明治三十三年(オ)第百十八號
明治三十三年五月二十八日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 商標條例第二條第三號ニ「登録出願以前ヨリ他人ノ使用スル云々」トアルハ登録出願前曾テ同一又ハ類似ノ商標ヲ使用シタル者アリシコトヲ謂フニ非スシテ出願前ヨリ引續キ出願ノ當時迄之ヲ使用シタル者アルコトヲ意味スルモノトス(判旨第一點)
- 一 商標ノ稱彼引是同一ナルニ依リ其商標ヲ同一又ハ類似ノモノト爲スニハ其商標ヨリ生スル自然ノ稱呼タラサルヘカラサルヲ以テ其圖形及ヒ字體等ヲ審査セサルヘカラス(判旨第二點)
上告人 野本市藏
被上告人 アメリカン、トバコ、コンパニー社
右代表者 イーゼーパーツシ
右當事者間ノ登録商標無効請求事件ニ付農商務省特許局審判課カ明治三十二年十二月十八日與ヘタル審决ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告代理人ハ上告棄却ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告論旨第一點ハ原審决文ヲ閲スルニ(い)第十二號證竝ニ十三號證ハ明治二十五年及ヒ明治二十七年ニ於ケル「ゴールデン」ト稱スル捲莨販賣廣告ニ止マリ本件商標登録出願ノ當時ニ於テ之ト同一若クハ類似ノ商標ヲ使用シタルコトヲ立證スルモノニ非ストノ理由ヲ附セラレタリ是レ法則ヲ適用セサル
不法ノ審决ナリ何ントナレハ審判官ハ上告人ハ被上告人トニ係ル第九八二〇號商標登録無効事件ヲ審判スルニ當リ本件審判ト同一ノ日ニ同一ノ審判官カ稱呼同一若クハ類似ナルモ圖形同一若クハ類似ナラサルトキハ同一若クハ類似商標ニ非ラスト判定セラレタリ今本件ヲ審判スルニ當リ大ニ之ニ反シ圖形同一若クハ類似ナルモ稱呼異ナル故類似商標ニ非ラスト判斷セラレタリ彼我ノ理由大ニ反シ實ニ奇奇妙々怪ムヘキ審决ナリ而シテ明治二十五年十二月二十八日ニ審决セラレタル商標審判第九十九號ノ審决文ニ蝶ト蜜蜂トハ其稱呼異ルモ圖形類似スル故ニ類似商標ナリト判定アリ又タ商標條例施行細則第十五條第一項ニ離隔上ノ觀察ニ差異ナキモノハ類似商標ナリト規定アリテ商標ノ異同類似ハ其稱呼ノミニヨリテ區別ス可キモノニ非ラス其稱呼ニ於テ全然異ナルモ圖形ノ同一ナルカ若クハ類似ナルハ同一若クハ類似商標ナラサル可カラス然ルニ該法則ニ違背シ審判官カ妄リニ(い)第十二號十三號兩證ノ本件商標ノ圖形ニ類似スルニモ不拘稱呼ノ異ナル故ニ類似商標ニ非ラスト判斷スル如キ横恣ハ法律ノ許ス所ニ非ラス亦商標條例第二條第三項ノ法則ハ登録出願ノ以前ヲ指定スルモノニシテ登録出願ノ當時ヲ指定スルニアラス然ルニ原審决文ニ登録出願ノ當時云々ノ理由ヲ附セラレタルハ是レ亦タ商標條例施行細則第十五條第一號竝ニ商標條例第二條第三號ヲ適用セサル違法ノ審决ナリト云フニ在リ
依テ原審决書ヲ閲スルニ(い)第十二號證第十三號證ノ商標ヲ以テ本件商標ノ圖形ニ類似スルモ稱呼ノ異ナルカ故ニ類似ノ商標ニアラスト判定シタル所ナシ故ニ右前段ノ論旨ハ原審决ニ副ハサルモノニシテ其理由ナシ後段ノ論旨ニ付之ヲ審按スルニ商標條例第二條第三號ニ「登録出願以前ヨリ他人ノ使用スル」云々トハ登録出願前曾テ同一又ハ類似ノ商標ヲ使用シタル者アリシコトヲ云フニ在ラスシテ出願前ヨリ引續キ出願ノ當時迄之ヲ使用シタルモノアルコトヲ意味スルモノト解釋セサルヘカラス何ントナレハ假令以前同一又ハ類似ノ商標ヲ使用シタル者アリシトスルモ登録出願ノ際之ヲ使用スル者ナキニ於テハ其登録ヲ許スモ他人ニ毫モ害ヲ及スコトナク隨テ之ヲ禁止スルノ必用ナケレハナリ故ニ此論旨モ亦其理由ナシトス(判旨第一點)
上告論旨第二點ハ原審决文ヲ見ルニ(い)第三號證及至六號證(い)第九號證乃至第十一號證第十四號證(中略)ニ於テハ「ヲールド」「ヲールドゴールド」「ウヲールド」和製「オールドゴールド」等ノ文字ヲ記載スルコトアルモ其圖形字體ニ關スル記載ナク如何ナル外觀ヲ有スル商標ノ名稱ナリヤ知ル可カラサルヲ以テ本件商標ト同一若クハ類似ノ商標ナリト斷定スルヲ得スト判定セラレタリ是レ法則ヲ不當ニ適用シタル不法ノ審决ナリ何ントナレハ第九八二〇號商標登録無効事件ノ上告第一點ノ論旨ニ述タル如ク明治三十年二月十二日ニ審决セラレタル商標審判第二百三十六號ノ審决理由ニ白藤ト@069485;ら富士トハ其圖形異ナルモ其稱呼同一ナルカ故ニ同一商標ナリト判定アリ又タ商標條例施行細則第十五條第二項ニハ商標上ヨリ生スル自然ノ稱呼同一ナルカ亦タ相紛ハシキトキハ相類似シタル商標ナリト規定アリテ商標ノ異同類似ハ其圖形字體ノミノ如何ニ依ルヘキニ非ラスシテ其稱呼ニ於テ相同シキカ若クハ相類似スルトキハ其圖形字體ノ如何ハ敢テ問フノ必用ナキモノトス一歩ヲ讓リ假リニ審判官カ判定セラレタルカ如ク圖形字體ノ如何ヲ問フノ必用アリトスルモ既ニ(い)第九號證ノ和製ナル文字ヲ冠スル「オールドゴールド」トハ舶來「オールドゴールド」ノ反對ニシテ和製アルヲ知リテ舶來アルヲ知ルハ分店アリテ本店アルヲ知ル如ク和製「オールドゴールド」トハ舶來「オールドゴールド」(則本件商標)ト同一商標ノ同一品ナル和製品ナルコト明了ナリ然ルニ原審决ニ於テ和製「オールドゴールド」ト本件商標トハ同一ニ非ラス亦タ稱呼ハ同一若クハ類似ナルヲ以テ其圖形ノ如何ヲ知ル能ハサルヲ以テ本件商標ニ同一若クハ類似ニ非ラスト判定セラレタルハ事實ヲ不當ニ認メ且證據法上ノ原則ヲ不當ニ適用シ且ツ商標條例施行細則十五條第一號ヲ適用セサル違法ノ審判ナリト云フニ在リ
按スルニ圖形ノ同一ナラサルモ其稱呼ノ同一ナルカ爲メ類似ノ商標ト認ムヘキコト又商標ノ異同ハ其圖形字體ニノミ依據スヘキモノニアラサルコトハ上告人所論ノ如シト雖モ其稱呼同一ナルトキハ圖形等ノ如何ニ關セス常ニ之ヲ同一又ハ類似ノ商標ト認メ得ヘカラサルコトモ亦明カナリ何ントナレハ商標條例施行細則第十五條ニハ商標ヨリ生スル自然ノ稱呼同一ナレハ云々トアルニ依リ其稱呼ハ商標ヨリ生スル自然ノ稱呼タラサルヘカラス而シテ自然ノ稱呼タルヤ否ヤハ商標ノ圖形字體等ヲ審査スルニアラサレハ之ヲ判定シ能ハサル筋合ナレハナリ然レハ商標ノ同一ナルカ又ハ類似ノモノナルヤヲ判定スルニハ其圖形字體及稱呼等ノ如何ヲ審査セサルヘカラサルハ論ヲ俟タサル所ナリ左スレハ原審判官カ本論旨ノ冒頭ニ掲クル如ク説明シ上告人ノ主張ヲ排斥シタルハ决シテ不法ニアラス(判旨第二點)
上告論旨第三點ハ原審决文ヲ見ルニ前段第二點ノ各號證ヲ同一若クハ類似ノモノナリトスルモ何人ノ商標トシテ之ヲ使用シタルヤ知ルヘカラス從ツテ本件商標登録出願以前他人カ之レト同一若クハ類似ノ商標ヲ使用シタルノ事實アリト謂フヲ得スト判定セラレタルハ事實ヲ不當ニ認メタル違法ノ判决ナリ何ントナレハ(い)第三號證乃至六號證ニ依レハ煙草製造人池田寅吉ノ使用ニ係ルコト(い)第九號證ニ依レハ和製「オールドゴールド」ト明記アリテ被上告人ハ外國人ニシテ側チ和製トハ他人カ使用ニ係ルコト(い)第十號證ニ依レハ京都赤尾商會カ製造販賣シタルコト(い)十一號證ニ依レハ東京千葉商店カ自家製造ノ廣告タルコト(い)第十四號證ニ依レハ大阪皆野佐太郎カ製造販賣ノ廣告タルコト明瞭ニシテ何レモ本件登録出願前タルコトモ亦タ明確ナルニモ不拘斯ク有力ナル證據物ヲ無視シテ證據以外ノ判斷セラルヽ證據法上ノ原則ヲ違リタル實ニ怪ム可キ不法ノ審决ナリト云フニ在レトモ或ル商標ヲ以テ何人ノ商標トシテ使用シタルモノナルヤヲ定ムルハ原審判官ノ職權ニ屬スルモノナリ而シテ同審判官ハ(い)號數證ニ掲クル商標ハ何人ノ商標トシテ使用シタルモノナルヤ知ルヘカラスト判定シタルモノナレハ之ニ對シ池田寅吉等ノ使用シタルモノナリト論爭スルハ全ク事實ノ認定ニ對スル批難ニ歸シ上告ノ理由トナラサルモノトス
以上辯明ノ理由ナルヲ以テ本件上告ハ民事訴訟法第四百五十二條ニ依リ之ヲ棄却ス可キモノトス
明治三十三年(オ)第百十八号
明治三十三年五月二十八日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 商標条例第二条第三号に「登録出願以前より他人の使用する云云」とあるは登録出願前曽て同一又は類似の商標を使用したる者ありしことを謂ふに非ずして出願前より引続き出願の当時迄之を使用したる者あることを意味するものとす。
(判旨第一点)
- 一 商標の称彼引是同一なるに依り其商標を同一又は類似のものと為すには其商標より生ずる自然の称呼たらざるべからざるを以て其図形及び字体等を審査せざるべからず。
(判旨第二点)
上告人 野本市蔵
被上告人 あめりかん、とばこ、こんぱにー社
右代表者 いーぜーぱーつし
右当事者間の登録商標無効請求事件に付、農商務省特許局審判課が明治三十二年十二月十八日与へたる審決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告代理人は上告棄却を求むる申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告論旨第一点は原審決文を閲するに(イ)第十二号証並に十三号証は明治二十五年及び明治二十七年に於ける「ごーるでん」と称する捲莨販売広告に止まり本件商標登録出願の当時に於て之と同一若くは類似の商標を使用したることを立証するものに非ずとの理由を附せられたり是れ法則を適用せざる
不法の審決なり。
何んとなれば審判官は上告人は被上告人とに係る第九八二〇号商標登録無効事件を審判するに当り本件審判と同一の日に同一の審判官が称呼同一若くは類似なるも図形同一若くは類似ならざるときは同一若くは類似商標に非らずと判定せられたり今本件を審判するに当り大に之に反し図形同一若くは類似なるも称呼異なる故類似商標に非らずと判断せられたり彼我の理由大に反し実に奇奇妙妙怪むべき審決なり。
而して明治二十五年十二月二十八日に審決せられたる商標審判第九十九号の審決文に蝶と蜜蜂とは其称呼異るも図形類似する故に類似商標なりと判定あり又た商標条例施行細則第十五条第一項に離隔上の観察に差異なきものは類似商標なりと規定ありて商標の異同類似は其称呼のみによりて区別す可きものに非らず其称呼に於て全然異なるも図形の同一なるか若くは類似なるは同一若くは類似商標ならざる可からず。
然るに該法則に違背し審判官が妄りに(イ)第十二号十三号両証の本件商標の図形に類似するにも不拘称呼の異なる故に類似商標に非らずと判断する如き横恣は法律の許す所に非らず亦商標条例第二条第三項の法則は登録出願の以前を指定するものにして登録出願の当時を指定するにあらず。
然るに原審決文に登録出願の当時云云の理由を附せられたるは是れ亦た商標条例施行細則第十五条第一号並に商標条例第二条第三号を適用せざる違法の審決なりと云ふに在り
依て原審決書を閲するに(イ)第十二号証第十三号証の商標を以て本件商標の図形に類似するも称呼の異なるが故に類似の商標にあらずと判定したる所なし。
故に右前段の論旨は原審決に副はざるものにして其理由なし。
後段の論旨に付、之を審按ずるに商標条例第二条第三号に「登録出願以前より他人の使用する」云云とは登録出願前曽て同一又は類似の商標を使用したる者ありしことを云ふに在らずして出願前より引続き出願の当時迄之を使用したるものあることを意味するものと解釈せざるべからず。
何んとなれば仮令以前同一又は類似の商標を使用したる者ありしとするも登録出願の際之を使用する者なきに於ては其登録を許すも他人に毫も害を及すことなく随で之を禁止するの必用なければなり。
故に此論旨も亦其理由なしとす(判旨第一点)
上告論旨第二点は原審決文を見るに(イ)第三号証及至六号証(イ)第九号証乃至第十一号証第十四号証(中略)に於ては「をーるど」「をーるどごーるど」「うをーるど」和製「おーるどごーるど」等の文字を記載することあるも其図形字体に関する記載なく如何なる外観を有する商標の名称なりや知る可からざるを以て本件商標と同一若くは類似の商標なりと断定するを得ずと判定せられたり是れ法則を不当に適用したる不法の審決なり。
何んとなれば第九八二〇号商標登録無効事件の上告第一点の論旨に述たる如く明治三十年二月十二日に審決せられたる商標審判第二百三十六号の審決理由に白藤と@069485;ら富士とは其図形異なるも其称呼同一なるが故に同一商標なりと判定あり又た商標条例施行細則第十五条第二項には商標上より生ずる自然の称呼同一なるか亦た相紛はしきときは相類似したる商標なりと規定ありて商標の異同類似は其図形字体のみの如何に依るべきに非らずして其称呼に於て相同しきか若くは相類似するときは其図形字体の如何は敢て問ふの必用なきものとす。
一歩を譲り仮りに審判官が判定せられたるが如く図形字体の如何を問ふの必用ありとするも既に(イ)第九号証の和製なる文字を冠する「おーるどごーるど」とは舶来「おーるどごーるど」の反対にして和製あるを知りて舶来あるを知るは分店ありて本店あるを知る如く和製「おーるどごーるど」とは舶来「おーるどごーるど」(則本件商標)と同一商標の同一品なる和製品なること明了なり。
然るに原審決に於て和製「おーるどごーるど」と本件商標とは同一に非らず亦た称呼は同一若くは類似なるを以て其図形の如何を知る能はざるを以て本件商標に同一若くは類似に非らずと判定せられたるは事実を不当に認め、且、証拠法上の原則を不当に適用し且つ商標条例施行細則十五条第一号を適用せざる違法の審判なりと云ふに在り
按ずるに図形の同一ならざるも其称呼の同一なるか為め類似の商標と認むべきこと又商標の異同は其図形字体にのみ依拠すべきものにあらざることは上告人所論の如しと雖も其称呼同一なるときは図形等の如何に関せず常に之を同一又は類似の商標と認め得べからざることも亦明かなり。
何んとなれば商標条例施行細則第十五条には商標より生ずる自然の称呼同一なれば云云とあるに依り其称呼は商標より生ずる自然の称呼たらざるべからず。
而して自然の称呼たるや否やは商標の図形字体等を審査するにあらざれば之を判定し能はざる筋合なればなり。
然れば商標の同一なるか又は類似のものなるやを判定するには其図形字体及称呼等の如何を審査せざるべからざるは論を俟たざる所なり。
左すれば原審判官が本論旨の冒頭に掲ぐる如く説明し上告人の主張を排斥したるは決して不法にあらず。
(判旨第二点)
上告論旨第三点は原審決文を見るに前段第二点の各号証を同一若くは類似のものなりとするも何人の商標として之を使用したるや知るべからず。
従って本件商標登録出願以前他人が之れと同一若くは類似の商標を使用したるの事実ありと謂ふを得ずと判定せられたるは事実を不当に認めたる違法の判決なり。
何んとなれば(イ)第三号証乃至六号証に依れば煙草製造人池田寅吉の使用に係ること(イ)第九号証に依れば和製「おーるどごーるど」と明記ありて被上告人は外国人にして側ち和製とは他人が使用に係ること(イ)第十号証に依れば京都赤尾商会が製造販売したること(イ)十一号証に依れば東京千葉商店が自家製造の広告たること(イ)第十四号証に依れば大坂皆野佐太郎が製造販売の広告たること明瞭にして何れも本件登録出願前たることも亦た明確なるにも不拘斯く有力なる証拠物を無視して証拠以外の判断せらるる証拠法上の原則を違りたる実に怪む可き不法の審決なりと云ふに在れども或る商標を以て何人の商標として使用したるものなるやを定むるは原審判官の職権に属するものなり。
而して同審判官は(イ)号数証に掲ぐる商標は何人の商標として使用したるものなるや知るべからずと判定したるものなれば之に対し池田寅吉等の使用したるものなりと論争するは全く事実の認定に対する批難に帰し上告の理由とならざるものとす。
以上弁明の理由なるを以て本件上告は民事訴訟法第四百五十二条に依り之を棄却す可きものとす。