明治三十五年（オ）第六百八十七號
明治三十六年二月九日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 民法第四百二十四條ノ規定ハ債權者ニ於テ債務者カ其債權者ヲ害スルコトヲ知リテ爲シタル法律行爲ノ取消ヲ請求スルモノタル上ハ其債權ニシテ共同擔保ニ過キサル場合ナルト特別擔保タル抵當權ノ設定アル場合ナルトヲ論セス苟クモ債務者カ爲シタル法律行爲ニ出テ債權者ヲ害スルモノナレハ一般ニ通シテ之ヲ適用スヘキモノト解釋セサルヘカラス（判旨第一點）
- 一 債務者以外ノ者ノ爲シタル法律行爲ニ對シテハ縱シヤ債權者カ間接ニ害セラルヽモノトスルモ民法第四百二十四條ノ規定ニ基キ其取消ヲ請求シ得ヘキモノニ非ス（同上）
（參照）債權者ハ債務者カ其債權者ヲ害スルコトヲ知リテ爲シタル法律行爲ノ取消ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得但其行爲ニ因リテ利益ヲ受ケタル者又ハ轉得者カ其行爲又ハ轉得ノ當時債權者ヲ害スヘキ事實ヲ知ラサリシトキハ此限ニ在ラス」前項ノ規定ハ財産權ヲ目的トセサル法律行爲ニハ之ヲ適用セス（民法第四百二十四條）
上告人 川島織物合資會社
被上告人 森甚右衛門 外一名
右當事者間ノ詐害行爲取消及賣買登記抹消竝抵當權設定登記請求事件ニ付大阪控訴院カ明治三十五年十月二十七日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告第一點ノ要旨ハ原判决ハ法律ノ解釋ヲ誤リタル違法アリ背骨子トセル理由ニ「控訴人ハ被控訴人間ノ不動産ノ賣買及其登記ノ行爲ハ控訴人ヲ詐害スルモノト主張シ民法第四百二十四條ノ規定ニ依リ其行爲ノ取消ヲ請求スト雖モ同條ハ共同擔保ヲ減少シテ債權ヲ詐害スル場合ニ適用スヘキ規定ニシテ本件ノ如ク特別擔保物ヲ他ニ移轉シタル場合ニ適用スヘキモノニ非ス故ニ詐害行爲ヲ原因ニシテ係爭物ノ賣買契約取消及ヒ其賣買登記ノ抹消手續ヲ爲スヘシトノ請求ハ不當ナリ」ト判示セラレタリ此説明ニ依ルトキハ本訴請求カ民法第四百二十四條ノ規定ヲ適用スヘキモノニ非サルコトハ單ニ被上告人等ノ詐害行爲カ上告人ノ債權ノ特別擔保ニ關スルカ爲ナルカ如シ然リト雖モ同條ノ規定ハ債權者ハ債務者カ其債權者ヲ害スルコトヲ知リテ爲シタル財産權上ノ法律行爲ノ取消ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得ル規定ニシテ其詐害行爲カ共同擔保ヲ減少スルト特別擔保ヲ害スルトニ因リ適用ヲ異ニスルノ法意ニアラス原判决ハ民法第四百二十五條ニ詐害行爲取消ノ結果ハ總債權者ノ利益ノ爲ニ其効力ヲ生スル旨ヲ規定セルカ爲ニ必ス共同擔保ノ減少ニアラサレハ取消シ得サルモノト解シタルカ如シト雖モ取消ノ結果總債權者ヲ利スル場合アルト否トハ詐害行爲取消ノ要件ニ關スルモノニアラス况ンヤ特別擔保ヲ害スル法律行爲ノ取消ト雖モ其取消ノ結果ハ總債權者ノ共同利益ニ歸スルモノナルニ於テヲヤ蓋シ特別擔保ヲ害スル法律行爲ノ取消ニヨリテ得タル財産ニシテ擔保セラレタル債權額ニ超過セル時ハ其超過ノ部分ハ他ノ債權者ノ利益ニ歸スヘク其超過額ナシトスルモ擔保ヲ有セル債權者ハ其擔保物件ノ賣却ニヨリ（本件ノ如キ特別擔保カ抵當權ナル場合ニハ）辨濟ヲ受クルヲ以テ他ノ債權者カ辨濟ヲ受ケタル額ニ比準シソレ丈ケ多クノ辨濟ヲ受クルノ利益アルモノト信ス要之原判决カ本件ノ如ク特別擔保ヲ害シテ債權者ヲ詐害スル場合ニ民法第四百二十四條ヲ適用ス可ラント判决シタルハ違法ノ裁判ニシテ破毀ヲ免カレサルモノト云フニ在リ
依テ按スルニ民法第四百二十四條ノ規定ハ債權者ニ於テ債務者カ其債權者ヲ害スルコトヲ知リテ爲シタル法律行爲ノ取消ヲ請求スルモノタル上ハ其債權ニシテ共同擔保ニ過キサル場合ナルト特別擔保タル抵當權設定アル場合ナルトヲ論セス苟クモ債務者カ爲シタル法律行爲ニ出テ債權者ヲ害スルモノナレハ一般ニ通シテ之ヲ適用スヘキモノト解釋セサルヲ得ス何トナレハ斯ル抵當權設定アル債權ト雖モ等シク債務者ノ行爲上債權者ヲ害スル點ニ於テハ同一ニシテ殊ニ其債權ニシテ抵當權ノ効ヲ失ヒ債務者ノ他ノ財産ヲ以テ之カ辨濟ヲ受クル目的ト爲ストキハ他ノ總債權者ニ不利益ヲ來タシ若シ又其抵當權ヲ復舊セシメ其抵當物ヲ換價シテ之カ辨濟ヲ受クルニ至レハ同法第四百二十五條ニ所謂總債權者ノ利益云云トアル規定ヲ適用シ得ヘキコトアレハナリ然ルニ原判决ハ其理由中ニ「控訴人ハ被控訴人間ノ不動産ノ賣買及ヒ其登記ノ行爲ハ控訴人ヲ詐害スルモノト主張シ民法第四百二十四條ノ規定ニ依リ云々請求スト雖モ同條ハ共同擔保ヲ減少シテ債權ヲ詐害スル場合ニ適用スヘキ規定ニシテ本件ノ如ク特別擔保物ヲ他ニ移轉シタル場合ニ適用スヘキモノニ非ス」ト説明シ同條ノ規定ハ恰モ單純ナル共同擔保ノ債權ヲ有スル債權者ニ非サル限リハ之ヲ適用シ得ヘカラサルモノヽ如ク判示シタルハ上告論旨ノ如ク法律ヲ誤解セシ違法ヲ免カレス然リト雖モ原判决カ其理由ノ前段ニ於テ認メタル事實ニ依レハ上告人ノ債務者ハ訴外人森榮治郎ニシテ被上告人兩名ハ其債務者ニ非ス斯ル債務者以外ノ者ノミノ爲シタル法律行爲ニ對シテハ縱シヤ債權者タル上告人カ間接ニ害セラルヽモノトスルモ同法第四百二十四條ノ規定ニ基キ其取消ヲ請求シ得ヘキモノニアラス故ニ原判决理由ノ末段ニ於テ「故ニ詐害行爲ヲ原因トシテ係爭物ノ賣買契約取消及ヒ其賣買登記ノ抹消手續ヲ爲ス可シトノ請求ハ不當ナリ云云」ト判定シ原告タル上告人ノ請求ヲ排斥シタルハ結局相當ニシテ上告其理由ナシ（判旨第一點）
上告第二點ノ要旨ハ原判决ハ法則ノ適用ヲ誤リタル違法タル（一）原判决理由ノ末文ニ「甚右衛門ニ對シ抵當權設定ノ登記手續ヲ爲スヘシト請求スト雖モ云云之又失當ナルヲ免レス」トアリ然レトモ本訴ハ被上告人甚右衛門甚三郎間ニ於ケル係爭不動産上ノ賣買及其賣買登記ノ取消ヲ求ムルト同時ニ甚右衛門ニ對シ抵當權設定登記ノ訴求ヲ爲スモノニシテ其手續ニ於テ違法アルコトナシ然ルニ原判决ニ於テハ前述ノ如ク斯ル請求ヲ爲スハ失當ナリト判定シタルハ違法ナリ（二）訴状控訴状及原判决ニ引用セル第一審判决ノ事實摘示ニ依レハ森榮二郎ト上告人間ニ於ケル商取引ニヨリ生スル榮二郎ノ債務ヲ擔保スル爲メ被上告人森甚右衛門ハ係爭不動産上ニ抵當權ヲ設定シ其登記ヲ爲スヘキコトヲ約シナカラ其履行以前ニ該不動産ヲ被上告人山崎甚三郎ニ賣却シタルモノニシテ上告人ハ民法第四百二十四條ニ依リ被上告人等ニ對シ被上告人間ニ於ケル係爭不動産ノ賣買ノ取消及ヒ登記ノ抹消ヲ求ムルニアリテ上告人ノ係爭不動産上ノ抵當權ヲ以テ被上告人山崎甚三郎カ取得セル係爭不動産上ノ所有權ニ對抗セントスルニ非ス然ルニ原判决ハ其理由ニ於テ「按スルニ本訴ハ控訴人ト訴外人森榮二郎間ノ商取引ニ因リ生スル控訴人ノ債權擔保ノ爲メ被控訴人森甚右衛門ハ其所有不動産ニ抵當權ヲ設定シ登記ヲ爲スヘキコトヲ約シナカラ云云其所有權取得ノ登記ヲ經タリト云フニ在レハ當サニ民法第百七十七條ノ適用ヲ受ケ甚三郎ハ其意思ノ善惡ヲ問ハス完全ナル所有權ヲ取得スルヲ以テ云云抵當權ヲ對抗スルコトヲ得サルモノトス」ト論定シ民法第四百二十四條ニヨル上告人ノ請求ヲ决スルニ同法第百七十七條ニ基ク請求ノ如ク解シ同條ヲ適用シ上告人ニ敗訴ノ裁判ヲ言渡シタルハ違法ナリト云ヒ」上告第三點ノ要旨ハ原判决ハ上告人ノ請求ヲ棄却スル理由トシテ「民法第四百二十四條ハ共同擔保ヲ減少シテ債權ヲ詐害スル場合ニ適用スヘキ規定ニシテ云云」ト判斷セラレタリ今民法第四百二十四條ヲ按スルニ債權者ハ債務者カ其債權者ヲ害スルコトヲ知リテ爲シタル法律行爲ノ取消ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得云云」トアリテ苟クモ債權者ヲ害スヘキコトヲ知リテ爲シタル債務者ノ法律行爲ハ概括シテ取消ヲ受クヘキモノナルコトヲ規定シ其債權者ノ特別擔保ヲ有スル者タルト否トハ之ヲ問フノ法意ニアラス若シ原判决ノ解釋ヲ以テ正當ナリトスレハ民法ハ特別擔保ヲ有スル債權者ハ如何ニ其權利ヲ詐害セラルヽモ法律ハ之ヲ保護セストノ結果トナルニ至ルヘシ是レ决シテ民法ノ法意ニアラス原判决カ誤解ヲ爲シタル所以ハ同法第四百二十五條ニ「前條ノ規定ニ依リテ爲シタル取消ハ總債權者ノ利益ノ爲メニ其効力ヲ生ス」ト規定シタルヲ見テ前條ノ取消權ヲ認ムル債權ハ專ラ總債權者ノ利益ノ爲メニ其効力ヲ生スルモノ則チ共同擔保ノ場合ナリト解釋シタルニ依ルヘシ然リト雖モ同條ハ斯ノ如キ法意ニアラサルワ疑ヲ容レス之ヲ要スルニ原判决ハ民法第四百二十四條ヲ不當ニ適用シタル不法アリ若シ假リニ第四百二十四條ハ總債權者ノ利益ノ爲メニ其効力ヲ生スヘキ債權ニ限ルヘキモノトスルモ尚ホ原判决ハ其理由ヲ付セサル不法アルモノナリト云フニ在リ
然レトモ上告人ハ民法第四百二十四條ノ規定ニ依リ債務者以外ノ者ノ法律行爲ニ對シ本訴ヲ起シタルモノタル上ハ其請求ハ失當ニシテ原判决ハ結局相當ナルコトハ上告第一點ノ論旨ニ對スル説明ニ依リ之ヲ會得スヘシ故ニ原判决ハ上告論旨ノ如キ違法アルモノト云フヲ得ス
以上説明ノ如ク本件上告ハ一モ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ノ規定ニ依リ之ヲ棄却スルモノナリ
明治三十五年（オ）第六百八十七号
明治三十六年二月九日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 民法第四百二十四条の規定は債権者に於て債務者が其債権者を害することを知りて為したる法律行為の取消を請求するものたる上は其債権にして共同担保に過ぎざる場合なると特別担保たる抵当権の設定ある場合なるとを論せず苟くも債務者が為したる法律行為に出で債権者を害するものなれば一般に通じて之を適用すべきものと解釈せざるべからず。
（判旨第一点）
- 一 債務者以外の者の為したる法律行為に対しては縦しや債権者が間接に害せらるるものとするも民法第四百二十四条の規定に基き其取消を請求し得べきものに非ず（同上）
（参照）債権者は債務者が其債権者を害することを知りて為したる法律行為の取消を裁判所に請求することを得。
但其行為に因りて利益を受けたる者又は転得者が其行為又は転得の当時債権者を害すべき事実を知らざりしときは此限に在らず」前項の規定は財産権を目的とせざる法律行為には之を適用せず。
（民法第四百二十四条）
上告人 川島織物合資会社
被上告人 森甚右衛門 外一名
右当事者間の詐害行為取消及売買登記抹消並抵当権設定登記請求事件に付、大坂控訴院が明治三十五年十月二十七日言渡したる判決に対し上告代理人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告第一点の要旨は原判決は法律の解釈を誤りたる違法あり。
背骨子とせる理由に「控訴人は被控訴人間の不動産の売買及其登記の行為は控訴人を詐害するものと主張し民法第四百二十四条の規定に依り其行為の取消を請求すと雖も同条は共同担保を減少して債権を詐害する場合に適用すべき規定にして本件の如く特別担保物を他に移転したる場合に適用すべきものに非ず。
故に詐害行為を原因にして係争物の売買契約取消及び其売買登記の抹消手続を為すべしとの請求は不当なり。」と判示せられたり此説明に依るときは本訴請求が民法第四百二十四条の規定を適用すべきものに非ざることは単に被上告人等の詐害行為が上告人の債権の特別担保に関するか為なるが如し。
然りと雖も同条の規定は債権者は債務者が其債権者を害することを知りて為したる財産権上の法律行為の取消を裁判所に請求することを得る規定にして其詐害行為が共同担保を減少すると特別担保を害するとに因り適用を異にするの法意にあらず。
原判決は民法第四百二十五条に詐害行為取消の結果は総債権者の利益の為に其効力を生ずる旨を規定せるか為に必す共同担保の減少にあらざれば取消し得ざるものと解したるが如しと雖も取消の結果総債権者を利する場合あると否とは詐害行為取消の要件に関するものにあらず。
況んや特別担保を害する法律行為の取消と雖も其取消の結果は総債権者の共同利益に帰するものなるに於てをや蓋し特別担保を害する法律行為の取消によりて得たる財産にして担保せられたる債権額に超過せる時は其超過の部分は他の債権者の利益に帰すべく其超過額なしとするも担保を有せる債権者は其担保物件の売却により（本件の如き特別担保が抵当権なる場合には）弁済を受くるを以て他の債権者が弁済を受けたる額に比準しそれ丈け多くの弁済を受くるの利益あるものと信ず。
要之原判決が本件の如く特別担保を害して債権者を詐害する場合に民法第四百二十四条を適用す可らんと判決したるは違法の裁判にして破毀を免がれざるものと云ふに在り
依て按ずるに民法第四百二十四条の規定は債権者に於て債務者が其債権者を害することを知りて為したる法律行為の取消を請求するものたる上は其債権にして共同担保に過ぎざる場合なると特別担保たる抵当権設定ある場合なるとを論せず苟くも債務者が為したる法律行為に出で債権者を害するものなれば一般に通じて之を適用すべきものと解釈せざるを得ず。
何となれば斯る抵当権設定ある債権と雖も等しく債務者の行為上債権者を害する点に於ては同一にして殊に其債権にして抵当権の効を失ひ債務者の他の財産を以て之が弁済を受くる目的と為すときは他の総債権者に不利益を来たし若し又其抵当権を復旧せしめ其抵当物を換価して之が弁済を受くるに至れば同法第四百二十五条に所謂総債権者の利益云云とある規定を適用し得べきことあればなり。
然るに原判決は其理由中に「控訴人は被控訴人間の不動産の売買及び其登記の行為は控訴人を詐害するものと主張し民法第四百二十四条の規定に依り云云請求すと雖も同条は共同担保を減少して債権を詐害する場合に適用すべき規定にして本件の如く特別担保物を他に移転したる場合に適用すべきものに非ず」と説明し同条の規定は恰も単純なる共同担保の債権を有する債権者に非ざる限りは之を適用し得べからざるものの如く判示したるは上告論旨の如く法律を誤解せし違法を免がれず然りと雖も原判決が其理由の前段に於て認めたる事実に依れば上告人の債務者は訴外人森栄次郎にして被上告人両名は其債務者に非ず斯る債務者以外の者のみの為したる法律行為に対しては縦しや債権者たる上告人が間接に害せらるるものとするも同法第四百二十四条の規定に基き其取消を請求し得べきものにあらず。
故に原判決理由の末段に於て「故に詐害行為を原因として係争物の売買契約取消及び其売買登記の抹消手続を為す可しとの請求は不当なり。
云云」と判定し原告たる上告人の請求を排斥したるは結局相当にして上告其理由なし。
（判旨第一点）
上告第二点の要旨は原判決は法則の適用を誤りたる違法たる（一）原判決理由の末文に「甚右衛門に対し抵当権設定の登記手続を為すべしと請求すと雖も云云之又失当なるを免れず」とあり。
然れども本訴は被上告人甚右衛門甚三郎間に於ける係争不動産上の売買及其売買登記の取消を求むると同時に甚右衛門に対し抵当権設定登記の訴求を為すものにして其手続に於て違法あることなし然るに原判決に於ては前述の如く斯る請求を為すは失当なりと判定したるは違法なり。
（二）訴状控訴状及原判決に引用せる第一審判決の事実摘示に依れば森栄二郎と上告人間に於ける商取引により生ずる栄二郎の債務を担保する為め被上告人森甚右衛門は係争不動産上に抵当権を設定し其登記を為すべきことを約しながら其履行以前に該不動産を被上告人山崎甚三郎に売却したるものにして上告人は民法第四百二十四条に依り被上告人等に対し被上告人間に於ける係争不動産の売買の取消及び登記の抹消を求むるにありて上告人の係争不動産上の抵当権を以て被上告人山崎甚三郎が取得せる係争不動産上の所有権に対抗せんとするに非ず。
然るに原判決は其理由に於て「按ずるに本訴は控訴人と訴外人森栄二郎間の商取引に因り生ずる控訴人の債権担保の為め被控訴人森甚右衛門は其所有不動産に抵当権を設定し登記を為すべきことを約しながら云云其所有権取得の登記を経たりと云ふに在れば当さに民法第百七十七条の適用を受け甚三郎は其意思の善悪を問はず完全なる所有権を取得するを以て云云抵当権を対抗することを得ざるものとす。」と論定し民法第四百二十四条による上告人の請求を決するに同法第百七十七条に基く請求の如く解し同条を適用し上告人に敗訴の裁判を言渡したるは違法なりと云ひ」上告第三点の要旨は原判決は上告人の請求を棄却する理由として「民法第四百二十四条は共同担保を減少して債権を詐害する場合に適用すべき規定にして云云」と判断せられたり今民法第四百二十四条を按ずるに債権者は債務者が其債権者を害することを知りて為したる法律行為の取消を裁判所に請求することを得。
云云」とありて苟くも債権者を害すべきことを知りて為したる債務者の法律行為は概括して取消を受くべきものなることを規定し其債権者の特別担保を有する者たると否とは之を問ふの法意にあらず。
若し原判決の解釈を以て正当なりとすれば民法は特別担保を有する債権者は如何に其権利を詐害せらるるも法律は之を保護せずとの結果となるに至るべし是れ決して民法の法意にあらず。
原判決が誤解を為したる所以は同法第四百二十五条に「前条の規定に依りて為したる取消は総債権者の利益の為めに其効力を生ず。」と規定したるを見で前条の取消権を認むる債権は専ら総債権者の利益の為めに其効力を生ずるもの則ち共同担保の場合なりと解釈したるに依るべし然りと雖も同条は斯の如き法意にあらざるわ疑を容れず之を要するに原判決は民法第四百二十四条を不当に適用したる不法あり。
若し仮りに第四百二十四条は総債権者の利益の為めに其効力を生ずべき債権に限るべきものとするも尚ほ原判決は其理由を付せざる不法あるものなりと云ふに在り
然れども上告人は民法第四百二十四条の規定に依り債務者以外の者の法律行為に対し本訴を起したるものたる上は其請求は失当にして原判決は結局相当なることは上告第一点の論旨に対する説明に依り之を会得すべし。
故に原判決は上告論旨の如き違法あるものと云ふを得ず。
以上説明の如く本件上告は一も適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項の規定に依り之を棄却するものなり。
