殺人強盜致死死體損壞ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）20輯1333頁
大正三年（れ）第一三八七號
大正三年六月二十四日宣告
◎判決要旨
- 一 強盜ノ手段タル暴行トハ被害者ノ反抗ヲ抑壓スヘキ行爲ヲ謂フ而シテ殺害行爲ハ被害者ノ反抗ヲ全然不能ナラシムルモノナレハ暴行ナルコト論ヲ竣タス
第一審 岡山地方裁判所
第二審 廣島控訴院
被告人 小林磯平
辯護人 平井梅吉
右殺人強盜致死死體損壞被告事件ニ付大正三年四月十八日廣島控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人平井梅吉上告趣意書第一點原判決ハ被告磯平ハ「大森嘉右衛門ヲ殺害シテ其所持金ヲ強奪センコトヲ決意シ突然捧ニテ嘉右衛門ノ頭部ヲ亂打シ同人ヲ殺害シテ其所持金百六十圓ヲ搬取シタリ」トノ認定事實ニ付強盜致死罪ヲ以テ問擬シ刑法第二百四十條ヲ適用セラレタリ然レトモ刑法第二百四十條ハ「強盜人ヲ死ニ致シタルトキハ」ト規定シアルカ故ニ致死以前ニ於テ既ニ業ニ強盜罪ノ成立セルコトヲ前提條件トス而シテ強盜罪ノ成立スルニハ先ツ暴行又ハ脅迫ノ手段ヲ用ヰタルノ事實アルヲ要シ其所謂暴行トハ身體ニ對スル不法ノ物質力ヲ謂ヒ固ヨリ殺害行爲ヲ包含セスト解ス既ニ然レハ原審ニ於テ本件被告ヲ強盜致死罪ヲ以テ問擬スルニハ被告カ大森嘉右衛門ヲ殺害スル以前ニ於テ須ク先ツ嘉右衛門ニ對シ暴行又ハ脅迫ヲ加ヘタルノ事實ナカルヘカラス然ルニ之レ無キニ拘ハラス直ニ強盜致死罪ニ問擬シタル原判決ハ不法ニシテ到底破毀ヲ免レスト信スト云フニ在レトモ◎強盜致死罪ハ結果犯ナルヲ以テ其致死ノ結果カ強盜ノ現行犯中ニ於ケル犯人ノ行爲ニ基ク以上ハ總テ同罪ヲ構成スルモノトス又強盜ノ手段タル暴行ハ被害者ノ反抗ヲ抑壓スヘキ行爲ヲ謂フモノニシテ殺害行爲ハ被害者ノ反抗ヲ全然不能ナラシムルモノナルヲ以テ暴行ナルコト論ヲ竣タス然レハ強盜ノ手段トシテ殺害行爲ヲ爲シタルトキハ即チ致死ノ結果カ強盜ノ現行中ニ於ケル犯人ノ行爲ニ基クモノナルコト勿論ナルヲ以テ強盜致死罪トシテ論スヘキハ當然ナリ本件ハ殺害行爲ヲ強盜ノ手段トシタルモノナレハ原判決ノ擬律ハ相當ニシテ論旨ハ理由ナシ
第二點假リニ本件被告ノ行爲ハ強盜致死罪ノ成立ニ何等缺クルトコロナシトスルモ原判決ニ於テ刑法第二百四十條以外ニ尚ホ殺人罪ニ關スル刑法第百九十九條ヲ適用シ同第五十四條第十條ニ依リ處斷セラレタルハ不法ナリ如何トナレハ強盜致死罪ハ強盜ト致死トノ結合セル特別ノ一罪ニシテ此場合ニ五十四條前段ノ適用アルヘカラス蓋シ刑法第二百四十條ヲ設ケタル立法上ノ理由ハ強盜致死ノ如キ大ニ加重處罰スヘキ理由アルニ拘ハラス若シ斯ル規定ナシトセハ強盜罪ト殺人罪トノ二罪成立スルモ實際其刑ニ於テ甚タ輕キニ失スルコトアルヘキヲ慮リ特ニ強盜致死罪ナル二百四十條ヲ設ケ無記懲役以下ニ處スルコトナカラシメントシタルモノナリ（但シ酌量減輕ハ別問題ナリ）既ニ強盜致死罪ハ特別ノ一罪ナリトセハ刑法第五十四條ノ適用ナキコト疑ナク若シ然ラストセハ畢竟強盜ノ場合ニ於テモ所詮ハ暴行又ハ脅迫罪ト竊盜罪ト強盜罪トノ三箇ノ罪名ニ觸ルルモノトシ換言スレハ在獨立ナル犯罪カ二箇以上結合シテ一罪ヲ構成スル場合即チ所謂結合犯ノ場合ニ趣摯ハ結合犯其モノト之ヲ組成スル各犯罪トノ數箇ノ罪名ニ觸ルルモノトシ同シク五十四條ヲ適用セサルヘカラサルニ至ル然カモ斯ル見解ハ到底採用スヘキニアラス又之ヲ是認シタル判例アルヲ聞カス要之強盜致死罪ノ場合ニ於テハ單ニ二百四十條ヲ適用セハ可ナリ之ニ尚ホ百九十九條ヲ援用セル原判決ハ不法ナリ破毀ス可キモノト信ス因テ御院判例ハ從來右第一第二何レモ原判決ト同一見解ヲ採ラルルモノノ如シト雖トモ少ナクトモ第二點ハ其判例ヲ變更スヘキモノト信スト云フニ在レトモ◎刑法第二百四十條ノ罪ハ同第百九十九條ニ規定セル殺人罪ノ特別ナル場合ニ屬セスシテ全然別種ノモノナリトス從テ強盜ノ手段トシテ殺害行爲ヲ爲シ以テ財物ヲ強取シタル場合ハ一行爲ニシテ強盜致死罪及ヒ殺人罪ニ觸ルルモノトシ同第五十四條前段ニ依リ其最モ重キ刑ヲ以テ處斷スヘキモノナルコトハ當院從來ノ判例ニ於テ屡々説示スル所ニシテ今猶其變更ノ必要ヲ認メス本件ニ在ツテハ被告ハ強盜ノ手段トシテ被害者ヲ殺害シ以テ其懷中セル金員ヲ強取シタルモノナレハ原審カ同第二百四十條第百九十九條第五十四條前段ヲ適用シ重キ強盜致死罪ノ刑ニ從ヒ處斷シタルハ相當ニシテ論旨ハ理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事矢追秀作干與大正三年六月二十四日大審院第三刑事部