◎判決要旨
- 一 賭博ノ前科アル事實ハ必スシモ常ニ之ニ依リテ其後ノ賭博行爲ヲ常習犯ト認メサルヘカラサルモノニ非サルト同時ニ前科アル事實ニ把リ常習賭博ヲ認定スルモ不法ニ非ス(判旨第一點)
- 一 賭博ノ前科アル場合ニ於テ其前科及ヒ事案ノ犯情ヲ常習ノ事實ヲ認ムルニ足ルヤ否ヤハ裁判所ノ職權事項タル事實裁量ノ範圍ニ屬シ自由ナル心證ヲ以テ判斷スルコトヲ得ルモノトス(同上)
右常習賭博被告事件ニ付高橋清治ニ對シテハ大正三年一月十九日笹掛健太郎ニ對シテハ大正三年一月二十三百富山地方裁判所ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告兩名ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件各被告ノ上告ハ之ヲ棄却ス
被告清治辯護人清水治三郎上告趣意書常習賭博犯者タルニハ常業トシテ賭博ヲ行フコトヲ要セサルモ尠クトモ賭博行爲ヲ繰返スニ付慣行的犯行アルコトヲ要ス可シ之ヲ以テ賭博前科ハ直チニ常習賭博犯者タルコトヲ認定スルニ足ラス又賭博行爲ヲ屡々繰返ス事實アリトスルモ等シク直ニ常習賭博犯者タルコトヲ認定スルコトヲ得ス而シテ原審判決書ニ掲載スル犯罪事實ヲ見ルニ被告ハ大正二年十二月十五日及同月十八日ノ二囘賭博ヲ爲シタルニ過キス而カモ其間二日ノ間隙アルノミ殊ニ被告人ノ地方ハ寒國ニシテ毎年十一月頃ヨリ三月頃マテ殆ント雪ニ鎖サレ外出困難ニシテ他ノ快活ナル娯樂ヲ採ルコト難ク且ツ炬燵ヲ設ケ暖ヲ採ルヲ以テ自然友人知己一室ニ會合ノ機會多ク從ツテ本件所謂花メクリノ如キハ娯樂的即チ氣晴ラシニ行フモノニシテ殆ント兒戲ニ等シキモノナルコトハ本件記録中其賭博錢ノ僅少ナル一事ニ徴シ猶ホ之ヲ知ルニ難カラス又前科ノ行ハレシ時期ハ偶々夏期ニ屬スト雖モ所謂盆休ミニ當リ地方ノ風習タル娯樂ニ耽弱スル折ニシテ全ク娯樂的ニ行フモノニシテ正業ヲ廢シテ慣習的ニ行フヘキモノニアラス夫レ斯ノ如ク原審判決書ニ掲載スル犯罪事實及前科ハ未タ以テ票告ノ常習賭博犯者タルコトヲ認定スルニ足ラス即チ一見其認定スルニ足ラサル事實ヲ掲ケナカラ之ヲ以テ直チニ常習賭博犯者ナリト判定セラレタルハ理由ニ齟齬アル裁判ナリト信スト云フニ在レトモ◎犯人ノ前科アル事實ハ必スシモ常ニ之ニ依リテ其後ノ賭博行爲ヲ常習犯ト認メサル可ラサルモノニ非サルト同時ニ前科アル事實ニ依リ常習賭博ヲ認定スルハ不法ニアラス斯ノ如キハ裁判所ノ職權事項タル事實裁量ノ範圍ニ屬シ裁判所ハ前科及ヒ事案ノ犯情カ常習ノ事實ヲ認ムルニ足ルヤ否ヤ其自由ナル心證ヲ以テ判斷スルコトヲ得ヘシ原判決ハ本件ニ付キ被告ニ賭博ノ前科アル事實及ヒ本案賭博ノ事實ヲ參酌シ被告ノ賭博常習者タルコトヲ認ムルニ足レリトシタルモノナルコト明白ナレハ本論旨ハ其理由ナシ(判旨第一點)
被告健太郎辯護人清水治三郎上告趣意書常習賭博犯者タルニハ常業トシテ賭博ヲ行フコトヲ要セサルモ尠クトモ睹博行爲ヲ繰返スニ付慣行的犯行アルコトヲ要ス可シ之ヲ以テ賭博前科ハ直チニ常習賭博犯者タルコトヲ認定スルニ足ラス殊ニ年月ヲ經タル前科ハ之カ判斷ノ材料タルコト至テ難カルヘシ又賭博行爲ヲ屡々繰返ス事實アリトスルモ等シク直チニ常習賭博犯者タルコトヲ認定スルコトヲ得ス然ルニ原審判決書ニ掲載スル理由ニ依レハ「賭博常習者ノ點ハ被告ノ前科調書ニ大正元年八月二十一日被告ハ賭博罪ニ依リ處刑セラレタル旨ノ記載アルニヨリ之ヲ認定ス」トアリ此理由ヨリ考フルトキハ原審ハ賭博前科者ハ常ニ賭博常習者ナリ賭博常習者ハ常ニ賭博前科者ナリト判定セラレタルモノト論斷スルコトヲ得ヘシ加之其前科ハ前記ノ如ク約一年半ヲ經過シタルノミナラス其賭博ノ行ハレシ時期ハ時恰モ一个月後レ(地方ニ所謂中暦)ノ盆休ミニ該當シ被告地方ノ風習トシテ最モ娯樂ニ耽弱スル折ニシテ被告ノ前科タル賭博モ全ク娯樂的ニ行ヒタルモノニシテ決シテ正業ヲ廢シテ猶行ヒタルモノニ非ス其娯樂的ナルコトハ本件賭錢ノ僅少ニシテ兒戲ニ等シキニ依リテモ之ヲ推知スルニ難カラス夫レ斯ノ如ク賭博前科ハ直ニ以テ賭博常習者タルコトヲ判定スルコトヲ得ス殊ニ本件被告ノ前科ハ一層之ヲ判定スルコトヲ得ス然ルニ百尺竿頭原審判決理由ニ被告ハ賭博前科者ナルヲ以テ即チ賭博常習者ナリト認定セラレタルハ理由不備ノ不法アル裁判ナリト信スト云フニ在レトモ◎原判決ハ被告ニ賭博ノ前科アル事實ノミヲ以テ當然賭博常習者ト認定シタルモノニ非スシテ本件犯情ト前科アル事實トニ攷ヘ常習ノ事實ヲ認メタルモノト解セサル可ラス此他本論旨ノ理由ナキコトハ前項論旨ニ對スル説明ニ就テ之ヲ了知スヘシ
同被告辯護人高見之通上告趣意書第一點原判決ハ事實理由中「被告ハ……原審相被告村中滋治等ト共ニ骨牌ヲ使用シテ花メクリト稱スル金錢賭ケノ賭博ヲ爲シタルモノナリ」ト判示シ右ニ對シテ刑法第百八十六條一項ヲ適用シタリ然レトモ單ニ右ノ如ク「花メクリト稱スル賭博ヲ爲シ」ト判示スルニ過キスシテ(一)何カ偶然ノ事項ナルヤ(二)其偶然ノ事項ニ關シテ如何ニシテ財物ヲ賭シ(三)如何ニシテ輸贏ヲ爭ヒタルヤヲ具體的ニ明示スルコトナカリシハ即チ理由不備ノ違法アルモノニシテ此點ニ於テ破毀セラルヘキモノトスト云フニ在レトモ◎所論審原認定ノ事實自體ニ因リ被告カ金錢ヲ賭シ偶然ノ輸贏ヲ爭ヒタル事實ヲ認ムルニ足ルヲ以テ原判決ハ毫モ理由不備ノ違法アリト爲スヲ得ス
第二點原判決ハ「領置ノ金員ハ本件賭博ノ賭錢賭具ニシテ犯人以外ノ者ニ屬セサルヲ以テ刑法第十九條ニ依リ之ヲ沒收スヘキモノトス」ト判示シタリ然レトモ沒收モ亦刑罰ナルコト勿論ナルヲ以テ之ヲ言渡スヘキ根據タル事實ハ之ヲ認メタル根據ヲ明示セサルヘカラサルモノト謂ハサルヘカラス然ルニ原判決ヲ閲スルニ右沒收スヘキ旨言渡シタル金錢賭具カ上告人以外ノ者ニ屬セサルコトニ付キテハ之ヲ認ムヘキ何等ノ根據ノ明示之アルコトナシ果シテ然ラハ原判決ハ理由不備ノ違法アルモノトスト云フニ在レトモ◎賭博ノ用ニ供シタル金品カ犯人以外ノ者ニ屬セサル事實ハ罪ト爲ルヘキ事實ニ非サルヲ以テ證據ニ依リ之ヲ認メタル理由ヲ判示スルノ要アルコトナシ然ラハ本論旨ハ理由ナシ
第三點原判決ハ事實理由中「被告ハ……原審相被告村中滋治等ト共ニ骨牌ヲ使用シテ花メクリト稱スル金錢賭ケノ賭博ヲ爲シタルモノナリ」ト判示シ右行爲ニ對シテ刑法第百八十六條第一項ヲ適用シタリ然レトモ金錢カ刑法第百八十六條第一項ニ所謂「一時ノ娯樂ニ供スル物」ト云フヲ得サルモノニアラサルコトハ近ク御院ノ判例トシテモ示サルル所ナルヲ以テ右判示事實ノミニ依リテハ上告人等カ果シテ右金錢ヲ以テ一時ノ娯樂ニ供スルモノトシテ之ヲ賭シタルニアラサルヤ否ヤ全ク不明ナルノミナラス記録ヲ通覽スルニ上告人等ハ花札一枚ニ付キ僅ニ二厘ノ割合ニテ其得喪ヲ爭ヒタリト云フニ過キス而シテ吾國現今ノ經濟状態ニ於テハ錢位以下ノ金錢得閥ヲ爭フ如キハ以テ一時ノ娯樂ニ供スルモノニアラスト云フヲ得サルモノトス然ルニ原判決カ上告人ノ判示行爲ニ對シテ前記ノ法條ヲ適用シタルハ理由不備若クハ擬律錯誤ノ違法アルモノニシテ此點ニ於テ破毀セラルヘキモノトスト云フニ在レトモ◎賭博罪ハ金錢ヲ賭シ偶然ノ輸贏ヲ爭フ事實アルニ因テ成立スルモノナルカ故ニ此事實ヲ認定シタル以上ハ其金錢ハ一時ノ娯樂ニ供スル物ト認メタルモノニ非サルコト明白ナレハ特ニ其旨ノ判示アルコトヲ要セサルノミナラス輸贏ヲ爭フ金錢ノ多寡ハ或ハ之ニ因リテ犯情ヲ輕重スヘキ事由ト爲スコトヲ得ヘキモ犯罪ノ成立ヲ左右スヘキ事項ニ非サル事勿論ナレハ本論旨モ亦理由ナシ
第四點原判決ハ「被告人ノ賭博常習ノ點ハ被告ノ前科調書ニ大正元年八月二十一日被告ハ賭博罪ニ因リ處刑セラレタル旨ノ記載アルニヨリ之ヲ認定ス」ト判示シタリ仍テ前科調書ヲ閲スルニ右「大正元年八月二十一日」ナル文字ハ插入ニ係ルモノニシテ而モ刑事訴訟法第二十一條ノ規定ニ依ル認印ナキヲ以テ右插入ハ無效ナリ從テ結局前科調書ニハ判示ノ如キ記載之ナキニ歸ス果シテ然ラハ原判決ハ虚無ノ證據ヲ罪證ニ供シタルノ違法アルモノナリト云フニ在レトモ◎所論前科調書ニ大正元年八月二十一日トアル記載ハ文字ノ插入ト認ム可ラサルノミナラス前科調書ノ如キハ刑事訴訟法第二十一條ノ適用ヲ受クヘキ文書ニ非サルヲ以テ假リニ之ヲ插入ナリトスルモ同條ノ方式ノ遵守ヲ必要トセス然ラハ右ノ記載ハ之ヲ無效ノモノト謂フヲ得サルヲ以テ之ニ依リテ被告ニ賭博常習ノ事實ヲ認メタル原判決ハ不望ニ非ス
第五點原判決ハ上告人ノ賭博常習者ナリトノ點ハ上告人カ曾テ大正元年八月二十一日上告人カ賭博罪ニ因リテ處刑セラレタル事實ニ依リ之ヲ認ムル旨判示セリ按スルニ或ル人カ二囘以上賭博ヲ爲シタリトノ事實アルモ單ニ間歇的ニ行ヒタルニ止マル場合ニ於テハ常習賭博者トシテ之ヲ處罰スルヲ得サルハ勿論ナル處而シテ原判決ノ右證據説明ハ單純ニ上告人ニ於テ曾テ一囘賭博ヲ爲シタルコトアリシ事實ヲ證明スルニ止マリ進ンテ上告人ニ於テ慣行的ニ賭博ヲ爲ス者ナリトノ事實ハ全ク證明セサルモノト云ハサルヘカラス而カモ原判決カ事實理由中上告人カ賭博常習者ナリトノ斷定ヲ下シタルハ即チ證據ニ依ラスシテ事實ヲ認定シタルノ違法アルモノニシテ此點ニ於テ破毀セラルヘキモノトスト云フニ在レトモ◎賭博ノ前科アル事實ハ之ヲ以テ其後ノ賭博ヲ常習犯ト認ムル資料ト爲スニ妨ナシ其他本論旨ノ理由ナキコトハ清水辯護人上告趣意ニ對スル説明ニ就テ之ヲ了解スヘシ
第六點相被告辯護人ノ論旨ハ之ヲ援用スト云フニ在レトモ◎共同被告辯護人ノ上告論旨ノ理由ナキコト前段説明ノ如クナルヲ以テ本論旨モ從テ理由ナシト謂ハサル可ラス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事林頼三郎干與大正三年五月二十日大審院第三刑事部
◎判決要旨
- 一 賭博の前科ある事実は必ずしも常に之に依りて其後の賭博行為を常習犯と認めざるべからざるものに非ざると同時に前科ある事実に把り常習賭博を認定するも不法に非ず(判旨第一点)
- 一 賭博の前科ある場合に於て其前科及び事案の犯情を常習の事実を認むるに足るや否やは裁判所の職権事項たる事実裁量の範囲に属し自由なる心証を以て判断することを得るものとす。
(同上)
右常習賭博被告事件に付、高橋清治に対しては大正三年一月十九日笹掛健太郎に対しては大正三年一月二十三百富山地方裁判所に於て言渡したる判決に対し被告両名は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件各被告の上告は之を棄却す
被告清治弁護人清水治三郎上告趣意書常習賭博犯者たるには常業として賭博を行ふことを要せざるも尠くとも賭博行為を繰返すに付、慣行的犯行あることを要す。
可し之を以て賭博前科は直ちに常習賭博犯者たることを認定するに足らず又賭博行為を屡屡繰返す事実ありとするも等しく直に常習賭博犯者たることを認定することを得ず。
而して原審判決書に掲載する犯罪事実を見るに被告は大正二年十二月十五日及同月十八日の二回賭博を為したるに過ぎず而かも其間二日の間隙あるのみ殊に被告人の地方は寒国にして毎年十一月頃より三月頃まで殆んど雪に鎖され外出困難にして他の快活なる娯楽を採ること難く且つ炬燵を設け暖を採るを以て自然友人知己一室に会合の機会多く従って本件所謂花めくりの如きは娯楽的即ち気晴らしに行ふものにして殆んど児戯に等しきものなることは本件記録中其賭博銭の僅少なる一事に徴し猶ほ之を知るに難からず。
又前科の行はれし時期は偶偶夏期に属すと雖も所謂盆休みに当り地方の風習たる娯楽に耽弱する折にして全く娯楽的に行ふものにして正業を廃して慣習的に行ふべきものにあらず。
夫れ斯の如く原審判決書に掲載する犯罪事実及前科は未だ以て票告の常習賭博犯者たることを認定するに足らず。
即ち一見其認定するに足らざる事実を掲げながら之を以て直ちに常習賭博犯者なりと判定せられたるは理由に齟齬ある裁判なりと信ずと云ふに在れども◎犯人の前科ある事実は必ずしも常に之に依りて其後の賭博行為を常習犯と認めざる可らざるものに非ざると同時に前科ある事実に依り常習賭博を認定するは不法にあらず。
斯の如きは裁判所の職権事項たる事実裁量の範囲に属し裁判所は前科及び事案の犯情が常習の事実を認むるに足るや否や其自由なる心証を以て判断することを得べし原判決は本件に付き被告に賭博の前科ある事実及び本案賭博の事実を参酌し被告の賭博常習者たることを認むるに足れりとしたるものなること明白なれば本論旨は其理由なし。
(判旨第一点)
被告健太郎弁護人清水治三郎上告趣意書常習賭博犯者たるには常業として賭博を行ふことを要せざるも尠くとも睹博行為を繰返すに付、慣行的犯行あることを要す。
可し之を以て賭博前科は直ちに常習賭博犯者たることを認定するに足らず殊に年月を経たる前科は之が判断の材料たること至で難かるべし又賭博行為を屡屡繰返す事実ありとするも等しく直ちに常習賭博犯者たることを認定することを得ず。
然るに原審判決書に掲載する理由に依れば「賭博常習者の点は被告の前科調書に大正元年八月二十一日被告は賭博罪に依り処刑せられたる旨の記載あるにより之を認定す」とあり此理由より考ふるときは原審は賭博前科者は常に賭博常習者なり。
賭博常習者は常に賭博前科者なりと判定せられたるものと論断することを得べし加之其前科は前記の如く約一年半を経過したるのみならず其賭博の行はれし時期は時恰も一个月後れ(地方に所謂中暦)の盆休みに該当し被告地方の風習として最も娯楽に耽弱する折にして被告の前科たる賭博も全く娯楽的に行ひたるものにして決して正業を廃して猶行ひたるものに非ず其娯楽的なることは本件賭銭の僅少にして児戯に等しきに依りても之を推知するに難からず。
夫れ斯の如く賭博前科は直に以て賭博常習者たることを判定することを得ず。
殊に本件被告の前科は一層之を判定することを得ず。
然るに百尺竿頭原審判決理由に被告は賭博前科者なるを以て、即ち賭博常習者なりと認定せられたるは理由不備の不法ある裁判なりと信ずと云ふに在れども◎原判決は被告に賭博の前科ある事実のみを以て当然賭博常習者と認定したるものに非ずして本件犯情と前科ある事実とに攷へ常習の事実を認めたるものと解せざる可らず此他本論旨の理由なきことは前項論旨に対する説明に就て之を了知すべし。
同被告弁護人高見之通上告趣意書第一点原判決は事実理由中「被告は……原審相被告村中滋治等と共に骨牌を使用して花めくりと称する金銭賭けの賭博を為したるものなり。」と判示し右に対して刑法第百八十六条一項を適用したり。
然れども単に右の如く「花めくりと称する賭博を為し」と判示するに過ぎずして(一)何が偶然の事項なるや(二)其偶然の事項に関して如何にして財物を賭し(三)如何にして輸贏を争ひたるやを具体的に明示することなかりしは。
即ち理由不備の違法あるものにして此点に於て破毀せらるべきものとすと云ふに在れども◎所論審原認定の事実自体に因り被告が金銭を賭し偶然の輸贏を争ひたる事実を認むるに足るを以て原判決は毫も理由不備の違法ありと為すを得ず。
第二点原判決は「領置の金員は本件賭博の賭銭賭具にして犯人以外の者に属せざるを以て刑法第十九条に依り之を没収すべきものとす。」と判示したり。
然れども没収も亦刑罰なること勿論なるを以て之を言渡すべき根拠たる事実は之を認めたる根拠を明示せざるべからざるものと謂はざるべからず。
然るに原判決を閲するに右没収すべき旨言渡したる金銭賭具が上告人以外の者に属せざることに付きては之を認むべき何等の根拠の明示之あることなし果して然らば原判決は理由不備の違法あるものとすと云ふに在れども◎賭博の用に供したる金品が犯人以外の者に属せざる事実は罪と為るべき事実に非ざるを以て証拠に依り之を認めたる理由を判示するの要あることなし然らば本論旨は理由なし。
第三点原判決は事実理由中「被告は……原審相被告村中滋治等と共に骨牌を使用して花めくりと称する金銭賭けの賭博を為したるものなり。」と判示し右行為に対して刑法第百八十六条第一項を適用したり。
然れども金銭が刑法第百八十六条第一項に所謂「一時の娯楽に供する物」と云ふを得ざるものにあらざることは近く御院の判例としても示さるる所なるを以て右判示事実のみに依りては上告人等が果して右金銭を以て一時の娯楽に供するものとして之を賭したるにあらざるや否や全く不明なるのみならず記録を通覧するに上告人等は花札一枚に付き僅に二厘の割合にて其得喪を争ひたりと云ふに過ぎず。
而して吾国現今の経済状態に於ては銭位以下の金銭得閥を争ふ如きは以て一時の娯楽に供するものにあらずと云ふを得ざるものとす。
然るに原判決が上告人の判示行為に対して前記の法条を適用したるは理由不備若くは擬律錯誤の違法あるものにして此点に於て破毀せらるべきものとすと云ふに在れども◎賭博罪は金銭を賭し偶然の輸贏を争ふ事実あるに因で成立するものなるが故に此事実を認定したる以上は其金銭は一時の娯楽に供する物と認めたるものに非ざること明白なれば特に其旨の判示あることを要せざるのみならず輸贏を争ふ金銭の多寡は或は之に因りて犯情を軽重すべき事由と為すことを得べきも犯罪の成立を左右すべき事項に非ざる事勿論なれば本論旨も亦理由なし。
第四点原判決は「被告人の賭博常習の点は被告の前科調書に大正元年八月二十一日被告は賭博罪に因り処刑せられたる旨の記載あるにより之を認定す」と判示したり。
仍て前科調書を閲するに右「大正元年八月二十一日」なる文字は挿入に係るものにして而も刑事訴訟法第二十一条の規定に依る認印なきを以て右挿入は無効なり。
従て結局前科調書には判示の如き記載之なきに帰す果して然らば原判決は虚無の証拠を罪証に供したるの違法あるものなりと云ふに在れども◎所論前科調書に大正元年八月二十一日とある記載は文字の挿入と認む可らざるのみならず前科調書の如きは刑事訴訟法第二十一条の適用を受くべき文書に非ざるを以て仮りに之を挿入なりとするも同条の方式の遵守を必要とせず。
然らば右の記載は之を無効のものと謂ふを得ざるを以て之に依りて被告に賭博常習の事実を認めたる原判決は不望に非ず
第五点原判決は上告人の賭博常習者なりとの点は上告人が曽て大正元年八月二十一日上告人が賭博罪に因りて処刑せられたる事実に依り之を認むる旨判示せり按ずるに或る人が二回以上賭博を為したりとの事実あるも単に間歇的に行ひたるに止まる場合に於ては常習賭博者として之を処罰するを得ざるは勿論なる処。
而して原判決の右証拠説明は単純に上告人に於て曽て一回賭博を為したることありし事実を証明するに止まり進んで上告人に於て慣行的に賭博を為す者なりとの事実は全く証明せざるものと云はざるべからず。
而かも原判決が事実理由中上告人が賭博常習者なりとの断定を下したるは。
即ち証拠に依らずして事実を認定したるの違法あるものにして此点に於て破毀せらるべきものとすと云ふに在れども◎賭博の前科ある事実は之を以て其後の賭博を常習犯と認むる資料と為すに妨なし。
其他本論旨の理由なきことは清水弁護人上告趣意に対する説明に就て之を了解すべし。
第六点相被告弁護人の論旨は之を援用すと云ふに在れども◎共同被告弁護人の上告論旨の理由なきこと前段説明の如くなるを以て本論旨も。
従て理由なしと謂はざる可らず
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事林頼三郎干与大正三年五月二十日大審院第三刑事部