明治三十五年(オ)第三百四十七號
明治三十五年十一月七日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 工事請負契約ノ讓渡ハ法律上債權ノ讓渡竝ニ債務ノ引受ニ相當ス故ニ請負人ヨリ他ノ者ニ其契約ヲ讓渡シタルトキ請負人ノ權利ニシテ債權ノ讓渡ニ當ル部分ニ付テハ確定日附アル證書ニ依リ注文者ノ承諾ヲ證明スルニ非サレハ讓受人タル他ノ者ニ於テ之ヲ以テ注文者以外ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得ス(判旨第一點)
- 一 刑事判决ノ確定シタル場合ト雖モ其判决ト異ナリタル事實ヲ眞實ナリト認ムヘカラストノ法規存在セサルカ故ニ民事裁判所ハ尚ホ自由ナル心證ヲ以テ事實ノ眞否ヲ判斷スヘク刑事判决ニ覊束セラルヘキモノニ非ス(判旨第二點)
- 一 民事訴訟法第百九十六條第二號ニ該當スル新ナル請求ハ第二審ニ至テ之ヲ提出スルモ請求者ハ其過失ニ非スシテ第一審ニ於テ提出シ能ハサリシコトヲ疏明スルヲ要セス(判旨第三點)
(參照)原告カ訴ノ原因ヲ變更セスシテ左ノ諸件ヲ爲ストキハ被告ハ異議ヲ述フルコトヲ得ス」第二、本案又ハ附帶請求ニ付キ訴ノ申立ヲ擴張シ又ハ減縮スルコト(民事訴訟法第百九十六條第二號)
上告人 楠本長兵衛
被上告人 橘熊平
訴訟代理人 齊藤孝治
右當事者間ノ債權差押及轉付命令無効確認請求事件ニ付長崎控訴院カ明治三十五年四月二日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告代理人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判决
原判决ヲ破毀シ更ニ辯論及ヒ裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ長崎控訴院ニ差戻ス
理由
上告理由ノ第一ハ原院ニ於テハ熊本葉烟草專賣支局長志賀雷山ト坂本學トノ間ニナシタル工事受負契約ニ基キ坂本學カ支局ヨリ領収スヘキ金員ノ債權ハ被上告人ニ於テ之ヲ有スルモノト决定セラレタレトモ甲第一號證中ニ工事受負ノ讓渡ハ之ヲ禁止アルノミナラス債權ノ讓渡ニ付テハ民法第四百六十七條ニ規定ノアルアレハ其規定ノ法式ニ依ラサル讓渡ハ第三者ニ對シ効力ナキハ論ヲ俟タサル所ナリ然ルニ原院ニ於テハ其規定ヲ無視シ坂本學カ支局ニ對スル債權ハ學ト被上告人トノ間ニナシタル契約ニ依テ被上告人ニ移轉シ第三者タル上告人ニ對シテモ其効力アルカ如ク認定セラレタルハ法律ニ違背シタル裁判ナリト云フニ在リ
按スルニ第一審判决事實摘示ノ部ニハ被告楠本長兵衛即チ上告人訴訟代理人ノ陳述トシテ「債權讓渡ノ効果ヲ債務者以外ノ第三者ニ對抗セントセハ民法ノ規定ニ從ヒ方式ノ通知又ハ承諾ナカル可ラサルニ兩者何レノ事實モ有ルコトナシ然ラハ則チ單ニ讓受ケタリトノ事ヲ以テ本被告ニ對抗スル能ハサルヤ明カナリ」トノ記載アリ原判决ニ之ヲ引用シアルヲ以テ上告人カ原院ニ於テモ右抗辯ヲ提出シタルヤ明白ナリ而シテ原判决ニハ「控訴人(被上告人)ハ請負保證金二百五十圓ノ債權ト共ニ右ノ工事ヲ被控訴人學ヨリ讓受ケ熊本葉烟草專賣支局モ之ヲ承諾シ而シテ其工事ハ控訴人ニ於テ完成セシモノニシテ熊本葉烟草專賣支局ニ對スル本件二千八百五圓ノ債權ハ控訴人ニ於テ之ヲ有スルモノト决定セサル可ラス」ト説明シ指名債權ノ讓渡カ被上告人ト坂本學トノ間ニ行ハレ債務者タル熊本葉烟草專賣支局カ之ヲ承諾シタルコトヲ認メナカラ「請負契約ノ讓渡ハ被控訴人長兵衛(上告人)ニ對抗スルヲ得サルモノナルヤ否ヤノコトハ被控訴人長兵衛ニ於テ被控訴人學ニ對シ債權ヲ有スルモノト决定セシ以上ハ初メテ解决スヘキ問題ニ屬ス」ト説明シテ上告人ノ右ノ抗辯ニ對シ判斷ヲ爲サス然レトモ本訴ハ被上告人カ原告トナリテ提起セルモノニシテ被上告人ハ上告人カ坂本學ノ債權トシテ差押及ヒ轉付命令ヲ得タル債權ハ被上告人カ既ニ坂本學ヨリ讓渡ヲ受ケタルモノナリトシテ右命令ノ無効確認等ヲ請求スルモノナレハ被上告人カ右讓渡ノ通知又ハ承諾ヲ上告人ニ對抗シ得ルコトヲ前提ト爲サヽル可カラス何トナレハ若シ對抗シ得サランカ上告人ヨリ見レハ被上告人ハ債權ノ讓受人ニ非ス債權ニ何ノ關係ヲモ有セサルモノナリ被上告人自己カ毫ヲ關係ヲ有セサル債權ニ付テ他人カ如何ナル事ヲ爲スモ其爲シタル他人カ權利ヲ有スルモ將タ有セサルモ被上告人カ之ニ容喙スヘキ謂ハレナケレハナリ而シテ民法第四百六十七條第二項ニ依レハ指名債權讓渡ノ場合ニ於ケル債務者ノ承諾ハ確定日附アル證書ヲ以テスルニ非サレハ債務者以外ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得サルモノナルカ故ニ原院カ債權讓渡ノ効力ヲ上告人ニ對抗セシメンニハ先ツ熊本葉烟草專賣支局ノ承諾ノ確定日附アル證書ヲ以テシタルコトヲ斷定シタル上ナラサル可カラス然ルニ原判决ニ於テハ之ヲ斷定セスシテ直チニ債權讓渡ノ効力ヲ上告人ニ對抗セシメタルハ前掲民法ノ法則ヲ適用セサル不法アルモノニシテ破毀ヲ免レサルモノトス(判旨第一點)
上告理由ノ第二ハ原院ニ於テハ上告人カ坂本學ニ對スル債權ハ全ク虚構ノモノト斷定セラレタルトモ其虚構ニアラサルコトハ刑事裁判ニ於テ已ニ言渡確定シ其裁判タルヤ各被告人ノ申立證據書類ニ基キ精確ノモノナルカ故ニ本件ノ當事者ニ對シテハ覊束力ヲ有スヘキモノタリ然ルニ原判决カ新乙一號證ニ反シテ事實ヲ確定シタルハ確定判决ノ効力ニ關スル法則ヲ不當ニ適用シタル不法アリト云フニ在リ按スルニ法律ノ規定ニ反セサル限リハ民事裁判所ハ辯論ノ全旨趣及ヒ證據調ノ結果ヲ斟酌シ事實上ノ主張ヲ眞實ナリト認ムヘキヤ否ヤヲ自由ナル心證ヲ以テ判斷スヘキコトハ民事訴訟法第二百十七條ノ規定スル所ニシテ刑事判决ノ確定シタル場合ト雖モ其判决ト異ナリタル事實ヲ眞實ナリト認ム可カラストノ法規存在セサルカ故ニ民事裁判所ハ此場合ニモ尚自由ナル心證ヲ以テ事實ノ眞否ヲ判斷ス可ク刑事判决ニ覊束セラルヘキニアラス(明治三十四年四月三十日言渡明治三十三年(オ)第四百五十二號事件聯合民事部判决參照)然レハ原院カ刑事確定判决ト違ヒ上告人ノ坂本學ニ對スル債權ハ虚構ノモノナリト事實ヲ認定シタリトテ不法ニアラス故ニ本上告論旨ハ其理由ナシ(判旨第二點)
上告理由ノ第三ハ原判决ハ法則ヲ適用セサル不法アリトス本件被上告人カ上告人等ニ對シ第一審ニ提出シタル訴ハ訴状及ヒ口頭辯論調書ニ明カナル如ク被告等ハ被告兩名及ヒ志賀雷山間熊本區裁判所三三(チ)第一號債權差押及ヒ轉付命令ヲ取消ス可シトノ判决ヲ求ムル旨ノ一定ノ請求アリシナリ然ルニ被上告人ハ原院ニ於テ第一囘ノ辯論アリシ後「被控訴人等ハ被控訴人兩名志賀雷山間ノ熊本區裁判所三三(ヲ)第一號債權差押及轉付命令ノ無效ヲ確認シテ被控訴人長兵衛ハ其專賣支局ヨリ領収セシ金二千五百五十圓ヲ控訴人ニ返還シ其保證金二百五十五圓ハ控訴人ノ領収スルコトヲ承認スヘシ」トノ一定ノ請求ヲ爲ス旨明治三十五年二月二十六日附更正擴張申立書ニ基キ同年三月二十六日ノ口頭辯論ニ提出シ尚右辯論終結後即チ同年同月二十七日補充申立書ナルモノヲ以テ被控訴人兩名及ヒ志岡雷山間云々トアル熊本葉煙草專賣支局長志岡雷山間云々ト補充スル旨ノ書面ヲ提出シタリ而シテ原院ノ判决ハ右被上告人カ新タニ提出シタル更正擴張申立及ヒ補充申立ノ通リ判决ヲ與ヘラレタルモノナリ右原院ノ判决ハ第一民事訴訟法第四百十三條ヲ適用セサル不法アリ被上告人カ第一審ニ提出セシ請求ハ前記ノ如ク債權差押及ヒ轉付命令ヲ取消スヘシト云フニ在リテ上告人ニ對シ行爲ノ取消ヲ求メタリシモノナルコト一點疑フヘキ餘地ナシ然ルニ移二審ニ於テ提出シタル請求ハ之レト全ク相異ナレル意思ノ陳述及ヒ金錢ノ給付ヲ求メタルモノニシテ原判决主文ニ於テモ亦其陳述ト給付トヲ命シタルモノニテ即チ明カニ第一審ニ於ケル訴ヲ第二審ニ於テ變更シタルモノナリ民事訴訟法第四百十三條ノ規定ニ據レハ第二審ニ於テハ相手方ノ承諾アルトキト雖モ訴ノ變更ハ之ヲ許サヽルヲ法則トセリ然ルニ原判决ハ該法則ヲ適用セスシテ被上告人カ變更シタル新タナル請求ニ基キ上告人ニ其責ヲ命シタルハ不法ナリト思料ス第二假リニ數歩ヲ退キ被上告人カ原院ニ提出シタル請求ハ訴ノ變更ニアラストスルモ少クトモ原判决ハ民事訴訟法第四百十六條ヲ適用セサル不法ヲ免レス蓋シ第一審ニ於ケル被上告人ノ請求ト第二審ニ於ケル請求トハ訴訟ノ事物ヲ異ニスルカ故訴ノ變更ニ屬スルコト第一ニ攻撃スルカ如クナリト雖モ假リニ之ヲ以テ訴其物ノ變更ニアラストスルモ少クトモ被上告人カ第一審ニ於テ求メサリシ確認及ヒ金錢ノ給付ヲ第二審ニ於テ請求セシハ新タナル請求ニ屬スヘキヤ明白ナリ民事訴訟法第四百十六條ノ規定ニヨレハ新タナル請求ハ第百九十六條第二號及ヒ第三號ノ場合又ハ相殺スルコトヲ得ヘキモノニシテ且ツ原告若クハ被告カ其過失ニ非スシテ第一審ニ於テ提出シ能ハサリシコトヲ疏明スルトキニ限リ之レヲ起スコトヲ得ヘキモノナリ然ルニ被上告人ハ原院ニ於テ右新タナル請求ヲ提出スルニ付何等ノ疏明ヲ爲サス原院モ亦何等ノ調査ヲ加ヘスシテ之レニ基キ判决ヲ與ヘタルハ右第四百十六條ヲ適用セサル不法ヲ免レサルモノト思料ス第三被上告人カ明治三十五年三月二十七日ヲ以テ提出シタル補充申立ナル書面ハ其前日即チ三月二十六日ニ於テ口頭辯論ヲ終結シタル以後ノ書面ニシテ該書面ニ表顯シタル補充ノ事項ニ付テハ口頭辯論ヲ經タル事蹟存セス故ニ該書面ニ掲ケタル申立ハ民事訴訟法第二百三十條ノ規定ニ依リ判决中ニ包括セラルヘキモノニ非ス又同法第二百三十一條ノ規定ニ因リ之レヲ相手方ノ責ニ歸セシムルヲ得可キモノニアラス然ルニ原判决カ此無效ノ書面ニ掲ケアル申立ニ基キ主文ノ判决ヲ與ヘタルハ右各法條ニ違背シタル不法ノ判决ナリト云フニ在リ
按スルニ民事訴訟法第百九十六條ノ規定ハ同法第四百十六條ニ依リ控訴審ニ於テモ亦適用セラルヘキナリ而シテ該條(第百九十六條)ニ依レハ訴ノ原因ヲ變更セスシテ本案又ハ附帶ノ請求ニ付キ訴ノ申立ヲ擴張スルハ許サルヘキ事柄ニ屬シ訴ノ變更トナラス而シテ本件ニ於テ被上告人ハ第一審ニ於テハ債權差押及ヒ轉付命令ノ取消ヲ請求シ第二審ニ於テハ該命令ノ無效確認ト上告人カ右命令ニ因テ収受セシ金錢ノ返還ト保證金領収ノ承認トヲ請求シタルコトハ上告人所論ノ如クナリト雖モ其原因ニ至リテハ少シモ變更スル所ナク且差押及ヒ轉付命令ハ請負代金二千五百五十圓保證金二百五十五圓ニ對スルモノニシテ之カ取消ヲ求ムルハ即チ上告人カ之ニ依テ右金額ヲ領収スルコトヲ排斥シ其結果右金額ヲ被上告人ノ領収スヘキモノトスルニ在レハ第二審ニ於ケル申立ハ必竟第一審ニ於ケル申立ノ當然ノ結果トシテ生スヘキ事項ヲ更ニ請求トシテ申立テタルニ過キサルカ故ニ民事訴訟法第百九十六條第二號ニ所謂申立ノ擴張ニ該當スルモノニシテ訴ノ變更トナラス且該條項ニ該當スル新ナル請求ハ之ヲ第二審ニ至テ提出スルモ過失ニ非スシテ第一審ニ於テ提出シ能ハサリシコトヲ疏明スルコトヲ要セス民事訴訟法第四百十六條「且原告」以下「疏明スルトキ」迄ノ文詞ハ「相殺スルコトヲ得ヘキモノニシテ」トノ文詞ニノミ附加セラレタルモノニシテ「第百九十六條第二號及ヒ第三號ノ場合」ノ文詞ニ接續スルモノニ非サルコト文理上明瞭ナリ又明治三十五年三月七日附補充申立ナル書面ニ基キ被上告人カ申立ヲ爲シタル形跡ナキコト上告人所論ノ如クナリト雖モ原判决ニハ之ヲ被上告人ノ申立トシテ摘示セサレハ原院ハ之ヲ被上告人ノ申立ト爲シタルニ非ルナリ然ルニ判决主文ニ於テハ該書ニ記載アルカ如ク「志賀雷山」ノ文字ノ上ニ「熊本葉煙草專賣支局長」ノ文字ヲ記セルモ本訴係爭債權ハ志賀雷山ニ對スルモノニアラスシテ熊本葉煙草專賣支局ニ對スルモノナルコト始ヨリ明白ニシテ上告人モ亦斯ク解シテ爭ヒ來リタルコト訴訟記録ニ徴シテ明瞭ナリ然ラハ原院ハ申立ノ文字其侭ヲ判决主文ニ記載セスシテ申立ノ意義ニ從ヒテ記載シ判决ヲ明確ナラシメタルモノニシテ違法ノ點ナシ要スルニ本上告論旨ハ其理由ナシ(判旨第三點)
以上説明ノ如ク上告理由第二第三ハ其理由ナシト雖モ上告理由ノ第一ハ其理由アリ他ノ上告理由ニ對スル説明ヲ要セサルヲ以テ之ニ關スル説明ヲ省キ民事訴訟法第四百四十七條第一項及ヒ第四百四十八條第一項ニ從ヒ主文ノ如ク判决ス
明治三十五年(オ)第三百四十七号
明治三十五年十一月七日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 工事請負契約の譲渡は法律上債権の譲渡並に債務の引受に相当す。
故に請負人より他の者に其契約を譲渡したるとき請負人の権利にして債権の譲渡に当る部分に付ては確定日附ある証書に依り注文者の承諾を証明するに非ざれば譲受人たる他の者に於て之を以て注文者以外の第三者に対抗することを得ず。
(判旨第一点)
- 一 刑事判決の確定したる場合と雖も其判決と異なりたる事実を真実なりと認むべからずとの法規存在せざるが故に民事裁判所は尚ほ自由なる心証を以て事実の真否を判断すべく刑事判決に羈束せらるべきものに非ず(判旨第二点)
- 一 民事訴訟法第百九十六条第二号に該当する新なる請求は第二審に至で之を提出するも請求者は其過失に非ずして第一審に於て提出し能はざりしことを疏明するを要せず。
(判旨第三点)
(参照)原告が訴の原因を変更せずして左の諸件を為すときは被告は異議を述ぶることを得ず。」第二、本案又は附帯請求に付き訴の申立を拡張し又は減縮すること(民事訴訟法第百九十六条第二号)
上告人 楠本長兵衛
被上告人 橘熊平
訴訟代理人 斎藤孝治
右当事者間の債権差押及転付命令無効確認請求事件に付、長崎控訴院が明治三十五年四月二日言渡したる判決に対し上告代理人より全部破毀を求むる申立を為し被上告代理人は上告棄却の申立を為したり。
判決
原判決を破毀し更に弁論及び裁判を為さしむる為め本件を長崎控訴院に差戻す
理由
上告理由の第一は原院に於ては熊本葉烟草専売支局長志賀雷山と坂本学との間になしたる工事受負契約に基き坂本学が支局より領収すべき金員の債権は被上告人に於て之を有するものと決定せられたれども甲第一号証中に工事受負の譲渡は之を禁止あるのみならず債権の譲渡に付ては民法第四百六十七条に規定のあるあれば其規定の法式に依らざる譲渡は第三者に対し効力なきは論を俟たざる所なり。
然るに原院に於ては其規定を無視し坂本学が支局に対する債権は学と被上告人との間になしたる契約に依て被上告人に移転し第三者たる上告人に対しても其効力あるが如く認定せられたるは法律に違背したる裁判なりと云ふに在り
按ずるに第一審判決事実摘示の部には被告楠本長兵衛即ち上告人訴訟代理人の陳述として「債権譲渡の効果を債務者以外の第三者に対抗せんとせば民法の規定に従ひ方式の通知又は承諾なかる可らざるに両者何れの事実も有ることなし然らば則ち単に譲受けたりとの事を以て本被告に対抗する能はざるや明かなり。」との記載あり原判決に之を引用しあるを以て上告人が原院に於ても右抗弁を提出したるや明白なり。
而して原判決には「控訴人(被上告人)は請負保証金二百五十円の債権と共に右の工事を被控訴人学より譲受け熊本葉烟草専売支局も之を承諾し、而して其工事は控訴人に於て完成せしものにして熊本葉烟草専売支局に対する本件二千八百五円の債権は控訴人に於て之を有するものと決定せざる可らず」と説明し指名債権の譲渡が被上告人と坂本学との間に行はれ債務者たる熊本葉烟草専売支局が之を承諾したることを認めながら「請負契約の譲渡は被控訴人長兵衛(上告人)に対抗するを得ざるものなるや否やのことは被控訴人長兵衛に於て被控訴人学に対し債権を有するものと決定せし以上は初めて解決すべき問題に属す」と説明して上告人の右の抗弁に対し判断を為さず。
然れども本訴は被上告人が原告となりて提起せるものにして被上告人は上告人が坂本学の債権として差押及び転付命令を得たる債権は被上告人が既に坂本学より譲渡を受けたるものなりとして右命令の無効確認等を請求するものなれば被上告人が右譲渡の通知又は承諾を上告人に対抗し得ることを前提と為さざる可からず。
何となれば若し対抗し得さらんか上告人より見れば被上告人は債権の譲受人に非ず債権に何の関係をも有せざるものなり。
被上告人自己が毫を関係を有せざる債権に付て他人が如何なる事を為すも其為したる他人が権利を有するも将た有せざるも被上告人が之に容喙すべき謂はれなければなり。
而して民法第四百六十七条第二項に依れば指名債権譲渡の場合に於ける債務者の承諾は確定日附ある証書を以てずるに非ざれば債務者以外の第三者に対抗することを得ざるものなるが故に原院が債権譲渡の効力を上告人に対抗せしめんには先づ熊本葉烟草専売支局の承諾の確定日附ある証書を以てしたることを断定したる上ならざる可からず。
然るに原判決に於ては之を断定せずして直ちに債権譲渡の効力を上告人に対抗せしめたるは前掲民法の法則を適用せざる不法あるものにして破毀を免れざるものとす。
(判旨第一点)
上告理由の第二は原院に於ては上告人が坂本学に対する債権は全く虚構のものと断定せられたるとも其虚構にあらざることは刑事裁判に於て己に言渡確定し其裁判たるや各被告人の申立証拠書類に基き精確のものなるが故に本件の当事者に対しては羈束力を有すべきものたり。
然るに原判決が新乙一号証に反して事実を確定したるは確定判決の効力に関する法則を不当に適用したる不法ありと云ふに在り按ずるに法律の規定に反せざる限りは民事裁判所は弁論の全旨趣及び証拠調の結果を斟酌し事実上の主張を真実なりと認むべきや否やを自由なる心証を以て判断すべきことは民事訴訟法第二百十七条の規定する所にして刑事判決の確定したる場合と雖も其判決と異なりたる事実を真実なりと認む可からずとの法規存在せざるが故に民事裁判所は此場合にも尚自由なる心証を以て事実の真否を判断す可く刑事判決に羈束せらるべきにあらず。
(明治三十四年四月三十日言渡明治三十三年(オ)第四百五十二号事件連合民事部判決参照)。
然れば原院が刑事確定判決と違ひ上告人の坂本学に対する債権は虚構のものなりと事実を認定したりとて不法にあらず。
故に本上告論旨は其理由なし。
(判旨第二点)
上告理由の第三は原判決は法則を適用せざる不法ありとす。
本件被上告人が上告人等に対し第一審に提出したる訴は訴状及び口頭弁論調書に明かなる如く被告等は被告両名及び志賀雷山間熊本区裁判所三三(チ)第一号債権差押及び転付命令を取消す可しとの判決を求むる旨の一定の請求ありしなり。
然るに被上告人は原院に於て第一回の弁論ありし後「被控訴人等は被控訴人両名志賀雷山間の熊本区裁判所三三(ヲ)第一号債権差押及転付命令の無効を確認して被控訴人長兵衛は其専売支局より領収せし金二千五百五十円を控訴人に返還し其保証金二百五十五円は控訴人の領収することを承認すべし。」との一定の請求を為す旨明治三十五年二月二十六日附更正拡張申立書に基き同年三月二十六日の口頭弁論に提出し尚右弁論終結後即ち同年同月二十七日補充申立書なるものを以て被控訴人両名及び志岡雷山間云云とある熊本葉煙草専売支局長志岡雷山間云云と補充する旨の書面を提出したり。
而して原院の判決は右被上告人が新たに提出したる更正拡張申立及び補充申立の通り判決を与へられたるものなり。
右原院の判決は第一民事訴訟法第四百十三条を適用せざる不法あり。
被上告人が第一審に提出せし請求は前記の如く債権差押及び転付命令を取消すべしと云ふに在りて上告人に対し行為の取消を求めたりしものなること一点疑ふべき余地なし。
然るに移二審に於て提出したる請求は之れと全く相異なれる意思の陳述及び金銭の給付を求めたるものにして原判決主文に於ても亦其陳述と給付とを命じたるものにて、即ち明かに第一審に於ける訴を第二審に於て変更したるものなり。
民事訴訟法第四百十三条の規定に拠れば第二審に於ては相手方の承諾あるときと雖も訴の変更は之を許さざるを法則とせり。
然るに原判決は該法則を適用せずして被上告人が変更したる新たなる請求に基き上告人に其責を命じたるは不法なりと思料す第二仮りに数歩を退き被上告人が原院に提出したる請求は訴の変更にあらずとするも少くとも原判決は民事訴訟法第四百十六条を適用せざる不法を免れず蓋し第一審に於ける被上告人の請求と第二審に於ける請求とは訴訟の事物を異にするが故訴の変更に属すること第一に攻撃するが如くなりと雖も仮りに之を以て訴其物の変更にあらずとするも少くとも被上告人が第一審に於て求めざりし確認及び金銭の給付を第二審に於て請求せしは新たなる請求に属すべきや明白なり。
民事訴訟法第四百十六条の規定によれば新たなる請求は第百九十六条第二号及び第三号の場合又は相殺することを得べきものにして且つ原告若くは被告が其過失に非ずして第一審に於て提出し能はざりしことを疏明するときに限り之れを起すことを得べきものなり。
然るに被上告人は原院に於て右新たなる請求を提出するに付、何等の疏明を為さず原院も亦何等の調査を加へずして之れに基き判決を与へたるは右第四百十六条を適用せざる不法を免れざるものと思料す第三被上告人が明治三十五年三月二十七日を以て提出したる補充申立なる書面は其前日即ち三月二十六日に於て口頭弁論を終結したる以後の書面にして該書面に表顕したる補充の事項に付ては口頭弁論を経たる事蹟存せず。
故に該書面に掲げたる申立は民事訴訟法第二百三十条の規定に依り判決中に包括せらるべきものに非ず又同法第二百三十一条の規定に因り之れを相手方の責に帰せしむるを得可きものにあらず。
然るに原判決が此無効の書面に掲げある申立に基き主文の判決を与へたるは右各法条に違背したる不法の判決なりと云ふに在り
按ずるに民事訴訟法第百九十六条の規定は同法第四百十六条に依り控訴審に於ても亦適用せらるべきなり。
而して該条(第百九十六条)に依れば訴の原因を変更せずして本案又は附帯の請求に付き訴の申立を拡張するは許さるべき事柄に属し訴の変更とならず。
而して本件に於て被上告人は第一審に於ては債権差押及び転付命令の取消を請求し第二審に於ては該命令の無効確認と上告人が右命令に因で収受せし金銭の返還と保証金領収の承認とを請求したることは上告人所論の如くなりと雖も其原因に至りては少しも変更する所なく、且、差押及び転付命令は請負代金二千五百五十円保証金二百五十五円に対するものにして之が取消を求むるは。
即ち上告人が之に依て右金額を領収することを排斥し其結果右金額を被上告人の領収すべきものとするに在れば第二審に於ける申立は必竟第一審に於ける申立の当然の結果として生ずべき事項を更に請求として申立てたるに過ぎざるが故に民事訴訟法第百九十六条第二号に所謂申立の拡張に該当するものにして訴の変更とならず、且、該条項に該当する新なる請求は之を第二審に至で提出するも過失に非ずして第一審に於て提出し能はざりしことを疏明することを要せず。
民事訴訟法第四百十六条「、且、原告」以下「疏明するとき」迄の文詞は「相殺することを得べきものにして」との文詞にのみ附加せられたるものにして「第百九十六条第二号及び第三号の場合」の文詞に接続するものに非ざること文理上明瞭なり。
又明治三十五年三月七日附補充申立なる書面に基き被上告人が申立を為したる形跡なきこと上告人所論の如くなりと雖も原判決には之を被上告人の申立として摘示せざれば原院は之を被上告人の申立と為したるに非るなり。
然るに判決主文に於ては該書に記載あるが如く「志賀雷山」の文字の上に「熊本葉煙草専売支局長」の文字を記せるも本訴係争債権は志賀雷山に対するものにあらずして熊本葉煙草専売支局に対するものなること始より明白にして上告人も亦斯く解して争ひ来りたること訴訟記録に徴して明瞭なり。
然らば原院は申立の文字其侭を判決主文に記載せずして申立の意義に従ひて記載し判決を明確ならしめたるものにして違法の点なし。
要するに本上告論旨は其理由なし。
(判旨第三点)
以上説明の如く上告理由第二第三は其理由なしと雖も上告理由の第一は其理由あり他の上告理由に対する説明を要せざるを以て之に関する説明を省き民事訴訟法第四百四十七条第一項及び第四百四十八条第一項に従ひ主文の如く判決す