家資分散决定ニ對スル抗告ノ件

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大審院民事判決録（民録）11輯15頁

本件抗告は東京区裁判所が吉田よねの申請に因り抗告人に対して為したる家資分散宣告に対し抗告人より東京地方裁判所に抗告を為し同地方裁判所に於て抗告を理由なしとして棄却したる決定に対し再ひ抗告人より原院に抗告を為し原院が其抗告を不適法なりとして棄却したる決定に対し更に本院に為したるものなり。 而して[しこうして]家資分散宣告に対する抗告に付ては民事訴訟法の規定に従ふべきこと及び民事訴訟法第四百五十六条第二項に所謂新なる独立の抗告理由とは抗告裁判所の裁判が前審裁判の反対に出づるか又は抗告裁判所が構成其他重要なる訴訟手続に関する規定に違背したるが如き場合たることは本院の判例とする所なるを以て先づ原院の裁判に対する本抗告が同条に於て抗告を許したる場合に相当するや否を按ず[あんず]るに抗告人は原院へ為したる抗告の理由として主張したるは都合五点なるに原院が其五点中唯三点のみを審按し他の二点を遺脱して抗告棄却の決定を為したるは甚たしき不法の手続なりと云ふ[いう]に在り。 仍て[よって]一件記録を閲するに抗告人の原院へ為したる抗告の理由とする所が抗告人所論の如く第一本件家賃分散宣告申請者の有する大内梅吉役場第三千四十五号貸金公正証書は民法第五百八十七条に違背したるものにして当事者間に消費貸借を成立せしめたるものに非ず第二右公正証書成立後即ち明治三十四年七月七日当事者間に於て業務改替となるべき契約を締結したるを以て証公正証書は己に其執行力を喪ひたるものなり。 第三抗告人は原審に於て証明したる如く相当の資産を有するものなり。 第四申請者は債権額一千六百六十六円なりとず張したるに原審に於ては之を二百七十五円と認めたるを以て申請者が抗告人に対して為したる本件基本たる強制執行は不当に帰するかゆへ本件家資分散宣告の申請は棄却せられざる可からざるものなり。 第五原裁判所は抗告人が相当の資産を有することを証明する為め提出したる重要なる証拠に付、何等の説明を為さざる不法ありとの五点なりしことは抗告人が原院に宛で提出したる再抗告状及び再抗告理由拡張書二通に記載する所あるに依りて明確なり。 故に此五箇の点を審按ず[あんず]るに非ざれば其抗告を不適法なりと断定す可からざるは勿論なるに原院が抗告理由を第一乃至[ないし]第三の三点とし他の第四第五の二点を遺脱しながら抗告を不適法として棄却したることは記録中に在る原院決定謄本に徴して明かなる事実にして、即ち重要なる訴訟手続に違背したるものにて新なる独立の抗告理由なるかゆへに本抗告は適法なりとす。

仍て[よって]茲に[ここに]東京地方裁判所の裁判に対する抗告の適法なるや否を按ず[あんず]るに抗告人の理由とする所は前掲五点にして其第一乃至[ないし]第三点は原裁判所に於ける自己の主張を固執するものなるのみならず第四第五点共に斎しく原裁判の失当なることを論弁するに止まれば民事訴訟法第四百五十六条二項に所謂新なる独立の抗告理由に非ざるを以て此抗告は法律上許す可からざるものなり。 故に原院が之を不適法なりとして棄却したるは結局相当にして本抗告は理由なし。 即ち之を棄却する所以なり。