明治三十五年(オ)第五百七十六號
明治三十六年二月二十三日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 民事訴訟法第百七十四條第二項ハ闕席判决送達ノ不知ト其不知ニ付テ必要ナル注意ヲ缺カサリシトノ二箇ノ事實存スルトキ竝ニ始メテ原状囘復ヲ許スノ法意ニシテ單ニ訴訟代理人カ旅行不在ノ爲メ闕席判决ノ送達ヲ知ラサリシ事實アルノミニテハ未タ以テ同條項ノ適用ヲ受クル能ハス(判旨第一點)
(參照)原告若クハ被告カ故障期間ヲ懈怠シタルトキハ其過失ニ非スシテ闕席判决ノ送達ヲ知ラサリシ場合ニ於テモ亦之ニ原状囘復ヲ許ス(民事訴訟法第百七十四條第二項) - 一 故障期間懈怠ノ當時訴訟代理人ニ於テ如何ナル注意ヲ必要トスルヤ又其注意ヲ缺カサリシヤ否ヤハ場合ト情況トニ從ヒ事實裁判所ノ裁量ヲ以テ自由ニ判定スヘキ事項ニ屬シ法律上ノ問題ニ非ス(同上)
右當事者間ノ土地明渡請求事件ニ付東京控訴院カ明治三十五年十月七日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告代理人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔スヘシ
理由
上告理由第一點ハ民事訴訟法第百七十四條ノ規定ニ據ルトキハ凡テ原状囘復ヲ許スヘキ場合ハ天災其他避ク可カラサル事變ノ爲メニ不變期間ヲ遵守スルコトヲ得サリシ場合ナリ是レ一般ノ準則ニシテ此要件タニ具備スルトキハ必スヤ原状囘復ヲ許サヽル可カラス而シテ特ニ故障期間ヲ懈怠シタルトキニ限リ右ノ要件ヲ具備シタルトキ之ヲ許スハ勿論若シ右ノ要件ヲ具備セサルニセヨ故障期間ノ懈怠者ニシテ其過失ニアラスシテ欠席判决ノ送達ヲ知ラサリシ場合ニ於テモ亦之ニ原状囘復ヲ許ス可キナリ而シテ故障期間ノ原状囘復ニ限リテ斯ノ如キ特例ヲ設ケシ所以ノモノハ書類ノ送達ハ必スシモ之ヲ本人ニ爲スヲ要セス送達ヲ受ク可キ者ノ住居ニ同居スル成長シタル親族若クハ雇人ニ對シ有効ニ送達ヲ爲シ(民事訴訟法第百四十五條第一項)又ハ假住所ヲ選定セサル者ニ對シテハ書類ノ送達スルト否トヲ問ハス郵便ニ付シタルヲ以テ送達ヲナシタルモノト看做シ(民事訴訟法第百四十三條)又ハ現在地ノ知レサルトキ若クハ外國ニ於テ送達ヲナス可キトキ公示送達ノ方法ニ依ルコトアルヲ以テ(同第百五十六條以下)欠席判决ノ送達ハ適當ノ日時ニ於テ實際之レヲ知ラサル場合アレハナリ本件事實ハ全ク右救濟ヲ仰ク可キ適切ノ場合ニ該當スルモノナリ即チ上告人ハ固ヨリ其控訴審ニ於ケル控訴代理人タル櫻井熊太郎ハ全ク本年七月三日欠席判决ノ送達アリシコトヲ知ラサリシコト竝ニ之レカ證明ニ關シテハ原判决ハ事實トシテ掲クルノミナラス又タ右控訴人ノ實事上ノ供述ハ被控訴人ニ於テ凡テ之レヲ爭ハサリシ事モ其明掲スル所ナレハ上告人(控訴人)ノ故障期間ヲ懈怠シタルハ全ク右過失ニアラスシテ欠席判决ヲ知ラサリシモノナリ故ニ原状囘復ヲ許サヽル可カラサルニ拘ハラス原判决カ事茲ニ出スシテ漫然其申立ヲ却下シタルハ原状囘復ニ關スル法規ヲ適用セサルノ不法アルモノトスト云フニ在リ」擴張理由第四點ハ櫻井熊太郎カ判决送達ノアリタルコトヲ知ラサリシハ同人ノ過失ニアラスシテ全ク秋田弘ノ過失ニ外ナラサルナリ然ルニ原院ハ謂ハレナク櫻井熊太郎ノ過失ナルカ如ク判定シタルハ不法ナルノミナラス其過失ノ秋田弘ニアルコトヲ立證スル爲メ唯一ノ證據方法トシテ同人ノ證人申請ヲナシタルニ原院ハ之ヲ却下シ上告人ノ不利益ニ判定シタルハ少クモ採證法ノ原則ニ違背セル不法ノ判定ナリト云フニ在リ
然レトモ上告論旨ノ如ク單ニ旅行中ニシテ闕席判决ノ送達ヲ知ラサリシ事實ノ存スル而已ニテハ未タ以テ民事訴訟法第百七十四條第二項ノ適用ヲ受クル能ハス右送達ノ不知ト其不知ニ就テ必要ナル注意ヲ缺カサリシトノ二個ノ事實存スルトキ本項ニ所謂過失ニアラスシテ闕席判决ノ送達ヲ知ラサリン者トナリ爰ニ初メテ本項ノ適用ヲ受ケ原状囘復ヲ許サル可キモノトス且ツ其當時如何ナル注意ヲ必要トスルヤ否又其注意ヲ缺カサリシヤ否ヤハ場合ト情況トニ從ヒ事實裁判所ノ裁量ヲ以テ自由ニ判定スヘキ事項ニ屬シ法律上ノ問題ニアラス而シテ原裁判所ハ上告人ノ訴訟代理人カ旅行不在ノ故ヲ以テ判决ノ送達ヲ知ラサリシトスルモ訴訟ノ繋屬中他出スルニ際シテハ裁判所ヨリ送達アリタル場合之ヲ自己ノ所在ニ通知セシメ歸宅後尚ホ其送達有無ヲ調査スルノ注意ヲ執ルヘキハ當然ナルヲ以テ其注意ヲ怠リタルニ於テハ送達ヲ受ケタル家族若クハ雇人カ遺忘シテ通知ヲ爲サヽリシトキト雖モ結局自己ノ注意ノ不充分ナル過失ニ歸スルモノト爲シ原判决理由ニ説示スル如ク上告人ノ訴訟代理人ニ過失アリトノ事實ヲ認定シタルニ付キ原判决ニ於テ民事訴訟法第百七十四條第二項ヲ適用セスシテ原状囘復ノ申立ヲ却下シタルハ當然ナリ故ニ原判决ハ上告人所論ノ如キ違法ナシ(判旨第一點)
上告理由擴張第三點ハ今一歩ヲ讓リ本件判决送達ヲ適法ナリトスルモ前判决ハ「旅行不在中之ヲ知ラサリシハ其過失ニ外ナラサルヲ以テ」ト説明シ旅行不在夫レ自體カ過失ナルカ如ク判定スルモ辯護士ナルモノハ一裁判所ニ於テ訴訟事務ニ從事スルノミナラス時ニ他ノ裁判所ニ於テ事件ヲ取扱フコトアリ(辯護士法モ亦認ムル所ナリ)又自己社交上ノ必要其他ノ事由ニヨリ時ニ不在ナルコトハアルヘク(民訴モ本人ノ不在ナルコトヲ豫想スルニアラスヤ)何モ不在夫レ自身ハ過失ニアラスシテ不在中相當ノ留守居ヲ置カスシテ夫レカ爲メ判决ノ送達ヲ知ラサリシトキ始メテ過失アリト云フヲ得ヘシ而シテ櫻井熊太郎ハ當時事務所ニハ明治法律學校ノ卒業生タル梅本鶴吉ナル成年者ヲ置キタルノミナラス
其不在タルヤ數十日ニ渉リタルニアラス僅々三日間ニ過キサリシナリ然ルニ原判决ハ不在自身カ過失ナルカ如ク判定シタルハ不法ナルノミナラス且何カ故ニ旅行不在カ過失ナルカヲ明示セサルハ少クモ理由不備ノ不法ノ判决ナリト云フニ在リ
然レトモ原判决ノ趣旨ハ其説明ニ依リ前第一點ノ上告理由ニ對シテ辯明セシ理由ニ基キタルモノタルコトヲ認メ得ヘキニ依リ上告論旨ハ理由ナシ
第五點ハ民事訴訟法第二百二十八條ニ規定スルカ如ク裁判所カ訴訟當事者ノ辯論ヲ制限シ若クハ其制限シタル辯論ニ就テノミ判决ヲ爲シ得ル場合ハ特ニ規定スル所ニシテ此等特別ノ規定ナキ限リハ裁判所ハ必スヤ當事者ノ爲シタル辯論竝ニ申立ノ全趣旨ニ基キ判决ヲ爲サヽル可カラサルハ言ヲ俟タス殊ニ原状囘復ノ申立ニ關スル同法第百七十七條ノ規定ニ據ルトキハ原状囘復ノ申立ニ付テハ訴訟手續ハ追完スル訴訟行爲ニ付テノ訴訟手續ト之ヲ併合ス可キヲ原則トスレトモ裁判所ハ先ツ申立ニ付テノ辯論及ヒ裁判ニノミ制限スルコトヲ得ル旨ヲ規定セリ而シテ原状囘復ノ申立書ニ掲ク可キ申立ハ「懈怠シタル訴訟行爲ノ追完」ヲ要件トセリ(同法第百七十六條)故ニ本件ノ如キ懈怠シタリト爲ス所ノ訴訟行爲ハ故障ノ申立ナルヲ以テ原院ニ於ケル訴訟代理人櫻井熊太郎ノ右申立モ亦「原状囘復ノ申立ト同時ニ故障ノ申立ヲ爲ス旨ノ申立」ニシテ此ハ原判决事實及ヒ理由ノ部ニ於ケル冒頭ニ明記スル所ナレハ原院ハ其三十五年(ネ)第三五五號土地明渡控訴事件ノ訴訟手續ト併合シテ審理スルト否トハ其職權ニ屬ス可シト雖モ右申立ヲ分離シテ原状囘復申立ト故障申立ト爲シ先ツ其前者ノ點ニノミ辯論ヲ制限シタルハ訴訟手續ノ違背タルノミナラス此辯論ヲ基本トシテ爲シタル判决モ亦全部不法不備ノモノタルヲ免レスト云フニ在リ
然レトモ上告理由中ニモ指摘スル如ク民事訴訟法第百七十七條ニ裁判所ハ先ツ原状囘復ノ申立ニ付テノ辯論及ヒ裁判ノミニ其訴訟手續ヲ制限スルコトヲ得ル規定アリ而シテ原状囘復ノ申立ト故障ノ申立トノ辯論ヲ分離スヘカラストノ規定ハ存セサルヲ以テ原裁判所カ原状囘復ノ申立ノミニ辯論ヲ制限シテ裁判シタルハ違法ニアラス
第六點ハ原状囘復ノ申立ハ不變期間ヲ遵守スルコトヲ得サリシ場合若ハ故障期間ヲ懈怠シタル場合ニ限ルコトハ民事訴訟法第百七十四條ノ規定スル所ナリ故ニ原院ニ於ケル控訴代理人櫻井熊太郎ノ原状囘復ノ申立書ニ於テモ其初段ニ於テ「云々控訴代理人ニ於テ判决送達ヲ知ラサリシ爲メ故障期間ヲ經過致候處右ハ控訴本人竝ニ控訴代理人ノ過失ニ原因シタルモノ無之ニ付原状囘復御許可相成度此段申立候也」ト明記セル所以ナリ然ルニ原判决ノ初段ニ於テ明白ナル此申立ヲ誤認シ「右當事者間云々言渡シタル欠席判决ニ對シ控訴人ハ原状囘復ノ申立ヲ爲シタリ依テ當院ハ先ツ此申立ニ付キ辯論ヲ制限シ判决スルコト左ノ如シ」ト明記シ以テ控訴代理人カ故障期間ノ懈怠ニ對スル原状囘復ノ申立ヲ變シテ欠席判决ニ對スル原状囘復ノ申立ト爲シ次テ此申立ヲ前提トシテ辯論ヲ制限シ次テ又タ此辯論ヲ基本トシテ爲シタル原判决ナレハ此判决ハ一面ニ於テ所謂當事者ノ申立サル事項ヲ申立テタリト爲スノ不法アルノミナラス他面ニ於テ更ニ原状囘復ノ申立ノ要件タル前掲ノ規定ニ適合セサルノ理由ニ因リ其申立ヲ却下セサリシ不法アルモノトスト云フニ在リ
然レトモ上告理由中ニ摘示スル上告人ノ訴訟代理人櫻井熊太郎ヨリ提出シタル原状囘復ノ申立ハ其過失ニ非スシテ闕席判决ノ送達ヲ知ラサリシヲ理由トスルモノナレハ即民事訴訟法第百七十四條第二項ニ依據スヘキモノナリ而シテ原判决ハ此原状囘復ノ申立タルヤ同法條ノ規定ニ適合スヘキ原因ノ存セサルコトヲ認メテ其申立ヲ排斥シタルコト分明ナルヲ以テ原判决ハ上告論旨ノ如キ違法アルコトナシ
第七點ハ原院ハ本件過失問題ヲ裁判スルニ當リテ「按スルニ前記欠席判决カ適法ニ送達セラレタルコトハ本件送達書ニ依リ明白ニシテ控訴代理人ハ旅行不在中之ヲ知ラサリシハ其過失ニ外ナラサルヲ以テ原状囘復ハ其理由ナシ」ト論斷シテ判决送達ノ適法ナルヤ否ヤヲ以テ過失問題ヲ决スルノ標準トナセリ然レトモ判决送達ノ適法ハ以テ被送達者ノ過失ヲ斷定スルノ資料ニ供シ得ヘキモノニ非ラス何トナレハ本件ノ如キ民事訴訟法第百七十四條第二項ノ問題ハ常ニ判决送達ノ適法ナル場合ニ於テノミ起ルモノナレハナリ若シ夫レ判决送達ノ不適法ナル場合ハ送達ニ關スル各本條即チ同條第一編第三章第二節ノ各本條ニ依リテ其送達無効トナルモノナレハ復第百七十四條第二項ヲ云爲スルノ必要ナキモノナリ故ニ本件欠席判决ノ送達ハ適法ナリト假定スルモ判决送達ノ適法ヲ理由トシテ被送達者タル控訴代理人ノ過失ヲ斷定スルハ右第百七十四條第二項ノ法意ニアラサルナリ殊ニ同法第一項ニハ遵守ナル文字ヲ使用シナカラ其第二項ニハ特ニ懈怠ナル文字ヲ選擇シタルハ偶々立法者ノ周到ナル注意ヲ洞觀スルニ足ル可ク益以テ同條第二項ノ本件ニ適切ナルヲ疑ハス原判决ハ畢竟右第百七十四條第二項ヲ適用セサル不法アルモノトスト云フニ在リ
然レトモ原判决ノ理由タルヤ上告理由第一點ニ對シテ説明セシ如ク判决ノ送達ヲ知ラサリシコトニ付テハ上告人ノ訴訟代理人ニ不注意ノ過失アリタル事實ヲ判斷シタルモノニシテ判决ノ送達カ適法ナルノミヲ以テ同訴訟代理人ニ過失ノ責アリト斷定シタルニハアラサルニ依リ本論旨ハ原判决ノ趣旨ニ副ハサル批難ニシテ上告ノ理由トナラス
右ノ理由ナルヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條ニ依リ主文ノ如ク判决スルモノナリ
明治三十五年(オ)第五百七十六号
明治三十六年二月二十三日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 民事訴訟法第百七十四条第二項は闕席判決送達の不知と其不知に付て必要なる注意を欠かざりしとの二箇の事実存するとき並に始めて原状回復を許すの法意にして単に訴訟代理人が旅行不在の為め闕席判決の送達を知らざりし事実あるのみにては未だ以て同条項の適用を受くる能はず(判旨第一点)
(参照)原告若くは被告が故障期間を懈怠したるときは其過失に非ずして闕席判決の送達を知らざりし場合に於ても亦之に原状回復を許す(民事訴訟法第百七十四条第二項) - 一 故障期間懈怠の当時訴訟代理人に於て如何なる注意を必要とするや又其注意を欠かざりしや否やは場合と情況とに従ひ事実裁判所の裁量を以て自由に判定すべき事項に属し法律上の問題に非ず(同上)
右当事者間の土地明渡請求事件に付、東京控訴院が明治三十五年十月七日言渡したる判決に対し上告代理人より全部破毀を求むる申立を為し被上告代理人は上告棄却の申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告訴訟費用は上告人之を負担すべし。
理由
上告理由第一点は民事訴訟法第百七十四条の規定に拠るときは凡で原状回復を許すべき場合は天災其他避く可からざる事変の為めに不変期間を遵守することを得ざりし場合なり。
是れ一般の準則にして此要件たに具備するときは必ずや原状回復を許さざる可からず。
而して特に故障期間を懈怠したるときに限り右の要件を具備したるとき之を許すは勿論若し右の要件を具備せざるにせよ故障期間の懈怠者にして其過失にあらずして欠席判決の送達を知らざりし場合に於ても亦之に原状回復を許す可きなり。
而して故障期間の原状回復に限りて斯の如き特例を設けし所以のものは書類の送達は必ずしも之を本人に為すを要せず。
送達を受く。
可き者の住居に同居する成長したる親族若くは雇人に対し有効に送達を為し(民事訴訟法第百四十五条第一項)又は仮住所を選定せざる者に対しては書類の送達すると否とを問はず郵便に付したるを以て送達をなしたるものと看做し(民事訴訟法第百四十三条)又は現在地の知れざるとき若くは外国に於て送達をなす可きとき公示送達の方法に依ることあるを以て(同第百五十六条以下)欠席判決の送達は適当の日時に於て実際之れを知らざる場合あればなり。
本件事実は全く右救済を仰く可き適切の場合に該当するものなり。
即ち上告人は固より其控訴審に於ける控訴代理人たる桜井熊太郎は全く本年七月三日欠席判決の送達ありしことを知らざりしこと並に之れが証明に関しては原判決は事実として掲ぐるのみならず又た右控訴人の実事上の供述は被控訴人に於て凡て之れを争はざりし事も其明掲する所なれば上告人(控訴人)の故障期間を懈怠したるは全く右過失にあらずして欠席判決を知らざりしものなり。
故に原状回復を許さざる可からざるに拘はらず原判決が事茲に出すして漫然其申立を却下したるは原状回復に関する法規を適用せざるの不法あるものとすと云ふに在り」拡張理由第四点は桜井熊太郎が判決送達のありたることを知らざりしは同人の過失にあらずして全く秋田弘の過失に外ならざるなり。
然るに原院は謂はれなく桜井熊太郎の過失なるが如く判定したるは不法なるのみならず其過失の秋田弘にあることを立証する為め唯一の証拠方法として同人の証人申請をなしたるに原院は之を却下し上告人の不利益に判定したるは少くも採証法の原則に違背せる不法の判定なりと云ふに在り
然れども上告論旨の如く単に旅行中にして闕席判決の送達を知らざりし事実の存する而己にては未だ以て民事訴訟法第百七十四条第二項の適用を受くる能はず右送達の不知と其不知に就て必要なる注意を欠かざりしとの二個の事実存するとき本項に所謂過失にあらずして闕席判決の送達を知らざりん者となり爰に初めて本項の適用を受け原状回復を許さる可きものとす。
且つ其当時如何なる注意を必要とするや否又其注意を欠かざりしや否やは場合と情況とに従ひ事実裁判所の裁量を以て自由に判定すべき事項に属し法律上の問題にあらず。
而して原裁判所は上告人の訴訟代理人が旅行不在の故を以て判決の送達を知らざりしとするも訴訟の繋属中他出するに際しては裁判所より送達ありたる場合之を自己の所在に通知せしめ帰宅後尚ほ其送達有無を調査するの注意を執るべきは当然なるを以て其注意を怠りたるに於ては送達を受けたる家族若くは雇人が遺忘して通知を為さざりしときと雖も結局自己の注意の不充分なる過失に帰するものと為し原判決理由に説示する如く上告人の訴訟代理人に過失ありとの事実を認定したるに付き原判決に於て民事訴訟法第百七十四条第二項を適用せずして原状回復の申立を却下したるは当然なり。
故に原判決は上告人所論の如き違法なし。
(判旨第一点)
上告理由拡張第三点は今一歩を譲り本件判決送達を適法なりとするも前判決は「旅行不在中之を知らざりしは其過失に外ならざるを以て」と説明し旅行不在夫れ自体が過失なるが如く判定するも弁護士なるものは一裁判所に於て訴訟事務に従事するのみならず時に他の裁判所に於て事件を取扱ふことあり(弁護士法も亦認むる所なり。
)又自己社交上の必要其他の事由により時に不在なることはあるべく(民訴も本人の不在なることを予想するにあらずや)何も不在夫れ自身は過失にあらずして不在中相当の留守居を置かずして夫れか為め判決の送達を知らざりしとき始めて過失ありと云ふを得べし、而して桜井熊太郎は当時事務所には明治法律学校の卒業生たる梅本鶴吉なる成年者を置きたるのみならず
其不在たるや数十日に渉りたるにあらず。
僅僅三日間に過ぎざりしなり。
然るに原判決は不在自身が過失なるが如く判定したるは不法なるのみならず、且、何が故に旅行不在が過失なるかを明示せざるは少くも理由不備の不法の判決なりと云ふに在り
然れども原判決の趣旨は其説明に依り前第一点の上告理由に対して弁明せし理由に基きたるものたることを認め得べきに依り上告論旨は理由なし。
第五点は民事訴訟法第二百二十八条に規定するが如く裁判所が訴訟当事者の弁論を制限し若くは其制限したる弁論に就てのみ判決を為し得る場合は特に規定する所にして此等特別の規定なき限りは裁判所は必ずや当事者の為したる弁論並に申立の全趣旨に基き判決を為さざる可からざるは言を俟たず。
殊に原状回復の申立に関する同法第百七十七条の規定に拠るときは原状回復の申立に付ては訴訟手続は追完する訴訟行為に付ての訴訟手続と之を併合す可きを原則とすれども裁判所は先づ申立に付ての弁論及び裁判にのみ制限することを得る旨を規定せり。
而して原状回復の申立書に掲ぐ可き申立は「懈怠したる訴訟行為の追完」を要件とせり(同法第百七十六条)故に本件の如き懈怠したりと為す所の訴訟行為は故障の申立なるを以て原院に於ける訴訟代理人桜井熊太郎の右申立も亦「原状回復の申立と同時に故障の申立を為す旨の申立」にして此は原判決事実及び理由の部に於ける冒頭に明記する所なれば原院は其三十五年(ネ)第三五五号土地明渡控訴事件の訴訟手続と併合して審理すると否とは其職権に属す可しと雖も右申立を分離して原状回復申立と故障申立と為し先づ其前者の点にのみ弁論を制限したるは訴訟手続の違背たるのみならず此弁論を基本として為したる判決も亦全部不法不備のものたるを免れずと云ふに在り
然れども上告理由中にも指摘する如く民事訴訟法第百七十七条に裁判所は先づ原状回復の申立に付ての弁論及び裁判のみに其訴訟手続を制限することを得る規定あり。
而して原状回復の申立と故障の申立との弁論を分離すべからずとの規定は存せざるを以て原裁判所が原状回復の申立のみに弁論を制限して裁判したるは違法にあらず。
第六点は原状回復の申立は不変期間を遵守することを得ざりし場合若は故障期間を懈怠したる場合に限ることは民事訴訟法第百七十四条の規定する所なり。
故に原院に於ける控訴代理人桜井熊太郎の原状回復の申立書に於ても其初段に於て「云云控訴代理人に於て判決送達を知らざりし為め故障期間を経過致候処右は控訴本人並に控訴代理人の過失に原因したるもの無之に付、原状回復御許可相成度此段申立候也」と明記せる所以なり。
然るに原判決の初段に於て明白なる此申立を誤認し「右当事者間云云言渡したる欠席判決に対し控訴人は原状回復の申立を為したり。
依て当院は先づ此申立に付き弁論を制限し判決すること左の如し」と明記し以て控訴代理人が故障期間の懈怠に対する原状回復の申立を変して欠席判決に対する原状回復の申立と為し次で此申立を前提として弁論を制限し次で又た此弁論を基本として為したる原判決なれば此判決は一面に於て所謂当事者の申立さる事項を申立てたりと為すの不法あるのみならず他面に於て更に原状回復の申立の要件たる前掲の規定に適合せざるの理由に因り其申立を却下せざりし不法あるものとすと云ふに在り
然れども上告理由中に摘示する上告人の訴訟代理人桜井熊太郎より提出したる原状回復の申立は其過失に非ずして闕席判決の送達を知らざりしを理由とするものなれば即民事訴訟法第百七十四条第二項に依拠すべきものなり。
而して原判決は此原状回復の申立たるや同法条の規定に適合すべき原因の存せざることを認めて其申立を排斥したること分明なるを以て原判決は上告論旨の如き違法あることなし
第七点は原院は本件過失問題を裁判するに当りて「按ずるに前記欠席判決が適法に送達せられたることは本件送達書に依り明白にして控訴代理人は旅行不在中之を知らざりしは其過失に外ならざるを以て原状回復は其理由なし。」と論断して判決送達の適法なるや否やを以て過失問題を決するの標準となせり。
然れども判決送達の適法は以て被送達者の過失を断定するの資料に供し得べきものに非らず何となれば本件の如き民事訴訟法第百七十四条第二項の問題は常に判決送達の適法なる場合に於てのみ起るものなればなり。
若し夫れ判決送達の不適法なる場合は送達に関する各本条即ち同条第一編第三章第二節の各本条に依りて其送達無効となるものなれば復第百七十四条第二項を云為するの必要なきものなり。
故に本件欠席判決の送達は適法なりと仮定するも判決送達の適法を理由として被送達者たる控訴代理人の過失を断定するは右第百七十四条第二項の法意にあらざるなり。
殊に同法第一項には遵守なる文字を使用しながら其第二項には特に懈怠なる文字を選択したるは偶偶立法者の周到なる注意を洞観するに足る可く益以て同条第二項の本件に適切なるを疑はず原判決は畢竟右第百七十四条第二項を適用せざる不法あるものとすと云ふに在り
然れども原判決の理由たるや上告理由第一点に対して説明せし如く判決の送達を知らざりしことに付ては上告人の訴訟代理人に不注意の過失ありたる事実を判断したるものにして判決の送達が適法なるのみを以て同訴訟代理人に過失の責ありと断定したるにはあらざるに依り本論旨は原判決の趣旨に副はざる批難にして上告の理由とならず
右の理由なるを以て民事訴訟法第四百五十二条に依り主文の如く判決するものなり。