準禁治産宣告不服ノ件

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大審院民事判決録（民録）8輯10巻8頁

上告趣旨の要領は人事訴訟手続法第五十七条第一項に依り準禁治産宣告に対し不服を申立てんとするときは当該準禁治産宣告の申立人を以て相手方と為すべきを原則とす。 今原院が此相手方を定むるに方り「準禁治産宣告に対し不服の訴を為さんには裁判所の同決定に於て申立人と認められたるものを相手方と為すべきものにして仮令[たとい]同申立書中他に連署者ありと雖[いえども]も裁判所の認めざる連署者を相手方と為すべきものにあらず。 故に乙第十号証には控訴人の外二名の連署者ありとするも甲第四号証の原本たる取寄せ記録に依れば裁判所の認めたる申立人は控訴人一名なるを以て」云云と説明し以て準禁治産宣告申立人は裁判所が決定に於て申立人と認めたるものに限り此申立人は甲第四号証の原本に依りて断定せられたるは採証を誤りたる不法ありとす。 準禁治産の決定には必ずしも申立人全員を表示すべき明文なきを以て原院の前提とせられたる論旨は果して正鵠を得たりと為し難しと雖[いえども]も一歩を譲りて決定に於て表示せられたる者は則ち本件の相手方たるべき申立人たるを通則とするも甲第四号証たる公告の原本を採で直に決定に認定せられたる申立人なりと断定することを得ず。 何となれば公告は人事訴訟手続法第五十三条及び明治三十一年司法省令第九号に基き決定の要旨を抜載するに過ぎずして決定全部を表明するものにあらざればなり。 凡そ申立人とは当該事件に付、現実申立を為したるものの称呼にして殊に本件の如く民法第十三条及同第七条に依り準禁治産申立書中上告人以外に宣告の申立を為したる本人の実母及び親族が連署せる場合に於ては其署名者は取も直さず申立人と称すべきは疑ひなき所なり。 故に若し其署名者にして申立人ならざることあらば必ずや或原因に依りて其申立人たる事実の消滅したるものなかるべからず。 之れ決定原本其他の書類に徴して始めて明かにするを得べきものとす。

果して然らば原院に於て是認せられたる乙第十号証たる準禁治産申立書と決定の要旨を摘録するに過ぎざる甲第四号証の申立人が相異なる場合は先きに御院に於て本件に付き下したる判決の理由（明治三十三年お第五七九号）に示されたる如く職権を以て其準禁治産を宣告したる決定書をも調査し其他諸般の書類を調査して始めて之を確定すべきものとす。 然るに原院に於て事茲に[ここに]出でず準禁治産宣告の申立人は決定に於ふ認められたる者に限るとの前提の下に単に決定の要旨を摘記する甲第四号証公告原本のみに依りて事実を確定せられたる採証に不法ありと云ふ[いう]に在り

仍て[よって]按ず[あんず]るに原院に於て取寄せたる準禁治産宣告に関する記録は上告人の申請に因りて之を取寄せたること及び取寄書類中に該宣告の決定原本ありしことは訴訟記録中に存する上告人の証拠調申立書及富山区裁判所の送致書に徴して明白なり。 而して[しこうして]原院明治三十四年十一月二十五日の口頭弁論調書に依れば「控訴代理人（上告人）は取寄記録を援用し準禁治産申立人は控訴人の外被控訴人の実母藤川ちよ辻勘造の両名あること右両名は申立を取下たることなきことを証す決定書に藤川解のみを申立人と記載せしは誤なる旨陳述せり」と記載あり乃ち[すなわち]原院に於て取寄せたる記録中の準禁治産宣告の決定原本には申立人は藤川解一名の外記載なきこと自ら推知するに足る。 然れば則ち之を甲第四号証は該決定原本を抄写したる公告案なる事実と原判決中「前略準禁治産宣告に対し不服の訴を為さんには裁判所の同決定に於て申立人と認められたるものを相手方となすべきものにして仮令[たとい]同申立書中他に連帯者ありと雖[いえども]も裁判所の認めざる連署者を相手方と為すべきものに非ず云云」の判文とに対照すれば原判文に所謂申第四号証の原本とは決定原本を指称するものにして公告案の原書を指したるものに非ざること自ら判知することを得べし、而して[しこうして]準禁治産の宣告決定に対して不服の訴を提起する者は縦令[たとい]其決定に掲記せられたる申立人以外に尚申立人ある場合と雖[いえども]も決定に掲記せられたる申立人のみを相手方と為すべきものにして其他の申立人を相手方と為すべきものに非ざることは実に原判決に説明する所の如し何となれば如上の訴は準禁治産の宣告を不当なりとして提起するに外ならざれば其決定に顕れざる申立人を相手方とすべき理由あらざればなり。 之を要するに原判決甲第四号証の原本云云の文詞は省筆に失し穏当ならずと雖[いえども]も本論告の如き不法の裁判なりと云ふ[いう]を得ず。

右の理由なるを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項の規定に従ひ主文の如く判決す