明治三十七年(オ)第百九十三號
明治三十七年十二月十三日民事聯合部判决
◎判决要旨
- 一 抵當アル債務ノ保證ハ抵當ト其成立ヲ異ニシ抵當權ト共ニ消滅スヘキモノニ非ス唯抵當權ノ消滅カ債權者ノ懈怠ニ因ルトキハ保證人ハ債權者カ其消滅ノ爲メ辨濟ヲ受ケ能ハサルニ至リタル限度ニ於テ其責ヲ免カルヽモノトス(判旨第一點)
- 一 主債務ニ付キ辨濟期限ヲ延長スルハ債務消滅ノ事由ニ非ス又新債務ヲ創設スルモノニモ非サレハ縱令保證人ニ於テ自ラ之ニ干與セサルモ其効力ハ當然保證債務ニ及フモノトス(判旨第二點)
- 一 民法施行前ニ於テハ確定日附ノ規定存セサリシヲ以テ其當時ノ作成ニ係ル證書ノ日附カ第三者ニ對シ完全ナル證據力ヲ有スルヤ否ヤハ如何ナル場合ト雖モ其證書カ果シテ日附ノ時ニ作成セラレタルヤ否ノ事實ニ依テ定マルヘキモノトス(判旨第三點)
右當事者間ノ賃金辨償請求事件ニ付東京控訴院カ明治三十七年二月二十三日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
本件ハ審判上前判决ト相反スル意見アルヲ以テ裁判所構成法第四十九條ニ據リ民事第一第二ノ兩部聯合シテ判决ス
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告理由第一點ハ原判决中甲第一號證ノ眞正ヲ認メラレ又登記簿燒失シテ債權者淺野久造カ期間内囘復登記ヲ爲サヽルカ爲メ明治二十五年四月中抵當カ其効力ヲ失ヒタルコトハ當事者間ニ爭ナキ所ニシテ是レ即チ債權者ノ懈怠ニ因リ其擔保ヲ喪失シタルコトヲ判示セラレタリ然ラハ則チ甲第一號證ノ返濟期限ハ明治二十四年五月二十日ニシテ登記簿ノ燒失シタルハ明治二十五年四月九日ナレハ債權者カ返濟期限ヲ看過シテ滿一个年ヲ過キタル二十五年ノ四月ニ登記簿燒失シテ抵當ヲ喪失シタルモノナレハ甲第一號證抵當附ノ債務ハ債權者ノ懈怠ニ因リ茲ニ滅盡シタルモノト云ハサル可ラス然ルニ債權者ト主タル債務者カ保證人タル上告人ノ承諾ナク明治二十九年四月十五日ニ至リ竊カニ甲第二號證ヲ作成シテ甲第一號證債務ノ返濟期限ヲ明治三十年十二月迄延長シタリトスルモ甲第二號證ハ上告人ニ對シ何等ノ効力ヲ及ホスヘキ理由ナキノミナラス上告人カ保證シタル債務トハ全ク其要素ヲ異ニシ新タニ債務ヲ創設シタルモノト云ハサル可カラス何トナレハ抵當附ノ債務ヲ保證スルト無抵當ノ債務ヲ保證スルトハ其性質ニ於テ自ラ異ナラサルヲ得ス抵當附債務ノ保證ハ債權者ニ代位シテ其抵當物件ヨリ償還ヲ受クル利益アリト雖モ無抵當ノ債務ヲ保證スル場合ニ於テハ如斯利權ヲ有セサレハナリ上告人ハ甲第一號證ヲ以テ證明セラルヽ如ク畑萱野合反別百三十八町一反十五歩ヲ書入抵當ト爲シ其返濟期限ヲ明治二十四年五月二十日ト定メタル債務ニ付テ保證債務ヲ承諾シタルモノナレトモ無抵當ニシテ返濟期限ヲ明治三十年十二月ト定メタル甲第二號證ノ債務ヲ保證爲シタルコトナシ故ニ上告人ハ債權者ト主タル債務者ノ間ニ甲第二號證延期ノ契約ヲ爲シタリトスルモ該契約ニ關與セサル保證人ニ對シテハ何等ノ効力ナシト主張スルニモ拘ラス辨濟期限延長ノ契約ハ新ニ債務ヲ創設スルモノニアラサルヲ以テ單ニ該契約ニ關與セストノ理由ニ依リ保證契約ノ性質ヲ無視シ保證人ハ該契約ノ効力ヲ受ケサルモノト謂フ可ラスト判示シタルハ法則ヲ不當ニ適用シタル不法アルモノト思料スト云ヒ」之ニ對スル被上告人ノ答辯ハ擔保ノ喪失ハ債權ヲ消滅セシムルモノニアラス從テ被上告人カ懈怠ノ結果甲第一號證債權ノ擔保物ヲ喪失シタルノ事實ハ被上告人ノ有スル債權ヲ喪失シタルモノトスルヲ得ス只此場合ニ於テハ債權者ニ代位スルコトヲ得ヘキ上告人ハ被上告人ノ擔保物ノ喪失ノ結果償還ヲ受クルコト能ハサルニ至リタル限度ニ於テ其責任ヲ免カルヽニ過キサルノミ而シテ既ニ債權ニシテ消滅シタルモノニアラストセハ甲第一號證ノ債務ハ依然存立シ其ノ辨濟期限ヲ延長シタル甲第二號證ノ債務ハ共ニ同一ノ債務ナルカ故ニ甲第二號證ヲ以テ甲第一號證ト別箇ノ債務ナリト論結スル能ハス何トナレハ辨濟期限ハ債務ノ要素ニアラサルヲ以テ其延長ノ契約ハ新ナル債務ノ創設ニアラサレハナリ左レハ假令甲第一號證ノ保證債務ヲ負ヘル上告人カ其債務ノ辨濟期限延長ノ契約ニ關與セサレハトテ保證契約ノ性質上其効果ノ保證債務ニ及フヘキハ當然ニシテ上告人ハ被上告人ノ請求スル金額即チ擔保物ノ價格ヲ引去リタル債務ニ付其責任ヲ免ルヽヲ得サルヤ論ヲ俟タサル所トス果シテ然ラハ原判决カ上告人ニ對シ其保證即チ被上告人カ懈怠ニ因リ喪失シタル擔保ノ價格ヲ引去リタル債務ニ付テ責任ヲ免ルヽ能ハサル旨ヲ判定シタルハ相當ニシテ原判决ハ毫モ法則ヲ不當ニ適用シタル不法アルコトナシト云フニ在リ
仍テ按スルニ本件當事者間ノ保證契約ハ明治二十三年六月二十五日ノ成立ニ係リ民法施行前ノ事項ナレハ民法施行法第一條ノ規定ニ依リ民法ノ規定ヲ適用ス可カラサルハ勿論ナリ然ルニ抵當ハ唯タ主タル債務ノ辨濟ヲ確實ニスル爲メノ擔保ニシテ債務其モノヽ要素ニ非サルカユヘ假令抵當物ノ滅失又ハ他ノ事由ニ因リテ抵當權ノ消滅スルコトアルモ之レカ爲メ主タル債務ノ消滅スヘキ理由ナク又抵當アル債務ノ保證モ均シク債務ノ辨濟ヲ確實ニスル爲メノ擔保ナレトモ抵當トハ全ク成立ヲ異ニスルモノユヘ抵當權ノ消滅ニ因リテ共ニ消滅スヘキ理由ナシ唯抵當權ノ消滅カ債權者ノ懈怠ニ因ルトキハ保證人ハ債權者カ其消滅ニ因リ辨濟ヲ受クルコト能ハサルニ至リタル限度ニ於テ其責ヲ免カルヽノミナルコト民法施行後ノ今日ト異ナルコトナシ然レハ本件上告人ノ保證ニ係ル訴外高鹿治郎右衛門カ被上告人ニ對シテ負擔セル債務ニ付債權者タル被上告人カ登記簿ノ燒失シタルニ拘ハラス囘復登記ヲ爲スノ手續ヲ怠リタル爲メ遂ニ抵當權ヲ喪失シタリトスルモ治郎右衛門ノ債務ノ依然タルハ勿論上告人ノ保證債務モ尚ホ存立スルモノニシテ上告人ハ唯被上告人カ抵當權ノ喪失ニ因リ辨濟ヲ受クルコト能ハサルニ至リタル限度即チ原院ニ於テ確定セル四百五十圓ニ付責ヲ免カレタルノミナリト謂ハサル可ラス
然リ而シテ原院ノ認メタル所ニ依レハ明治二十九年四月十五日被上告人ト主債務者タル高鹿治郎右衛門トノ間ニ成立シタル甲第二號證ノ契約ハ上告人ノ保證ニ係ル從來ノ債務ニ付唯其辨濟ノ期限ヲ延長シタルマテニシテ別個ノ債務ヲ創設シタルニ非サレハ上告人カ自カラ此契約ニ關與セサリシニセヨ其債務ニ付保證ノ責任ナシト謂フヲ得サル條理ナリ故ニ原院カ上告人ニ保證ノ責任アリト判定シタルハ正當ニシテ本上告論旨ハ理由ナシ(判旨第一點)
上告理由第二點ハ上告人ノ保證債務ヲ證スル甲第一號證ノ日附ハ明治二十三年六月二十五日ニシテ其返濟期日ハ明治二十四年五月二十五日ナルコトハ原院ノ認ムル所ナリ而シテ本案訴訟ノ提起ハ明治三十三年十二月二十九日ナルコトモ亦原院ノ認ムル所ナリ然リ而シテ債權者ト主タル債務者ノ間ニ於テ保證人タル上告人ノ不知ノ間明治二十九年四月十五日ニ至リ竊カニ甲第二號證ヲ作製シテ返濟期日ヲ三十年十二月迄延長シタルコトモ亦原院ノ認ムル所ナリ果シテ然ラハ其保證契約カ民法施行前ノ事項ニ屬スルコト勿論ニシテ之ニ付民法ノ規定ヲ適用スルコトヲ得サルハ民法施行法第一條ノ規定ニ依リテ明ナル所ナリ然リ而シテ保證契約ノ後債務者ノ返濟期ニ付債權者カ保證人ノ承諾ナク主タル債務者ニ期限ヲ許與シタリトスルモ保證人ニ對スル辨濟期日ハ仍ホ保證契約ニ依テ定メタルモノニシテ後ニ許容シタル期限ニアラス何トナレハ法律ニ別段ノ規定アラサル限リハ何人ト雖モ自ラ承諾セサル契約ノ効力ヲ以テ對抗セラルヘキモノニアラス而シテ金穀貸借請人證人辨濟規則其他法規ニ於テ之ニ付別段ノ規定アルコトナケレハナリ隨テ時効期間ノ如キハ右保證人ニ對シテハ保證契約ニ依テ定メタル期限滿了ノ日ヨリ進行スヘキモノナリ故ニ上告人ハ出訴期限經過ノ抗辯ヲ提出シタルニ原院ハ凡ソ保證人ハ主タル債務ヲ其在リノ儘履行センコトヲ約スルナリ從テ主タル債務ニ付辨濟期限ノ延長アリタルトキハ其延長ハ保證債務ニ付テモ亦効力ヲ及ホスヘキモノト認メサル可ラス故ニ出訴期限ノ起算點ハ正ニ明治三十一年一月ニアルヘク從テ民法施行法第三十條ニ依リ民法第百六十七條ノ適用ヲ受ケ明治三十三年十二月二十九日ニ於ケル本訴提起ノ日ニハ未タ時効ノ進行中ナリシモノト爲サヽル可ラスト判示シ出訴期限經過ノ抗辯モ亦理由ナシトノ判决ハ法則ヲ不當ニ適用シタル不法アルモノト信スト云ヒ」之ニ對スル答辯ハ主タル債務者ニ對スル履行ノ請求其他時効ノ中斷ハ保證人ニ對シテ其効力ヲ生スヘキハ保證債務ノ性質上當然ノ論結ニシテ此法理ハ民法實施ノ前後ニ於テ異ナルコトアルナシ而シテ主タル債務者ト被上告人間ニ爲シタル甲第二號證ノ契約ハ甲第一號證ノ辨濟期限ヲ延長シタルモノニ過キスシテ新ナル債務ヲ創設シタルモノニアラサル以上ハ甲第二號證ハ甲第一號證ノ延長即チ甲第一號證ノ時効ヲ中斷シタルニ外ナラサルカ故ニ其効果ノ保證人ニ及フヘキヤ論ヲ俟タル若シ此場合ニ於テ其効果カ保證人ニ及ハサルモノトセハ主債務ト保證債務トハ全然獨立的ノモノトナリ保證債務ノ性質ト相反スルニ至リ奇異ナル現象ヲ呈スルニ至ルヘシ既ニ甲第二號證ノ効力ノ保證人ニ及フヘキコト前述スル如クナリトセハ本件債務ノ辨濟期限ハ甲第二號證ニ因リ明治三十年十二月ナルヲ以テ被上告人カ上告人ニ對シ訴訟ヲ提起シタル明治三十三年十二月ニ於テハ時効ニ依リ其保證債務ノ消滅セサルコト明白ナリ從テ民法施行法第三十條ニ因リ民法第百六十七條ノ適用ヲ受クヘキモノタルコト勿論トス左レハ原判决カ上告人ノ出訴期限經過ノ抗辯ヲ採用セサリシハ相當ニシテ原判决ハ法則ヲ不當ニ適用シタル不法アルモノニアラスト云フニ在リ
仍テ按スルニ何人ト雖モ自己ノ關與セサル契約ノ効力ヲ以テ對抗セラルヘキモノニ非サルハ一般ノ原則ナレトモ此原則モ亦例外ナキ能ハス抑保證債務ハ主タル債務ノ辨濟ヲ確保スル所ノ從タル債務ナレハ特ニ其從タル債務ヲ消滅ニ歸セシムル事由ナキ限リハ其性質トシテ常ニ主タル債務ト運命ヲ共ニセサル可カラス而シテ主債務ニ付辨濟期限ヲ延長スルハ債務消滅ノ事由ニ非サルハ勿論新債務ヲ創設スルモノニモ非サルカユヘ假令保證人カ自カラ之ニ關與セサリシニセヨ其効力ノ當然保證債務ニ及フヘキハ民法施行前後ニ通スル所ノ法理ニシテ即チ例外ノ一ナリトス然リ而シテ明治二十九年四月十五日債權者タル被上告人ト主債務者タル高鹿治郎右衛門ノ間ニ甲第二號證延期契約ノ成立シタルコトハ原院ニ於テ確定セル事實ナルヲ以テ明治二十四年五月二十日ヲ期限トセシ甲第一號證ノ債務ハ主從共ニ明治三十年十二月マテ期限ヲ延長セラレタルモノト謂ハサル可カラス然レハ上告人ノ保證債務ニ付テノ出訴期限ハ民法施行法第三十條民法第百六十七條ニ從ヒ明治三十一年一月一日ヨリ起算シテ十年ナルニ本訴ノ提起ハ明治三十三年十二月十九日ニシテ時効ノ進行中ニ在ルヲ以テ原院カ上告人ノ出訴期限經過ノ抗辯ヲ理由ナシトシタルハ正當ニシテ何等ノ不法ナク隨テ本論旨モ理由ナシ(判旨第二點)
上告理由第三點ハ債務者ト保證人トノ間ニ於ケル延期契約證ハ第一審以來上告人ノ否認スル所ナリ而シテ證書其物ヲ否認スル以上ハ日附ノ點ヲモ否認シタルコトハ當然包含スル所ニシテ特ニ之ヲ明言スルコトヲ要セサルヤ明カナリ第三者ノ作成シタル證書ハ相手方ノ否認ノミニヨリテ効力ヲ失ハサルコトハ原判决説明ノ如シト雖モ之レ單ニ證書自體ノ成立ヲ否定シ得サルニ止マリ日附ノ點ニ付テハ民法施行法第四條ノ明文存スルヲ以テ確定日附アルニアラサレハ第三者ニ對シテ證據力ヲ有セス而シテ此法則ハ民法施行ノ前後ヲ通スル證據法上ノ原則ナリ然ルニ原判文ハ此法則ノ適用ヲ遺脱シ日附ノ點ニ付テモ上告人ニ對抗シ得ルモノト判示シタルハ不當ニ法則ヲ適用セサル不法アリト云ヒ」之ニ對スル答辯ハ第三者ノ作成シタル證書ニシテ確定日附アル場合ニ於テハ完全ナル證據力ヲ有シ他ニ何等ノ證據ナクシテ裁判所ハ直ニ第三者ニ對シ其證書ノ眞實ヲ認定スルコトヲ得之レ民法施行法第四條ノ規定アル所以ナリ然レトモ此規定アルカ爲メニ確定日附ナキ證書ノ効力ヲシテ全然滅却スヘキモノニアラス從テ裁判所ハ自由ナル心證ニ依リ其證書ノ効力ヲ判定スルコトヲ妨ケサルヤ吻論トス特ニ本件ノ如キ保證債務ノ効果ニ關スル問題ニ付テハ其効果カ保證人ニ及フカ否ヤカ先决問題ニシテ右施行法ノ規定ハ本件ノ場合ニ何等ノ關係ヲ有セス要スルニ上告論旨第三點ハ結局證據取捨ノ非難ニ屬シ上告適法ノ理由トナラスト信スト云フニ在リ
仍テ按スルニ民法施行前ハ確定日附ノ制規ナカリシヲ以テ其當時ノ作成ニ係ル證書ノ日附カ第三者ニ對シ完全ナル證據力ヲ有スルヤ否ハ如何ナル場合タリトモ專ラ其證書カ果シテ日附ノ時ニ於テ作成セラレタルヤ否ノ事實ニ依テ定マルヘキハ理ノ當然ナリ而シテ本件甲第二號證カ明治二十九年四月十五日即チ證書面記載ノ日ニ作成セラレタルコトハ原院ニ於テ確定セル事實ナレハ原院カ甲第二號證ヲ以テ上告人ニ對抗スルノ證據ト爲シタルハ不法ニ非スシテ本論旨モ亦理由ナシトス(判旨第三點)
以上説明スル如クナルニ因リ民事訴訟法第四百五十二條及同第七十七條ニ從ヒ主文ノ如ク判决スルモノナリ
明治三十七年(オ)第百九十三号
明治三十七年十二月十三日民事連合部判決
◎判決要旨
- 一 抵当ある債務の保証は抵当と其成立を異にし抵当権と共に消滅すべきものに非ず唯抵当権の消滅が債権者の懈怠に因るときは保証人は債権者が其消滅の為め弁済を受け能はざるに至りたる限度に於て其責を免がるるものとす。
(判旨第一点)
- 一 主債務に付き弁済期限を延長するは債務消滅の事由に非ず又新債務を創設するものにも非ざれば縦令保証人に於て自ら之に干与せざるも其効力は当然保証債務に及ぶものとす。
(判旨第二点)
- 一 民法施行前に於ては確定日附の規定存せざりしを以て其当時の作成に係る証書の日附が第三者に対し完全なる証拠力を有するや否やは如何なる場合と雖も其証書が果して日附の時に作成せられたるや否の事実に依て定まるべきものとす。
(判旨第三点)
右当事者間の賃金弁償請求事件に付、東京控訴院が明治三十七年二月二十三日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
本件は審判上前判決と相反する意見あるを以て裁判所構成法第四十九条に拠り民事第一第二の両部連合して判決す
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告理由第一点は原判決中甲第一号証の真正を認められ又登記簿焼失して債権者浅野久造が期間内回復登記を為さざるか為め明治二十五年四月中抵当が其効力を失ひたることは当事者間に争なき所にして是れ。
即ち債権者の懈怠に因り其担保を喪失したることを判示せられたり。
然らば則ち甲第一号証の返済期限は明治二十四年五月二十日にして登記簿の焼失したるは明治二十五年四月九日なれば債権者が返済期限を看過して満一个年を過ぎたる二十五年の四月に登記簿焼失して抵当を喪失したるものなれば甲第一号証抵当附の債務は債権者の懈怠に因り茲に滅尽したるものと云はざる可らず。
然るに債権者と主たる債務者が保証人たる上告人の承諾なく明治二十九年四月十五日に至り窃かに甲第二号証を作成して甲第一号証債務の返済期限を明治三十年十二月迄延長したりとするも甲第二号証は上告人に対し何等の効力を及ぼすべき理由なきのみならず上告人が保証したる債務とは全く其要素を異にし新たに債務を創設したるものと云はざる可からず。
何となれば抵当附の債務を保証すると無抵当の債務を保証するとは其性質に於て自ら異ならざるを得ず。
抵当附債務の保証は債権者に代位して其抵当物件より償還を受くる利益ありと雖も無抵当の債務を保証する場合に於ては如斯利権を有せざればなり。
上告人は甲第一号証を以て証明せらるる如く畑萱野合反別百三十八町一反十五歩を書入抵当と為し其返済期限を明治二十四年五月二十日と定めたる債務に付て保証債務を承諾したるものなれども無抵当にして返済期限を明治三十年十二月と定めたる甲第二号証の債務を保証為したることなし故に上告人は債権者と主たる債務者の間に甲第二号証延期の契約を為したりとするも該契約に関与せざる保証人に対しては何等の効力なしと主張するにも拘らず弁済期限延長の契約は新に債務を創設するものにあらざるを以て単に該契約に関与せずとの理由に依り保証契約の性質を無視し保証人は該契約の効力を受けざるものと謂ふ可らずと判示したるは法則を不当に適用したる不法あるものと思料すと云ひ」之に対する被上告人の答弁は担保の喪失は債権を消滅せしむるものにあらず。
従て被上告人が懈怠の結果甲第一号証債権の担保物を喪失したるの事実は被上告人の有する債権を喪失したるものとするを得ず。
只此場合に於ては債権者に代位することを得べき上告人は被上告人の担保物の喪失の結果償還を受くること能はざるに至りたる限度に於て其責任を免がるるに過ぎざるのみ。
而して既に債権にして消滅したるものにあらずとせば甲第一号証の債務は依然存立し其の弁済期限を延長したる甲第二号証の債務は共に同一の債務なるが故に甲第二号証を以て甲第一号証と別箇の債務なりと論結する能はず何となれば弁済期限は債務の要素にあらざるを以て其延長の契約は新なる債務の創設にあらざればなり。
左れば仮令甲第一号証の保証債務を負へる上告人が其債務の弁済期限延長の契約に関与せざればとて保証契約の性質上其効果の保証債務に及ぶべきは当然にして上告人は被上告人の請求する金額即ち担保物の価格を引去りたる債務に付、其責任を免るるを得ざるや論を俟たざる所とす。
果して然らば原判決が上告人に対し其保証即ち被上告人が懈怠に因り喪失したる担保の価格を引去りたる債務に付て責任を免るる能はざる旨を判定したるは相当にして原判決は毫も法則を不当に適用したる不法あることなしと云ふに在り
仍て按ずるに本件当事者間の保証契約は明治二十三年六月二十五日の成立に係り民法施行前の事項なれば民法施行法第一条の規定に依り民法の規定を適用す可からざるは勿論なり。
然るに抵当は唯た主たる債務の弁済を確実にする為めの担保にして債務其ものの要素に非ざるかゆへ仮令抵当物の滅失又は他の事由に因りて抵当権の消滅することあるも之れが為め主たる債務の消滅すべき理由なく又抵当ある債務の保証も均しく債務の弁済を確実にする為めの担保なれども抵当とは全く成立を異にするものゆへ抵当権の消滅に因りて共に消滅すべき理由なし。
唯抵当権の消滅が債権者の懈怠に因るときは保証人は債権者が其消滅に因り弁済を受くること能はざるに至りたる限度に於て其責を免がるるのみなること民法施行後の今日と異なることなし。
然れば本件上告人の保証に係る訴外高鹿次郎右衛門が被上告人に対して負担せる債務に付、債権者たる被上告人が登記簿の焼失したるに拘はらず回復登記を為すの手続を怠りたる為め遂に抵当権を喪失したりとするも次郎右衛門の債務の依然たるは勿論上告人の保証債務も尚ほ存立するものにして上告人は唯被上告人が抵当権の喪失に因り弁済を受くること能はざるに至りたる限度即ち原院に於て確定せる四百五十円に付、責を免がれたるのみなりと謂はざる可らず
然り、而して原院の認めたる所に依れば明治二十九年四月十五日被上告人と主債務者たる高鹿次郎右衛門との間に成立したる甲第二号証の契約は上告人の保証に係る従来の債務に付、唯其弁済の期限を延長したるまでにして別個の債務を創設したるに非ざれば上告人が自から此契約に関与せざりしにせよ其債務に付、保証の責任なしと謂ふを得ざる条理なり。
故に原院が上告人に保証の責任ありと判定したるは正当にして本上告論旨は理由なし。
(判旨第一点)
上告理由第二点は上告人の保証債務を証する甲第一号証の日附は明治二十三年六月二十五日にして其返済期日は明治二十四年五月二十五日なることは原院の認むる所なり。
而して本案訴訟の提起は明治三十三年十二月二十九日なることも亦原院の認むる所なり。
然り、而して債権者と主たる債務者の間に於て保証人たる上告人の不知の間明治二十九年四月十五日に至り窃かに甲第二号証を作製して返済期日を三十年十二月迄延長したることも亦原院の認むる所なり。
果して然らば其保証契約が民法施行前の事項に属すること勿論にして之に付、民法の規定を適用することを得ざるは民法施行法第一条の規定に依りて明なる所なり。
然り、而して保証契約の後債務者の返済期に付、債権者が保証人の承諾なく主たる債務者に期限を許与したりとするも保証人に対する弁済期日は仍ほ保証契約に依て定めたるものにして後に許容したる期限にあらず。
何となれば法律に別段の規定あらざる限りは何人と雖も自ら承諾せざる契約の効力を以て対抗せらるべきものにあらず。
而して金穀貸借請人証人弁済規則其他法規に於て之に付、別段の規定あることなければなり。
随で時効期間の如きは右保証人に対しては保証契約に依て定めたる期限満了の日より進行すべきものなり。
故に上告人は出訴期限経過の抗弁を提出したるに原院は凡そ保証人は主たる債務を其在りの儘履行せんことを約するなり。
従て主たる債務に付、弁済期限の延長ありたるときは其延長は保証債務に付ても亦効力を及ぼすべきものと認めざる可らず。
故に出訴期限の起算点は正に明治三十一年一月にあるべく。
従て民法施行法第三十条に依り民法第百六十七条の適用を受け明治三十三年十二月二十九日に於ける本訴提起の日には未だ時効の進行中なりしものと為さざる可らずと判示し出訴期限経過の抗弁も亦理由なしとの判決は法則を不当に適用したる不法あるものと信ずと云ひ」之に対する答弁は主たる債務者に対する履行の請求其他時効の中断は保証人に対して其効力を生ずべきは保証債務の性質上当然の論結にして此法理は民法実施の前後に於て異なることあるなし、而して主たる債務者と被上告人間に為したる甲第二号証の契約は甲第一号証の弁済期限を延長したるものに過ぎずして新なる債務を創設したるものにあらざる以上は甲第二号証は甲第一号証の延長即ち甲第一号証の時効を中断したるに外ならざるが故に其効果の保証人に及ぶべきや論を俟たる若し此場合に於て其効果が保証人に及ばさるものとせば主債務と保証債務とは全然独立的のものとなり保証債務の性質と相反するに至り奇異なる現象を呈するに至るべし既に甲第二号証の効力の保証人に及ぶべきこと前述する如くなりとせば本件債務の弁済期限は甲第二号証に因り明治三十年十二月なるを以て被上告人が上告人に対し訴訟を提起したる明治三十三年十二月に於ては時効に依り其保証債務の消滅せざること明白なり。
従て民法施行法第三十条に因り民法第百六十七条の適用を受くべきものたること勿論とす。
左れば原判決が上告人の出訴期限経過の抗弁を採用せざりしは相当にして原判決は法則を不当に適用したる不法あるものにあらずと云ふに在り
仍て按ずるに何人と雖も自己の関与せざる契約の効力を以て対抗せらるべきものに非ざるは一般の原則なれども此原則も亦例外なき能はず抑保証債務は主たる債務の弁済を確保する所の従たる債務なれば特に其従たる債務を消滅に帰せしむる事由なき限りは其性質として常に主たる債務と運命を共にせざる可からず。
而して主債務に付、弁済期限を延長するは債務消滅の事由に非ざるは勿論新債務を創設するものにも非ざるかゆへ仮令保証人が自から之に関与せざりしにせよ其効力の当然保証債務に及ぶべきは民法施行前後に通ずる所の法理にして、即ち例外の一なりとす。
然り、而して明治二十九年四月十五日債権者たる被上告人と主債務者たる高鹿次郎右衛門の間に甲第二号証延期契約の成立したることは原院に於て確定せる事実なるを以て明治二十四年五月二十日を期限とせし甲第一号証の債務は主従共に明治三十年十二月まで期限を延長せられたるものと謂はざる可からず。
然れば上告人の保証債務に付ての出訴期限は民法施行法第三十条民法第百六十七条に従ひ明治三十一年一月一日より起算して十年なるに本訴の提起は明治三十三年十二月十九日にして時効の進行中に在るを以て原院が上告人の出訴期限経過の抗弁を理由なしとしたるは正当にして何等の不法なく随で本論旨も理由なし。
(判旨第二点)
上告理由第三点は債務者と保証人との間に於ける延期契約証は第一審以来上告人の否認する所なり。
而して証書其物を否認する以上は日附の点をも否認したることは当然包含する所にして特に之を明言することを要せざるや明かなり。
第三者の作成したる証書は相手方の否認のみによりて効力を失はざることは原判決説明の如しと雖も之れ単に証書自体の成立を否定し得ざるに止まり日附の点に付ては民法施行法第四条の明文存するを以て確定日附あるにあらざれば第三者に対して証拠力を有せず。
而して此法則は民法施行の前後を通ずる証拠法上の原則なり。
然るに原判文は此法則の適用を遺脱し日附の点に付ても上告人に対抗し得るものと判示したるは不当に法則を適用せざる不法ありと云ひ」之に対する答弁は第三者の作成したる証書にして確定日附ある場合に於ては完全なる証拠力を有し他に何等の証拠なくして裁判所は直に第三者に対し其証書の真実を認定することを得。
之れ民法施行法第四条の規定ある所以なり。
然れども此規定あるか為めに確定日附なき証書の効力をして全然滅却すべきものにあらず。
従て裁判所は自由なる心証に依り其証書の効力を判定することを妨げざるや吻論とす。
特に本件の如き保証債務の効果に関する問題に付ては其効果が保証人に及ぶが否やか先決問題にして右施行法の規定は本件の場合に何等の関係を有せず。
要するに上告論旨第三点は結局証拠取捨の非難に属し上告適法の理由とならずと信ずと云ふに在り
仍て按ずるに民法施行前は確定日附の制規なかりしを以て其当時の作成に係る証書の日附が第三者に対し完全なる証拠力を有するや否は如何なる場合たりとも専ら其証書が果して日附の時に於て作成せられたるや否の事実に依て定まるべきは理の当然なり。
而して本件甲第二号証が明治二十九年四月十五日即ち証書面記載の日に作成せられたることは原院に於て確定せる事実なれば原院が甲第二号証を以て上告人に対抗するの証拠と為したるは不法に非ずして本論旨も亦理由なしとす(判旨第三点)
以上説明する如くなるに因り民事訴訟法第四百五十二条及同第七十七条に従ひ主文の如く判決するものなり。