私文書僞造行使詐欺横領ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）20輯71頁
大正二年（れ）第二三七八號
大正三年一月二十七日宣告
◎判決要旨
- 一 刑法第五十四條ノ牽聯犯ニ付キ公訴時效ノ成否ヲ定ムルニハ重キニ從ヒ處斷スヘキ罪ノ刑ニ依ルヘキモノニシテ牽聯犯ヲ構成スル各犯罪行爲ニ對スル刑ニ依リ各別ニ公訴時效ノ成否ヲ判定スヘキモノニ非ス（判旨第一點）
（參照）一個ノ行爲ニシテ數個ノ罪名ニ觸レ又ハ犯罪ノ手段若クハ結果タル行爲ニシテ他ノ罪名ニ觸ルルトキハ其最モ重キ刑ヲ以テ處斷ス」第四十九條第二項ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ適用ス（刑法第五＄十四條） - 一 文書僞造及ヒ僞造文書行使ノ刑ハ五年以下ノ懲役ニ該ルモノナルヲ以テ刑事訴訟法第八條第四號ニ所謂長期五年未滿ノ懲役ニ該當セス同權第三號ニ所謂長期十年未滿ノ懲役ニ該ルヲ以テ右二行爲ヲ獨立シテ觀察スルモ其公訴時效ハ七年ノ經過ニ因リテ完成スヘキモノトス（同上）
（參照）公訴ノ時效ハ左ノ期間ヲ經過スルニ因テ完成ス」三、長期十年未滿ノ懲役又ハ禁錮ニ該ル罪ニ付テハ七年」四、長期五年未滿ノ懲役若クハ禁錮又ハ罰金ニ該ル罪ニ付テハ三年（刑事訴訟法第八＄條第三號、第四號）
第一審 和歌山縣區裁判所
第二審 和歌山地方裁判所
被告人 東田隆平
右私文書僞造行使詐欺横領被告事件ニ付大正二年十月三十日和歌山地方裁判所ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告趣意書第一本件僞造文書ナリトセラルル上告人ヨリ藤本タヱニ交付シタル借用證書ノ日附ハ明治四十二年三月十八日ナルヲ以テ文書ノ行使ハ即チ其日附ナリトス而シテ第一審檢事ノ起訴ハ大正二年九月ナリ而シテ此間上告人ハ時效ノ經過ヲ中斷セラル可キ起訴豫審其他ノ手續アリタルコトナキヲ以テ見レハ本件ハ正ニ時效ノ完成セラレタルモノナルコト一點ノ疑ヲ容レサルモノナルニ拘ハラス第一二審裁判所ハ漫然有罪ノ判決ヲ爲シタルハ法律ニ違背シテ公訴ヲ受理シタル不法ノ裁判ナリトスト云フニ在レトモ◎刑法第五十四條ノ牽聯犯ニ付キ公訴時效ノ成否ヲ定ムルニハ重キニ從ヒ處斷スヘキ罪ノ刑ニ依ルヘク牽畿犯ヲ構成スル各犯罪行爲ニ對スル刑ニ依リ各別ニ公訴時效ノ成否ヲ判定スヘキコ非ス故ニ所論文書僞造及ヒ僞造文書行使ノ各行爲カ刑事訴訟法第八條第四號ニ依リテ三年ノ公訴時效ニ罹ルヘキモノトスルモ右僞造文書行使ノ行爲ハ文書僞造罪ノ結果ニシテ詐欺罪ノ手段ナルヲ以テ其間ニハ刑法第五十四條第一項ノ牽聯犯ノ關係存在シ重キ詐欺罪ニ對スル刑法第二百四十六條ノ刑即チ十年以下ノ懲役ヲ以テ處斷スヘキモノナレハ公訴ノ時效ハ刑事訴訟法第八條第三號ニ依リ牽聯犯ノ全體ニ對シ七年ヲ以テ完成スヘク文書僞造及ヒ僞造文書行使ニ對スル公訴時效カ獨立シテ完成スヘキニ非サルノミナラス文書僞造及ヒ僞造文書行使ノ刑ハ刑法第百五十九條及ヒ第百六十一條ニ依リ五年以下ノ懲役ニ該リ刑事訴訟法第八條第四號ニ所謂長期五年未滿ノ懲役ニ該當セス同條第三號ニ所謂長期十年未滿（五年マテヲ包含ス）ノ懲役ニ該ルヲ以テ右文書僞造及ヒ僞造文書行使ノ行爲ヲ獨立シテ觀察スルモ其公訴時效ハ七年ノ經過ニ因リテ完成スヘキモノトス然ラハ明治四十二年三月十八日ニ行ハレタル判示第一ノ文書僞造行使詐欺ノ犯罪ヲ大正二年十月七日ニ起訴シタルハ適法ニシテ之ヲ受理審判シタル原判決ハ違法ニ非ス本論旨ハ理由ナシ（判旨第一點）
第二、前述時效ハ假リニ完成セサルモノトスルモ上告人ハ明治四十二年三月十八日以來明治四十四年八月十三日迄ニ金三十六圓八十錢ヲ元利トシテ崩濟ノ契約ニテ市川峯吉其他ノ手ヲ經テ藤本タヱニ辯濟シタルモノニテ既ニ既ニ義務完了シタルモノナレハタヱニ對シテハ些ノ被害ヲ與ヘタルコトナシ果シテ被害ナシトセハ詐欺罪ヲ構成スヘキモノニアラス然ルヲ上告人ヲ詐欺罪ト爲シタル原審判決ハ擬律ノ錯誤アルヲ免カレスト云フニ在レトモ◎一旦詐欺罪成立セル以上ハ其後ニ於テ損害ヲ賠償シタル事實アリトスルモ之カ爲メニ同罪ノ成立ヲ阻却スルコトナケレハ本論旨ハ理由ナシ
第三、上告人カ奧吉太郎ヨリ借用シタル金五十圓ハ吉太郎カ鶴松ヨリ金四百圓ノ内百圓ヲ辯濟スル際上告人ハ吉太郎ニ依頼シ吉太郎殘額三百圓ノ内五十圓ヲ使用スルコトトナリ其後吉太郎カ三百圓ヲ辯濟スル際上告人ハ五十圓ノ金調出來サリシ爲メ五十圓ハ吉太郎ヨリ上告人貸金ト爲シ吉太郎ヨリハ鶴松ヘ金五十圓ノ借用證書（鶴松立會ニテ上告人宅ニ於テ作成ス）ヲ交付シタルモノニシテ吉太郎ハ本件五十圓ノ使用ヲ上告人ニ許容シタルコト最初ヨリ明白ナルニ拘ハラス討形人ハ五十圓ヲ横領シタルモノトシテ處斷シタル原審判決ハ法律ヲ不當ニ適用シタル不法ノ判決ナリトスト云フニ在レトモ◎右ハ原判決ノ認定セサル事實ヲ主張シ原審ノ職權ニ屬スル事實ノ認定ヲ非難スルモノニシテ適法ノ上告理由ト爲ラス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事鈴木宗言干與大正三年一月二十七日大審院第一刑事部