明治三十六年（オ）第十一號
明治三十六年三月二十日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 舊特許條例ニ於テハ其第九條ニ特許ヲ受ケントスル者死亡シタルトキハ其權利ハ相續者ニ屬ストアルニ止マリ相續人以外ノ者ニ讓與スルコトヲ得ヘキ規定存在セサルカ故ニ該條例ノ規定ニ依リテハ斯ノ如キ權利ノ讓與ヲ許サヽリシモノト解釋セサルヘカラス
（參照）特許ヲ受ケタル者又ハ之ヲ受ケントスル者死亡シタルトキハ其權利ハ相續者ニ屬スルモノトス（特許條例第九條）
上告人 岩谷松平
訴訟代理人 高尾傳七
被上告人 水田信誠
右當事者間ノ第三五八五號紙卷煙草製造機特許無効事件ニ付農商務省特許局カ明治三十五年十一月七日言渡シタル審决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第一點ハ被上告人カ本件特許ヲ無効ナリトシ其取消ヲ求ムル理由ハ要之本件特許ハ岡本國三郎ナルモノヽ發明ニ係ルモノタルニ岡本市藏ハ自己ノ發明ナルカ如ク其名義ヲ以テ出願シ特許ヲ得タルモノナリト云フニ在リ而シテ其主張ハ甲第五號證特許人（特許出願人）岡本市藏發明兼販賣人岡本國三郎名義ヲ以テ爲シタル東京朝日新聞ノ廣告甲第六號證「本件器機ハ發明人岡本國三郎カ他年苦心ノ末成効シタルモ都合上岡本市藏名義ヲ以テ出願特許ヲ得タリト」ノ趣旨ヲ前同樣特許名義人岡本市藏發明人岡本國三郎名義ヲ以テ爲シタル日出國新聞廣告及甲七八號證即岡本市藏岡本國三郎兩名ノ證人調書（被上告人ニ對スル刑事事件ニ於ケル）中ニ發明人ハ岡本國三郎ニシテ出願名義人ハ岡本市藏ナリトノ記載等ニ基クモノニシテ即被上告人ノ主張ハ本件特許ハ出願人岡本市藏ノ發明ニ非スシテ岡本國三郎ノ發明ニ係ルトノ點ニアリテ右岡本市藏ハ發明人岡本國三郎トノ都合上其合意ヲ得テ出願人トナリタルモノ換言セハ岡本市藏ハ岡本國三郎ノ發明權ヲ承繼シ自己名義ヲ以テ出願人トナリタル事ハ敢テ爭ハサル所ニシテ右事實ハ前記審判請求人ノ提出セル證據ノ記載ニ依リ一點ノ疑ヲ容レサル所ナリ右ノ如ク岡本市藏ハ岡本國三郎トノ合意上其權利ヲ繼承シ特許ヲ出願シタルモノナリトセハ假令被上告人主張ノ如ク本件機械ハ岡本市藏ノ發明ニ非スシテ岡本國三郎ノ發明ニ係ルモノトスルモ右特許ヲ無効トスヘキ理由ナキヤ明ナリ何トナレハ特許條例（舊法）第一條ノ「新規有益ナル工術機械、製造所及合成物ヲ發明シ又ハ工術器械、製造品及合成物ノ新規有益ナル改良ヲ發明シタル者ハ此條例ニ依リ特許ヲ受クルコトヲ得」トノ規定ハ特許法ノ原則ニ基キ新規有益ナル最先ノ發明ニ對シ特許ヲ與フヘキコトヲ規定シタルモノニシテ必スシモ發明者以外ナル其發明者ノ權利繼承人ニ對シ出願ヲ許サストノ事ヲ規定シタル法意ニ非ス蓋シ我國ノ特許法ト均シク審査主義ヲ採用シタル北亞米利加合衆國獨逸國匂牙利國瑞西國等諸國ノ特許法ニ於テ何レモ特許ハ最先ノ發明ニ對シ許可スルモノナルモ發明者ノ權利繼承人ニ對シテモ亦之ヲ許可スヘキモノタルコトヲ認容セサルハナシ又我特許條例ニ於テモ其第九條ニ「特許ヲ受ケントスル者死亡シタルトキハ其權利ハ相續者ニ屬スル者トス」ト規定シ即發明者ノ出願權ハ一種ノ權利タルコトヲ認メ且其權利ハ繼承シ得ヘキ原則ヲ明言セリ既ニ右ノ如ク發明人ノ出願權モ亦一種ノ權利ニシテ之ヲ繼承シ得ヘキモノタル以上ハ發明者カ合意上其權利ヲ第三者ニ繼承セシメ第三者ヲシテ特許ヲ出願セシメ得ヘキハ當然ノ筋合ナリ依テ本件ノ場合ニ於テハ特許出願人岡本市藏ハ發明者ニ非スシテ其發明者ハ岡本國三郎タリシ事實ヲ確定スルモ右市藏ハ國三郎ノ合意ニヨリ其權利ヲ繼承シタルモノニアラストノ事實ヲ確定スルニアラサレハ未タ其特許ヲ無効ナリト定ムル能ハサルヤ明ナリ然ルニ原審决ニ於テハ本件岡本市藏ノ出願ハ發明者岡本國三郎ノ權利ヲ繼承セサルモノナリトノ事實ヲ確定スルコトナク又原審カ發明者カ岡本國三郎タルコトノ證據トシテ引用セシ前記甲第五號乃至八號證ニ依レハ發明者ノ合意ニ依リ岡本市藏ヨリ出願セシ事明ナルニ拘ハラス
之ヲ不問ニ付シ本件機械ノ發明者ハ岡本國三郎ニシテ出願人岡本市藏ノ發明ニアラサルトキハ當然特許ヲ無効トスヘキモノヽ如ク論結セラレタルハ理由不備ノ審决ニシテ且ツ法律ノ適用ヲ誤リタル不法ヲ免レサルモノト信スト云フニ在リ
依テ審按スルニ舊特許條例（明治二十一年十二月十八日勅令第八十四號）ニ特許法（明治三十二年三月二日法律第三十六號）第一條ノ如ク工業上ノ物品及ヒ方法ニ關シテ最先ノ發明ヲ爲シタル者カ特許ヲ受ケントスル權利ヲ廣ク其相續人以外ノ者ニマテ讓與スルコトヲ得可キ規定アルニ於テハ其發明者ヨリ特許ヲ受ケントスル權利ヲ讓受ケタル者ハ同條例ノ保護ヲ受ケ又同條例廢止後ハ新法ノ保護ヲ受ケ得可シト雖モ同條例ニ從ヘハ其第九條ニ特許ヲ受ケタル者又ハ特許ヲ受ケントスル者死亡シタルトキハ其權利ハ相續者ニ屬スルモノトアルニ止マリ其他既ニ受ケタル特許ヲ賣買讓與スルヲ得可キコト等ノ規定（第二十二條）アレトモ特許ヲ受ケントスル者ノ權利ヲ相續人以外ノ者ニ讓與スルコトヲ得可キ規定存在セサルカ故ニ舊特許條例ノ規定ニ依リテハ此ノ如キ權利ノ讓與ハ許サレサリシモノト解釋セサル可カラス左スレハ本件ニ於テ發明者岡本國三郎カ未タ特許ヲ受ケサル間ニ在リテ同人ヨリ其權利ヲ讓受ケタリト云フ岡本市藏カ出願シテ得タル本件特許ハ以上説明スル如ク元來其權利ノ讓渡ニシテ適法ナラサルニヨリ農商務省特許局カ同條例第一條ニ依リ發明者ノ發明ニ非サルモノトシテ之ヲ無効ト審判シタルハ相當ナリトス依テ未タ特許ヲ受ケサル者ノ權利ノ讓渡ヲ有効ナリト論定シ之ニ基キテ原審决ヲ攻撃スル本點ノ上告論旨ハ採用スルヲ得ス
上告論旨第二點ハ原審决中「本件特許當時ノ法律特許條例第一條ノ規定ニ依レハ發明者ニ非サレハ特許ヲ出願スルコトヲ得サルヲ以テ本件特許ハ當然無効ナリト云ハサルヘカラス」云々ト判示セラレタリ然レトモ本件特許當時ノ法律特許條例ニ於テモ發明者以外ノモノト雖モ發明者ノ承繼人タルモノハ特許ヲ出願スルコトヲ得ルハ第一點ニ於テ主張スル所ノ如シ若シ之ヲ否ナリトシ假リニ原審决ノ如ク特許條例ニ於テハ發明者ニ非サレハ特許ヲ出願スルコトヲ得サルモノトスルモ尚左ノ不法アリ本件第三五八五號特許ハ特許條例ニ依リ特許ヲ與ヘラレタリ而シテ該條例ハ現行特許法ノ實施ト同時ニ即明治三十二年七月一日ヨリ廢止セラレタルモノナリ故ニ同日以後ハ舊法タル特許條例ノ効力全ク消滅シ從テ同條例ニ依テ受ケタル特許ハ今日同條例ニ依テハ何等ノ効力ヲ有セサルコトハ論ヲ竣タサル所ナリトス而シテ同條例ニ因テ受ケタル特許ノ効力カ今日ニ於テモ尚其効力ヲ存續スルハ現行特許法第五十三條二項ニ於テ舊法タル特許條例ニ依テ受タル特許モ尚現行特許法ニ依テ受ケタル特許ト同一ノ効力アルモノト規定シタルカ故ナリ抑モ法律ニ因テ効力ヲ有スルモノハ法律ノ廢止ト共ニ其効力ノ消滅ニ歸スルハ勿論ニシテ特許條例廢止ト同時ニ特許法ヲ施行シ同法ニ於テ舊法ニ因テ得タル特許ノ効力ヲ規定シタルハ亦此趣旨ニ出テタルニ外ナラサルナリ而シテ本件特許ハ特許條例ノ下ニ於テ特許ヲ受ケタルモノナリト雖モ其効力ハ（但年限ノ點ハ除ク）現行特許法第五十三條第二項ノ規定アルカ爲メニ現行特許法ニ因テ受ケタル特許ト毫モ異ナル所ナキカ故ニ之ヲ無効トセンニハ既ニ廢止ニ歸シタル特許條例ノ適用ヲ以テスルコト能ハサルハ勿論現行特許法ニ由テ無効トスヘキモノナルヤ否ヤヲ决セサルヘカラサルハ明カナル所ナリトス今現行特許法ノ規定ヲ見ルニ其第一條ニハ「工業上ノ物品及方法ニ關シ最先ノ發明ヲ爲シタル者若クハ其承繼人ハ此法律ニ依リ特許ヲ受クルコトヲ得」トアリ而シテ本件特許ハ被上告人ニ於テハ發明者ニアラサルモノカ發明者ト假裝シタルモノナリト主張シ原審ハ其假裝タルコトヲ認メタルモノニシテ其假裝中ニハ權利承繼ノ爲メニ假裝スルコトアリ（多クノ特許皆然リ）又他人ノ發明ヲ盜取シ假裝スルコトアリテ若シ假裝カ後者ニ屬スルトキハ無効トスヘキモ假裝カ前者ニ屬スルトキハ現行特許法ニ於テハ之ヲ無効トスヘキモノニアラサルナリ然ルニ原審决ハ現行特許法實施ノ今日ニ於テ之ヲ本件ニ適用セス既ニ廢止ニ歸シタル特許條例ニ依テ本件特許ヲ無効トスト决定セラレタルハ全ク法ノ解釋適用ヲ誤リタルノ不法アルモノナリト云フニ在リ
依テ審按スルニ特許法ニハ舊法ニ依リテ受ケタル特許ノ無効タル可キモノト雖モ新法ニ依リ有効タル可キモノハ新法實施後有効タリトノ規定ナキカ故ニ舊法ニ依リテ受ケタル特許カ其規定上無効ナリシトキハ舊法ノ廢止セラレタル後ニ於テモ尚ホ同法ニ依リ無効ナルコトヲ斷定スルハ當然ナリ而シテ新法第五十三條第二項ニ專賣特許條例及ヒ特許條例ニ依テ受ケタル專賣特許若ハ特許ハ其年限間此ノ法律ニ依テ受ケタル特許ト同一ノ効力アルモノトストアルカ如キハ舊法ニ依テ受ケタル適法ノ專賣特許若ハ特許カ新法ニ依テ受ケタル特許ト同一ノ効アルコトヲ示シタルニ止マリ舊法ニ依テ受ケタル特許ノ不適法ナリシモノニ對シテ新法ノ適用ヲ受ケシム可キ旨ヲ示シタル規定ニ非ス依テ原特許局カ本件ノ特許ヲ舊條例ニ依リ無効ト審判シタルハ相當ニシテ本論旨モ亦理由ナシ
以上辯明スル如ク本件上告ハ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ棄却ス可キモノトス
明治三十六年（オ）第十一号
明治三十六年三月二十日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 旧特許条例に於ては其第九条に特許を受けんとする者死亡したるときは其権利は相続者に属すとあるに止まり相続人以外の者に譲与することを得べき規定存在せざるが故に該条例の規定に依りては斯の如き権利の譲与を許さざりしものと解釈せざるべからず。
（参照）特許を受けたる者又は之を受けんとする者死亡したるときは其権利は相続者に属するものとす。
（特許条例第九条）
上告人 岩谷松平
訴訟代理人 高尾伝七
被上告人 水田信誠
右当事者間の第三五八五号紙巻煙草製造機特許無効事件に付、農商務省特許局が明治三十五年十一月七日言渡したる審決に対し上告代理人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第一点は被上告人が本件特許を無効なりとし其取消を求むる理由は要之本件特許は岡本国三郎なるものの発明に係るものたるに岡本市蔵は自己の発明なるが如く其名義を以て出願し特許を得たるものなりと云ふに在り。
而して其主張は甲第五号証特許人（特許出願人）岡本市蔵発明兼販売人岡本国三郎名義を以て為したる東京朝日新聞の広告甲第六号証「本件器機は発明人岡本国三郎が他年苦心の末成効したるも都合上岡本市蔵名義を以て出願特許を得たりと」の趣旨を前同様特許名義人岡本市蔵発明人岡本国三郎名義を以て為したる日出国新聞広告及甲七八号証即岡本市蔵岡本国三郎両名の証人調書（被上告人に対する刑事事件に於ける）中に発明人は岡本国三郎にして出願名義人は岡本市蔵なりとの記載等に基くものにして即被上告人の主張は本件特許は出願人岡本市蔵の発明に非ずして岡本国三郎の発明に係るとの点にありて右岡本市蔵は発明人岡本国三郎との都合上其合意を得て出願人となりたるもの換言せば岡本市蔵は岡本国三郎の発明権を承継し自己名義を以て出願人となりたる事は敢て争はざる所にして右事実は前記審判請求人の提出せる証拠の記載に依り一点の疑を容れざる所なり。
右の如く岡本市蔵は岡本国三郎との合意上其権利を継承し特許を出願したるものなりとせば仮令被上告人主張の如く本件機械は岡本市蔵の発明に非ずして岡本国三郎の発明に係るものとするも右特許を無効とすべき理由なきや明なり。
何となれば特許条例（旧法）第一条の「新規有益なる工術機械、製造所及合成物を発明し又は工術器械、製造品及合成物の新規有益なる改良を発明したる者は此条例に依り特許を受くることを得。」との規定は特許法の原則に基き新規有益なる最先の発明に対し特許を与ふべきことを規定したるものにして必ずしも発明者以外なる其発明者の権利継承人に対し出願を許さずとの事を規定したる法意に非ず蓋し我国の特許法と均しく審査主義を採用したる北亜米利加合衆国独逸国匂牙利国瑞西国等諸国の特許法に於て何れも特許は最先の発明に対し許可するものなるも発明者の権利継承人に対しても亦之を許可すべきものたることを認容せざるはなし又我特許条例に於ても其第九条に「特許を受けんとする者死亡したるときは其権利は相続者に属する者とす。」と規定し即発明者の出願権は一種の権利たることを認め、且、其権利は継承し得べき原則を明言せり既に右の如く発明人の出願権も亦一種の権利にして之を継承し得べきものたる以上は発明者が合意上其権利を第三者に継承せしめ第三者をして特許を出願せしめ得べきは当然の筋合なり。
依て本件の場合に於ては特許出願人岡本市蔵は発明者に非ずして其発明者は岡本国三郎たりし事実を確定するも右市蔵は国三郎の合意により其権利を継承したるものにあらずとの事実を確定するにあらざれば未だ其特許を無効なりと定むる能はざるや明なり。
然るに原審決に於ては本件岡本市蔵の出願は発明者岡本国三郎の権利を継承せざるものなりとの事実を確定することなく又原審が発明者が岡本国三郎たることの証拠として引用せし前記甲第五号乃至八号証に依れば発明者の合意に依り岡本市蔵より出願せし事明なるに拘はらず
之を不問に付し本件機械の発明者は岡本国三郎にして出願人岡本市蔵の発明にあらざるときは当然特許を無効とすべきものの如く論結せられたるは理由不備の審決にして且つ法律の適用を誤りたる不法を免れざるものと信ずと云ふに在り
依て審按ずるに旧特許条例（明治二十一年十二月十八日勅令第八十四号）に特許法（明治三十二年三月二日法律第三十六号）第一条の如く工業上の物品及び方法に関して最先の発明を為したる者が特許を受けんとする権利を広く其相続人以外の者にまで譲与することを得。
可き規定あるに於ては其発明者より特許を受けんとする権利を譲受けたる者は同条例の保護を受け又同条例廃止後は新法の保護を受け得可しと雖も同条例に従へは其第九条に特許を受けたる者又は特許を受けんとする者死亡したるときは其権利は相続者に属するものとあるに止まり其他既に受けたる特許を売買譲与するを得可きこと等の規定（第二十二条）あれども特許を受けんとする者の権利を相続人以外の者に譲与することを得。
可き規定存在せざるが故に旧特許条例の規定に依りては此の如き権利の譲与は許されざりしものと解釈せざる可からず。
左すれば本件に於て発明者岡本国三郎が未だ特許を受けざる間に在りて同人より其権利を譲受けたりと云ふ岡本市蔵が出願して得たる本件特許は以上説明する如く元来其権利の譲渡にして適法ならざるにより農商務省特許局が同条例第一条に依り発明者の発明に非ざるものとして之を無効と審判したるは相当なりとす。
依て未だ特許を受けざる者の権利の譲渡を有効なりと論定し之に基きて原審決を攻撃する本点の上告論旨は採用するを得ず。
上告論旨第二点は原審決中「本件特許当時の法律特許条例第一条の規定に依れば発明者に非ざれば特許を出願することを得ざるを以て本件特許は当然無効なりと云はざるべからず。」云云と判示せられたり。
然れども本件特許当時の法律特許条例に於ても発明者以外のものと雖も発明者の承継人たるものは特許を出願することを得るは第一点に於て主張する所の如し若し之を否なりとし仮りに原審決の如く特許条例に於ては発明者に非ざれば特許を出願することを得ざるものとするも尚左の不法あり。
本件第三五八五号特許は特許条例に依り特許を与へられたり。
而して該条例は現行特許法の実施と同時に即明治三十二年七月一日より廃止せられたるものなり。
故に同日以後は旧法たる特許条例の効力全く消滅し。
従て同条例に依て受けたる特許は今日同条例に依ては何等の効力を有せざることは論を竣たざる所なりとす。
而して同条例に因で受けたる特許の効力が今日に於ても尚其効力を存続するは現行特許法第五十三条二項に於て旧法たる特許条例に依て受たる特許も尚現行特許法に依て受けたる特許と同一の効力あるものと規定したるが故なり。
抑も法律に因で効力を有するものは法律の廃止と共に其効力の消滅に帰するは勿論にして特許条例廃止と同時に特許法を施行し同法に於て旧法に因で得たる特許の効力を規定したるは亦此趣旨に出でたるに外ならざるなり。
而して本件特許は特許条例の下に於て特許を受けたるものなりと雖も其効力は（但年限の点は除く）現行特許法第五十三条第二項の規定あるか為めに現行特許法に因で受けたる特許と毫も異なる所なきが故に之を無効とせんには既に廃止に帰したる特許条例の適用を以てずること能はざるは勿論現行特許法に由で無効とすべきものなるや否やを決せざるべからざるは明かなる所なりとす。
今現行特許法の規定を見るに其第一条には「工業上の物品及方法に関し最先の発明を為したる者若くは其承継人は此法律に依り特許を受くることを得。」とあり。
而して本件特許は被上告人に於ては発明者にあらざるものが発明者と仮装したるものなりと主張し原審は其仮装たることを認めたるものにして其仮装中には権利承継の為めに仮装することあり（多くの特許皆然り）又他人の発明を盗取し仮装することありて若し仮装が後者に属するときは無効とすべきも仮装が前者に属するときは現行特許法に於ては之を無効とすべきものにあらざるなり。
然るに原審決は現行特許法実施の今日に於て之を本件に適用せず。
既に廃止に帰したる特許条例に依て本件特許を無効とすと決定せられたるは全く法の解釈適用を誤りたるの不法あるものなりと云ふに在り
依て審按ずるに特許法には旧法に依りて受けたる特許の無効たる可きものと雖も新法に依り有効たる可きものは新法実施後有効たりとの規定なきが故に旧法に依りて受けたる特許が其規定上無効なりしときは旧法の廃止せられたる後に於ても尚ほ同法に依り無効なることを断定するは当然なり。
而して新法第五十三条第二項に専売特許条例及び特許条例に依て受けたる専売特許若は特許は其年限間此の法律に依て受けたる特許と同一の効力あるものとすとあるが如きは旧法に依て受けたる適法の専売特許若は特許が新法に依て受けたる特許と同一の効あることを示したるに止まり旧法に依て受けたる特許の不適法なりしものに対して新法の適用を受けしむ可き旨を示したる規定に非ず。
依て原特許局が本件の特許を旧条例に依り無効と審判したるは相当にして本論旨も亦理由なし。
以上弁明する如く本件上告は適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り棄却す可きものとす。
