明治三十六年(オ)第百四十六號
明治三十六年十一月二十一日第一民事部判决
◎判决要旨
- 一 事實裁判所ハ當事者カ判斷ノ基礎タルヘキ事實ノ申立ヲ爲サヽル場合ニ於テハ縱令或事項カ無効タルヘキ事由存スルトキト雖モ其無効ヲ判定セサルヘカラサルノ責務ナシ(判旨第二點)
- 一 民事訴訟法第百八十七條ノ規定ハ訴訟手續ノ受繼ヲ相手方ニ知ラシメ且受繼ニ付キ後日紛爭ナカラシメンカ爲メニ外ナラス故ニ受繼者及ヒ其相手方カ連署ヲ以テ受繼ノ事實ヲ受訴裁判所ニ届出テタル場合ニ於テハ裁判所ハ更ニ同條ノ手續ヲ踐行スルノ責アルモノニ非ス(判旨第五點)
(參照)中斷シ又ハ中止シタル訴訟手續ノ受繼及ヒ本節ニ定メタル通知ハ原告若クハ被告ヨリ其書面ヲ受訴裁判所ニ差出シ裁判所ハ相手方ニ之ヲ送達ス可シ(民事訴訟法第百八十七條)
上告人 合資會社富久商會
右清算人 矢村克
被上告人 菊地松次郎
訴訟代理人 櫻井一久 種野弘道
右當事者間ノ損害要償事件ニ付大阪控訴院カ明治三十六年一月二十四日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告論旨ノ第一ハ原院ハ其判决理由ノ冒頭ニ於テ「船長ハ船主カ取結ヒタル運送契約ヲ船主ニ代リテ執行スヘク船主ニアラサルモノヽ取結ヒタル運送契約ヲ船主ニ代リテ執行スヘキモノニアラス」ト論斷シ此論斷ヲ前提トシテ上告人船主ト被上告人トノ間ニ運送契約締結セラレタルモノト結論セリ此前提コソ誤謬ノ根源ニシテ本件實際ノ事實ト全然相遠サカリタル事實認定ノ結果ヲ生シタルモノナリ抑モ船長ハ原院ノ論斷スル如ク决シテ常ニ必ラスシモ船主カ取結ヒタル運送契約ノミヲ執行スヘキモノニアラス船舶全部ヲ船主ト傭船契約ヲ取結ヒタル者カ更ニ第三者ト其全部若クハ一部ニ對シ傭船契約ヲ結ヒ順次尚ホ幾多ノ運送契約ヲ重ンスルコトアルハ海運業者間ニ日常生シツヽアル事實ニシテ現ニ此等ノ場合ヲ規定スル爲メ商法第六百十二條ノ如キ法條存在セリ原判决ハ此點ニ於テ海上法規ニ違背シタル不法アルモノト云フニ在リ
依テ按スルニ若シ上告所論ノ如ク原院ニシテ船長ハ船主ノ取結ヒタル運送契約ニ限リ執行スヘキ責ヲ負フモノニシテ其以外ノ者カ取結ヒタルモノハ縱令ヒ其者カ船舶ノ部分ヲ以テ運送契約ノ目的トシタル傭船者ナリト雖モ之ヲ執行スルノ責ナキモノトノ法則アルモノヽ如ク思考シ之ヲ基礎トシ其結果本件係爭契約ハ上告人ト被上告人トノ間ニ取結ハレタルモノト認メタルモノナランカ原判决ハ不法タルヲ免レスト雖モ原判文冒頭ノ「船長ハ船主カ取結ヒタル運送契約ヲ船主ニ代リテ執行スヘク船主ニアラサルモノヽ取結ヒタル運送契約ヲ船主ニ代リ執行スヘキモノニアラス」トノ文詞ハ原院カ其後段ニ於テ船長ハ船主カ取結ヒタル係爭運送契約ヲ之ニ代リ執行シタリトノ事實ヲ認定スルノ資料ト爲シタルニ止マリ船舶全部ノ傭船者カ第三者ト締結シタル運送契約ハ之ヲ執行スヘキ責アルモノニアラストノ意義ニアラサルコトハ其判文ノ全趣旨上自カラ會得セラルヽノミナラス原判决ハ後段ニ至リ本訴船荷證書成立ノ當時上告人ト石田庄七トノ間ニ乙第一號證傭船契約ノ存在シタル事實認メ難キコトヲ判示シアルヲ以テ假令原判决ニ本論告ノ如キ不法アリトスルモ毫モ其主文ヲ維持スル妨トナラス故ニ本論旨ハ理由ナシ
上告論旨ノ第二ハ原院ニ於テハ甲第二、三號證ヲ船荷證書ノ効力アルモノト認メ此等ニ基キ上告人ニ違約ノ責任ヲ負擔セシメタルモ此等ノ證書ハ商法第六百二十二條第八號ノ要件ヲ缺キタル無効ノモノニシテ上告人カ其趣旨ヲ否認シ居リタルニ拘ハラス原院カ何等ノ理由ヲ付セスシテ之ヲ有効トシ判决
理由ノ根據トシテ採用シタルハ之レ亦商法法條ニ違背シタル不法アリト云ヒ」其第三ハ假リニ運賃ノ記入ナキ船荷證券ハ絶對的無効ノモノニアラストスルモ運賃拂濟ニアラサル本件ノ如キ場合ニハ商法第六百六條ニ規定スル如ク船長ハ運賃等ノ支拂ト引換ニアラサレハ運送品ヲ引渡スノ責任ナシ而シテ本件ニ於テハ上告第一點ニ論述スル如ク上告會社ハ甲第一號證契約即チ被上告人カ三戸囘漕店ト取結ヒタル傭船契約ニ何等ノ關係ナキモノニシテ船長若クハ船舶所有者ハ右傭船契約ニ規定セル運賃割合ヲ知ルニ由ナク從テ本件場合ノ如ク運賃ノ齟齬ヨリ船長カ船荷證券所持者ニ運送品ノ引渡ヲナサヽリシ場合ニハ運賃ノ記載ナキ甲第二號第三號ノ船荷證券ヲ以テ船長ノ行爲ノ當不當ヲ斷定スル能ハサルハ勿論ナリ夫レ如此本件ニ於テハ運賃ノ記入必要ナル場合タルニ拘ハラス之カ記入ナク從テ甲第二號第三號證ハ船長ト所持人トノ間ニ權義ノ所在ヲ明確ナラシメサル無効ノ證券タルニ是ニ基キテ船舶所有主タル上告會社ニ責任アルコトヲ斷定シタル原判决ハ不法ナリト云ヒ」其第四點ハ甲第二號證及ヒ甲第三號證所謂船荷證券ハ被上告人ト傭船契約ヲ取結ヒタル三戸囘漕部カ船舶所有主タル上告會社ニ關係ナク發行交付シタルモノニ係リ千代田丸船長ハ乙第二號證ノ如キ關係ヲ以テ單ニ其氏名ヲ表示スル爲メ之ニ副書シタルニ止マレリ故ニ右兩號證ハ此點ニ於テモ亦商法ノ規定スル船荷證券ニ適合スルモノニ非ス故ニ上告人ハ第一審以來其効力ヲ認メサルモノナルニ原院カ何等ノ理由ヲ付セスシテ之ニ船荷證券タル効力ヲ付與シ本案斷定ノ材料ト爲シタルハ商法第六百二十一條同第六百二十二條ニ違背シタル不法アルモノナリト云フニ在リ
依テ按スルニ事實裁判所ハ當事者カ判斷ノ基礎タルヘキ事實ノ申立ヲ爲サヽル場合ニ於テハ縱令ヒ或ル事項カ無効タルヘキ事由存スルトキト雖モ其無効ヲ判定セサルヘカラサルノ責務アルモノニアラス
本件上告人カ原審ニ於テ甲第二、三號證ハ上告所論ノ如ク其要件ヲ缺ク無効ノモノトノ事實ノ主張ヲ爲シタル事蹟記録中ニ存セサルヲ以テ原院カ甲二、三號證ヲ無効ノモノト判定セサリシトテ之ヲ不法ト云フヲ得ス加之ナラス被上告人ハ甲二、三號證ヲ其請求ノ基因トシ證券債權ヲ主張スルモノニアラス單ニ上告人ノ行爲ニ依リ損害ヲ受ケタル事實ヲ主張シ其證據トシテ同證ヲ提出シタルニ過キサルモノナレハ假リニ同證ハ上告所論ノ如ク船荷證券トシテハ無効ナリトスルモ之レヲ一ノ書證トシテ本訴ノ如キ係爭事實ノ當否ヲ判斷スルノ證據ニ採用シ得サルモノニアラサレハ上告論旨ノ第二、第三、第四ハ到底理由ナキニ歸ス(判旨第二點)
上告論旨ノ第五ハ上告會社ハ被上告人カ本件控訴ヲ提起シタル以前已ニ解散シ矢村克ハ上告會社ノ清算人ニ選任セラレタルモノナリ從テ元業務擔當社員タリシ西川莊三ハ本件控訴ノ際應訴セサリシモノニシテ其後原院ニ於テ闕席判决ハ公示送達アリタル爲メ上告會社清算人矢村克ヨリ故障申立ヲ爲シ引續キ原院ハ本件訴訟ヲ審理判决サレタルモ訴訟受理ノ手續ヲ缺キアルヲ以テ原判决ハ此點ニ於テ訴訟手續ニ違背シタル不法アルモノナリト云フニ在リ
依テ按スルニ民事訴訟法第百八十七條ニ於テ中斷シタル訴訟手續ノ受繼ハ受繼者ヨリ其書面ヲ受訴裁判所ニ差出サシメ受訴裁判所ハ之ヲ相手方ニ送達スヘキ旨ヲ規定シタル所以ノモノハ其受繼ヲ相手方ニ知ラシメ且ツ受繼ニ付後日紛爭ナカラシメンカ爲メニ外ナラス故ニ受繼者及ヒ其相手方ニ於テ連署ヲ以テ受繼ノ事實ヲ受訴裁判所ニ届出テタル如キ場合ニ於テハ裁判所ハ更ラニ第百八十七條ノ手續ヲ踐行スルノ責アルモノニアラス而シテ上告人ト被上告人ニ於テ連署ノ上受繼ノ事實ヲ届出タルコトハ記録ニ添綴シアル訂正申立書ナル書面ニ徴シ明ナレハ本上告論旨モ亦タ理由ナシ(判旨第五點)
以上ノ理由ナルニ付民事訴訟法第四百五十二條第七十七條ニ則リ主文ノ如ク判决ス
明治三十六年(オ)第百四十六号
明治三十六年十一月二十一日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 事実裁判所は当事者が判断の基礎たるべき事実の申立を為さざる場合に於ては縦令或事項が無効たるべき事由存するときと雖も其無効を判定せざるべからざるの責務なし。
(判旨第二点)
- 一 民事訴訟法第百八十七条の規定は訴訟手続の受継を相手方に知らしめ、且、受継に付き後日紛争ながらしめんか為めに外ならず。
故に受継者及び其相手方が連署を以て受継の事実を受訴裁判所に届出てたる場合に於ては裁判所は更に同条の手続を践行するの責あるものに非ず(判旨第五点)
(参照)中断し又は中止したる訴訟手続の受継及び本節に定めたる通知は原告若くは被告より其書面を受訴裁判所に差出し裁判所は相手方に之を送達す可し(民事訴訟法第百八十七条)
上告人 合資会社富久商会
右清算人 矢村克
被上告人 菊池松次郎
訴訟代理人 桜井一久 種野弘道
右当事者間の損害要償事件に付、大坂控訴院が明治三十六年一月二十四日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告論旨の第一は原院は其判決理由の冒頭に於て「船長は船主が取結ひたる運送契約を船主に代りて執行すべく船主にあらざるものの取結ひたる運送契約を船主に代りて執行すべきものにあらず。」と論断し此論断を前提として上告人船主と被上告人との間に運送契約締結せられたるものと結論せり此前提こそ誤謬の根源にして本件実際の事実と全然相遠さかりたる事実認定の結果を生じたるものなり。
抑も船長は原院の論断する如く決して常に必らずしも船主が取結ひたる運送契約のみを執行すべきものにあらず。
船舶全部を船主と傭船契約を取結ひたる者が更に第三者と其全部若くは一部に対し傭船契約を結ひ順次尚ほ幾多の運送契約を重んすることあるは海運業者間に日常生しつつある事実にして現に此等の場合を規定する為め商法第六百十二条の如き法条存在せり原判決は此点に於て海上法規に違背したる不法あるものと云ふに在り
依て按ずるに若し上告所論の如く原院にして船長は船主の取結ひたる運送契約に限り執行すべき責を負ふものにして其以外の者が取結ひたるものは縦令ひ其者が船舶の部分を以て運送契約の目的としたる傭船者なりと雖も之を執行するの責なきものとの法則あるものの如く思考し之を基礎とし其結果本件係争契約は上告人と被上告人との間に取結はれたるものと認めたるものならんか原判決は不法たるを免れずと雖も原判文冒頭の「船長は船主が取結ひたる運送契約を船主に代りて執行すべく船主にあらざるものの取結ひたる運送契約を船主に代り執行すべきものにあらず。」との文詞は原院が其後段に於て船長は船主が取結ひたる係争運送契約を之に代り執行したりとの事実を認定するの資料と為したるに止まり船舶全部の傭船者が第三者と締結したる運送契約は之を執行すべき責あるものにあらずとの意義にあらざることは其判文の全趣旨上自から会得せらるるのみならず原判決は後段に至り本訴船荷証書成立の当時上告人と石田庄七との間に乙第一号証傭船契約の存在したる事実認め難きことを判示しあるを以て仮令原判決に本論告の如き不法ありとするも毫も其主文を維持する妨とならず。
故に本論旨は理由なし。
上告論旨の第二は原院に於ては甲第二、三号証を船荷証書の効力あるものと認め此等に基き上告人に違約の責任を負担せしめたるも此等の証書は商法第六百二十二条第八号の要件を欠きたる無効のものにして上告人が其趣旨を否認し居りたるに拘はらず原院が何等の理由を付せずして之を有効とし判決
理由の根拠として採用したるは之れ亦商法法条に違背したる不法ありと云ひ」其第三は仮りに運賃の記入なき船荷証券は絶対的無効のものにあらずとするも運賃払済にあらざる本件の如き場合には商法第六百六条に規定する如く船長は運賃等の支払と引換にあらざれば運送品を引渡すの責任なし。
而して本件に於ては上告第一点に論述する如く上告会社は甲第一号証契約即ち被上告人が三戸回漕店と取結ひたる傭船契約に何等の関係なきものにして船長若くは船舶所有者は右傭船契約に規定せる運賃割合を知るに由なく。
従て本件場合の如く運賃の齟齬より船長が船荷証券所持者に運送品の引渡をなさざりし場合には運賃の記載なき甲第二号第三号の船荷証券を以て船長の行為の当不当を断定する能はざるは勿論なり。
夫れ如此本件に於ては運賃の記入必要なる場合たるに拘はらず之が記入なく。
従て甲第二号第三号証は船長と所持人との間に権義の所在を明確ならしめざる無効の証券たるに是に基きて船舶所有主たる上告会社に責任あることを断定したる原判決は不法なりと云ひ」其第四点は甲第二号証及び甲第三号証所謂船荷証券は被上告人と傭船契約を取結ひたる三戸回漕部が船舶所有主たる上告会社に関係なく発行交付したるものに係り千代田丸船長は乙第二号証の如き関係を以て単に其氏名を表示する為め之に副書したるに止まれり故に右両号証は此点に於ても亦商法の規定する船荷証券に適合するものに非ず。
故に上告人は第一審以来其効力を認めざるものなるに原院が何等の理由を付せずして之に船荷証券たる効力を付与し本案断定の材料と為したるは商法第六百二十一条同第六百二十二条に違背したる不法あるものなりと云ふに在り
依て按ずるに事実裁判所は当事者が判断の基礎たるべき事実の申立を為さざる場合に於ては縦令ひ或る事項が無効たるべき事由存するときと雖も其無効を判定せざるべからざるの責務あるものにあらず。
本件上告人が原審に於て甲第二、三号証は上告所論の如く其要件を欠く無効のものとの事実の主張を為したる事蹟記録中に存せざるを以て原院が甲二、三号証を無効のものと判定せざりしとて之を不法と云ふを得ず。
加之ならず被上告人は甲二、三号証を其請求の基因とし証券債権を主張するものにあらず。
単に上告人の行為に依り損害を受けたる事実を主張し其証拠として同証を提出したるに過ぎざるものなれば仮りに同証は上告所論の如く船荷証券としては無効なりとするも之れを一の書証として本訴の如き係争事実の当否を判断するの証拠に採用し得ざるものにあらざれば上告論旨の第二、第三、第四は到底理由なきに帰す(判旨第二点)
上告論旨の第五は上告会社は被上告人が本件控訴を提起したる以前己に解散し矢村克は上告会社の清算人に選任せられたるものなり。
従て元業務担当社員たりし西川荘三は本件控訴の際応訴せざりしものにして其後原院に於て闕席判決は公示送達ありたる為め上告会社清算人矢村克より故障申立を為し引続き原院は本件訴訟を審理判決されたるも訴訟受理の手続を欠きあるを以て原判決は此点に於て訴訟手続に違背したる不法あるものなりと云ふに在り
依て按ずるに民事訴訟法第百八十七条に於て中断したる訴訟手続の受継は受継者より其書面を受訴裁判所に差出さしめ受訴裁判所は之を相手方に送達すべき旨を規定したる所以のものは其受継を相手方に知らしめ且つ受継に付、後日紛争ながらしめんか為めに外ならず。
故に受継者及び其相手方に於て連署を以て受継の事実を受訴裁判所に届出てたる如き場合に於ては裁判所は更らに第百八十七条の手続を践行するの責あるものにあらず。
而して上告人と被上告人に於て連署の上受継の事実を届出たることは記録に添綴しある訂正申立書なる書面に徴し明なれば本上告論旨も亦た理由なし。
(判旨第五点)
以上の理由なるに付、民事訴訟法第四百五十二条第七十七条に則り主文の如く判決す