明治三十六年（オ）第二百四十七號
明治三十六年六月二十七日第一民事部判决
◎判决要旨
- 一 民法第八百八十六條第二號ニ謂フ借財トハ單ニ貸借關係ニ基ク借財ノミヲ指シタルモノニ非スシテ金品給與ノ債務ヲ負擔スル總テノ行爲ヲ指稱セルモノトス（判旨第一點）
- 一 或行爲カ借財行爲即チ債務負擔行爲ナルヤ否ハ其行爲自體ニ付テ决定スヘキモノニシテ行爲ヲ爲スニ至ラシメタル縁由ノ如何ニ由リ定ムヘキモノニ非ス（同上）
- 一 民法第八百八十六條第一號ノ規定ニ依リ親族會ノ同意ヲ得テ商業ヲ營ム場合ノ外親權ヲ行フ母カ未成年者ニ代リ法律行爲ヲ爲スニハ縱令其行爲カ商行爲ナルトキト雖モ親族會ノ同意ヲ經ヘキモノトス（判旨第三點）
（參照）親權ヲ行フ母カ未成年ノ子ニ代ハリテ左ニ掲ケタル行爲ヲ爲シ又ハ子ノ之ヲ爲スコトニ同意スルニハ親族會ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス」一、營業ヲ爲スコト」二、借財又ハ保證ヲ爲スコト（民法第八百八十六條第一二號） - 一 法律行爲取消ノ意思表示ニ付テハ一定ノ方式ナキヲ以テ訴若クハ抗辯ノ方法ニ依リテモ亦之ヲ爲シ得ルモノトス（判旨第四點）
上告人 鍬田武作
訴訟代理人 村松山壽
被上告人 佐見津治一
右親權者 佐見津コギク
右當事者間ノ約束手形金請求爲替訴訟事件ニ付大阪控訴院カ明治三十六年三月二十日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨ノ第一ハ原判决ハ「約束手形ノ振出人ハ手形面ノ記載ノ金額ヲ所持人ニ支拂フヘキ義務ヲ有スルカ故ニ親權者タル母カ控訴人ニ代テ甲第一號證ヲ振出スニハ民法第八百八十六條二號ニ謂フ所ノ借財ニ該ルヲ以テ同條ニ依リ親族會ノ同意ヲ得サルヘカラス」云々ト判定シ其同意ナキヲ理由トシテ上告人ノ請求ヲ排斥セラレタリ然レトモ約束手形ノ振出ハ或ハ舊債務ノ辨濟又ハ更改トシテ振出スコトアリテ強チ借財ナリトノミ論斷ス可キモノニアラス然リ而シテ民法第八百八十六條ニハ約束手形振出ニ付親族會ノ同意ヲ要ス可キ旨ノ規定ナシ旁々以テ本件甲第一號證約束手形ハ有効ノモノナルニ原判决ノ如ク上告人ノ請求ヲ排斥セラレタルハ不法ナリト云ヒ」其第二ハ甲第一號證約束手形ノ振出ヲ以テ借財ナリト斷定センニハ現實ニ借財ヲナシタルカ爲メ之ヲ振出シタル事實關係ヲ説明セサル可カラサルニ原判决ハ是等重要ノ點ヲ説明セラレス約束手形ノ振出ヲ以テ直ニ借財ナリト判定セラレ上告人ノ請求ヲ排斥セラレタルハ理由不備ノ不法アリト云フニ在リ
依テ按スルニ親權者タル母カ未成年ノ子ニ代リ法律行爲ヲ爲スニ當リ親族會ノ同意ヲ得ヘキ事項ヲ規定スル民法第八百八十六條ニハ手形振出ナル文詞ナシト雖モ同條第二號ニ謂フ借財トハ單ニ貸借關係ニ基ク借財ノミヲ指シタルモノニアラス金品給與ノ債務ヲ負擔スル總テノ行爲ヲ指稱セシモノト解スルヲ相當トス何トナレハ同條ハ元ト未成年者タル子ノ財産ニ危險ヲ及ホスヘキ金品給與ノ債務負擔行爲ノ濫行ヲ防止スル精神ニ出テタルモノナレハ危險ヲ生スヘキ同種ノ債務ヲ負擔スル行爲ナル以上ハ貸借行爲ナルト其他ノ行爲ナルトニ因リ區別ヲ爲サヽルノ法意ナルコトヲ推知スルニ餘アルヲ以テナリ而シテ約束手形ノ振出人ハ振出行爲ニ因リ金錢支拂ノ債務ヲ負擔スルモノナレハ其同條ニ云フ借財ニ該當スルコト勿論ナリ然ルニ上告人ハ約束手形ハ舊債務ノ辨濟ノ爲メニ振出サレ其振出ニ依リ更改ヲ生スル場合アルヲ以テ強チ其行爲ヲ借財ナリトノミ論斷スヘキモノニアラスト論スルモ或ル行爲カ借財行爲即チ債務負擔行爲ナルヤ否ハ其行爲自體ニ付テ决定スヘキモノニシテ其行爲ヲ爲スニ至ラシメタル縁由ノ如何ニ因リ定ムヘキモノニアラサレハ手形振出行爲ニシテ債務負擔ノ行爲ナリトスル以上ハ之ヲ振出スニ至リタル縁由カ現存債務ヲ消滅セシムルニアルモ爲メニ其振出行爲カ債務負擔ノ行爲タルニ毫モ影響ヲ有スヘキモノニアラス依テ上告論旨ノ第一第二ハ共ニ其理由ナシ（判旨第一點）
上告論旨ノ第三ハ約束手形振出ハ商行爲タルヲ以テ固ヨリ親族會ノ同意ヲ得サル可カラサル行爲ニ非ス故ニ果シテ右手形ハ借財ニシテ親族會ノ同意ヲ要スヘキモノナリトセンニハ被上告人ニ於テ之カ立證ヲ爲サヽル可ラス然ルニ之ナキニ直チニ上告人ノ請求ヲ排斥セラレタルハ不法ナリト云フニ在リ
依テ按スルニ民法第八百八十六條第一號ニ依リ親族會ノ同意ヲ得テ商業ヲ營ム場合ノ外親權ヲ行フ母カ未成年者ニ代リ法律行爲ヲ爲スニハ縱令其行爲カ商行爲ナルトキト雖モ親族會ノ同意ヲ得ヘキモノナルコトハ商行爲ニ付テハ親族會ノ同意ヲ得ルヲ要セストノ規定他ニ存セサルニ徴シ明ナリ而シテ約束手形ノ振出カ被上告人ノ營業ニアラサルコトハ記録上一點ノ疑ナキ所ニシテ其振出ハ民法第八百八十六條第二號ニ謂フ借財ニ該ルコトハ前段既ニ説明シタル如クナルヲ以テ其行爲ニ付キ親權者タル母ハ親族會ノ同意ヲ得ヘカリシモノナルコト當然ナリ又其振出ハ同條ノ借財ニ該ルモノナル以上ハ被上告人ハ親族會ノ同意ヲ得スシテ係爭手形ヲ振出シタル事實ヲ證スルノ外更ニ借財ナリトノ立證ヲ爲スヲ要セサルヲ以テ本上告論旨モ其理由ナシ（判旨第三點）
上告論旨ノ第四ハ被上告人ハ原院ニ於テ「假リニ親權者カ子ニ代リテ爲シタリトスルモ其行爲ニ付テハ親族會ノ同意ヲ得サリシモノナリ」ト陳述シタリ定ルヲ原判决ハ「控訴人カ此同意ナキコトヲ理由トシテ本訴ノ請求ヲ爭フハ即チ行爲取消ノ意思表示ヲ爲シタルモノナレハ當事者間ニ於ケル手形債務ハ無効ノモノナリ」ト判决セラレタルモ前掲ノ如ク被上告人ハ親族會ノ同意ナキコトヲ陳述シタルニ止マリ未タ其取消ノ意思表示ヲ爲シタルモノニアラス即チ原院ハ被上告人ノ此申立ヲ以テ直チニ行爲取消ノ意思表示ナリト爲シタルハ申立サル事實ニ依リ自ラ事實ヲ提出確定シタルモノト云ハサルヘカラス殊ニ第一審判决事實ノ部ヲ見ルモ被上告人ハ本件手形ヲ以テ無効ノモノナリト主張シ居レリ既ニ無効ヲ主張スル以上ハ之レト相容レサル有効ヲ（取消迄ハ）主張シ得ヘカラサルヲ以テ原院ニ於テモ亦取消ノ意思表示ヲ爲サヽリシコトヲ知ルヘキカ故ニ原院カ當事者申立以外ノ事實ニ依リ判决ヲ爲シタルコト明カナリト云フニ在リ
依テ按スルニ法律行爲取消ノ意思表示ニ付テハ一定ノ方式ナキヲ以テ訴若クハ抗辯ノ方法ニ依リテモ亦之ヲ爲シ得ルモノト云ハサルヘカラス而シテ原院ハ親權者タル母コギクカ未成年者タル被上告人ノ爲メ法律行爲ヲ爲スニハ親族會ノ同意ヲ得ヘキモノナルニ本訴手形ハ其同意ヲ得スシテ振出シタルモノナレハ無効ナリトノ被上告人ノ抗辯ハ取消ノ意思ヲ表示シタルモノト認メタルモノナレハ原判决ハ被上告人ノ申立テサル事實ニ基キ上告人ニ敗訴ヲ言渡シタル不法ノモノト云フヲ得ス又被上告人ノ右抗辯中ニハ無効ナリトノ文言アルモ其所謂無効トハ不成立ノ云ヒニアラスシテ被上告人ニ對シテハ約束手形トシテ完全ノ効力ヲ有シ得ヘカラサルモノト云フニ在ルコトハ其全趣旨ニ徴シ明ナレハ本上告論旨モ亦其理由ナシ（判旨第四點）
以上ノ理由ナルニ因リ本上告ハ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ則リ之ヲ棄却スヘキモノトス
明治三十六年（オ）第二百四十七号
明治三十六年六月二十七日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第八百八十六条第二号に謂ふ借財とは単に貸借関係に基く借財のみを指したるものに非ずして金品給与の債務を負担する総ての行為を指称せるものとす。
（判旨第一点）
- 一 或行為が借財行為即ち債務負担行為なるや否は其行為自体に付て決定すべきものにして行為を為すに至らしめたる縁由の如何に由り定むべきものに非ず（同上）
- 一 民法第八百八十六条第一号の規定に依り親族会の同意を得て商業を営む場合の外親権を行ふ。
母が未成年者に代り法律行為を為すには縦令其行為が商行為なるときと雖も親族会の同意を経へきものとす。
（判旨第三点）
（参照）親権を行ふ。
母が未成年の子に代はりて左に掲げたる行為を為し又は子の之を為すことに同意するには親族会の同意を得ることを要す。」一、営業を為すこと」二、借財又は保証を為すこと（民法第八百八十六条第一二号） - 一 法律行為取消の意思表示に付ては一定の方式なきを以て訴若くは抗弁の方法に依りても亦之を為し得るものとす。
（判旨第四点）
上告人 鍬田武作
訴訟代理人 村松山寿
被上告人 佐見津治一
右親権者 佐見津こぎく
右当事者間の約束手形金請求為替訴訟事件に付、大坂控訴院が明治三十六年三月二十日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨の第一は原判決は「約束手形の振出人は手形面の記載の金額を所持人に支払ふべき義務を有するが故に親権者たる母が控訴人に代で甲第一号証を振出すには民法第八百八十六条二号に謂ふ所の借財に該るを以て同条に依り親族会の同意を得ざるべからず。」云云と判定し其同意なきを理由として上告人の請求を排斥せられたり。
然れども約束手形の振出は或は旧債務の弁済又は更改として振出すことありて強ち借財なりとのみ論断す可きものにあらず。
然り、而して民法第八百八十六条には約束手形振出に付、親族会の同意を要す。
可き旨の規定なし。
旁旁以て本件甲第一号証約束手形は有効のものなるに原判決の如く上告人の請求を排斥せられたるは不法なりと云ひ」其第二は甲第一号証約束手形の振出を以て借財なりと断定せんには現実に借財をなしたるか為め之を振出したる事実関係を説明せざる可からざるに原判決は是等重要の点を説明せられず約束手形の振出を以て直に借財なりと判定せられ上告人の請求を排斥せられたるは理由不備の不法ありと云ふに在り
依て按ずるに親権者たる母が未成年の子に代り法律行為を為すに当り親族会の同意を得べき事項を規定する民法第八百八十六条には手形振出なる文詞なしと雖も同条第二号に謂ふ借財とは単に貸借関係に基く借財のみを指したるものにあらず。
金品給与の債務を負担する総ての行為を指称せしものと解するを相当とす。
何となれば同条は元と未成年者たる子の財産に危険を及ぼすべき金品給与の債務負担行為の濫行を防止する精神に出でたるものなれば危険を生ずべき同種の債務を負担する行為なる以上は貸借行為なると其他の行為なるとに因り区別を為さざるの法意なることを推知するに余あるを以てなり。
而して約束手形の振出人は振出行為に因り金銭支払の債務を負担するものなれば其同条に云ふ借財に該当すること勿論なり。
然るに上告人は約束手形は旧債務の弁済の為めに振出され其振出に依り更改を生ずる場合あるを以て強ち其行為を借財なりとのみ論断すべきものにあらずと論するも或る行為が借財行為即ち債務負担行為なるや否は其行為自体に付て決定すべきものにして其行為を為すに至らしめたる縁由の如何に因り定むべきものにあらざれば手形振出行為にして債務負担の行為なりとする以上は之を振出すに至りたる縁由が現存債務を消滅せしむるにあるも為めに其振出行為が債務負担の行為たるに毫も影響を有すべきものにあらず。
依て上告論旨の第一第二は共に其理由なし。
（判旨第一点）
上告論旨の第三は約束手形振出は商行為たるを以て固より親族会の同意を得ざる可からざる行為に非ず。
故に果して右手形は借財にして親族会の同意を要すべきものなりとせんには被上告人に於て之が立証を為さざる可らず。
然るに之なきに直ちに上告人の請求を排斥せられたるは不法なりと云ふに在り
依て按ずるに民法第八百八十六条第一号に依り親族会の同意を得て商業を営む場合の外親権を行ふ。
母が未成年者に代り法律行為を為すには縦令其行為が商行為なるときと雖も親族会の同意を得べきものなることは商行為に付ては親族会の同意を得るを要せずとの規定他に存せざるに徴し明なり。
而して約束手形の振出が被上告人の営業にあらざることは記録上一点の疑なき所にして其振出は民法第八百八十六条第二号に謂ふ借財に該ることは前段既に説明したる如くなるを以て其行為に付き親権者たる母は親族会の同意を得べかりしものなること当然なり。
又其振出は同条の借財に該るものなる以上は被上告人は親族会の同意を得ずして係争手形を振出したる事実を証するの外更に借財なりとの立証を為すを要せざるを以て本上告論旨も其理由なし。
（判旨第三点）
上告論旨の第四は被上告人は原院に於て「仮りに親権者が子に代りて為したりとするも其行為に付ては親族会の同意を得ざりしものなり。」と陳述したり。
定るを原判決は「控訴人が此同意なきことを理由として本訴の請求を争ふは。
即ち行為取消の意思表示を為したるものなれば当事者間に於ける手形債務は無効のものなり。」と判決せられたるも前掲の如く被上告人は親族会の同意なきことを陳述したるに止まり未だ其取消の意思表示を為したるものにあらず。
即ち原院は被上告人の此申立を以て直ちに行為取消の意思表示なりと為したるは申立さる事実に依り自ら事実を提出確定したるものと云はざるべからず。
殊に第一審判決事実の部を見るも被上告人は本件手形を以て無効のものなりと主張し居れり。
既に無効を主張する以上は之れと相容れざる有効を（取消迄は）主張し得べからざるを以て原院に於ても亦取消の意思表示を為さざりしことを知るべきが故に原院が当事者申立以外の事実に依り判決を為したること明かなりと云ふに在り
依て按ずるに法律行為取消の意思表示に付ては一定の方式なきを以て訴若くは抗弁の方法に依りても亦之を為し得るものと云はざるべからず。
而して原院は親権者たる母こぎくか未成年者たる被上告人の為め法律行為を為すには親族会の同意を得べきものなるに本訴手形は其同意を得ずして振出したるものなれば無効なりとの被上告人の抗弁は取消の意思を表示したるものと認めたるものなれば原判決は被上告人の申立てざる事実に基き上告人に敗訴を言渡したる不法のものと云ふを得ず。
又被上告人の右抗弁中には無効なりとの文言あるも其所謂無効とは不成立の云ひにあらずして被上告人に対しては約束手形として完全の効力を有し得べからざるものと云ふに在ることは其全趣旨に徴し明なれば本上告論旨も亦其理由なし。
（判旨第四点）
以上の理由なるに因り本上告は民事訴訟法第四百三十九条第一項に則り之を棄却すべきものとす。
