明治二十九年第十八號
明治二十七年十月二十八日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 判决中ノ違算書損及ヒ之ニ類スル著シキ誤謬ハ何時ニテモ其裁判所ニ更正ヲ求ムルヲ得ヘク之ヲ以テ上告ノ理由ト爲スヲ得ス(判旨第六點)(第一輯第二卷二十七年第五百十號、第二輯第四卷二十八年第三百七十六號同第六卷二十九年第百九十二號判决參照)
(參照)裁判所ハ申立ニ因リ又ハ職權ヲ以テ何時ニテモ判决中ノ違算書損及之ニ類スル著シキ誤謬ヲ更正ス(民事訴訟法第二百四十一條一項)
上告人 萩原修
從參加人 小田隆嘉後見人 荒木勝昌
被上告人 滿田嘉作 外四名
訴訟代理人 熊野敏三 橋本好正
右當事者間ノ修築費用ノ决定幵質地取戻事件ニ付長崎控訴院カ明治二十八年十月十六日言渡シタル判决ニ對シ上告及從參加代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告代理人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告第一點ハ原裁判所ニ於テ「本訴ノ地所ハ現ニ且殊ニ明治十四年地券發行以來控訴人ニ於テ名義上及ヒ實際上所有スルコトニ付テハ爭ナキ事實ナレハ之レニ對シ自己ニ所有權アルコトヲ主張スル被控訴人ハ其主張ヲ證セサルヘカラス云々(中畧)被控訴人ニ所有權アリトノコトヲ證スルニ足ラス」ト判决セラレタレトモ上告人ニ於テ甲第二號證乃至甲第五號證ヲ以テ上告人先代カ本件係爭地所ヲ被上告人等ニ質地トナセシ事實ヲ證明シ且ツ此ノ質地契約ハ十ケ年ノ滿了後何時ニテモ之レカ受返シヲ爲シ得ヘキモノナルコトヲ主張シ此ノ點ニ就テハ被上告人モ亦爭フ能ハサリシ處ナルカ故巳ニ上告人自身ニ其所有權ノ存在スル事實ハ十分之レヲ立證シタルモノト爲サヽル可ラス然ルニ原裁判所ニ於テ上告人ハ此上尚ホ更ラニ擧證ノ責務棺有スルモノト爲シ且現ニ證明シアル事實ヲモ抹了シテ其請求ヲ排斥シタルハ證據ニ關スル法則ヲ不當ニ適用シタル不法ノ判决タルヲ免レスト云フニ在レトモ原判文ヲ査閲スルニ(上畧)甲第二號乃至第五號ニ依レハ控訴人(被控訴人ノ誤寫ナラン)ノ父小田隆直事、誠四郎カ明治五年正月中本訴ノ地所ヲ控訴人(被上告人)等ニ對シ十ケ年限リ入質シタリトノコトハ見得ラルヽモ」云々トアリ又其上文ニ「被控訴人(上告人)先代ニ於テモ當時其質入シタル地乏ハ四百五十六貫餘ノ債務ヲ負擔セルモノナルニ反別亦七町餘歩ノ割合上負擔スヘキ修築費ノ尠少ナラサルヨリ修築ノ當時其所有權ヲ抛棄シタル事實ナリト認ムヘキ理由ト充分ニシテ被控訴人ノ擧證ヲ以テハ現今猶被控訴人ニ所有權アリトノコトテ證スルニ足ラス」トアリテ原裁判所ハ上告人カ提出セシ甲第二號乃至甲第五號證ニ依レハ曾テ上告人等ノ父誠四郎ト被上告人等トノ間ニ質地契約成立セシコトヲ認メ得ヘキモ其後誠四郎カ其所有權ヲ抛棄セシモノト認ムヘキ理由當分ナレハ甲第二號乃至第五號證ヲ以テハ現今猶ホ上告人ニ所有權アリトノ事實ヲ證明スルニ足ラスト斷定シタルヤ明カナリ而シテ質地契約成立ノ當初ニ在リテ其期間滿了後之カ受戻シヲ請求スル權利アリシコトヲ證明シ得タリトスルモ其期間内ニ在リテ上告人等ノ先代カ既ニ其所有權ヲ抛棄シタル以上ハ之レト同時ニ質地受戻シノ權利ハ自ラ消滅ニ歸スルヲ以テ原告ノ地位ニ依リ而カモ爾後依然トシテ其所有權自己ニ存在スル旨主張スル上告人等ニ尚ホ其擧證ノ責任ヲ負ハシム可キハ證據法則上當然ノ筋合ナルカ故ニ原判决ハ一モ上告人所論ノ如キ不法ノ點アルコトナシ
同第二點ハ原判决ノ前段ニ於テ「甲第二號乃至第五號證ニ因レハ控訴人ノ父小田隆直事誠四郎オ明治五年正月中本訴ノ地所ヲ控訴人等ニ對シ十ケ年限リ入質シタリトノコトハ見得ラルヽモ右入質期限ハ明治十四年中ニ滿了シ殊ニ同年以後控訴人ノ所有名義トナリタルモノナレハ」云々ト判斷シ又其後段ニ於テ「本訴ノ地所カ明治七年中ニ在テ海水ニ浸サレ其侵害タルヤ云々修築ノ當時其所有權ヲ抛棄シタル事實ナリト認ムヘキ理由ハ十分ニシテ」云々ト判斷シタルハ裁判ニ理由ヲ付セサル不法アルセノトス何トナレハ上告人ハ係爭地所ノ所有者タリシ事實ヲ證明シ被上告人モ亦此ノ事實ヲ爭ハサリシカ故係爭地所ノ所有權カ上告人ヨリ被上告人ニ移轉シタリト判斷スルニハ其移轉ノ原因及ヒ時期ヲ説明スルハ本件ニ就キ最モ重要ノコトタリ然ルニ原判文ニ於テハ前掲ノ如ク一面ニハ明治十四年マテハ質地ノ契約存立シ其所有權上告人ニ存在シ十ケ年ノ滿了ニ因リテ被上告人ニ所有權ノ移轉シタルカ如クニ説明シ他ノ一面ニハ明治七年中早ク巳ニ上告人カ其所有權ヲ抛棄シタリト判斷セシハ其理由前後撞着シテ判决ノ趣旨ヲ知ルニ由ナキニ至リタルモノニテ結局裁判ニ理由ヲ備ヘサル不法ヲ免レスト云フニ在レトモ上告人等ノ指摘セル原判文ノ前段ハ專ラ本件係爭地所カ明治十四年中ニ在リテ入質期限滿了シ其後巳ニ被上告人等ノ名義トナリシニモ關ハラス上告人等カ少クモ十年餘ノ久シキ捨テ願ミサリシ等ノ事情ヲ説明シタルモノニシテ其入質期限ノ滿了ニ因リテ被上告人等ニ所有權移轉セントノ判旨ニ非ス而シテ其後段ハ其以前即チ被上告人等カ田面修築ノ當時業ニ巳ニ其所有權ヲ取得セシ事實ヲ説明シタルヤ明カナレハ則チ此判斷上前段抵觸スル所ナシ要スルニ此論告ハ原判文ノ誤解ニ出タルモノニシテ亦其理由ナシトス
同第三點ハ原判决ニ於テ「然ルニ小田通方ト云ヒ被控訴人ト云ヒ明治二十五年中熊本地方裁判所ニ訴訟ノ起リタル當時マテ打捨置クヘキ道理ナキモノナルニ少クモ十年餘ノ久シキ捨テ顧ミサルト」云々ト判斷シ之レヲ援イテ所有權ノ抛棄ヲ推斷シタルハ法則ヲ不當ニ適用シタル不法ノ判决ナリ何トナレハ所有權ヲ現實ニ行用セサリシトノ理由ヲ以テ其抛棄ヲ推測スルハ時効ニ關スル法則ヲ適用スルモノタリ而シテ時効ニ關スル制定ノ法律ナキ今日ニ在テ僅カニ十ケ年ノ歳月ヲ以テ不動産上ノ所有權ノ失却ヲ推斷シタルハ法則上許容ス可ラサル處ニシテ結局原判决ハ法則ヲ不當ニ適用シタル不法アルヲ免レスト云フニ在レトモ原裁判所ハ上告人カ本件係爭地ニ對シ十年餘ノ久シキ捨テ顧ミサリシコト及ヒ明治七年中該田面カ海水ニ浸サレ其修築工事ヲ惹起シタルニ際シ上告人等ノ先代ハ地主トシテ其工事ヲ爲スヘキモノナルニ之ヲ爲サス質取リ主タル被上告人等ニ於テ之ヲ爲シタル等ノ事情ヲ現在被上告人等カ名義上及ヒ實體上所有シ居ル等ノ事實ニ參照シ修築ノ當時協議上上告人等ノ先代其所有權ヲ抛棄シタル事實ナリト認定シタルモノニシテ單ニ上告人等カ十ケ年ノ歳月ヲ經過セシメタルヲ以テ該不動産ノ所有權ヲ失却セリトノ判旨ニアラサルヤ明カナリ故ニ原判决ハ時効ニ關スル法則ヲ適用セシトノ論告モ亦其理由ナシトス
同第四點ハ被上告人ノ内滿田嘉作増田文作岡野長吉岡本徳馬ノ四名カ係爭地ノ所有權ヲ取得シタリトスル權原ハ明治八年中修築ヲ要セシ場合ニ地主等互ニ協議ヲ遂ケ其費用ヲ支出セサル者ハ所有主タル權利ヲ抛棄シタルモノト爲シ代テ其費用ヲ支出シタル者ヲ以テ所有主トナス事ニ定メ而シテ上告人ハ之ヲ支出セスシテ被上告人カ支出シタルヲ以テ其所有權ヲ取得シタリト云フニアリテ其協議ヲナシタルヤ否ハ當事者間主要ノ爭點ナリトス故ニ原裁判所於テハ須ラク此爭點ニ對シテ判斷ヲ與ヘサル可カラス而シテ若シ該協議ナカリシモノト認ムルトキハ被上告人ニ抗辯ハ須ラス排斥セサル可カラス然ルニ原裁判所ニテハ此判斷ヲ明確ニセスシテ上告人ニ不利ナル判斷ヲ與ヘラレタリ是レ即チ主要ノ爭點ニ對シ判斷ヲ與ヘサル不法アルモノナリ若シ夫レ原裁判所ノ判旨ニシテ乙第二號證ニ因リテ該協議アリシコトヲ認定シタルモノトセン乎第一乙第二號證ハ私權處分ニ關スル證書ニシテ大區長及ヒ區長ノ職權上作成スヘキ證書ニアラサルヲ以テ其捺印アルモ公正ノ書類タル効力ヲ有セサルモノナレハ上告人ノ否認セルニ拘ハス之レヲ採用シタルハ採證ノ法則ニ違背シタル不法アルモノトス第二乙第二號證ハ上告人先代ノ毫モ干與セサル處ノ協議書カルニ之レヲ以テ上告人先代ニ其効力ヲ及ホシタルハ合意ハ第三者ニ効力ヲ及ホサストノ法則ニ違背シタル不法アルモノトス第三原判决ハ乙二號證ノ合意ニ加ハラサル上告人ニ其合意ノ効力ヲ及ホシテ上告人ヲ覊束シタリト云フニアラスシテ上告人ハ乙二號證ノ合意ニハ加ハラサルモ第三者カ斯ノ如キ合意ヲナシ乙九號證十號十一號證等ノ地主カ所有權抛棄ノ協議ヲ爲シタル事例ニ依レハ上告人モ亦之レト同旨趣ナル合意ヲ爲シタルモノト論定シタルモノ換言スレハ乙二號證ヲ以テ上告人カ之レト同旨趣ナル合意ヲ爲シタリトノ證據ト爲シタルモノニシテ其合意ノ効力ヲ及ホシタルニアラストセハ是亦法理ニ反スルノ甚シキモノニシテ證據法則ニ違背シタル不法アルモノトス何トナレハ第三者間ニ所有權援受ニ關スル合意アリタリトスルモ之レニ干與セサルモノカ同旨趣ナル合意ヲ爲シタリト推論スルヲ得ヘキ理ナケレハナリト云フニ在リ依テ原判文ヲ査閲スルニ「乙第二號證ハ被控訴人ノ否認ニ係ルモ之ヲ當時ノ大區長及ヒ區長トシテ連印セル久武兼明大西半也ハ被控訴人自家ノ證據トスル甲第八號證ニ依ルモ時ノ公吏タルコトハ認メ得ヘク此等ノ人ノ立會ヲ以テ云々協議シ其結果乙第九號十號十一號證ノ如キ地主ニシテ所有權ヲ抛棄シタル事實ナリトノ控訴人ノ陳述ハ眞實ナリト認メ得ラルヽニ依リ事例以テ被控訴先代ニ於テモ當時其質入シタル地所ハ云々修築費ノ尠少ナラサルヨリ修築ノ當時其所有權ヲ抛棄シタル事實ナリト認ム可キ理由ハ充分ニシテ」云々ト判示シ以テ上告人ノ主張ヲ排斥シアレハ則チ其協議アリシヤ否ノ爭點ニ對シ判斷ヲ與ヘサル不法アリト謂フヲ得ス然リ而シテ乙第二號證ハ假令ヒ其性質公正證書ニアラストスルモ尚ホ上告人等ノ先代カ干與シタル證書ニアラサルヲ以テ之レニ對スル上告人ノ認否如何ハ以テ其効力ニ消長ヲ來タサス故ニ原裁判所カ巳ニ其成立眞實ナリト認ムル上ハ上告人ノ認否如何ニ係ハラス之ヲ採用スルモ違法ト謂フ可カラス又原裁判所ハ其乙第二號證カ公吏ノ立會ヲ以テ成立シタル協議書ニシテ之ヲ眞實ナリト認定シ以テ心證判斷ノ一在料ニ供シタル迄ニテ其協議書ノ効力ヲ上告人ニ及ヒシタルニ非サルヤ明カナリ故ニ原判决ハ合意ノ効力ヲ第三者ニ及ホシタル不法アリト謂フ可カラサルノミナラス元來斯ノ如キ證書ヲ判斷ノ材料ニ供スルト否トハ固ヨリ事實裁判所ノ職權内ニ一任シタルモノトス在レハ原裁判所カ乙第二號證ヲ以テ心證判斷ノ一材料ニ供スルモ亦證據ノ法則ニ違背シタル不法アリト謂フ可カラサルニ付上告論旨ハ總テ其理由ナシトス
同第五點ハ原裁判ノ理由ニ「本訴ノ地所ハ現ニ且殊ニ明治十四年地券發行以來控訴人ニ於テ名義上及實體上所有スルコトニ付テハ爭ナキ事實ナレハ」云々トアリ然レトモ本訴ノ地所カ實體上被上告人カ所有スルコトハ上告人ノ極力爭フ所ニシテ原裁判理由ノ初段ニアル明治二十六年五月二十六日言渡ノ判决ハ即チ其所有權ヲ爭ヒタル判决ナリ如此當事者ノ爭タル事實ヲ爭ヒナキモノト確定シタルハ事實ヲ不當ニ確定シタル不法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ原判决ニ所謂「現ニ且殊ニ明治十四年地券發行以來控訴人ニ於テ名義上及ヒ實體上所有スルコトニ付テハ爭ナキ事實」トハ地券發行以來現ニ被上告人等カ本件係爭地ノ所有名義ヲ有シ且實際之ヲ占有スルコトニ付テハ當事者間ニ爭ナキ事實ナリトノ義ニ外ナラサルコト其判文全體ニ徴シテ明白ナルカ故ニ原判决ハ此點ニ付テモ亦上告人所論ノ如キ不法ナシトス
同第六點ハ被上告人滿田嘉作外三名ノ抗辯ノ要旨ハ本訴係爭物ノ所有權取得ノ權原ハ合意ニアリトスルモ被上告人滿田和一郎ノ抗辯ノ要旨ハ之ニ異ナリ係爭物件ハ明治七年中風災ノ爲メニ海面ノ如ク破損シタルヲ地主協議ノ上官金恩借ヲ請願シ且ツ各自應分ノ出金ヲ爲シ修築ヲ爲シタルカ爲メニ回復シタル良田ナレハ其物ノ上ニ所有權アリト云フニアリテ該抗辯ニ由レハ被上告人ハ修築ノ爲メ如何ナル關係ヲ以テ其費ヲ投シタルヤ明瞭ナラサルノミナラス該抗辯ノ如キハ先占合意付添相續等ノ合法ノ所有權取得ノ權原ニ依リ収得シタリト云フニアラサルヲ以テ法律上ノ理由ナキモノナレハ須ラク之レヲ排斥セサルヘカラス故ニ第一審ニ於テハ被告滿田和一郎ハ本訴ノ地所ハ云々ト主張スレトモ單ニ巨額ノ金員ヲ投シ非常ノ困難ヲ凌キタリトノコトハ未タ以テ原告實父小田隆直ノ所有權ヲ消滅セシムヘキ正當名義ノ理由ト爲スヲ得ス云々ト判示シタリ然ルニ原裁判所カ其事實ノ部ニ於テ被上告人滿田和一郎ノ抗辯ハ他ノ被上告人滿田嘉作等ノ抗辯ニ異ナルコトヲ認メタルニ拘ハラス其理由ノ部ニ於テハ恰モ同一抗辯ノ主旨ノ如ク看做シテ判斷ヲ下シタルハ法律ニ違背シテ事實ヲ不當ニ確定シタル不法ノ裁判ナリト云フニ在リ依テ原判文ヲ査閲スルニ其事實摘示ノ部ニ「本件ノ事實ハ控訴人(被上告人)ニ於テハ云々被控訴人(上告人)ニ於テハ云々新證據トシテ甲第十二號乃至第十七號證ヲ提出シタルノ外第一審二ケノ判决ニ摘示スル所ノモノト同一ナルニ付民事訴訟法第四百三十條ニ因リ之ヲ引用ス」トアリ而シテ第一審判决即チ明治二十七年十一月五日熊本地方裁判所八代支部ニ於テ當事者間ニ言渡シタル本案判决ノ事實摘示ニ依レハ控訴人五名中滿田和一郎カ答辯ノ要旨ハ滿田嘉作外三名ノ訴訟代理人カ爲シタル答辯ト異ナルコト上告人所論ノ如シ然レトモ被上告人ノ答辯ニ基キ滿田和一郎カ原裁判所ニ提出シタル控訴状ヲ見ルニ「上畧現ニ舊所有地ト新開墾地トハ全ク別物ナルノミナラス原告先代小田隆直ハ明カニ其所有權ヲ抛棄シタル明確ノ事實アルニ其事實ヲ反對ニ認定シ云々ト掲載シアルノミナラス尚ホ合併審理ニ係ハル原裁判所ノ口頭辯論調書中滿田和一郎ノ訴訟代理人則元田庸ハ「控訴状及ヒ申立書ニ基キ一定ノ申立及ヒ事實理由テ陳辯セリ大要ハネノ第四號(滿田和一郎ノ控訴ハ明治二十八年ネノ第八號ニシテ明治二十八年ネノ第四號ハ滿田嘉作外三名ノ控訴ニ係ル)事件ノ控訴代理人カ今述ヘタル所ト異ナラスト雖トモ尚ホ一言補足セシニ明治七年大風雨ニヨリ荒廢セシテ舊形ニ復センコトニ協議スルニ當リ其修築豫算一萬圓以上ヲ要スルヲ以テ費用ヲ出サヽルモノハ所有權ヲ抛棄スルコトニ决定シ云々」被控訴人先代ハ云々權利ヲ抛棄スルコトニ决定シ云々」被控訴人先代ハ云々權利ヲ抛棄シタリ」トアリ由是觀之控訴人滿田和一郎訴訟代理人ノ爲シタル抗辯ハ他ノ控訴人ト同シク協議上上告人等ノ先代カ本件係爭地ニ對シ其所有權ヲ抛棄シタリト主張センコト疑ヒナシ從テ原裁判所カ第一審判文ニ於ケル事實ノ摘示ヲ全然引用スル旨記載センコトノ誤謬ニ屬スルヤ亦明白ナリ抑モ判决中ノ違算書損及ヒ此ニ類スル著シキ誤謬ハ何時ニテモ裁判所ニ其更正ヲ求メ得ヘキコト民事訴訟法二百四十一條第一項ノ規定スル所ナリ故ニ上文ノ如ク既ニ原判决文ノ誤謬ト認ムル上ハ此論被モ亦上告適法ノ理由ト爲スニ足ラサルモノトス(判旨第六點)
上來説明ノ如ク本件上告ハ一モ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條ノ規定ニ從ヒ之ヲ棄却スルヲ相當トス是レ主文ノ如ク判决スル所以ナリ
明治二十九年第十八号
明治二十七年十月二十八日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 判決中の違算書損及び之に類する著しき誤謬は何時にても其裁判所に更正を求むるを得べく之を以て上告の理由と為すを得ず。
(判旨第六点)(第一輯第二巻二十七年第五百十号、第二輯第四巻二十八年第三百七十六号同第六巻二十九年第百九十二号判決参照)
(参照)裁判所は申立に因り又は職権を以て何時にても判決中の違算書損及之に類する著しき誤謬を更正す(民事訴訟法第二百四十一条一項)
上告人 萩原修
従参加人 小田隆嘉後見人 荒木勝昌
被上告人 満田嘉作 外四名
訴訟代理人 熊野敏三 橋本好正
右当事者間の修築費用の決定幵質地取戻事件に付、長崎控訴院が明治二十八年十月十六日言渡したる判決に対し上告及従参加代理人より全部破毀を求むる申立を為し被上告代理人は上告棄却の申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告第一点は原裁判所に於て「本訴の地所は現に、且、殊に明治十四年地券発行以来控訴人に於て名義上及び実際上所有することに付ては争なき事実なれば之れに対し自己に所有権あることを主張する被控訴人は其主張を証せざるべからず。
云云(中略)被控訴人に所有権ありとのことを証するに足らず」と判決せられたれども上告人に於て甲第二号証乃至甲第五号証を以て上告人先代が本件係争地所を被上告人等に質地となせし事実を証明し且つ此の質地契約は十け年の満了後何時にても之れが受返しを為し得べきものなることを主張し此の点に就ては被上告人も亦争ふ能はざりし処なるが故己に上告人自身に其所有権の存在する事実は十分之れを立証したるものと為さざる可らず。
然るに原裁判所に於て上告人は此上尚ほ更らに挙証の責務棺有するものと為し、且、現に証明しある事実をも抹了して其請求を排斥したるは証拠に関する法則を不当に適用したる不法の判決たるを免れずと云ふに在れども原判文を査閲するに(上略)甲第二号乃至第五号に依れば控訴人(被控訴人の誤写ならん)の父小田隆直事、誠四郎が明治五年正月中本訴の地所を控訴人(被上告人)等に対し十け年限り入質したりとのことは見得らるるも」云云とあり又其上文に「被控訴人(上告人)先代に於ても当時其質入したる地乏は四百五十六貫余の債務を負担せるものなるに反別亦七町余歩の割合上負担すべき修築費の尠少ならざるより修築の当時其所有権を放棄したる事実なりと認むべき理由と充分にして被控訴人の挙証を以ては現今猶被控訴人に所有権ありとのことで証するに足らず」とありて原裁判所は上告人が提出せし甲第二号乃至甲第五号証に依れば曽て上告人等の父誠四郎と被上告人等との間に質地契約成立せしことを認め得べきも其後誠四郎が其所有権を放棄せしものと認むべき理由当分なれば甲第二号乃至第五号証を以ては現今猶ほ上告人に所有権ありとの事実を証明するに足らずと断定したるや明かなり。
而して質地契約成立の当初に在りて其期間満了後之が受戻しを請求する権利ありしことを証明し得たりとするも其期間内に在りて上告人等の先代が既に其所有権を放棄したる以上は之れと同時に質地受戻しの権利は自ら消滅に帰するを以て原告の地位に依り而かも爾後依然として其所有権自己に存在する旨主張する上告人等に尚ほ其挙証の責任を負はしむ可きは証拠法則上当然の筋合なるが故に原判決は一も上告人所論の如き不法の点あることなし
同第二点は原判決の前段に於て「甲第二号乃至第五号証に因れば控訴人の父小田隆直事誠四郎お明治五年正月中本訴の地所を控訴人等に対し十け年限り入質したりとのことは見得らるるも右入質期限は明治十四年中に満了し殊に同年以後控訴人の所有名義となりたるものなれば」云云と判断し又其後段に於て「本訴の地所が明治七年中に在で海水に浸され其侵害たるや云云修築の当時其所有権を放棄したる事実なりと認むべき理由は十分にして」云云と判断したるは裁判に理由を付せざる不法あるせのとす何となれば上告人は係争地所の所有者たりし事実を証明し被上告人も亦此の事実を争はざりしか故係争地所の所有権が上告人より被上告人に移転したりと判断するには其移転の原因及び時期を説明するは本件に就き最も重要のことたり。
然るに原判文に於ては前掲の如く一面には明治十四年までは質地の契約存立し其所有権上告人に存在し十け年の満了に因りて被上告人に所有権の移転したるが如くに説明し他の一面には明治七年中早く己に上告人が其所有権を放棄したりと判断せしは其理由前後撞着して判決の趣旨を知るに由なきに至りたるものにて結局裁判に理由を備へざる不法を免れずと云ふに在れども上告人等の指摘せる原判文の前段は専ら本件係争地所が明治十四年中に在りて入質期限満了し其後己に被上告人等の名義となりしにも関はらず上告人等が少くも十年余の久しき捨で願みざりし等の事情を説明したるものにして其入質期限の満了に因りて被上告人等に所有権移転せんとの判旨に非ず。
而して其後段は其以前即ち被上告人等が田面修築の当時業に己に其所有権を取得せし事実を説明したるや明かなれば則ち此判断上前段抵触する所なし。
要するに此論告は原判文の誤解に出だるものにして亦其理由なしとす
同第三点は原判決に於て「然るに小田通方と云ひ被控訴人と云ひ明治二十五年中熊本地方裁判所に訴訟の起りたる当時まで打捨置くべき道理なきものなるに少くも十年余の久しき捨で顧みざると」云云と判断し之れを援いて所有権の放棄を推断したるは法則を不当に適用したる不法の判決なり。
何となれば所有権を現実に行用せざりしとの理由を以て其放棄を推測するは時効に関する法則を適用するものたり。
而して時効に関する制定の法律なき今日に在で僅かに十け年の歳月を以て不動産上の所有権の失却を推断したるは法則上許容す可らざる処にして結局原判決は法則を不当に適用したる不法あるを免れずと云ふに在れども原裁判所は上告人が本件係争地に対し十年余の久しき捨で顧みざりしこと及び明治七年中該田面が海水に浸され其修築工事を惹起したるに際し上告人等の先代は地主として其工事を為すべきものなるに之を為さず質取り主たる被上告人等に於て之を為したる等の事情を現在被上告人等が名義上及び実体上所有し居る等の事実に参照し修築の当時協議上上告人等の先代其所有権を放棄したる事実なりと認定したるものにして単に上告人等が十け年の歳月を経過せしめたるを以て該不動産の所有権を失却せりとの判旨にあらざるや明かなり。
故に原判決は時効に関する法則を適用せしとの論告も亦其理由なしとす
同第四点は被上告人の内満田嘉作増田文作岡野長吉岡本徳馬の四名が係争地の所有権を取得したりとする権原は明治八年中修築を要せし場合に地主等互に協議を遂け其費用を支出せざる者は所有主たる権利を放棄したるものと為し代で其費用を支出したる者を以て所有主となす事に定め。
而して上告人は之を支出せずして被上告人が支出したるを以て其所有権を取得したりと云ふにありて其協議をなしたるや否は当事者間主要の争点なりとす。
故に原裁判所於ては須らく此争点に対して判断を与へざる可からず。
而して若し該協議なかりしものと認むるときは被上告人に抗弁は須らず排斥せざる可からず。
然るに原裁判所にては此判断を明確にせずして上告人に不利なる判断を与へられたり是れ。
即ち主要の争点に対し判断を与へざる不法あるものなり。
若し夫れ原裁判所の判旨にして乙第二号証に因りて該協議ありしことを認定したるものとせん乎第一乙第二号証は私権処分に関する証書にして大区長及び区長の職権上作成すべき証書にあらざるを以て其捺印あるも公正の書類たる効力を有せざるものなれば上告人の否認せるに拘はず之れを採用したるは採証の法則に違背したる不法あるものとす。
第二乙第二号証は上告人先代の毫も干与せざる処の協議書かるに之れを以て上告人先代に其効力を及ぼしたるは合意は第三者に効力を及ぼさずとの法則に違背したる不法あるものとす。
第三原判決は乙二号証の合意に加はらざる上告人に其合意の効力を及ぼして上告人を羈束したりと云ふにあらずして上告人は乙二号証の合意には加はらざるも第三者が斯の如き合意をなし乙九号証十号十一号証等の地主が所有権放棄の協議を為したる事例に依れば上告人も亦之れと同旨趣なる合意を為したるものと論定したるもの換言すれば乙二号証を以て上告人が之れと同旨趣なる合意を為したりとの証拠と為したるものにして其合意の効力を及ぼしたるにあらずとせば是亦法理に反するの甚しきものにして証拠法則に違背したる不法あるものとす。
何となれば第三者間に所有権援受に関する合意ありたりとするも之れに干与せざるものが同旨趣なる合意を為したりと推論するを得べき理なければなりと云ふに在り。
依て原判文を査閲するに「乙第二号証は被控訴人の否認に係るも之を当時の大区長及び区長として連印せる久武兼明大西半也は被控訴人自家の証拠とする甲第八号証に依るも時の公吏たることは認め得べく此等の人の立会を以て云云協議し其結果乙第九号十号十一号証の如き地主にして所有権を放棄したる事実なりとの控訴人の陳述は真実なりと認め得らるるに依り事例以て被控訴先代に於ても当時其質入したる地所は云云修築費の尠少ならざるより修築の当時其所有権を放棄したる事実なりと認む可き理由は充分にして」云云と判示し以て上告人の主張を排斥しあれば則ち其協議ありしや否の争点に対し判断を与へざる不法ありと謂ふを得ず。
然り、而して乙第二号証は仮令ひ其性質公正証書にあらずとするも尚ほ上告人等の先代が干与したる証書にあらざるを以て之れに対する上告人の認否如何は以て其効力に消長を来たさず。
故に原裁判所が己に其成立真実なりと認むる上は上告人の認否如何に係はらず之を採用するも違法と謂ふ可からず。
又原裁判所は其乙第二号証が公吏の立会を以て成立したる協議書にして之を真実なりと認定し以て心証判断の一在料に供したる迄にて其協議書の効力を上告人に及びしたるに非ざるや明かなり。
故に原判決は合意の効力を第三者に及ぼしたる不法ありと謂ふ可からざるのみならず元来斯の如き証書を判断の材料に供すると否とは固より事実裁判所の職権内に一任したるものとす。
在れば原裁判所が乙第二号証を以て心証判断の一材料に供するも亦証拠の法則に違背したる不法ありと謂ふ可からざるに付、上告論旨は総で其理由なしとす
同第五点は原裁判の理由に「本訴の地所は現に、且、殊に明治十四年地券発行以来控訴人に於て名義上及実体上所有することに付ては争なき事実なれば」云云とあり。
然れども本訴の地所が実体上被上告人が所有することは上告人の極力争ふ所にして原裁判理由の初段にある明治二十六年五月二十六日言渡の判決は。
即ち其所有権を争ひたる判決なり。
如此当事者の争たる事実を争ひなきものと確定したるは事実を不当に確定したる不法の裁判なりと云ふに在れども原判決に所謂「現に、且、殊に明治十四年地券発行以来控訴人に於て名義上及び実体上所有することに付ては争なき事実」とは地券発行以来現に被上告人等が本件係争地の所有名義を有し、且、実際之を占有することに付ては当事者間に争なき事実なりとの義に外ならざること其判文全体に徴して明白なるが故に原判決は此点に付ても亦上告人所論の如き不法なしとす
同第六点は被上告人満田嘉作外三名の抗弁の要旨は本訴係争物の所有権取得の権原は合意にありとするも被上告人満田和一郎の抗弁の要旨は之に異なり。
係争物件は明治七年中風災の為めに海面の如く破損したるを地主協議の上官金恩借を請願し且つ各自応分の出金を為し修築を為したるか為めに回復したる良田なれば其物の上に所有権ありと云ふにありて該抗弁に由れば被上告人は修築の為め如何なる関係を以て其費を投したるや明瞭ならざるのみならず該抗弁の如きは先占合意付添相続等の合法の所有権取得の権原に依り収得したりと云ふにあらざるを以て法律上の理由なきものなれば須らく之れを排斥せざるべからず。
故に第一審に於ては被告満田和一郎は本訴の地所は云云と主張すれども単に巨額の金員を投し非常の困難を凌きたりとのことは未だ以て原告実父小田隆直の所有権を消滅せしむべき正当名義の理由と為すを得ず。
云云と判示したり。
然るに原裁判所が其事実の部に於て被上告人満田和一郎の抗弁は他の被上告人満田嘉作等の抗弁に異なることを認めたるに拘はらず其理由の部に於ては恰も同一抗弁の主旨の如く看做して判断を下したるは法律に違背して事実を不当に確定したる不法の裁判なりと云ふに在り。
依て原判文を査閲するに其事実摘示の部に「本件の事実は控訴人(被上告人)に於ては云云被控訴人(上告人)に於ては云云新証拠として甲第十二号乃至第十七号証を提出したるの外第一審二けの判決に摘示する所のものと同一なるに付、民事訴訟法第四百三十条に因り之を引用す」とあり。
而して第一審判決即ち明治二十七年十一月五日熊本地方裁判所八代支部に於て当事者間に言渡したる本案判決の事実摘示に依れば控訴人五名中満田和一郎が答弁の要旨は満田嘉作外三名の訴訟代理人が為したる答弁と異なること上告人所論の如し。
然れども被上告人の答弁に基き満田和一郎が原裁判所に提出したる控訴状を見るに「上略現に旧所有地と新開墾地とは全く別物なるのみならず原告先代小田隆直は明かに其所有権を放棄したる明確の事実あるに其事実を反対に認定し云云と掲載しあるのみならず尚ほ合併審理に係はる原裁判所の口頭弁論調書中満田和一郎の訴訟代理人則元田庸は「控訴状及び申立書に基き一定の申立及び事実理由で陳弁せり大要はねの第四号(満田和一郎の控訴は明治二十八年ねの第八号にして明治二十八年ねの第四号は満田嘉作外三名の控訴に係る)事件の控訴代理人が今述へたる所と異ならずと雖とも尚ほ一言補足せしに明治七年大風雨により荒廃せして旧形に復せんことに協議するに当り其修築予算一万円以上を要するを以て費用を出さざるものは所有権を放棄することに決定し云云」被控訴人先代は云云権利を放棄することに決定し云云」被控訴人先代は云云権利を放棄したり。」とあり由是観之控訴人満田和一郎訴訟代理人の為したる抗弁は他の控訴人と同じく協議上上告人等の先代が本件係争地に対し其所有権を放棄したりと主張せんこと疑ひなし。
従て原裁判所が第一審判文に於ける事実の摘示を全然引用する旨記載せんことの誤謬に属するや亦明白なり。
抑も判決中の違算書損及び此に類する著しき誤謬は何時にても裁判所に其更正を求め得べきこと民事訴訟法二百四十一条第一項の規定する所なり。
故に上文の如く既に原判決文の誤謬と認むる上は此論被も亦上告適法の理由と為すに足らざるものとす。
(判旨第六点)
上来説明の如く本件上告は一も適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百五十二条の規定に従ひ之を棄却するを相当とす。
是れ主文の如く判決する所以なり。