明治二十九年第三百九十八號
明治三十年三月十七日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 町村ノ合併ニ起因スル大字即チ部落カ財産ヲ有スルトキハ公法上其部落ニ法人格ヲ授與ス(第三輯第二卷所載明治二十八年第二百六十四號判决并本卷所載明治二十九年第四百五十三號判决參看)
- 一 此法人ハ所謂存在ニ因ル人格ニシテ別ニ手續ヲ要セス町村制ノ實施ト同時ニ公認セラレタルモノトス(仝上參看)
- 一 此法人ノ代表機關ハ其所屬町村長ナリトス(仝上參看)
- 一 法律上代表者タル資格ノ有無ニ關シ當事者双方ニ異議ナキ場合ト雖トモ裁判所ハ職權ヲ以テ之ヲ調査セサル可カラス(以上判旨第一、二點)
上告人 松浦能次郎 外七十四名
被上告人 稻垣倉次郎 外三百二十三名
訴訟代理人 美濃部貞亮
被上告人 鵜飼久七 外十八名
右當事者間ノ共有地差縺事件ニ付名古屋控訴院カ明治二十九年六月四日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告代理人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判决
原判决ヲ破毀シ更ニ裁判スル左ノ如シ
第一審判决ヲ廢棄ス
本件ノ訴ハ之ヲ却下ス
訴訟費用ハ被上告人之ヲ負担ス可シ
理由
上告論旨第一點ハ本件ノ訴訟ハ愛知縣東春日井郡神坂村大字神屋ト同縣同郡内津村大字明知トノ二大字(舊二ケノ獨立村)カ原告トナリ同縣同郡内津村大字西尾(舊臺ケノ獨立村)ヲ被告トシ係爭山林ヲ右三大字ノ共有タル登記ヲ受クルカ若シクハ土地臺帳ノ訂正ヲナサシメントノ主意ニ出テタルモノナリ而シテ係爭山林カ三大字ニ平等ノ共有權アルヤ否ニ就テハ常ニ爭點トナリ居リタルモ該山林カ個人ノ共有權ニ屬スルモノナリトノ事ハ原被共ニ之ヲ論シタルコトナク全ク大字(舊村)間ノ共有權ノ爭タリシナリ右ノ如ク係爭物件カ村内一部落ノ所有ニ歸スルモノトセハ之カ管理ヲ爲スヘキモノハ村長ニシテ其部落内ニ住スル人民カ個々別々ニ其權利ヲ爭ヒ得ヘキモノニアラストノ事ハ町村制ノ規定スル所ナリ然ルニ本件ノ被上告人ハ原告トシテ此請求ヲ爲スモ村内部落財産ノ管理人ニアラスシテ此訴ヲ爲スモノニシテ即チ此請求ヲ爲スノ權利ナキモノナリ而シテ又上告人等ハ一大字ヲ代表スルモノニアラサルカ故大字ノ共有權ニ係ル訴ハ之レヲ受クヘキモノニアラス假ニ原判决ノ如ク上告人等ニ登記ノ訂正等ヲ命セラルヽモ上告人等ハ其管理者ニアラサルヲ以テ實際上之ヲ如何トモスルノ權能ナキモノナリ而シテ右ノ如キ資格ニ關スル問題ハ原院ニ於テ職權上之カ調査ヲ遂ケ至當ノ判决ヲ與ヘラルヘキ筈ナルニ事茲ニ出テス控訴棄却ノ判决ヲ與ヘラレタルハ不當ニシテ上告人ハ之レニ服從スルコト能ハサル次第ナリト云ヒ』其第二點ハ假リニ村内部落ノ財産ニ對シテハ村長之カ管理ニ任スヘキモノナルヤ否ハ別論トスルモ上告人等ハ係爭地所ニ就テ所有ノ登記ヲ受ケ居ルモノニアラス又土地臺帳ニモ所有ノ名稱ヲ有スルモノニアラス(但シ上告人ノ鵜飼彦左衛門ハ共有者總代トシテ登記シアルモ一個ノ資格ニテ所有ノ登記ヲ受ケス)故ニ被上告人等カ三大字ノ共有タル登記ヲ受ケシメントシテ上告人ニ迫ルモ上告人ハ假リニ之ニ同意セントスルモ爲シ得ヘキ事柄ニアラス土地臺帳ノ訂正ニ至テモ亦同シ故ニ本件ノ請求ハ孰レヨリ見ルモ之ヲ上告人ニ請求スヘニ事柄ニアラス然ルニ原院ハ猶被上告人ノ請求ヲ正當ト看做サレタルハ不當ニシテ上告人ノ服從スルコト能ハサル所ナリト云フニアリ之ニ對シテ被上告人ハ市制町村制第五章ノ理由書ヲ引證シ當事者双方ノ住民ハ論山ノ管理ヲ其所屬村長ニ委任シタルコトナク又之ヲ其管理ニ移シタルコト無キニ付キ各住民タル被上告人等ヨリ上告人等ニ係リ本訴ヲ提起シタルハ相當ナリ且ツ當事者双方ノ大字ハ町村制第百十四條ニ依リ未タ區會ヲ設ケサルカ故ニ大字ト其住民ト區別ナシ大字ノ訴訟ニ就テハ其住民各自共同シテ原告人トナリ又被告人トナルコトヲ得ヘク乃チ被上告人大字明知大字神屋ノ住民カ共同シテ上告人等大字西尾ノ住民ニ對シ本訴ヲ提起シタルハ此旨趣ニ基クモノナリ從テ原裁判ハ上告論旨ノ如キ不法アルモノニアラスト答辯シタリ
依テ案スルニ町村ノ合併ニ起因スル大字即チ部落カ財産ヲ有スルトキ公法上ニテ其部落ニ法人格ヲ授與スルコトハ町村制ノ規定ニ於テ之レヲ明認セラル可ク且ツ此法人ハ所謂存在ニ因ル人格ニシテ別ニ何等ノ手續ヲモ要スルコトナク町村ト齊シク町村制ノ實施ト同時ニ公認セラレ法人ハ自ラ其事務ヲ處辨スルコトヲ得サルニ因リ町村制ニ於テ其代理機關ヲ設定シ就中外部ニ對スル代表ノ機關ヲ以テ其所屬町村長ノ職務ト爲シタルコトモ亦明認セラルヽ所ナリトス而シテ市制町村制第五章ノ理由書中(委任スルモ妨ケ無シ)トノ文詞ハ町村内ノ一部タル部落ニ屬スル財産ノ管理ヲ法律上ニテ其所屬町村長ニ委住スルモ實際何等ノ妨ケ無シトノ謂ニシテ部落ノ住民ヨリ之ヲ其ノ所屬町村長ニ委任スルモ妨ケ無シトノ旨趣ニアラス故ニ被上告人カ此般ノ答辯ハ本件ニ關係ナシ又町村制第百十四條ハ町村内ニテ一區ヲ爲スモノ特別ニ財産ヲ有シ若クハ營造物ヲ設ケ其一區限リ特ニ其費用ヲ負擔スルトキ郡參事會ハ町村會若クハ其ノ部落住民ノ請願ニ因リ區會又ハ區總會ヲ設クルコトヲ得ルトノ規定ニシテ區會ノ有無ハ法人ノ設立ニ關係ナキノミナラス上文辯明ノ如ク大字ナル者カ町村制ノ實施ト同時ニ公法人タルコトヲ得ル以上其以前ノ關係ハ姑ク措キ少クモ此時ヨリ無形人ノ大字ト有形人ノ住民各自トハ各別ニ人格ヲ有シ社交上各別異ノ人タルコトハ敢テ辯ヲ俟タサルニ付キ被上告告人カ大字ト住民ト區別ナシトノ答辯モ又タ之ヲ採用スルコトヲ得ス且ツ本件カ大字明知ト大字神屋ヨリ大字西尾ニ對スル各法人間ノ爭訟ナルコトハ爭ヒ無キ事實ニシテ此事タル訴訟ノ目的同上£及ヒ辯論ノ旨趣ニ徴スルモ亦明確ナレハ法律上代表資格ノ有無ニ關シ當事者双方ニ毫モ異議ナカリシニモセヨ原裁判所ハ職權ヲ以テ之ヲ調査セサル可ラサル筋合ナリトス然ルニ原裁判所カ之ヲ不問ニ附シ遂ニ上告人所論ノ如ク代表ノ資格ナキ者等ノ辯論ヲ聽キ之ニ對シテ判决ヲ與ヘタル次第ニ付キ原裁判ハ民事訴訟法第四百三十六條第五號ニ該ル不法アルモノニシテ上告人等要求ノ通リ破毀ヲ免レサルモノナリトス(判旨第一、二點)
上來説明ノ如ク本件上告ハ適法ノ理由アルヲ以テ民事訴訟法第四百四十七條第一項ニ依リ原判决ヲ破毀シ尚ホ同法第四百五十一條ノ規定ニ從ヒ本院ニテ裁判スル所以ナリ
被上告人鵜飼久七外十八名ハ期日ニ欠席シタルモ民事訴訟法第五十條ニ依リ出席シタルモノニ代理ヲ任シタルモノト見做ス
明治二十九年第三百九十八号
明治三十年三月十七日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 町村の合併に起因する大字即ち部落が財産を有するときは公法上其部落に法人格を授与す(第三輯第二巻所載明治二十八年第二百六十四号判決並本巻所載明治二十九年第四百五十三号判決参看)
- 一 此法人は所謂存在に因る人格にして別に手続を要せず。
町村制の実施と同時に公認せられたるものとす。
(仝上参看)
- 一 此法人の代表機関は其所属町村長なりとす。
(仝上参看)
- 一 法律上代表者たる資格の有無に関し当事者双方に異議なき場合と雖とも裁判所は職権を以て之を調査せざる可からず。
(以上判旨第一、二点)
上告人 松浦能次郎 外七十四名
被上告人 稲垣倉次郎 外三百二十三名
訴訟代理人 美濃部貞亮
被上告人 鵜飼久七 外十八名
右当事者間の共有地差縺事件に付、名古屋控訴院が明治二十九年六月四日言渡したる判決に対し上告代理人より全部破毀を求むる申立を為し被上告代理人は上告棄却の申立を為したり。
判決
原判決を破毀し更に裁判する左の如し
第一審判決を廃棄す
本件の訴は之を却下す
訴訟費用は被上告人之を負担す可し
理由
上告論旨第一点は本件の訴訟は愛知県東春日井郡神坂村大字神屋と同県同郡内津村大字明知との二大字(旧二けの独立村)が原告となり同県同郡内津村大字西尾(旧台けの独立村)を被告とし係争山林を右三大字の共有たる登記を受くるか若しくは土地台帳の訂正をなさしめんとの主意に出でたるものなり。
而して係争山林が三大字に平等の共有権あるや否に就ては常に争点となり居りたるも該山林が個人の共有権に属するものなりとの事は原被共に之を論したることなく全く大字(旧村)間の共有権の争たりしなり。
右の如く係争物件が村内一部落の所有に帰するものとせば之が管理を為すべきものは村長にして其部落内に住する人民が個個別別に其権利を争ひ得べきものにあらずとの事は町村制の規定する所なり。
然るに本件の被上告人は原告として此請求を為すも村内部落財産の管理人にあらずして此訴を為すものにして、即ち此請求を為すの権利なきものなり。
而して又上告人等は一大字を代表するものにあらざるが故大字の共有権に係る訴は之れを受くべきものにあらず。
仮に原判決の如く上告人等に登記の訂正等を命ぜらるるも上告人等は其管理者にあらざるを以て実際上之を如何ともするの権能なきものなり。
而して右の如き資格に関する問題は原院に於て職権上之が調査を遂け至当の判決を与へらるべき筈なるに事茲に出でず控訴棄却の判決を与へられたるは不当にして上告人は之れに服従すること能はざる次第なりと云ひ』其第二点は仮りに村内部落の財産に対しては村長之が管理に任ずべきものなるや否は別論とするも上告人等は係争地所に就て所有の登記を受け居るものにあらず。
又土地台帳にも所有の名称を有するものにあらず。
(但し上告人の鵜飼彦左衛門は共有者総代として登記しあるも一個の資格にて所有の登記を受けず)故に被上告人等が三大字の共有たる登記を受けしめんとして上告人に迫るも上告人は仮りに之に同意せんとするも為し得べき事柄にあらず。
土地台帳の訂正に至ても亦同じ。
故に本件の請求は孰れより見るも之を上告人に請求すへに事柄にあらず。
然るに原院は猶被上告人の請求を正当と看做されたるは不当にして上告人の服従すること能はざる所なりと云ふにあり之に対して被上告人は市制町村制第五章の理由書を引証し当事者双方の住民は論山の管理を其所属村長に委任したることなく又之を其管理に移したること無きに付き各住民たる被上告人等より上告人等に係り本訴を提起したるは相当なり。
且つ当事者双方の大字は町村制第百十四条に依り未だ区会を設けざるが故に大字と其住民と区別なし。
大字の訴訟に就ては其住民各自共同して原告人となり又被告人となることを得べく乃ち被上告人大字明知大字神屋の住民が共同して上告人等大字西尾の住民に対し本訴を提起したるは此旨趣に基くものなり。
従て原裁判は上告論旨の如き不法あるものにあらずと答弁したり。
依て案するに町村の合併に起因する大字即ち部落が財産を有するとき公法上にて其部落に法人格を授与することは町村制の規定に於て之れを明認せらる可く且つ此法人は所謂存在に因る人格にして別に何等の手続をも要することなく町村と斎しく町村制の実施と同時に公認せられ法人は自ら其事務を処弁することを得ざるに因り町村制に於て其代理機関を設定し就中外部に対する代表の機関を以て其所属町村長の職務と為したることも亦明認せらるる所なりとす。
而して市制町村制第五章の理由書中(委任するも妨げ無し)との文詞は町村内の一部たる部落に属する財産の管理を法律上にて其所属町村長に委住するも実際何等の妨げ無しとの謂にして部落の住民より之を其の所属町村長に委任するも妨げ無しとの旨趣にあらず。
故に被上告人が此般の答弁は本件に関係なし。
又町村制第百十四条は町村内にて一区を為すもの特別に財産を有し若くは営造物を設け其一区限り特に其費用を負担するとき郡参事会は町村会若くは其の部落住民の請願に因り区会又は区総会を設くることを得るとの規定にして区会の有無は法人の設立に関係なきのみならず上文弁明の如く大字なる者が町村制の実施と同時に公法人たることを得る以上其以前の関係は姑く措き少くも此時より無形人の大字と有形人の住民各自とは各別に人格を有し社交上各別異の人たることは敢て弁を俟たざるに付き被上告告人が大字と住民と区別なしとの答弁も又た之を採用することを得ず。
且つ本件が大字明知と大字神屋より大字西尾に対する各法人間の争訟なることは争ひ無き事実にして此事たる訴訟の目的同上£及び弁論の旨趣に徴するも亦明確なれば法律上代表資格の有無に関し当事者双方に毫も異議なかりしにもせよ原裁判所は職権を以て之を調査せざる可らざる筋合なりとす。
然るに原裁判所が之を不問に附し遂に上告人所論の如く代表の資格なき者等の弁論を聴き之に対して判決を与へたる次第に付き原裁判は民事訴訟法第四百三十六条第五号に該る不法あるものにして上告人等要求の通り破毀を免れざるものなりとす。
(判旨第一、二点)
上来説明の如く本件上告は適法の理由あるを以て民事訴訟法第四百四十七条第一項に依り原判決を破毀し尚ほ同法第四百五十一条の規定に従ひ本院にて裁判する所以なり。
被上告人鵜飼久七外十八名は期日に欠席したるも民事訴訟法第五十条に依り出席したるものに代理を任じたるものと見做す