涜職ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）20輯581頁
大正三年（れ）第五七四號
大正三年四月十六日宣告
◎判決要旨
- 一 凡ソ收賄罪ハ利益ト職務行爲トノ間ニ給付ト反對給付トノ關係アルヲ以テ足ルモノニシテ公務員カ職務ニ關シ關係者ノ請託ヲ容レタルコトヲ要スルモノニ非ス
第一審 名古屋地方裁判所
第二審 名古屋控訴院
被告人 名波角次
右涜職被告事件ニ付大正三年一月三十日名古屋控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告趣意書一、原判決ヲ閲スルニ「被告ハ帝郭林野管理局技手トシテ同局名古屋支廳愛知出張所常滑分擔區ニ在勤中愛知縣知多郡八幡村大字佐布里ノ住民ヨリ同大字地内ナル御料林貸下ノ出願アリタル爲メ上司ノ命ニ基キ明治四十三年以降其貸下出願ニ係ル御料林ノ實地調査、測量、料金査定等ノ職務ヲ執行シタル處之カ謝禮トシテ明治四十三年十二月ヨリ大正元年十一月マテノ間同郡常滑町其他ニ於テ右貸下出願關係者タル原審相被告小西周九郎外三名ヨリ犯意繼續シテ三囘ニ金百五十圓ノ贈與ヲ受ケタルモノナリ」ト事實ヲ認定セラレタルモ右ハ全ク事實ノ認定ヲ誤リタルモノナリ同院カ其證據トシテ援用シタル被告ノ原院公判廷ノ供述ノ一節トシテ「明治四十三年十二月中常滑町ナル自宅ニ於テ伊藤徳太郎ヨリ五十圓明治四十五年四月佐布里ノ岡本屋ニ於テ伊藤源之助ヨリ五十圓大正元年十一月八幡村ノ河半ニ於テ同人ヨリ五十圓ヲ受取リタルニ相違ナキ旨」ト記載アリ被告カ前掲三囘ヲ受領シタル金員ハ何カ爲メニ如何カル性質ノモノヲ受領セシヤヲ明示セス又同上「小西周九郎ノ第二囘豫審調書中明治四十三年十二月金五十圓ヲ名波ニ贈リタルハ自分始メ加藤米太郎、伊藤徳太郎等ノ總代竝ニ字ノ幹事連中ナル伊藤源之助等カ協議ノ上致シタルナリ第二、三囘ノ贈金モ同人等ト自分ニ於テ協議シテ爲シタルモノ」云云トアリテ是レ又彼等カ金錢ヲ被告ニ贈リタルトノミニテ何等ノ必要ニ應シテ提供シタルモノナリヤ不明ニシテ只金錢ノ授受アリタル一事ヲ採テ直チニ被告ニ收賄行爲アリト臆測シ被告ヲ有罪ニ處セラレタルハ不法ノ裁判ナリト謂ハサルヘカラスト云フニ在レトモ◎本論旨ハ要スルニ原審ノ職權ニ屬スル證據ノ綜合判斷及ヒ事實認定ニ對スル非難ニ過キサレハ其理由ナシ
二、被告カ第一審以來原院公判廷ニ於テモ供述シタル如ク第一ノ五十圓ハ被告悴ノ揮毫ニ係ル水彩畫代ヲ悴ノ代理トシテ受領シタルモノナル事ハ第一審公判廷ニ於ケル各關陛人ノ自認スル所第二、三ノ百圓ニ付テハ製圖者岩本嘉右衛門等ノ製圖代、食費等ニ充當スヘク受領シ夫レ夫レ支拂ヲ了シタルモノナル事モ亦第一審ノ相被告ノ供述竝被告ノ供述ニ依テ明ナリ殊ニ原院ノ判決ニ援用セラレタル小西周九郎ノ供述ヲ見テモ贈賄ノ目的ヲ以テ贈リタルモノニアラサル事明白ナリ然ルニ原院ハ本件斷罪ノ爲メ唯一ノ證據タル前陳金錢ノ授受ハ果シテ賄賂ノ目的ニ出テタルモノナリヤ否ヤニ付キ當分ナル證據調ヲ盡サル漫然金錢ノ授受アリトノ一事ヲ以テ直チニ罪ヲ斷シタルハ即チ虚無ノ證據ヲ榮テ事實ノ認定ヲ爲シ且證據説明ヲ缺キタル違法ノ裁判ナリト信スト云フニ在レトモ◎本論旨亦原審ノ職權ニ屬スル證據ノ綜合判斷及ヒ事實ノ認定ニ對スル非難ニ過キサルヲ以テ其理由ナシ
三、涜職罪ノ成立要件トシテハ公務員カ其職務ニ關シ關係者ノ請託ヲ諾シ職務執行ニ際シ不正ノ行爲ヲ爲シ以テ金錢其他ノ物ヲ受ケ請託者ヲシテ滿足セシムルニアリ然ルニ本件ハ被告カ正當ニ職務ヲ執行シ毫モ關係人ノ請託ニ基キ不正ノ行爲アリト認ムルニ由ナク況ンヤ原院判示ニヨレハ其事實認定トシテ「職務ヲ執行シタル處之カ謝禮トシテ」トアリテ被告ノ職務執行ニ付テハ何等故障ナク正當ニ執行ヲ了シタル後好意上謝禮即チ慰勞トシテ贈ラレタルモノニアラサル事自カラ明白ナルノミナラス被告ノ收受シタル金員ハ上來述フル水彩畫代、製圖代等ヲ其受クヘキ本人ニ代ツテ受領シタルニ止マリ其内幾分ハ原審相被告等ノ謝禮ヲ包含シ居リタリトノ言ニ依リ假リニ之ヲ謝禮ナリトスルモ此謝禮ナル語ハ決シテ賄賂ノ意味ニアラス被告カ忠實ニ其任務ヲ全ウシタルニ對シ恰モ町村長等ノ公務員カ其職ヲ辭スルニ際シ町村民ヨリ就職中ノ勞ニ報ユル爲メ金品ヲ贈ルト同一轍ノモノナレハ涜職トシテ法ヲ制裁ヲ受クヘキ謂レナキモノナリ然ルニ原院ハ虚無ノ證據ニ依リ事實ヲ誤認シ涜職罪ヲ以テ問擬シタルハ不法ニ法則ヲ適用シタル裁判ナルニヨリ破毀ヲ免レサルモノナリト云フニ在レトモ◎凡ソ收賄罪ハ利益ト職務行爲トノ間ニ給付ト反對給付トノ關係アルヲ以テ足ルモノニシテ公務員カ職務ニ對シ關係者ノ請託ヲ容レタルコトヲ要スルモノニ非ス本件ニ付原審ノ判示スル事實ニ依レハ被告ハ帝室林野管理局ノ技手トシテ爲シタル御料林貸下出願ニ係ル御料地ニ關シ測量料金査定等ノ職務執行ニ對スル謝禮トシテ右御料地ノ貸下出願關係者ヨリ合計金百五十圓ヲ收受シタルモノナレハ被告ノ職務執行ト金錢ノ收受トノ間ニ給付ト反對給付ノ關係アルコト原判文上明ナルヲ以テ原審カ之ヲ收賄罪ニ擬律シタルハ相當ニシテ本論旨ハ其理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事矢追秀作干與大正三年四月十六日大審院第二刑事部