◎判決要旨
- 一 他人ノ財物ヲ占有スル者カ事務管理トシテ所有者ノ爲メニ之ヲ支出シ費消シタリトスルモ横領罪ハ成立スルコトナシ(判旨第一點)
- 一 判文上「擅ニ他ノ用途ニ費消シ」トアルノミニテハ其費消カ本人ノ同意ヲ得サルモノナルコトハ明ナルモ本人ノ爲メナリヤ將タ自己又ハ第三者ノ爲メナリヤ明ナラサルヲ以テ横領罪ノ認定ニ付キ理由不備ノ違法アルモノトス(同上)
公訴私訴上告人 藤田彌太郎
私訴被上告人 吉田廣太郎 外八十七名
右業務横領、横領被告事件竝ニ之ニ附帶スル私訴事件ニ付大正三年五月四日長崎控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
原審公訴判決全部竝ニ私訴判決中民事被告人(上告人)ニ敗訴ヲ言渡シタル部分ハ共ニ之ヲ破毀シ
事件ヲ廣島控訴院ニ移ス
辯護人八坂雅亮公訴上告趣意書第二點原判決ハ「第二明治四十二年中和多田區民ニ於テ……其都度其内百二十三圓六十錢ヲ肩書居村ニ於テ意思繼續シテ擅ニ他ノ用途ニ費消シ之ヲ横領シ」ト判示シタリ
右判示事實ニ依レハ原院カ被告カ自己ノ用途ニ費消シタルニアラスシテ他ノ用途ニ支出シタリ所爲ヲ横領罪ト認メタルコト明瞭ナリ然レトモ横領罪ハ目的物ノ所有者ヲシテ其經濟的ノ利益ヲ喪失セシメ因テ以テ其經濟的利益ヲ自己ニ收得スル行爲即チ不正領得ノ意思實行アルニ依テ成立スルモノニシテ本件ノ如ク和多田區民ニ於テ貯金組合ヲ組織シ區ノ爲メニ貯金シタルモノヲ區有地ノ利益増進ノ爲メニ支出シタリ場合(記録第三一丁借用證書被告肩書同第三二丁證寫被告肩書同第三三丁元帳寫欄外記載事項、原院ニ於ケル被告ノ供述、同第一三五五、第一三五六丁「答私ハ右貯金組合長トシテ貯金ヲ保管スルコトニナリ各字總代ヨリ金二百四十三圓六十錢ヲ受取リ其内約百二十三圓六十錢ハ表面私ノ事業ナルモ内實ハ和多田區ノ事業タル組橋石垣工事費ニ使ヒタリ問其工事ハ被告一人ノ爲メノ事業ニアラスヤ答否其場所ハ水利上非常ニ重要ナルヨリ豫チ縣廳ニ於テモ工事ヲナスヘシトノ注意ヲ受ケ居リシニ付キ區ノ總代等トモ相談シテ工事ニ著手シタルナリ決シテ私ノ利益ノ爲メニアラス全ク區ノ利益ノ爲メヲ計リタルナリ」又坂本健治ニ對スル受命判事訊問調書記録第九五七丁以下第九問答「問松浦川沿岸ノ字組橋ノ埋築工事ニ關スル石垣工事ハ何人ノ事業ナリシヤ答和多田區ノ工事テアリマス併シ表面ハ藤田彌太郎個人名義フ埋築出願ヲ爲シタリテアリマス」(參照)ニ於テハ不正領得ノ願思ヲ確定スル能ハサルヲ以テ犯罪アリト斷スルコトヲ得サルモノナリ而已ナラス「他ノ用途ニ費消シ」トアル文詞ハ頗ハ明瞭ヲ缺キ犯罪行爲ヲ認ムルニ付キ的確ニ事實ヲ判定セサルヲ以テ理由不備ノ裁判タルヲ免レス(御院判例明治四十四年(れ)第一八六七號參照)ト云ヒ」辯護人齋藤林平同塚崎直義公私訴上告趣意書第四點原判決ハ被告ノ第二犯罪事實ノ理由ニ於テ被告カ和多田區民ノ貯金合計約二百四十三圓六十錢ノ内百二十三圓六十錢ヲ居村ニ於テ擅ニ他ノ用途ニ費消シ之ヲ横領セリト判示シ刑法第二百五十二條ニ問擬セルモ他ノ用途ニ費消セルトハ如何ナル用途ニ使用セルコトナルヤ抑モ横領罪ハ物ノ所有者ヲシテ其經濟的利益ヲ喪失セシメ因テ以テ之ヲ自己ニ收得スル行爲即チ不正領得ノ意思實行アルニ因リテ成立スルモノナルヲ以テ被告ニ於テ右金額ヲ和多田區民ノ爲メニ使用シタルニ於テハ之ヲ他人ノ事務ノ管理ヲ爲セルマテニシテ犯罪ヲ構成セスサレハ用途ノ如何ヲ示スニアラサレハ擬律ノ當否ヲ斷スルヲ得ス果シテ然ラハ原判決ハ理由不備ノ失當アリト云ヒ」辯護人高木益太郎上告趣意書第二點原判決ハ第二事實理由トシテ「被告ハ明治四十二年中右和多田區民ニ於テ戍申詔敕ノ御趣旨ヲ遵奉シ毎戸月十錢宛ヲ貯金スルコト及其貯金ハ被告ニ於テ保管スルコトニ協定シ各字總代ニ於テ同年五月頃ヨリ明治四十五年三月ニ渉リ毎月多數區民ヨリ取集メタル貯金合計約二百四十三圓六十錢ヲ毎月集金毎ニ保管ノ爲メ各字總代數名ヨリ各別ニ受取リナカラ其都度其内百二十三圓六十錢ヲ肩書居村ニ於テ犯意繼續シテ擅ニ他ノ用途ニ費消シ之ヲ横領シ」ト判示シ右ニ對シテ刑法第二百五十二條第五十五條ヲ適用シタリ然レトモ(一)右ノ如ク區民ノ貯金ヲ各字總代ヨリ各別ニ預リタル金員ヲ横領シタリト云フニ止マリ其ノ所有者ノ何人ナルヤヲ具體的ニ明示セサル(區民中ニハ上告人自身モ包含スルコト勿論上告人ノ親族モ有リ得ヘシ)理由不備ノ違法アルモノナリ(二)單ニ區民ノ貯金合計約二百四十三圓六十錢ヲ毎月集金毎ニ保管ノ爲メ各字總代數名ヨリ各別ニ受取リナカラ其都度其内百二十三圓六十錢ヲ費消シ」ト云フニ過キスシテ是ニ由リテハ右費消シタル金員ハ全區民ノ貯金全部中ノ一部ナリヤ將タ又一部區民ノ貯金ノミニ係ルヤ明ナラス(即チ被害者不明)從ツテ理由不備ノ違法アリ(三)右ノ如ク「區民貯金中百二十六圓六十錢ヲ擅ニ他ノ用途ニ費消シ」ト云フニ止マリ果シテ何人ノ用途ニ費消シタルヤヲ明示セサル(蓋シ第一事實第三事實ニ於テハ共ニ上告人カ保管セル他人ノ金錢ヲ擅ニ自己ノ用途ニ費消セル旨明言スルニ拘ラス特ニ第二事實ニ付キテハ「他ノ用途ニ費消シ」ト云ヘルニ徴スレハ右ノ金員ハ上告業自己ノ用途ニ消費シタルモノト認メタルモノニアラサルカ如シ果シテ右金員ハ上告人ノ用途ニ費消シタルモノニアラスシテ右區民ノ爲メニ使用シタルモノトセンカ其用途カ區民ノ豫メ定メタル所ニ反シ上告人カ擅ニ支出シタリトスルモ横領罪ヲ構成スル謂ナシ)ハ理由不備ノ違法アルモノナリ(御院判決大正三年(れ)第七一二號四四年(れゼ第一八六七號判決理由「而シテ判文中其他不當ニ支出シトアル文詞ハ頗ル明瞭ヲ缺キ若シ其他不法ナル私ノ用途ニ支出シタリトノ意義ナラシメハ縱令被告等自ラ物ノ經濟的價値ヲ利用收得セサルモ他人ノ爲メ之ヲ處分シタルモノナレハ其行爲當然横領罪ニ該當スヘシト雖トモ若シ該文詞ニシテ正當ノ手續ヲ經スシテ擅ニ公金ノ所有者タル村ノ用途ニ支出シタリトノ意義ニ解スヘキモノナレハ縱令規制ノ支出手續ヲ履マサル違法アリトスルモ職務上保管スル公金ヲ以テ公費ニ使用シタルハ所有者ノ物トシテ所有者ノ爲メニ處分シタルモノニシテ被告等ニ自己ニ領得スル意思實行アリト云フ可ラス要スルニ原判決ハ犯罪事實ヲ認ムルニ付キ確的ニ事實ヲ判示セス判示ノ如ク漫然不當ニ支出シト説示シタルハ理由不備ノ違法アルモノニシテ本論旨ハ理由アリ云云參照)以上孰レノ點ヨリ見ルモ原判決ハ破毀ヲ免レサルモノトスト云フニ在リ◎按スルニ横領罪ハ自己ノ占有スル他人ノ財物ヲ不正ニ領得スル意思ヲ實行シ其意思カ外部ニ發現スルニ因リ成立スルモノニシテ其意思ノ發現ハ或ハ返還ノ拒絶ニ依ルコトアルヘク或ハ費消其他ノ處分行爲ニ依ルコトアルヘク從テ自己ノ爲メニ費消シ又ハ第三者ノ利益ヲ圖ルカ爲メニ費消スルトキハ横領罪ノ成立スルコトハ疑ナシト雖モ他人ノ財物ヲ占有スル者カ事務管理トシテ所有者ノ爲ロニ之ヲ支出シ費消シタリトスルモ此場合ニハ横領罪ハ成立スルコトナシ原判決ヲ哉スルニ判示第三犯罪事實ニハ和多田區民ニ於テ戍申詔敕ノ御趣旨ヲ遵守シ毎戸月十錢宛ヲ貯金スルコト及其貯金ハ被告ニ於テ保管スルコトニ協定シ云云多數區民ヨリ取集メタル貯金合計約二百四十三圓六十錢ヲ毎月集金毎ニ保管ノ爲メ各字總代數名ヨリ各別ニ受取リナカラ文云其内百二十三圓六十錢ヲ云云犯意繼續シテ擅ニ他ノ用途ニ費消シ之ヲ横領シテ敍述シアリテ同一判決文中第一及第三犯罪事實ニ擅ニ自己ノ用途ニ費消シ云云トアルモノニ對照シ其文辭ニ同シカラサル點アリテ且之ヲ横領シトアル辭句ハ法律上ノ斷定ヲ説示シタルモノト解スヘク被告ノ行爲トシテハ擅ニ他ノ用途ニ費消シタル事實アルニ過キスシテ擅ニ他ノ用途ニ費消ストハ本人ノ同意ヲ經スシテ費消シタルモノナルコトハ明ナルモ本人ノ爲メニスル費消ニアラスシテ自己又ハ第三者ノ爲メニスル費消ヲ意味スルモノト解シ難ク畢竟意義不明瞭ニシテ果シテ横領罪ノ要素ヲ具備スルヤ否ヤヲ知ルニ由ナク從テ原判決ハ理由富備ノ違法アルモノトス故ニ論旨ハ理由アリ(判旨第一點)
辯護人齋藤林平同塚崎直義公私訴上告趣意書第六點原判決ハ被告ノ第三犯罪事實ノ證據トシテ前田雄之助ニ對スル受命判事ノ訊問調書中ニ唐津銀行ニ於テハ明治四十三年二月二十五日藤田彌太郎外十二名ニ對シ金二千圓ヲ貸付ケ……右ハ耕地整理ニ必要ナル金トシテ借リタルモノナルコトヲ同銀行員澁谷半次郎ヨリ聞キタル旨ノ供述記載アリト説示セルモ同調書(記録一一五六丁一一五七丁)ニハ「明治四十三年二月二十五日藤田彌太郎外十二名ニ對シ二千圓ヲ貸付……右貸金二千圓ハ耕地整理ニ必要ナル金員ナルコトヲ當行員澁谷半次郎ヨリ聞知致シマセヌ」トノ原判決摘示トハ反對ナル供述記載アリ果シテ然ラハ原判決ハ虚無ノ證據ヲ採用セル違法アリト云フニ在リ◎因テ記録ヲ査スルニ前田雄之助ニ對スル受命判事ノ訊問調書ニハ株式會社唐津銀行カ明治四十三年二月二十五日藤田彌太郎外十二名ニ對シ金二千圓ヲ貸渡シタル旨ノ供述ニ次テ右貸金二千圓ハ耕地整理ニ必要ナル金員ナルコトヲ當行員澁谷半次郎ヨリ聞知致シマセヌトアリ原判決ハ之ヲ證據トシテ引用シ其聞知致シマセヌトアル部分ヲ聞知致シマシタト判示シ之ニ基キ判示第三犯罪事實ヲ認定シタルモノナルヲ金俗次縮ノ認ノ證據ヲ罪證ニ供シタルモノニシテ採證ノ法則ニ違背スルモノトス故ニ論旨ハ理由アリ從テ原審公訴判決ハ全部破毀セ免レス既ニ敍上ノ點ニ於テ破毀ノ原因ヲ認ムル以上ハ爾餘ノ論旨ニ對シテハ説明ヲ爲スノ要ナシ
私訴訴訟代理人八坂雅亮私訴上告趣意書第一點原私訴判決ハ原公訴判決ニシテ破毀セラルヘキモノナル以上全部破毀ヲ免レサルモノナリト云ヒ」私訴訴訟代理人齋藤林平同塚崎直義公私訴上告趣意書第十點以上論述スル如ク原公訴判決ハ違法ニシテ破毀スヘキモノナルヲ以テ之ニ基キ且ツ之ト同一ノ事實理由ニ成レル原私訴判決モ亦違法ナルヲ以テ破毀スヘキモノナリト信スト云ヒ」私訴訴訟代理人高木益太郎公私訴上告趣意書第十四點公訴判決ニシテ破毀セラルヘキモノトセハ之ニ基キ下サレタル私訴判決モ亦破毀セラルヘキモノトスト云フニ在リ◎既ニ上ニ説示スルカ如ク原審公訴判決ニ全部破毀ノ原因アリテ原審私訴判決ハ右公訴判決ニ基キ理由ヲ付シ裁判ヲ爲シタルモノナルヲ以テ之ト同シク法則違背ノ瑕疵アリ私訴判決中民事被告人(上告人)ニ敗訴ヲ言渡シタル部分モ亦破毀ヲ免レス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十六條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事鈴木宗言干與大正三年九月八日大審院第二刑事部
◎判決要旨
- 一 他人の財物を占有する者が事務管理として所有者の為めに之を支出し費消したりとするも横領罪は成立することなし(判旨第一点)
- 一 判文上「擅に他の用途に費消し」とあるのみにては其費消が本人の同意を得ざるものなることは明なるも本人の為めなりや将た自己又は第三者の為めなりや明ならざるを以て横領罪の認定に付き理由不備の違法あるものとす。
(同上)
公訴私訴上告人 藤田弥太郎
私訴被上告人 吉田広太郎 外八十七名
右業務横領、横領被告事件並に之に附帯する私訴事件に付、大正三年五月四日長崎控訴院に於て言渡したる判決に対し被告は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
原審公訴判決全部並に私訴判決中民事被告人(上告人)に敗訴を言渡したる部分は共に之を破毀し
事件を広島控訴院に移す
弁護人八坂雅亮公訴上告趣意書第二点原判決は「第二明治四十二年中和多田区民に於て……其都度其内百二十三円六十銭を肩書居村に於て意思継続して擅に他の用途に費消し之を横領し」と判示したり。
右判示事実に依れば原院が被告が自己の用途に費消したるにあらずして他の用途に支出したり。
所為を横領罪と認めたること明瞭なり。
然れども横領罪は目的物の所有者をして其経済的の利益を喪失せしめ因で以て其経済的利益を自己に収得する行為即ち不正領得の意思実行あるに依て成立するものにして本件の如く和多田区民に於て貯金組合を組織し区の為めに貯金したるものを区有地の利益増進の為めに支出したり。
場合(記録第三一丁借用証書被告肩書同第三二丁証写被告肩書同第三三丁元帳写欄外記載事項、原院に於ける被告の供述、同第一三五五、第一三五六丁「答私は右貯金組合長として貯金を保管することになり。
各字総代より金二百四十三円六十銭を受取り其内約百二十三円六十銭は表面私の事業なるも内実は和多田区の事業たる組橋石垣工事費に使ひたり問其工事は被告一人の為めの事業にあらずや答否其場所は水利上非常に重要なるより予ち県庁に於ても工事をなすべしとの注意を受け居りしに付き区の総代等とも相談して工事に著手したるなり。
決して私の利益の為めにあらず。
全く区の利益の為めを計りたるなり。」又坂本健治に対する受命判事訊問調書記録第九五七丁以下第九問答「問松浦川沿岸の字組橋の埋築工事に関する石垣工事は何人の事業なりしや答和多田区の工事てあります併し表面は藤田弥太郎個人名義ふ埋築出願を為したりてあります」(参照)に於ては不正領得の願思を確定する能はざるを以て犯罪ありと断することを得ざるものなり。
而己ならず「他の用途に費消し」とある文詞は頗は明瞭を欠き犯罪行為を認むるに付き的確に事実を判定せざるを以て理由不備の裁判たるを免れず(御院判例明治四十四年(レ)第一八六七号参照)と云ひ」弁護人斎藤林平同塚崎直義公私訴上告趣意書第四点原判決は被告の第二犯罪事実の理由に於て被告が和多田区民の貯金合計約二百四十三円六十銭の内百二十三円六十銭を居村に於て擅に他の用途に費消し之を横領せりと判示し刑法第二百五十二条に問擬せるも他の用途に費消せるとは如何なる用途に使用せることなるや。
抑も横領罪は物の所有者をして其経済的利益を喪失せしめ因で以て之を自己に収得する行為即ち不正領得の意思実行あるに因りて成立するものなるを以て被告に於て右金額を和多田区民の為めに使用したるに於ては之を他人の事務の管理を為せるまでにして犯罪を構成せずされば用途の如何を示すにあらざれば擬律の当否を断するを得ず。
果して然らば原判決は理由不備の失当ありと云ひ」弁護人高木益太郎上告趣意書第二点原判決は第二事実理由として「被告は明治四十二年中右和多田区民に於て戍申詔勅の御趣旨を遵奉し毎戸月十銭宛を貯金すること及其貯金は被告に於て保管することに協定し各字総代に於て同年五月頃より明治四十五年三月に渉り毎月多数区民より取集めたる貯金合計約二百四十三円六十銭を毎月集金毎に保管の為め各字総代数名より各別に受取りながら其都度其内百二十三円六十銭を肩書居村に於て犯意継続して擅に他の用途に費消し之を横領し」と判示し右に対して刑法第二百五十二条第五十五条を適用したり。
然れども(一)右の如く区民の貯金を各字総代より各別に預りたる金員を横領したりと云ふに止まり其の所有者の何人なるやを具体的に明示せざる(区民中には上告人自身も包含すること勿論上告人の親族も有り得べし)理由不備の違法あるものなり。
(二)単に区民の貯金合計約二百四十三円六十銭を毎月集金毎に保管の為め各字総代数名より各別に受取りながら其都度其内百二十三円六十銭を費消し」と云ふに過ぎずして是に由りては右費消したる金員は全区民の貯金全部中の一部なりや将た又一部区民の貯金のみに係るや明ならず(即ち被害者不明)従って理由不備の違法あり。
(三)右の如く「区民貯金中百二十六円六十銭を擅に他の用途に費消し」と云ふに止まり果して何人の用途に費消したるやを明示せざる(蓋し第一事実第三事実に於ては共に上告人が保管せる他人の金銭を擅に自己の用途に費消せる旨明言するに拘らず特に第二事実に付きては「他の用途に費消し」と云へるに徴すれば右の金員は上告業自己の用途に消費したるものと認めたるものにあらざるが如し。
果して右金員は上告人の用途に費消したるものにあらずして右区民の為めに使用したるものとせんか其用途が区民の予め定めたる所に反し上告人が擅に支出したりとするも横領罪を構成する謂なし。
)は理由不備の違法あるものなり。
(御院判決大正三年(レ)第七一二号四四年(れぜ第一八六七号判決理由「。
而して判文中其他不当に支出しとある文詞は頗る明瞭を欠き若し其他不法なる私の用途に支出したりとの意義ならしめは縦令被告等自ら物の経済的価値を利用収得せざるも他人の為め之を処分したるものなれば其行為当然横領罪に該当すべしと雖とも若し該文詞にして正当の手続を経すして擅に公金の所有者たる村の用途に支出したりとの意義に解すべきものなれば縦令規制の支出手続を履まざる違法ありとするも職務上保管する公金を以て公費に使用したるは所有者の物として所有者の為めに処分したるものにして被告等に自己に領得する意思実行ありと云ふ可らず要するに原判決は犯罪事実を認むるに付き確的に事実を判示せず判示の如く漫然不当に支出しと説示したるは理由不備の違法あるものにして本論旨は理由あり云云参照)以上孰れの点より見るも原判決は破毀を免れざるものとすと云ふに在り◎按ずるに横領罪は自己の占有する他人の財物を不正に領得する意思を実行し其意思が外部に発現するに因り成立するものにして其意思の発現は或は返還の拒絶に依ることあるべく或は費消其他の処分行為に依ることあるべく。
従て自己の為めに費消し又は第三者の利益を図るか為めに費消するときは横領罪の成立することは疑なしと雖も他人の財物を占有する者が事務管理として所有者の為ろに之を支出し費消したりとするも此場合には横領罪は成立することなし原判決を哉するに判示第三犯罪事実には和多田区民に於て戍申詔勅の御趣旨を遵守し毎戸月十銭宛を貯金すること及其貯金は被告に於て保管することに協定し云云多数区民より取集めたる貯金合計約二百四十三円六十銭を毎月集金毎に保管の為め各字総代数名より各別に受取りながら文云其内百二十三円六十銭を云云犯意継続して擅に他の用途に費消し之を横領して叙述しありて同一判決文中第一及第三犯罪事実に擅に自己の用途に費消し云云とあるものに対照し其文辞に同じからざる点ありて、且、之を横領しとある辞句は法律上の断定を説示したるものと解すべく被告の行為としては擅に他の用途に費消したる事実あるに過ぎずして擅に他の用途に費消すとは本人の同意を経すして費消したるものなることは明なるも本人の為めにする費消にあらずして自己又は第三者の為めにする費消を意味するものと解し難く畢竟意義不明瞭にして果して横領罪の要素を具備するや否やを知るに由なく。
従て原判決は理由富備の違法あるものとす。
故に論旨は理由あり(判旨第一点)
弁護人斎藤林平同塚崎直義公私訴上告趣意書第六点原判決は被告の第三犯罪事実の証拠として前田雄之助に対する受命判事の訊問調書中に唐津銀行に於ては明治四十三年二月二十五日藤田弥太郎外十二名に対し金二千円を貸付け……右は耕地整理に必要なる金として借りたるものなることを同銀行員渋谷半次郎より聞きたる旨の供述記載ありと説示せるも同調書(記録一一五六丁一一五七丁)には「明治四十三年二月二十五日藤田弥太郎外十二名に対し二千円を貸付……右貸金二千円は耕地整理に必要なる金員なることを当行員渋谷半次郎より聞知致しませぬ」との原判決摘示とは反対なる供述記載あり果して然らば原判決は虚無の証拠を採用せる違法ありと云ふに在り◎因で記録を査するに前田雄之助に対する受命判事の訊問調書には株式会社唐津銀行が明治四十三年二月二十五日藤田弥太郎外十二名に対し金二千円を貸渡したる旨の供述に次で右貸金二千円は耕地整理に必要なる金員なることを当行員渋谷半次郎より聞知致しませぬとあり原判決は之を証拠として引用し其聞知致しませぬとある部分を聞知致しましたと判示し之に基き判示第三犯罪事実を認定したるものなるを金俗次縮の認の証拠を罪証に供したるものにして採証の法則に違背するものとす。
故に論旨は理由あり。
従て原審公訴判決は全部破毀せ免れず既に叙上の点に於て破毀の原因を認むる以上は爾余の論旨に対しては説明を為すの要なし。
私訴訴訟代理人八坂雅亮私訴上告趣意書第一点原私訴判決は原公訴判決にして破毀せらるべきものなる以上全部破毀を免れざるものなりと云ひ」私訴訴訟代理人斎藤林平同塚崎直義公私訴上告趣意書第十点以上論述する如く原公訴判決は違法にして破毀すべきものなるを以て之に基き且つ之と同一の事実理由に成れる原私訴判決も亦違法なるを以て破毀すべきものなりと信ずと云ひ」私訴訴訟代理人高木益太郎公私訴上告趣意書第十四点公訴判決にして破毀せらるべきものとせば之に基き下されたる私訴判決も亦破毀せらるべきものとすと云ふに在り◎既に上に説示するが如く原審公訴判決に全部破毀の原因ありて原審私訴判決は右公訴判決に基き理由を付し裁判を為したるものなるを以て之と同じく法則違背の瑕疵あり私訴判決中民事被告人(上告人)に敗訴を言渡したる部分も亦破毀を免れず
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十六条に依り主文の如く判決す
検事鈴木宗言干与大正三年九月八日大審院第二刑事部