頼母子講取締令違反ノ件
平易表示にする
大審院刑事判決録（刑録）20輯301頁
大正二年（れ）第二七四四號
大正三年三月十四日宣告
◎判決要旨
- 一 頼母子講ハ込員相互間ニ資金ノ融通ヲ目的トスル一種ノ組合契約ノ下ニ組織セラルルモノノ外講主カ自己ノ事業トシテ講員ヲ募集シ一定ノ時期毎ニ一定ノ金員ヲ拂込マシメ毎囘抽籤又ハ落札ノ方法ニ依リ若干ノ金額ヲ講員ニ交付スル組織ノ下ニ經營スルモノモ存在スルモノトス（判旨第一點）
- 一 資金融通ノ目的ヲ以テ多數人カ一定ノ時期ニ一定ノ金額ヲ醵出シ抽籤又ハ落札ノ方法ニ依リ其醵出シタル金額ノ全部又ハ一部ノ交付ヲ受クル組織ナル以上ハ其多數人タル會員相互ノ契約關係ニ基クモノナルト自然人又ハ法人タル會主單獨ノ營業トシテ會員相互間ニ何等權利義務ノ關係ノ存在セサルモノナルトヲ問ハス齊シク頼母子講會トシテ同講會取締ニ關スル法令ノ適用ヲ免ルルヲ得ス（判旨第二點）
第一審 米澤區裁判所
第二審 山形地方裁判所
被告人 酒井利吉
辯護人 加藤喜作 西海枝信一 石橋昌榮
右傾母子講取締令違反被告事件ニ付大正二年十二月三日山形地方裁判所ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ辯護人加藤喜作同西海枝信一ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人石橋昌榮上告趣意書第一點原判決ハ理由不備ノ判決也原判決ハ其理由中ニ凡ソ頼母子講ハ其講會ノ性質上之ヲ二種ニ區別シ得ヘシト爲シ「其二ハ各講員間ニ何等法律關係ノ存立スルナク講主講長等ノモノト各講員トノ間ニ法律關係ノ存在スルモノニシテ講主講長等ノモノハ自己ノ事業トシテ自己ノ計算ニ於テ各講員ヲシテ掛込マシメ又當籤金落札金ヲ拂渡スモノ」アリトノ事實ヲ認定シ之ヲ前提トシテ被告ノ經營ニ係ル共榮貯金株式會社ノ營業方法ハ此種ノ頼母子講ニ類似スルモノナルコト誠ニ明白ナリト認定セルモノナリト雖モ此種ノ講會ノ存在セル事實ハ一件記録全般ヲ通覽スルモ之ヲ發見シ得サルノミナラス各講員間ニ何等法律關係ノ發生セサルハ却テ頼母子講ノ性質ニ反スルモノナルコト明白ニシテ天下如斯頼母子講會ナルモノナシ然ルニ原裁判所カ漫然假定ノ事實ヲ作リ之ヲ基礎トシ恰モ此種ノ講會ノ存在スルコト世ニ顯著ナル事例ニ屬スルモノナルカ如ク殆ント一件記録ニ根跡ナキ事實ヲ捕ヘテ斷罪ノ資料トシ判決ノ理由トァサントスルニ至テハ其不當ナルコト明瞭ナリ况ンヤ被告ノ行爲ハ共榮貯金株式會社ノ營業トシテ爲シタル行爲ニシテ講會ノ事務ニアラス之レ原裁判所ノ判決ハ理由不備ノ裁判タルヲ免レサル所以也ト云フニ在レトモ◎頼母子講ハ講員相互間ニ資金ノ融通ヲ目的トスル一種ノ組合契約ノ下ニ組織セラルルモノノ外講主カ自己ノ事業トシテ講員ヲ募集シ一定ノ時期毎ニ一定ノ金員ヲ拂込マシメ毎囘抽籤又ハ落札ノ方法ニ依リ若干ノ金額ヲ講員ニ交付スル組織ノ下ニ經營スルモノノ存在スルコト顯著ナル事實ニシテ原裁判所カ其判文列擧ノ證據ニ基キ認定シタル所ニ從ヘハ本件共榮貯金株式會社ノ事業ノ目的及ヒ營業方法ハ正ニ前示第二種ノ頼母子講ニ恰當スルヲ以テ原判決カ之ヲ頼母子講類似ノ講會ト認メ同會社ノ支店長トシテ事業ヲ主幹スル被告ニ對シ頼母子講取締ニ關スル山形縣令違犯ノ責ヲ負ハシメタルハ相當ニシテ本論旨ハ理由ナシ（判旨第一點）
第二點原判決ハ憤形縣令ヲ不當ニ適用シタル違法ノ裁判ナリ原判決ハ被告經常ノ共榮貯金株式會社ヲ以テ明治四十年三月山形縣令第二十五號頼母子講取締令第一條ノ頼母子講類似ノ講會ナリト認定シ同縣令第十條ヲ適用シテ被告ヲ處罰セルモノナリト雖モ同縣令ノ適用ヲ受クヘキ頼母子講類似ノ講會ナルモノハ所謂會員組織ニシテ一種ノ組合契約ニ外ナラサルコトハ會員間ニ於ケル法律關係ノ連鎖アルヲ必要トシ同令第一條第二條ハ規約ナルモノノ制定ヲ命シタリ然ルニ共榮貯金株式會社ハ一ノ商事會社ニシテ法律上ノ人格ヲ有シ會員相互間ニ何等法律關係ノ發生スルコトナク唯會員ト會社間ニ預金及ヒ貸金ノ關係ヲ生スルモノナルヲ以テ會社相互間ニ法律的連鎖ヲ構成スル規約ナルモノノ制定ヲ必要トセス從テ會社ノ目的營業等同縣令ニ所謂頼母子講無盡講ト著シク差異アルモノトス何トナレハ同法令ノ取締ラントスルモノハ講會ニアリテ講會ハ規約ニ依リテ發生スル講會ナルコトヲ必要トセリ又素ヨリ規約ノ存在セサル講會ナルモノナシ果シテ然ラハ頼母子講若クハ之ニ類似ノ講會ヲ取締ルノ目的ヲ以テ制定セラレタル同縣令ノ規定ヲ全然其性質ヲ異ニスル前記商事會社ニ適用シタルハ法則ノ適用ヲ誤リタルモノナリ尚ホ同係令ノ規定ヲ詳細ニ點檢スルニ第二條ニハ引取人ト未引取人間ノ權義ヲ規約中ニ規定スル事及同執行手續第二條第四號ニハ引取人ハ講員全部ニ於テ適カト認ムル二名以上ノ連帶保證人ヲ立テシムルコトヲ要スル旨ノ規定アリ之レ講會ノ關係ナルヲ以テ各講員間ノ利害關係ヲ基礎トシ諸般ノ規定ヲ設ケタルモノニシテ本件被告等ノ經營ニ係ル會社ニハ如斯必要ナキノミナラス如此事實關係ヲ發生セシムルコトヲ得ス商事會社カ金圓ノ貸付ヲ爲ス場合ハ借受人ニ會員全部カ適當ト認ムル連帶保證人ヲ立タセシムルコトヲ要スル等ノ拘束ヲ受クルノ所以ナク會社ニ於テ相當ノ信用アルヤ否ヤヲ認ムルヲ以テ足ル敍上ノ次第ニシテ彼此相對照スルトキハ一層原判決ノ不當ナルコトヲ知ルニ足ルト云フニ在レトモ◎苟クモ資金融通ノ目的ヲ以テ多數人カ一定ノ時期ニ一定ノ金額ヲ醵出シ抽籤又ハ落札ノ方法ニ依リ其醵出シタル金額ノ全部又ハ一部ノ交付ヲ受クル組織ナル以上ハ其多數人タル會員相互ノ契約關係ニ基クモノナルト自然人又ハ法人タル會主單獨ノ營業トシテ會員相互間ニ何等權利義務ノ關係ノ存在セサルモノナルトヲ問ハス齊シク頼母子講會トシテ同講會取締ニ關スル法令ノ適用ヲ免カルルヲ得サルハ論ヲ竢タス而シテ本件共榮貯金株式會社ノ營業方法ハ一種ノ頼母子講會ノ事業ニ外ナラサルコト前説示サルカ如クナルヲ以テ同會社山形支店ノ支店長トシテ其營業ヲ支配スル被告ハ同地方ニ於テ執行スル會社ノ業務ニ關シテハ山形縣令タル頼母子講取締令ノ規定ニ依遵スルヲ要スルコト寔ニ明白ナリ本論旨ハ同縣令ノ適用ヲ受クヘキモノハ組合契約ノ下ニ組織セラレタル講會ニ限リ全然之ト其性質ヲ異ニスル會社ノ業務ニ適用スヘキモノニアラスト云フニ在ルモ同令ハ必スシモ組合組織ノ講會ニ限ラス頼母子講無盡講其他之ニ類似スル一切ノ講會ニ適用スル趣旨ナルコト明カナルヲ以テ前示ノ如ク頼母子講會ノ事業ヲ目的トスル本件共榮貯金株式會社ハ同令ノ規定ノ性質上自ラ營業者單獨ノ經營ニ係ル講會ニ適用スヘカラサルモノ例ヘハ引取人ト未引取人間ノ權利義務ニ關スル事項ヲ規約ニ掲クルカ如キ事項ハ姑ク措キ其他ノ事項ノ如キ適用可能ノ範圍内ニ於テ同令ノ規定ニ從フヘキ義務アルコトハ勿論ニシテ自ラ其義務ヲ履行セスシテ同令ノ支配ヲ受クヘキモノニ適合セスト主張スルカ如キハ則チ自己ノ脱法行爲ヲ理由トシテ責任ヲ囘避セントスルモノニシテ到底之ヲ採用スルヲ得ス然ラハ右取締令ノ定ムル所ニ從ヒ所轄警察官署ニ出願許可ヲ受ケサリシ被告ニ對シ同令第十條ヲ適用處斷シタル原判決ハ相當ニシテ本論旨モ亦理由ナシ（判旨第二點）
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事板倉松太郎干與大正三年三月十四日大審院第三刑事部