在するものなきを以て原判決に於て本件につき弁済の事項をも上告人に於て委任に依り権限を有したるものなりと認定せんには須らく此点に関し詳細綜密の理由を付せざるべからず。
然るに原院に於ては何等之に言及する所なく被上告人の請求を採用したるは失当なり。
右二个何れの点より見るも原判決は不法に事実を確定したる違法ありと思料すと云ふにあり
然れども被上告人が上告人の委任に因り振出名義人となりて本訴の約束手形を振出したる事実を主張し原院は其主張の事実を確定したることは原判文に依りて極めて明白なり。
既に約束手形の振出人たる事実存するときは手形所持人に対して支払の義務を負ふこと勿論なれば被上告人の主張は上告人より独り金銭借入の委任を受けたりと云ふに止まらず其履行の委任も亦之を受けたりと云ふに在ること多言を待たずして明なり。
然れば則ち被上告人が上告人に対して本訴の請求を為すに不当利得を以て其原因とせずして契約を以て其原因としたるは毫も怪むに足るもの無し之を要するに本論旨は共に被上告人の主張事実を曲解して立論の基礎とするものなれば渾で上告の理由とならず
上告趣旨の第五は上告理由第二点に詳説せるが如く本件に於ける被上告人請求の原因は委任関係なり。
果して然らば上告人の債務の存否及其債務の内容殊に其数額の問題等は凡で請求の原因たる委任関係の内容によりて決定せらるるものなり。
従て原院に於て被上告人請求の当否を断するに当りては須らく請求の一定の原因たる委任関係の内容を標準として請求権の存否及請求権の範囲(請求金額の数額)を決定することを要す。
即ち判決は請求の一定の原因のみを標準として其存在及範囲を決定すべきものにして請求の一定の原因以外の法律関係又は事実を基礎として請求権の存否及内容を決定するは法律の認容せざる所なりこれ民事訴訟法第百九十条百九十五条百九十六条百九十七条第四百十三条等より来るべき当然の結論なりとす。
翻で原判決を見るに其理由第三に於て「控訴人は組合員の出資額に応し負担すべき特約を否認するも(云云)甲第十号証第十三条に此事業のために個人名義にして義務を負ふと雖も此負債の償却は各出資者出資の金額に対する割合を以て出金し当事者のみの負担にあらざることとあるにより被控訴人主張の如き特約組合員間に成立したるものと認めざるを得ず。
故に控訴人は前項の金額を其出資額に応し被控訴人に弁償すべき義務あり」とありて委任関係に基因する上告人の義務の存在及其範囲を断定するに当りて委任関係に何等の関係なき組合契約(甲第十二号証)を引用して上告人の義務存在及内容を決定せられたり則ち原判決は請求の原因に何等関係なき事実及証拠により不当に事実を確定したる違法の裁判なりと思料すと云ふに在り
然れども被上告人は本訴約束手形の振出行為は上告人の委任に因りたることを主張し他の半面に於て当事者間に負債の償却は各自出資額の割合を以て出金すべき特約ある旨主張したることは原判決の事実摘示に徴して明なれば其請求の一定の原因は委任契約の一項に止まらず該特約を包括するものと云ふべし。
故に本論旨も亦上告の理由とならず
上告趣旨の第六は原判決は被上告人が甲第五号証の金員の内九百円を弁済したるものなることを認むるに当り同号証裏面の裏書及証人伊沢毅一郎の証言を引用せられたり。
然れども同号証裏書及証人伊沢毅一郎の証言中には何れも甲第五号証即ち約束手形の金員の全部即ち一千五百円全部を証書にて弁済したる趣旨の記載あるのみにして右約束手形金一千五百円の内特に原判決の認定せる組合の債務として九百円の弁済ありしことは毫も記載、供述なく、且、他に何等の立証なし。
而して上告人は絶対に如斯事実なしと争ひたるものなり。
果して然らば原判決理由第二の(五)は被上告人が組合の債務金九百円を弁済したるものなりと認定せられたるものなるを以て不法に事実を確定したる不法の裁判なりと思料すと云ふに在り
然れども原判決理由の冒頭に於て先甲第五百証額面金千五百円の内金九百円は○本肥料店同盟者の為めに被上告人が借入れたる事実を証人福富覚次郎の証言に依りて判断し、而して後段に至り其債務は甲第五号証裏面の受取に関する記載及び証人伊沢毅一郎の証言に依りて被上告人が消滅せしめたる事実を判示しあるを以て縦令甲第五号証及び伊沢毅一郎の証言中に該九百円の債務は組合即ち○本肥料店同盟者の債務なることを観るに足るべき事践なしとて毫も原判決を非難すべき理由なし。
故に本論旨も亦上告の理由とならず
上来判示する如き理由なるを以て民事訴訟法第四百五十二条及び第七十七条の規定に従ひ主文の如く判決す