◎判決要旨
- 一 刑法第百八十六條第一項ハ自ラ常習トシテ博戲又ハ賭事ヲ爲シタル者ニ限リ適用セラルヘキモノニシテ單ニ他人ノ賭博行爲ヲ幇助シタル場合ニ於テハ縱令其幇助者カ賭博ノ常習アル者ナルトキト雖モ常習賭博ノ從犯ヲ以テ論スヘキモノニ非ス
(參照)常慣トシテ博戲又ハ賭事ヲ爲シタル者ハ三年以下ノ懲役ニ處ス(刑法第百八十$六條第一項)
右賭博幇助被告事件ニ付大正二年十一月二十日福井地方裁判所ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スルコト左ノ如シ
理由
原判決中被告玉吉ニ關スル部分ヲ破毀ス
被告玉吉ヲ罰金百圓ニ處ス
但右罰金ヲ完納スルコト能ハサルトキハ百日間勞役場ニ留置ス
辯護人堤重恭上告趣意書一、原裁判所カ賭博ノ從犯タル被告人ニ對シ賭博常習者ナリトノ理由ヲ以テ刑法第百八十六條賭博常習ノ刑ヲ以テ問擬セラレタルハ失當ナリ原判決認定ノ事實ニヨレハ被告ハ相被告岡田庄太郎外數名カ被告住宅ノ二階ニ於テ賭金博奕ヲ爲スノ情ヲ知リテ賭博場トシテ右二階座敷ヲ貸與シ以テ之ヲ幇助シタリト云フニアリテ賭博罪ノ從犯タルコト爭ナキ處ナリ抑々刑法第百八十五條ハ一般賭博罪ヲ律スル規定ニシテ同第百八十六條第一項ハ特ニ常習タル身分アル者ノ實行シタル賭博ヲ重罰スル規定タルコトハ異論ナキ處ナリトス賭博ノ從犯ハ賭博ノ實行ヲ幇助スル犯罪ニシテ實行者ノ常習タル身分アルト否トニ拘ハラス一般賭博罪ノ從犯タルヘキコトハ正犯ノ身分ニヨリ刑ヲ加重スヘキ效果ノ他ノ共犯ニ及ホスコトナキ當然ノ結果ニシテ之ト同時ニ從犯者自身ニ於テ其行爲ノ常習則チ常習的幇助者タル身分ナキ限リ假令其者ニ實行的常習ノ身分アリトスルモ刑法第百八十六條常習賭博罪ノ從犯トシテ處罰スヘカラサルコトハ法カ其行爲ノ常習タルコトヲ要件トシテ重刑ヲ科スル趣旨ニ照シ誤ナキ處ナリト信ス試ニ此點ニ關スル學説ヲ見ルニ明治四十一年八月二十二日民刑局甲第一四二號ノ囘答ニヨレハ「改正刑法第百八十六條ニ於テ賭博ノ常習者ヲ重ク處罰スルハ常習者タル身分アルニ因ルモノニシテ常習ハ身分ニ因ル加重ナリ從テ此等ニ賭房ヲ給與シタル者ハ第六十五條第二項ニヨリ通常刑タル第百八十五條ノ刑ニ照シテ減輕スヘキモノトス而シテ賭房給與者ノ常習ナルト否トニ關係ナシトス」トアリ又博士大場茂馬氏ノ所説ニヨルモ「例ヘハ賭博ヲ爲ス者ノ爲メ房屋ヲ給與シタル者カ常習トシテ之ヲ給與シタル場合ニ於テハ常習賭博罪ノ從犯トシテ之ヲ處斷スヘク之ニ反シテ一時偶々給與シタルニ止ル時ハ單純賭博罪ノ從犯トシテ之ヲ處斷スヘキモノトス(同氏著刑法各論下卷五〇〇頁)參看」ト論セラレ何レモ上告人ノ所論ト一致スル處ナリ原裁判所ハ被告人ヲ以テ賭博ノ常習者ナリトシタルニ止リ幇助ノ常習タル身分アリト認定セサリシコトハ判文自體ニ於テ寔ニ明白ナル處ニシテ從テ刑法第百八十五條ノ從犯トシテ擬律セラルヘキニ拘ハラス常習賭博罪ノ從犯ナリトシテ被告ヲ問擬セラレタルハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎因テ按スルニ刑法第百八十六條第一項ハ常習トシテ博戲又ハ賭事ヲ爲シタル行爲ヲ處罰スル規定ナルヲ以テ自ラ常習トシテ博戲又ハ賭事ヲ爲シタル者ニ限リ該條ヲ適用スヘク單ニ他人ノ賭博行爲ヲ幇助シタル場合ハ假令其幇助者カ賭博ノ常習アル者ナルトキト雖モ常習賭博ノ從犯ヲ以テ論スヘキモノニ非ス原判決ノ認定事實ニ依レハ被告ハ賭博常習者ナリト雖モ自ラ博戲又ハ賭事ヲ爲シタルニ非スシテ他人ノ賭博行爲ヲ幇助シタルニ過キサレハ單ニ刑法第百八十五條ノ賭博罪ノ從犯ヲ以テ論スヘキモノトス故ニ原判決ニ於テ被告カ賭博ノ常習アル者ニシテ其常習ナキ他人ノ賭博行爲ヲ幇助シタル事實ヲ認定シ之ニ刑法第百八十六條第一項第六十二條第六十三條第六十八條ヲ適用シテ處斷シタルハ所論ノ如ク擬律錯誤ノ違法アルモノニシテ本論旨ハ理由アリ
二、原判決證據説明ノ部ニヨレハ其第三ニ於テ丸岡警察署ノ要視察人名簿ヲ採テ罪證ニ供セラレタリ
然ルニ原裁判所公判始末書ヲ閲スルニ右名簿ヲ被告人ニ開示シ辯解及ヒ反證提出ヲ告知セラレタル形跡アルナシ尤モ同始末書ニヨレハ該名簿ハ他ノ陳述聞取書等ト共ニ之ヲ被告人ニ讀聞ケラレタル記載アリト雖モ要視察名簿ノ如キハ元之レ圖面等ト均シク一ノ證據物件ニシテ刑事訴訟法第百九十八條第二項ニヨリ該名簿中ニ被告人ノ氏名ヲ列記セラレタルコトヲ特ニ被告人ニ示シ以テ意見辯解ヲ聽取シ反證提出ヲ告知セラルヘキ筋合ナルニ事茲ニ出テス漫然讀聞ヲ以テ足レリトシ之ヲ以テ罪證ニ供セラレタルハ採證法規ニ違背シタル不法ノ裁判ナリト信スト云フニ在リ◎按スルニ所論丸岡警察署要視察人名簿ハ檢事カ當該警察署ヨリ送致ヲ受ケタル書類ニシテ被告事件ニ關シテ作成シタルモノニ非サレハ刑事訴訟法ニ所謂證據物件ニ屬シ證憑書類ニ非サルコト勿論ニシテ同法第百九十八條ニ依リ之ヲ被告人ニ示シ辯解ヲ爲サシムルヲ以テ相當ト爲スト雖モ證憑書類ト同シク被告人ニ讀聞ケ意見ノ有無ヲ問ヒタル以上ハ該書類ニ付キ證據調ノ手續ヲ缺キタルモノト謂フヘカラサルヲ以テ之ヲ採リテ罪證ニ供シタル原判決ハ違法ニ非ス
三、原判決證據説明ノ部ニヨレハ第一審公判始末書中ノ相被告高島喜三多野坂龜吉筑後才一吉田源次郎新口已吉及ヒ田中新七等ノ各供述ヲ引用シ判示ニ符合スル賭博ヲ爲シタル記載アリトセラレタリ而シテ其所謂判示ノ賭博トハ骨牌ヲ使用シ「チホ玉」ト稱スル金錢賭ケノ博奕ナルコトハ原判決事實認定ノ部ノ記載ニヨリ明瞭タル處ナリ然ルニ同始末書ヲ調査スルニ高島喜三多新口已吉等ヲ除ク外何レモ金錢代用ノ碁石ヲ賭シタル旨供陳記載アリテ金錢ヲ賭シタル趣旨ノ陳述アルコトナシ果シテ然ラハ原裁判所ハ虚無ノ證據ヲ採テ斷罪ノ資料ニ供セラレタル失當アリ何レモ破毀ノ原由タルモノト信スト云フニ在レトモ◎金錢代用ノ碁石ヲ賭シタリトノ供述ハ金錢ヲ賭シタル趣旨ニ外ナラサレハ之ヲ所論ノ如ク説示セル原判決ハ違法ニ非ス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十六條第二百八十七條ニ依リ原判決ヲ破毀シ本院ニ於テ直チニ判決スヘキモノトス因テ原審ノ認定セル事實ヲ法律ニ照ラスニ被告ノ行爲ハ刑法第百八十五條第六十二條第六十三條ニ該當スルヲ以テ罰金刑ヲ選擇シ同法第六十八條第四號ヲ適用シ處斷スヘク尚同法第十八條ニ依リ罰金ヲ完納セサル場合ニ於ケル勞役場留置ノ言渡ヲ爲スヘキモノトス因テ主文ノ如ク判決ス
檢事矢追秀作干與大正三年三月十日大審院第一刑事部
◎判決要旨
- 一 刑法第百八十六条第一項は自ら常習として博戯又は賭事を為したる者に限り適用せらるべきものにして単に他人の賭博行為を幇助したる場合に於ては縦令其幇助者が賭博の常習ある者なるときと雖も常習賭博の従犯を以て論すべきものに非ず
(参照)常慣として博戯又は賭事を為したる者は三年以下の懲役に処す(刑法第百八十$六条第一項)
右賭博幇助被告事件に付、大正二年十一月二十日福井地方裁判所に於て言渡したる判決に対し被告は上告を為したり。
因で判決すること左の如し
理由
原判決中被告玉吉に関する部分を破毀す
被告玉吉を罰金百円に処す
但右罰金を完納すること能はざるときは百日間労役場に留置す
弁護人堤重恭上告趣意書一、原裁判所が賭博の従犯たる被告人に対し賭博常習者なりとの理由を以て刑法第百八十六条賭博常習の刑を以て問擬せられたるは失当なり。
原判決認定の事実によれば被告は相被告岡田庄太郎外数名が被告住宅の二階に於て賭金博奕を為すの情を知りて賭博場として右二階座敷を貸与し以て之を幇助したりと云ふにありて賭博罪の従犯たること争なき処なり。
抑抑刑法第百八十五条は一般賭博罪を律する規定にして同第百八十六条第一項は特に常習たる身分ある者の実行したる賭博を重罰する規定たることは異論なき処なりとす。
賭博の従犯は賭博の実行を幇助する犯罪にして実行者の常習たる身分あると否とに拘はらず一般賭博罪の従犯たるべきことは正犯の身分により刑を加重すべき効果の他の共犯に及ぼすことなき当然の結果にして之と同時に従犯者自身に於て其行為の常習則ち常習的幇助者たる身分なき限り仮令其者に実行的常習の身分ありとするも刑法第百八十六条常習賭博罪の従犯として処罰すべからざることは法が其行為の常習たることを要件として重刑を科する趣旨に照し誤なき処なりと信ず。
試に此点に関する学説を見るに明治四十一年八月二十二日民刑局甲第一四二号の回答によれば「改正刑法第百八十六条に於て賭博の常習者を重く処罰するは常習者たる身分あるに因るものにして常習は身分に因る加重なり。
従て此等に賭房を給与したる者は第六十五条第二項により通常刑たる第百八十五条の刑に照して減軽すべきものとす。
而して賭房給与者の常習なると否とに関係なしとす」とあり又博士大場茂馬氏の所説によるも「例へば賭博を為す者の為め房屋を給与したる者が常習として之を給与したる場合に於ては常習賭博罪の従犯として之を処断すべく之に反して一時偶偶給与したるに止る時は単純賭博罪の従犯として之を処断すべきものとす。
(同氏著刑法各論下巻五〇〇頁)参看」と論せられ何れも上告人の所論と一致する処なり。
原裁判所は被告人を以て賭博の常習者なりとしたるに止り幇助の常習たる身分ありと認定せざりしことは判文自体に於て寔に明白なる処にして。
従て刑法第百八十五条の従犯として擬律せらるべきに拘はらず常習賭博罪の従犯なりとして被告を問擬せられたるは擬律錯誤の不法あるものと信ずと云ふに在り◎因で按ずるに刑法第百八十六条第一項は常習として博戯又は賭事を為したる行為を処罰する規定なるを以て自ら常習として博戯又は賭事を為したる者に限り該条を適用すべく単に他人の賭博行為を幇助したる場合は仮令其幇助者が賭博の常習ある者なるときと雖も常習賭博の従犯を以て論すべきものに非ず原判決の認定事実に依れば被告は賭博常習者なりと雖も自ら博戯又は賭事を為したるに非ずして他人の賭博行為を幇助したるに過ぎざれば単に刑法第百八十五条の賭博罪の従犯を以て論すべきものとす。
故に原判決に於て被告が賭博の常習ある者にして其常習なき他人の賭博行為を幇助したる事実を認定し之に刑法第百八十六条第一項第六十二条第六十三条第六十八条を適用して処断したるは所論の如く擬律錯誤の違法あるものにして本論旨は理由あり
二、原判決証拠説明の部によれば其第三に於て丸岡警察署の要視察人名簿を採で罪証に供せられたり
然るに原裁判所公判始末書を閲するに右名簿を被告人に開示し弁解及び反証提出を告知せられたる形跡あるなし尤も同始末書によれば該名簿は他の陳述聞取書等と共に之を被告人に読聞けられたる記載ありと雖も要視察名簿の如きは元之れ図面等と均しく一の証拠物件にして刑事訴訟法第百九十八条第二項により該名簿中に被告人の氏名を列記せられたることを特に被告人に示し以て意見弁解を聴取し反証提出を告知せらるべき筋合なるに事茲に出でず漫然読聞を以て足れりとし之を以て罪証に供せられたるは採証法規に違背したる不法の裁判なりと信ずと云ふに在り◎按ずるに所論丸岡警察署要視察人名簿は検事が当該警察署より送致を受けたる書類にして被告事件に関して作成したるものに非ざれば刑事訴訟法に所謂証拠物件に属し証憑書類に非ざること勿論にして同法第百九十八条に依り之を被告人に示し弁解を為さしむるを以て相当と為すと雖も証憑書類と同じく被告人に読聞け意見の有無を問ひたる以上は該書類に付き証拠調の手続を欠きたるものと謂ふべからざるを以て之を採りて罪証に供したる原判決は違法に非ず
三、原判決証拠説明の部によれば第一審公判始末書中の相被告高島喜三多野坂亀吉筑後才一吉田源次郎新口己吉及び田中新七等の各供述を引用し判示に符合する賭博を為したる記載ありとせられたり。
而して其所謂判示の賭博とは骨牌を使用し「ちほ玉」と称する金銭賭けの博奕なることは原判決事実認定の部の記載により明瞭たる処なり。
然るに同始末書を調査するに高島喜三多新口己吉等を除く外何れも金銭代用の碁石を賭したる旨供陳記載ありて金銭を賭したる趣旨の陳述あることなし果して然らば原裁判所は虚無の証拠を採で断罪の資料に供せられたる失当あり何れも破毀の原由たるものと信ずと云ふに在れども◎金銭代用の碁石を賭したりとの供述は金銭を賭したる趣旨に外ならざれば之を所論の如く説示せる原判決は違法に非ず
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十六条第二百八十七条に依り原判決を破毀し本院に於て直ちに判決すべきものとす。
因で原審の認定せる事実を法律に照らずに被告の行為は刑法第百八十五条第六十二条第六十三条に該当するを以て罰金刑を選択し同法第六十八条第四号を適用し処断すべく尚同法第十八条に依り罰金を完納せざる場合に於ける労役場留置の言渡を為すべきものとす。
因で主文の如く判決す
検事矢追秀作干与大正三年三月十日大審院第一刑事部