邸宅侵入竊盜常習賭博ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）20輯1167頁

本懸上告は之を棄却す

弁護人吉見高治上告趣意書第一点原審は被告の第一審判決に対する控訴に対して控訴棄却の判決を為せり。 然るに第一審及原審の各判決に明示せる如く被告の本件犯罪は再犯なりと雖[いえども]も其再犯の基礎たる可き前科は旧刑法の重禁錮刑なるに依り刑法施行法第十二条第七条を適用して再犯加重を為すに付ては同法第二条を引用するにあらざれば法文に所謂刑法の懲役に相当する旧刑法の刑の何たるやを明にすること能はざるなり。 然るに本件第一審判決は右の再犯加重を為すに当り単に刑法施行法第十二条第七条を引用せる而己にして其法文に所謂相当刑の何たるやを明かにせず其適用を明示せざるが故に該判決は明かに擬律の錯誤あり。 従て此点に於て被告の控訴は其理由あり。 仍て[よって]原審は当然に第一審判決を取消し更に相当の判決を為さざる可からざるに拘はらず其茲に[ここに]出でず控訴棄却の言渡を為したるは不法なりと云ふ[いう]に在れども◎刑法施行法第二条の如き一般的法規は現実之を適用すれば足るべく必ずしも其判文に其法条を明示するを要せざるが故に第一審裁判所が累犯加重を為すに当り同条の趣旨に依り新旧刑法の刑を比較して適当なる判決を為したる以上は仮令[たとい]右法条を判決に記載せざりしとて之を以て第一審判決を取消すの理由と為らざるものとす。 本論旨は理由なし。

第二点本件被告の第二の犯罪に付、第一審判決の認めたる事実は被告が撚り上けたる生糸八括を窃取したりとの事実なり。 然るに原判決は此事実を認めず撚り上けざる他の生糸十二括を窃取りたる事実を認めたり。 此点に於て右の両判決は各其罪名を同うするのみにして其認定事実を異にせり。 従て其罪名適条等は仮令[たとい]同一なるにせよ両判決の認むる被告の犯せる行為自体が相異なる以上は原判決は此点に於て第一審判決を取消さざる何らざるに拘はらず被告の控訴を理由なしとして控訴棄却の言渡を為したるは是亦[また]明白に不法なりと云ふ[いう]に在れども◎凡そ第一二審裁判所の認めたる事実の相違が罪質又は犯情に関し判決主文に影響を及ぼすべき重要なる事項なるに於ては第一審裁判所は第一審判決を取消さざる可らずと雖[いえども]も其然らざる場合に於ては之を取消すの要なきものとす。 本件第一二審裁判所の認めたる事実の相違は唯窃取品の数量に関し多少の相違ありたるのみにして如上重要なる事項と認むること能はざるが故に原院が第一審判決を取消さざりしは相当なり。 本論旨は理由なし。

第三点原判決の認むる本件第二の犯罪事実は被告が亀山正七方邸宅内店の間に在りたる同人所有の生糸十二括を窃取し之を同邸内裏手屋外に搬出し置き更に他の物件を盗み出さん為め同室内に入りたる際家人に発見せられ其侭同所を逃走したる事実なり。 而して[しこうして]之に対し原審は右行為を窃盗既遂なりとして単に刑法第二百三十五条を適用せり。 然れども[しかれども]右判示の事実は之れを窃盗未遂なりと解すべきものにして決して窃盗既遂を以て律すべきものにあらず。 何となれば原判決明示の如く被告は窃盗の意思を以て一旦亀山正七所有の生糸十二括に手を触れ。 而して[しこうして]単に之を同邸内屋外に搬出したるに過ぎずして未だ所有者家人の看守権の及ばさる所へ持去り又は自己の擅に[ほしいままに]処分し得る位置に置き遂けたるにあらず。 現に被害者家人の為めに妨げられ其侭同所を逃走したる程にして被告は窃取の目的を遂け得ざりしを以てなり。 従ち原判決の認むる右の事実は全く窃盗未遂の事実にして刑法第二百三十五条の外に尚同法第二百四十三条を適用すべきものなり。 然るに原判決が茲に[ここに]出でさりしは是亦[また]明白に不法なりと謂はざる可らざるなりと云ふ[いう]に在れども◎凡そ不法に領得するの意思を以て事実上他人の支配内に存する物件を自己の支配内に移したるときは窃盗罪は完全に成立するものにして必ずしも犯人が之を自由に処分し得べき安全なる位置に持去ることを要するものに非ず。 而して[しこうして]本件原判決の認むる所に依れば被告は織物業亀山正七方宅内に忍入り同家店の間に在りたる同人所有の生糸十二括を窃取し之を同邸内裏手屋外に搬出し置きたる事実にして、即ち窃盗の意思を以て既に右生糸を被害者邸内の裏手なる屋外に搬出し全く被告の支配内に移したるものなるが故に窃盗既遂罪の成立するは明かなり。 而て被告は引続き更に他の物件を盗み出さんか為めに同屋内に入りたる際家人に発見せられたるものなるを以て原院が該所為に対し刑法第二百三十五条をにて処断したるは相当にして本論旨は理由なし。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事矢追秀作干与大正三年六月十日大審院第三刑事部