約定地所引渡請求ノ件
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大審院民事判決録（民録）4輯3巻40頁
明治三十年第三百九十六號
明治三十一年三月十六日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 鑑定ハ裁判官ノ智識ヲ補助スル要具タルニ過キサルニ依リ裁判官ハ其鑑定ニ覊束セラルヘキモノニアラス從テ同一物ニ付キ前後二囘ノ鑑定ヲ爲サシメタル場合其孰レヲ取リ孰レヲ捨ツルハ事實裁判官ノ職權ニ屬ス（判旨第一點）（第三輯第二卷所載明治二十九年第三百八十二號判决同第三卷所載明治二十九年第二百八十三號判决參看）
第一審 廣島地方裁判所三次支部
第二審 廣島控訴院
上告人 田中友九
訴訟代理人 青柳正喜
被上告人 藤井勝次
右當事者間ノ約定地所引渡請求事件ニ付廣島控訴院カ明治三十年五月二十五日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
理由
上告第一點ハ原裁判所ハ鑑定人十河一輝ノ鑑定書ニ基キ甲第五號甲第六號證惣三郎名下ノ印影ト坂村役場ヨリ取寄セタル同人ノ印影ト相異スルモノナリトノ心證ヲ作リ原判决ノ如ク理由ヲ付セラレタリ然レトモ十河一輝ハ甲第五號證ト役場備付ノ印鑑簿トノ鑑定ヲ命セラレタルモ其鑑定不當ナリシヨリ爾後更ニ甲第六號證及同五號證ト役場備付ノ印影トニ付鑑定ヲ申立三人ノ鑑定人ヲシテ鑑定セシメラレタル結果何レモ同印ナリト鑑定シ即チ前ノ十河一輝ノ鑑定ト全然反對ニ出テタリ此場合ニ於テ彼レヲ取リ是テ捨ツルハ裁判官ノ職權ニ屬スヘキモ本件ノ如キ十河一輝ノ鑑定ヲ不充分ナリトシ更ニ再鑑定ヲ命シタル場合ニ在リテ其再鑑定ヲ排斥セシニハ相當ノ理由ヲ付セラルヘキ筋合ナルニ其茲ニ出テサルハ判决ニ理由ヲ缺クモノト云ハサルヲ得スト云フニ在レトモ鑑定ハ其性質裁判官ノ智識ヲ補助スルノ要具タルニ過キス換言セハ裁判所ニ於テ鑑定人ヲ要スル場合之ヲシテ鑑定ヲ爲サシムルハ固ト心證判斷ノ資料ニ供スルカ爲ニシテ其鑑定ニ覊束セラルヘキモノニ非サルヤ言ヲ俟タス左レハ同一物ニ前後二囘鑑定ヲ爲サシメタル場合ニ於テ其孰レヲ取リ孰レヲ捨ツルモ原裁判所ノ職權ニ一任セラレタル事柄ナルヲ以テ其取捨ノ點ニ付敢テ説明ヲ要スルモノニアラス故ニ原判决ハ上告人所論ノ如キ違法ノ點ナシ（判旨第一點）
同第二點ハ上告人ハ甲第一號甲第五號甲第六號證ノミニ依リ本件地所ノ引渡ヲ求メタルニアラス右各證ノ外尚ホ證人谷井和七ノ證言ヲ以テ甲第五號證ノ事實アリシ事證人竹内ナツノ證言ヲ以テ甲第六號證ノ事實アリシ事ヲ擧證シタリ斯ク擧證セシハ甲第五號六號證ヲ相手方カ非認シ且其事實モ亦之レナシト爭ヒタル故其事實アリシ事ヲ擧證スルノ必用アリテ之ヲ引用シ以テ辯論シタル次第ナルニ原裁判所カ此重要ノ爭點ニ對シ何等ノ判斷ヲモ與ヘサリシハ即ヲ理由ヲ付セサル不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ一件記録ニ依レハ甲第五號及ヒ甲第六號證ハ元來甲第一號證ノ正當ニ成立セシ事實ヲ證スルノ目的ヲ以テ提出セシモノニ係リ又谷井和七竹内ナツノ證人ハ倶ニ甲第五號及ヒ甲第六號證ノ正當ニ成立セシ事實ヲ確メントスルノ外ニ出テサルヤ明白ナリ夫レ斯ク甲第五、六號證及ヒ谷井和七外一名ノ證人ハ各獨立ノ爭點事實ニ對スルモノニ非サルコト明白ニシテ而シテ原判决上已ニ甲第五、六號證カ甲第一號證ト共ニ其成立ヲ否認セラレタル以上ハ乃チ其事實ヲ確實ナラシメントスル目的ヲ以テ喚問ヲ申請セシ證人谷井和七等ノ證言モ亦自カラ排斥ヲ受ケタルヤ明瞭ナリトス然ラハ特ニ其證言排斥ノ理由ヲ明示セサルモ證據ノ取捨ハ固ヨリ原裁判所ノ自由ナル心證判斷ノ範圍内ニ屬スル事柄ナルヲ以テ一々之カ説明ヲ與フ可キ責務ナキヤ言ヲ俟タルニ付此點ニ付テモ亦原判决ハ上告人所論ノ如キ違法ノ點ナシ
上來説明ノ如ク本件上告ハ一モ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ之ヲ棄却ス可キモノトス
