明治三十七年(オ)第三百十七號
明治三十七年七月四日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 仲裁判斷ノ數多ノ事項カ彼此牽連シテ分離スヘカラサルモノナルトキハ其中或一項ニ關スル判斷ニシテ取消サルヽ以上ハ他ノ事項ニ關スル判斷モ亦共ニ之ヲ取消スヘキモノナリト雖モ或事項ト他ノ事項ト牽連セサル場合ニ於テ彼ノ判斷ヲ取消ストキハ此判斷ヲモ取消サヽルヘカラサルカ如キ規定及ヒ條理ナシ
上告人 石原安三郎
訴訟代理人 安藤桂
被上告人 バウデン兄弟商會
右代表者 ヴイヴイヤン、ロスウヱル、バウデン
右當事者間ノ仲裁判斷取消請求事件ニ付大阪控訴院カ明治三十七年三月三十日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第一點ハ一、本件仲裁判斷ヲ求メタル請求ノ要點ハ仲裁判斷書事實ノ部ニ摘示サレタル如ク賣主タル被上告人ハ肥料ヲ引取リ且ツ損害金ヲ支拂フヘキ旨ヲ主張シ買主タル上告人ハ之ヲ引取ラス且從來粗惡ノ爲メ生シタル損害金ヲ支拂フヘキ旨ヲ主張シ此爭議ニ對シ仲裁判斷者ハ第一、既ニ引渡濟ノ乾血肥料ニ對シ被上告人ハ損害金百六十圓五十七錢五厘ラ支拂フヘシ第二、動物肥料ハ引渡未了ノ殘荷ニ付キ上告人ハ其半數ヲ引取リ且損害金一千三百十五圓八十一錢ヲ支拂フヘシ第三、肥料粗惡ノ爲メ生シタル損害ハ上告人ニ於テ之ヲ請求スヘカラス第四、仲裁判斷ノ費用ハ雙方ノ負擔トスト云フニアリ右仲裁判斷ニ對シ取消ヲ求メタル結果單ニ第二ノ俊段タル上告人ヨリ支拂フヘキ損害金一千三百十五圓八十一錢ニ就テハ理由ヲ付セサル爲メ之ヲ取消サレタリ而シテ原院ハ右損害ハ單ニ數額ニ止リ他ノ諸點ト不可分的關係ナキヲ以テ特ニ此部分ノミヲ取消シ他ノ點ハ之ヲ取消スヘキ必要ヲ認メスト判决セラレタリ二、之ニ對スル上告ノ趣旨ハ既ニ主要ノ爭點ニ關シ仲裁判斷ノ一部ヲ取消タル以上ハ不可分的ニ全部ヲ取消スヘキモノナリト云フニアリ其理由左ノ如シ第一、仲裁判斷ハ其性質トシテ爭點ニ關シ必スシモ法理的解决ヲ與フルモノニアラス條理ト常識ニ於テ雙方ノ主張ヲ詮衡シ或ハ當事者ノ地位貧富ノ程度等ヲモ斟酌シ殊ニ本件ノ如キ商事取引ニ於テ雙方ニ責任アリトシテ雙方ニ負擔ヲ命スル如キ場合ニ當リテハ其負擔額ヲモ事實的ニ折衷鹽梅シ所謂ル折合的ニ裁量スヘキコトアルヲ以テ其全體ニ於ケル結果ノ如何ハ本案ヲ判斷スルニ當リテ倔強ノ資料タリシナリ然ルニ若シ其一部分ニシテ取消サレタル時ハ直ニ其結果ノ權衡ヲ失シ仲裁判斷者ノ豫期シタル全體ノ折衷鹽梅ナルモノハ其根底ヲ覆シタルヲ以テ更ニ再ヒ全部ニ向テ適當ノ切盛ヲ爲スニ非ラサレハ當初豫期シタル判斷者ノ素志ヲ貫クニ由ナシ即チ仲裁判斷ハ全部ニ向テ折合的切盛ヲ爲シタルモノナルカ故ニ若シ一部ヲ取消シタル時ハ更ニ再ヒ全部ニ向テ切盛ヲ爲サシムル爲メ全部ノ取消ヲ爲サヽルヘカラス第二、原院ハ
「取消ノ原因ハ數額ノ點ノミニ限リ他ノ點ト分ツヘカラサル關係アルニアラサルヲ以テ特ニ數額ノ點ノミヲ取消スヲ相當トス」ト説示シタレトモ凡ソ損害ノ爭議ニ就テハ原因ト數額トハ其判斷ニ付キ不可分的密接ノ關係ヲ有スルモノナリ故ニ若シ後ノ仲裁判斷者ハ原因ニ就テハ前ノ仲裁判斷者ノ意見ヲ基本トスル義務アリトセハ格別後ノ判斷者ハ仲裁判斷主文第二項ノ後段タル「殘荷ニ就テ生シタル總費用二千六百有餘圓」ハ如何ニ負擔スヘキカニ付キ自由ナル判斷ヲ下サント欲セハ第一、事實上如何ナル費用ヲ支出シタルヤ第二、此費用ハ何人ノ責任ニ歸スヘキカ第三、其負擔額如何ノ三點ニ就キ判斷ヲ下サヽルヘカラス故ニ若シ第一ノ點ニ於テ必要ノ支出ニアラストスルカ又ハ第二ノ點ニ於テ孰レカ一方ニノミ責任アリトセハ忽チ前判斷者ノ(一)必要ノ支出ナリ(二)雙方ニ責任アリトノ趣旨ニ矛楯スヘシ如斯ハ前判斷者ノ意思ニ戻リ後判斷者ノ主意ヲモ貫徹セス當事者モ亦如此キ杆格矛楯ノ判斷ヲ求ムル意思ニアラサルニ終ニ如此キ結果ヲ生スルニ至ル所以ノモノハ一定ノ事實ヲ可分的ニ判斷セシムルノ違法アルカ爲メノミ第三、人或ハ取消ノ部分ハ原判斷者ヲシテ再ヒ判斷セシムヘク原判斷者ハ之ニ理由ヲ付スレハ足レリト云フモソハ事實判斷ニ非スシテ計算ノ説明ナリ斷定ニ非スシテ註釋ナリ當事者ハ由來如斯キ契約ヲ爲サヽルノミナラス原判斷者ニ再審セシムルカ如キハ法律ノ明文アル民事訴訟ノ判决ニ於テハ兎モ角契約ニ基ク仲裁判斷ニ於テ準用スヘキ限リニアラス蓋シ當事者ハ一定ノ事實ニ基キ二名ノ仲裁者ニ判斷セシムヘキ旨ヲ合意シ此契約ニ基キ不法ニセヨ判斷者カ一度ヒ判斷ヲ下シタル以上ハ仲裁人選定ノ効力ハ茲ニ終了シ事件ハ仲裁人ノ手ヨリ離脱シ仲裁契約ハ履行セラレタルモノナリ若シ前ノ判斷ニシテ適當ノ効果ヲ得サリシトキハ如何ニシテ之ヲ終了スヘキヤハ別種ノ事實ニ屬スル別種ノ法律的關係ナルカ故ニ當事者ノ合意若クハ法律ノ規定ニ一任セサルヘカラス况ンヤ前ノ判斷者ニシテ拒絶シ若クハ死去スル等再ヒ之レヲ判斷スルニ由ナキ時ハ當然前項所陳ノ如キ矛楯ハ免レサルノミナラス一部ハ確定シテ執行判斷ヲ求メ一部ハ更ニ仲裁人ニ委付スルカ如キハ當初ノ契約タル「一定ノ事實ニ對スル全部ノ判斷ヲ二名ノ仲裁人ニ委付スヘシ」ノ主旨ニ背戻スルニ至ル以上
所陳ノ如ク實際ノ結果ニ於テモ法律上ノ解釋ニ於テモ仲裁判斷ハ可分的ニ取消スヘキ性質ノモノニアラサルニ原院カ其一部ノミヲ取消タルハ仲裁判斷ノ法律上ノ性質ヲ誤解シタル違法アリト云フニ在リ
依テ審按スルニ上告人ハ本點ニ於テ種々論難スルモ之ヲ要約スレハ仲裁手續ニ於テ判斷シタル事項數多アル場合ニ於テ其中或一項ノ判斷ニシテ取消サルヽトキハ他ノ事項ニ關スル判斷モ亦取消サル可キモノナリト云フニ在リ然レトモ仲裁判斷ノ數多ノ事項彼此牽連シテ分離ス可カラサルモノナルトキハ其中或一項ニ關スル判斷ニシテ取消サルヽ以上ハ法理上他ノ事項ニ關スル判斷モ共ニ取消スヘキモノナリト雖モ或事項ト他ノ事項ト牽連セサルトキニ於テ彼ノ判斷ヲ取消セハ此判斷ヲモ取消サヽル可カラサルカ如キ規定及ヒ條理ナシ故ニ此ノ如キ場合ニ於テハ彼ヲ取消シ此ヲ存セシムルハ當然ナリトス而シテ本件ニ於ケル仲裁判斷中第二項ノ損害金千三百十五圓八十一錢ハ如何ナル根據ニ依リ算出セラレタルヤ其理由付シアラサルヨリ原院カ之ヲ取消シタルモノニシテ此事項ハ原判决ニ説明スル如ク單ニ此數額ノ説明ナキコトニノミ關シ毫モ他ノ事項ト牽連シテ分離スルコトヲ得サルモノニ非スサレハ原院カ本件ノ仲裁判斷中此事項ノミ取消シタルハ相當ニシテ上告其理由ナシ
上告論旨第二點ハ原判决ハ理由不備ニ非ラサレハ法律ノ解釋ヲ誤リタル不法アルモノナリ上告人ハ原院ニ於テ本件仲裁判斷カ同一契約ヲ以テ取結ハレタル同一ノ鷲印動物肥料ヲ判斷スルニ其取引未了ノ部分ニ付テハ被上告人ニモ亦タ多少ノ責任アリトシテ其損害ノ半ヲ負擔スヘキモノト爲シタルニモ拘ハラス他ノ一部即チ已ニ引取ヲ爲シタル部分ニ付テハ毫モ被上告人ニ其責任ヲ咎ムヘキモノ無シト爲シタル其間ノ理由ヲ付セサルコトヲ論爭シタルニ原判决ハ之カ説明ヲ與ヘテ曰ク前畧同判斷書ヲ閲スルニ其第二條ニ「該鷲印動物肥料ハ元來一種ノ專賣物ニシテ買主石原安三郎ハ已ニ其契約以前ニ於テモ數度ノ取引セシコトアリキ故ニ其品質ヲ確認セルコト明カニシテ當契約ニ基ツキ已ニ引取リタル品質ハ從來引取リタル品質ト同樣ナル物ヲ得レハ諾認スヘキ筈ナルヲ以テ已ニ取引結了セシ品質ハ曩キニ引取リタル品質ニ劣ラサルモノト思考ス」ト云ヒ以テ當事者ニ從來行ハレタル取引ニ於ケル品質ト同等ナリシ事實ヲ認メテ已ニ結了セシ取引ノ正當ナルコトヲ認定シ又同第二條ニ於テ「鷲印動物肥料ニ付テハ買主石原安三郎ニ於テ該肥料賣買契約ノ際含有成分ノ明示ヲ要セハ必當該契約書ニ明記セシヤ明ナリ然ルニ其成分ノ明記ヲナサスシテ之ヲ買取ルヘキ約定ヲ爲シタルハ全ク買主ノ過失タルヲ免レス」「又別紙廣告紙ハ該粉義ニ係ル鷲印動物肥料到着後四个月後ノ印刷ニシテ是ニ賣主バウデン兄弟商會ノ店印ヲ押捺シ且ツ之ヲ配布セシコトハ賣主ニ於テモ能ク認知セリ故ニ該廣告紙ノ配布ハ獨リ石原安三郎ノミナラス廣ク世間ノ買主ヲシテ賣主ヨリ廣告紙明示ノ鷲印動物肥料ト同一ナル品質ヲ供給セシムルナラント信セシムル所ナリ云々是レニ關シ聊カ其責ヲ擔ハサルヘカラスト思料ス」ト云ヒ當事者ニ過失アリタルコトヲ認メテ以テ未了ノ取引ニ於ケル責任分擔ヲ斷定セシモノニシテ彼是ノ對照上其兩者ノ區別截然タルヲ以テ理由ヲ付セサルモノト云フヲ得ス」ト個ハ是レ仲裁判斷書カ取引結了ノモノト其未タ結了セサルモノトノ間ニ於テ其理由ヲ二箇ニセリト云フニ止リ未タ以テ上告人カ所謂右ニ者ノ間ノ理由ヲ二箇ニシタルノ理由ヲ缺クモノナリトノ點ニ付テハ説明ヲ與ヘタルモノニアラス詳言スレハ該判斷書ニ於ケル鷲印動物肥料ハ固同一物ナルカ故ニ其取引結了ノ部分ニ付テノ理由ハ直ニ其取引未了部分ニ付テ被上告人ニ責任アリト爲シタル理由ハ其取引結了ノ部分ニ付テモ亦同一タルヘキ筈ナルニ一ハ之ニアルコトヲ説明シ他ハ是レナシト判斷シタル間ノ理由ヲ缺クモノナリトノ主張ニ對シ只各別ノ理由ヲ付セリトノ原判决ハ其理由不備タルコトヲ免レサルナリ若シ夫レ原院ニシテ仲裁判斷書ハ只單ニ理由ヲ付スレハ足リ其理由ニ違法又ハ撞着アランモ毫モ差支ナシトシテ判决セラレタルモノナリトセンカ則チ民事訴訟法第八百一條第五號ノ解釋ヲ誤レル不當アルモノ(大審院明治三十七年(オ)第九八號本年五月九日判决參照)ト思料スル次第ナリト云フニ在リ
依テ審按スルニ原判决ハ仲裁判斷カ引取濟ノ肥料ト其未了ノ肥料トニ付キ別々ニ説明シタル所ヲ對比スレハ前者ニ對シテハ責任ナク後者ニ對シテハ責任分擔ヲ命シタル區別ノ理由自カラ判然スルモノト説示セリ而シテ原判决ニ掲ケタル此點ニ關スル仲裁判斷ヲ閲スルニ仲裁判斷ニハ「引取濟ノ肥料ノ品質ハ從前引取リタル品質ト同樣ナル物ヲ得レハ諾スヘキ筈ナルヲ以テ已ニ取引ノ結了セシ品質ハ從前引取リタル品質ニ劣ラサルモノ云々」トノ理由アリ又之ヲ其以下ニ於テ説明シタルハ「鷲印動物肥料ニ付テ買主石原安三郎ニ於テ云々故ニ該廣告紙ノ配布ハ獨リ石原安三郎ナルノミナラス廣ク世間ノ買主ヲシテ賣主ヨリ廣告紙明示ノ鷲印動物肥料ト同一ナル品質ヲ供給セシムルナラント信セシムル所ナリ云々」ニ對照スルトキハ原判旨ノ如ク引取濟ノ肥料ニ對シテハ責任ナク引取未濟ノモノニ對シテハ損失ヲ分擔ス可キ理由ノ説明アルカ故ニ此點ノ論爭ニ對シテハ以上ノ如ク原院ノ説明スル所ヲ以テ足ルモノトス依テ本論旨ハ原判旨ニ副ハサルモノニシテ上告ノ理由ト爲スヲ得ス
以上説明スル如ク本件上告ハ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ棄却ス可キモノトス
明治三十七年(オ)第三百十七号
明治三十七年七月四日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 仲裁判断の数多の事項が彼此牽連して分離すべからざるものなるときは其中或一項に関する判断にして取消さるる以上は他の事項に関する判断も亦共に之を取消すべきものなりと雖も或事項と他の事項と牽連せざる場合に於て彼の判断を取消すときは此判断をも取消さざるべからざるが如き規定及び条理なし。
上告人 石原安三郎
訴訟代理人 安藤桂
被上告人 ばうでん兄弟商会
右代表者 ヴいヴいやん、ろすうゑる、ばうでん
右当事者間の仲裁判断取消請求事件に付、大坂控訴院が明治三十七年三月三十日言渡したる判決に対し上告代理人より一部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第一点は一、本件仲裁判断を求めたる請求の要点は仲裁判断書事実の部に摘示されたる如く売主たる被上告人は肥料を引取り且つ損害金を支払ふべき旨を主張し買主たる上告人は之を引取らず、且、従来粗悪の為め生じたる損害金を支払ふべき旨を主張し此争議に対し仲裁判断者は第一、既に引渡済の乾血肥料に対し被上告人は損害金百六十円五十七銭五厘ら支払ふべし。
第二、動物肥料は引渡未了の残荷に付き上告人は其半数を引取り、且、損害金一千三百十五円八十一銭を支払ふべし。
第三、肥料粗悪の為め生じたる損害は上告人に於て之を請求すべからず。
第四、仲裁判断の費用は双方の負担とすと云ふにあり右仲裁判断に対し取消を求めたる結果単に第二の俊段たる上告人より支払ふべき損害金一千三百十五円八十一銭に就ては理由を付せざる為め之を取消されたり。
而して原院は右損害は単に数額に止り他の諸点と不可分的関係なきを以て特に此部分のみを取消し他の点は之を取消すべき必要を認めずと判決せられたり二、之に対する上告の趣旨は既に主要の争点に関し仲裁判断の一部を取消たる以上は不可分的に全部を取消すべきものなりと云ふにあり其理由左の如し第一、仲裁判断は其性質として争点に関し必ずしも法理的解決を与ふるものにあらず。
条理と常識に於て双方の主張を詮衡し或は当事者の地位貧富の程度等をも斟酌し殊に本件の如き商事取引に於て双方に責任ありとして双方に負担を命ずる如き場合に当りては其負担額をも事実的に折衷塩梅し所謂る折合的に裁量すべきことあるを以て其全体に於ける結果の如何は本案を判断するに当りて倔強の資料たりしなり。
然るに若し其一部分にして取消されたる時は直に其結果の権衡を失し仲裁判断者の予期したる全体の折衷塩梅なるものは其根底を覆したるを以て更に再ひ全部に向て適当の切盛を為すに非らざれば当初予期したる判断者の素志を貫くに由なし。
即ち仲裁判断は全部に向て折合的切盛を為したるものなるが故に若し一部を取消したる時は更に再ひ全部に向て切盛を為さしむる為め全部の取消を為さざるべからず。
第二、原院は
「取消の原因は数額の点のみに限り他の点と分つべからざる関係あるにあらざるを以て特に数額の点のみを取消すを相当とす。」と説示したれども凡そ損害の争議に就ては原因と数額とは其判断に付き不可分的密接の関係を有するものなり。
故に若し後の仲裁判断者は原因に就ては前の仲裁判断者の意見を基本とする義務ありとせば格別後の判断者は仲裁判断主文第二項の後段たる「残荷に就て生じたる総費用二千六百有余円」は如何に負担すべきかに付き自由なる判断を下さんと欲せば第一、事実上如何なる費用を支出したるや第二、此費用は何人の責任に帰すべきか第三、其負担額如何の三点に就き判断を下さざるべからず。
故に若し第一の点に於て必要の支出にあらずとするか又は第二の点に於て孰れか一方にのみ責任ありとせば忽ち前判断者の(一)必要の支出なり。
(二)双方に責任ありとの趣旨に矛楯すべし。
如斯は前判断者の意思に戻り後判断者の主意をも貫徹せず当事者も亦如此き杆格矛楯の判断を求むる意思にあらざるに終に如此き結果を生ずるに至る所以のものは一定の事実を可分的に判断せしむるの違法あるか為めのみ第三、人或は取消の部分は原判断者をして再ひ判断せしむべく原判断者は之に理由を付すれば足れりと云ふもそは事実判断に非ずして計算の説明なり。
断定に非ずして註釈なり。
当事者は由来如斯き契約を為さざるのみならず原判断者に再審せしむるが如きは法律の明文ある民事訴訟の判決に於ては兎も角契約に基く仲裁判断に於て準用すべき限りにあらず。
蓋し当事者は一定の事実に基き二名の仲裁者に判断せしむべき旨を合意し此契約に基き不法にせよ判断者が一度ひ判断を下したる以上は仲裁人選定の効力は茲に終了し事件は仲裁人の手より離脱し仲裁契約は履行せられたるものなり。
若し前の判断にして適当の効果を得ざりしときは如何にして之を終了すべきやは別種の事実に属する別種の法律的関係なるが故に当事者の合意若くは法律の規定に一任せざるべからず。
況んや前の判断者にして拒絶し若くは死去する等再ひ之れを判断するに由なき時は当然前項所陳の如き矛楯は免れざるのみならず一部は確定して執行判断を求め一部は更に仲裁人に委付するが如きは当初の契約たる「一定の事実に対する全部の判断を二名の仲裁人に委付すべし。」の主旨に背戻するに至る以上
所陳の如く実際の結果に於ても法律上の解釈に於ても仲裁判断は可分的に取消すべき性質のものにあらざるに原院が其一部のみを取消たるは仲裁判断の法律上の性質を誤解したる違法ありと云ふに在り
依て審按ずるに上告人は本点に於て種種論難するも之を要約すれば仲裁手続に於て判断したる事項数多ある場合に於て其中或一項の判断にして取消さるるときは他の事項に関する判断も亦取消さる可きものなりと云ふに在り。
然れども仲裁判断の数多の事項彼此牽連して分離す可からざるものなるときは其中或一項に関する判断にして取消さるる以上は法理上他の事項に関する判断も共に取消すべきものなりと雖も或事項と他の事項と牽連せざるときに於て彼の判断を取消せば此判断をも取消さざる可からざるが如き規定及び条理なし。
故に此の如き場合に於ては彼を取消し此を存せしむるは当然なりとす。
而して本件に於ける仲裁判断中第二項の損害金千三百十五円八十一銭は如何なる根拠に依り算出せられたるや其理由付しあらざるより原院が之を取消したるものにして此事項は原判決に説明する如く単に此数額の説明なきことにのみ関し毫も他の事項と牽連して分離することを得ざるものに非ずされば原院が本件の仲裁判断中此事項のみ取消したるは相当にして上告其理由なし。
上告論旨第二点は原判決は理由不備に非らざれば法律の解釈を誤りたる不法あるものなり。
上告人は原院に於て本件仲裁判断が同一契約を以て取結はれたる同一の鷲印動物肥料を判断するに其取引未了の部分に付ては被上告人にも亦た多少の責任ありとして其損害の半を負担すべきものと為したるにも拘はらず他の一部即ち己に引取を為したる部分に付ては毫も被上告人に其責任を咎むべきもの無しと為したる其間の理由を付せざることを論争したるに原判決は之が説明を与へて曰く前略同判断書を閲するに其第二条に「該鷲印動物肥料は元来一種の専売物にして買主石原安三郎は己に其契約以前に於ても数度の取引せしことありき故に其品質を確認せること明かにして当契約に基つき己に引取りたる品質は従来引取りたる品質と同様なる物を得れば諾認すべき筈なるを以て己に取引結了せし品質は曩きに引取りたる品質に劣らざるものと思考す」と云ひ以て当事者に従来行はれたる取引に於ける品質と同等なりし事実を認めて己に結了せし取引の正当なることを認定し又同第二条に於て「鷲印動物肥料に付ては買主石原安三郎に於て該肥料売買契約の際含有成分の明示を要せば必当該契約書に明記せしや明なり。
然るに其成分の明記をなさずして之を買取るべき約定を為したるは全く買主の過失たるを免れず」「又別紙広告紙は該粉義に係る鷲印動物肥料到着後四个月後の印刷にして是に売主ばうでん兄弟商会の店印を押捺し且つ之を配布せしことは売主に於ても能く認知せり。
故に該広告紙の配布は独り石原安三郎のみならず広く世間の買主をして売主より広告紙明示の鷲印動物肥料と同一なる品質を供給せしむるならんと信ぜしむる所なり。
云云是れに関し聊が其責を担はざるべからずと思料す」と云ひ当事者に過失ありたることを認めて以て未了の取引に於ける責任分担を断定せしものにして彼是の対照上其両者の区別截然たるを以て理由を付せざるものと云ふを得ず。」と個は是れ仲裁判断書が取引結了のものと其未だ結了せざるものとの間に於て其理由を二箇にせりと云ふに止り未だ以て上告人が所謂右に者の間の理由を二箇にしたるの理由を欠くものなりとの点に付ては説明を与へたるものにあらず。
詳言すれば該判断書に於ける鷲印動物肥料は固同一物なるが故に其取引結了の部分に付ての理由は直に其取引未了部分に付て被上告人に責任ありと為したる理由は其取引結了の部分に付ても亦同一たるべき筈なるに一は之にあることを説明し他は是れなしと判断したる間の理由を欠くものなりとの主張に対し只各別の理由を付せりとの原判決は其理由不備たることを免れざるなり。
若し夫れ原院にして仲裁判断書は只単に理由を付すれば足り其理由に違法又は撞着あらんも毫も差支なしとして判決せられたるものなりとせんか則ち民事訴訟法第八百一条第五号の解釈を誤れる不当あるもの(大審院明治三十七年(オ)第九八号本年五月九日判決参照)と思料する次第なりと云ふに在り
依て審按ずるに原判決は仲裁判断が引取済の肥料と其未了の肥料とに付き別別に説明したる所を対比すれば前者に対しては責任なく後者に対しては責任分担を命じたる区別の理由自から判然するものと説示せり。
而して原判決に掲げたる此点に関する仲裁判断を閲するに仲裁判断には「引取済の肥料の品質は従前引取りたる品質と同様なる物を得れば諾すべき筈なるを以て己に取引の結了せし品質は従前引取りたる品質に劣らざるもの云云」との理由あり又之を其以下に於て説明したるは「鷲印動物肥料に付て買主石原安三郎に於て云云故に該広告紙の配布は独り石原安三郎なるのみならず広く世間の買主をして売主より広告紙明示の鷲印動物肥料と同一なる品質を供給せしむるならんと信ぜしむる所なり。
云云」に対照するときは原判旨の如く引取済の肥料に対しては責任なく引取未済のものに対しては損失を分担す可き理由の説明あるが故に此点の論争に対しては以上の如く原院の説明する所を以て足るものとす。
依て本論旨は原判旨に副はざるものにして上告の理由と為すを得ず。
以上説明する如く本件上告は適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り棄却す可きものとす。