◎判決要旨
- 一 商人カ營業ノ範圍内ニ於テ取引ノ申入ヲ受クルハ其欲求ヲ滿足セシムル所以ニシテ顧客ハ一種ノ利源タルヲ失ハサレハ之ヲ目シテ財産的利益ト稱スルモ不當ニ非ス(判旨第五點)
- 一 議員候補者ト通謀シ呉服商タル選擧人ニ呉服類ノ取引ヲ爲スヘキ旨申入レ之ヲ誘ヒテ該候補者ノ利益ノ爲メ投票セシメタル所爲ハ衆議院議員選擧法第八十七條第一項第一號ノ所謂利益ヲ供與シタルモノニ該當ス(同上)
(參照)選擧ノ前後ヲ問ハス左ノ各號ニ該當スル所爲アル者ハ一月以上一年以下ノ輕禁錮ニ處シ又ハ十圓以上百圓以上ノ罰金ニ處ス」一、選擧ニ關シ直接又ハ間接ニ金錢、物品、手形其ノ他ノ利益若ク公私ノ職務ヲ選擧人又ハ選擧運動者ニ供與シ又ハ供與セムコトヲ7込ミタル者又ハ供與若ハ申込ヲ承諾セムコトヲ周旋勸誘シタル者竝供與ヲ受ケ若ハ申込ヲ承諾シタル者(衆議院選擧法第八$十七條第一項第一號)
被告人 青木龍間 外六名
辯護人 中島松次郎 梅里大兄
右市會議員選擧罰則違犯被告事件ニ付大正三年五月八日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ各被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
各被告辯護人中島松次郎同梅里大兄上告趣意書第一點原判決ハ事實理由第一ノ前段ニ於テ被告留五郎ハ源介ト相謀リ被告淺吉ヲ被告重平方ニ遣シ同人ニ對シ被告龍間ヲ投票スルニ於テハ龍間ニ於テ爾後年ニ四五百圓ノ呉服類ノ取引ヲ爲スヘシト申込ミタリト認定シ次キニ「被告龍間ハ後日右申入レノ事實ヲ知リタルヨリ同年(大正二年)三月三日特ニ被告重平方ニ到リ約二百五十圓ニ相當スル呉服類ヲ買求メ……」ト判示セラレタルニ依リ原判決ノ趣旨ハ龍間ハ留五郎源介カ淺吉ヲ介シテ重平ニ對シ龍間ヲ投票スルニ於テハ龍間ニ於テ年ニ四五百圓ノ呉服類ノ取引ヲ爲スヘシトノ申込ミヲ爲シタル事實ヲ稔知シ自身重平方ニ到リ呉服類ヲ買求メタリト云フニ在ルヤ明ケシ然レトモ龍間カ右事實ヲ知悉セリトノ事ハ如何ナル證據ニ依リテ認メタルカ判文上明白ナラス勿論原判決ハ其證據理由ニ於テ「被告淺吉ニ對スル檢事ノ聽取書ニ「……三月四日……翌日……其後三四日ヲ經テ源介方ニ於テ龍間ニ面會シタルニ同人ハ此間ハ御心配ヲ掛ケ難有シ父ハ福田屋ヨリ買物ヲ爲シ居リ自分ノ自由ト爲ラサルモ自分モ年ニ四五百圓ノモノヲ買フニ付キ重平ニ於テ自分ニ投票セハ物品ヲ買フニ依リ宜シク頼ムト申シタリ……トノ供述録取シアル旨」掲ケラレタレトモ該供述ハ龍間カ前記事實ヲ知悉シタル上重平方ヨリ買物ヲ爲シタリトノ事實ヲ觀ルニ足ラサルノミナラス假ニ否ラストスルモ該供述ノ事實ハ三月八九日頃ノ出來事ニシテ龍間カ買物ヲ爲シタルハ三月三日ナルコト原判決ノ斷定スル所ナレハ固ヨリ之ヲ以テ彼レヲ證スルヲ得ス故ニ原判決ハ理由不備ノ不法アリト云フニ在レトモ◎原院ハ被告重平ニ對スル檢事ノ第一囘聽取書ニ依リ被告龍間カ自身重平方ニ赴キ呉服類ヲ買求メタル日時ヲ大正二年三月三日ト認メタルモノナルコト判文上明白ニシテ此證據ト他判文列記ノ證據トヲ綜合スルトキハ所論被告龍間ハ被告留五郎ニ於テ呉服類取引ヲ爲スヘキ旨被告重平ニ申入レタル事ヲ知悉シタル事實ハ優ニ之ヲ認ムルヲ得ルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
第二點原判決ハ事實理由第一ノ後段ニ於テ「同月五日更ニ被告淺吉及源介兩名ヲ被告重平方ニ遣ハシ前同樣龍間ニ投票セラルルニ於テハ呉服類ノ取引ヲ爲スヘキ旨申入レシメ被告重平ハ右申入ヲ諾シ」ト判示セラレタレトモ其之ヲ認メタル證據ヲ明示セス思フニ原判決ハ其證據理由中ニ「被告淺吉ニ對スル檢事ノ聽取書ニ……三月四日下市ニ於テ市會議員公認候補者ノ豫選會アリタル翌日源介ヨリ電話ニテ龍間ヨリ二川重平ハ或ハ自分ニ投票セサルヤモ知レサルニ依リ是非同行ノ上重平ニ對シ龍間ニ投要スル意思ヲ飜ヘサヌ樣シタシト申來リタルヲ以テ同行シ呉レト申シタルニヨリ源介ト同行重平方ニ到リ源介ハ重平ニ對シ豫テ根本ヲ以テ話シタル通リ貴方ニ於テ龍間ニ投票セラルルトキハ同人ヲシテ今後商品ヲ買ハセル事ニスルヲ以テ是非投票シ呉レ度キ旨話シタルニ二川ハ之ヲ承諾シタリ……」トノ趣旨ノ供述竝ニ「被告源介ニ對スル檢事ノ聽取書ニ……大正二年三月中下市ニ公認候補者ノ豫選會アリト翌日頃龍間ヨリ下市ノ方ヨリクツレソウナル故淺吉ト同行重平ニ頼ミ呉レト云ハレ淺吉ト共ニ重平方ニ到リ今後青木ニ於テ取引サセル樣ニスル故是非投票シ呉レト頼ミタリ取引云云ノ事ハ龍間ヨリ云ハレサルモ事務員ニ於テ云ヒ居ルモノナルヲ以テ無論龍間ニ於テモ承知シ居ルコトト思フ……トノ趣旨ノ供述録取シアル旨」掲ケラレタルヲ以テ或ハ右二供述ニ依リ上敍ノ事實ヲ認メタルモノノ如シ然レトモ右供述ハ單ニ龍間カ源介ニ對シ淺吉ト共ニ重平方ニ赴キ龍間ニ投票スヘク依頼シ呉レト申越シタリテ云フニ止マリ龍間ニ於テ重平カ自己ニ投票スルニ於テハ爾後重平ト取引スヘキヲ以テ投票シ呉ルル樣依頼スヘク申來リシトノ事實ヲ觀ルニ足ラス但右源介ノ供述中ニハ取引云云ノ事ハ無論龍間ニ於テモ承知シ居ルコトト思フ旨記載シアルモ其之ヲ思フ所以ハ事務員ニ於テ云ヒ居居ヲ以テ之ヲ推測シ得ヘシト云フニ歸著シ源介一己ノ判斷ニ過キサルヲ以テ之ヲ證據ニ供シ得ヘカラサルノミナラス假リニ然ラストスルモ箇ハ龍間カ取引云云ノ事ヲ知得セリト云フニ止マリ之レヲ依リ龍間カ源介ニ對シ將來ノ取引ヲ條件トシ投票ヲ依頼シ呉レト申越シタリトノ事實ヲ斷シ得ヘキモノニアラス故ニ原判決ハ理由不備ノ不法アリト云フニ在レトモ◎被告龍間カ三月五日更ラニ被告淺吉及ヒ源介兩人ヲ被告重平方ニ遣シ龍間ニ投票スルニ於テハ呉服類ノ取引ヲ爲スヘキ旨申入レタル事實ハ判示被告重平及ヒ源介ニ對スル檢事ノ聽取書ノ記載竝ニ被告龍間ニ對スル檢事ノ聽取書中同人カ三月中重平方ニテ二百二三十圓ノ買物ヲ爲シタル供述事實ノ記載等ヲ引此參酌セハ之ヲ推定スルニ足ルヲ以テ是等ノ證據ヲ綜合シテ判文事實ヲ認定シタル原判決ハ毫モ所論ノ如キ不法ナシ
第三點原判決ハ證據理由ニ於テ「被告留五郎ニ對スル雌事ノ聽取書ニ……自分モ同人(淺吉ヲ云フ)ニ對シ若シ二川カ他ニ投票セス龍間ニ投票セハ以前ノ如ク龍間方ニ於テ呉服類ヲ買フ樣ニスルヤモ知レスト申シタルニ根本ハ二川ニ交渉スル事トナリタリトノ趣旨ノ供述録取シタル旨」判示セラレタレトモ該聽取書ニハ留五郎カ淺吉ニ對シ龍間ニ投票セハ以前ノ如ク龍間方ニ於テ呉服類ヲ買フ樣ニナルヤモ知レスト申シタル樣記載シアルモ「書フ樣ニスルヤモ知レス」ト申シタルノ記載アル事ナシ而シテ「買フ樣ニナルヤモ知レス」ト「買フ樣ニスルヤモ知レス」トハ其意義截然區別アルヲ以テ結局原判決ハ虚無ノ證據ヲ罪證ニ供シタルノ不法アリト云フニ在レトモ◎所論留五郎ニ對スル準事聽取書ノ記載ハ判示引用ノ部分ト趣旨ニ於テ毫モ異ナル所ナキヲ以テ本論旨モ亦理由ナシ
第四點原判決ハ事實理由第二ニ於テ「被告實ハ……半造ニ對シ……被告龍間ニ投票セラレ度左スレハ主人龍間方ハ多數ノ呉服類入用ナルヲ以テ將來取引ヲ爲スヘシト申入レタル後同年三月 旬印半纏百二十枚ヲ半造ニ注文シ被告半造ハ右申入レヲ諾シ……被告龍間ニ投票シタリ」ト判示セラレタリ然レトモ右前段判示ノ旨趣ハ其上文ニ「主人龍間方ハ多數ノ呉服類入用ナルヲ以テ」トノ語辭アルヲ以テ觀レハ主人龍間ヲシテ將來取引ヲ爲サシムヘシト云フニ歸スヘク然ルニ其後段ニ於テハ被告實自ラ印半纏ノ注文ヲ爲シタリト敍出セシヲ以テ觀レハ其間ニ何等連鎖ノ存スルナク從ト半造ハ前段ノ事實ニ依リ投票ヲ承諾シタルカ後段ノ事由ニ依リ之レヲ承諾シタルカ明白ナラス若シ夫レ後段ノ事由ニ依リ承諾シタルモノトセンカ原判決ハ實カ半造ニ對シ後段ノ事由ヲ條件トシ投票ヲ爲スヘク申込ミタルノ事實ヲ明示セス故ニ原判決ハ結局理由不備ノ不法アリト云フニ在レトモ◎被告實カ被告半造ノ呉服類ノ取引ヲ爲スヘキ旨申入レタルハ勿論被告龍間ニ於テ木レカ取引ヲ爲スヘキ趣旨ニ外ナラスシテ被告實カ印半纏百二十枚ヲ半造ニ注文シタルハ龍間ノ注文トシテ申入レノ事項ヲ現實ニシタルニ外ナラサルコトハ判文ヲ通讀セハ自ラ明白ナリ然ラハ原判決ノ認定事實ハ前後脈絡貫通シ毫モ其間牴觸ノ迹ナク又理由不備ノ瑕瑾アルコトナシ
第五點衆議院議員選擧法第八十七條第一項第一號ニハ選擧ニ關シ直接又ハ間接ニ金錢物品手形其他ノ利益若クハ公私ノ職務ヲ選擧人……ニ供與シ又ハ供與セン事ヲ申込ミタル者又ハ……供與ヲ受ケ若クハ申込ミヲ承諾シタル者トアリ而シテ該條ニ所謂利益トハ財産的利益ヲ指示シタルモノナルコトハ上文ニ「金錢物品手形」ト例示シ次ニ「其他ノ利益」ト規定セラレタルノミナラス其下文ニ「若ハ公私ノ職務」ト掲ケ以テ其上文ト區別セラレタルニ依リ知了セラルヘシ故ニ將來商取引ヲ爲スヘシトノ申込ハ是ヲ以テ直ニ該條ニ所謂利益ノ供與ト云フヘカラサルハ勿論又利益ヲ供與センコトヲ申込ミタルモノト云フヘカラス蓋シ商取引ナルモノハ概ネ財産的利益ノ伴フモノナリト雖モ時ニ損失ヲ被ル事ナキニシモアラサルノミナラス其伴フ財産的利益ハ取引先ノ與フル利益ニアラスシテ其要シタル資本ト勞務トニ對スル報償ナルカ故ニ商取引ナルモノハ必然財産的利益ヲ意味スルモノト云フ能ハサルヲ以テナリ蓋シ商取引ナルモノハ一方ニ財産的利益ヲ與フルモノトセハ他ノ一方ニ於テハ失フ所ナカルヘカラス然ルニ商取引ニ於テ斯ル現象ノ生セサルハ誠ニ明白ナルニアラスヤ故ニ原判決カ商取引ヲ爲スヘク申込ミ若ハ商取引ヲ爲シタリトノ事實ヲ認メ直ニ該條ニ問擬シタルハ法律ノ適用ヲ誤リタル不法アリ若シ夫レ原判決カ認定シタル被告間ノ商取引トハ即チ被告ノ一方ヨリ他ノ一方ニ現ニ財産的利益ヲ供與シタルモノ又將來商取引ヲ爲スヘシトノ事ハ即チ財産的利益ヲ之ニ供與スヘシトノ事實關係ヲ包含スルモノナリトセンカ原判決ハ其然ル所以ノ事實ヲ明示セサルヘカラサルニ其事ナシ故ニ原判決ハ此點ヨリ觀レハ理由不備ノ不法アリト云フニ在レトモ◎商取引ハ營利ヲ目的トスルヲ其同性ト爲ス間々其目的カ現實ニセラレサルコトナキニ非スト雖モ之カ爲メ商取引ノ營利的行爲ナル觀念ヲ妨クヘキモノニ非サルノミナラス商人カ其營業ノ範圍内ニ於テ取引ノ申入ヲ受クル其欲求ヲ滿足セシムル(判旨第五點)
所以ニシテ顧客ハ商人ヨリ見テ一種ノ利源タルヲ失ハス之ヲ目シテ財産的利益ト稱スル毫モ不可ナルコトナシ然レハ之ヲ香餌トシテ投票ヲ左右セントスル如キハ正ニ衆議院議員選擧法禁止ノ趣旨ニ適合シ處罰ヲ免レ得ヘキモノニ非ス即チ原院カ被告等ニ於テ呉服商タル被告重平半造等ニ對シ呉服類取引ヲ爲スヘキ旨申入レ之ヲ誘ヒ龍間ノ利益ノ爲メ投票セシメタル所爲ヲ同法第八十七條第一項第一號ノ所謂利益ヲ供與シタルモノトアルニ該當スルモノトシ刑ノ言渡ヲ爲シタルハ相當ニシテ毫モ法律ノ適用ヲ誤リタルモノト謂フヲ得サルノミナラス商取引ノ申入ハ財産的利益ノ供與ニ外ナラサルコト判示ノ如クナルヲ以テ原院カ特ニ其然ル所以ヲ明示セサレハトテ原判決ヲ理由不備ノ違法アルモノト爲スヲ得ス
第六點衆議院議員選擧法第八十七條第一項ニ所謂利益中ニハ當然商取引ヲ包含スヘキモノト假定スルモ其供與セント申込ミタル利益ハ自己ノ處分シ得ヘキモノナラサルヘカラサルヤ論ナシ故ニ龍間以外ノ被告カ龍間ト商取引ヲ爲サシムヘク申込ミタルハ即チ自己ノ處分ヲ得ヘカラサル利益ヲ供與セント申込ミタルニ外ナラサルヲ以テ該條ノ罪ヲ構成スヘキ謂ハレナシ原判決ハ此點ニ於テ不法アリト云フニ在レトモ◎被告留五郎淺吉源介等ハ被告龍間ト通謀シ被告重平ニ呉服取引ヲ爲スヘキ旨ヲ申入レ被告實ハ龍間ノ旨ヲ受ケテ被告半造ニ對シ呉服取引ノ申入レ及ヒ注文ヲ爲シタル事實ナルコト原判文上自ラ明カニシテ即チ重平半造ニ對スル利益ノ供與ハ之レヲ處分シ得ヘキ被告龍間ノ意見ニ基クモノニ外ナラサルヲ以テ龍間以外ノ被告ト雖モ其所爲ハ不可能事ヲ目的トスルモノト云フヲ得ス從テ其行爲ノ犯罪性ヲ阻却スルコトナキハ勿論ナルヲ以テ本論旨ハ亦理由ナシ
第七點現今檢事又ハ司法警察官ニ於テ非現行犯ノ場合ニ於テ被告タルヘキ者又ハ關係人ニ對シ訊問ヲ爲シ其得タル答ノミヲ録取シ之レニ聽取書ナル名稱ヲ附シ之レヲ一件記録ニ綴込ミ裁判所亦之レヲ有效視シ證據ニ供スト雖モ是レ憲法及法律ニ違反シタル無效ノ書面ナリト云フヘシ之レヲ有效視スル者ハ是レ當該官カ訊問ヲ爲シタルニアラスシテ被告タルヘキ者又ハ關係人カ當該官ノ面前ニ來リ任意ニ事實ヲ供述シタルモノナレハ當該官タル者之レヲ録取シ證據ニ供スルモ固ヨリ不可アル事ナシト云フモ苟モ白痴瘋癲ニアラサルヨリハ沈默セル當該官ノ面前ニ來リ自己又キ他人ニ關スル事實ヲ供述スヘキ謂レナキハ人間界ニ於テ實ニ顯著ナル状態ナルノミナラス假リニ斯カル事アリトスルモ當該官ニ於テ何等之レニ訊問スル所ナクシテ彼等カ其事案ニ適切ナル事項ヲ供述スルハ到底不可能ノ事ニ屬ス故ニ一般ノ状態ニ照ラシ聽取書ナルモノハ當該官ノ訊問ノ結果成立シタルモノト看做スヘキ事言フ竣タス今原判決カ證據ニ引用シタル被告淺吉源介重平半造實龍間ノ各聽取書ヲ閲スルニ檢事ヨリ一定ノ事實ヲ擧ケテ訊問シタルモノナルコトハ其供述事項カ畧同一ナルニ徴シ將タ甲ノ認メタル事實ヲ乙ニ於テ否認シ乙ノ認メタル事實ヲ丙ニ於テ爭フ等其所陳牽連セラルルニ徴シ知了セリルヘシ故ニ該聽取書ハ不法訊問ニ依リ成立シタルモノニシテ固ヨリ斷罪ノ資料ニ供シ得ヘキモノニアラス或ハ檢事又ハ司法警察官ハ強テ訊問ヲ爲スヲ得スト雖モ被問者之ヲ拒マサルニ於テハ之レヲ爲スモ違法ニアラスト云フ者アリト雖モ訊問ナルモノハ常ニ任意供述ノ場合ニ於テ行ハルルモノニシテ豫審判事ト雖モ供述ヲ拒ム者ニ對シテ之レヲ爲シ得ヘキモノニアラス若シ之レヲ爲シ得ヘシトセハ是レ訊問ニアラスシテ強問ナリ固ヨリ法ノ許容スヘキ所ニアラス被問者任意ニ供述スル場合ト雖モ檢事若シ訊問シ得ヘシトセハ豫審判事ト何ノ擇フ所ソ而シテ豫審判事ノ訊問ヲ爲スニ當リテハ必ス書記ノ立會ヲ要シ訊問ノ結果ハ必ス之レヲ讀聞クルヲ要シ調書ニハ判事書記被問者ト共ニ署名捺印ヲ爲スヲ要シ毎葉ニ必ス契印ヲ爲スヲ要シ插入削除亦必ス法ニ遵ヒ手續ヲ爲スヲ要シ一茲ニ缺クル所アレハ其調書ハ無效ト爲ルヘキニ檢事ノ調書ハ茲ニ一ナシト雖モ之ヲ有效視セラル而シテ調導聽取書共ニ同一ノ效力アリトスレハ檢事ハ豫審判事ヨリ幾段優越ノ權利ヲ有スルモノト云フヘシ是レ豈法ノ精神ナランヤ故ニ所謂聽取書ヲ採テ以テ證據ト爲スハ全ク法ノ精神ヲ誤解セルモノト云フヘシ從テ原判決カ前記ノ聽取書ヲ證據ト爲シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎判事ハ犯罪搜査ノ職權ヲ有スル官吏ナルヲ以テ非現行犯ノ場合ト雖モ搜査上必要ナリト思料スルトキハ關係人ノ陳述ヲ聽キ之ヲ録取スルハ其自由ニシテ法律ハ毫モ之ヲ禁止セス唯タ其陳述ヲ聽マニ當リ豫審判事又ハ公判判事ノ如ク刑事訴訟法ニ認メラレタルカ如キ權力ヲ應用スルヲ得サルノミ例ヘハ訊問ノ爲メニスル召喚ニ應セサルカ如キ關係人ニ對シテ之カ出廷ヲ強要スルヲ得ルカ如キハ唯リ訊問ノ權力ヲ付與セラレタル者ニ限ル檢事ハ非現行犯ノ場合ニ於テ斯カル權力ヲ行使スルヲ得サルハ勿論ナレトモ苟クモ其作成シタル聽取書ニシテ如上ノ事跡ヲ窺知スルニ足ルモノナキ以上ハ任意ノ陳述ヲ録取シタルモノトシテ之ヲ裁判上證據資料ニ供スルハ毫モ妨ケアルコトナシ檢事カ關係人ノ陳述ヲ聽取スル場合ニ於テ陳述ノ不明ヲ釋明センカ爲メ若クハ陳述ノ事實ニ關係アル事實ヲ補充シ之ヲ明瞭ナラシメンカ爲メ問ヲ發スルコトアリハ固ヨリ之アラン然レトモ此發問ヲ以テ直チニ訊問權アル當該官吏ノ訊問ト同視シ不法視スルカ如キ本論旨ハ當ラス斯クノ如クナランカ檢事ハ犯罪ヲ覺知スルモ其事實ヲ闡明シテ起訴ノ準備ヲ爲スニ由ナカルヘク檢事ニ與フルニ犯罪搜査ノ職權ヲ以テセル我刑事訴訟法ノ趣旨ハ遂ニ之ヲ貫徹スルヲ得サルニ至ルヘシ然ラハ本件ニ於テ原院カ被告淺吉源介重平半造實龍間等ニ對スル檢事ノ聽取書ヲ有效トシテ之ヲ同被告等ニ對スル犯罪認定ノ證據ニ供シタル公判決ハ毫モ不法ニ非サルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
各被告辯護人梅里大兄上告趣意書一原判決ハ擬律錯誤ナリ原判決理由中第一ノ事實認定ニ依レハ被告留五郎ハ被告源介ト相謀リ被告淺吉ヲ介シ被告重平ヘ被告龍間ヲ淺吉ニ選擧スルニ於テハ爾後重平ノ營業ナル呉服ノ取引スヘキ旨申込ミ被告龍間ハ申入ノ事實ヲ知リテ呉服類ヲ買求シタルヨリ重平ハ龍間ヲ投票シタリト云フニ在リ然レトモ市制第四十條第一項ノ衆議院議員選擧法第八十七條ノ規定タルヤ金錢物品其他不正ノ利益ヲ香餌トシ投票ヲ獲得スルヲ禁スル趣旨換言セハ投票賣買ヲ禁制スル法意ナリト思考ス然レハ彼ノ選擧運動ニ付必要ナル飮食物ノ供與又ハ運動ニ必要ナル正當ノ旅費支拂ヲ爲ス如キハ敢テ不正ノ利益ヲ與フルモノニアラサレハ同法條ヲ適用スヘカラス然ルニ本件ニ於テ被告龍間カ買入レタル呉服類ハ妹ノ婚姻ニ必要ナル時服ナリ而シテ被告重平ハ平常正禮ニテ賣買シ來リタル慣習ナルモ龍間ノ爲メ殊更正札ヨリ五分引ニテ賣買シタリト云フニ在リ果シテ然ラハ相當以下ノ代金ニテ商取引ヲ爲シ何等特別ナル利益ヲ受ケタルコトナシ然ルニ原審ニ於テ同條第一號ノ犯罪ナリトシタルハ擬律ノ錯誤ナリト云ヒ」三原判決理由中第二ノ事實ニ付テモ被告實カ印半纏百二十枚ヲ被告半造方ヘ注文シタルハ其價格他所ト比較シ低廉ナリシニ依リタルモノナレハ上告第一點ハ等シク同條第一號ヲ適用スルハ擬律錯誤ナリト云フニ在レトモ◎被告龍間カ被告重平ヨリ買入レ又被告實カ半造ニ註文シタル呉服類カ相當代價以下ニテ取引セラレタル事實ハ原判決ノ認メサル所ナリ假リニ相當價額以下ノ廉價ナルカ尚進ンテ重平ハ之ニヨリ毫モ利益セサリシ事實アリトスルモ斯ノ如キハ右取引ヲ衆議院議員選擧法第八十七條第一項第一號ノ利益ト目スルニ妨ケト爲ルヘキモノニアラサルコト前既ニ説示セルカ如クナルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
以上説示ノ如クニシテ本件上告ハ其理由ナキヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事鈴木宗言干與大正三年十二月五日大審院第三刑事部
◎判決要旨
- 一 商人が営業の範囲内に於て取引の申入を受くるは其欲求を満足せしむる所以にして顧客は一種の利源たるを失はざれば之を目して財産的利益と称するも不当に非ず(判旨第五点)
- 一 議員候補者と通謀し呉服商たる選挙人に呉服類の取引を為すべき旨申入れ之を誘ひて該候補者の利益の為め投票せしめたる所為は衆議院議員選挙法第八十七条第一項第一号の所謂利益を供与したるものに該当す(同上)
(参照)選挙の前後を問はず左の各号に該当する所為ある者は一月以上一年以下の軽禁錮に処し又は十円以上百円以上の罰金に処す」一、選挙に関し直接又は間接に金銭、物品、手形其の他の利益若く公私の職務を選挙人又は選挙運動者に供与し又は供与せむことを7込みたる者又は供与若は申込を承諾せむことを周旋勧誘したる者並供与を受け若は申込を承諾したる者(衆議院選挙法第八$十七条第一項第一号)
被告人 青木竜間 外六名
弁護人 中島松次郎 梅里大兄
右市会議員選挙罰則違犯被告事件に付、大正三年五月八日東京控訴院に於て言渡したる判決に対し各被告は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
各被告弁護人中島松次郎同梅里大兄上告趣意書第一点原判決は事実理由第一の前段に於て被告留五郎は源介と相謀り被告浅吉を被告重平方に遣し同人に対し被告竜間を投票するに於ては竜間に於て爾後年に四五百円の呉服類の取引を為すべしと申込みたりと認定し次きに「被告竜間は後日右申入れの事実を知りたるより同年(大正二年)三月三日特に被告重平方に到り約二百五十円に相当する呉服類を買求め……」と判示せられたるに依り原判決の趣旨は竜間は留五郎源介が浅吉を介して重平に対し竜間を投票するに於ては竜間に於て年に四五百円の呉服類の取引を為すべしとの申込みを為したる事実を稔知し自身重平方に到り呉服類を買求めたりと云ふに在るや明けし。
然れども竜間が右事実を知悉せりとの事は如何なる証拠に依りて認めたるか判文上明白ならず勿論原判決は其証拠理由に於て「被告浅吉に対する検事の聴取書に「……三月四日……翌日……其後三四日を経で源介方に於て竜間に面会したるに同人は此間は御心配を掛け難有し父は福田屋より買物を為し居り自分の自由と為らざるも自分も年に四五百円のものを買ふに付き重平に於て自分に投票せば物品を買ふに依り宜しく頼むと申したり。
……との供述録取しある旨」掲けられたれども該供述は竜間が前記事実を知悉したる上重平方より買物を為したりとの事実を観るに足らざるのみならず仮に否らずとするも該供述の事実は三月八九日頃の出来事にして竜間が買物を為したるは三月三日なること原判決の断定する所なれば固より之を以て彼れを証するを得ず。
故に原判決は理由不備の不法ありと云ふに在れども◎原院は被告重平に対する検事の第一回聴取書に依り被告竜間が自身重平方に赴き呉服類を買求めたる日時を大正二年三月三日と認めたるものなること判文上明白にして此証拠と他判文列記の証拠とを綜合するときは所論被告竜間は被告留五郎に於て呉服類取引を為すべき旨被告重平に申入れたる事を知悉したる事実は優に之を認むるを得るを以て本論旨は理由なし。
第二点原判決は事実理由第一の後段に於て「同月五日更に被告浅吉及源介両名を被告重平方に遣はし前同様竜間に投票せらるるに於ては呉服類の取引を為すべき旨申入れしめ被告重平は右申入を諾し」と判示せられたれども其之を認めたる証拠を明示せず思ふに原判決は其証拠理由中に「被告浅吉に対する検事の聴取書に……三月四日下市に於て市会議員公認候補者の予選会ありたる翌日源介より電話にて竜間より二川重平は或は自分に投票せざるやも知れざるに依り是非同行の上重平に対し竜間に投要する意思を翻へさぬ様したしと申来りたるを以て同行し呉れと申したるにより源介と同行重平方に到り源介は重平に対し予で根本を以て話したる通り貴方に於て竜間に投票せらるるときは同人をして今後商品を買はせる事にするを以て是非投票し呉れ度き旨話したるに二川は之を承諾したり。
……」との趣旨の供述並に「被告源介に対する検事の聴取書に……大正二年三月中下市に公認候補者の予選会ありと翌日頃竜間より下市の方よりくつれそうなる故浅吉と同行重平に頼み呉れと云はれ浅吉と共に重平方に到り今後青木に於て取引させる様にする故是非投票し呉れと頼みたり取引云云の事は竜間より云はれざるも事務員に於て云ひ居るものなるを以て無論竜間に於ても承知し居ることと思ふ……との趣旨の供述録取しある旨」掲けられたるを以て或は右二供述に依り上叙の事実を認めたるものの如し。
然れども右供述は単に竜間が源介に対し浅吉と共に重平方に赴き竜間に投票すべく依頼し呉れと申越したりて云ふに止まり竜間に於て重平が自己に投票するに於ては爾後重平と取引すべきを以て投票し呉るる様依頼すべく申来りしとの事実を観るに足らず。
但右源介の供述中には取引云云の事は無論竜間に於ても承知し居ることと思ふ旨記載しあるも其之を思ふ所以は事務員に於て云ひ居居を以て之を推測し得べしと云ふに帰著し源介一己の判断に過ぎざるを以て之を証拠に供し得べからざるのみならず仮りに然らずとするも箇は竜間が取引云云の事を知得せりと云ふに止まり之れを依り竜間が源介に対し将来の取引を条件とし投票を依頼し呉れと申越したりとの事実を断し得べきものにあらず。
故に原判決は理由不備の不法ありと云ふに在れども◎被告竜間が三月五日更らに被告浅吉及び源介両人を被告重平方に遣し竜間に投票するに於ては呉服類の取引を為すべき旨申入れたる事実は判示被告重平及び源介に対する検事の聴取書の記載並に被告竜間に対する検事の聴取書中同人が三月中重平方にて二百二三十円の買物を為したる供述事実の記載等を引此参酌せば之を推定するに足るを以て是等の証拠を綜合して判文事実を認定したる原判決は毫も所論の如き不法なし。
第三点原判決は証拠理由に於て「被告留五郎に対する雌事の聴取書に……自分も同人(浅吉を云ふ)に対し若し二川が他に投票せず竜間に投票せば以前の如く竜間方に於て呉服類を買ふ様にするやも知れずと申したるに根本は二川に交渉する事となりたりとの趣旨の供述録取したる旨」判示せられたれども該聴取書には留五郎が浅吉に対し竜間に投票せば以前の如く竜間方に於て呉服類を買ふ様になるやも知れずと申したる様記載しあるも「書ふ様にするやも知れず」と申したるの記載ある事なし。
而して「買ふ様になるやも知れず」と「買ふ様にするやも知れず」とは其意義截然区別あるを以て結局原判決は虚無の証拠を罪証に供したるの不法ありと云ふに在れども◎所論留五郎に対する準事聴取書の記載は判示引用の部分と趣旨に於て毫も異なる所なきを以て本論旨も亦理由なし。
第四点原判決は事実理由第二に於て「被告実は……半造に対し……被告竜間に投票せられ度左すれば主人竜間方は多数の呉服類入用なるを以て将来取引を為すべしと申入れたる後同年三月 旬印半纏百二十枚を半造に注文し被告半造は右申入れを諾し……被告竜間に投票したり。」と判示せられたり。
然れども右前段判示の旨趣は其上文に「主人竜間方は多数の呉服類入用なるを以て」との語辞あるを以て観れば主人竜間をして将来取引を為さしむべしと云ふに帰すべく然るに其後段に於ては被告実自ら印半纏の注文を為したりと叙出せしを以て観れば其間に何等連鎖の存するなく従と半造は前段の事実に依り投票を承諾したるか後段の事由に依り之れを承諾したるか明白ならず。
若し夫れ後段の事由に依り承諾したるものとせんか原判決は実が半造に対し後段の事由を条件とし投票を為すべく申込みたるの事実を明示せず。
故に原判決は結局理由不備の不法ありと云ふに在れども◎被告実が被告半造の呉服類の取引を為すべき旨申入れたるは勿論被告竜間に於て木れか取引を為すべき趣旨に外ならずして被告実が印半纏百二十枚を半造に注文したるは竜間の注文として申入れの事項を現実にしたるに外ならざることは判文を通読せば自ら明白なり。
然らば原判決の認定事実は前後脈絡貫通し毫も其間牴触の迹なく又理由不備の瑕瑾あることなし
第五点衆議院議員選挙法第八十七条第一項第一号には選挙に関し直接又は間接に金銭物品手形其他の利益若くは公私の職務を選挙人……に供与し又は供与せん事を申込みたる者又は……供与を受け若くは申込みを承諾したる者とあり。
而して該条に所謂利益とは財産的利益を指示したるものなることは上文に「金銭物品手形」と例示し次に「其他の利益」と規定せられたるのみならず其下文に「若は公私の職務」と掲げ以て其上文と区別せられたるに依り知了せらるべし。
故に将来商取引を為すべしとの申込は是を以て直に該条に所謂利益の供与と云ふべからざるは勿論又利益を供与せんことを申込みたるものと云ふべからず。
蓋し商取引なるものは概ね財産的利益の伴ふものなりと雖も時に損失を被る事なきにしもあらざるのみならず其伴ふ財産的利益は取引先の与ふる利益にあらずして其要したる資本と労務とに対する報償なるが故に商取引なるものは必然財産的利益を意味するものと云ふ能はざるを以てなり。
蓋し商取引なるものは一方に財産的利益を与ふるものとせば他の一方に於ては失ふ所なかるべからず。
然るに商取引に於て斯る現象の生ぜざるは誠に明白なるにあらずや故に原判決が商取引を為すべく申込み若は商取引を為したりとの事実を認め直に該条に問擬したるは法律の適用を誤りたる不法あり。
若し夫れ原判決が認定したる被告間の商取引とは。
即ち被告の一方より他の一方に現に財産的利益を供与したるもの又将来商取引を為すべしとの事は。
即ち財産的利益を之に供与すべしとの事実関係を包含するものなりとせんか原判決は其然る所以の事実を明示せざるべからざるに其事なし。
故に原判決は此点より観れば理由不備の不法ありと云ふに在れども◎商取引は営利を目的とするを其同性と為す間間其目的が現実にせられざることなきに非ずと雖も之が為め商取引の営利的行為なる観念を妨ぐへきものに非ざるのみならず商人が其営業の範囲内に於て取引の申入を受くる其欲求を満足せしむる(判旨第五点)
所以にして顧客は商人より見で一種の利源たるを失はず之を目して財産的利益と称する毫も不可なることなし。
然れば之を香餌として投票を左右せんとする如きは正に衆議院議員選挙法禁止の趣旨に適合し処罰を免れ得べきものに非ず。
即ち原院が被告等に於て呉服商たる被告重平半造等に対し呉服類取引を為すべき旨申入れ之を誘ひ竜間の利益の為め投票せしめたる所為を同法第八十七条第一項第一号の所謂利益を供与したるものとあるに該当するものとし刑の言渡を為したるは相当にして毫も法律の適用を誤りたるものと謂ふを得ざるのみならず商取引の申入は財産的利益の供与に外ならざること判示の如くなるを以て原院が特に其然る所以を明示せざればとて原判決を理由不備の違法あるものと為すを得ず。
第六点衆議院議員選挙法第八十七条第一項に所謂利益中には当然商取引を包含すべきものと仮定するも其供与せんと申込みたる利益は自己の処分し得べきものならざるべからざるや論なし。
故に竜間以外の被告が竜間と商取引を為さしむべく申込みたるは。
即ち自己の処分を得べからざる利益を供与せんと申込みたるに外ならざるを以て該条の罪を構成すべき謂はれなし原判決は此点に於て不法ありと云ふに在れども◎被告留五郎浅吉源介等は被告竜間と通謀し被告重平に呉服取引を為すべき旨を申入れ被告実は竜間の旨を受けて被告半造に対し呉服取引の申入れ及び注文を為したる事実なること原判文上自ら明かにして、即ち重平半造に対する利益の供与は之れを処分し得べき被告竜間の意見に基くものに外ならざるを以て竜間以外の被告と雖も其所為は不可能事を目的とするものと云ふを得ず。
従て其行為の犯罪性を阻却することなきは勿論なるを以て本論旨は亦理由なし。
第七点現今検事又は司法警察官に於て非現行犯の場合に於て被告たるべき者又は関係人に対し訊問を為し其得たる答のみを録取し之れに聴取書なる名称を附し之れを一件記録に綴込み裁判所亦之れを有効視し証拠に供すと雖も是れ憲法及法律に違反したる無効の書面なりと云ふべし。
之れを有効視する者は是れ当該官が訊問を為したるにあらずして被告たるべき者又は関係人が当該官の面前に来り任意に事実を供述したるものなれば当該官たる者之れを録取し証拠に供するも固より不可ある事なしと云ふも苟も白痴瘋癲にあらざるよりは沈黙せる当該官の面前に来り自己又き他人に関する事実を供述すべき謂れなきは人間界に於て実に顕著なる状態なるのみならず仮りに斯かる事ありとするも当該官に於て何等之れに訊問する所なくして彼等が其事案に適切なる事項を供述するは到底不可能の事に属す。
故に一般の状態に照らし聴取書なるものは当該官の訊問の結果成立したるものと看做すべき事言ふ竣たず。
今原判決が証拠に引用したる被告浅吉源介重平半造実竜間の各聴取書を閲するに検事より一定の事実を挙けて訊問したるものなることは其供述事項が略同一なるに徴し将た甲の認めたる事実を乙に於て否認し乙の認めたる事実を丙に於て争ふ等其所陳牽連せらるるに徴し知了せりるべし。
故に該聴取書は不法訊問に依り成立したるものにして固より断罪の資料に供し得べきものにあらず。
或は検事又は司法警察官は強で訊問を為すを得ずと雖も被問者之を拒まざるに於ては之れを為すも違法にあらずと云ふ者ありと雖も訊問なるものは常に任意供述の場合に於て行はるるものにして予審判事と雖も供述を拒む者に対して之れを為し得べきものにあらず。
若し之れを為し得べしとせば是れ訊問にあらずして強問なり。
固より法の許容すべき所にあらず。
被問者任意に供述する場合と雖も検事若し訊問し得べしとせば予審判事と何の択ふ所そ。
而して予審判事の訊問を為すに当りては必す書記の立会を要し訊問の結果は必す之れを読聞くるを要し調書には判事書記被問者と共に署名捺印を為すを要し毎葉に必す契印を為すを要し挿入削除亦必す法に遵ひ手続を為すを要し一茲に欠くる所あれば其調書は無効と為るべきに検事の調書は茲に一なしと雖も之を有効視せらる。
而して調導聴取書共に同一の効力ありとすれば検事は予審判事より幾段優越の権利を有するものと云ふべし。
是れ豈法の精神ならんや故に所謂聴取書を採で以て証拠と為すは全く法の精神を誤解せるものと云ふべし。
従て原判決が前記の聴取書を証拠と為したるは不法なりと云ふに在れども◎判事は犯罪捜査の職権を有する官吏なるを以て非現行犯の場合と雖も捜査上必要なりと思料するときは関係人の陳述を聴き之を録取するは其自由にして法律は毫も之を禁止せず唯た其陳述を聴まに当り予審判事又は公判判事の如く刑事訴訟法に認められたるが如き権力を応用するを得ざるのみ例へば訊問の為めにする召喚に応せざるが如き関係人に対して之が出廷を強要するを得るが如きは唯り訊問の権力を付与せられたる者に限る。
検事は非現行犯の場合に於て斯かる権力を行使するを得ざるは勿論なれども苟くも其作成したる聴取書にして如上の事跡を窺知するに足るものなき以上は任意の陳述を録取したるものとして之を裁判上証拠資料に供するは毫も妨げあることなし検事が関係人の陳述を聴取する場合に於て陳述の不明を釈明せんか為め若くは陳述の事実に関係ある事実を補充し之を明瞭ならしめんか為め問を発することありは固より之あらん。
然れども此発問を以て直ちに訊問権ある当該官吏の訊問と同視し不法視するが如き本論旨は当らず斯くの如くならんか検事は犯罪を覚知するも其事実を闡明して起訴の準備を為すに由なかるべく検事に与ふるに犯罪捜査の職権を以てせる我刑事訴訟法の趣旨は遂に之を貫徹するを得ざるに至るべし。
然らば本件に於て原院が被告浅吉源介重平半造実竜間等に対する検事の聴取書を有効として之を同被告等に対する犯罪認定の証拠に供したる公判決は毫も不法に非ざるを以て本論旨は理由なし。
各被告弁護人梅里大兄上告趣意書一原判決は擬律錯誤なり。
原判決理由中第一の事実認定に依れば被告留五郎は被告源介と相謀り被告浅吉を介し被告重平へ被告竜間を浅吉に選挙するに於ては爾後重平の営業なる呉服の取引すべき旨申込み被告竜間は申入の事実を知りて呉服類を買求したるより重平は竜間を投票したりと云ふに在り。
然れども市制第四十条第一項の衆議院議員選挙法第八十七条の規定たるや金銭物品其他不正の利益を香餌とし投票を獲得するを禁ずる趣旨換言せば投票売買を禁制する法意なりと思考す。
然れば彼の選挙運動に付、必要なる飲食物の供与又は運動に必要なる正当の旅費支払を為す如きは敢て不正の利益を与ふるものにあらざれば同法条を適用すべからず。
然るに本件に於て被告竜間が買入れたる呉服類は妹の婚姻に必要なる時服なり。
而して被告重平は平常正礼にて売買し来りたる慣習なるも竜間の為め殊更正札より五分引にて売買したりと云ふに在り果して然らば相当以下の代金にて商取引を為し何等特別なる利益を受けたることなし然るに原審に於て同条第一号の犯罪なりとしたるは擬律の錯誤なりと云ひ」三原判決理由中第二の事実に付ても被告実が印半纏百二十枚を被告半造方へ注文したるは其価格他所と比較し低廉なりしに依りたるものなれば上告第一点は等しく同条第一号を適用するは擬律錯誤なりと云ふに在れども◎被告竜間が被告重平より買入れ又被告実が半造に註文したる呉服類が相当代価以下にて取引せられたる事実は原判決の認めざる所なり。
仮りに相当価額以下の廉価なるか尚進んで重平は之により毫も利益せざりし事実ありとするも斯の如きは右取引を衆議院議員選挙法第八十七条第一項第一号の利益と目するに妨げと為るべきものにあらざること前既に説示せるが如くなるを以て本論旨は理由なし。
以上説示の如くにして本件上告は其理由なきを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事鈴木宗言干与大正三年十二月五日大審院第三刑事部