明治二十九年第百九十六號
明治二十九年十一月二十五日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 官有地借地加名願書ニ調印ヲ請求スルハ行爲ノ履行ヲ求ムル人權ノ訴ニシテ民事訴訟法第二十二條ニ所謂不動産上ノ訴ニアラス(判旨第一點)
(參照)不動産ニ付テハ其所在地ノ裁判所ハ總テ不動産上ノ訴殊ニ本權竝ニ占有ノ訴及ヒ分割竝ニ經界ノ訴ヲ專ラニ管轄ス 地役ニ付テノ訴ハ承役地所在地ノ裁判所專ラニ之ヲ管轄ス(民事訴訟法第二十二條第一項第二項)
上告人 藤井九二吉
訴訟代理人 吉田珍雄
被上告人 松井常三郎
右當事者間ノ契約履行請求事件ニ付東京控訴院カ明治二十九年三月十八日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告第一點ハ本訴ハ群馬縣吾妻郡坂上村所在ノ地所借地加名ノ請求ニ係リ苟モ本權原ノ如何ヲ爭フモノナレハ普通ノ地所登記ノ訴訟ト一般民事訴訟法第二十二條第三十一條第二號等ノ規定ニ依リ該地ヲ管轄スヘキ裁判所ノ專屬タル可キモノニシテ東京地方裁判所ノ管轄スヘキモノニアラス蓋シ專屬裁判所ノ管轄ハ當事者ノ合意ニ依リテ定マルヘキ者ニアラサレハ受訴裁判所ハ法律上管轄權アルヤ否ノ點ハ職權ヲ以テモ調査セサルヘカラス况ンヤ上告人ハ前述ノ理由ヲ以テ管轄違ノ抗辯ヲ爲シタルニモ拘ラス原裁判所ニ於テハ其管轄如何ノ點ニ付一ノ理由ヲモ付セラレス本案而已ニ付裁判ヲ下サレタルハ失當ニシテ一ハ法律ニ背キ不法ニ管轄權ヲ認メ二ニハ申立タル條件ニ付判决理由ヲ明示セサル違法アリト云フニ在リ依テ一件記録ニ徴スルニ上告人カ本件ハ管轄違ナリトノ抗辯ヲ提出セシコト明白ナルモ抑モ本件ハ被上告人ヨリ上告人ニ對シ上告人ノ先代カ曾テ群馬縣廳ヨリ牧畜開墾ノ爲メ拜借ノ許可ヲ得テ使用セル土地「即チ賣渡豫約地ナルモノヽ一部分ニ關スル使用ノ目的ヲ變更シ且被上告人ヲ其願人中ニ加盟セシムル趣旨ノ認可願ニ調印ヲ求ムルニ在レハ則チ其訴旨タル單ニ契約ニ基キ上告人ニ對シ其行爲ヲ履行ヲ求ムル人權ノ訴ニシテ民事訴訟法第二十二條ニ所謂不動産上ノ訴ニアラス然ラハ原判决ハ法律ニ背キ不法ニ管轄權ヲ認メタルモノト謂フ可カラサルニ付縱令ヒ上告人ノ提出セシ抗辯ニ對シ特ニ判斷ヲ與ヘスト雖モ其抗辯ハ自カラ排斥ヲ受ケタルト同一ノ結果ニ歸シ原判决ニ毫モ影響ナキヲ以テ此論告ハ上告ニ適法ノ理由ト爲スコトヲ得ス(判旨第一點)
同第二點ハ被上告人即チ被控訴人ニ於テ乙一號證ノ契約ニ違背シ第一報酬金ノ支拂期日ヲ怠リ第二謂レナク事業ニ着手セス依テ乙五號證ノ如ク解約シタル事ハ終始上告人ノ主張シタル所ニシテ明治二十八年十一月二十七日第一回辯論調書第三項中被控訴人ハ約束通リ支出金ヲ爲サス事業ニモ着手セサルニ付キ督促ニ及フモ不履行ナルニ依リ止ムナク二十六年八月中約束ニ從ヒ既ニ請取タル九百七拾五圓ハ沒収シ契約ヲ解除スル旨通知シタリト明カニ記載アルノミナラス明治二十九年三月十六日ノ調書ニ被控訴人ハ先ツ以テ乙一號證ノ契約ヲ遵奉シ金圓ヲ拂入レサル可ラス云々トアリ又控訴状ニモ判决ヲ受クヘキ事項トシテ被上告人即チ被控訴人ノ違約ナル事ヲ明述シ置キタリ然リ而シテ被上告人カ事實ヲ放棄シテ今日迄モ着手セサリシ事ハ被上告人ニ於テモ全然之ヲ認メ毫モ爭ハサル所ナレハ原裁判所ハ爭ヒナキ事實ニ付宜シク被上告人カ違約ノ點ヲ認定セサル可ラス由シ假令ヒ事業着手ノ點ニ爭ヒアリシ者トスルモ原裁判所ハ此點ニ付亦相當ナル判斷ヲ爲サル可ラス然ルニ原裁判所ハ此明確ナル事實ヲ無視シ甲一號證ノ契約ト乙一號證ノ契約トハ各獨立ノ契約ニシテ其報酬金ヲ入ルヽヲ待テ加盟願書ヲ差出ス可キ約旨ニ非ラスト爲シ而シテ事業放棄ノ點ニ至リテハ全然之レヲ不問ニ附シ去リタルハ是レ民事訴訟法第百十一條第二項ノ法文ニ背キ事實ヲ不當ニ確定セラレタルニ非サレハ則チ判斷ヲ與フ可キ防禦方法トシテ提出シタル一事實ヲ遺脱シタル違法ノ裁判ナリ加之本案ノ土地開拓上ニ付テハ公許ノ年限アリ徒ラニ歳月ヲ曠過セハ到底成功ヲ遂ケスシテ借地權ヲ取上ケラル可キ筈ナルヲ以テ上告人ハ名利兩者ノ實害ヲ被ムルノミナラス假リニ其期日ハ受囑者ノ隨意ニ任シタルモノトスルニ報酬金授受ノ期日ハ乙一號證中嚴然明記シアルニモ拘ハラス被上告人ハ其日迄ニ契約金ノ拂入レヲ爲サス漫然違約シタル者ナレハ該證ノ約旨ニ基キ既出ノ資金ハ上告人ニ於テ存分ニ處分セラル可キハ勿論ノ事ナリ故ニ上告人ハ乙五號證ヲ送リ解約シタルモノナリ又被上告人カ提出セル甲第二號證ノ一及被上告人カ認メタル第五號ノ一二乙第六號一二三ヲ提出シテ甲乙一號證ノ契約ハ之ヲ取消シタルモノナルコトヲ申陳シタルニ在リテ上告人ハ毫モ違約ノ責メアル可キモノニ非ス然ルヲ原裁判所ハ現ニ乙一號證ニ事實ヲ謂レナク放棄シ又ハ地所所有ノ權ノ分割ヲ違約スル等ノ行爲アル時ハ既出ノ資金及ヒ既成ノ地所共貴殿ノ御存分ニ爲任可申候云々トノ約款アリシコトヲ是認シナカラ報酬金不拂ヲ以テ契約解除ノ條件トハ認メ難シト説明セラレタルハ不當ナル而已ナラス上告人カ引用シタル甲第二號證ノ一ニ對シ何等ノ理由モ付セラレサルハ是レ亦證據ニ背キ事實ヲ不當ニ確定セラレタル違法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ原裁判所ノ口頭辯論調書中「被控訴人ハ約束通リ支出金ヲ爲サス事業ニモ着手セザルニ付云々トアルニ過スシテ他ノ防禦方法トシテ提出セシ事項ノ如ク明カニ被上告人カ謂ハレナク事業ニ着手セスト主張セシ記録ノ見ルヘキモノナシ由是觀之被上告人カ事業ニモ着手セストノ事ハ畢竟被上告人カ約束通リ支出金ヲ爲サヽリシトノ主張ニ附加セシ事實上ノ供述ニ止マリ此レヲ以テ獨立ナル一ノ防禦方法トシテ提出セシモノト認ムルヲ得ス然レトモ今暫ク上告人カ之ヲ防禦方法トシテ提出セシモノト假定シテ論スルモ元來上告人主要ノ抗辯ハ被上告人ニ違約ノ行爲アルニ因リ當事者間ノ契約ハ乙五號證ノ如ク已ニ之ヲ取消シタリト云フニ在リ而シテ原判决ハ其抗辯ヲ排斥セル理由トシテ甲乙各一號證ノ契約ヲ各個獨立ノモノト認メ且乙一號證ヲ援引シテ説示スル所アルモ其乙一號證契約ニ記載セル事項即チ被上告人ニ謂ハレナク事業ヲ放棄スル等ノ行爲アルトキ當事者間ニ取結ヒタル契約ハ當然解除セラル可キ特約アリト認メタルコトナシ然ラハ假令ヒ被上告人ニ謂ハレナク事業ニ着手セサリシ違約ノ責アリトスルモ此レカ爲メ上告人ニ於テ恣ニ該契約ヲ取消ス可キ權能ヲ有セサルカ故ニ原判决ノ示ス如ク結局上告人ハ被上告人ノ請求ヲ拒ムコトヲ得サル筋合ナリトス換言セハ被上告人ハ謂ハレナク事業ニ着手セストノ上告人ノ主張ハ本件當事者間ノ權利關係ヲ判斷スル上ニ於テ毫モ價値ヲ有セサルモノナルカ故ニ原判决ハ此點ニ付判斷ヲ闕ク瑕疵アリトスルモ尚ホ破毀ヲ求ムル理由ト爲スニ足ラス然リ而シテ契約ノ解釋ハ畢竟事實ノ認定ニ外ナラス故ニ原裁判所カ報酬金ノ不拂ヲ以テ契約解除ノ條件トハ認メ難シト説示セシ點ニ對スル攻撃ハ謂ハレナキ論告ト謂ハサル可カラス又證據ノ取捨ハ固ヨリ事實裁判所ノ特權内ニ一任セラレタルモノニテテ而シテ其取捨ニ對シ一々理由ヲ明示ス可キ責務ナシ故ニ甲二號證ノ一ニ對シ何等ノ理由ヲ付セストノ攻撃モ亦其理由ナシ
同第三點ハ事業ノ委囑ト加盟トハ自ラ其性質ヲ異ニシ結果亦同一ナラス本案當事者間ノ契約ハ甲乙各一號證ニ明記アル如ク事業委囑ノ契約ニテ加盟契約ニ非ス故ニ上告人ハ控訴状中判决ヲ受クヘキ事項ノ申立トシテ合意以外ノ行爲ノ履行ヲ求メ得ヘキヤ否ト明記シ而シテ本訴請求ノ當否ニ付其判决ヲ求メタリ復言セハ甲一號證中事業着手届ノ手續ハ兩名義ヲ以テ爲シ又既成地拂下ケ願ノ時ト雖モ其許ノ意ニ反シ自侭ニ處辯セサルコトトノ約欸アレトモ加盟願書ヲ差出ス可キ旨ノ契約ハ曾テ之ヲ爲シタルコトナリ元來本契約ハ事業委囑ノ旨ニ出ツルヲ以テ其他事業上便益ナルコトハ拙者ノ名義即チ上告人ノ名義ヲ以テ之ヲ爲スヘシト合意シタルニアリ今本訴ノ請求ハ雙方間曽テ合意アラサル事實上ノ加盟願書ニ調印ヲ要ムルモノニシテ合意以外ノ行爲ナ求ムル不當ノ妄訟ナリ然ルニ原裁判所ハ此防禦方法ニ對シ甲一號證中事業經營上ニ付拙者ノ名義ヲ以テ處辯スルノ必用アルトキハ云々トノ約旨ヲ擧示シ被控訴人ニ於テ本訴ノ請求ヲナスニ於テハ控訴人ハ之ヲ拒ムヲ得サルモノトスト説示シ本控訴棄却ヲ言渡サレタルハ是レ亦證據ニ背キ事實ヲ不當ニ確定セラレタル失當ノ裁判ナリト云フニ在レトモ此論告モ亦其理由ナシ何トナレハ原判决ニ於テ已ニ本件加盟願ノ事ハ甲一號ノ契約中ニ包含セラルヽモノト解釋シタル以上被上告人ハ合意以外ノ行爲ヲ求ムルモノト謂フ可カラサルヤ勿論ナルカ故ニ此點ニ付テノ攻撃ハ畢竟徒ニ其解釋ノ非難ヲ試ムルニ外ナラサレハナリ
同第四點ハ上告人ハ原裁判所ニ於テ本訴ハ意思ニ基ク行爲ノ踐行ヲ求ムルモノニシテ素ヨリ執行力ナク已ニ執行力アラサル訟求ハ判决其効ヲ有セス故ニ訴訟ノ成立スヘキモノニアラストノ防禦方法ヲ呈出シタリ然ルニ原裁判所ハ此申立ヲ遺脱シ何等ノ理由説明ヲモ與ヘラレサリシハ民事訴訟第二百三十條ノ規定ニ背キタル違法ノ裁判ナリト云フニ在リ依テ一件記録ニ徴スルニ上告人カ防禦方法トシテ本件請求ハ上告人ノ意思ノミニ關スルモノナレハ執行シ能ハサル旨主張セシコト明カナリ然レトモ債務者ノ意思ノミニ因リ爲シ得ヘキ行爲ニシテ第三者之ヲ爲シ得ヘカラサル場合ニ於ケル強制執行上ノコトハ民事訴訟法第七百三十四條ノ規定スル所ニシテ絶對的執行ス可カラサルモノト謂フ可ラス殊ニ其債務者ノ意思ノミニ因リ爲シ得ヘキ行爲タルト否トハ是レ唯執行方法ニ關スル問題ニ過キスシテ固ヨリ其判决ノ効力如何ニ關係ヲ有セサルモノトス然ラハ則チ上告人ノ主張ハ條理上到底排斥ヲ免カレサルモノナルカ故ニ此點ニ付判斷ヲ闕クモ原判决ニ毫モ影響ナキ筋合ナルヲ以テ是レ亦破毀ヲ求ムル理由ト爲スニ足ラサルモノトス
同第五點ハ本訴ノ借地權ハ乙七八號證ノ如ク本訴提起已前明治二十七年八月二十三日ヲ以テ返地シ更ラニ訴外人佐藤芳三郎ニ於テ繼續借地願ヲ爲シ且ツ實地ヲ占有シ開懇事業ニ從事シ居ル事ハ立證ノ結果ニ依リ明白ナル事實ナリ然ラハ假令借地名義ハ官ノ都合ニ依リ未タ除カサルモノトスルモ個ハ虚有名義而已故ニ上告人ニ於テハ右借地ニ關シ何等ノ權能ヲ有セサルハ勿論上告人ニ於テ返地申立ヲ取下ケスシテ加名願書ヲ差出スカ如キハ到底爲シ能ハサルノ事柄ナリ良シ強テ之ヲ爲スモ訴外者ハ勿論官廳ニ於テモ認許スヘキモノニアラス然ルニ原裁判所ニ於テ單ニ借地名義人ハ依然控訴人タリトノ説明ヲ與ヘラレシモ其名義人カ控訴人ナル上ハ如何ナル行爲モ爲シ得ヘキヤ否又其名ニ虚有ニシテ實權ヲ有セサルヤ否或返地ノ申立ヲ排却セスシテ加名願書ヲ差出シ得ヘキヤ否等ノ緊要ナル點ニ至リテハ毫モ其理由ヲ説明スルコトナク漫然控訴棄却ノ判决ヲ與ヘラレタルハ判决ノ理由不備且闕點アル失當ノ裁判ナリト云フニ在レトモ原裁判所ノ口頭辯論調書ニ依レハ上告人ニ於テ本件拜借ハ群馬縣廳ヨリ事業ニ着手セサルノ故ヲ以テ取上クル旨ノ達ヲ受ケ止ムナク返地シ佐藤芳三郎カ拜借シタル旨ノ供述ヲ爲シ且其借地權讓渡以後上告人ハ該地ニ何等ノ關係ヲ有セサル旨ノ主張ヲ爲シタリ依テ原判决理由ノ末段ニ於テ「控訴人(上告人)ハ本件借地權カ既ニ訴外人佐藤芳三郎ニ移轉シタル旨主張スルモ其然ラスシテ借地地名義人ハ依然控訴人タルコトハ甲第六號證ナル群馬縣知事中村元雄ノ證明書ニヨリ」明白ナリト説示シ以テ全然上告人主張ノ事實ヲ否認シタル以上借地名義人ノ資格ヲ以テ爲シ得可キ行爲ハ總テ上告人ニ於テ之ヲ爲シ得可キコト言ヲ竣タサル筋合ナルカ故ニ原判决ハ此點ニ付テモ亦上告人所論ノ如キ不法ナシトス
上來説明ノ如ク本件上告ハ一モ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ之ヲ棄却可キモノトス
明治二十九年第百九十六号
明治二十九年十一月二十五日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 官有地借地加名願書に調印を請求するは行為の履行を求むる人権の訴にして民事訴訟法第二十二条に所謂不動産上の訴にあらず。
(判旨第一点)
(参照)不動産に付ては其所在地の裁判所は総で不動産上の訴殊に本権並に占有の訴及び分割並に経界の訴を専らに管轄す 地役に付ての訴は承役地所在地の裁判所専らに之を管轄す(民事訴訟法第二十二条第一項第二項)
上告人 藤井九二吉
訴訟代理人 吉田珍雄
被上告人 松井常三郎
右当事者間の契約履行請求事件に付、東京控訴院が明治二十九年三月十八日言渡したる判決に対し上告代理人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告第一点は本訴は群馬県吾妻郡坂上村所在の地所借地加名の請求に係り苟も本権原の如何を争ふものなれば普通の地所登記の訴訟と一般民事訴訟法第二十二条第三十一条第二号等の規定に依り該地を管轄すべき裁判所の専属たる可きものにして東京地方裁判所の管轄すべきものにあらず。
蓋し専属裁判所の管轄は当事者の合意に依りて定まるべき者にあらざれば受訴裁判所は法律上管轄権あるや否の点は職権を以ても調査せざるべからず。
況んや上告人は前述の理由を以て管轄違の抗弁を為したるにも拘らず原裁判所に於ては其管轄如何の点に付、一の理由をも付せられず本案而己に付、裁判を下されたるは失当にして一は法律に背き不法に管轄権を認め二には申立たる条件に付、判決理由を明示せざる違法ありと云ふに在り。
依て一件記録に徴するに上告人が本件は管轄違なりとの抗弁を提出せしこと明白なるも。
抑も本件は被上告人より上告人に対し上告人の先代が曽て群馬県庁より牧畜開墾の為め拝借の許可を得て使用せる土地「即ち売渡予約地なるものの一部分に関する使用の目的を変更し、且、被上告人を其願人中に加盟せしむる趣旨の認可願に調印を求むるに在れば則ち其訴旨たる単に契約に基き上告人に対し其行為を履行を求むる人権の訴にして民事訴訟法第二十二条に所謂不動産上の訴にあらず。
然らば原判決は法律に背き不法に管轄権を認めたるものと謂ふ可からざるに付、縦令ひ上告人の提出せし抗弁に対し特に判断を与へずと雖も其抗弁は自から排斥を受けたると同一の結果に帰し原判決に毫も影響なきを以て此論告は上告に適法の理由と為すことを得ず。
(判旨第一点)
同第二点は被上告人即ち被控訴人に於て乙一号証の契約に違背し第一報酬金の支払期日を怠り第二謂れなく事業に着手せず。
依て乙五号証の如く解約したる事は終始上告人の主張したる所にして明治二十八年十一月二十七日第一回弁論調書第三項中被控訴人は約束通り支出金を為さず事業にも着手せざるに付き督促に及ぶも不履行なるに依り止むなく二十六年八月中約束に従ひ既に請取たる九百七拾五円は没収し契約を解除する旨通知したりと明かに記載あるのみならず明治二十九年三月十六日の調書に被控訴人は先づ以て乙一号証の契約を遵奉し金円を払入れざる可らず云云とあり又控訴状にも判決を受くべき事項として被上告人即ち被控訴人の違約なる事を明述し置きたり然り、而して被上告人が事実を放棄して今日迄も着手せざりし事は被上告人に於ても全然之を認め毫も争はざる所なれば原裁判所は争ひなき事実に付、宜しく被上告人が違約の点を認定せざる可らず由し仮令ひ事業着手の点に争ひありし者とするも原裁判所は此点に付、亦相当なる判断を為さる可らず。
然るに原裁判所は此明確なる事実を無視し甲一号証の契約と乙一号証の契約とは各独立の契約にして其報酬金を入るるを待で加盟願書を差出す可き約旨に非らずと為し、而して事業放棄の点に至りては全然之れを不問に附し去りたるは是れ民事訴訟法第百十一条第二項の法文に背き事実を不当に確定せられたるに非ざれば則ち判断を与ふ可き防禦方法として提出したる一事実を遺脱したる違法の裁判なり。
加之本案の土地開拓上に付ては公許の年限あり徒らに歳月を曠過せば到底成功を遂けずして借地権を取上けらる可き筈なるを以て上告人は名利両者の実害を被むるのみならず仮りに其期日は受嘱者の随意に任じたるものとするに報酬金授受の期日は乙一号証中厳然明記しあるにも拘はらず被上告人は其日迄に契約金の払入れを為さず漫然違約したる者なれば該証の約旨に基き既出の資金は上告人に於て存分に処分せらる可きは勿論の事なり。
故に上告人は乙五号証を送り解約したるものなり。
又被上告人が提出せる甲第二号証の一及被上告人が認めたる第五号の一二乙第六号一二三を提出して甲乙一号証の契約は之を取消したるものなることを申陳したるに在りて上告人は毫も違約の責めある可きものに非ず。
然るを原裁判所は現に乙一号証に事実を謂れなく放棄し又は地所所有の権の分割を違約する等の行為ある時は既出の資金及び既成の地所共貴殿の御存分に為任可申候云云との約款ありしことを是認しながら報酬金不払を以て契約解除の条件とは認め難しと説明せられたるは不当なる而己ならず上告人が引用したる甲第二号証の一に対し何等の理由も付せられざるは是れ亦証拠に背き事実を不当に確定せられたる違法の裁判なりと云ふに在れども原裁判所の口頭弁論調書中「被控訴人は約束通り支出金を為さず事業にも着手せざるに付、云云とあるに過すして他の防禦方法として提出せし事項の如く明かに被上告人が謂はれなく事業に着手せずと主張せし記録の見るべきものなし由是観之被上告人が事業にも着手せずとの事は畢竟被上告人が約束通り支出金を為さざりしとの主張に附加せし事実上の供述に止まり此れを以て独立なる一の防禦方法として提出せしものと認むるを得ず。
然れども今暫く上告人が之を防禦方法として提出せしものと仮定して論するも元来上告人主要の抗弁は被上告人に違約の行為あるに因り当事者間の契約は乙五号証の如く己に之を取消したりと云ふに在り。
而して原判決は其抗弁を排斥せる理由として甲乙各一号証の契約を各個独立のものと認め、且、乙一号証を援引して説示する所あるも其乙一号証契約に記載せる事項即ち被上告人に謂はれなく事業を放棄する等の行為あるとき当事者間に取結ひたる契約は当然解除せらる可き特約ありと認めたることなし然らば仮令ひ被上告人に謂はれなく事業に着手せざりし違約の責ありとするも此れか為め上告人に於て恣に該契約を取消す可き権能を有せざるが故に原判決の示す如く結局上告人は被上告人の請求を拒むことを得ざる筋合なりとす。
換言せば被上告人は謂はれなく事業に着手せずとの上告人の主張は本件当事者間の権利関係を判断する上に於て毫も価値を有せざるものなるが故に原判決は此点に付、判断を闕く瑕疵ありとするも尚ほ破毀を求むる理由と為すに足らず然り、而して契約の解釈は畢竟事実の認定に外ならず。
故に原裁判所が報酬金の不払を以て契約解除の条件とは認め難しと説示せし点に対する攻撃は謂はれなき論告と謂はざる可からず。
又証拠の取捨は固より事実裁判所の特権内に一任せられたるものにてて、而して其取捨に対し一一理由を明示す可き責務なし。
故に甲二号証の一に対し何等の理由を付せずとの攻撃も亦其理由なし。
同第三点は事業の委嘱と加盟とは自ら其性質を異にし結果亦同一ならず本案当事者間の契約は甲乙各一号証に明記ある如く事業委嘱の契約にて加盟契約に非ず。
故に上告人は控訴状中判決を受くべき事項の申立として合意以外の行為の履行を求め得べきや否と明記し、而して本訴請求の当否に付、其判決を求めたり。
復言せば甲一号証中事業着手届の手続は両名義を以て為し又既成地払下け願の時と雖も其許の意に反し自侭に処弁せざることとの約欸あれども加盟願書を差出す可き旨の契約は曽て之を為したることなり元来本契約は事業委嘱の旨に出づるを以て其他事業上便益なることは拙者の名義即ち上告人の名義を以て之を為すべしと合意したるにあり今本訴の請求は双方間曽で合意あらざる事実上の加盟願書に調印を要むるものにして合意以外の行為な求むる不当の妄訟なり。
然るに原裁判所は此防禦方法に対し甲一号証中事業経営上に付、拙者の名義を以て処弁するの必用あるときは云云との約旨を挙示し被控訴人に於て本訴の請求をなすに於ては控訴人は之を拒むを得ざるものとすと説示し本控訴棄却を言渡されたるは是れ亦証拠に背き事実を不当に確定せられたる失当の裁判なりと云ふに在れども此論告も亦其理由なし。
何となれば原判決に於て己に本件加盟願の事は甲一号の契約中に包含せらるるものと解釈したる以上被上告人は合意以外の行為を求むるものと謂ふ可からざるや勿論なるが故に此点に付ての攻撃は畢竟徒に其解釈の非難を試むるに外ならざればなり。
同第四点は上告人は原裁判所に於て本訴は意思に基く行為の践行を求むるものにして素より執行力なく己に執行力あらざる訟求は判決其効を有せず。
故に訴訟の成立すべきものにあらずとの防禦方法を呈出したり。
然るに原裁判所は此申立を遺脱し何等の理由説明をも与へられざりしは民事訴訟第二百三十条の規定に背きたる違法の裁判なりと云ふに在り。
依て一件記録に徴するに上告人が防禦方法として本件請求は上告人の意思のみに関するものなれば執行し能はざる旨主張せしこと明かなり。
然れども債務者の意思のみに因り為し得べき行為にして第三者之を為し得べからざる場合に於ける強制執行上のことは民事訴訟法第七百三十四条の規定する所にして絶対的執行す。
可からざるものと謂ふ可らず殊に其債務者の意思のみに因り為し得べき行為たると否とは是れ唯執行方法に関する問題に過ぎずして固より其判決の効力如何に関係を有せざるものとす。
然らば則ち上告人の主張は条理上到底排斥を免がれざるものなるが故に此点に付、判断を闕くも原判決に毫も影響なき筋合なるを以て是れ亦破毀を求むる理由と為すに足らざるものとす。
同第五点は本訴の借地権は乙七八号証の如く本訴提起己前明治二十七年八月二十三日を以て返地し更らに訴外人佐藤芳三郎に於て継続借地願を為し且つ実地を占有し開懇事業に従事し居る事は立証の結果に依り明白なる事実なり。
然らば仮令借地名義は官の都合に依り未だ除かざるものとするも個は虚有名義而己故に上告人に於ては右借地に関し何等の権能を有せざるは勿論上告人に於て返地申立を取下けずして加名願書を差出すが如きは到底為し能はざるの事柄なり。
良し強で之を為すも訴外者は勿論官庁に於ても認許すべきものにあらず。
然るに原裁判所に於て単に借地名義人は依然控訴人たりとの説明を与へられしも其名義人が控訴人なる上は如何なる行為も為し得べきや否又其名に虚有にして実権を有せざるや否或返地の申立を排却せずして加名願書を差出し得べきや否等の緊要なる点に至りては毫も其理由を説明することなく漫然控訴棄却の判決を与へられたるは判決の理由不備、且、闕点ある失当の裁判なりと云ふに在れども原裁判所の口頭弁論調書に依れば上告人に於て本件拝借は群馬県庁より事業に着手せざるの故を以て取上くる旨の達を受け止むなく返地し佐藤芳三郎が拝借したる旨の供述を為し、且、其借地権譲渡以後上告人は該地に何等の関係を有せざる旨の主張を為したり。
依て原判決理由の末段に於て「控訴人(上告人)は本件借地権が既に訴外人佐藤芳三郎に移転したる旨主張するも其然らずして借地地名義人は依然控訴人たることは甲第六号証なる群馬県知事中村元雄の証明書により」明白なりと説示し以て全然上告人主張の事実を否認したる以上借地名義人の資格を以て為し得可き行為は総で上告人に於て之を為し得可きこと言を竣たざる筋合なるが故に原判決は此点に付ても亦上告人所論の如き不法なしとす
上来説明の如く本件上告は一も適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り之を棄却可きものとす。