明治三十八年(オ)第五十七號
明治三十八年五月八日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 不法行爲ヲ原因トシテ運送人ニ對シ損害ノ賠償ヲ請求スル場合ニハ商法第三百五十條ヲ適用スヘキモノニ非ス(判旨第一點)
(參照)旅客ノ運送人ハ自己又ハ其使用人カ運送ニ關シ注意ヲ怠ラサリシコトヲ證明スルニ非サレハ旅客カ運送ノ爲メニ受ケタル損害ヲ賠償スル責ヲ免ルルコトヲ得ス(商法第三百五十條第一項) - 一 暴風カ同一程度ノ力ヲ以テ同時ニ數里ニ渉リテ吹クコトハ往々之アル所ナレハ甲地ノ風力ヲ證明スルニハ附近乙地ニ於ケル被害ノ事實ヲ以テスルコトヲ得ヘク必スシモ甲地ニ於ケル被害ノ事實ニ依ラサルヘカラサルモノニ非ス(判旨第二點)
右當事者間ノ損害賠償請求事件ニ付東京控訴院カ明治三十七年十二月十日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告代理人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判决
原判决ヲ破毀シ更ニ辯論及ヒ裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ宮城控訴院ニ移送ス
理由
上告論旨第一點ハ原院ハ「民法ニ於ケル不法行爲ノ規定及行爲當時施行セラレタル私設鐵道條例ノ規定ヲ適用シ一般ノ原則ニ從ヒ控訴會社及ヒ職員ノ過失懈怠タル事實ヲ原告タル被控訴人ニ於テ擧證スヘキ責任アルモノトス」「又普通法ノ適用ハ特別法ニヨリテ除外セラルヽモノナレハ本件ニ對シテハ特別法タル私設鐵道條例ヲ適用スヘキモノニシテ普通法タル商法第三百五十條ヲ適用スヘキモノニアラス」ト判决シタリ然レトモ特別法ニ規定ナキ事項ニ付テハ普通法ヲ適用スヘキコト蓋シ疑ヲ容レス而シテ商法ハ民法ニ對シテハ特別法ナルモ私設鐵道條例ニ對シテハ普通法ナルカ故ニ私設鐵道條例ニ規定ナキ事項ニ付テハ先ツ商法ヲ適用シ商法ニ規定ナキトキハ商慣習法ヲ適用シ商慣習法ナキトキハ民法ヲ適用スヘキモノナリ是レ法律適用上ノ原則ニシテ又商法第一條ノ明ニ規定スル所ナリ(商法修正案參考書第一條理由參照)本件ノ如キ鐵道會社及其職員ノ過失懈怠ニヨリ他人ニ損害ヲ被ラシメタル場合ニ於テ擧證ノ責任ノ何人ニ屬スヘキヤハ私設鐵道條例中毫モ規定スル所アラス其第三十八條ハ旅客及貨物運輸ノ際社員ノ疎虞懈怠又ハ故意ニヨリ損害ヲ生シタルトキハ會社其賠償ノ責ニ任スヘキコトヲ規定シタルニ過キスシテ擧證ノ責任ニ關スル規定ニ非サルコト甚タ明ナリ左スレハ擧證ノ責任ニ付テハ私設鐵道條例ニ規定ナキカ故ニ當然商法ヲ適用シ其第三百五十條ニ依リテ之ヲ論定スヘキ筋合ナルニモ拘ハラス原院カ全然商法ヲ除外シ私設鐵道條例及民法ニ從ヒ擧證ノ責任ヲ上告人ニ嫁シタルハ法則ヲ適用セス且ツ不當ニ法則ヲ適用シタル違法ノ判决ナリト云フニ在リ
依テ審按スルニ本件カ契約關係即チ旅客運送契約ノ不覆行ヲ原因ト爲セル訴ナルニ於テハ本件ニ商法第三百五十條ヲ適用ス可ク從ヒテ旅客カ運送ニ關シテ損害ヲ受ケタル事實ニ對シ運送人ニ於テ自己又ハ其使用人カ注意ヲ怠ラサリシコトヲ證明ス可キ責任アリト雖モ本件ハ訴状及ヒ原院ノ法廷調書ニ依リテ明カナルナ如ク不法行爲ヲ原因ト爲セル訴ニシテ契約關係ニアラサルカ故ニ一般ノ原則ニ從ヒ起訴者タル上告人ニ於テ本件ノ汽車顛履ノ際其長男ノ死亡シタルハ運送人タル被上告人ノ注意ノ欠缺ニ由ルモノナルコトヲ立證ス可キ責任アリ而シテ契約關係ヲ原因ト爲サヽル此ノ如キ訴ニ對シテハ商法第三百五十條ヲ適用ス可キモノニアラス依テ本論旨ハ採用スルヲ得ス(判旨第一點)
上告論旨第七點ハ當日ノ暴風雨カ樹木ヲ顛倒シ屋根圍ヲ破リタルノミナラス漸次諸建物ヲ破壞シタルコトヲ證明スヘキ乙第五號證ノ三(被上告會社ノ保線手平田誠二ヨリ同保線課長毛利重助ニ宛テタル上申書)證人相澤ユウ同中村キシ同藤田留吉同臼井龍太同八木澤藤次郎同三浦源三郎等ノ證言ハ孰レモ午後四時頃ヨリナリシコトヲ明カニシ又前記證人竝ニ同一ノ事實ヲ證スヘキ三浦富三郎三浦竹三郎等ノ證人ハ皆矢板ヨリ箒川ヲ經テ野崎ニ至ル線路ニ近キ所ニテ樹木ヲ顛倒シ又建物ヲ破壞セシ事實ヲ目撃セシ人々ニシテ其目撃セル番地ハ同一ナラスト雖モ矢板町若クハ沿道ナリ然ルニ原院カ「被控訴人ノ證據方法中樹木倒レ屋瓦飛ヒシ事ヲ見タリトノ記載及ヒ供述ナキニアラサレトモ其時刻及場所ノ同一ナラサルアルノミナラス」ト判决シタルハ不當ニ事實ヲ確定シタル不法ノ裁判ナリト思考ス」上告論旨第八點ハ原院カ「樹木ノ大小地盤ノ硬軟屋瓦ノ新古構造ノ如何ハ風壓ニ對スル抵抗力ニ付テ至大ノ關係アルコトハ勿論ナルカ故ニ如上ノ證據ノミニテハ前顯標準ノ進行ニ危險ヲ及ホスヘキ程度ノ暴風雨ナリシ事ヲ認定スルニ足ラス」ト判决シタルハ所謂風力ノ其ノ弱キコトヲ判定シ得ヘカラサルコトヲ理由トシ其ノ程度ヲ認定シタルハ裁判ニ理由ヲ付セサル不法アルノミナラス法則ヲ不當ニ適用シタルモノナリ蓋シ鑑定人カ電柱倒レ屋瓦飛フカ如キトキハ風ノ吹カサル所ニ向テ停車シ線路ニ異常ナシト認ムルトキハ十分注意シテ徐々ニ進行スルモノナリト供述セルハ外形上直チニ實見シ得ヘキ事實ヲ稱スルモノニシテ其倒レタル樹木ノ大小地盤ノ硬軟其飛ヒタル屋瓦ノ新古構造ノ如何ヲ調査シテ然ル後ニ停車又ハ徐行スルコトハ到底不可能ノ事ニ屬シ且ツ咄嗟ノ間ニ於ケル危險防止ノ方法ニ非サルヲ以テ是等ノ事項ヲ調査スヘキコトヲ意味スルモノニ非サルハ固ヨリ論ヲ俟タス而シテ原院ハ電柱仆レ屋瓦飛ヒ進行上危險ノ虞アルトキ或ハ進行ヲ停止シ或ハ徐行スヘキモノナリトノ意見ハ適切ニシテ汽車進行ニ關シテ則ルヘキ一ノ標準ナリト認メタルニモ拘ハラス樹木ノ大小地盤ノ硬軟屋瓦ノ新古構造ノ如何ハ風壓ニ對スル抵抗力ニ至大ノ關係アルヲ以テ樹木倒レ屋瓦飛ヒタル事實ノミニテハ前顯標準ノ進行ニ危險ヲ及ホスヘキ程度ノ暴風雨ナリシコトヲ認定スルニ足ラスト斷定シタルハ獨リ理由ノ齟齬アルノミナラス又法則ノ適用極メテ不當ナリ」上告論旨第九點ハ原院ハ電柱仆レ屋瓦飛ヒ進行上危險ノ虞アルトキハ或ハ進行ヲ停止シ或ハ徐行スヘキモノナリトノ意見ハ適切ニシテ汽車進行ニ關シテ則ルヘキ一ノ標準ナリト認メ汽車顛覆ノ時刻ハ午後四時五十分ヨリ四時五十七分マテモ間ナリト認メタリ而シテ證人相澤ユフハ午後四時頃屋根吹キ飛ハサル云々同中村キシハ午後三時頃ヨリ風烈シク四時頃最モ強ク日暮止ム五尺廻リノ樫木二本仆ル云々同三浦富三郎ハ遭難列車ニ矢板ニテ乘ラントセシニ屋根カ吹キ飛ハサレタルヲ見テ乘車ヲ見合ハス云々同三浦竹三郎ハ遭難列車ニ乘リテ矢板ニ至リシトキ官林ノ樹カ仆レタリ矢板ヲ發シタル後ハ風力強ク二度許リ顛覆セントシ箒川鐵橋ノ前ニテ車カ傾斜シ云々同臼井龍太ハ午後四時前後最モ強ク屋根ヲ吹キ飛ハシ木ヲ仆シタリ遭難列車ノ來ラサル前ナリ云々同三浦源三郎ハ午後四時頃最モ強ク四足門ヲ吹キ仆ス云々同八木澤藤次郎ハ午後四時頃屋根ヲ剥キ五尺廻リ柿木ヲ倒ス之皆遭難列車ノ通過スル前ナリ云々ト證言シ孰レモ午後四時頃ヨリ屋根ヲ吹キ飛ハシ樹木ヲ吹キ仆シタルノ状態ニ在リタルコトヲ供述シタルニモ拘ハラス原院カ列車進行ノ停止若クハ徐行ヲ爲サヽル事矢板野崎兩驛長カ出發當時停止ノ命ヲ下サヽリシハ毫モ過失ニアラスト判决シタルハ理由ノ齟齬ニシテ即チ裁判ニ理由ヲ付セサルモノナリト云フニ在リ
依テ審按スルニ暴風カ同一程度ノ力ニテ同時ニ數里ニ渉リテ吹クコトハ往々アル所ナレハ甲地ノ風力ヲ證スルニ附近乙地ニ於ケル被害ノ事實ヲ以テスルコトヲ得可クシテ必スシモ甲地ノ風力ヲ證スルニハ甲地ニ於ケル被害ノ事實ニ依ラサル可カラサルモノニアラス而シテ本件ニ於テ原院ハ「電柱倒レ屋瓦飛ヒ進行上危險ノ虞アルトキハ或ハ進行ヲ停止シ或ハ徐行スヘキモノナリトノ意見ニ歸着シ此意見ハ適切ニシテ汽車ノ進行ニ關シテ則ルヘキ一ノ標準ナリト認メ得ヘシ」ト認定シ即チ上告人ノ主張事實及ヒ其擧證ニ據リ之カ標準ヲ斷定シ且原院ハ上告人提出ノ證據ニ依リ矢板驛發車ノ當時已ニ風雨ノ烈シクシテ漸次其速力ヲ増加シタル事實及ヒ樹木倒レ屋瓦飛ヒシ事實ノ存在ヲ認定セリ然ルニ原院カ上告人ノ立證ヲ以テハ上文標準ニ達シタル程度ノ暴風雨ナリシコトヲ認定スルニ足ラストシテ右等主張ノ事實ヲ排斥スルニ當リ説示シタル理由中第一着ニ其時刻及ヒ場所ノ同一ナラサル旨ヲ説明シタルモ所謂場所ノ同一ナラサルトハ上告人ノ擧證ノ場所カ汽車顛覆ノ場所ト同一ナラスト云フノ意義ナルカ將タ汽車カ顛覆前ニ發車シタル最近ノ矢板停車場ト同一ナラスト云フノ意義ナルヤ其趣旨明瞭ナラス若シ前者ノ意義ナリトスレハ汽車ノ警戒ス可キハ寧ロ顛覆ノ場所ニ達セサル以前ニ在ルヲ以テ此場合ニ於テハ顛覆シタル場所ニ達スル迄ノ間ニ於ケル風力ノ強暴ナル證據ヲ擧クルハ當然ニシテ上文ノ説明ハ不當ニ歸シ結局理由ト爲シ得サル事ニ立至ルヘシ又後者ノ意義ナリトセン歟本件汽車カ矢板停車場ヲ發スル頃及ヒ其以後ニ在リテハ其進行ヲ停止シ若クハ徐行スルコトヲ要ス可キ程度ノ危險状態ニ在リタル事實ヲ證スル爲メニ上告人ノ擧ケタル證據カ以上ノ場所ト同一ナラサル場所ニ於ケルモノナリトモ其風力ヲ同フスル附近ノ場所ニ於ケルモノナル可キ限リハ亦以テ汽車顛覆ノ場所若クハ矢板停車場及ヒ其以東ニ於ケル風力ヲ證スルノ具ト爲ス可シ然ルニモ拘ハラス原院ハ本件汽車ノ爲メ警戒ヲ爲ス可キ場所ニ於ケル風力ヲ證スルニハ必ス同一場所ニ於ケル證據ヲ以テセサル可カラサルモノヽ如ク爲シ上告人カ主張事實ヲ證スル爲メニ擧ケタル證據ヲ排斥スルニ單ニ其時刻及ヒ場所ノ同一ナラサルコトヲ開示シタルニ止マリ右ノ證據ニ於ケル場所ト汽車ノ爲メ警戒ヲ爲ス可キ場所トノ距離ノ何程ナルヤ及ヒ風力ノ異同等ヲ説示セスシテ上告人ノ證據ヲ一概ニ排斥シタルハ違法ニシテ結局理由ノ備ハラサル判决ト云ハサルヲ得サル可シ又其次ニ「樹木ノ大小地盤ノ硬軟屋瓦ノ新古構造ノ如何ハ風壓ニ對スル抵抗力ニ付キテ至大ノ關係アル事ハ勿論ナルカ故ニ如上ノ證據ノミニテハ前顯標準ノ進行ニ危險ヲ及ホスヘキ程度ノ暴風雨ナリシ事ヲ認定スルニ足ラス」ト判定シタレトモ前段原判决ノ認メタル標準ハ汽車ノ運轉ニ與カル者カ斯ル事項ヲ識別シ以テ汽車ノ進行ニ關シ則ルヘキ標準ト爲シタルモノト原判决ヲ解釋スルヲ得ス然ルニ該判决ハ樹木倒レ屋瓦飛ヒシ證據アルモ樹木ノ大小地盤ノ硬軟屋瓦ノ新古等明カナラサレハ其運轉ヲ停止若クハ徐行スヘキ標準ニ適合スヘキモノニ非スト判示シタルハ此點ニ於テモ亦理由ノ齟齬アルヲ免カレス依テ原判决ハ破毀ス可キモノトス而シテ此點ニ於テ原判决全部ヲ破毀スル以上ハ他ノ論旨ニ對シ逐一説明ヲ爲スノ必要ナシ(判旨第二點)
以上説明スル如ク本件上告ハ理由アルヲ以テ民事訴訟法第四百四十七條第一項ニ依リ原判决ヲ破毀シ尚ホ同第四百四十八條第一項ニ依リ事件ヲ宮城控訴院ニ移送ス可キモノトス
明治三十八年(オ)第五十七号
明治三十八年五月八日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 不法行為を原因として運送人に対し損害の賠償を請求する場合には商法第三百五十条を適用すべきものに非ず(判旨第一点)
(参照)旅客の運送人は自己又は其使用人が運送に関し注意を怠らざりしことを証明するに非ざれば旅客が運送の為めに受けたる損害を賠償する責を免るることを得ず。
(商法第三百五十条第一項) - 一 暴風が同一程度の力を以て同時に数里に渉りて吹くことは往往之ある所なれば甲地の風力を証明するには附近乙地に於ける被害の事実を以てずることを得べく必ずしも甲地に於ける被害の事実に依らざるべからざるものに非ず(判旨第二点)
右当事者間の損害賠償請求事件に付、東京控訴院が明治三十七年十二月十日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告代理人は上告棄却の申立を為したり。
判決
原判決を破毀し更に弁論及び裁判を為さしむる為め本件を宮城控訴院に移送す
理由
上告論旨第一点は原院は「民法に於ける不法行為の規定及行為当時施行せられたる私設鉄道条例の規定を適用し一般の原則に従ひ控訴会社及び職員の過失懈怠たる事実を原告たる被控訴人に於て挙証すべき責任あるものとす。」「又普通法の適用は特別法によりて除外せらるるものなれば本件に対しては特別法たる私設鉄道条例を適用すべきものにして普通法たる商法第三百五十条を適用すべきものにあらず。」と判決したり。
然れども特別法に規定なき事項に付ては普通法を適用すべきこと蓋し疑を容れず。
而して商法は民法に対しては特別法なるも私設鉄道条例に対しては普通法なるが故に私設鉄道条例に規定なき事項に付ては先づ商法を適用し商法に規定なきときは商慣習法を適用し商慣習法なきときは民法を適用すべきものなり。
是れ法律適用上の原則にして又商法第一条の明に規定する所なり。
(商法修正案参考書第一条理由参照)本件の如き鉄道会社及其職員の過失懈怠により他人に損害を被らしめたる場合に於て挙証の責任の何人に属すべきやは私設鉄道条例中毫も規定する所あらず。
其第三十八条は旅客及貨物運輸の際社員の疎虞懈怠又は故意により損害を生じたるときは会社其賠償の責に任ずべきことを規定したるに過ぎずして挙証の責任に関する規定に非ざること甚た明なり。
左すれば挙証の責任に付ては私設鉄道条例に規定なきが故に当然商法を適用し其第三百五十条に依りて之を論定すべき筋合なるにも拘はらず原院が全然商法を除外し私設鉄道条例及民法に従ひ挙証の責任を上告人に嫁したるは法則を適用せず。
且つ不当に法則を適用したる違法の判決なりと云ふに在り
依て審按ずるに本件が契約関係即ち旅客運送契約の不覆行を原因と為せる訴なるに於ては本件に商法第三百五十条を適用す可く従ひて旅客が運送に関して損害を受けたる事実に対し運送人に於て自己又は其使用人が注意を怠らざりしことを証明す可き責任ありと雖も本件は訴状及び原院の法廷調書に依りて明かなるな如く不法行為を原因と為せる訴にして契約関係にあらざるが故に一般の原則に従ひ起訴者たる上告人に於て本件の汽車顛履の際其長男の死亡したるは運送人たる被上告人の注意の欠欠に由るものなることを立証す可き責任あり。
而して契約関係を原因と為さざる此の如き訴に対しては商法第三百五十条を適用す可きものにあらず。
依て本論旨は採用するを得ず。
(判旨第一点)
上告論旨第七点は当日の暴風雨が樹木を顛倒し屋根囲を破りたるのみならず漸次諸建物を破壊したることを証明すべき乙第五号証の三(被上告会社の保線手平田誠二より同保線課長毛利重助に宛てたる上申書)証人相沢ゆう同中村きし同藤田留吉同臼井竜太同八木沢藤次郎同三浦源三郎等の証言は孰れも午後四時頃よりなりしことを明かにし又前記証人並に同一の事実を証すべき三浦富三郎三浦竹三郎等の証人は皆矢板より箒川を経で野崎に至る線路に近き所にて樹木を顛倒し又建物を破壊せし事実を目撃せし人人にして其目撃せる番地は同一ならずと雖も矢板町若くは沿道なり。
然るに原院が「被控訴人の証拠方法中樹木倒れ屋瓦飛ひし事を見たりとの記載及び供述なきにあらざれども其時刻及場所の同一ならざるあるのみならず」と判決したるは不当に事実を確定したる不法の裁判なりと思考す」上告論旨第八点は原院が「樹木の大小地盤の硬軟屋瓦の新古構造の如何は風圧に対する抵抗力に付て至大の関係あることは勿論なるが故に如上の証拠のみにては前顕標準の進行に危険を及ぼすべき程度の暴風雨なりし事を認定するに足らず」と判決したるは所謂風力の其の弱きことを判定し得べからざることを理由とし其の程度を認定したるは裁判に理由を付せざる不法あるのみならず法則を不当に適用したるものなり。
蓋し鑑定人が電柱倒れ屋瓦飛ふが如きときは風の吹かざる所に向て停車し線路に異常なしと認むるときは十分注意して徐徐に進行するものなりと供述せるは外形上直ちに実見し得べき事実を称するものにして其倒れたる樹木の大小地盤の硬軟其飛ひたる屋瓦の新古構造の如何を調査して然る後に停車又は徐行することは到底不可能の事に属し且つ咄嗟の間に於ける危険防止の方法に非ざるを以て是等の事項を調査すべきことを意味するものに非ざるは固より論を俟たず。
而して原院は電柱仆れ屋瓦飛ひ進行上危険の虞あるとき或は進行を停止し或は徐行すべきものなりとの意見は適切にして汽車進行に関して則るべき一の標準なりと認めたるにも拘はらず樹木の大小地盤の硬軟屋瓦の新古構造の如何は風圧に対する抵抗力に至大の関係あるを以て樹木倒れ屋瓦飛ひたる事実のみにては前顕標準の進行に危険を及ぼすべき程度の暴風雨なりしことを認定するに足らずと断定したるは独り理由の齟齬あるのみならず又法則の適用極めて不当なり。」上告論旨第九点は原院は電柱仆れ屋瓦飛ひ進行上危険の虞あるときは或は進行を停止し或は徐行すべきものなりとの意見は適切にして汽車進行に関して則るべき一の標準なりと認め汽車顛覆の時刻は午後四時五十分より四時五十七分までも間なりと認めたり。
而して証人相沢ゆふは午後四時頃屋根吹き飛はざる云云同中村きしは午後三時頃より風烈しく四時頃最も強く日暮止む五尺廻りの樫木二本仆る云云同三浦富三郎は遭難列車に矢板にて乗らんとせしに屋根が吹き飛はざれたるを見で乗車を見合はず云云同三浦竹三郎は遭難列車に乗りて矢板に至りしとき官林の樹が仆れたり矢板を発したる後は風力強く二度許り顛覆せんとし箒川鉄橋の前にて車が傾斜し云云同臼井竜太は午後四時前後最も強く屋根を吹き飛はし木を仆したり。
遭難列車の来らざる前なり。
云云同三浦源三郎は午後四時頃最も強く四足門を吹き仆す云云同八木沢藤次郎は午後四時頃屋根を剥き五尺廻り柿木を倒す之皆遭難列車の通過する前なり。
云云と証言し孰れも午後四時頃より屋根を吹き飛はし樹木を吹き仆したるの状態に在りたることを供述したるにも拘はらず原院が列車進行の停止若くは徐行を為さざる事矢板野崎両駅長が出発当時停止の命を下さざりしは毫も過失にあらずと判決したるは理由の齟齬にして、即ち裁判に理由を付せざるものなりと云ふに在り
依て審按ずるに暴風が同一程度の力にて同時に数里に渉りて吹くことは往往ある所なれば甲地の風力を証するに附近乙地に於ける被害の事実を以てずることを得。
可くして必ずしも甲地の風力を証するには甲地に於ける被害の事実に依らざる可からざるものにあらず。
而して本件に於て原院は「電柱倒れ屋瓦飛ひ進行上危険の虞あるときは或は進行を停止し或は徐行すべきものなりとの意見に帰着し此意見は適切にして汽車の進行に関して則るべき一の標準なりと認め得べし」と認定し。
即ち上告人の主張事実及び其挙証に拠り之が標準を断定し、且、原院は上告人提出の証拠に依り矢板駅発車の当時己に風雨の烈しくして漸次其速力を増加したる事実及び樹木倒れ屋瓦飛ひし事実の存在を認定せり。
然るに原院が上告人の立証を以ては上文標準に達したる程度の暴風雨なりしことを認定するに足らずとして右等主張の事実を排斥するに当り説示したる理由中第一着に其時刻及び場所の同一ならざる旨を説明したるも所謂場所の同一ならざるとは上告人の挙証の場所が汽車顛覆の場所と同一ならずと云ふの意義なるか将た汽車が顛覆前に発車したる最近の矢板停車場と同一ならずと云ふの意義なるや其趣旨明瞭ならず。
若し前者の意義なりとすれば汽車の警戒す可きは寧ろ顛覆の場所に達せざる以前に在るを以て此場合に於ては顛覆したる場所に達する迄の間に於ける風力の強暴なる証拠を挙くるは当然にして上文の説明は不当に帰し結局理由と為し得ざる事に立至るべし又後者の意義なりとせん歟本件汽車が矢板停車場を発する頃及び其以後に在りては其進行を停止し若くは徐行することを要す。
可き程度の危険状態に在りたる事実を証する為めに上告人の挙けたる証拠が以上の場所と同一ならざる場所に於けるものなりとも其風力を同ふする附近の場所に於けるものなる可き限りは亦以て汽車顛覆の場所若くは矢板停車場及び其以東に於ける風力を証するの具と為す可し然るにも拘はらず原院は本件汽車の為め警戒を為す可き場所に於ける風力を証するには必す同一場所に於ける証拠を以てせざる可からざるものの如く為し上告人が主張事実を証する為めに挙けたる証拠を排斥するに単に其時刻及び場所の同一ならざることを開示したるに止まり右の証拠に於ける場所と汽車の為め警戒を為す可き場所との距離の何程なるや及び風力の異同等を説示せずして上告人の証拠を一概に排斥したるは違法にして結局理由の備はらざる判決と云はざるを得ざる可し又其次に「樹木の大小地盤の硬軟屋瓦の新古構造の如何は風圧に対する抵抗力に付きて至大の関係ある事は勿論なるが故に如上の証拠のみにては前顕標準の進行に危険を及ぼすべき程度の暴風雨なりし事を認定するに足らず」と判定したれども前段原判決の認めたる標準は汽車の運転に与かる者が斯る事項を識別し以て汽車の進行に関し則るべき標準と為したるものと原判決を解釈するを得ず。
然るに該判決は樹木倒れ屋瓦飛ひし証拠あるも樹木の大小地盤の硬軟屋瓦の新古等明かならざれば其運転を停止若くは徐行すべき標準に適合すべきものに非ずと判示したるは此点に於ても亦理由の齟齬あるを免がれず。
依て原判決は破毀す可きものとす。
而して此点に於て原判決全部を破毀する以上は他の論旨に対し逐一説明を為すの必要なし。
(判旨第二点)
以上説明する如く本件上告は理由あるを以て民事訴訟法第四百四十七条第一項に依り原判決を破毀し尚ほ同第四百四十八条第一項に依り事件を宮城控訴院に移送す可きものとす。