破産申立事件ノ决定ニ對スル抗告ノ件

平易表示にする 原文表示にする

大審院民事判決録（民録）11輯536頁

本件は抗告人が番匠徳松に対し大坂地方裁判所へ破産の申立を為し同裁判所が破産の宣告を為したるに因り徳松は原院に抗告を為し原院は其抗告を理由ありとして原決定を廃棄し破産の申立を却下したるものなり。 而して[しこうして]破産の申立を為したる者は其申立却下の裁判に対し抗告を為すことを得るは明治二十三年法律第三十二号商法第九百七十八条に規定する所なれば申立人たる抗告人の為めには原院の裁判に因り新なる独立の抗告理由を生じたるものにして民事訴訟法第四百五十六条第二項の抗告を為すことを得る場合に該当し本抗告は適法なるを以て茲に[ここに]債務者たる徳松が支払を停止したるや否を按ず[あんず]るに徳松が抗告人に対し糸代金六百四十七円余を明治三十七年三月十日限に弁済すべき債務を負担せること同人は其債務弁済の時期に当り弁済に差支へたる事情ありて為めに抗告人と交渉の結果乙第一号証契約の締結せられたること又同人は同年四月二十一日営業を廃止したること並に乙第一号証契約は遂に岩田常右衛門の同意なき為め無効に帰したることは一件書類に依りて之を認め得べしと雖[いえども]も此等の事実あればとて直ちに支払を停止したるものと為すを得ず。 何となれば債務者が弁済を為すべき場合に於て債務者の請求あるにも拘はらず弁済を為さざるか又は其請求を避くる為め所在を晦ますか其他自から支払停止の意思を表白するが如き場合に於て始めて支払を停止したるものと謂ふを得べきものにして本件に於ては未だ抗告人が弁済の請求を為したる事実なく又徳松が所在を晦まし若くは自から支払停止の意思を表白するが如き行為ありし事蹟の見るべきものなければなり。 尤も[もっとも]抗告人は乙第一号証の契約締結前に於て請求を為したる故該契約が遂に不成立に終りたる上は其請求は効力を有せりと論すれども乙第一号証に依れば抗告人は岩田常右衛門が抗告人の意見に同意せば其受取りたる機綾機木綿等を徳松に返戻し従前の如く取引を継続すべき意思なりしこと明白にして岩田徳右衛門が抗告人の意見に同意するや否やの確定するに至るまでは徳松に対し弁済の猶予を与へたるものなることを知るに足れり。 然れば以前弁済を請求したることありとするも一旦猶予を与へたる上は請求なきに帰するを以て常右衛門の意向判然して乙第一号証契約が無効と決したる後更に請求を為さざる限りは請求ありたるものと謂ふ可からず。 要するに本抗告は理由なきを以て民事訴訟法第四百六十三条に依り棄却するものなり。