明治三十六年(オ)第六百七十號
明治三十七年五月五日第一民事部判决
◎判决要旨
- 一 一定ノ申立トハ起訴者カ其訴ニ於テ請求スル所ヲ明確ニ表示スルノ謂ナリ
- 一 起訴者ニ於テ先ツ一定シタル物件ノ給付ヲ求メ次ニ債務者カ其給付ヲ爲サヽレハ相當價額ノ支拂ヲ求ムト云フカ如キハ請求ノ趣旨明確ナルヲ以テ其申立ハ一定セサルモノト云フヲ得ス
上告人 沼田元右衛門
被上告人 山田廣吉
訴訟代理人 高尾傳七
右當事者間ノ有體動産取戻請求事件ニ付東京控訴院カ明治三十六年十一月十日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判决
原判决ヲ破毀シ更ニ辯論及ヒ裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ東京控訴院ニ差戻ス
理由
上告論旨ノ第一ハ原判决ハ民事訴訟法ヲ不當ニ適用シタル不法アリ原判决ヲ按スルニ「當院ハ本訴一定ノ申立ノ適否ニ付審按スルニ云々本件控訴人ノ請求ニ係ル訴状記載ノ一定ノ申立ハ係爭物ノ引渡ヲ求メ其引渡ヲ爲ス能ハサルトキハ賠償額ヲ請求スト云フニアリ云々本訴ノ如ク義務ヲ求ムルト同時ニ第二段ノ請求トシテ其履行ナキ場合ノ賠償ヲ求ムルハ其一定ノ申立特定セスシテ訴ノ要件ヲ欠キ全ク不適法ノ訴ナリトス」ト云フニアリ然レトモ本件上告人ノ請求ハ一定ノ物件ノ引渡ヲ求ムルヲ主トスルニアリテ其物件ヲ引渡シ能ハサルトキニ於テハ其填補ノ一定ノ賠償額ヲ求ムルニアリテ其請求ノ内容ハ確定セリ物件ノ引渡ヲ求ムルカ又ハ填補ノ賠償ヲ求ムルカ何レヲ請求スルヤ不確定ナルトキハ請求ノ趣旨不確定トナルヘシト雖モ主トシテ一定ノ物件ノ引渡ヲ求メ之ヲ引渡シ能ハサルトキハ一定ノ賠償額ヲ求ムル請求ハ其請求スル趣旨明確ナルヲ以テ一定ノ申立特定セスト云フヘカラス民事訴訟法ニ於テ訴訟ノ要件トスル一定ノ申立トハ請求ノ趣旨ノ確定スルヲ要スル趣旨ニ外ナラス換言スレハ訴ヲ以テ如何ナルコトヲ要求スルヤヲ確定スルニ外ナラス原院ハ「填補ノ賠償ノ請求ハ義務履行ヲ欠ク場合ニ請求スヘキモノニシテ其義務履行ナキ場合ト雖モ必スシモ常ニ之カ請求ヲ爲シ得ヘキニ非ス云云」ト説明セリ然レトモ被上告人カ果シテ義務履行ヲ缺クヤ否又ハ其履行不能ハ果シテ被上告人ノ責ニ歸スヘキヤ否ハ上告人カ提出シタル請求原因ニヨリテハ之ヲ判斷スルコトヲ得ストセハ本案ヲ審理シタル上ニテ「若シ現物ヲ皮渡シ能ハサルトキハ代價金千三百五十六圓ヲ控訴人ニ支拂フヘシ」トノ請求ヲ排斥スレハ足レリ然ルニ本件一定ノ申立ヲ以テ不適法ナリトシテ訴ヲ却下シタルハ不法ナリ民事訴訟法第百九十六條ヲ按スルニ「原告カ訴ノ原因ヲ變更セスシテ左ノ諸件ヲナストキハ被告ハ異議ヲ述フルコトヲ得ス云々第三最初求メタル物ノ滅盡又ハ變更ニ因リ賠償ヲ求ムルコト」トアリ故ニ民事訴訟法ニ於テハ同一ノ訴ノ原因ニ依リテ物ノ引渡ヲ求ムルト其滅盡又ハ變更ニ因リ賠償ヲ求ムルヲ許セリ之レ民事訴訟法上ニ於テ便宜ヲ與ヘタル法意ナリ故ニ一定ノ物件ノ引渡ヲ求メ若シ其物件現存セサルトキハ一定ノ賠償額ヲ請求スルカ如キハ要スルニ同一ノ訴ノ原因ヲ以テ特定シタル請求ヲナスニ過キサルモノナレハ民事訴訟法上之レヲ違法ト云フノ理ナシ且ツ民事訴訟法第五百二十八條第二項ヲ按スルニ「判决ノ執行カ其旨趣ニ從ヒ債權者ノ證明ス可キ事實ノ到來ニ繋ルトキ云々」トアリ故ニ條件附ノ請求ヲナス場合ニ於テモ不適法ニアラサルコト明カナリ果シテ然ラハ本件請求カ未來ノ或ル事實ノ到來ニ依リテ一定賠償額ノ請求ヲナストスルモ是レ又不適法ナルノ理ナシト思料ス(御院判例民事部明治二十九年一二〇號同年十一月十七日判决參看)ト云フニ在リ
依テ按スルニ訴訟ノ一要件タル一定ノ申立トハ起訴者カ其訴ニ於テ請求スル所ヲ明確ニ表示スルノ云ヒニ外ナラス而シテ一定ノ申立ヲ以テ訴訟ノ一要件ト爲シタル所以ノモノハ其請求スル所一定セサルトキハ裁判所ハ請求ノ當否ヲ判斷スルニ由ナキニ因リ其訴訟ハ有効ニ成立スルモノト云ヒ得ヘカラサルヲ以テナリ故ニ起訴者ノ請求スル所甲ニ在ルカ乙ニ在ルカ明確ナラサルカ如キ場合ニ於テハ裁判所ハ其請求者ノ眞意ヲ知ルニ由ナク從テ請求ノ當否ヲ判斷シ得サルニ因リ其申立一定セスト云ヒ得ヘキモ之ニ異ナリ先ツ一定シタル物件ノ給付ヲ求メ次ニ債務者カ其給付ヲ爲サヽルトキハ該物件ノ相當價額ノ支拂ヲ求ムト云フカ如キハ請求ノ趣旨明確ニシテ毫モ疑ヲ容ルヘキ餘地存セサルニ因リ其申立一定セサルモノト云フヘカラス今本件ニ於テ上告人ノ請求スル所ハ被上告人ハ染瓶三十六本(外數點ハ畧ス)ヲ引渡スヘキ若シ現物ヲ引渡シ能ハサルトキハ其代金千三百五十六圓ヲ支拂フヘシト云フニ在リテ恰モ前記後段ノ場合ニ該當スルヲ以テ上告人ノ申立ハ一定セサルモノト云フヘカラス若シ夫レ填補ノ賠償ノ請求ハ債務ノ履行ヲ欠ク場合ニアラスト雖モ之ヲ爲シ得ヘキモノナルコトハ現ニ本院判例ノ是認スル所ナルノミナラス該問題ハ訴訟ノ當否ヲ判斷スルニ方リ斟酌スヘキ法則ニシテ一定ノ申立ヲ欠クモノナリトシ本訴ヲ却クル場合ニ斟酌スヘキモノニアラス然ルニ原院ニ於テハ「當院ハ云々控訴人(上告人)ノ請求ニ係ル訴状記載ノ一定ノ申立ハ係爭物件ノ引渡ヲ求メ其引渡ヲ爲ス能ハサルトキハ賠償額ヲ請求スト云フニ在リ如斯填補ノ賠償ノ請求ハ義務履行ヲ缺ク場合ニ請求スヘキモノニシテ云々義務者ニ不履行ノ責アルトキニ限リ之ヲ請求シ得ヘキノミ云々故ニ本訴ノ如ク義務ノ履行ヲ求ムルト同時ニ第二段ノ請求トシテ其履行ナキ場合ノ賠償ヲ求ムルハ其一定ノ申立特定セスシテ訴ノ要件ヲ缺ク全ク不適法ノ訴ナリトス」云々ト説示シ上告人ノ訴ヲ却下シタルハ上告所論ノ如ク不法ヲ免レス而シテ該不法ハ原判决ノ全部ニ影響スルヲ以テ他ノ上告論旨ニ對スル説明ハ之ヲ省畧シ民事訴訟法第四百四十七條第一項第四百四十八條第一項ニ則リ主文ノ如ク判决ス
明治三十六年(オ)第六百七十号
明治三十七年五月五日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 一定の申立とは起訴者が其訴に於て請求する所を明確に表示するの謂なり。
- 一 起訴者に於て先づ一定したる物件の給付を求め次に債務者が其給付を為さざれば相当価額の支払を求むと云ふが如きは請求の趣旨明確なるを以て其申立は一定せざるものと云ふを得ず。
上告人 沼田元右衛門
被上告人 山田広吉
訴訟代理人 高尾伝七
右当事者間の有体動産取戻請求事件に付、東京控訴院が明治三十六年十一月十日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
原判決を破毀し更に弁論及び裁判を為さしむる為め本件を東京控訴院に差戻す
理由
上告論旨の第一は原判決は民事訴訟法を不当に適用したる不法あり。
原判決を按ずるに「当院は本訴一定の申立の適否に付、審按ずるに云云本件控訴人の請求に係る訴状記載の一定の申立は係争物の引渡を求め其引渡を為す能はざるときは賠償額を請求すと云ふにあり云云本訴の如く義務を求むると同時に第二段の請求として其履行なき場合の賠償を求むるは其一定の申立特定せずして訴の要件を欠き全く不適法の訴なりとす。」と云ふにあり。
然れども本件上告人の請求は一定の物件の引渡を求むるを主とするにありて其物件を引渡し能はざるときに於ては其填補の一定の賠償額を求むるにありて其請求の内容は確定せり物件の引渡を求むるか又は填補の賠償を求むるか何れを請求するや不確定なるときは請求の趣旨不確定となるべしと雖も主として一定の物件の引渡を求め之を引渡し能はざるときは一定の賠償額を求むる請求は其請求する趣旨明確なるを以て一定の申立特定せずと云ふべからず。
民事訴訟法に於て訴訟の要件とする一定の申立とは請求の趣旨の確定するを要する趣旨に外ならず換言すれば訴を以て如何なることを要求するやを確定するに外ならず原院は「填補の賠償の請求は義務履行を欠く場合に請求すべきものにして其義務履行なき場合と雖も必ずしも常に之が請求を為し得べきに非ず云云」と説明せり。
然れども被上告人が果して義務履行を欠くや否又は其履行不能は果して被上告人の責に帰すべきや否は上告人が提出したる請求原因によりては之を判断することを得ずとせば本案を審理したる上にて「若し現物を皮渡し能はざるときは代価金千三百五十六円を控訴人に支払ふべし。」との請求を排斥すれば足れり然るに本件一定の申立を以て不適法なりとして訴を却下したるは不法なり。
民事訴訟法第百九十六条を按ずるに「原告が訴の原因を変更せずして左の諸件をなすときは被告は異議を述ぶることを得ず。
云云第三最初求めたる物の滅尽又は変更に因り賠償を求むること」とあり。
故に民事訴訟法に於ては同一の訴の原因に依りて物の引渡を求むると其滅尽又は変更に因り賠償を求むるを許せり之れ民事訴訟法上に於て便宜を与へたる法意なり。
故に一定の物件の引渡を求め若し其物件現存せざるときは一定の賠償額を請求するが如きは要するに同一の訴の原因を以て特定したる請求をなすに過ぎざるものなれば民事訴訟法上之れを違法と云ふの理なし。
且つ民事訴訟法第五百二十八条第二項を按ずるに「判決の執行が其旨趣に従ひ債権者の証明す可き事実の到来に繋るとき云云」とあり。
故に条件附の請求をなす場合に於ても不適法にあらざること明かなり。
果して然らば本件請求が未来の或る事実の到来に依りて一定賠償額の請求をなすとするも是れ又不適法なるの理なしと思料す(御院判例民事部明治二十九年一二〇号同年十一月十七日判決参看)と云ふに在り
依て按ずるに訴訟の一要件たる一定の申立とは起訴者が其訴に於て請求する所を明確に表示するの云ひに外ならず。
而して一定の申立を以て訴訟の一要件と為したる所以のものは其請求する所一定せざるときは裁判所は請求の当否を判断するに由なきに因り其訴訟は有効に成立するものと云ひ得べからざるを以てなり。
故に起訴者の請求する所甲に在るか乙に在るか明確ならざるが如き場合に於ては裁判所は其請求者の真意を知るに由なく。
従て請求の当否を判断し得ざるに因り其申立一定せずと云ひ得べきも之に異なり。
先づ一定したる物件の給付を求め次に債務者が其給付を為さざるときは該物件の相当価額の支払を求むと云ふが如きは請求の趣旨明確にして毫も疑を容るべき余地存せざるに因り其申立一定せざるものと云ふべからず。
今本件に於て上告人の請求する所は被上告人は染瓶三十六本(外数点は略す)を引渡すべき若し現物を引渡し能はざるときは其代金千三百五十六円を支払ふべしと云ふに在りて恰も前記後段の場合に該当するを以て上告人の申立は一定せざるものと云ふべからず。
若し夫れ填補の賠償の請求は債務の履行を欠く場合にあらずと雖も之を為し得べきものなることは現に本院判例の是認する所なるのみならず該問題は訴訟の当否を判断するに方り斟酌すべき法則にして一定の申立を欠くものなりとし本訴を却くる場合に斟酌すべきものにあらず。
然るに原院に於ては「当院は云云控訴人(上告人)の請求に係る訴状記載の一定の申立は係争物件の引渡を求め其引渡を為す能はざるときは賠償額を請求すと云ふに在り如斯填補の賠償の請求は義務履行を欠く場合に請求すべきものにして云云義務者に不履行の責あるときに限り之を請求し得べきのみ云云故に本訴の如く義務の履行を求むると同時に第二段の請求として其履行なき場合の賠償を求むるは其一定の申立特定せずして訴の要件を欠く全く不適法の訴なりとす。」云云と説示し上告人の訴を却下したるは上告所論の如く不法を免れず。
而して該不法は原判決の全部に影響するを以て他の上告論旨に対する説明は之を省略し民事訴訟法第四百四十七条第一項第四百四十八条第一項に則り主文の如く判決す