明治三十六年(オ)第二百十號
明治三十六年九月二十二日第一民事部判决
◎判决要旨
- 一 株金拂込ノ債務ハ法律ノ規定ニ依ルノ外ハ金錢ヲ以テ拂込ヲ爲スカ又ハ會社ノ承諾ヲ經テ會社ニ對スル債權ト相殺スルニ非サレハ消滅セサルモノトス從テ縱令當事者ノ承諾上代物ヲ以テ之ヲ辨濟シ又ハ其履行ニ代ヘテ手形若クハ債務登書ヲ授受スルモ之カ爲メ株金拂込ノ債務ハ消滅スルモノニ非ス
上告人 窪田加藤次
被上告人 株式會社中山銀行
右代表者 大森勝彌
訴訟代理人 皆川廣濟
右當事者間ノ貸金請求事件ニ付明治三十六年二月二十一日廣島控訴院カ言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判决
原判决ヲ破毀シ更ニ辯論及ヒ裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ廣島控訴院ニ差戻ス
理由
上告理由ノ第一ハ上告人ハ原院ニ於テ本件甲第一號證ノ一乃至三ノ證書ハ上告人カ株主タル株式會社伊豫商業銀行ニ拂込ムヘキ株金ノ支拂トシテ同銀行ニ交付シタル證書ニシテ實際同銀行ヨリ金員ヲ受取借用シタルニアラサルヲ以テ上告人ト同銀行トノ間ニ於テ金錢貸借ノ關係存在セス加之被上告人ニ於テモ此ノ事實ヲ詳知セルモノナリ隨テ同銀行ヨリ債權讓渡ヲ受ケタリト稱スル被上告人ノ本件請求ニ應スル義務ナシト主張シ立證方法トシテ證人玉井靜雄、大西喜太郎ノ喚問竝ニ書類取寄ヲ申請シタリ然ルニ原院ニ於テハ右申請ヲ却下シテ結審シ上告人ニ對シ敗訴ヲ言渡シ其理由トシテ「被控訴代理人ハ其成立ヲ認ムル甲第一號證ノ一乃至三ハ伊豫商業銀行ニ對シ株金支拂ニ代ヘ差入レタル債務證書ニシテ實際金員ノ授受アリタルモノニアラスト云フモ同號證ニハ金員借用シタル旨明記シアルノミナラス已ニ株金ノ支拂ニ代ヘ差入レタルモノナリト云フ以上ハ同號證ノ授受ニ依リ株金拂込ノ義務消滅スルト同時ニ消費貸借ノ成立シタルヤ一點ノ疑ヲ容レス」ト説明セラレタリ是レ法則ヲ適用セサル違法ノ裁判ナリ株金ノ拂込ハ現實ニ金錢ヲ以テ之ヲ爲ス事ヲ要ス是レ商法ノ法則ナリ而シテ此法則ハ強行法ニシテ之ニ從ハサル行爲ハ絶對ニ無効ナリ原判决ハ即チ此法則ヲ無視シ株金拂込トシテ借用證書若クハ約束手形ノ類ヲ差入ルヽモ亦有効ナル株金拂込ナリト斷定シタルモノナリ株金ノ拂込ハ現實ニ金錢ヲ以テ之ヲ爲ス事ヲ要ストノ法則ハ商法ニ其明文アルニ非スト雖モ商法全體ノ規定ニ依リテ之ヲ知ルニ十分ナリ例ヘハ商法第百四十五條第二項ニ於テ「株式ノ金額ハ五十圓ヲ下ルコトヲ得ス但一時ニ株金ノ全額ヲ拂込ムヘキ場合ニ限リ之ヲ二十圓迄ニ下ス事ヲ得」ト規定セル趣旨ハ僅少ナル金額ヲ拂込ミタル株式ヲ發行流用セシムルハ國家經濟上不得策ナルヲ以テ之ヲ禁スルニ在リ然ルニ原院説明ノ如ク借用證書ヲ以テ株金拂込ニ代フル事ヲ得ルモノトスレハ前掲商法ノ強行的規定ハ空文ニ屬ス可シ又商法第百二十三條ニ於テ發起人カ株式ノ總數ヲ引受ケタルトキハ發起人ハ遲滯ナク株金ノ四分ノ一ヲ下ラサル第一囘ノ拂込ヲ爲ス事ヲ要スル旨ヲ規定シ同第百二十四條ニ於テハ取締役ハ遲滯無ク右拂込ヲ爲シタルヤ否ヤヲ調査セシムル爲メ檢査役ノ選任ヲ裁判所ニ請求スル事ヲ要スル旨規定セリ此等ノ規定ハ何レモ強行的規定ナルニ若シ原院説明ノ如ク借用證書ヲ以テ株金拂込ニ代フル事ヲ得ルモノトスレハ此等ノ規定モ亦空文ニ屬ス可シ其他商法第百二十八條第二項第百二十九條等ノ規定モ同樣空文ニ屬ス可シ以上ハ上告人主張ノ法則ヲ推斷ス可キ一端ニ過キスト雖モ右法則ノ存在ハ此一端ニ依ルモ尚明白ナリ然ルニ原院ニ於テ右法則ヲ無視シタル結果上告人ニ敗訴ヲ言渡シタルハ違法ナリト云フニ在リテ之ニ對スル被上告人ノ答辯ハ株式會社ノ株金拂込ニ必ラス現金ヲ以テスヘシトノ法律ナキノミナラス株金拂込モ亦債務ノ辨濟ニ外ナラサレハ債權者債務者ノ合意ニ依リ辨濟ノ法律行爲ヲ爲スヲ以テ株金拂込ノ効力アリト思料ス故ニ原院カ甲第一號證ノ受授ニ依リ株金拂込ノ業務消滅スルト同時ニ消費貸借成立シタリト認定シタルハ違法ニアラス現金ヲ以テセサル株金拂込ハ商法ノ規定ニ背反セリト假定論スルモ株金拂込ト消費貸借ト更改シタリトノ事實ヲ認定シタル原判决ニ依レハ新債務ハ民法第五百八十八條ニ依リ有効ナル消費貸借ナリ何トナレハ假令ヘ商法上拂込ノ効力ナシトスルモ消費貸借ヲ成立セシムル意思目的ニ於テ爲シタル新債務カ民法上當然無効ナルノ理ナク又新債務自身ノ成立カ不法ノ原因ヲ有スルニモアラサレハナリト云フニ在リ
因テ株金ノ拂込ハ必シモ現實ニ金錢ヲ以テ拂込ヲ爲スコトヲ要セサルヤ否ヤヲ審按スルニ商法上株金拂込ノ債務ハ一種特別ノ性質ヲ有スルカ故ニ法律規定ニ因ルノ外ハ金錢ヲ以テ拂込ヲ爲スカ又ハ會社ノ承諾ヲ以テ會社ニ對スル債權ト相殺スルニ非ラサレハ消滅セサルモノト謂ハサル可カラス隨テ假令當事者間ニ承諾アルモ代物ヲ以テ之ヲ辨濟シ又ハ其履行ニ代ヘテ手形若クハ債務證書ヲ授受スルモ之カ爲メ株金拂込ノ債務ハ消滅ニ歸スルモノニ非ス蓋シ株主ハ財産ヲ以テ出資ノ目的ト爲スヘキモノニシテ勞務又ハ信用ヲ以テ其目的ト爲スコトヲ得サルノミナラス其責任ハ全ク其有スル株式ノ金額ヲ限度ト爲スモノナレハ株主ノ出資ヨリ組成スル資本ハ實ニ株式會社ノ基礎ヲ爲スト同時ニ會社カ公衆ニ對スル信用ノ基礎ヲ爲スモノト謂フヘシ是レヲ以テ株式會社ノ資本ノ登記額ト其實額トハ相一致スルコトヲ要スルモノニシテ之ヲシテ有名無實ナラシムルカ如キ法律行爲ハ固ヨリ許スヘキモノニ非ス若シ夫レ株金ノ拂込ハ現實ニ金錢ヲ以テ之ヲ爲スヲ要セス其債務ノ履行ニ代ヘテ他ノ物手形又ハ消費貸借證書ノ如キモノヲ交付シテ其債務ヲ免カルヽコトヲ得ルモノトセハ會社ノ公衆ニ對スル信用ノ基礎タル資本ハ公衆ノ識ラサル間ニ實額ト一致セサルニ至リ之カ爲メニ會社ト取引ヲ爲ス者ハ不慮ノ損害ヲ被ムルノ虞ナシト謂フ可カラス斯ノ如キ法律行爲ハ商法ノ許サヽル所ナルコトハ其幾多ノ規定ノ精神ニ徴シテ之ヲ知ルニ難カラス例之ハ商法第百二十二條ハ金錢以外ノ財産ヲ以テ出資ノ目的ト爲ス者ノ氏名其財産ノ種類價格及ヒ之ニ對シ與フル株式ノ數ヲ以テ定款ニ記載スヘキ必要事項ト爲シ同法第百二十四條第百三十四條及ヒ第百三十五條ハ此事項ノ正當ナルヤ否ヤヲ調査セシムル爲メニ特別ノ規定ヲ設ケタリ又金錢ノ給付ヲ目的トスル債務ノ相殺ハ事實上金錢ノ給付ヲ爲シタルト同一ノ結果ヲ生スルニ拘ハラス商法第百四十四條第二項ハ株主ハ株金ノ拂込ニ付相殺ヲ以テ會社ニ對抗スルコトヲ得スト規定セリ今商法カ特ニ此等ノ規定ヲ爲シタル精神ヲ按スルニ株式會社ノ資本ノ登記額ト其實額トヲ一致セシメ之ヲシテ有名無實ナラシムルコトヲ禁スルノ精神ナルコトヲ知ルヘシ故ニ株金拂込ノ債務ハ代物辨濟又ハ手形若クハ消費貸借證書ノ授受ニ因リ之ヲ消滅スルコトヲ得サルハ商法上ノ明文ナキモ其明認シタル株式會社ノ性質殊ニ株式ノ性質ヨリ當然生スル結果ニシテ明文ヲ待テ後チ初メテ知ルヘキモノニ非ス以上説明ノ理由ナルヲ以テ本件ノ曲直ヲ斷スルニハ甲第一號證ハ果シテ株金支拂ニ代ヘテ差入レタル消費貸借證書ナルヤ否ヤノ事實上ノ爭點ヲ判斷セサル可カラス何トナレハ之ヲ積極ノ事實トスレハ是レ株金ノ拂込トシテハ法律上許スヘカラサルコトラ契約シタルモノナレハ其無効タルヤ疑ヲ容レサレハナリ然ルニ原審ハ「(前畧)同號證(甲第一號證ヲ指ス)ニハ金員借用シタル旨明記シアルノミナラス已ニ株金ノ支拂ニ代ヘ差入レタルモノナリト云フ以上ハ同號證ノ授受ニ依リ株金拂込ノ義務消滅スルト同時ニ消費貸借ノ成立シタルヤ一點ノ疑ヲ容レス」ト説明シ遂ニ上告人ニ敗訴ノ判决ヲ與ヘタルハ株金拂込ノ債務ハ其拂込ニ代ヘテ消費貸借證書ヲ差入ルヽモ猶消滅スルモノト誤解シタル結果甲第一號證ハ株金ノ支拂ニ代ヘテ差入レタル消費貸借證書ナルヤ否ヤノ爭點ヲ判斷セサルモノニシテ其不法タルヲ免レス因テ本院ハ民事訴訟法第四百四十七條第一項及ヒ第四百四十八條ニ從ヒ主文ノ如ク判决ス
明治三十六年(オ)第二百十号
明治三十六年九月二十二日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 株金払込の債務は法律の規定に依るの外は金銭を以て払込を為すか又は会社の承諾を経で会社に対する債権と相殺するに非ざれば消滅せざるものとす。
従て縦令当事者の承諾上代物を以て之を弁済し又は其履行に代へて手形若くは債務登書を授受するも之が為め株金払込の債務は消滅するものに非ず
上告人 窪田加藤次
被上告人 株式会社中山銀行
右代表者 大森勝弥
訴訟代理人 皆川広済
右当事者間の貸金請求事件に付、明治三十六年二月二十一日広島控訴院が言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
原判決を破毀し更に弁論及び裁判を為さしむる為め本件を広島控訴院に差戻す
理由
上告理由の第一は上告人は原院に於て本件甲第一号証の一乃至三の証書は上告人が株主たる株式会社伊予商業銀行に払込むべき株金の支払として同銀行に交付したる証書にして実際同銀行より金員を受取借用したるにあらざるを以て上告人と同銀行との間に於て金銭貸借の関係存在せず加之被上告人に於ても此の事実を詳知せるものなり。
随で同銀行より債権譲渡を受けたりと称する被上告人の本件請求に応する義務なしと主張し立証方法として証人玉井静雄、大西喜太郎の喚問並に書類取寄を申請したり。
然るに原院に於ては右申請を却下して結審し上告人に対し敗訴を言渡し其理由として「被控訴代理人は其成立を認むる甲第一号証の一乃至三は伊予商業銀行に対し株金支払に代へ差入れたる債務証書にして実際金員の授受ありたるものにあらずと云ふも同号証には金員借用したる旨明記しあるのみならず己に株金の支払に代へ差入れたるものなりと云ふ以上は同号証の授受に依り株金払込の義務消滅すると同時に消費貸借の成立したるや一点の疑を容れず」と説明せられたり是れ法則を適用せざる違法の裁判なり。
株金の払込は現実に金銭を以て之を為す事を要す。
是れ商法の法則なり。
而して此法則は強行法にして之に従はざる行為は絶対に無効なり。
原判決は。
即ち此法則を無視し株金払込として借用証書若くは約束手形の類を差入るるも亦有効なる株金払込なりと断定したるものなり。
株金の払込は現実に金銭を以て之を為す事を要すとの法則は商法に其明文あるに非ずと雖も商法全体の規定に依りて之を知るに十分なり。
例へば商法第百四十五条第二項に於て「株式の金額は五十円を下ることを得ず。
但一時に株金の全額を払込むべき場合に限り之を二十円迄に下す事を得」と規定せる趣旨は僅少なる金額を払込みたる株式を発行流用せしむるは国家経済上不得策なるを以て之を禁ずるに在り。
然るに原院説明の如く借用証書を以て株金払込に代ふる事を得るものとすれば前掲商法の強行的規定は空文に属す可し又商法第百二十三条に於て発起人が株式の総数を引受けたるときは発起人は遅滞なく株金の四分の一を下らざる第一回の払込を為す事を要する旨を規定し同第百二十四条に於ては取締役は遅滞無く右払込を為したるや否やを調査せしむる為め検査役の選任を裁判所に請求する事を要する旨規定せり此等の規定は何れも強行的規定なるに若し原院説明の如く借用証書を以て株金払込に代ふる事を得るものとすれば此等の規定も亦空文に属す可し其他商法第百二十八条第二項第百二十九条等の規定も同様空文に属す可し以上は上告人主張の法則を推断す可き一端に過ぎずと雖も右法則の存在は此一端に依るも尚明白なり。
然るに原院に於て右法則を無視したる結果上告人に敗訴を言渡したるは違法なりと云ふに在りて之に対する被上告人の答弁は株式会社の株金払込に必らず現金を以てずべしとの法律なきのみならず株金払込も亦債務の弁済に外ならざれば債権者債務者の合意に依り弁済の法律行為を為すを以て株金払込の効力ありと思料す。
故に原院が甲第一号証の受授に依り株金払込の業務消滅すると同時に消費貸借成立したりと認定したるは違法にあらず。
現金を以てせざる株金払込は商法の規定に背反せりと仮定論するも株金払込と消費貸借と更改したりとの事実を認定したる原判決に依れば新債務は民法第五百八十八条に依り有効なる消費貸借なり。
何となれば仮令へ商法上払込の効力なしとするも消費貸借を成立せしむる意思目的に於て為したる新債務が民法上当然無効なるの理なく又新債務自身の成立が不法の原因を有するにもあらざればなりと云ふに在り
因で株金の払込は必しも現実に金銭を以て払込を為すことを要せざるや否やを審按ずるに商法上株金払込の債務は一種特別の性質を有するが故に法律規定に因るの外は金銭を以て払込を為すか又は会社の承諾を以て会社に対する債権と相殺するに非らざれば消滅せざるものと謂はざる可からず。
随で仮令当事者間に承諾あるも代物を以て之を弁済し又は其履行に代へて手形若くは債務証書を授受するも之が為め株金払込の債務は消滅に帰するものに非ず蓋し株主は財産を以て出資の目的と為すべきものにして労務又は信用を以て其目的と為すことを得ざるのみならず其責任は全く其有する株式の金額を限度と為すものなれば株主の出資より組成する資本は実に株式会社の基礎を為すと同時に会社が公衆に対する信用の基礎を為すものと謂ふべし。
是れを以て株式会社の資本の登記額と其実額とは相一致することを要するものにして之をして有名無実ならしむるが如き法律行為は固より許すべきものに非ず。
若し夫れ株金の払込は現実に金銭を以て之を為すを要せず。
其債務の履行に代へて他の物手形又は消費貸借証書の如きものを交付して其債務を免がるることを得るものとせば会社の公衆に対する信用の基礎たる資本は公衆の識らざる間に実額と一致せざるに至り之が為めに会社と取引を為す者は不慮の損害を被むるの虞なしと謂ふ可からず。
斯の如き法律行為は商法の許さざる所なることは其幾多の規定の精神に徴して之を知るに難からず。
例之は商法第百二十二条は金銭以外の財産を以て出資の目的と為す者の氏名其財産の種類価格及び之に対し与ふる株式の数を以て定款に記載すべき必要事項と為し同法第百二十四条第百三十四条及び第百三十五条は此事項の正当なるや否やを調査せしむる為めに特別の規定を設けたり又金銭の給付を目的とする債務の相殺は事実上金銭の給付を為したると同一の結果を生ずるに拘はらず商法第百四十四条第二項は株主は株金の払込に付、相殺を以て会社に対抗することを得ずと規定せり今商法が特に此等の規定を為したる精神を按ずるに株式会社の資本の登記額と其実額とを一致せしめ之をして有名無実ならしむることを禁ずるの精神なることを知るべし。
故に株金払込の債務は代物弁済又は手形若くは消費貸借証書の授受に因り之を消滅することを得ざるは商法上の明文なきも其明認したる株式会社の性質殊に株式の性質より当然生する結果にして明文を待で後ち初めて知るべきものに非ず以上説明の理由なるを以て本件の曲直を断するには甲第一号証は果して株金支払に代へて差入れたる消費貸借証書なるや否やの事実上の争点を判断せざる可からず。
何となれば之を積極の事実とすれば是れ株金の払込としては法律上許すべからざることら契約したるものなれば其無効たるや疑を容れざればなり。
然るに原審は「(前略)同号証(甲第一号証を指す)には金員借用したる旨明記しあるのみならず己に株金の支払に代へ差入れたるものなりと云ふ以上は同号証の授受に依り株金払込の義務消滅すると同時に消費貸借の成立したるや一点の疑を容れず」と説明し遂に上告人に敗訴の判決を与へたるは株金払込の債務は其払込に代へて消費貸借証書を差入るるも猶消滅するものと誤解したる結果甲第一号証は株金の支払に代へて差入れたる消費貸借証書なるや否やの争点を判断せざるものにして其不法たるを免れず因で本院は民事訴訟法第四百四十七条第一項及び第四百四十八条に従ひ主文の如く判決す