明治二十八年第三百八十六號
明治二十八年十二月二十五日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 後見人ノ設定ハ親族ノ恊議ヲ以テスルコト一般ナレトモ後見人解除ノ請求ハ必スシモ其恊議ニ關與セシ親族一同ヨリ起訴セサルヘカラサル慣例及ヒ條理ナシ(判旨第一、二點)
- 一 第一審ニ於テ適法ノ檢眞ヲ經タル證書ニ付テハ第二審ニ於テ更ニ其手續ヲ經ルヲ要セス(判旨第七點)
上告人 下村ヒサ、下村ヤス後見人 下村爲次郎
被上告人 布引ノブ 外五名
右當事者間ノ後見解除請求事件ニ付大阪控訴院カ明治二十八年六月十九日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第一點ハ凡ソ任免ノ權ハ一身ニ付着スルモノニシテ任スルノ權アルモノニ非レハ免スルノ權ナキハ一般ノ法則トシテ動カスヘカラサルモノタリ而シテ其任免ニ對シ不滿アルモノハ其任免ヲ爲シタル人若クハ其人ト共ニ任免ヲ受ケタル人ヲ訴フヘキハ是又當然ノ法則ナリトス然ルニ原院ハ本訴ニ對シ後見人ヲ選定スルニハ親族ノ協議ヲ要スルコトヲ一般ノ慣例トシテ明ニ認メナカラ其之ヲ免除スルニハ親族ノ協議ヲ要スルノ例規習慣ナシトシ又任免ヲ受ケタル人即チ後見人ノミニ對シ訴ヲ提起シ上告人ノ親族會ニ於テ任セラレタルニ係ハラス其親族會ニ於テ任セラレタルニ係ハラス其親族會ヲ措キタル被上告人ノ所爲ヲ是認セシハ一般ノ法則ニ背反セシ違法ノ判决ナリトス殊ニ後見人ノ任免ハ幼者ノ爲メ關係重大ナルヲ以テ親族ノ協議ヲ要スヘキハ一般ノ慣例ニシテ就中幾内ニハ習慣トナリアルモノナリ然ルニ原院ノ判决全ク之ニ反セシハ是又違法ノ判决ナリト云ヒ』
其第二點ハ假リニ數歩ヲ讓リ原院説明ノ如ク後見人解除ニ就テハ親族ノ協議ヲ要セス幼者ノ最近親族ハ其利益ヲ保護スル爲メ訴權ヲ行フコトヲ得ルモノナリトスルモ訴權ヲ行フニハ少ナクモ其要件トシテ最近親族タラサルヘカラス而シテ本訴ノ訴出者タル被上告人中最近親族ハ僅少ニシテ中ニハ殆ト親族タラサルモノアリ此事タル原院ニ於テ爭フタルニ拘ハラス原院ハ毫モ其取調ヲ爲サス最近親族タルヤ否ヤヲ示サスシテ恰モ被上告人ハ悉ク最近親族タルカ如クシ被上告人等ノ出訴ヲ正當トシタルハ理由ヲ付セス且事實ヲ不當ニ確定シタル違法ノ判决ナリト云フニ在リ依テ按スルニ後見人ヲ設定スルニハ親族ノ協議ヲ以テスルヲ一般トスレトモ其後見人ハ不適當ニシテ之ヲ解除スルノ原因アリトシ訴求スルカ如キハ必スシモ其協議ニ與カリタル親族一同ヨリ之ヲ爲シ若クハ其親族一同ヲモ後見人ト共ニ相手方ト爲スコトヲ要スルノ慣例及ヒ條理アルニアラス凡ソ訴求ヲ爲スモノニ其要求ノ原因アリト主張スル者ヨリ之ヲ拒ム者ニ對シ起訴スルハ當然ノ條理ナリトス故ニ本訴ニ於ケルモ被上告人等ハ後見人ノ解除ヲ要求スル原因アリトシ上告人ニ於テハ之カ解除ヲ拒ムモノナレハ原院カ其原因有無ノ爭點ニ對シ判决ヲ爲シタルハ相當ナリ然ルニ上告人ハ後見人ニ關シテハ幾内ニ於テ習慣アリ又ハ被上告人中ニハ殆ト親族ニアラサルモノアリテ之ヲ爭フタルニモ拘ハラス被上告人等ノ出訴ヲ正當トシタルハ不當ナル旨論スル所アレトモ一件記録中ニ上告人カ幾内ノ習慣ヲ證明シ又ハ被上告人中何レノ者カ親族ニ非サルヤヲ指名シテ爭ヒタル事跡ノ見ルヘキモノナケレハ原判决ハ上告人所論ノ如キ不法ノ點ナシ(判旨第一、二點)
其第三點ハ原院ハ上告人ノ立證ヲ以テ被上告人カ多ク成立事實或ハ立證ノ趣旨ノ認メサルノミナラス各號證ニ依ルニモ甲第四號證ノ不眞正ヲ認ムヘキ證據ナシトセラレタレトモ其乙第六號證及ヒ同第十八號證ト共ニ被上告人ノ認メタル所殊ニ六號證ハ被上告人ノ援用マテ爲セシモノニシテ同證ニ依レハ被上告人主張ノ甲第四號證ハ其當時現存セサリシコト及ヒ幼者ノ最近親族タル被上告人布引「ノブ」ト下村「ナカ」トノ間ニ成立シタル證書ナレハ被上告人モ亦其事實ナキコトヲ認メアルコトヲ證シ十八號證ハ下村「ナカ」ニ於テ先代榮介ノ實印ヲ所持シ居タルヲ以テ何時ニテモ成立シ得ルコトヲ證シタルモノナリ左スレハ此點ハ本件ニ付最モ緊要ノ事實爭點タルニ拘ハラス此點ニ對シ何等ノ説明ヲモ爲サゝルハ理由ヲ付セス緊要ナル事實ヲ不法ニ遺脱シタル違法ノ判决ナリト云フニ在ルモ抑本件ニ於テハ甲第四號證ノ眞正ニ成立シタルモノナルヤ否ヤハ實ニ獨立シタル適切ナル爭點ニ係リ而シテ原判决理由ノ第二條ニハ「控訴人ニ於テ甲第四號證ハ之ヲ認メス而シテ乙第六號證及ヒ乙第十一號乃至乙第二十五號證ヲ以テ甲第四號證ノ眞正ナラサルコトテ立證スルモ乙第十一號乙第二十五號證ハ被控訴人ノ認メサル處ノ私書其他ノ各證ハ被控訴人ニ於テ多ハ其事實或ハ立證ノ主旨ヲ認メス且ツ該各號證ニ據ルニ一モ甲第四號證ヲ眞正ナラサルモノト認ムヘキ證據トナスニ足ラス云々」トノ説明ヲ付シアリ其判旨タルヤ要スルニ乙號各證ニ據ルモ甲第四號證ヲ眞正ナラサルモノト認ムヘキ證據ト爲スノ價値ナシト認定シタル意義ナレハ原院ハ此上其乙號各證ニ對シ一々理由ヲ付スルノ義務ナシ結局本論旨ハ原院ノ職權ニ屬スル證據ノ取捨ヲ非難スルニ歸スルヲ以テ上告ノ理由トナラス』其第四點ハ原院ハ事實及爭點ノ摘示ニ於テ上告人カ下村「ヒサ」「ヤス」ノ後見人タルハ有効ナリヤ否ヤヲ决スルニ在ルコトヲ明認シナカラ其有無効ヲ决定セス理由前段ニハ有効ノ如ク後段ニハ無効ノ如ク前後理由ニ齟齬アル説明ヲ爲シ有効ヲ决セスシテ解除ノ原因アリトシ尚上告人ト他トノ關係ヲ露列シテ上告人ヲ後見トナスハ危險且不利ナルモノト論斷シタリ然レトモ分家ノ後見人ハ本家ノ長者之ヲ爲スヘキハ當然ナルノミナラス已ニ最近親族等ノ集會セル親族會ニ於テ選任セラレ數年間其事務ヲ執リ故障ナカリシモノヲ以テ後見ト爲スハ危險且不利トセシハ殆ト立法論ニ立入リ規定ノ法則ヲ無視セシト同シク解除ノ理由タラサルモノヲ理由トシ請求以外ニ立入リ當事者ノ爭ハサル點ヲ上告人ノ不利ニ歸シ且爭點ニ對シ理由ヲ付セサル違法ノ判决ナリト云フニ在ルモ原判决理由ノ第三條ノ冒頭ニ於テハ上告人カ當初親族會ニ於テ下村「ヒサ」下村「ヤス」ノ後見人ニ選定セラレタルハ有効ナリト假定シ即チ上告人ノ利益ニ認メ爾後其後見ヲ解除スヘキ原因アリヤ否ヤノ事項ニ至リ説明シタルモノナレハ此點ニ付テハ上告人ハ不服ヲ唱フルノ理由ナシ而シテ其後段ニ於ケル説明ハ上告人所論ノ如ク單ニ上告人ヲ後見ト爲スハ危險且不利ナルヲ理由トシ解除ノ原因アリト斷定シタルモノナラス其主トスル所ハ甲第四號證ノ家督分配讓與ヲ履行セサルニ在リ而シテ被上告人上告人ヲ後見ト爲シ置クハ危險且不利ナリトノ主張ハ第一審以來陳述スル所ナレハ原判决ハ上告人所論ノ如キ違法ノ點ナシ
其五點ハ原院ハ又上告人主張ノ甲第四號證ノ讓與證書ハ數多ノ疑點アリテ眞僞判明セサルト其證書カ後見人タル上告人ノ手ニ非サルヲ以テ其眞僞ヲ判明シ且ツ履行ヲ爲シ得サルノ不得止モノナリトノ論點ニ對シ被上告人ノ證書ヲ引渡サゝルコトヲ認ムルニ係ハラス證書ナキモ眞僞ヲ判明シ履行シ得ヘキモノナリトノ理由ヲ示サス上告人主張ニ適應シ且ツ下村榮介ノ後見人トシテ疑點アル證書ニ對シ正ニ爲スヘキ抗辯アル甲號證ヲ採リ來リ尚且上告人カ立證ヲ否認スル甲第六號證アルヲ以テ幼者「ヒサ」「ヤス」ノ利益ヲ保護セサルノ實蹟アルモノト認定セシハ上告人カ不能的ナリト云フニ拘ハラス其能的ナルコトヲ示サスシテ不能的ノコトヲ爲サゝル爲メ利益ヲ保護セサル實蹟アリトセシモノニシテ理由ヲ付セス且不能ノコトヲ強テ爲スヘキヲ命スルカ如キ違法ノ判决ナリト云フニ在ルモ甲第六號證ヲ眞正ナルモノト認ムルト否ト否トハ原院ノ職權ニ屬ス而シテ原判决理由第二條ニ於テ甲第六號證ヲ眞正ナルモノト認メ該證ニ徴スレハ上告人カ明治二十一年十一月二十九日既ニ同年同月十四日亡榮介ニ於テ下村「ヒサ」外二名ヘ家督分配讓與ノ約ヲ爲シタルコトヲ認メ居リシ事實ハ明カナリト認定シタルモノナレハ此分配讓與ノ約ヲ履行スルニ何ソ爲シ能ハサルノ理由アランヤ故ニ原院カ其履行方法ニ付キ説明セサリシモ敢テ不法ノ裁判ト云フヲ得ス
其第六點ハ上告人ハ甲第四號證ノ印影筆跡カ假令眞正ナルモノナリトスルモ其證書自體ニ於テ遺言ノ書シアル處ト他ノ文書アル處トハ紙質異ナリ且中間ヲ引拔キタル形跡アルコト及被上告人「ナカ」カ亡榮介ノ印形所持セシニ依リ何時ニテモ契印ヲナシ得ヘキニ付證書其者ノ疑ハシキコトヲ主張シ置キタリ然ルニ此等ノ點ニ對シ何等ノ理由ヲ付セスシテ印章アルカ故ニ正實ト認ムトノ判决ハ理由ヲ付セサル違法ノ裁判ナリト云フニ在ルモ原判决理由ノ第二條ニ於テ甲第四號證ノ眞正ナルコトヲ充分説明シアレハ此上本論旨ノ如キ事項ニ對シ理由ヲ付スル必要ヲ見ス要スルニ本論旨ハ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定證據ノ取捨ヲ批難スルニ歸スルヲ以テ上告其理由ナシ
其第七點ハ甲第四號證ノ眞僞ニ付テハ第一審己ニ判决セリ故ニ被上告人ハ自己ノ利益トシテハ第一審裁判所ニ申請シ其判决ヲ上告人ニ送達セシメ確定ノ効力ヲ生セシムヘキモノナルニ其手續ヲ爲サスシテ更ニ檢眞ヲ申請シ原院モ更ニ檢眞ヲナシ以ヲ判决ヲナシタルハ既判力ヲ侵害スルモノニシテ訴訟手續ニ違反スル違法ノ判决ナリト云ヒ』其八點ハ假リニ數歩ヲ讓リ檢眞ハ第二審ニ於テ再ヒ爲スヲ得ヘシトスルモ其申立ヲ爲シアル以上ハ訴訟法ニ從ヒ判决ヲ爲サゝルヘカラス然ルニ原院ハ右申立ニ對シ何等ノ判决ヲモ爲サゝルハ違法ノ判决ナリト云フニ在ルモ凡ソ口頭辯論ノ中間ニ於テ檢眞ノ申立アリ其檢眞ヲ經テ裁判ヲ爲スカ如キハ必ス之ヲ言渡スヘキモノタリ故ニ當事者中ニ其送達ヲ求ムルモノアレハ格別然ラサレハ送達ヲ爲サゝルヲ通例トス而シテ檢眞ナルモノハ第一審ニ於テ適法ノ檢眞ヲ經タル證書ニ付キ第二審ニ至リ更ニ檢眞ヲ經ルヲ要スヘキ限リニアラス是ヲ以テ原院ニ於テハ當事者ヨリ檢眞ノ申立ハアリタレトモ終ニ其檢眞ノ手續ヲ盡シタル形跡ナシ原判决理由ノ第二條中ニ「被控訴人ノ申立ニヨリ檢眞ノ方法トシテ裁判所ニ於テ甲第四號證ノ一、二云々成立ハ眞正ナリト認メラレ」トアルハ第一審裁判所ノ檢眞ノ結果ヲ採テ以テ判决ノ理由ト爲シタルモノナルコトハ其文詞中ニ自ラ明カナリ畢竟上告人ハ原判决ノ旨趣ヲ充分理會セサルヨリ出テタル不服ナルヲ以テ此等ノ論旨ハ固ヨリ上告適法ノ理由ナシ(判旨第七點)
以上説明ノ如ク本件上告ハ一モ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ノ規定ニ依リ棄却スルモノナリ
明治二十八年第三百八十六号
明治二十八年十二月二十五日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 後見人の設定は親族の協議を以てずること一般なれども後見人解除の請求は必ずしも其協議に関与せし親族一同より起訴せざるべからざる慣例及び条理なし。
(判旨第一、二点)
- 一 第一審に於て適法の検真を経たる証書に付ては第二審に於て更に其手続を経るを要せず。
(判旨第七点)
上告人 下村ひさ、下村やす後見人 下村為次郎
被上告人 布引のぶ 外五名
右当事者間の後見解除請求事件に付、大坂控訴院が明治二十八年六月十九日言渡したる判決に対し上告代理人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第一点は凡そ任免の権は一身に付、着するものにして任ずるの権あるものに非れば免するの権なきは一般の法則として動かずべからざるものたり。
而して其任免に対し不満あるものは其任免を為したる人若くは其人と共に任免を受けたる人を訴ふべきは是又当然の法則なりとす。
然るに原院は本訴に対し後見人を選定するには親族の協議を要することを一般の慣例として明に認めながら其之を免除するには親族の協議を要するの例規習慣なしとし又任免を受けたる人即ち後見人のみに対し訴を提起し上告人の親族会に於て任ぜられたるに係はらず其親族会に於て任ぜられたるに係はらず其親族会を措きたる被上告人の所為を是認せしは一般の法則に背反せし違法の判決なりとす。
殊に後見人の任免は幼者の為め関係重大なるを以て親族の協議を要すべきは一般の慣例にして就中幾内には習慣となりあるものなり。
然るに原院の判決全く之に反せしは是又違法の判決なりと云ひ』
其第二点は仮りに数歩を譲り原院説明の如く後見人解除に就ては親族の協議を要せず。
幼者の最近親族は其利益を保護する為め訴権を行ふことを得るものなりとするも訴権を行ふには少なくも其要件として最近親族たらざるべからず。
而して本訴の訴出者たる被上告人中最近親族は僅少にして中には殆と親族たらざるものあり此事たる原院に於て争ふたるに拘はらず原院は毫も其取調を為さず最近親族たるや否やを示さずして恰も被上告人は悉く最近親族たるが如くし被上告人等の出訴を正当としたるは理由を付せず、且、事実を不当に確定したる違法の判決なりと云ふに在り。
依て按ずるに後見人を設定するには親族の協議を以てずるを一般とすれども其後見人は不適当にして之を解除するの原因ありとし訴求するが如きは必ずしも其協議に与かりたる親族一同より之を為し若くは其親族一同をも後見人と共に相手方と為すことを要するの慣例及び条理あるにあらず。
凡そ訴求を為すものに其要求の原因ありと主張する者より之を拒む者に対し起訴するは当然の条理なりとす。
故に本訴に於けるも被上告人等は後見人の解除を要求する原因ありとし上告人に於ては之が解除を拒むものなれば原院が其原因有無の争点に対し判決を為したるは相当なり。
然るに上告人は後見人に関しては幾内に於て習慣あり又は被上告人中には殆と親族にあらざるものありて之を争ふたるにも拘はらず被上告人等の出訴を正当としたるは不当なる旨論する所あれども一件記録中に上告人が幾内の習慣を証明し又は被上告人中何れの者が親族に非ざるやを指名して争ひたる事跡の見るべきものなければ原判決は上告人所論の如き不法の点なし。
(判旨第一、二点)
其第三点は原院は上告人の立証を以て被上告人が多く成立事実或は立証の趣旨の認めざるのみならず各号証に依るにも甲第四号証の不真正を認むべき証拠なしとせられたれども其乙第六号証及び同第十八号証と共に被上告人の認めたる所殊に六号証は被上告人の援用まで為せしものにして同証に依れば被上告人主張の甲第四号証は其当時現存せざりしこと及び幼者の最近親族たる被上告人布引「のぶ」と下村「なか」との間に成立したる証書なれば被上告人も亦其事実なきことを認めあることを証し十八号証は下村「なか」に於て先代栄介の実印を所持し居たるを以て何時にても成立し得ることを証したるものなり。
左すれば此点は本件に付、最も緊要の事実争点たるに拘はらず此点に対し何等の説明をも為さゝるは理由を付せず緊要なる事実を不法に遺脱したる違法の判決なりと云ふに在るも抑本件に於ては甲第四号証の真正に成立したるものなるや否やは実に独立したる適切なる争点に係り。
而して原判決理由の第二条には「控訴人に於て甲第四号証は之を認めず。
而して乙第六号証及び乙第十一号乃至乙第二十五号証を以て甲第四号証の真正ならざることで立証するも乙第十一号乙第二十五号証は被控訴人の認めざる処の私書其他の各証は被控訴人に於て多は其事実或は立証の主旨を認めず且つ該各号証に拠るに一も甲第四号証を真正ならざるものと認むべき証拠となすに足らず云云」との説明を付しあり其判旨たるや要するに乙号各証に拠るも甲第四号証を真正ならざるものと認むべき証拠と為すの価値なしと認定したる意義なれば原院は此上其乙号各証に対し一一理由を付するの義務なし。
結局本論旨は原院の職権に属する証拠の取捨を非難するに帰するを以て上告の理由とならず』其第四点は原院は事実及争点の摘示に於て上告人が下村「ひさ」「やす」の後見人たるは有効なりや否やを決するに在ることを明認しながら其有無効を決定せず理由前段には有効の如く後段には無効の如く前後理由に齟齬ある説明を為し有効を決せずして解除の原因ありとし尚上告人と他との関係を露列して上告人を後見となすは危険、且、不利なるものと論断したり。
然れども分家の後見人は本家の長者之を為すべきは当然なるのみならず己に最近親族等の集会せる親族会に於て選任せられ数年間其事務を執り故障なかりしものを以て後見と為すは危険、且、不利とせしは殆と立法論に立入り規定の法則を無視せしと同じく解除の理由たらざるものを理由とし請求以外に立入り当事者の争はざる点を上告人の不利に帰し、且、争点に対し理由を付せざる違法の判決なりと云ふに在るも原判決理由の第三条の冒頭に於ては上告人が当初親族会に於て下村「ひさ」下村「やす」の後見人に選定せられたるは有効なりと仮定し。
即ち上告人の利益に認め爾後其後見を解除すべき原因ありや否やの事項に至り説明したるものなれば此点に付ては上告人は不服を唱ふるの理由なし。
而して其後段に於ける説明は上告人所論の如く単に上告人を後見と為すは危険、且、不利なるを理由とし解除の原因ありと断定したるものならず其主とする所は甲第四号証の家督分配譲与を履行せざるに在り。
而して被上告人上告人を後見と為し置くは危険、且、不利なりとの主張は第一審以来陳述する所なれば原判決は上告人所論の如き違法の点なし。
其五点は原院は又上告人主張の甲第四号証の譲与証書は数多の疑点ありて真偽判明せざると其証書が後見人たる上告人の手に非ざるを以て其真偽を判明し且つ履行を為し得ざるの不得止ものなりとの論点に対し被上告人の証書を引渡さゝることを認むるに係はらず証書なきも真偽を判明し履行し得べきものなりとの理由を示さず上告人主張に適応し且つ下村栄介の後見人として疑点ある証書に対し正に為すべき抗弁ある甲号証を採り来り尚、且、上告人が立証を否認する甲第六号証あるを以て幼者「ひさ」「やす」の利益を保護せざるの実蹟あるものと認定せしは上告人が不能的なりと云ふに拘はらず其能的なることを示さずして不能的のことを為さゝる為め利益を保護せざる実蹟ありとせしものにして理由を付せず、且、不能のことを強で為すべきを命ずるが如き違法の判決なりと云ふに在るも甲第六号証を真正なるものと認むると否と否とは原院の職権に属す。
而して原判決理由第二条に於て甲第六号証を真正なるものと認め該証に徴すれば上告人が明治二十一年十一月二十九日既に同年同月十四日亡栄介に於て下村「ひさ」外二名へ家督分配譲与の約を為したることを認め居りし事実は明かなりと認定したるものなれば此分配譲与の約を履行するに何そ為し能はざるの理由あらんや故に原院が其履行方法に付き説明せざりしも敢て不法の裁判と云ふを得ず。
其第六点は上告人は甲第四号証の印影筆跡が仮令真正なるものなりとするも其証書自体に於て遺言の書しある処と他の文書ある処とは紙質異なり、且、中間を引抜きたる形跡あること及被上告人「なか」が亡栄介の印形所持せしに依り何時にても契印をなし得べきに付、証書其者の疑はしきことを主張し置きたり。
然るに此等の点に対し何等の理由を付せずして印章あるが故に正実と認むとの判決は理由を付せざる違法の裁判なりと云ふに在るも原判決理由の第二条に於て甲第四号証の真正なることを充分説明しあれば此上本論旨の如き事項に対し理由を付する必要を見す要するに本論旨は原院の職権に属する事実の認定証拠の取捨を批難するに帰するを以て上告其理由なし。
其第七点は甲第四号証の真偽に付ては第一審己に判決せり。
故に被上告人は自己の利益としては第一審裁判所に申請し其判決を上告人に送達せしめ確定の効力を生ぜしむべきものなるに其手続を為さずして更に検真を申請し原院も更に検真をなし以を判決をなしたるは既判力を侵害するものにして訴訟手続に違反する違法の判決なりと云ひ』其八点は仮りに数歩を譲り検真は第二審に於て再ひ為すを得べしとするも其申立を為しある以上は訴訟法に従ひ判決を為さゝるべからず。
然るに原院は右申立に対し何等の判決をも為さゝるは違法の判決なりと云ふに在るも凡そ口頭弁論の中間に於て検真の申立あり其検真を経で裁判を為すが如きは必す之を言渡すべきものたり。
故に当事者中に其送達を求むるものあれば格別然らざれば送達を為さゝるを通例とす。
而して検真なるものは第一審に於て適法の検真を経たる証書に付き第二審に至り更に検真を経るを要すべき限りにあらず。
是を以て原院に於ては当事者より検真の申立はありたれども終に其検真の手続を尽したる形跡なし。
原判決理由の第二条中に「被控訴人の申立により検真の方法として裁判所に於て甲第四号証の一、二云云成立は真正なりと認められ」とあるは第一審裁判所の検真の結果を採で以て判決の理由と為したるものなることは其文詞中に自ら明かなり。
畢竟上告人は原判決の旨趣を充分理会せざるより出でたる不服なるを以て此等の論旨は固より上告適法の理由なし。
(判旨第七点)
以上説明の如く本件上告は一も適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項の規定に依り棄却するものなり。