地所賣買取消賣渡約定履行請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）6輯3巻126頁

上告第一点の要旨は本件に於て被上告人が上告人に対し請求せし所は単に係争物の売買登記を取消し更に原代金を以て上告人より被上告人へ売渡の登記を為すべしと云ふ[いう]にありしことは第一審の訴状及び其一定の申立訂正申請書等に依り明確にして疑ふべからず。 然るに被上告人は第二審に至り其訴を売買其ものの取消及び売買登記の取消し売渡及び売渡登記を求むる数個の請求に変更したるは頗る[すこぶる]不法なるに拘はらず原院に於て被上告人の請求を採用せられたるは違法の裁判なりと云ふ[いう]に在り

依て記録を調査するに第一審に於ける被上告人の一定の申立訂正申請書には「明治三十年十一月十二日被告五十嵐長五郎より被告周佐藤三郎へ売渡したる云云合計反別一反六畝五歩の売買登記を取消し更に原代金八十円を以て被告長五郎より原告へ売渡の登記を為すべし。 云云」とあり。 而して[しこうして]第一審法廷調書に依れば被上告人は其一定の申立訂正申請書に基き申立を為したるに上告人に於ては「一定の申立訂正のことは異議無之」と陳述し本案の弁論に進みたることは該調書に載せて明かなり。 又原院に提出したる被上告人の控訴状に掲げたる一定の申立は「第一審判決の全部を廃棄せられ更に明治三十年十一月十二日被控訴人長五郎より被控訴人藤三郎へ売渡したる云云合反別一反六畝五歩の売買及び其登記を取消し更に元代金八十円を以て該地を云云売渡し且つ其登記をなす可しとの判決相成度候」と云ふ[いう]にあれども之を第一審の訴状に掲げたる請求の原因に照せば其訴旨は総で同一に帰着す。 即ち其請求の原因は之を要するに本件の目的物たる地所を上告人両名間に於て売買を為し登記名義を書替たるものは不法の行為なるを以て其行為を取消し被上告人へ元代金を以て売渡し及び其登記を為さしむべき為め本訴を提起すと云ふ[いう]に在りて被上告人の訴旨は起訴の当時より終始同一にして只原院に至り判決を受くべき事項の申立を詳にしたるに過ぎざれば之を以て数個の請求に変更したるものと云ふ[いう]を得ず。 故に上告其理由なし。

上告第二点の要旨は被上告人は其訴の各個の請求に付き民事訴訟用印紙法に基き相当の印紙を貼用[ちょうよう]すべきものなるに単に一個の請求に付てのみ印紙を貼用[ちょうよう]して訴状及び控訴状を提出したるは適法ならざるにも拘はらず原院は之を看過し右等の書面に基き判決を為したるは違法の裁判なりと云ふ[いう]に在り

按ず[あんず]るに凡そ財産権上の訴訟に付ては其給付の履行方法の単純なると複雑なるとを問はず総で訴訟物の価格に応し印紙を貼用[ちょうよう]すべきものなることは民事訴訟用印紙法第二条以下に規定する所なり。 而して[しこうして]本件は地所の給付に関する訴訟即ち財産権上の訴訟に係り被上告人の請求する所の履行方法は稍[やや]複雑に渉ると雖[いえども]も其訴訟物は地所一反六畝五歩にして此価額金百二十一円余に過ぎざることは第一審の訴状に載せて明かなり。 而して[しこうして]其訴状及び控訴状共其価格に応する印紙を貼用[ちょうよう]せしものなるを以て之を不適法と云ふ[いう]を得ず。 随で原判決も違法なる点なし。

以上説明の如く本件上告は適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条一項の規定に依り之を棄却するものなり。