明治三十四年(オ)第四百二十號
明治三十四年十一月一日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 登記名義者ヲ不動産ノ所有者ト信シ善意ニテ抵當權ヲ取得シタル者ト雖モ過失ナキ眞所有者ノ抵當權登記取消ノ請求ニ對抗スルヲ得ス
上告人 中谷理右衛門
訴訟代理人 西尾哲夫
被上告人 深井庄七
右當事者間ノ登記取消請求事件ニ付キ大阪控訴院カ明治三十四年六月十八日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第一點ハ本件ハ被上告人ハ訴外人丹羽榮助トノ間ニ於テ係爭物件ノ所有權移轉ノ時期ハ何時ナルヤヲ定ムルヲ重要ノ爭點トス而シテ原裁判所ハ甲第一號證及ヒ上告人カ證據トシタル丹羽榮助カ第一審ニ於ケル答辯書ニ徴シ第一被上告人タル請負人カ材料ヲ供給セシコト第二注文人ハ請負人ニ於テ家屋ノ棟上ヲ爲シ瓦ヲ葺キ荒壁片側ヲ塗リタルトキ報酬金半額ヲ拂渡シ全部落成ノ時殘額ヲ拂渡ス事第三一部竣工ノ報酬金半額ヲ支拂ハサルトキハ注文人即チ土地所有者ハ相當ノ地料ヲ以テ請負人ニ其建造物ノ敷地ヲ賃貸スヘキ契約アルコト此約旨ヨリ推考シテ注文人ヨリ報酬金ノ金額ヲ拂渡スト同時ニ請負人ヨリ建造物ヲ注文人ニ引渡シ茲ニ初メテ物ノ所有權ヲ移付スヘキ當事者間ノ意思ナリト認ムル旨判定セリ然レトモ被上告人ハ右ノ書證ニヨリ單ニ請負ノ仕事完成ノ上物件ノ引渡ヲ爲ス可キモノナリトノ事實ヲ主張シタルニ過キスシテ該書證ニヨリ所有權移轉ノ時期ハ物件引渡ノトキナリトノ契約アルコトヲ主張シ且ツ之ヲ立證セントシタル者ニ非サルコトハ口頭辯論調書ニ依リ明確タリ元來請負契約ニ於テハ引渡ヲ以テ所有權移轉ノ方法ト爲ス旨ノ法文ナキヲ以テ請負仕事完成ノ上物件ヲ引渡スコトハ畢竟民法第六百三十二條第六百三十三條ニ於テ認ムル仕事請負契約ナルコトヲ證明スルノミニシテ引渡其モノカ所有權移轉ノ方法タルヤ否ヤハ即チ本件ノ爭點ニ屬スルモノナルニ被上告人ハ之ノ點ニ對シ特ニ引渡ヲ以テ所有權移轉ノ方法ト爲ス旨ノ契約アリシトノ事實ノ主張竝ニ立證ヲ爲シタルモノニアラス左レハ被上告人カ提出セサリシ事實ニ對シ契約存在ノ事實ヲ確認シ之ヲ以テ唯一ノ判旨トナシタルハ即チ法律ニ違背シテ事實ヲ提出シタリト看做シタルモノニシテ蓋シ當事者ノ提出セサル事實ヲ裁判所ニ於テ判决ノ資料ニ供スル能ハサルハ民事訴訟法上ノ原則トス故ニ原判决ハ法律ニ違背シタル不法アルモノトス(二)加之前掲判决第一ノ理由タル請負人カ材料ヲ供給スルト否トハ敢テ所有權問題ニ差異ノ關係ヲ來タサス蓋シ其材料ノ何レヨリ供給スルヲ問ハス均シク請負契約タルニ外ナラスシテ此間現行民法ニ於テハ何等ノ差別ナケレハナリ第二理由ハ畢竟民法第六百三十三條ノ規定ニ從ハサル旨ノ特約ヲ爲シタルモノナレハ此點ハ單ニ報酬支拂時期ノ問題ヲ决定シタルモノニシテ所有權移轉問題トハ何等ノ關係アルモノニアラス又第三ノ理由ノ如キハ畢竟請負金ヲ支拂ハサル場合ニ於ケル制裁換言セハ契約ノ實行ニ對スル一ノ保證タルニ外ナラスシテ是亦所有權移轉問題ニ何等ノ關係ナシ而モ右第二第三ノ理由ノ如キハ畢竟法律ノ認メタル請負契約タルコトヲ明瞭ニシタル約旨ニシテ此事項ヲ以テ特ニ所有權移轉ニ關スル契約ヲ爲シタルモノト認ムル能ハサルハ論ヲ俟タス故ニ此所有權移轉問題ニ關係ナキ事項ニ因リ事實ヲ確定シタルハ即チ法律ニ違背シテ事實ヲ確定シタルモノニテ蓋シ前掲事項ハ凡テ民法上所有權移轉ヲ决定スルニ直接關係ナキ請負契約ノ本質竝報酬付與ノ時期ニ關スル法律關係ナルニ此法律關係ヲ以テ直チニ所有權ニ關スル事實確定ノ資料ニ供シタルハ所謂法律ニ背キ事實ヲ確定シタル不法アリト云フニ在リ
依テ先ツ第一ニ付説明ス可シ上告人ハ立證ノ事實ト立證ノ結果ニ依リ推論スル事項トヲ混同シタルモノナリ被上告人ハ甲第一號證ハ云々完成ノ上引渡ス約ナリシ證ト申立テタルハ同證ニ顯ハレタル事實ヲ以テ立證シタルモノニシテ所有權ノ移轉ハ引渡ト同時ニ爲ス意思ナリシトハ右ノ立證ヨリ推論スル所ノモノナリ而シテ原院カ前掲論告中ニ記載スル如ク判定シタルハ被上告人ノ證據ノ結果ニ付辯論シタル趣旨ヲ採用シタルニ外ナラス第二ハ全ク事實ノ認定ヲ批難スルモノニシテ上告ノ理由トナラス
第二點ハ元來請負契約ニ於ケル所有權移轉ノ問題ハ民法第六百三十二條以下請負ノ節目ニ於テ何等ノ規定ナキヲ以テ一般ノ規定ニ從ヒ判定セサルヘカラス即チ被告人ト丹羽榮助トハ民法第百七十六條ニ從ヒ請負契約ト同時ニ物ノ所有權移轉スルモノト斷定セサルヘカラス而シテ動産ニ付テハ第三者タル上告人ニ對スルニ民法第百七十八條ノ規定ニ從ヒ仕事ノ材料タル一品一物ノ注文人ノ占有ニ移リタルトキ即チ注文人ノ所有地ニ運搬シ其占有内ニ移シタルトキナラサルヘカラス然レトモ已ニ請負工事竣成シタル事實ハ爭ナキ所ナレハ動産ノ規定ヲ適用スルモノトスルモ已ニ所有權カ訴外人ニ移轉セルハ右ニ解釋ニヨリテ明カニシテ又不動産ノ所有權移轉ノ法律ニ從フヘキモノトスルモ甲第二號證ニヨリ訴外人ニ於テ所有權ノ登記アルモノナレハ民法第百七十七權ニ從ヒ本訴物件ハ第三者タル上告人ニ對シ訴外人ニ所有權アルモノト認メサルヘカラス故ニ何レノ法則ヲ適用スルモノトスルモ既ニ訴外人ニ所有權アリタルコトハ法律上當然ノ事實ナリトス然ルニ民法第六百三十三條ニ因リ所有權未タ注文人ニ移轉セスト云フモノアリト雖モ同條ハ單ニ請負人ニ於テ報酬金ヲ請求シ得ル時期ノ規定ニシテ所有權移轉ノ時期ヲ定メタルモノニアラサルコトハ同條ノ解釋上自明ノ理ナリトス從テ普通ノ引渡ト該條ノ引渡トハ自ラ別意味ナルコトモ亦言ヲ俟タサル所ナリトス而カモ不動産ノ工事ニ付テハ民法第三百二十五條第二號同第三百三十八條ニ因リ其工事費ニ先取特權ヲ與ヘリ之ニ因リテ之ヲ觀ルモ所有權カ注文人ニアルコト明カニシテ尚且工事費ニハ如此保護法アリ要スルニ所有權ハ契約ニ因リ直チニ注文人ニ移轉セルモノナレハ此等法律ヲ無視シ原判决ニ於テ本件所有權カ被上告人ニアリトノ斷定ハ法律ニ違背シテ事實ヲ確定シタル失當ノ判决ナリト云フニ在リ
按スルニ本論旨ハ種々ノ理由ヲ付シテ原判决ヲ批難スルモノナルモ原院ニ於テ已ニ係爭物ノ所有權ハ引渡ト同時ニ移轉スルノ約旨ナリト判定シタル上ハ結局事實ノ認定ニ對スル攻撃タルニ歸リ上告ノ理由トナラサルモノトス
第三點ハ原判决ニ於テ第一審ニ於ケル丹羽榮助ノ答辯書ヲ採用シテ被上告人ハ注文人タル未タ建築家屋ノ引渡ヲ爲サヽリシモノナリト云フニ在レトモ原判决ノ採用セル同人ノ答辯書ニハ同人ハ被上告人ト共ニ已ニ本訴ノ家屋落成シタレハ當該官廳ノ檢査ヲ受ケ且同道ニテ大阪市東區役所ヘ落成届ヲ爲シ同人ハ已ニ該家屋ノ引渡ヲ受ケタルモノナリト主張セリ此主張ニ於テ同人ハ明カニ代金ノ仕拂ヲ以テ所有權移轉ノ時期ナラサルコトヲ言明シ且已ニ引渡ヲ受ケタルコトヲ自述セルモノナリ而シテ如此訴外人榮助ノ第一審ニ於ケル答辯書ヲ被上告人ニ於テ證據トシテ裁判所之ヲ採用シタル上ハ該證據ニ於テ被上告人ハ已ニ引渡ヲ完了シタルモノナリト認メサルヘカラス然ルニ原裁判所ハ此證據ニ反シテ事實ヲ確定シ少クトモ一個ノ文書ニ對シ被上告人ニ利益ナル部分ノミヲ採用シ上告人ニ利益ナル部分ヲ採用セサルニ於テ何等ノ理由ヲ付セサルモノニシテ理由不備ノ不法アルモノトス又被上告人ノ提出シタル甲第二號證ノ登記謄本ニ依ルモ右訴外人榮助主張ノ如ク家屋ハ已ニ落成シタルコト明瞭ニシテ益益榮助ノ落成引渡濟ナリトノ事實主張ハ信スルニ足ルモノナルニ此證據ニ反シテ事實ヲ確定シタルハ不法アルモノトスト云フニ在リ
按スルニ證據ノ取捨ハ事實裁判官ノ職權ニ屬スレハ假令一箇ノ證據中上告人ノ不利益ナル部分ヲ採用シ利益ナル部分ヲ採用セサリシトテ不法ト云フヲ得ス又榮助ノ申立ヲ採ルト否トハ是亦事實裁判官ノ自由ナレハ之ヲ採ラサリシトテ不服ヲ唱フルヲ得ス
第四點ハ原判决ニハ本件ノ建築家屋ノ所有權ハ被上告人ニ歸屬シ上告人ノ抵當權ハ物ノ所有者ナル被上告人ニ對抗スル効力ナシトアレトモ何故法律上効力ナキヤニ至リテハ法文ノ明示ヲ欠キ即チ理由不備ノ判决タリ加カモ上告人ハ登記ニ基キ訴外人ニ所有權アルコトヲ認メテ抵當權ヲ設定シタルモノニシテ凡テ第三者ハ登記ニ依リテ他人ノ所有權ヲ認メルノ外他ニ何等ノ之ヲ知悉スヘキ道ナク上告人ハ此適法ノ方法ニ因リテ權利ヲ設定シタルモノニシテ毫モ上告人ニ過失ナキモノナリ然ルニ被上告人ト訴外人トノ關係ニ依リ善意ノ第三者カ害ヲ受クル理ナケレハ原判决認定ノ事實トスルモ上告人ノ登記ハ之ヲ抹消サルヘキ法律上ノ理由毫モ存在セサルモノトス故ニ原判决ハ法則ニ違背シタル不法アリト云フニ在リ
按スルニ上告人ハ登記ヲ信用シテ榮助ニ金員ヲ貸與シ係爭物ノ抵當權ヲ得タルモノトスレハ別ニ過失ナシト雖モ被上告人モ亦係爭物カ榮助ノ所有物トシテ登記セラレタルコトニ付テハ過失ナシ何トナレハ此場合ニ於テ被上告人ハ榮助カ斯ル登記ヲ爲スコトニ付キ豫メ之レヲ防禦ス可キ手段ヲ爲サヽルヘカラサル義務ナケレハナリ然レハ斯ノ如ク雙方ニ過失ナキ場合ニハ法律ハ何レヲ保護スヘキヤト云フニ物件ノ所有者ハ故ナク其所有權ヲ奪ハレ又ハ義務ヲ負擔ス可キ條理ナキヲ以テ上告人ノ如キ抵當權者ヨリモ所有權者タル被上告人ヲ保護スルモノトス故ニ原院カ前掲ノ如ク判示シタルハ相當ナリトス
右ノ理由ナルニ依リ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ從ヒ本件上告ハ之ヲ棄却ス可キモノトス
明治三十四年(オ)第四百二十号
明治三十四年十一月一日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 登記名義者を不動産の所有者と信じ善意にて抵当権を取得したる者と雖も過失なき真所有者の抵当権登記取消の請求に対抗するを得ず。
上告人 中谷理右衛門
訴訟代理人 西尾哲夫
被上告人 深井庄七
右当事者間の登記取消請求事件に付き大坂控訴院が明治三十四年六月十八日言渡したる判決に対し上告代理人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第一点は本件は被上告人は訴外人丹羽栄助との間に於て係争物件の所有権移転の時期は何時なるやを定むるを重要の争点とす。
而して原裁判所は甲第一号証及び上告人が証拠としたる丹羽栄助が第一審に於ける答弁書に徴し第一被上告人たる請負人が材料を供給せしこと第二注文人は請負人に於て家屋の棟上を為し瓦を葺き荒壁片側を塗りたるとき報酬金半額を払渡し全部落成の時残額を払渡す事第三一部竣工の報酬金半額を支払はざるときは注文人即ち土地所有者は相当の地料を以て請負人に其建造物の敷地を賃貸すべき契約あること此約旨より推考して注文人より報酬金の金額を払渡すと同時に請負人より建造物を注文人に引渡し茲に初めて物の所有権を移付すべき当事者間の意思なりと認むる旨判定せり。
然れども被上告人は右の書証により単に請負の仕事完成の上物件の引渡を為す可きものなりとの事実を主張したるに過ぎずして該書証により所有権移転の時期は物件引渡のときなりとの契約あることを主張し且つ之を立証せんとしたる者に非ざることは口頭弁論調書に依り明確たり元来請負契約に於ては引渡を以て所有権移転の方法と為す旨の法文なきを以て請負仕事完成の上物件を引渡すことは畢竟民法第六百三十二条第六百三十三条に於て認むる仕事請負契約なることを証明するのみにして引渡其ものが所有権移転の方法たるや否やは。
即ち本件の争点に属するものなるに被上告人は之の点に対し特に引渡を以て所有権移転の方法と為す旨の契約ありしとの事実の主張並に立証を為したるものにあらず。
左れば被上告人が提出せざりし事実に対し契約存在の事実を確認し之を以て唯一の判旨となしたるは。
即ち法律に違背して事実を提出したりと看做したるものにして蓋し当事者の提出せざる事実を裁判所に於て判決の資料に供する能はざるは民事訴訟法上の原則とす。
故に原判決は法律に違背したる不法あるものとす。
(二)加之前掲判決第一の理由たる請負人が材料を供給すると否とは敢て所有権問題に差異の関係を来たさず蓋し其材料の何れより供給するを問はず均しく請負契約たるに外ならずして此間現行民法に於ては何等の差別なければなり。
第二理由は畢竟民法第六百三十三条の規定に従はざる旨の特約を為したるものなれば此点は単に報酬支払時期の問題を決定したるものにして所有権移転問題とは何等の関係あるものにあらず。
又第三の理由の如きは畢竟請負金を支払はざる場合に於ける制裁換言せば契約の実行に対する一の保証たるに外ならずして是亦所有権移転問題に何等の関係なし。
而も右第二第三の理由の如きは畢竟法律の認めたる請負契約たることを明瞭にしたる約旨にして此事項を以て特に所有権移転に関する契約を為したるものと認むる能はざるは論を俟たず。
故に此所有権移転問題に関係なき事項に因り事実を確定したるは。
即ち法律に違背して事実を確定したるものにて蓋し前掲事項は凡で民法上所有権移転を決定するに直接関係なき請負契約の本質並報酬付与の時期に関する法律関係なるに此法律関係を以て直ちに所有権に関する事実確定の資料に供したるは所謂法律に背き事実を確定したる不法ありと云ふに在り
依て先づ第一に付、説明す可し上告人は立証の事実と立証の結果に依り推論する事項とを混同したるものなり。
被上告人は甲第一号証は云云完成の上引渡す約なりし証と申立てたるは同証に顕はれたる事実を以て立証したるものにして所有権の移転は引渡と同時に為す意思なりしとは右の立証より推論する所のものなり。
而して原院が前掲論告中に記載する如く判定したるは被上告人の証拠の結果に付、弁論したる趣旨を採用したるに外ならず第二は全く事実の認定を批難するものにして上告の理由とならず
第二点は元来請負契約に於ける所有権移転の問題は民法第六百三十二条以下請負の節目に於て何等の規定なきを以て一般の規定に従ひ判定せざるべからず。
即ち被告人と丹羽栄助とは民法第百七十六条に従ひ請負契約と同時に物の所有権移転するものと断定せざるべからず。
而して動産に付ては第三者たる上告人に対するに民法第百七十八条の規定に従ひ仕事の材料たる一品一物の注文人の占有に移りたるとき。
即ち注文人の所有地に運搬し其占有内に移したるときならざるべからず。
然れども己に請負工事竣成したる事実は争なき所なれば動産の規定を適用するものとするも己に所有権が訴外人に移転せるは右に解釈によりて明かにして又不動産の所有権移転の法律に従ふべきものとするも甲第二号証により訴外人に於て所有権の登記あるものなれば民法第百七十七権に従ひ本訴物件は第三者たる上告人に対し訴外人に所有権あるものと認めざるべからず。
故に何れの法則を適用するものとするも既に訴外人に所有権ありたることは法律上当然の事実なりとす。
然るに民法第六百三十三条に因り所有権未だ注文人に移転せずと云ふものありと雖も同条は単に請負人に於て報酬金を請求し得る時期の規定にして所有権移転の時期を定めたるものにあらざることは同条の解釈上自明の理なりとす。
従て普通の引渡と該条の引渡とは自ら別意味なることも亦言を俟たざる所なりとす。
而かも不動産の工事に付ては民法第三百二十五条第二号同第三百三十八条に因り其工事費に先取特権を与へり之に因りて之を観るも所有権が注文人にあること明かにして尚、且、工事費には如此保護法あり。
要するに所有権は契約に因り直ちに注文人に移転せるものなれば此等法律を無視し原判決に於て本件所有権が被上告人にありとの断定は法律に違背して事実を確定したる失当の判決なりと云ふに在り
按ずるに本論旨は種種の理由を付して原判決を批難するものなるも原院に於て己に係争物の所有権は引渡と同時に移転するの約旨なりと判定したる上は結局事実の認定に対する攻撃たるに帰り上告の理由とならざるものとす。
第三点は原判決に於て第一審に於ける丹羽栄助の答弁書を採用して被上告人は注文人たる未だ建築家屋の引渡を為さざりしものなりと云ふに在れども原判決の採用せる同人の答弁書には同人は被上告人と共に己に本訴の家屋落成したれば当該官庁の検査を受け、且、同道にて大坂市東区役所へ落成届を為し同人は己に該家屋の引渡を受けたるものなりと主張せり此主張に於て同人は明かに代金の仕払を以て所有権移転の時期ならざることを言明し、且、己に引渡を受けたることを自述せるものなり。
而して如此訴外人栄助の第一審に於ける答弁書を被上告人に於て証拠として裁判所之を採用したる上は該証拠に於て被上告人は己に引渡を完了したるものなりと認めざるべからず。
然るに原裁判所は此証拠に反して事実を確定し少くとも一個の文書に対し被上告人に利益なる部分のみを採用し上告人に利益なる部分を採用せざるに於て何等の理由を付せざるものにして理由不備の不法あるものとす。
又被上告人の提出したる甲第二号証の登記謄本に依るも右訴外人栄助主張の如く家屋は己に落成したること明瞭にして益益栄助の落成引渡済なりとの事実主張は信ずるに足るものなるに此証拠に反して事実を確定したるは不法あるものとすと云ふに在り
按ずるに証拠の取捨は事実裁判官の職権に属すれば仮令一箇の証拠中上告人の不利益なる部分を採用し利益なる部分を採用せざりしとて不法と云ふを得ず。
又栄助の申立を採ると否とは是亦事実裁判官の自由なれば之を採らざりしとて不服を唱ふるを得ず。
第四点は原判決には本件の建築家屋の所有権は被上告人に帰属し上告人の抵当権は物の所有者なる被上告人に対抗する効力なしとあれども何故法律上効力なきやに至りては法文の明示を欠き。
即ち理由不備の判決たり加かも上告人は登記に基き訴外人に所有権あることを認めて抵当権を設定したるものにして凡で第三者は登記に依りて他人の所有権を認めるの外他に何等の之を知悉すべき道なく上告人は此適法の方法に因りて権利を設定したるものにして毫も上告人に過失なきものなり。
然るに被上告人と訴外人との関係に依り善意の第三者が害を受くる理なければ原判決認定の事実とするも上告人の登記は之を抹消さるべき法律上の理由毫も存在せざるものとす。
故に原判決は法則に違背したる不法ありと云ふに在り
按ずるに上告人は登記を信用して栄助に金員を貸与し係争物の抵当権を得たるものとすれば別に過失なしと雖も被上告人も亦係争物が栄助の所有物として登記せられたることに付ては過失なし。
何となれば此場合に於て被上告人は栄助が斯る登記を為すことに付き予め之れを防禦す可き手段を為さざるべからざる義務なければなり。
然れば斯の如く双方に過失なき場合には法律は何れを保護すべきやと云ふに物件の所有者は故なく其所有権を奪はれ又は義務を負担す可き条理なきを以て上告人の如き抵当権者よりも所有権者たる被上告人を保護するものとす。
故に原院が前掲の如く判示したるは相当なりとす。
右の理由なるに依り民事訴訟法第四百三十九条第一項に従ひ本件上告は之を棄却す可きものとす。