明治三十二年(オ)第百八十號
明治三十三年三月二日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 假處分ノ許否ヲ决定スルニハ其假處分ノ申請ニ付法律ニ規定シタル假處分ヲ許スヘキ理由アルヤ否ヲ審理スヘキモノニシテ主タル訴訟ノ曲直ヲ豫斷シ之ニ由テ假處分ノ許否ヲ定ムヘキモノニ非ス」
上告人 井上豊
訴訟代理人 宮田四八
被上告人 品川馬車鐵道株式會社
右法律上代理人 後藤猛太郎
右當事者間ノ假處分事件ニ付明治三十二年八月二十六日東京控訴院カ言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ハ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告代理人ハ上告棄却ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
判决
原判决ヲ破毀シ更ニ辯論及ヒ裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ東京控訴院ヘ差戻ス
理由
上告論旨第一點ハ原判决ハ不當ニ事實ヲ確定セル違法アリ原判决ニ曰ハク控訴人カ七月七日總會ニ於クル决議ヲ無効トスル主張ヲ聽クニ六月十日總會ノ無効决議ニ因ル契約書ノ改正ヲ議决シタルト一旦合併ニ因リ解散シタル會社ニ關シ再ヒ任意解散ヲ議决シタルトノ二點ニアレトモ是皆决議事項ニ關スル非難ニシテ總會招集ノ手續若クハ决議ノ方法ニ關スルモノニ非スト是レ即チ上告人カ商法第百六十三條ヲ引用シテ七月七日總會ニ於ケル决議ヲ無効トシタル精神ヲ誤解シテ上告人ノ主張スル事實ハ不當ニモ决議事項ニ關スル批難ナリト斷定セラレタルモノナリ上告人ノ精神ハ决議事項カ無効ナルカ故ニ總會招集ノ手續及ヒ其决議ノ方法モ無効ナリ故ニ商法第百六十三條ニ依リテ决議無効ノ宣告ヲセラルヘキモノナリト云フニ在リテ單ニ决議事項ヲ非難シタルニ非ス單ニ决議事項ヲ非難スルニ在ラハ商法第百六十三條ノ規定ヲ引用スル筈ナキナシ若シ上告人カ原院ニ於テ主張スル所明瞭ナラストセハ原院ハ民事訴訟法第百十二條ニ依リ訊問ヲ爲シテ之ヲ陳述釋明セシムヘシ此等訊問ノ義務ヲ盡サスシテ漫リニ上告人ノ主張ヲ不當ニ確定セラレタルハ之ヲ不法ト謂ハサル可カラスト云ヒ其第二點ハ原判决ハ商法第百六十三條ノ規定ヲ不當ニ適用セル違法アリ無効トハ法律上存在セストノ意ニ外ナラス果シテ然ラハ無効ノ事項ヲ掲ケテ之ヲ議事ニ附スルハ法律上存在セサル無的ノ事項ヲ議スルモノニシテ其决議ノ事項ヲ掲ケサルト同一ナリ故ニ無効ノ事項ヲ以テ决議ノ事項トシテ通牒ヲ發シタルトキハ决議ノ事項ヲ掲ケサルモノニシテ之ヲ總會招集ノ手續ニ違法アリト謂フヘク又無効ノ事項ヲ以テ决議ノ事項ト爲シタル議事ハ事項ヲ示サスシテ議决ヲ爲サシメタルモノトシテ决議ノ方法ニ違法アリト謂フヘシ依テ上告人ハ前審ニ於テ六月十日ノ總會ハ無効ノ事項ヲ以テ决議ノ事項ト爲シタルカ故ニ總會招集ノ手續及ヒ其决議ノ方法ニ違法アリトシ商法第百六十三條ヲ適用シテ總會無効ノ宣告ヲ爲スヘキモノナリト主張シタリ然ルニ原判决ハ上告人ノ主張スル所ハ皆决議事項ヲ非難スルモノトシテ商法第百六十三條ニ所謂决議ノ方法ニ關セスト説示シ遂ニ上告人ノ請求ヲ却下セラレタリ是レ即法律上存在シ得ヘカラサル無効ノ事項ヲ以テ决議ノ事項ト爲スモ招集ノ手續及ヒ决議ノ方法ニ違法ナシ換言セハ總會ノ通知及ヒ决議ハ决議ノ事項ヲ擧示セサルモ招集ノ手續及ヒ决議ノ方法ニ違法ナシトノ不當解釋ニ職由セスンハ非ス豈ニ商法第百六十三條ノ規定ノ精神ナランヤト云フニ在レ又其第三點ハ原裁判所ノ判决ハ意思表示ノ原則ニ違背セリ公ノ秩序ニ反スル事項ヲ目的ト爲シタルカ故ニ法律カ之ヲ無効トセル法律行爲ニ依リテ事實上成立存在セル事項ハ當然無効ナリ隨テ公ノ秩序ニ違背セル法律行爲ニ因リテ事實上成立存在セル事項ヲ目的トスル法律行爲モ亦無効ト謂ハサルヘカラス被上告會社ノ明治三十二年七月七日ノ總會ノ决議ハ同年六月十日ノ無効决議ニ因リテ事實上成立存在セル合併契約書ヲ以テ其目的ト爲シタルモノナレハ其决議ノ無効タルヤ言ヲ俟タス勿論無効ノ事項ヲ以テ决議ノ目的ト爲セル場合ニハ前段第一點第二點ニ於テ詳述セル如ク常ニ招集ノ手續及ヒ决議ノ方法カ法律ニ違反スル結果ヲ來タスヘシト雖モ必ラスシモ此點マテ論及スルノ要ナシ商法第百六十三條ノ適用ヲ竣タスシテ同法第一條及ヒ民法第九十條ノ規定ニ依リテ當然無効タルヘキモノナリ斯ノ如キ理ナルヲ以テ原裁判所ノ説示セル如ク上告人カ原裁判所ニ於テ單ニ决議ノ目的ヲ無効ナリト主張シタリトスルモ上告人ノ請求ハ决シテ之ヲ不當ト斷定スヘカラサルナリ商法カ總會决議無効宣告ノ請求ヲ認ムル場合ハ决シテ招集ノ手續又ハ决議ノ方法カ法令又ハ定款ニ反スル場合ノミナラサルナリ本件ノ場合ノ如キハ特別ニ規定ヲ要セスシテ當然無効ト看做セルモノナリ招集ノ手續又ハ决議ノ方法カ法令又ハ定款ニ反スル場合ノ如キハ通常其者自體ノ瑕疵ノミニ止マルカ故ニ極メテ些細ノ事項ニ屬ス本件ノ如ク無効ノ事項ヲ以テ决議ノ目的ト爲シタルカ爲メ牽イテ其招集ノ手續又ハ决議ノ方法ニモ違法ヲ來タス場合ハ極メテ稀ナリ唯夫レ此等ノ手續ニ關スル違法ハ通常極メテ些細ノ瑕疵ニ止マルカ故ニ决議其者ノ無効ヲ請求シ得ルヤ否ヤニ付疑ヲ生スヘシ而カモ永久何時ニテモ何人ニテモ之ヲ援用シテ無効ヲ請求シ得ルトセハ决議ハ永久常ニ不確定ノ情况ニ在ルヲ以テ却テ公益ヲ害シ株主一同ノ不利益ヲ釀生スヘシ是ニ於テ商法ハ特ニ之ヲ明規シ且此點ニ付キ决議ノ無効宣告ヲ請求スルニハ决議ノ日ヨリ一个月内ニ於テ爲サヽルヘカラス又普通ノ株主カ此請求ヲ爲ス場合ニハ株券ヲ供託シ且會社ノ請求ニ由リ相當ノ擔保ヲ供スルコトヲ要シタリ然レトモ無効ノ事項ヲ以テ决議ノ目的ト爲シタル場合ノ如キハ當然ノ筋合ニ屬スルヲ以テ別段ノ明文ヲ要セス又斯ル重大ナル瑕疵アル法律行爲ハ决シテ効力ヲ有セシムヘキモノニ非サレハ决議ノ無効ヲ主張シ其宣告ヲ請求セシムルニ制限ヲ附スルノ要ナシ獨リ其要ナキノミナラス制限ヲ附スルコトヲ得サルモノナリ然ルニ原裁判所ハ商法カ决議無効ノ請求ヲ許セル場合ヲ明文ヲ以テ規定セルハ第百六十三條ノミナルヲ以テ見レハ如何ナル場合ト雖モ其他ニ於テハ决シテ决議無効ヲ主張シ其宣告ヲ請求スルコトヲ許サヽルモノト誤信シ遂ニ上告人ノ請求ハ理由ナキモノナルカ故ニ之ニ基ク假處分ノ申請モ許スヘカラスト判定シタリ是レ豈ニ商法ヲ正當ニ解釋シタルモノナランヤト云フニ在リ
依テ按スルニ假處分ヲ許スヘキヤ否ヤハ其假處分ノ申請ニ付キ法律ニ規定シタル假處分ヲ許スヘキ必要ナル理由アルヤ否ヤヲ審理シテ之ヲ决スヘキモノニシテ主タル訴訟ノ曲直ヲ豫斷シ之レニ由テ假處分ノ許否ヲ定ムヘキモノニアラス即チ主タル訴訟ノ曲直ハ其訴訟ノ判决ニ依テ决スヘキモノニシテ假處分ノ許否ニ影響ヲ及ホサシムヘキモノニアラス本件ハ品川馬車鐵道株式會社解散决議無効宣告ニ關シ民事訴訟法第七百六十條ニ基キ係爭ノ權利關係ニ付キ假ノ地位ヲ定ムルコトヲ目的ト爲シ繼續スル權利關係ニ付キ著シキ損害ヲ避クルノ必要アルヲ理由トシテ假處分ノ申請ヲ爲シタルモノナレハ其假處分ノ申請ニ付テハ右解散决議無効宣告事件ノ曲直如何ヲ顧ミルコトナク專ラ右ニ述フル假處分申請ノ理由ヲ疏明シタルヤ否ヤヲ審理シテ處分ノ許否ヲ决スヘキモノナルニ原裁判所カ假處分申請ノ理由ヲ判斷セス本案ノ請求即チ决議無効宣告事件カ法律上請求ノ理由アリト見ヘサルノミヲ以テ假處分ノ申請ヲ許ス可カラサルモノト判决シタルハ違法ニシテ破毀スヘキ原由アリトス以上説明ノ如クナルヲ以テ上告理由ニ對シ各別ニ判斷スルノ必要ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ民事訴訟法第四百四十七條ニ依リ原判决ヲ破毀シ同第四百四十八條ニ從ヒ更ニ辯論及ヒ裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ原裁判所ニ差戻ス
明治三十二年(オ)第百八十号
明治三十三年三月二日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 仮処分の許否を決定するには其仮処分の申請に付、法律に規定したる仮処分を許すべき理由あるや否を審理すべきものにして主たる訴訟の曲直を予断し之に由で仮処分の許否を定むべきものに非ず」
上告人 井上豊
訴訟代理人 宮田四八
被上告人 品川馬車鉄道株式会社
右法律上代理人 後藤猛太郎
右当事者間の仮処分事件に付、明治三十二年八月二十六日東京控訴院が言渡したる判決に対し上告代理人は全部破毀を求むる申立を為し被上告代理人は上告棄却を求むる申立を為したり。
判決
原判決を破毀し更に弁論及び裁判を為さしむる為め本件を東京控訴院へ差戻す
理由
上告論旨第一点は原判決は不当に事実を確定せる違法あり。
原判決に曰はく控訴人が七月七日総会に於くる決議を無効とする主張を聴くに六月十日総会の無効決議に因る契約書の改正を議決したると一旦合併に因り解散したる会社に関し再ひ任意解散を議決したるとの二点にあれども是皆決議事項に関する非難にして総会招集の手続若くは決議の方法に関するものに非ずと是れ。
即ち上告人が商法第百六十三条を引用して七月七日総会に於ける決議を無効としたる精神を誤解して上告人の主張する事実は不当にも決議事項に関する批難なりと断定せられたるものなり。
上告人の精神は決議事項が無効なるが故に総会招集の手続及び其決議の方法も無効なり。
故に商法第百六十三条に依りて決議無効の宣告をせらるべきものなりと云ふに在りて単に決議事項を非難したるに非ず単に決議事項を非難するに在らば商法第百六十三条の規定を引用する筈なきなし若し上告人が原院に於て主張する所明瞭ならずとせば原院は民事訴訟法第百十二条に依り訊問を為して之を陳述釈明せしむべし此等訊問の義務を尽さずして漫りに上告人の主張を不当に確定せられたるは之を不法と謂はざる可からずと云ひ其第二点は原判決は商法第百六十三条の規定を不当に適用せる違法あり。
無効とは法律上存在せずとの意に外ならず果して然らば無効の事項を掲げて之を議事に附するは法律上存在せざる無的の事項を議するものにして其決議の事項を掲げざると同一なり。
故に無効の事項を以て決議の事項として通牒を発したるときは決議の事項を掲げざるものにして之を総会招集の手続に違法ありと謂ふべく又無効の事項を以て決議の事項と為したる議事は事項を示さずして議決を為さしめたるものとして決議の方法に違法ありと謂ふべし。
依て上告人は前審に於て六月十日の総会は無効の事項を以て決議の事項と為したるが故に総会招集の手続及び其決議の方法に違法ありとし商法第百六十三条を適用して総会無効の宣告を為すべきものなりと主張したり。
然るに原判決は上告人の主張する所は皆決議事項を非難するものとして商法第百六十三条に所謂決議の方法に関せずと説示し遂に上告人の請求を却下せられたり是れ即法律上存在し得べからざる無効の事項を以て決議の事項と為すも招集の手続及び決議の方法に違法なし。
換言せば総会の通知及び決議は決議の事項を挙示せざるも招集の手続及び決議の方法に違法なしとの不当解釈に職由せずんば非ず豈に商法第百六十三条の規定の精神ならんやと云ふに在れ又其第三点は原裁判所の判決は意思表示の原則に違背せり公の秩序に反する事項を目的と為したるが故に法律が之を無効とせる法律行為に依りて事実上成立存在せる事項は当然無効なり。
随で公の秩序に違背せる法律行為に因りて事実上成立存在せる事項を目的とする法律行為も亦無効と謂はざるべからず。
被上告会社の明治三十二年七月七日の総会の決議は同年六月十日の無効決議に因りて事実上成立存在せる合併契約書を以て其目的と為したるものなれば其決議の無効たるや言を俟たず。
勿論無効の事項を以て決議の目的と為せる場合には前段第一点第二点に於て詳述せる如く常に招集の手続及び決議の方法が法律に違反する結果を来たずべしと雖も必らずしも此点まで論及するの要なし。
商法第百六十三条の適用を竣たずして同法第一条及び民法第九十条の規定に依りて当然無効たるべきものなり。
斯の如き理なるを以て原裁判所の説示せる如く上告人が原裁判所に於て単に決議の目的を無効なりと主張したりとするも上告人の請求は決して之を不当と断定すべからざるなり。
商法が総会決議無効宣告の請求を認むる場合は決して招集の手続又は決議の方法が法令又は定款に反する場合のみならざるなり。
本件の場合の如きは特別に規定を要せずして当然無効と看做せるものなり。
招集の手続又は決議の方法が法令又は定款に反する場合の如きは通常其者自体の瑕疵のみに止まるが故に極めて些細の事項に属す本件の如く無効の事項を以て決議の目的と為したるか為め牽いて其招集の手続又は決議の方法にも違法を来たず場合は極めて稀なり。
唯夫れ此等の手続に関する違法は通常極めて些細の瑕疵に止まるが故に決議其者の無効を請求し得るや否やに付、疑を生ずべし而かも永久何時にても何人にても之を援用して無効を請求し得るとせば決議は永久常に不確定の情況に在るを以て却て公益を害し株主一同の不利益を醸生すべし。
是に於て商法は特に之を明規し、且、此点に付き決議の無効宣告を請求するには決議の日より一个月内に於て為さざるべからず。
又普通の株主が此請求を為す場合には株券を供託し、且、会社の請求に由り相当の担保を供することを要したり。
然れども無効の事項を以て決議の目的と為したる場合の如きは当然の筋合に属するを以て別段の明文を要せず。
又斯る重大なる瑕疵ある法律行為は決して効力を有せしむべきものに非ざれば決議の無効を主張し其宣告を請求せしむるに制限を附するの要なし。
独り其要なきのみならず制限を附することを得ざるものなり。
然るに原裁判所は商法が決議無効の請求を許せる場合を明文を以て規定せるは第百六十三条のみなるを以て見れば如何なる場合と雖も其他に於ては決して決議無効を主張し其宣告を請求することを許さざるものと誤信し遂に上告人の請求は理由なきものなるが故に之に基く仮処分の申請も許すべからずと判定したり。
是れ豈に商法を正当に解釈したるものならんやと云ふに在り
依て按ずるに仮処分を許すべきや否やは其仮処分の申請に付き法律に規定したる仮処分を許すべき必要なる理由あるや否やを審理して之を決すべきものにして主たる訴訟の曲直を予断し之れに由で仮処分の許否を定むべきものにあらず。
即ち主たる訴訟の曲直は其訴訟の判決に依て決すべきものにして仮処分の許否に影響を及ぼさしむべきものにあらず。
本件は品川馬車鉄道株式会社解散決議無効宣告に関し民事訴訟法第七百六十条に基き係争の権利関係に付き仮の地位を定むることを目的と為し継続する権利関係に付き著しき損害を避くるの必要あるを理由として仮処分の申請を為したるものなれば其仮処分の申請に付ては右解散決議無効宣告事件の曲直如何を顧みることなく専ら右に述ぶる仮処分申請の理由を疏明したるや否やを審理して処分の許否を決すべきものなるに原裁判所が仮処分申請の理由を判断せず本案の請求即ち決議無効宣告事件が法律上請求の理由ありと見へざるのみを以て仮処分の申請を許す可からざるものと判決したるは違法にして破毀すべき原由ありとす。
以上説明の如くなるを以て上告理由に対し各別に判断するの必要なし。
右の理由なるを以て民事訴訟法第四百四十七条に依り原判決を破毀し同第四百四十八条に従ひ更に弁論及び裁判を為さしむる為め本件を原裁判所に差戻す