明治三十七年(オ)第二百二十號
明治三十七年十月八日第一民事部判决
◎判决要旨
- 一 民法施行前ト雖モ人違其他ノ事由ニ因リ當事者間ニ婚姻ヲ爲スノ意思ナキトキハ縱令届出及ヒ登録アルモ法律上婚姻ノ効力ヲ發生スルコトナシ(判旨第一點)
- 一 婚姻無効ノ訴ニ於ケル無効ノ裁判ハ唯其無効タルコトヲ判定スルニ止マリ更ニ婚姻ヲ無効ナラシムルモノニ非ス從テ起訴者カ創設的宣言ヲ求ムルハ不當ナリ(同上)
右當事者間ノ婚姻無効事件ニ付東京控訴院カ明治三十七年三月十一日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
立會檢事法學博士田部芳ハ意見ヲ陳述シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告理由第一點ハ原判决ハ「本件ニ於テ控訴人カ被控訴人トノ婚姻ノ當時年齡十一歳未滿ニシテモ毫モ婚姻ヲナスノ意思ナカリシト主張シ之ヲ以テ請求ノ原因トスル以上ハ婚姻ハ始メヨリ絶對無効ナルコトヲ主張スルモノニ外ナラサルカ故ニ右婚姻ノ無効ヲ爭フ被控訴人ニ對シ婚姻ノ無効確認ノ請求ヲ爲スハ格別本訴ノ如ク婚姻無効ノ宣言ヲ求メ判决ニ因リテ之ヲ無効トナサントスルハ所謂自家撞着ニシテ請求自體ニ於テ不當ト云ハサルヘカラス」トノ理由ヲ付シテ婚姻無効ノ訴ニ於テ無効ノ宣言ヲ求ムルハ無効確認ノ訴ト全ク異ナルモノトナシ苟モ意思ナキヲ原因トシテ無効ヲ主張スル場合ハ絶對無効ヲ主張スルモノトナシテ上告人(控訴人)ノ請求ヲ失當トセラレタリ然レトモ上告人ノ考フル所ニ據レハ原判决ハ全ク人事訴訟法中婚姻無効ノ訴ニ關スル主要ナル法條(人事訴訟法第十八條、同第十五條、同第一條、同第二條、同第三條、同第九條)ノ精神ヲ誤解シ民法第七百七十八條第一號同法第七百七十五條民法施行法第六十八條ノ規定ニ違背シテ婚姻無効ノ訴ヲ直チニ絶對無効ヲ原因トスル訴ト解釋シ而シテ此場合ニ於テハ相手方ニ對シテ婚姻ノ無効確認ヲ請求スル場合アルノミトナシ狹義ノ確認ノ外宣言ノ訴ヲ許サヽルモノトシテ第一婚姻無効ノ訴ニ於ケル法理ヲ誤リ第二前掲諸法條ヲ不當ニ適用シタル不法アリ第一婚姻無効ノ訴ニ於テハ絶對無効ノ場合ト相對無効ノ場合トアルコトハ近時有力ナル學説トシテ人事訴訟法ノ研究者間ニ異論ナキ所ナリ而シテ形式ヲ缺キ届出ナク戸籍簿ニ登録ナキ場合ハ即チ絶對無効ニシテ實質ニ於テ缺クル所アリトスルモ戸籍簿ノ登録アル場合ハ相對無効ナリ(民法七百七十五條「ウインドシヤイド」パンデクテン、八版第一卷八十二節三百六十八頁「エンデマン」獨逸民法教科書第七版第二卷百六十節六百四十六頁「デルンブルヒ」パンデクテン五版第一卷百二十節二百八十七頁參照)本訴ハ民法施行前ノ婚姻ニシテ民法施行法第六十八條ニ據リ民法ニ定メタル効力ヲ有スルモノト推定セラレ民法七百七十五條ノ要件ヲ充タシ戸籍簿ニ登録セラレアル婚姻ナレトモ民法第七百七十八條第一號ノ規定ニ從ヒ意思ナキヲ原因トシテ無効ヲ主張スル場合ニシテ乃チ相對無効ノ一例ナリ而シテ此場合ニ於テハ單ニ相手方ニ對スル無効確認ノ訴ヲ以テスヘキモノニアラスシテ汎ク無効宣言ノ訴ニ據ルヘキコトハ民法届出ノ規定戸籍法第百六條第一項ノ規定ト對照シテ論斷シ得ル所ニシテ人事訴訟法ノ研究者モ亦普ク此説ヲ採用スルモノヽ如シ例ヘハ「ロータール、ゾイッフエルト」氏カ婚姻無効ニ於ケル無効ノ訴ハ確認訴訟ニ非スシテ宣言訴訟ナリ」(同氏民事訴訟法註釋八版第二卷六百六節百八十頁其他「ガウプ」「ラングハイネケン」「ヘルヴイッヒ」等同一意見ナリ)ト言ヒタルカ如キハ其一例ニシテ原判决ノ理由ニ於ケルカ如ク婚姻無効ノ宣言ヲ以テ直ニ自家撞着ナリトスル學説竝判例ハ却テ此例ニ乏シキ所ナリ絶對無効ノ場合ニハ原判决ノ如ク相手方ニ對シテ確認ヲ求ムルニ止ムヘキモノナルコトハ上告人モ亦素ヨリ同意スル所ナリト雖モ本訴ノ如ク相對無効ノ場合ニ於テハ婚姻無効ノ宣言ヲ求メテ以テ一ハ當事者ニ確認セシメ一ハ戸籍吏其他第三者ニ對シテ無効ヲ確認セシムルヲ以テ法理ノ當ヲ得タルモノト信ス宣言訴訟ハ上告人ノ信スル所ニ依レハ廣キ意味ニ於ケル確認ノ訴訟ニシテ權利ナキ所ニ權利ヲ創設スルノ意義ニアラス唯狹義ノ確認訴訟ト區別シテ創設的訴ト述ヘタルニ過キス然ルニ原判决カ此間ニ存スル區別ヲ承認セラレスシテ直ニ不當トセラレタルハ要スルニ人事訴訟法上ニ於ケル婚姻無効ノ訴ノ法理ヲ誤リタルモノト信ス第二我民法親族編ノ規定ハ帝國固有ノ風俗慣習ヲ主トセラレタル點ニ於テ自ラ獨特ノ長所アリ故ニ直ニ外國法ノ學説ヲ以テ之カ解釋ニ充ツルノ失當タルハ上告人モ深ク留念スル所タリ然レトモ婚姻無効ノ規定ヲ獨逸民法ニ對比スルニ規定ニ於テ精粗ノ差アリト雖モ精神ニ於テハ敢テ異ナル所ナク殊ニ人事訴訟法ノ規定ニ至リテハ一般近接ノ甚シキモノアルヲ看ルニ足ル故ニ學理ニ國境ナシトノ格言ハ此場合ニ於テ一應若稽スルノ價値アリト信ス加之我民法人事訴訟法民法施行法戸籍法等ニ於ケル前段所掲ノ法條ニ徴スルモ婚姻ノ無効ノ場合ハ寧ロ汎ク宣言ノ場合ト解釋スヘキモノニシテ單ニ當事者ニ對スル確認ノ訴ニ限ラサルコトハ婚姻事件カ普通民法ノ法律行爲ト異ナリテ國家的要素ヲ包含シ當事者ノ意思ノ外ニ國家ノ關係スル形式アルノ一事ニ依リテモ之ヲ知ルコトヲ得ヘシ是故ニ本訴ニ於ケル婚姻ノ無効ハ普通法律行爲ノ無効ト異ナリテ相對的無効ナリト認定シテ以テ前掲諸法條ヲ適用スヘキ筈ナルニ上告人ノ訴ヲ自家撞着トナシ失當トナシタルハ要スルニ前掲諸法條ヲ不當ニ適用シタルモノニシテ民事訴訟法第四百三十五條ニ該當スル裁判ナリト云フニ在リ
仍テ按スルニ人違其他ノ事由ニ因リ當事者間ニ婚姻ヲ爲スノ意思ナキトキハ假令婚姻ノ届出及ヒ登録アルモ法律上婚姻ノ効力ナキコトハ民法施行前ト雖モ施行後ノ今日ト更ニ異ナル所ナシ而シテ本來無効ナルモノヲ更ニ無効ナラシムルコト能ハサルハ自然ノ理ナレハ婚姻無効ノ訴ニ於ケル無効ノ裁判ハ唯其無効タルコトヲ判定スルモノニシテ更ニ婚姻ヲ無効ナラシムルモノニ非サルコト多言ヲ竢タサルナリ抑婚姻ノ無効ナルコトハ民法第七百七十八條ニ規定スル二箇ノ場合ニシテ其何レノ場合モ婚姻ノ無効ナル點ニ於テハ異ナル所ナシト雖婚姻無効ノ訴ニ於テ原告ノ求ムヘキハ相手方ノ確認ニ限レリト云フ可カラス何トナレハ婚姻ノ届出ヲ爲サヽル場合ハ其關係當事者間ニ止マリ未タ第三者ニ何等ノ影響ヲ生セサルモ届出ヲ爲シタル場合ハ既ニ第三者ニ影響スル所アルヲ以テ此場合ニ於テ唯相手方ヲシテ無効ヲ確認セシムルカ如キ命令的裁判ヲ求ムルニ止メスシテ何人ニモ通スヘキ宣言的裁判ヲ求ムルハ寧ロ適當ナレハナリ故ニ本件上告人ニシテ若シ原院ニ於テ當事者間ノ婚姻ノ無効ナルコトヲ確定スル爲メ此宣言的裁判ヲ求メタルモノナラハ原院カ「之ヲ以テ請求ノ原因トスル以上ハ婚姻ハ當初ヨリ絶對無効ナルコトヲ主張スルモノニ外ナラサルカユヘニ右婚姻ノ無効ヲ爭フ被控訴人ニ對シ婚姻無効確認ノ請求ヲ爲スハ格別」ト説示シ恰モ宣言的裁判ヲ求ムルヲ得サルモノヽ如ク説明シタルハ當ヲ得サルモノナルヘシト雖モ上告人カ原院明治三十七年三月七日ノ口頭辯論ニ於テ一定ノ申立ヲ釋明シテ創設的ノ宣言即チ當事者間ノ婚姻ヲ無効ナラシムル所ノ宣言ヲ求ムル趣旨ノ申立ヲ爲シタルコトハ同辯論調書及ヒ原判决ノ事實摘示ニ徴シテ明カナル所ナレハ原院カ其請求ヲ不當トシテ之ヲ棄却シタルハ不法ニ非サルナリ(判旨第一點)
其第二點ハ原判决ハ猶一歩ヲ進メ「假リニ一歩ヲ讓リ控訴人ハ無効宣言ノ請求ヲ爲シ得ヘキモノトスルモ云々按スルニ被控訴人ハ婚姻ニヨリ控訴人ノ入夫トシテ控訴人家ニ入籍シ爾來數年控訴人ハ之ト同棲シ居タルコトハ控訴人ノ爭ハサルトコロナレハ此事後ノ事蹟ニ徴スルモ當時當事者間ニ婚姻ノ成立シタルヲ觀ルヘク控訴人カ單ニ年齡十一歳ニ滿タサリシ一事ヲ以テ直ニ婚姻ヲ承諾スルノ意思ナカリシモノト認ムルヲ得ス又控訴人ハ未タ曾テ被控訴人ト婚姻ノ實ヲ擧ケタルコトナシト主張シ甲第四號證ヲ以テ立證スレトモ同號證ハ未タ以テ當事者間ニ曾テ一度モ婚姻ノ實ヲ擧ケタルコトナシトノ事實ヲ信認セシムルニ足ラス然ラハ當事者間ノ婚姻ニ付キ控訴人ニ承諾ノ意思ナカリシモノト認ムルヲ得ス」ト説明セラレ本訴ノ請求ヲ失當トセラレタリ此點ニ於テ原判决ハ第一立證ノ責任ヲ誤リ第二其結果法律ニ違背シテ事實ヲ不當ニ確定シタル不法アリト信ス第一我民法ニ於テハ婚姻ヲ爲シ得ル女子ノ年齡ヲ滿十五年以上ト規定シ(民法七百六十五條)而シテ民法七百八十一條第一項ニ於テハ不適齡カ適齡ニ達シタルトキハ其取消ヲ請求シ得サル旨ヲ規定セリ然レトモ此場合ニ於テハ婚姻ノ意思アリテ未タ適齡ニ達セサルモノヽ婚姻ナルヲ以テ滿十五年ニ達セスト雖モ常識上ヨリ言ヘハ其附近學問上ヨリ言ヘハ婚姻ノ意思ヲ有スル年限ニ限ルヘキモノニシテ普通婚姻ノ意思發生セサル年齡ヲ包含スルモノニ非ス故ニ本訴ノ場合ニ前掲七百八十一條第一項ヲ適用スヘカラサルハ論ヲ俟タス又民法第四條ニ於テハ未成年者カ法律行爲ヲ爲スニハ其法定代理人ノ同意ヲ得ルコトヲ要スル規定アレトモ此場合ハ未成年者ニ法律行爲ヲ爲スノ意思アル場合ナリ少クトモ法律カ意思アリト看做シ得ヘキ場合ナリ故ニ本訴ノ如キ意思ナキヲ主張スル訴ニ對シテ同條ヲ適用シ得ヘカラス即チ本訴ニ於テハ取消ノ場合ヲ適用スヘキ餘地ナキモノナリ今法律カ十一歳未滿ノ小女ニ婚姻ヲ爲スノ意思アルコトヲ推定シ居ルカ若クハ十一歳未滿ノ小女ノ場合ニ於テハ婚姻ノ意思ナキモノト推定シ居ルカノ問題ヲ按スルニ民法ニ於テ意思アリト推定シ居ル場合一モアルコトナク之ニ反シテ意思ナシトスル推定ノ法意ニ關シテハ民法七百六十五條ノ如キハ十五歳未滿ノモノニ對シテ公益上適齡ナラサルノ推定ヲ爲スモノト解釋スルヲ以テ最モ妥當ト信ス而シテ一般法律殊ニ刑法ノ如キハ三百四十六條三百四十九條ニ於テ明ニ十二歳未滿ノ幼女ヲ保護スルノ規定ヲ設ケ眞ニ婚姻ノ意思ナキヲ推定シ居ルモノナリ故ニ本訴ノ如ク意思ナキヲ主張スル場合ニ於テ十一歳未滿ナルコトヲ立證スレハ裁判所ハ一應之ニ對シテ意思ナキ推定ヲ下スヘキモノニシテ意思アリト主張スル相手方ニ立證ノ責任ヲ負ハシムヘキ筋合ナリト信ス第二上告人ハ婚姻ノ當時意思ナカリシコト竝ニ其後ニ至リテモ意思ナキコトノ事實トシテ婚姻ノ實ヲ擧ケタルコトナキ事實ヲ主張セリ然ルニ原判决ハ「同棲シ居リタルコトハ控訴人ノ爭ハサルトコロナレハ」ト説示シテ恰モ婚姻ノ實ヲ擧ケタルカ如ク判斷セラレタルハ第一立證責任ニ關スル法規ニ違背シ其結果申立テサルコトヲ當事者ニ歸シテ以テ事實ヲ不當ニ確定シタル違法アリト云フニ在リ
仍テ按スルニ刑法第三百四十六條第三百四十九條及ヒ民法第七百六十五條ノ如キ規定ヲ設クルニ當リテハ多少幼者ノ意思能力如何ニ鑒ミタル所アランモ此等ノ規定アルカ故ニ法律ハ十五歳若クハ十二歳未滿ノモノニ意思ナキコトヲ推定セリト云フヘカラス然レハ原告タル上告人ニ於テ其主張ニ係ル事實即チ婚姻ノ意思ナカリシコトヲ證明スヘキ筋合ナルヲ以テ原院カ上告人ニ立證責任ヲ歸シタルハ不法ニ非ス又「同棲シ居リタルコトハ控訴人ノ爭ハサル所ナレハ」トノ説示ハ上告人所論ノ如ク夫婦ノ實ヲ擧ケタルコトノ趣旨ニ非スシテ單ニ上告人カ被上告人ト同居セシコトノ趣旨ニ外ナラスト雖モ原院カ其同棲ノ事實ヲ控訴人即チ上告人ノ爭ハサルニ依リテ認定シタルハ人事訴訟手續法第十條一項ニ違背シ民事訴訟法第百十一條第二項ヲ適用シタルノ不法アルヲ免レス然レトモ此不法アル所ハ假定ノ理由ニシテ原院ハ前段ニ於テ既ニ上告人ノ請求ノ失當タルコトヲ斷定セルヲ以テ其裁判カ第一點ニ説明スル如ク正當ナル上ハ上告ハ結局理由ナキニ歸セリ
其第三點ハ本件ハ第一審ニ於テハ離婚請求ノ訴ナリシヲ控訴審ニ於テ人事訴訟法ノ規定ニ從ヒ婚姻無効ノ訴ト變シタリ是レヨリ先キ控訴審ハ離婚請求ノ訴ニ對シテ缺席判决ヲ言渡シ本件ノ控訴ヲ棄却セラレタリ其後上告人ハ故障ヲ申立テ適法ノ承認ヲ經タル後婚姻無効ノ訴ニ變更シタリ原判决ハ婚姻無効ノ訴ニ對スル判决ナリ而シテ理由前段ニ於テ請求自體ヲ不當トセラレタルハ訴ヲ不適法トセラレタルナリ後段ノ事實ニ關スル審理ハ假設ニ過キス故ニ實際ニ於テハ理由ナキト同一ノ結果ヲ生ス此場合ニ在リテハ控訴ヲ不適法トシテ却下スルモノナルヲ以テ離婚ノ請求ヲ棄却シタル缺席判决トハ符合スルコト能ハサルナリ故ニ原院ハ判文ノ理由上缺席判决ヲ廢棄シテ更ニ上告人ノ訴ヲ不適法トシテ棄却スヘキモノナリシニ事茲ニ出テサリシハ同條ノ適用ヲ誤リタルモノナリト云フニ在リ
然レトモ原院ハ上告人ノ訴ヲ不適法トシタルニ非スシテ其請求ヲ不當トシタルモノナルコト理由前段ノ判示ニ依ルモ明白ナリ而シテ原院ハ請求ヲ不當トシテ控訴ヲ棄却スルニ當リ其判决主文全ク先キニ言渡シタル關席判决ト符合スルヲ以テ民事訴訟法第二百六十一條ニ從ヒ關席判决維持ノ言渡ヲ爲シタルモノナレハ上告論旨ノ如キ不法ナシ
上來説明ノ如ク本上告ハ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條第七十七條ニ依リ之ヲ棄却スルモノナリ
明治三十七年(オ)第二百二十号
明治三十七年十月八日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法施行前と雖も人違其他の事由に因り当事者間に婚姻を為すの意思なきときは縦令届出及び登録あるも法律上婚姻の効力を発生することなし(判旨第一点)
- 一 婚姻無効の訴に於ける無効の裁判は唯其無効たることを判定するに止まり更に婚姻を無効ならしむるものに非ず。
従て起訴者が創設的宣言を求むるは不当なり。
(同上)
右当事者間の婚姻無効事件に付、東京控訴院が明治三十七年三月十一日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
立会検事法学博士田部芳は意見を陳述したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告理由第一点は原判決は「本件に於て控訴人が被控訴人との婚姻の当時年齢十一歳未満にしても毫も婚姻をなすの意思なかりしと主張し之を以て請求の原因とする以上は婚姻は始めより絶対無効なることを主張するものに外ならざるが故に右婚姻の無効を争ふ被控訴人に対し婚姻の無効確認の請求を為すは格別本訴の如く婚姻無効の宣言を求め判決に因りて之を無効となさんとするは所謂自家撞着にして請求自体に於て不当と云はざるべからず。」との理由を付して婚姻無効の訴に於て無効の宣言を求むるは無効確認の訴と全く異なるものとなし苟も意思なきを原因として無効を主張する場合は絶対無効を主張するものとなして上告人(控訴人)の請求を失当とせられたり。
然れども上告人の考ふる所に拠れば原判決は全く人事訴訟法中婚姻無効の訴に関する主要なる法条(人事訴訟法第十八条、同第十五条、同第一条、同第二条、同第三条、同第九条)の精神を誤解し民法第七百七十八条第一号同法第七百七十五条民法施行法第六十八条の規定に違背して婚姻無効の訴を直ちに絶対無効を原因とする訴と解釈し、而して此場合に於ては相手方に対して婚姻の無効確認を請求する場合あるのみとなし狭義の確認の外宣言の訴を許さざるものとして第一婚姻無効の訴に於ける法理を誤り第二前掲諸法条を不当に適用したる不法あり。
第一婚姻無効の訴に於ては絶対無効の場合と相対無効の場合とあることは近時有力なる学説として人事訴訟法の研究者間に異論なき所なり。
而して形式を欠き届出なく戸籍簿に登録なき場合は。
即ち絶対無効にして実質に於て欠くる所ありとするも戸籍簿の登録ある場合は相対無効なり。
(民法七百七十五条「ういんどしやいど」ぱんでくてん、八版第一巻八十二節三百六十八頁「えんでまん」独逸民法教科書第七版第二巻百六十節六百四十六頁「でるんぶるひ」ぱんでくてん五版第一巻百二十節二百八十七頁参照)本訴は民法施行前の婚姻にして民法施行法第六十八条に拠り民法に定めたる効力を有するものと推定せられ民法七百七十五条の要件を充たし戸籍簿に登録せられある婚姻なれども民法第七百七十八条第一号の規定に従ひ意思なきを原因として無効を主張する場合にして乃ち相対無効の一例なり。
而して此場合に於ては単に相手方に対する無効確認の訴を以てずべきものにあらずして汎く無効宣言の訴に拠るべきことは民法届出の規定戸籍法第百六条第一項の規定と対照して論断し得る所にして人事訴訟法の研究者も亦普く此説を採用するものの如し例へば「ろーたーる、ぞいっふえると」氏が婚姻無効に於ける無効の訴は確認訴訟に非ずして宣言訴訟なり。」(同氏民事訴訟法註釈八版第二巻六百六節百八十頁其他「がうぷ」「らんぐはいねけん」「へるヴいっひ」等同一意見なり。
)と言ひたるが如きは其一例にして原判決の理由に於けるが如く婚姻無効の宣言を以て直に自家撞着なりとする学説並判例は却て此例に乏しき所なり。
絶対無効の場合には原判決の如く相手方に対して確認を求むるに止むべきものなることは上告人も亦素より同意する所なりと雖も本訴の如く相対無効の場合に於ては婚姻無効の宣言を求めて以て一は当事者に確認せしめ一は戸籍吏其他第三者に対して無効を確認せしむるを以て法理の当を得たるものと信ず。
宣言訴訟は上告人の信ずる所に依れば広き意味に於ける確認の訴訟にして権利なき所に権利を創設するの意義にあらず。
唯狭義の確認訴訟と区別して創設的訴と述べたるに過ぎず。
然るに原判決が此間に存する区別を承認せられずして直に不当とせられたるは要するに人事訴訟法上に於ける婚姻無効の訴の法理を誤りたるものと信ず。
第二我民法親族編の規定は帝国固有の風俗慣習を主とせられたる点に於て自ら独特の長所あり。
故に直に外国法の学説を以て之が解釈に充つるの失当たるは上告人も深く留念する所たり。
然れども婚姻無効の規定を独逸民法に対比するに規定に於て精粗の差ありと雖も精神に於ては敢て異なる所なく殊に人事訴訟法の規定に至りては一般近接の甚しきものあるを看るに足る故に学理に国境なしとの格言は此場合に於て一応若稽するの価値ありと信ず。
加之我民法人事訴訟法民法施行法戸籍法等に於ける前段所掲の法条に徴するも婚姻の無効の場合は寧ろ汎く宣言の場合と解釈すべきものにして単に当事者に対する確認の訴に限らざることは婚姻事件が普通民法の法律行為と異なりて国家的要素を包含し当事者の意思の外に国家の関係する形式あるの一事に依りても之を知ることを得べし是故に本訴に於ける婚姻の無効は普通法律行為の無効と異なりて相対的無効なりと認定して以て前掲諸法条を適用すべき筈なるに上告人の訴を自家撞着となし失当となしたるは要するに前掲諸法条を不当に適用したるものにして民事訴訟法第四百三十五条に該当する裁判なりと云ふに在り
仍て按ずるに人違其他の事由に因り当事者間に婚姻を為すの意思なきときは仮令婚姻の届出及び登録あるも法律上婚姻の効力なきことは民法施行前と雖も施行後の今日と更に異なる所なし。
而して本来無効なるものを更に無効ならしむること能はざるは自然の理なれば婚姻無効の訴に於ける無効の裁判は唯其無効たることを判定するものにして更に婚姻を無効ならしむるものに非ざること多言を竢たざるなり。
抑婚姻の無効なることは民法第七百七十八条に規定する二箇の場合にして其何れの場合も婚姻の無効なる点に於ては異なる所なしと雖婚姻無効の訴に於て原告の求むべきは相手方の確認に限れりと云ふ可からず。
何となれば婚姻の届出を為さざる場合は其関係当事者間に止まり未だ第三者に何等の影響を生ぜざるも届出を為したる場合は既に第三者に影響する所あるを以て此場合に於て唯相手方をして無効を確認せしむるが如き命令的裁判を求むるに止めずして何人にも通ずべき宣言的裁判を求むるは寧ろ適当なればなり。
故に本件上告人にして若し原院に於て当事者間の婚姻の無効なることを確定する為め此宣言的裁判を求めたるものならば原院が「之を以て請求の原因とする以上は婚姻は当初より絶対無効なることを主張するものに外ならざるかゆへに右婚姻の無効を争ふ被控訴人に対し婚姻無効確認の請求を為すは格別」と説示し恰も宣言的裁判を求むるを得ざるものの如く説明したるは当を得ざるものなるべしと雖も上告人が原院明治三十七年三月七日の口頭弁論に於て一定の申立を釈明して創設的の宣言即ち当事者間の婚姻を無効ならしむる所の宣言を求むる趣旨の申立を為したることは同弁論調書及び原判決の事実摘示に徴して明かなる所なれば原院が其請求を不当として之を棄却したるは不法に非ざるなり。
(判旨第一点)
其第二点は原判決は猶一歩を進め「仮りに一歩を譲り控訴人は無効宣言の請求を為し得べきものとするも云云按ずるに被控訴人は婚姻により控訴人の入夫として控訴人家に入籍し爾来数年控訴人は之と同棲し居たることは控訴人の争はざるところなれば此事後の事蹟に徴するも当時当事者間に婚姻の成立したるを観るべく控訴人が単に年齢十一歳に満たざりし一事を以て直に婚姻を承諾するの意思なかりしものと認むるを得ず。
又控訴人は未だ曽て被控訴人と婚姻の実を挙けたることなしと主張し甲第四号証を以て立証すれども同号証は未だ以て当事者間に曽て一度も婚姻の実を挙けたることなしとの事実を信認せしむるに足らず。
然らば当事者間の婚姻に付き控訴人に承諾の意思なかりしものと認むるを得ず。」と説明せられ本訴の請求を失当とせられたり此点に於て原判決は第一立証の責任を誤り第二其結果法律に違背して事実を不当に確定したる不法ありと信ず。
第一我民法に於ては婚姻を為し得る女子の年齢を満十五年以上と規定し(民法七百六十五条)。
而して民法七百八十一条第一項に於ては不適齢が適齢に達したるときは其取消を請求し得ざる旨を規定せり。
然れども此場合に於ては婚姻の意思ありて未だ適齢に達せざるものの婚姻なるを以て満十五年に達せずと雖も常識上より言へは其附近学問上より言へは婚姻の意思を有する年限に限るべきものにして普通婚姻の意思発生せざる年齢を包含するものに非ず。
故に本訴の場合に前掲七百八十一条第一項を適用すべからざるは論を俟たず。
又民法第四条に於ては未成年者が法律行為を為すには其法定代理人の同意を得ることを要する規定あれども此場合は未成年者に法律行為を為すの意思ある場合なり。
少くとも法律が意思ありと看做し得べき場合なり。
故に本訴の如き意思なきを主張する訴に対して同条を適用し得べからず。
即ち本訴に於ては取消の場合を適用すべき余地なきものなり。
今法律が十一歳未満の小女に婚姻を為すの意思あることを推定し居るか若くは十一歳未満の小女の場合に於ては婚姻の意思なきものと推定し居るかの問題を按ずるに民法に於て意思ありと推定し居る場合一もあることなく之に反して意思なしとする推定の法意に関しては民法七百六十五条の如きは十五歳未満のものに対して公益上適齢ならざるの推定を為すものと解釈するを以て最も妥当と信ず。
而して一般法律殊に刑法の如きは三百四十六条三百四十九条に於て明に十二歳未満の幼女を保護するの規定を設け真に婚姻の意思なきを推定し居るものなり。
故に本訴の如く意思なきを主張する場合に於て十一歳未満なることを立証すれば裁判所は一応之に対して意思なき推定を下すべきものにして意思ありと主張する相手方に立証の責任を負はしむべき筋合なりと信ず。
第二上告人は婚姻の当時意思なかりしこと並に其後に至りても意思なきことの事実として婚姻の実を挙けたることなき事実を主張せり。
然るに原判決は「同棲し居りたることは控訴人の争はざるところなれば」と説示して恰も婚姻の実を挙けたるが如く判断せられたるは第一立証責任に関する法規に違背し其結果申立てざることを当事者に帰して以て事実を不当に確定したる違法ありと云ふに在り
仍て按ずるに刑法第三百四十六条第三百四十九条及び民法第七百六十五条の如き規定を設くるに当りては多少幼者の意思能力如何に鑑みたる所あらんも此等の規定あるが故に法律は十五歳若くは十二歳未満のものに意思なきことを推定せりと云ふべからず。
然れば原告たる上告人に於て其主張に係る事実即ち婚姻の意思なかりしことを証明すべき筋合なるを以て原院が上告人に立証責任を帰したるは不法に非ず又「同棲し居りたることは控訴人の争はざる所なれば」との説示は上告人所論の如く夫婦の実を挙けたることの趣旨に非ずして単に上告人が被上告人と同居せしことの趣旨に外ならずと雖も原院が其同棲の事実を控訴人即ち上告人の争はざるに依りて認定したるは人事訴訟手続法第十条一項に違背し民事訴訟法第百十一条第二項を適用したるの不法あるを免れず。
然れども此不法ある所は仮定の理由にして原院は前段に於て既に上告人の請求の失当たることを断定せるを以て其裁判が第一点に説明する如く正当なる上は上告は結局理由なきに帰せり
其第三点は本件は第一審に於ては離婚請求の訴なりしを控訴審に於て人事訴訟法の規定に従ひ婚姻無効の訴と変したり。
是れより先き控訴審は離婚請求の訴に対して欠席判決を言渡し本件の控訴を棄却せられたり其後上告人は故障を申立で適法の承認を経たる後婚姻無効の訴に変更したり。
原判決は婚姻無効の訴に対する判決なり。
而して理由前段に於て請求自体を不当とせられたるは訴を不適法とせられたるなり。
後段の事実に関する審理は仮設に過ぎず。
故に実際に於ては理由なきと同一の結果を生ず。
此場合に在りては控訴を不適法として却下するものなるを以て離婚の請求を棄却したる欠席判決とは符合すること能はざるなり。
故に原院は判文の理由上欠席判決を廃棄して更に上告人の訴を不適法として棄却すべきものなりしに事茲に出でさりしは同条の適用を誤りたるものなりと云ふに在り
然れども原院は上告人の訴を不適法としたるに非ずして其請求を不当としたるものなること理由前段の判示に依るも明白なり。
而して原院は請求を不当として控訴を棄却するに当り其判決主文全く先きに言渡したる関席判決と符合するを以て民事訴訟法第二百六十一条に従ひ関席判決維持の言渡を為したるものなれば上告論旨の如き不法なし。
上来説明の如く本上告は理由なきを以て民事訴訟法第四百五十二条第七十七条に依り之を棄却するものなり。