明治二十八年第二百七十號
明治二十八年十月二十八日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 公證取消ノ方法ニ付テハ一定ノ法規ナキヲ以テ假令抹消ノ事由年月日等ノ詳記ナキモ之カ爲メ直チニ其抹消ヲ無効ナリト斷スルヲ得ス(判旨第一、二點)
- 一 強制執行ノ目的物タル係爭物件ニ對シ第三者カ所有權ヲ主張スル訴訟ハ民事訴訟法第五百五十八條第六百八十三條ニ關係ナクシテ同法第五百四十九條ニ依リ起訴スキモノトス(判旨第四點)
(參照)強制執行ノ手續ニ於テ口頭辯論ヲ經スシテ爲スコトヲ得ル裁判ニ對シテハ即時抗告ヲ爲スコトヲ得(民事訴訟法第五百五十八條)執行裁判所ノ决定ヲ變更シ又ハ廢棄シタル抗告裁判所ノ裁判ハ執行裁判所之ヲ裁判所ノ掲示板ニ掲示シテ公告ス可シ(民事訴訟法第六百八十三條)第三者カ強制執行ノ目的物ニ付キ所有權ヲ主張シ其他目的物ノ讓渡若クハ引不ヲ妨クル權利ヲ當張スルトキハ訴ヲ以テ債權者ニ對シ其強制執行ニ對スル異議ヲ主張シ又債務者ニ於テ其異議ヲ正當ナリトセサルトキハ債權者及ヒ債務者ニ對シテ之ヲ主張ス可シ」右訴ヲ債權者及ヒ債務者ニ對シテ起ストキハ之ヲ共同被告ト爲ス」右訴ハ執行裁判所ノ管轄ニ屬ス然レトモ訴訟物カ區裁判所ノ管轄ニ屬セサルトキハ執行裁判所ノ所在地ヲ管轄スル地方裁判所之ヲ管轄ス」強制執行ノ停止及ヒ既ニ爲シタル執行處分ノ取消ニ付テハ第五百四十七條及ヒ第五百四十八條ノ規定ヲ凖用ス但執行處分ノ取消ハ保證ヲ立テシメスシテ之ヲ爲スコトヲ得(民事訴訟法第五百四十九條)
右當事者間ノ不動産竸賣開始决定命令取消請求事件ニ付宮城控訴院カ明治二十八年四月二十九日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告第一點ハ凡ソ登記ヲ抹消センニハ少クトモ抹消スヘキ事由其年月日掛官ノ氏名及當事者間ニ於テ抹消ニ就テノ合意アリシコト等ヲ明記シテ之カ抹消ヲ爲サヽル可ラス是レ手續上闕クヘカラサル處ナリトス葢シ是等ノ手續ヲ履行セサレハ其抹消ハ果シテ正當ナリヤ否ヤヲ知ルニ由ナケレハナリ然リ而シテ今本件ニ於ケル公證ノ抹消タルヤ前件ノ如キ必要ナル手續ヲ履行シアラス換言スレハ上告人ノ與リ知ラサル處ノ抹消タルコト明瞭ニシテ上告人カ原院ニ於テ大ニ其不正ヲ主張シタル處ナリ然ルニ原裁判所ハ此點ニ關シ何等ノ判定ヲモ與ヘサルノミナラス却テ「其取消ノ年月日ハ詳ニスルコトヲ得ス」ト説明セラレタルニ拘ハラス單ニ被上告人ヨリ提出シタル公證割印簿ノ寫ニ斜十字形ノ朱抹アル一事ヲ以テ無造作ニモ其公證ハ取消サレタルコト明白ナリト斷案シ第三者ニ對シテ抵當權ノ消滅ヲ表示シタルモノナリト速斷シ去リタルハ頗ル不法ノ判决ナリ尤モ判文後段ニ於テ「取消ノ方法ニ付テハ一定ノ法規ナシ云々其取消ハ第三者ニ對シ有効ナリト説示シタルモノアリト雖モ一定ノ法規ナキ故ヲ以テ單ニ朱抹シタル事實ニ依リテ其取消ヲ有効ナリトスルハ不法ノ判斷タリ何トナレハ若シ原院ノ云フカ如クナルトキハ公證ノ効用ハ殆ント之ヲ保チ得ヘキ道ナク頗ル危險ノモノニテ法律ニ於テ公證ノ方法ヲ定メタル精神ニ背戻スルヲ以テナリ上告人ハ此理由ニ依リ原判决ハ法則ニ背戻シタル不法ノ裁判ナリト云ヒ』
同第二點ハ原判文中被上告人カ本訴目的物タル不動産ヲ善意ニ取得シタリトノ理由ヲ見ルニ「廿五年十月六日湯澤區裁判所ノ判事山内左五郎ノ閲印アルヲ以テ見レハ該朱抹ハ明治二十五年十月六日以前ノ朱抹ニ係ルコトヲ推定スルニ十分ナレハ甲第二號證ノ成立ハ其後ニ係ルヲ以テ控訴人カ該係爭不動産ヲ何等ノ負擔ナキヲ認メ善意ニ取得シタルコト明白ナリ云々」ト云フニアリ然レトモ二十五年十月六日ニ判事ノ閲印アルノ一事ヲ以テ朱抹ハ其以前ニ係ルトノ推定全ク根據ナキ判斷ナリトス殊ニ上告人ハ此點ニ付原院ニ於テ「山内判事ニ於テ閲覽ノ印ヲ押シタルハ墨ニシテ朱引ノ點マテ認メテ捺印セリトノ形跡ハ之レ無シ故ニ立證旨趣ハ認メス」ト陳述シタリ而シテ該證自體ニ於テ二十五年十月六日以前ニ朱抹シアリシトノコトハ毫モ推定シ得ラレサルモノトス抑事實ノ推定ハ固ヨリ承審官ノ職權ニ屬スト雖モ推定ノ基本トナルヘカラサルモノヲ取リテ其材料ト爲サントスルニハ法律上相當ノ理由ヲ付セサルヘカラス然ルニ原裁判所ハ單ニ閲印アルヲ理由トシテ前述ノ如ク被上告人ノ呈出シタル甲第二號證ハ朱抹以後ニ成立シ被上告人ハ善意ニ取得シタルモノト判定スルニ至リタルハ即是法律ニ違背シテ不當ニ事實ヲ確定セシモノニシテ破毀ヲ免レサル不法ノ裁判ナリト思考スト云フニアリ然レトモ公證取消ノ方法ニ付テハ素ヨリ一定ノ法規ナキヲ以テ假今抹消ノ事由年月日等ノ詳記ナキモ之カ爲メ直チニ其抹消ヲ無効ナリト斷スルコトヲ得ス斯ノ如キ場合ニ有テ其有効無効竝ニ抹消ノ時期如何ヲ判スルハ寧ロ事實承審官ノ權内ニ屬スルモノト云ハサルヲ得ス果シテ然ラハ本件ニ於テ原院カ自由ナル心證ヲ以テ甲四號證新甲二號證及新甲八號證ヲ採用シ之ニ依リ乙一號證ノ公證ハ明治二十五年十月六日以前ニ於テ抹消セラレタルモノナリト斷定シタルハ相當ニシ法不法ノ裁判ナリト云フテ得ス(判旨第一、二點)
同第三點ハ原判决ニ於テハ乙第一號ノ公證ヲ無効ナリト判斷シタルト共ニ乙第二號證ノ公證モ亦其効力ナキ旨ヲ判决セリ而シテ其之ヲ無効ナリトナスノ旨趣ハ大要左ノ如クナリトス
一、乙第二號證ニ當ル舊公簿抵當物件表示ノ部ニ不明瞭ノ記載アリ建物ノ所在ト何號公證ノ取添書ナルヤ明カナラス後ノ買受人ヲシテ義務ヲ負擔シ居ルコトヲ確知セシムルニ足ラストノコトニ、公證簿二ハ一ケノ割印アルノミニシテ建物書入質入規則ノ命シタル二ケノ割印ヲ爲シアラストノコト三、乙第二號證ノ一ト二トノ間ニ割印ナク而シテ其二ニ公證番號ノ記載ナキヲ以テ乙第二號證ノ二ノ圖面ハ何レノ證書ニ添付セラルヘキヤ知リ難シトノコト四、乙第二號證ハ乙第一號ニ付屬スヘキモノナルカ故已ニ乙第一號ノ公證カ抹消セラレタル上ハ乙第二號ノ公證モ當然消滅スヘキ筋合ナリトノコト原院カ乙第二號證ノ書入公證ヲ無効ナリト爲セシ理由ハ以上ノ如クナリトス然レトモ公證簿ニ於テ已ニ公證ノ跡ヲ存シ有効ニ保存セラレ居ル以上ハ假令多少ノ闕點アリトスルモ其公證全部ヲ無効トスルハ决シテ正當ナル法則ナリシ云フヲ得ス况ンヤ乙第二號證ハ乙第一號證地所ノ書入ニ從屬セル書入質ナルカ故其部分カ無効ニ歸セシ上ハ乙第二號證ハ有効ノ公證ナリトスルモ自然ニ消滅スヘキモノナリト判斷セシニ至テハ法則ノ適用ヲ誤レルノ甚シキ判决ト爲サヽルヲ得ス何トナレハ一部分ノ書入質契約ヲ取消シタルコトアルカ爲メ其未タ取消サヽル部分マテモ當然消滅スルカ如キ法則ノ存スヘキ謂ハレ之レアラサルヲ以テナリト云フニ在リ然レトモ原院カ乙二號證及新乙二號證ヲ排斥シタル理由ハ判文中「新乙二號證ニ依レハ乙二號證ニ當ル舊公證簿ハ抵當物件表示ノ部ニ「一建物壹棟(梁間四間行間七間)ト記載シ云々第三者タル控訴人カ甲二號證二ノ如ク買得スルニ當リ其物件ニ新乙二號證ノ如キ義務ヲ負擔セルコトヲ確知スルニ由ナキヲ以テ乙二號證ハ勿論新乙二號證ノ公證ハ控訴人ニ對シ其ノ効ナシ」トアル説明ニシテ其趣旨タル新乙二號證公證ノ建家ハ二十八坪ナレハ第三者タル被上告人カ甲二號證二ノ建家(四十六坪七合)ヲ買得スルニ當リ其建家ニ抵當義務ノ負擔シアルコトヲ確知スルニ由ナケレハ新乙二號證ノ公證ハ被上告人ニ對シ何等ノ効力ヲモ有セサルモノナナリト云フニ外ナラス左レハ此説明ノ至當ナルコトハ論ヲ俟タサル所ナルヲ以テ其他ノ説明殊ニ末段ニ「况ンヤ乙二號證新乙二號ノ公證ハ有効ナリト假定スルモ云々乙一號證ニシテ甲四號證ノ如ク取消シ其權利消滅シタル以上ハ其結果之ニ從屬スル乙二號證モ亦第三者ニ對シ消滅シタルモノト云ハサルヲ得サルニ於テオヤ」トアル説明ニシテ或ハ穩當ヲ闕クノ嫌アリトスルモ前段ノ説明ニシテ至當ナル以上ハ原裁判ノ當否ニ何等ノ影響ヲモ及ホサヽルヲ以テ原裁判ハ上告人所論ノ如キ不法アルモノニ非ス
同第四點ハ法律ノ規定ニ從ヒ爲シタル處ノ裁判ヲ變更シ若クハ廢棄セントスルニハ法定ノ手續ヲ踐ミ法律ノ許容セル方法ニ據ラサルヘカラス若シ夫レ法律ノ規定ニ從ヒ與ヘタル裁判ニ對シ法律上之ヲ鑑査スヘキ權能ヲ認メサル他ノ裁判カ前キノ裁判ヲ左右セントスルカ如キハ民事訴訟法ノ規定ニ於テ决シテ許サレサル處ノコトナリトス本件被上告人ノ請求ニ從ヒ原院ニ於テ其請求ノ許容シタル湯澤區裁判所カ發セシ競賣開始决定命令(同區裁判所明治二十七年(ヌ)第七號)ナルモノハ原院即チ宮城控訴院ノ判决ヲ以テ變更廢棄シ得ヘキモノナルカ上告人ニ於テハ民事訴訟法上此ノ如キ鑑査ヲ原院ニ於テ爲シ得ヘキ規定ノ存セサルヲ信ス然ラハ原判决ハ正ニ法律上適法ナル裁判ヲ法律ノ許容セサル方法ニ因リ變更ヲ命セント爲セシ不法ノ判决ナリト爲サヽルヲ得ス民事訴訟法第五百五十八條ノ規定ニ從ヘハ強制執行ノ手續ニ於テ口頭辯論ヲ經スシテ爲スコトヲ得ル裁判ニ對シテハ即時抗告ヲ爲スコトヲ得」トノ規定アリ又其ノ六百八十三條ニハ執行裁判所ノ决定ヲ變更シ廢棄シタル抗告裁判所ノ裁判ハ執行裁判所之ヲ裁判所ノ掲示板ニ掲示シテ公告ス可シ」トノ規定アリ本件湯澤區裁判所カ明治二十七年(ヌ)第七號ヲ以テ爲シタル竸賣開始决定ナルモノハ正シク執行裁判所トシテ執行手續ノ一タル裁判ヲ爲セシモノタルヲ以テ被上告人ハ法律ノ規定ニ從ヒ此ノ决定ニ對シ即時抗告ヲ爲シ抗告裁判所ニ於テ其裁判ノ變更廢棄ヲ命シ得ヘキハ當然ナルモ此裁判(即チ湯澤區裁判所明治二七(ヌ)第七號ノ决定)ヲ鑑査スヘキ權能ヲ付與セラレサル宮城控訴院カ此裁判ニ對シ其取消即チ廢棄ヲ言渡シタルハ全ク權限ヲ超越シタル所爲ニシテ即チ法則ヲ不當ニ適用シテ之レカ判决ヲ與ヘタルモノトナサヽルヲ得スト云フニ在ルモ本件ノ訴訟ハ第三者タル被上告人カ強制執行ノ目的物タル係爭物件ニ付其所有權ヲ主張スルモノナレハ民事訴訟法第五百五十八條及第六百八十三條ニ關係ナキモノニシテ同法第五百四十九條ノ規定ニ依リ起訴スヘキモノナリ故ニ被上告人カ同條第三項ノ規定ニ依リ秋田地方裁判所大曲支部ニ起訴シ其裁判ニ服セスシテ宮城控訴院ニ控訴シ而シテ原院カ其當否ヲ審判シテ曩ニ湯澤區裁判所カ與ヘタル竸賣開始决定ヲ取消シタルハ相當ナルヲ以テ原裁判ハ亦上告人所論ノ如キ不法アルモノニ非ス(判旨第四點)
以上説明ノ如ク本件上告ハ一モ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ之ヲ棄却スヘキモノトス
明治二十八年第二百七十号
明治二十八年十月二十八日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 公証取消の方法に付ては一定の法規なきを以て仮令抹消の事由年月日等の詳記なきも之が為め直ちに其抹消を無効なりと断するを得ず。
(判旨第一、二点)
- 一 強制執行の目的物たる係争物件に対し第三者が所有権を主張する訴訟は民事訴訟法第五百五十八条第六百八十三条に関係なくして同法第五百四十九条に依り起訴すきものとす。
(判旨第四点)
(参照)強制執行の手続に於て口頭弁論を経すして為すことを得る裁判に対しては即時抗告を為すことを得。
(民事訴訟法第五百五十八条)執行裁判所の決定を変更し又は廃棄したる抗告裁判所の裁判は執行裁判所之を裁判所の掲示板に掲示して公告す可し(民事訴訟法第六百八十三条)第三者が強制執行の目的物に付き所有権を主張し其他目的物の譲渡若くは引不を妨ぐる権利を当張するときは訴を以て債権者に対し其強制執行に対する異議を主張し又債務者に於て其異議を正当なりとせざるときは債権者及び債務者に対して之を主張す可し」右訴を債権者及び債務者に対して起すときは之を共同被告と為す」右訴は執行裁判所の管轄に属す。
然れども訴訟物が区裁判所の管轄に属せざるときは執行裁判所の所在地を管轄する地方裁判所之を管轄す」強制執行の停止及び既に為したる執行処分の取消に付ては第五百四十七条及び第五百四十八条の規定を準用す。
但執行処分の取消は保証を立てしめずして之を為すことを得。
(民事訴訟法第五百四十九条)
右当事者間の不動産競売開始決定命令取消請求事件に付、宮城控訴院が明治二十八年四月二十九日言渡したる判決に対し上告代理人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告第一点は凡そ登記を抹消せんには少くとも抹消すべき事由其年月日掛官の氏名及当事者間に於て抹消に就ての合意ありしこと等を明記して之が抹消を為さざる可らず是れ手続上闕くべからざる処なりとす。
蓋し是等の手続を履行せざれば其抹消は果して正当なりや否やを知るに由なければなり。
然り、而して今本件に於ける公証の抹消たるや前件の如き必要なる手続を履行しあらず。
換言すれば上告人の与り知らざる処の抹消たること明瞭にして上告人が原院に於て大に其不正を主張したる処なり。
然るに原裁判所は此点に関し何等の判定をも与へざるのみならず却て「其取消の年月日は詳にすることを得ず。」と説明せられたるに拘はらず単に被上告人より提出したる公証割印簿の写に斜十字形の朱抹ある一事を以て無造作にも其公証は取消されたること明白なりと断案し第三者に対して抵当権の消滅を表示したるものなりと速断し去りたるは頗る不法の判決なり。
尤も判文後段に於て「取消の方法に付ては一定の法規なし。
云云其取消は第三者に対し有効なりと説示したるものありと雖も一定の法規なき故を以て単に朱抹したる事実に依りて其取消を有効なりとするは不法の判断たり何となれば若し原院の云ふが如くなるときは公証の効用は殆んど之を保ち得べき道なく頗る危険のものにて法律に於て公証の方法を定めたる精神に背戻するを以てなり。
上告人は此理由に依り原判決は法則に背戻したる不法の裁判なりと云ひ』
同第二点は原判文中被上告人が本訴目的物たる不動産を善意に取得したりとの理由を見るに「廿五年十月六日湯沢区裁判所の判事山内左五郎の閲印あるを以て見れば該朱抹は明治二十五年十月六日以前の朱抹に係ることを推定するに十分なれば甲第二号証の成立は其後に係るを以て控訴人が該係争不動産を何等の負担なきを認め善意に取得したること明白なり。
云云」と云ふにあり。
然れども二十五年十月六日に判事の閲印あるの一事を以て朱抹は其以前に係るとの推定全く根拠なき判断なりとす。
殊に上告人は此点に付、原院に於て「山内判事に於て閲覧の印を押したるは墨にして朱引の点まで認めて捺印せりとの形跡は之れ無し故に立証旨趣は認めず」と陳述したり。
而して該証自体に於て二十五年十月六日以前に朱抹しありしとのことは毫も推定し得られざるものとす。
抑事実の推定は固より承審官の職権に属すと雖も推定の基本となるべからざるものを取りて其材料と為さんとするには法律上相当の理由を付せざるべからず。
然るに原裁判所は単に閲印あるを理由として前述の如く被上告人の呈出したる甲第二号証は朱抹以後に成立し被上告人は善意に取得したるものと判定するに至りたるは即是法律に違背して不当に事実を確定せしものにして破毀を免れざる不法の裁判なりと思考すと云ふにあり。
然れども公証取消の方法に付ては素より一定の法規なきを以て仮今抹消の事由年月日等の詳記なきも之が為め直ちに其抹消を無効なりと断することを得ず。
斯の如き場合に有で其有効無効並に抹消の時期如何を判するは寧ろ事実承審官の権内に属するものと云はざるを得ず。
果して然らば本件に於て原院が自由なる心証を以て甲四号証新甲二号証及新甲八号証を採用し之に依り乙一号証の公証は明治二十五年十月六日以前に於て抹消せられたるものなりと断定したるは相当にし法不法の裁判なりと云ふて得ず(判旨第一、二点)
同第三点は原判決に於ては乙第一号の公証を無効なりと判断したると共に乙第二号証の公証も亦其効力なき旨を判決せり。
而して其之を無効なりとなすの旨趣は大要左の如くなりとす。
一、乙第二号証に当る旧公簿抵当物件表示の部に不明瞭の記載あり建物の所在と何号公証の取添書なるや明かならず後の買受人をして義務を負担し居ることを確知せしむるに足らずとのことに、公証簿二は一けの割印あるのみにして建物書入質入規則の命じたる二けの割印を為しあらずとのこと三、乙第二号証の一と二との間に割印なく。
而して其二に公証番号の記載なきを以て乙第二号証の二の図面は何れの証書に添付せらるべきや知り難しとのこと四、乙第二号証は乙第一号に付、属すべきものなるが故己に乙第一号の公証が抹消せられたる上は乙第二号の公証も当然消滅すべき筋合なりとのこと原院が乙第二号証の書入公証を無効なりと為せし理由は以上の如くなりとす。
然れども公証簿に於て己に公証の跡を存し有効に保存せられ居る以上は仮令多少の闕点ありとするも其公証全部を無効とするは決して正当なる法則なりし云ふを得ず。
況んや乙第二号証は乙第一号証地所の書入に従属せる書入質なるが故其部分が無効に帰せし上は乙第二号証は有効の公証なりとするも自然に消滅すべきものなりと判断せしに至ては法則の適用を誤れるの甚しき判決と為さざるを得ず。
何となれば一部分の書入質契約を取消したることあるか為め其未だ取消さざる部分までも当然消滅するが如き法則の存すべき謂はれ之れあらざるを以てなりと云ふに在り。
然れども原院が乙二号証及新乙二号証を排斥したる理由は判文中「新乙二号証に依れば乙二号証に当る旧公証簿は抵当物件表示の部に「一建物壱棟(梁間四間行間七間)と記載し云云第三者たる控訴人が甲二号証二の如く買得するに当り其物件に新乙二号証の如き義務を負担せることを確知するに由なきを以て乙二号証は勿論新乙二号証の公証は控訴人に対し其の効なし。」とある説明にして其趣旨たる新乙二号証公証の建家は二十八坪なれば第三者たる被上告人が甲二号証二の建家(四十六坪七合)を買得するに当り其建家に抵当義務の負担しあることを確知するに由なければ新乙二号証の公証は被上告人に対し何等の効力をも有せざるものななりと云ふに外ならず左れば此説明の至当なることは論を俟たざる所なるを以て其他の説明殊に末段に「況んや乙二号証新乙二号の公証は有効なりと仮定するも云云乙一号証にして甲四号証の如く取消し其権利消滅したる以上は其結果之に従属する乙二号証も亦第三者に対し消滅したるものと云はざるを得ざるに於ておや」とある説明にして或は穏当を闕くの嫌ありとするも前段の説明にして至当なる以上は原裁判の当否に何等の影響をも及ぼさざるを以て原裁判は上告人所論の如き不法あるものに非ず
同第四点は法律の規定に従ひ為したる処の裁判を変更し若くは廃棄せんとするには法定の手続を践み法律の許容せる方法に拠らざるべからず。
若し夫れ法律の規定に従ひ与へたる裁判に対し法律上之を鑑査すべき権能を認めざる他の裁判が前きの裁判を左右せんとするが如きは民事訴訟法の規定に於て決して許されざる処のことなりとす。
本件被上告人の請求に従ひ原院に於て其請求の許容したる湯沢区裁判所が発せし競売開始決定命令(同区裁判所明治二十七年(ヌ)第七号)なるものは原院即ち宮城控訴院の判決を以て変更廃棄し得べきものなるか上告人に於ては民事訴訟法上此の如き鑑査を原院に於て為し得べき規定の存せざるを信ず。
然らば原判決は正に法律上適法なる裁判を法律の許容せざる方法に因り変更を命ぜんと為せし不法の判決なりと為さざるを得ず。
民事訴訟法第五百五十八条の規定に従へは強制執行の手続に於て口頭弁論を経すして為すことを得る裁判に対しては即時抗告を為すことを得。」との規定あり又其の六百八十三条には執行裁判所の決定を変更し廃棄したる抗告裁判所の裁判は執行裁判所之を裁判所の掲示板に掲示して公告す可し」との規定あり本件湯沢区裁判所が明治二十七年(ヌ)第七号を以て為したる競売開始決定なるものは正しく執行裁判所として執行手続の一たる裁判を為せしものたるを以て被上告人は法律の規定に従ひ此の決定に対し即時抗告を為し抗告裁判所に於て其裁判の変更廃棄を命じ得べきは当然なるも此裁判(即ち湯沢区裁判所明治二七(ヌ)第七号の決定)を鑑査すべき権能を付与せられざる宮城控訴院が此裁判に対し其取消即ち廃棄を言渡したるは全く権限を超越したる所為にして、即ち法則を不当に適用して之れが判決を与へたるものとなさざるを得ずと云ふに在るも本件の訴訟は第三者たる被上告人が強制執行の目的物たる係争物件に付、其所有権を主張するものなれば民事訴訟法第五百五十八条及第六百八十三条に関係なきものにして同法第五百四十九条の規定に依り起訴すべきものなり。
故に被上告人が同条第三項の規定に依り秋田地方裁判所大曲支部に起訴し其裁判に服せずして宮城控訴院に控訴し、而して原院が其当否を審判して曩に湯沢区裁判所が与へたる競売開始決定を取消したるは相当なるを以て原裁判は亦上告人所論の如き不法あるものに非ず(判旨第四点)
以上説明の如く本件上告は一も適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り之を棄却すべきものとす。