受生舘藥劑方及版權引渡求ノ件

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大審院民事判決録（民録）2輯2巻116頁

上告第一論旨は原判決の理由前段を閲するに上告人は本訴第一審の一定の申立を第二審に在で変更し法律の許さざる新なる訴求を為したるものと為し以て控訴を棄却するの理由と為せり是れ蓋し[けだし]太甚しき法律の誤用なりと信ず。 法律（民事訴訟法）は其第四百十六条の規定を以て同第百九十六条第二号の場合等に限りては新なる請求を起すを得べきことと規定しあり因で其範囲を遵守し曽て訴の変更を為したること無之其次第は第一審の口頭弁論調書には原告代理人は調書に附録として添付せる明治二十八年三月二十六日附一定の申立書面に基き之に記載せる通り一定の申立をなしたりとあり。 而して[しこうして]明治二十八年三月二十六日附書面の一定の申立中には右の次第なるを以て被告共は原告に対し速に愛生館薬剤方健胃散外三十五方（別紙細目書の如し）仝館薬剤特別五方清痳散外四方（別紙仝上）及民間治療法版権外参種を引渡し、且、訴訟入費を被告共に於て負担すべき様判決相成度候也とあり。 即ち斯の申立中には第二審の口頭弁論調書中の上告人の一定の申立たる「被控訴人は控訴人に対し愛生館薬剤方健胃散外三十五方即ち其薬味振幸製法書及び民間治療法版権外三種即ち功能書を引渡し（並に以下削除したる分は略之）訴訟費用は被控訴人の負担と判決を求む」との主旨を包含すること勿論なり。 畢竟[ひっきょう]上告人は譲受たる右等の財産権に付、属して離るべからざる物件（売薬規則第二条の規定に所謂薬味分量用法服量功能を詳記したる書）に相当する前記処方書等の引渡を受けんとする訴旨なれば、即ち毫も[ごうも]訴の変更ある所なし。 然り上告人は法律（民訴第四百十六条及び第百九十六条第二号）の範囲内に在で訴の申立を為したるものにて背法の廉無之にも関せず上告人の訟求を排斥したるは該法律を不当に適用せし違法の判決なりと云ふ[いう]に在り。 依て按ず[あんず]るに一定の申立は最も精確簡明なるを要するは勿論なれども第一審に於ける一定の申立にして不明瞭なる処あれば第二審に至り其意味を補充する為め申立の語句を附加し又は変更するも之を目して訴の変更なりと云ふ[いう]を得ず。 今本件第一二審の一定の申立を参照するに第二審に至り上告人は其申立中に「即ち其薬味分量調製法「「即ち其功能書」等の数文字を附加したるに依り一見訴旨を変更せしものの如くなるも元来上告人は曩に下谷区裁判所に於て受たる財産権譲渡命令に因り愛生館薬剤三十六方仝館薬剤特別五方の財産権は既に上告人自身に譲受あるに依り之を出訴して更に其無形財産権の引渡を請求するの要あるを視す。 故に第一審に於ける一定の申立に付て視るも上告人は該財産権を行使するに付き要する処の目的物即ち其処方書等の引渡を訴求するの主意なりしこと自ら推知し得らるべし左すれば第二審に於て前記数文字を附加したるは訴を変更せしに非ずしを全く一定の申立の意味を判明ならしむる為め之を敷演したるに過ぎざるものとす。 然るに原院は之を訴の変更なりと見做し民事訴訟法第四百十三条に違背したるものと判定したるは上告所論の如き不法あるものとす。 （判旨第一点）

同第二論旨は原判決の理由後段を閲するに「仮りに主張の如く第二審の一定の申立は第一審の一定の申立に含蓄するものとするも控訴人は甲第一号証の命令により譲受けたる権利に基き本訴請求を為すものなり。 云云単に甲第一号証に於て得たる権利のみに拠り前掲の如き物件の引渡を求むるは是亦[また]其当を得ざるものとす。」と為し以を控訴を棄却するの理由となせり是れ盖し不当の判示なりと信ず。 其次第は上告人は甲第一号証の命令に依り強制執行上愛生館薬剤方外数種の財産権を譲受けたるものに相違なきことは原判旨の認むる所なり。 左れば之に付、属して離るべからざる関係を有する物件（売薬規則第二条の前記書類）は右の権利を譲受けたる以上は其効果として当然之が引渡を受くることを得べきものなり。 若し原判旨の如く甲第一号証中に列記なきを以て其物件の引渡を要求するを得ざるものとすれば該財産権は之を譲受くるも上告人は始終売薬規則に基き売薬営業を為すことを得ざるに至らん豈[あに]に此の如き道理あらんや要するに原判決は法則に適はざる違法の判決なりと云ふ[いう]に在り按ず[あんず]るに財産権譲渡の命令は其権利の実体を引渡さしむる主意なること勿論なれば単に権利の譲渡を受たるのみにて其物件の引渡を得ざるに於ては譲渡の命令は其譲受人の為め何等の実益あることなく全く無効の命令たるに帰すべし。 故に上告人が甲第一号証の命令に基き基権利の目的物たる本訴物件の引渡を訴求するは当然の手続なるに原院は単に譲渡命令中に薬剤調製法書及び功能書の如き書類は包含せずとの理由を以て上告人の請求を不当なりと判示したるは法則を不当に適用したる違法あるものとす。 （判旨第二点）

上来説明の如く本件上告は総で其理由あるを以て民事訴訟法第四百四十七条第一項に従ひ原判決の全部を破毀し同第四百四十八条第一項に従ひ更に弁論及裁判を為さしむる為め本件を原裁判所に差戻すを相当なりとす。